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高松高等裁判所 昭和48年(ネ)60号 判決 1974年3月05日

控訴人

四国電気工事株式会社

右訴訟代理人

河本重弘

被控訴人

芥川重喜

右訴訟代理人

三野秀富

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人がその従業員として雇用していた被控訴人に対し、控訴人の合併前の伊予電気工事株式会社の就業規則第七五条第三号および第五号にもとづき、昭和四三年六月二九日、三〇日分の解雇予告手当金四万六、三六一円を提供して懲戒解雇を言い渡したこと、右就業規則が会社合併後の控訴人およびその従業員である被控訴人に効力が及ぶこと、控訴人が被控訴人を懲戒解雇するに先だち、就業規則第七六条第六号の「行政官庁の認定を受け即時解雇する。」旨の規定にもとづき、所轄労働基準監督署長に対し、認定申請をしたが同年六月二八日、同署長から認定をしない旨の通告があり、その翌二九日解雇予告手当を提供することにより前述の即時の懲戒解雇をしたものであること、はいずれも本件口頭弁論の全趣旨に照して当事者間に争いがない。

二成立に争いのない乙第三号証の就業規則によれば、控訴人の従業員に対する懲戒解雇手続についての就業規則の規定は、第七六条第六号「懲戒解雇、行政官庁の認定を受け即時解雇する。」、第五二条「従業員が左の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均賃金を支給して解職する。但し第五号により解職する場合は予告又は平均賃金の支給は行わない(以上本文および但書)。懲戒委員会の決定により懲戒解職処分に付せられたとき(第五号)」、第七八条「懲戒は懲戒委員会の議を経て行う。」という表現になつていることが一応認められる。

三右就業規則の規定を要約すれば、懲戒解雇は「行政官庁の認定を受け、解雇予告手当を支給しないで、即時解雇する。」という趣旨に解される。

ところで、懲戒解雇に関し、一般に就業規則に右のような規定がある場合、行政官庁の認定を受けることが懲戒解雇の効力要件として、その認定を受けない限り懲戒解雇を行うことができないものと解すべきかどうかは見解の分れるところである。

就業規則がそれに定められた労働条件や労働者の分限、懲戒等につき使用者の恣意を抑制して労働者の権利を保護する機能をもつことや、就業規則の歴史的沿革等にかんがみ、就業規則の規定はこれを労働者を保護する方向に解釈すべきものとし、前記のような規定は使用者の有する懲戒解雇の権能を自律的に制限しその行使を行政官庁の認定にかからせることにしたものとして、その認定を受けることをもつて懲戒解雇の効力要件と解する立場も有力である。

しかし、就業規則が労働者を保護する面の機能を営むことは確かであるが、前記のような就業規則の定めが使用者の懲戒解雇権を自律的に制限した趣旨(そのような自律的制限はもとより可能である。)と解するには、単に労働者保護の見地を優先させて解釈するというのにとどまらず、就業規則の当該規定の文言、規則制定の経緯、規定運用の慣行等の事情をも考慮して、規定の文言にもられた意思解釈として自律的制限の趣旨が認められることが必要であると解される。

ところで、前記就業規則所定の行政官庁の認定は労働基準法二〇条三項の労働基準監督署長の除外認定を指すものであり、それは解雇予告手当を支給しないで即時解雇することのできる同条一項但書の事由があることにつき、行政監督上の確認を受けることを意味するにとどまり(使用者はこの認定制度により控制を受け、即時解雇に当つて恣意的に解雇予告手当の支払を免れることができなくなる。)、それ以上に懲戒解雇事由の存否や懲戒解雇の相当性の有無の確認を受けることの趣旨までを含むものではあり得ない(行政官庁にはそのような確認行為をなすべき権限が与えられていない。)。

そして、右就業規則においては、懲戒解雇は解雇予告手当を支給しないで即時解雇することとされている(同規則第五二条但書、第五号)のであるから、労働基準法二〇条一項但書、三項により当然に行政官庁の除外認定を受けるための手続をふむ必要があるのである。

そうすると、同規則七六条第六号は、このような行政官庁の除外認定を受けるべき公法上の義務を就業規則上明示したものと解されるのであり、右規定の文言からは懲戒解雇権を、行政官庁の除外認定にかからせることとして自律的に制限した趣旨を当然に導き出すことはできない(もし、自律的に制限した趣旨ならばその趣旨が明らかに理解できるような立言をするのが通常と思われる。)。

次に、証人山中和夫の証言によれば、右就業規則の懲戒解雇に関する規定の運用については、控訴人の合併前の伊予電気工事株式会社当時においては懲戒解雇に付された事例がなく、また合併後は控訴人の愛媛支店において懲戒解雇に該当すべき事件はあつたが依願免職の扱いにされて懲戒解雇をした事例がなく、控訴人の徳島支店においては懲戒解雇の事例があつたことが一応認められるのであるが、その他の疎明を併せても、就業規則の右懲戒解雇の規定がどのように運用されてきたかは明らかでなく、なお就業規則制定のいきさつについては本件の全疎明によつてもこれを明らかにすることができない。

そしてそのほかにも、右懲戒解雇の規定について使用者の懲戒解雇権を自律的に制限した趣旨を窺うことのできる事情の存在についてこれを疏明する資料はない。

以上のとおりであつて、前記就業規則に定める行政官庁の除外認定は、使用者の懲戒解雇権を自律的に制限したものとは解し難く、解雇予告手当を支給しないで即時解雇することにつき、労働基準法二〇条一項但書、三項所定の行政官庁の認定を受けるべきことを明らかにした趣旨と解されるから、解雇の理由が同条項但書に該当する限り(本件懲戒解雇の理由とされているところは、就業規則第七五条第三号および第五号であり、右規定の内容は労働者の責に帰すべき性質のものであること後述のとおりである。)行政官庁の除外認定が受けられなくても、解雇は有効であり、除外認定の有無は本件懲戒解雇の効力に直接のかかわりをもたないというべきである。

なお本件においては、就業規則第七八条により懲戒は懲戒委員会の議を経て行うこととされていることは前述のとおりであるが、<証拠>によれば、本件懲戒解雇が懲戒委員会の議を経て行なわれたものであることを一応認めることができる。

四したがつて、本件懲戒解雇の効力は、結局、懲戒解雇の実質的当否、すなわち、懲戒解雇を相当とすべき被控訴人の非行の有無と、解雇を無効とすべき被控訴人主張の事情の存否とにかかわることになるから、次に順次この点の検討を進める。

(一)  本件の懲戒解雇が、被控訴人に、就業規則第七五条第三号および第五号に該当する非行があつたことを理由にして行なわれたことは前述のとおり当事者間に争いがなく、前顕乙第三号証によれば、右懲戒解雇の事由とされた第七五条第三号は「会社の体面を汚したとき」同第五号は「その他特に不都合の行為があつたとき」とされており、なお懲戒処分の種類としては就業規則第七六条により六種類が定められ、懲戒解雇はそのうちで最も重い処分とされていることが一応認められる。

原本の存在と<証拠>とを総合すると、本件懲戒解雇の理由となつた被控訴人の非行発生の事情とその内容とは次のとおりであつたことが一応認められる。

すなわち、控訴人会社には従来からその従業員により組織された四国電気工事労働組合(以下第一組合という。)があつたが、昭和四一年一二月ころから第一組合から脱退して新たに労働組合(以下第二組合という。)を結成する者が生じ、それ以来、第二組合関係者の第一組合員に対する脱退勧誘の動きが激しく、そのため第一組合を脱退して第二組合に加入する者が続出するにいたつたので、第一組合はこれを控訴人と第二組合との協力による第一組合に対する不当介入であるとして、昭和四二年六月ころ愛媛県地方労働委員会に対し救済の申立を行ない、それ以来同委員会において審問が行なわれていたが、昭和四三年五月ころには第二組合は第一組合よりはるかに組合員数が上回るほどとなつていた。

控訴人は高松市内に本店をもち、四国電力株式会社の委託工事および一般電気工事、電気土木、水道衛生、冷暖房工事の設計、監督、施行等を営業目的とする会社であり、被控訴人は昭和三三年一一月控訴人の愛媛支店の従業員として雇用され(以上の点は当事者間に争いがない。)、配電工事課外線班の電工として勤務していた者であるが、昭和四二年四月ころから第一組合松山支部の副支部長を、次いでその支部長となり、昭和四三年五月当時その支部長の地位にあつた者である。

ところで、控訴人の従業員である配電工事課外線班の者は同年五月二三日夜、翌日早暁からの高圧電線の架線工事に従事するための準備として、工事場所に近い旅館等に分宿することになり、そのうち高戸昭広ら数名の者が松山市湊町二丁目一の七所在の久保旅館に宿泊することになつたのであるが、同日午後七時三〇分ころ、被控訴人は同旅館に赴き同館の食堂において、同所に宿泊のため在館していた二、三の第一組合員を相手に、控訴人との交渉によるベースアップの配分等の情報を話していた際、第二組合員の前記高戸が、同館に宿泊の予定で来館し、右食堂に現われたので、その場にいた福山照男が高戸に食事をとるよう勧めたのに対し、同人が「親分が来たら一緒に食べる。」と返答したのを、被控訴人が聞き止めて「親分とは誰ぞ」、「やくざのようなことを言うな」等と言つて高戸の言動を非難したことから同人と口論になり、被控訴人はその場で高戸から顔面を一回手拳で殴打されたが、直ちに前記福山ほか一名により制止されたため反撃することなくその場をおさめ、間もなく自宅に帰つた。

しかし、被控訴人に帰宅した後も、第一組合を脱退して第二組合に走つた年少の高戸から殴打さたれまま反撃も加えずに引き下つたことが釈然とせず、第一組合の支部長としての立場もあり、自宅で飲酒しているうちに酒気も加わり、高戸を包丁で脅かして仕返しをしようと考えるにいたり、自宅から刃渡り一五ないし二〇センチメートル位の菜切り包丁を携えて松山市内の飲食店「火の鳥」に寄つて高戸を探した後、さらに同日午後一〇時半ごろ前記久保旅館に行き、同館の二階客室内で布団に横臥して就寝しようとしていた高戸に対し包丁を向けて突き掛つたが同人との間に敷いてあつた長尾泰夫の布団につまずいてよろめくとともに高戸から足で突きのけられて尻もちをつき、そこで起き上つて再び突き掛つたが高戸の身体の上に前のめりに伏したところを、右長尾外一名により取り押えられ制止されたため、それ以上の攻撃を思い止まり同旅館外に退出した。

しかして、高戸は同夜同旅館に宿泊する予定であつたが被控訴人からさらに暴行を受けることをおそれ、直ちに控訴人の会社宿直室に避難し宿泊した。

被控訴人は同年同月二七日松山地方検察庁検察官に自首し、同年一二月、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反罪および銃砲刀剣類所持等取締法違反罪により略式命令で罰金二万五、〇〇〇円に処せられた。

以上の事実が疏明され、<証拠判断省略>。

右事実関係によれば、被控訴人の行為は勤務時間外に行われた他の従業員との喧嘩ではあるが、翌日の勤務に備えて待機するため従業員が集団的に宿泊している部外の旅館に赴き、夜半、兇器を用いて従業員に突きかかつたもので、場合によつては重大な結果の生ずるおそれのある危険性の高い非行である。そして電気工事の施行等控訴人の事業が会社外において行われるものである性格上、従業員同志の喧嘩等の非行が、例え職場外のものであつても控訴人の信用、体面に関わる場合が多いというべきところ、上記認定のような状況における被控訴人の所為は控訴人の体面を著しく汚した行為であることは勿論であるし、他面職場秩序をも乱すことの甚だしい、特に不都合の行為と評価されてもやむを得ない所為と思料されるので、就業規則第七五条第三号および第五号の懲戒事由に該当するものと解することができる。

ところで、非行の情状については、被控訴人の右非行は喧嘩の相手方である高戸が先に被控訴人を殴打したことに発端したものであること、人身傷害の結果が生じなかつたこと、被控訴人が非行後間もなくから反省を加えていること(証人越智宗俊の証言により疎明される。)、検察官に自首し、刑事処分を受けたこと、相手方の高戸が前記殴打暴行の非行につき、戒告書の交付を受け注意処分を受けたこと(弁論の全趣旨によりその成立を一応肯定できる乙第二号証により疎明される。)等の被控訴人に有利な情状はあるが、右非行は喧嘩の現場において興奮の余りにした挙措とは趣きを異にし、一旦喧嘩がおさまつた後に計画的に自宅から包丁を持ち出して行つたものであり、その方法、態様と併せて情状は重いといわざるを得ない。

次に、従業員同士の喧嘩とそれに対する従前の処分例をみると<拠証>によれば控訴人においては先に、従業員同士の喧嘩による傷害事件が二件あつたが懲戒解雇をしなかつたこと、しかしこれらの事件のうち一件は忘年会の席上における飲酒のうえの喧嘩であり、双方の間に和解が成立しており、他の一件は被害者が、職務に従事中の加害者に執拗に因縁をつけて挑発した結果、怒つた加害者から殴られて負傷したという事例であることが認められる。

これらの事例は傷害の結果が生じたものであるけれども非行全体の情状は本件非行の方がはるかに重いと考えられるので、これらの事例は本件の処分につき先例とするには適当でなく、ほかに類似の事例を認める資料はない。

証人山中和夫の証言によると、控訴人は、前に類似の事例につき懲戒解雇処分に付した実例がなかつたところから、本件非行について被控訴人を依願退職(就業規則第七六条第五号の諭旨解雇(譴責した上で退職願を提出させる。)に当るものと解される。)の扱いをしようとし、その旨を控訴人に勧告したが、結局控訴人が承認しなかつたので、本件の懲戒解雇となつたものであることが疎明される。

そうすると、以上の諸点を総合して評価すれば、被控訴人に就業規則第七五条第三号および第五号の懲戒事由に該当する非行があり、その情状が重いものとして懲戒解雇に当るとしたことは社会通念に照し、いまだ著しく妥当性を欠くものとはいえない。

(二)  被控訴人は本件懲戒解雇は、第一組合の松山支部長として組合の中心的な地位にあり積極的な組合活動をしてきた被控訴人の組合活動を封殺し、第一組合を破壊する目的でなされた不当労働行為であると主張している。

懲戒解雇の事由があり、懲戒解雇が行なわれた場合にも、反組合的な意図にもとづく解雇として不当労働行為となる余地があることは必ずしも否定できないし、本件においては、前記のように控訴人の従業員の労働組合が二分し、被控訴人の属する第一組合が第二組合により蚕食されて、第一組合から救済申立がなされ、右懲戒解雇が行なわれた当時は第一組合に対する控訴人の介入行為の有無をめぐり、労働委員会の審理がまだ継続中であつたことおよび被控訴人が控訴人と対立抗争していた第一組合の松山支部長であつたことは前述のとおりであり、また被控訴人が積極的に組合活動をしてきたことは甲第六号証により一応これを肯定することができるけれども、本件の疎明をすべて総合しても、本件懲戒解雇が被控訴人の前述の非行をもとに、これが就業規則の前記懲戒事由に該当することを決定的な理由としてなされたものと一応認めることができるに止まり、ほかに被控訴人主張の反組合的な意図の実現を主たる目的として解雇処分がなされたものと認めるべき疎明はない。

(三)  そして、ほかにも本件の懲戒解雇が権利の濫用にわたることをうかがわせる資料はない。

五以上に説明したとおりであるから、本件懲戒解雇は有効であり、被控訴人は右処分により控訴人の従業員たる地位を失つたものである。

そうすると、被控訴人が仮処分を求める本案の被保全権利は一応存在しないものと認めざるを得ないし、なお保証をもつて疎明に代えることも適当でないと解されるので、被控訴人の本件仮処分申請は理由がなく却下すべきである。

よつて、原判決は右の結論と異なり、仮処分申請を一部認容した点で不当であり、本件控訴は理由があるので、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し、被控訴人の申請を却下し、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(合田得太郎 伊藤豊治 石田真)

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