高松高等裁判所 昭和46年(ネ)268号 判決 1972年10月31日
控訴人
前川宗喜
控訴人
前川春尾
右両名訴訟代理人
大坪憲三
被控訴人
田内幸男
右訴訟代理人
網野林次
右訴訟代理人
三木春砂
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの連帯負担とする。
事実
控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人は原判決添付別紙第三目録記載の建物を収去し、控訴人前川宗喜に対し同第一目録記載の土地を、控訴人前川春尾に対し同第二目録記載の土地をそれぞれ明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴人ら代理人が当審において、甲第五号証の一ないし六を提出し、証人高見龍夫の証言を援用し、被控訴代理人が当審において、証人田内豊子の証言を援用し、右甲号各証の成立はすべて不知と述べたほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにその記載を引用する。
理由
一原判決添付別紙第一目録記載の土地が控訴人前川宗喜の、また同第二目録記載の土地が控訴人前川春尾のそれぞれ所有地であり、これらの土地を同控訴人らが被控訴人に対し昭和三三年一二月二四日、期間を定めず、賃料は一ケ月右一目録の土地分金三、七五〇円、右第二目録の土地分金二五〇円とし、右土地上に当時現存する被控訴人所有の家屋が滅失したときは、賃貸借契約は解除となり、被控訴人は即時無条件で右土地をそれぞれ各控訴人に対し明渡す等の要旨の約定で賃貸したこと、ところが当時の右旧家屋が昭和四一年三月二七日火災のため滅失したこと、その後被控訴人が右土地上に軽量鉄骨ブロック式耐火構造の本件建物を建築したこと、そして控訴人らが被控訴人に対し昭和四一年五月一一日付内容証明郵便で「右旧家屋は滅失し、かつ無断で堅固建物を建築しているから借地契約は当然解除になる。よつて即時建築を停止し、無条件で土地を明渡せ」との旨の通告をしたことは当事者間に争いがない。
二控訴人らは、右賃貸借契約の約定上右旧家屋の滅失により、賃貸借契約は当然解除された旨を主張するのであるが、しかし家屋の朽廃以外の事由による滅失の場合にも当然借地権が消滅する旨の約定は、被控訴人主張のとおり、借地権者に不利な特約であるから、借地法一一条によりその効力がない。
三次に控訴人らは、被控訴人が無断で土地の使用目的を変更し、信義則に違反したとして右賃貸借契約の解除を主張する。そして前記焼失の旧家屋がいわゆる非堅固建物であつたことは当事者間に争いがなく、本件建物がいわゆる堅固建物というべきものに当ることは後記のとおりである。
(一) 被控訴人は旧家屋焼失後本件堅固建物の再築につき控訴人らの承諾をこえた旨主張するのであるが、<反証排斥―略>
(二) 借地法七条の法定更新の規定は、単に新、旧両建物の種類、構造等が同一の場合のみならず、両建物の種類、構造等が異なるため残存期間を超えて存続するに至るべき新建物が築造される場合にも適用があると解するのが相当であり、この場合、土地の使用目的変更等の契約違背の点は、契約の更新が認められる事態に落ちつく限り格別問題とはならない。しかし土地所有者が新建物の築造に対し遅滞なく異議を述べ、契約が更新されないこととなる場合には、この点に関し更めて責任問題の生じる余地があるというべきである。
しかして被控訴人は本件では控訴人から遅滞のない異議が述べらられなかつたから本件賃貸借は堅固建物所有を目的として更新されたと主張する。
そこで本件において右遅滞のない異議が述べられたか否かの点につき検討する。<証拠>を綜合すると、本件建物は旧家屋と異なり軽量鉄骨ブロック式二階建のいわゆる堅固建物というべきものに属するが、附近一帯が防火地帯に指定されているため、近辺の建物の殆んどが鉄骨ブロック構造の建築であること、控訴人ら方と本件建物とは同じ街路筋に位置し、その間僅か一三六メートル位の距離(せいぜい一四、五軒位)しか離れていないこと、旧家屋焼失直後から控訴人は焼け跡で従前の商売を始め、数日後の四月三日頃には被控訴人の妻が控訴人ら方に赴き、控訴人前川宗喜に対し、引続き本件土地を貸して貰いたい旨の申出をしているが、これに対し同控訴人は明確に拒否の意向を示さず、むしろ条件次第で承諾するような態度をみせたこと、被控訴人が本件建物の建築に着手したのは右同月八日のことであつて、その後前記の控訴人らから堅固建物の建築に対する異議の通告がなされた同年五月一一日頃までにはすでに約七、八割(鉄骨、ブロック、屋根、その他)の建築が終つていたこと、その間少くととも控控訴人前川宗喜は時々被控訴人方前方の街路を通行している事実があるが、当時被控訴人方店舗前面の道路縁には若干の建築材料、鉄骨、ブロック、砂利などを積んで置いてある状況があつたことが認められ、<証拠判断―略>ところで、右証人高見龍夫、同前川芳子の各証言及び控訴人前川宗喜本人尋問の結果によれば、本件建物並びにその築造の模様自体は、その前方にある旧家屋の焼け残りのシャッター等に妨げられて被控訴人方前方街路上を通行するだけでは、必ずしも明白に確認できる事柄とはいいかねる状況にあつたことがうかがえるが、しかしこの点を考慮に入れても、右認定の事実からすれば、控訴人らは、被控訴人の本件堅固建物の建築をすでに昭和四一年四月中には知つていたか、少くとも知りえたものというべきである。そして以上の事情の下では異議の通告のなされた当時の建築の進行状態が前記のとおりであるとしても、遅滞なき異議があつたものとして、借地法第七条の法定更新は生じなかつたものと解するのが相当である。しかし法定更新が生じなかつたからといつて直ちに借地権が消滅するものではなく、従前の借地権がそのまま継続することはもちろんである。
(三) そこで控訴人の契約解除の主張について検討するに、以上のような非堅固の建物の所有を目的とする賃貸借において、堅固の建物が新築された以上、被控訴人において用法違反の義務不履行があつたものというべく、かつ前記のように更新についての異議がなされ、法定更新は生じなかつたところであるが、原審証人田内豊子の証言によれば被控訴人方旧家屋が焼失するに至つたのは類焼によるものであること、その後被控訴人が本件家屋を建築するに至るまでの事情が前示((二))のとおりの経緯であること、さらに前記のように本件家屋の存する附近は防火地域で堅固の建物の多いこと、等の諸事実に照らすときは、本件用法違反は未だ契約解除を認める程の信義則違反に価しないものと認めるのを相当とすべく、従つて控訴人の契約解除の意思表示は効力を有しないものといわねばならない。
四以上の次第で、控訴人らの本訴請求は失当というべきであるから、これを棄却した原判決は相当であり、これを争う本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(合田得太郎 谷本益繁 石田真)