高松高等裁判所 昭和48年(行コ)4号 判決 1974年7月31日
控訴人 国
訴訟代理人 岸本隆男 外四名
被控訴人 岡田忠孝
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し一二万二二八六円と、これに対する昭和四三年九月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金只を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担する。」との判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
一 土地収用法は、土地等に対する補償金額を算出する基礎として取引価額主義の原則を採用しているが、その趣旨は、「収用される権利の取引価額を補償すれば、被収用者はその補償金によつて、一般取引市場において従前と同価値の権利を取得できるという原状回復の要請である。」と解される。これを借地権についてみると、借地権者はその受領した補償金をもつて、従前の土地上に存するのと同価値の借地権を取得すべく、もし、従前の宅地が特殊な形状の故に、同一形状の借地を求め難い場合は、右補償金をもつて、自らまたは他のものをして従前と同様の形状の宅地に造成せしめるべきは当然というべく、その意味において、移転地における宅地造成費用は借地権に対する補償金額に含まれているものといわねばならない。
二 ところで、(1) 、本件建物の近傍類似の他の建物数戸については、本件の場合と極めて類似した条件にありながら、それぞれの建物所有者は、起業者との任意協議の段階で、或は、不服申立の段階でいずれも円満に妥当し、現実にその近傍で代替借地を求め、当該地上に建物を移転していること、(2) 本件借地は、公簿上地目が山林であり、被控訴人が、右借地上に建物を建設するに際してこれを宅地に造成したものであること、本件借地の近傍に右借地に類似した地形の土地が存したこと、同土地は現況いずれも雑種地と目されるが本件宅地に類した宅地造成を行えば本件建物の移転が可能であること、起業者建設大臣との間の任意協議に応じて円満に交渉が妥結した本件建物の近傍類似の他の建物数戸の所有者は、いずれも被控訴人の場合と類似の条件のもとに、移転先の土地において宅地を造成してこれに建物を移築していること、本件における以上のような事実関係に照らすと、被控訴人は、本件借地の現況に基づく評価による借地権に対する補償を受けながら、右借地の近傍において移転可能な土地がいずれも非宅地であるため、宅地の借地権取得に要する出捐を何ら要しないから、右補償金はすべて移転先の宅地造成費として支出しうるものである。そうであるとすれば、収用委員会の裁決した本件借地権に対する補償金額に、移転先における宅地造成費が包含されていること、および、右裁決にかかる補償金額が相当であることは明白である。
三 仮に、収用委員会が裁決した本件借地権に対する補償金額が低きに失したとしても、本件借地と同程度の宅地の造成費用は三二万八、〇〇〇円が相当であるから、控訴人は、これと借地権に対する補償額二〇万五、七一四円との差額一二万二、二八六円についてのみ支払義務があるというべきである。
四 仮に、以上の主張が認められないとしても、本件の宅地造成費用は、三二万八、〇〇〇円が相当であるから、控訴人にはそれ以上の金員の支払義務はない。
(被控訴人の主張)
借地権に対する補償額に宅地造成費用が含まれていること、および、控訴人主張の宅地造成費用額は争う。
(証拠関係)<省略>
理由
一 被控訴人の請求原因一の1、2の事実(原判決二枚目表一三行目から同枚目一三行目までの事実)は、裁決書の正本が被控訴人に送達された日の点を除き、当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によれば、昭和四三年八月二二日ごろ右裁決書の正本が被控訴人に送達されたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。<証拠省略>、当事者間に争いのない前記事実によると、本件収用は被控訴人が訴外吉川範之から家屋の建築敷地として賃借していた土地の所有権の収用であること、右裁決においては、被控訴人に対する損失補償は、土地の賃借権に対するものとして二〇万五、七一四円、物件移転料及びその他のものとして一九九万八、四四二円(内右家屋の移転料は一三三万九〇〇円)と定められたこと、右家屋の移転料中には移転先における敷地造成費用は包含されていないこと、また、その他の損失補償金項目においてもその敷地造成費用は計上されていないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。本件収用の土地が所在する高知県長岡郡大豊町高須地区の地形、被控訴人の生業等についての当裁判所の認定判断は、原判決八枚目表八行目の「乙第六号証の二ないし六、」の次に「同第七号証、同第一一号証、」と、同一〇行目の「弁論の全趣旨によると、」の次に「原告の居住する大豊町高須字弘瀬は国鉄大杉駅の北を流れる穴内川の北岸に位置し、国道三二号線の両側に沿つて旅館、飲食店等の人家が続き、大豊町役場などもあつて町の中枢部をなしており、国道三二号線の北側の人家は道路際まで山が迫つているため、わずかな平地を利用して建てられており、同国道の南側の人家は、穴内川の北岸の岩壁を利用して建てられていること、」と、同八枚目裏五行目の「造成されたものであること、」の次に、「その造成費用は原告において支出したものであること、」と各挿入し、同八枚目裏一行目の「東側」とあるのを「南側」と訂正するほかは、原判決八枚目表七行目から同九枚目表一二行目までと同一であるからここにこれを引用する。<証拠省略>によると、被控訴人は現在本件収用の土地から右高須地区内の他の穴内川左岸の斜傾地に敷地を造成して前記家屋を移築していること、右移転先において本件収用の土地になされていた石積み擁壁等による敷地の造成とほぼ同程度の敷地の造成をするとすれば、その敷地の造成費用は昭和四三年九月二〇日当時においては金三二万八、〇〇〇円相当であることが認められ、右認定に反する<証拠省略>は措信し得ず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
二 右認定の諸事実を前提として、以下本件損失補償額につき検討することとする。
被控訴人は、本件収用の土地と同一地形の敷地があれば、前記家屋の移転料についての裁決額は適正である旨自陳し、弁論の全趣旨によれば、その余の賃借権等についての前記裁決額を争わず、要するに、移転先の敷地の達成費用を右裁決額以外に損失補償として支払うべきであるというにあり、控訴人は移転先の敷地の造成費用は本件収用の土地の賃借権に対する右補償額に当然包含されているから、右裁決額以外にこれを補償すべきいわれはないというにある。そこで考えるに、収用された土地の賃借人が擁壁等を築いて敷地を造成した場合には、その擁壁等は土地と一体となつて、収用された土地の効用を増大させ、その限りにおいて収用された土地の交換価格を増大させているのであるから、右の敷地造成費用は、その土地の効用を増大させた限りにおいて、土地の補償価格の中に化体されており、ひいては賃借権の補償価格にも化体しているものというべく、したがつて、賃借権に対する補償価格が相当である限り、通常の場合においては、賃借人の移転先における敷地造成費用は右の賃借権に対する補償額の中に当然観念的に包含されており、賃借人が通常受ける損失とはいいえないので、これは損失補償の対象とはなしえない。しかしながら、賃借人がその生業及び地形等の関係から敷地の造成をしなければ家屋の移転先がないような特別な場合において、その移転先における通常の敷地造成費用が賃借権に対する補償額を超える場合には、その賃借権に対する補償額を超過した敷地造成費用部分は昭和四二年法律第七四号による改正前の土地収用法八八条の「通常受ける損失」というべきであるから、賃借人はこれにつき損失補償を受けうべきものと解するのを相当とする。これを本件についてみるに、前記認定のような大豊町の位置、地勢、被控訴人の生業等の諸事実にかんがみるときは、被控訴人の移転先は右高須地区内に求めざるをえないこと、しかも、本件収用の土地と同程度の敷地造成をしなければ本件家屋の移転は不可能であることが認められ、前記説示の特別な場合に該当するので、被控訴人は、前記裁決にかかる損失補償額以外にさらに右の移転先における敷地造成費用三二万八、〇〇〇円から右裁決にかかる賃借権に対する補償額二〇万五、七一四円(この賃借権に対する補償額については、それが相当であることにつき被控訴人が争わないところである)を控除した一二万二、二八六円の限度でのみ損失補償を受けうべきものといわれなければならない。
三 よつて、被控訴人の本訴請求中、一二万二、二八六円及び本件収用の時期の翌日である昭和三四年九月二一日からその支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべく、これと異る原判決は右の限度で変更し、訴訟費用の負担については民訴法九六条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)