大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和48年(ツ)7号 判決 1974年5月01日

上告人

林幹男

右訴訟代理人

木原鉄之助

被上告人

大野直長

大野富子

主文

原判決を破棄し、本件を松山地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人木原鉄之助の上告理由第一、二、三点について。

上告人の本訴請求は、原判決添付別紙目録記載の土地(本件土地)は上告人外五名の共有であつて、上告人は、本件土地につき一五分の二の共有持分権を有しているところ、本件土地につき被上告人らの経由している上告人主張の本件仮登記のうち、訴外内田照子の共有持分(一五分の二)を除くその余の上告人および訴外林喜久栄外三名の共有持分一五分の一三についての仮登記部分は実体関係を伴わない無効なものであるから、被上告人らに対し、右共有持分一五分の一三についての本件仮登記の一部抹消、すなわち、本件仮登記を内田照子の有する持分一五分の二に対する所有権移転請求権保全の仮登記に更正登記手続を求めるというにあることは、記録上明らかである。

ところで、原審は、本件土地は、もと訴外林晃の所有であつたが、同人は昭和四一年一月八日死亡したので、同人の妻である訴外林喜久栄(相続分は一五分の五)および子である上告人、同内田照子、同奥野順子、同マスターズ絢子、同林英俊(以上五名の相続分は各一五分の二)の六名が共同相続し、同人らは本件土地につき右相続分の割合にしたがつて共有持分権を取得したこと、ところが、本件土地については、その後松山地方法務局昭和四三年四月一〇日受付第一二三五九号をもつて昭和四一年一月八日相続を原因として右林晃から内田照子に所有権移転登記がなされ、ついで同法務局昭和四三年六月二七日受付第二二四二七号をもつて同年六月二五日の売買を原因として内田照子から被上告人両名(持分は各二分の一)に所有権移転請求権保全の仮登記(本件仮登記)がなされているとの事実を確定した上(以上の事実については当事者間に争いがない)、その後上告人が昭和四一年二月一八日その共有持分権を放棄した旨の被上告人ら主張の抗弁は証拠上認め難いから、結局上告人は本件土地につき現に一五分の二の共有持分権を有しているとして、本件仮登記中、右上告人の有する共有持分権一五分の二に相当する部分についての抹消(更正)登記手続を求める限度で上告人の本訴請求を認容したが、上告人および内田照子を除く他の共有者である林喜久栄ら四名の共有持分計一五分の一一に相当する部分についての仮登記の抹消(更正)登記手続を求める上告人の請求部分については、更正登記手続を求める請求は、性質上不可分債権(原判決理由中、不可分債務とあるは不可分債権の誤りと解せられる)ではないから、不可分債権の類推適用によつて他の共有者の共有持分についての抹消を求めることはできず、また、本件仮登記中上告人以外の共有者の共有持分権についての仮登記の一部抹消(更正)登記手続を認める判決をしても、該判決の既判力、執行力は上告人以外の他の共有者には及ばないから、他の共有者にとつては実益がないし、さらに、他の共有者がその権利保護を求めたいのであれば、みずから権利を主張して訴訟を提起すれば足りるとし、結局上告人の右請求部分を、訴の利益を欠く不適法なものであるとして却下した。

しかしながら、ある不動産の共有者の一人が、当該不動産につき登記簿上所有名義人になつている第三者に対し、その登記全部の抹消を求めることは、妨害排除の請求に外ならず、いわゆる保存行為として許されるのであつて、共有者の一人が右登記全部の抹消を求めることができるものと解すべきところ(最高判、昭和三一・五・一〇、民集一〇―五―四八七、同昭和三三・七・二二、民集一二―一二―一八〇五各参照)、これと同様に、相続により数名(三名以上)の者の共有となつた不動産につき、その共有者の一人が単独で不正に共有物全部の所有権取得登記を経由して他の共有者が共有物に対して有する権利を妨害している場合においては、右妨害を受けている共有者の一人は、相続回復請求権の行使として単独で右所有権取得登記の抹消を請求し、或は共有物の保存行為として右単独の登記名義人となつている共有者に対し、その者の共有持分を除くその余の共有持分に相当する登記部分の抹消(更正)登記手続を求めることも許されると解するのが相当である。けだし、一般に共有物の保存行為とは、共有者全体の立場からみて共有物の保存に役立つ行為を指称するのであるけれども、共有者の一人が単独で共有不動産全部の登記名義人となつているために、他の数名の共有者が共有物に対して有している権利を妨害されている場合において、右妨害を受けている共有者の一人が右妨害を受けている共有者全員の共有持分についての登記部分の抹消(更正)を求めて右妨害を排除することは、当該共有者らが共有物に対して有している共通の利益を保存することになるからである。そしてまた、右不正に登記をした共有者が、第三者に対し共有物全部の所有権移転登記或は仮登記をした場合にも、その第三者は右共有者の持分権以外の権利については無効な登記によりその他の共有者らの共有権を妨害していることになるから、その他の共有者らの中の一人は、共有物の保存行為として単独で第三者に対して右登記の更正を請求しうるものといわねばならない。けだし、右の場合は、前に判示した共有不動産につき不正に登記名義人となつている第三者に対する登記抹消の請求と同様に理解されるからである。

原審第一三回口頭弁論調書によれば、上告人は「本件請求は、上告人の本件不動産に対する共有持分権に基づく請求である」旨釈明しているけれども、上告人提出の本件訴状並びに第一、二審の口頭弁論の全趣旨によれば、上告人が本訴において民法二五二条但書による保存行為としての妨害排除請求権を請求原因として主張していることが容易にうかがえるから、原審は釈明権の行使により右の点を明らかにした上、この点につき判断をなすべき筈のものであつた。しかるに、原審は本訴を上告人の持分権に基づく本件仮登記の更生登記手続請求に過ぎないものと即断し、上告人の本訴請求中、本件仮登記のうちで上告人および内田照子以外の他の共有者である林喜久栄ら四名の共有持分一五分の一一に相当する部分についての登記部分の抹消(更正)登記手続を求める上告人の請求部分を、不可分債権の規定の適用がないこと等原判決説示のような理由により、不適法として却下した。したがつて、原判決には、釈明権の行使を怠り、その結果法律の解釈を誤つた違法があるといわざるを得ない。それ故にこの関点する論旨は理由があるから、原判決中右の点に関する部分は破棄を免がれないところ、本件仮登記の更正登記手続を求める本訴請求の特質に鑑み、原判決全部を破棄することとし、なお、本件についてはさらに審理を尽す必要があるから、本件を原審に差戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、主文のとおり判決する。

(松本冬樹 後藤勇 磯部有宏)

別紙  上告理由

第一点 本件における訴外内田照子の他の持分権者が共有持分権を放棄したとしてなした単独所有権取得登記、および同人から控訴人両名(被上告人両名)(持分権は各二分の一)のためになされた所有権移転の仮登記は内田照子以外の相続人の持分に対応するかぎりでは実質的有効要件を欠く無効の登記であり、無効の登記は、何人に対してもこれが存在を対抗することができない。そこで、被控訴人(上告人)は共有物保存行為として単独で相続人全員のために実体法上の権利変動に一致させるため更正登記手続を請求したのである。ところが、原判決は、その理由第三項の前段において『そこで、更正登記の性質上の不可分債権性について考える。更正登記は登記面と実体関係との間にいくつかの点で不一致が生じていても一挙に全ての点を実体関係に一致させなければ二度と更正登記が許されないものではなく、例えば甲の単独登記を乙の請求により甲乙共有登記に更正した後、更に丙の請求により甲乙丙の共有登記に更正することも理論上可能である。また、性質上の不可分債務は分割債務にすることが形式主義的個人主義的で債権の実効性、担保力を薄弱ならしめ取引の実情に適合しない場合に認められるもので、不可分債務の規定を更正登記義務にも類推適用するには、更正登記義務者の不可分的履行がなければ、更正登記権利者の権利の実効性が薄弱ならしめられる事情がなければならないと解されるところ、本件は被控訴人(上告人)の持分権に基づく更正登記請求権であるから、その持分権の妨害を排除する範囲において更正登記がなされば、被控訴人(上告人)の持分権はその本来の目的を十分達しうるのであつて、それ以上に被控訴人(上告人)以外の共有者の持分権に対する妨害排除までする必要もないと考えられるから、本件請求に不可分債務の類推適用は否定されるべきである。』と判示した。ところで、

(イ) 原審の確定した事実によれば、本件土地は被相続人林晃が生前、娘の内田照子に贈与していないが、内田照子は被相続人の林晃から生前贈与しようとしていた松山市大字古川字萱町分一四三番地二、一畝一〇歩の土地につき作成された遺産分割協議証書(乙第四証ノ一)を利用し本件土地につき自己のために所有権移転登記がなされ、次いで売買予約を原因として同人から(控訴人両名)(被上告人両名)(持分は各二分の一)に所有権移転請求権保全の仮登記がなされた、とされる。(原判決理由第二項)(要約)

(ロ) そうだとすると民法第二五二条但書により保存行為は各共有者之を為すことを得るのであつて、判例は持分権に基づく登記請求その他の請求を『保存行為』だというのに(最高昭和三一年五月一〇日一小判昭和二九年(オ)四号民集一〇巻五号四八七頁、昭和四三年一二月一一日大阪高民判・昭和三七年(ネ)八四一号、判例時報五六〇号五二頁―所有権移転登記抹消手続等請求控訴および同独立当事者参加事件)この点に関し原判決は更正登記の性質上の不可分債務性について考察し、本件は被控訴人(上告人)の持分権に基づく更正登記請求権であるから、その持分権の妨害を排除する範囲において更正登記がなされば、被控訴人(上告人)の持分権はその本来の目的を十分達しうるのであつて、それ以上に被控訴人(上告人)以外の共有者の持分権に対する妨害排除までする必要もないと考えられるから、本件請求に不可分債務の類推適用は否定されるべきである。と判示し被控訴人(上告人)に一部敗訴を言渡したのは審理不尽判断遺脱の違法がある。

第二点 原判決は、その理由第三項の後段において『更に被控訴人(上告人)以外の他の共有者の持分権に基づく本件仮登記の一部抹消を認める判決を言渡したとしても、該判決は被控訴人(上告人)以外の他の共有者には何ら既判力、執行力が及ばないのであるから、他の共有者は右判決に基づき更正登記をすることができず他の共有者にとつて何ら実益がない反面、裁判所にとつても他の共有持分権者の有無その持分の割合等につき無駄な審理をすることになるのである。被控訴人(上告人)以外の共有者はその権利を主張して更正登記を求めたいのであれば、自己が当事者として訴訟を提起すれば十分自己の権利は守られるのであつて、特に共有者の一人である被控訴人(上告人)に事実上の任意的訴訟担当を許すが如き結果になる被控訴人(上告人)の主張は失当として採用できない。』と判示し、被控訴人(上告人)請求の一部を却下した。すなわち、原判決は本件土地に関する更正登記手続請求に不可分債権の規定(民法四二八条)は適用されないとして、上告人(被控訴人)請求の一部を却下したが、上告人(被控訴人)は『民法二五二条但書のいわゆる保存行為』として、単独で本件請求訴訟を提起したのである。

民法二五二条但書にいう保存行為が、共有の客体を妨害、毀損されぬよう維持するための行為である限りは、事実行為たると法律行為たるとを問わない。したがつて、各共有者はその持分に基いて第三者または他の共有者に対して物権的請求権を行使することができるのである。この物権的請求権行使の一態容が不正な登記抹消請求であり、かつまた物権的請求権の行使を実質的に見れば、右の請求自体は一つの保存行為であると見るほかないのである。原判決は、民法二五二条但書の規定の解釈適用を誤まつた違法がある。

第三点 更正登記は、権利の登記に錯誤または遺漏があつて、登記面と実体関係との間に不一致があり、これを是正するためにする登記である。更正登記の許されるのは、更正される登記が有効であり、更正後の登記と更正前の登記が同一性を保持する場合である。本件においては、被控訴人(上告人)外五名の共同相続した土地について内田照子の単有登記がなされ、該土地について売買予約を原因として内田照子から控訴人(被上告人)両名(持分は各二分の一)に所有権移転請求権保全の仮登記(以下本件仮登記という)がなされたときは、本件仮登記の効力は、内田照子の持分のみに限定される。この場合、内田照子の単有登記は、内田照子の持分の登記としての効力を有するから無効ではないが、権利者または権利の体様において必しも同一ではない。しかし、登記事項だけを平面的に対照すれば、更正前の登記と更正後の登記が同一であるとはいえないが、更正登記における同一性とは、更正前の登記の効力を更正後も持続させて、しかも実体に合致しない登記の記載を実体に合致させることによつて登記を完全なものにするという趣旨である。内田照子の単有登記を被控訴人(上告人)および内田照子外四名の共有登記とすることによつて、実体と登記とが一致した完全な登記ができて、しかも登記としての効力は前後持続しているから両者の間に同一性があるということができ、実体に合致した正しい登記に改めることができるのである。したがつて、被控訴人(上告人)は単独で内田照子および控訴人(被上告人)両名に対し更正登記手続請求訴訟を提起し得る(固有必要的共同訴訟でない)と共に、それが更正登記であることの性質上、被控訴人(上告人)は自己の持分を一五分の二と更正すると同時にこれと不可分的に共同相続人奥野順子、同マスターズ絢子、同林英俊の各持分を一五分の二、および同林喜久栄の持分を一五分の五と更正すると同時に、これと不可分的に本件仮登記を共有者内田照子の一五分の二の持分に対する所有権移転請求権の仮登記と更正登記手続することまでも請求できるものといわなければならない。ところが、原判決は、『被控訴人(上告人)以外の共有者はその権利を主張して更正登記を求めたのであれば自己が当事者として訴訟を提起すれば十分自己の権利は守られるのであつて、特に共有者の一人である被控訴人(上告人)に事実上の任意的訴訟担当を許すが如き結果になる被控訴人(上告人)の主張は失当として採用できない。』と判示し。然しながら、第三者が、共有物に対して妨害するときは、各共有者は単独で、共有物全部に対する妨害の排除を請求することができ、登記請求についても、持分権確認の訴と同様に解すべきである。すなわち、各共有者は、第三者を相手方として単独で自己の持分権に関する登記を請求することができ、また第三者の不正登記の抹消についても単独で全部の抹消を請求することができるのである。原判決は、登記の性質及び効力を誤解し妨害排除請求権の解釈を誤つた違法がある。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例