高松高等裁判所 昭和48年(行コ)8号 判決 1976年3月24日
控訴人
山本鹿造
<外六名>
右七名訴訟代理人
阿河準一
<外二名>
被控訴人
坂出市長
番正辰雄
右代理人
後藤吾郎
<外二名>
被控訴人
香川県知事
前川忠夫
右代理人
大西美中
<外二名>
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人坂出市長は、アジア共石株式会社(元アジア石油株式会社)に対して、工場用上水および工場建設工事用水を供給し、もしくは、工場の従業員住宅その他の厚生施設の建設に必要な用地の確保に協力してはならない。被控訴人香川県知事は、アジア共石株式会社(元アジア石油株式会社)に対して香川県番の州地区造成地78万8848.44平方メートルを譲渡してはならない。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上法律上の主張、提出、援用した証拠、認否は、次に付加する外は、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。
(控訴人らの主張)
一 (協定の無効について。)
(1) 香川県、同県坂出市、同県宇多津町は、昭和四四年六月一〇日、訴外アジア石油株式会社(現在は社名を変更してアジア共石株式会社となる。以下訴外会社という)との間に、訴外会社坂出工場の誘致、建設に関する協定(以下本件協定という)を締結し、控訴人香川県知事は、本件協定第二条に基づき、同日、訴外会社との間に、訴外会社坂出工場の誘致、建設に伴う番の州造成地の売買に関する契約(以下本件売買契約という)を締結した。そして、本件協定の効力は、香川県、坂出市及び宇多津町のそれぞれの議会において承認されたときに生ずるものとされているところ、右議会の承認とは、「議会の承認決議」を意味するものである。
(2) ところで、本件協定が坂出市議会で適法に承認決議をされたことはないから、本件協定の効力は生じていない。
(イ) 被控訴人坂出市長は、坂出市議会に本件協定の承認決議を求めるべく、昭和四四年九月一三日同市議会を招集したところ、同市議会は、同日午後零時五分に開会され、会期を当日一日限りとする旨の議決をして直ちに休憩に入つたが、その後同日午後五時の会議終了までの間に、被控訴人坂出市長の提案した本件協定の承認決議をしたことはなく、同日午後五時に閉会となつたものであるから、本件協定は審議末了で廃案となつたものである。なお、坂出市議会規則八条一項によれば、同市議会の会議時間は午後五時をもつて閉議されることになつているから、午後五時以前においても、会議の時間延長が適法に議決されない限り、本会議を開くことはできず、既に会期が一日と定められている以上、午後五時をもつて議会は閉会となるところ、右同日会議時間の延長がなされたことはない。
(ロ) 次に、会議時間の変更延長は、議長の職権に属するものではない。坂出市議会規則九条二項但書の規定は、会議時間の変更延長を議長の職権とせず、議会全体の意思をもつてすることを明らかにしたものと解すべきであつて、このように解することは、会議公開の原則に合致し、地方自治法一〇二条六項の議会の会期、その延長並びにその開閉に関する事項は、議会がこれを定めるとの規定にそうものである。そして、地方自治法一〇四条によれば、議長の職務権限は、議事整理権、議会代表権等であつて、議会が活動能力を有するための存在そのものに影響を与え得る会議時間の延長についての決定権限を有しているものではなく、坂出市議会規則九条二項本文も、議長に会議時間変更の発議権を与えたものに過ぎないのである。
(ハ) 次に、当時の坂出市議会の石井議長が、昭和四四年九月一三日開会の前記坂出市議会において、当日審議する議案の審議が終了するまで、会議時間を延長する旨の宣言をしたことはない。仮りに、石井議長が右宣言をしたとしても、右宣言は、速記者にも全くわからず、議長自身にすら聞きとれなかつたのであるから、無効というの外はない。
(ニ) さらに、当日、控訴人三宅正瞭、同山下郁らが、時間延長についての議長の発案に異議を述べたのに対し、議長は、議場混乱を理由にして、この異議を会議にはからなかつたところ、議場が混乱したからといつて、右異議を会議にはからないまま会議時間の延長をすることができる法令上の根拠はないから、この点からも、右時間延長は適法になされていないものというべきである。
なお、控訴人三宅正瞭、同山下郁らが、当日議場を混乱させ、騒然たる状態を招いたことはない。すなわち、控訴人三宅正瞭、山下郁らが、かねてから本件協定を承認をすることに反対であり、本件協定の承認議案を審議未了の廃案に持ち込むことを意図していたところ、当日午後四時四五分再開された議会において、時間延長の議長提案を右会議規則七一条所定の投票による表決に付するならば、少くとも一回の投票に三〇分の時間を要することは過去の同議会の例においても明らかであり、投票中に時間切れ、流会となることは必要であつたである。したがつて、右のような意図をもつ控訴人三宅正瞭、同山下郁らが、自ら議場混乱の原因をつくることは何ら益のないことであり、議長の時間延長の発案と同時に、議長の胸倉を掴み、机上のマイクを投げ捨て、議事進行用のメモ書を引きちぎる等の行為をするようなことは絶対になかつたのである。
二 (地方自治法二四二条の二について。)
(1) 地方自治法二四二条の二に定める「当該行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれ」とは、当該地方公共団体自体について生ずるものにとどまらず、地域住民一般の福利が損われるおそれのある場合も含むと解すべきところ、いわゆる公害の如き地域環境を悪化させる事態にあつては、住民の安全、健康、福祉を保持すべきことをその事務としている地方公共団体としては(地方自治法二条三項一号)、これを防衛すべきこととなり、結局財政負担をよぎなくされて、地方公共団体自体にも損害が生じてくるものであるから、右にいう損害に該当するものというべきである。
(2) ところで、被控訴人らが番の州に訴外会社を誘致したことにより香川県などが直接蒙つた損害は次の通りである。
(イ) 香川県は、訴外会社に対して、不動産取得の一〇分の一に相当する金額を奨励金として交付したは、昭和四八年度で金一四三八万九〇〇〇円にのぼつている。
(ロ) 香川県は、昭和四四年六月一〇日、訴外会社に対して、県有地七八万八八四八平方メートルを、3.3平方メートル当り金一万円という極端な廉価(時価の約二割)で、しかも、二年間六回の割賦払いの条件で売却した。
(ハ) 香川県は、訴外会社など番の州誘致企業に対する工業用水を確保するために、総額金四〇億円余の工費をかけて府中ダムを建設し、しかも、その工業用水をトン当り金六円(なお、昭和四九年度からは金八円)という廉価で供給しているため、累積赤字は金七億八〇〇〇万円余にのぼつている。
(ニ) 番の州埋立地の幹線道路、緑地帯の設置、宇多津跨線橋の建設など、企業活動のための諸経費を県費でまかなつている。
(ホ) 香川県、坂出市は、訴外会社に対し、その従業員用住宅敷地を優先的に供給している。
(ヘ) 香川県は、訴外会社などを誘致するに先立ち、県民に対して公害は絶対に出さないと大宣伝をしたのであるが、操業開始直後から大気汚染が進み、密柑に対する被害や人体に対する被害も出てきた。そこで、香川県は、これらの公害に対処するため、多額の公害対策予算をあてざるを得なくなり、その額は、昭和四九年度の当初予算のみでも金二億六〇〇〇万円余である。
三 なお、本件協定が締結された後現在に至るまでの間において、坂出市は、被控訴人坂出市長がその代表者となつて、本件協定に基づき、現実に、訴外会社に対し、工業用上水及び工場建設工事用水を供給し、かつ、右訴外会社の工場の従業員社宅その他の厚生施設に必要な用地の確保に協力し、さらに、今後も右水の供給や用地の確保に協力しようとしているし、また、香川県も、被控訴人香川県知事がその代表者となつて、本件協定に基づき、現実に訴外会社に対し、番の州地区造成地78万8848.44平方メートルを譲渡したが、本件協定の効力は生じていないから、右坂出市長及び香川県知事が坂出市及び香川県の代表者としてなした右行為は、違法無効なものである。
(被控訴人らの主張)
一、控訴人らの右一、二の主張事実中、香川県、同県坂出市、同県宇多津町と訴外会社との間に昭和四四年六月一〇日本件協定が締結されたこと、坂出市議会が昭和四四年九月一三日招集され、会期を当日一日とする決議をした後休憩に入つたこと、以上の事実は認めるが、その余の一、二の事実は争う。
同三の事実のうち、本件協定の効力が発生しておらず、本件協定に基づいて坂出市長及び香川県知事が坂出市及び香川県の代表者としてなした行為が違法無効であるとの点は争う。
二、控訴人らの被控訴人香川県知事に対する本訴請求は、番の州の造成地を譲渡してはならない旨の差止請求であるところ、香川県は、訴外会社に対し、昭和四八年三月三一日右土地を引渡し、同年七月一〇日、その所有権保存登記も完了しているから、控訴人らの被控訴人香川県知事に対する本訴請求は、これを求める実益がなく、この点においても棄却さるべきである。
(1) 控訴人らは、香川県が訴外会社に対し、不動産取得税の一〇分の一に相当する金額を奨励金として交付した点を取り上げて非難をしているが、工場誘致等に際し、地方公共団体が、当該誘致企業に対し、公益上の事由に基づいて補助金を交付することは国の行政指導によつて認められているから(昭和三〇年一〇月一八日都道府県総務部長あて、自治庁税務部長通達四項)、香川県が控訴人ら主張の金額を訴外会社に交付したことは何等非難さるべきことではない。
(2) 次に、控訴人らは香川県が訴外会社に売却した土地の価格が不当に低廉であると主張するが、番の州の企業誘致は、大型企業の立地により県内産業の振興を図るという政策目的に基づいて行なわれたものであるから、土地売却価格についても政策価格としての原価主義を採用したものである。なお、右代金の支払についても、土地引渡し前の二年間に六回の割賦支払をさせたもので、土地引渡の時点では、売買代金の全額が支払われているのである。したがつて、右売買代金が不当に低廉であるとの非難は当らないのである。
(3) 控訴人ら主張の府中ダムは、訴外会社などの番の州誘致企業に対してのみ工業用水を供給するものではなく、広く坂出市内の工業用水を必要とする企業一般に供給するためのものであるから、府中ダム建設の赤字は、番の州誘致企業についてのみ計算されるべきものでないのみならず、番の州地域についても、まだ、誘致企業が全部進出していないので、現時点において、右赤字を訴外会社など既存の番の州誘致企業のために生じたものと断ずることはできないのである。
また、府中ダムの建設及び工業用水供給等による累積赤字は、控訴人ら主張の如く金七億八〇〇〇万円余ではなく、坂出工業用水事業の累積赤字は金三億三八九六万円余に過ぎないのである。なお、現在坂出工業用水の単価は一立方メートル当り金八円であるが、これは通産省の料金指導により値上げが抑制されているためでもあつて、近く指導料金の単価が改訂される見込みである等諸般の事情から累積赤字は、昭和五八年度頃には解消の予定である。
(4) また、番の州埋立地の幹線道路、緑地帯の設置、宇多津跨線橋の建設事案などは、いずれも香川県が地方自治法二条三項二号に定める公共事業として、その政策目的を実現するためにこれを施行し、又は、施行しようとしているのであつて、単なる企業活動の便宜のために行なつたものではない。
なお、香川県が訴外会社に対し、その従業員用住宅敷地を供給したことはない。
(5) 次に、訴外会社が番の州で操業を開始したのは昭和四七年一〇月であるから、控訴人ら主張のみかんの被害は右操業開始以前のことであるし、また、訴外会社が操業を開始する以前とくらべてそれ程の変化はなく、控訴人ら主張の人体に対する被害も訴外会社の操業と因果関係があるとは断定できない。
なお、香川県の公害対策の予算は、地方自治法二条三項一号に定める公共事業に要する経費として予算計上され、執行されたものであるから、控訴人ら主張の損害には当らないし、また、昭和四九年度公害対策予算金二億六〇〇〇万円は、香川県全体の公害対策予算であつて、そのうち番の州地域に直接関係するものは金六八〇〇万円余に過ぎないのである。
(証拠関係)<略>
理由
一香川県、同県坂出市、同県宇多津町の三地方公共団体が、控訴人ら主張の日に、訴外アジア石油株式会社との間に控訴人ら主張の本件協定を締結し、右協定第二条に基づき香川県が右訴外会社との間に控訴人ら主張の売買契約を締結したこと、右協定及び売買契約は香川県及び坂出市がそれぞれ訴外会社に対し、控訴人ら主張の如き内容の債務を負担すること等を内容とするものであること、香川県及び坂出市の住民である控訴人らが、被控訴人らにおいて香川県及び坂出市の各執行機関として右協定に定める義務の履行をすることは、違法又は不当であるとして、香川県及び坂出市の各監査委員に対し、地方自治法二四二条所定の監査請求をしたところ、いずれも控訴人ら主張の日に右請求は理由がない旨の決定通知がなされたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二次に、地方自治法二四二条の二、一項一号にいわゆる差止め請求の対象となるのは、地方公共団体の長やその他の職員の公益の支出、財産の取得、管理、その他財務に関する違法な行為であり、右にいわゆる財務とは、地方公共団体が継続的かつ秩序的に営む予算、収入、支出、決算、財産等に関する管理処分等の作用を総称し、地方公共団体のなす私法上の契約の締結、及び、これに基づく履行もこれに含まれるものと解すべきであるから、右契約に基づく義務の履行が違法な限り、その差止めを求めることができるものと解すべきところ、前記当事者間に争いのない事実に、原本の存在及びその<証拠>によれば、香川県及び坂出市が訴外アジア石油株式会社との間に締結した本件協定は、いずれも香川県の所有する財産(土地)や坂出市の管理処分権を有する財産(工場用上水及び工場建設工事用水)についての処分等に関する契約、ないしは、坂出市の出捐(金銭の支出又は労務の提供)において一定の行為をする債務を負担する契約であり、右契約はその性質上私法上の契約であることが認められるから、この契約に基づく被控訴人らの義務(債務)の履行が違法である限り、控訴人ら住民は、その行為の差止めを求めることができると解すべきである。
三次に、控訴人らは、本件協定は、香川県、坂出市、宇多津町のそれぞれの議会で承認を得ることをその効力の発生要件としており、本件売買契約も、本件協定に付随する契約として、本件協定の効力の発生をまつてその効力が生ずるものであるところ、本件協定については坂出市議会の承認を得ていないから、本件協定及び本件売買契約の効力は未だ発生していないと主張し、被控訴人らの本件協定及び本件売買契約に基づく義務履行の差止めを求めている。成程、前掲第一号証によれば、本件協定を記載した甲第一号証の協定書二二条には、「この協定は、甲(香川県)、乙(坂出市)および丙(宇多津町)においてそれぞれ議会の承認を得たときその効力を発生する。」との旨規定されていること、したがつて本件協定は右議会の承認を得ることがその効力の発生要件となつていること(但し、香川県の関係でも、坂出市議会の承認がその効力発生要件となつているか否かの点は暫く措く)、以上の如き事実が認められる。しかしながら、香川県が番の州造成地を訴外アジア石油株式会社に譲渡することや、坂出市が同訴外会社に対し、工場用上水および工場建設工事用水を供給したり、訴外会社の工場の従業員住宅その他の厚生施設建設に必要な用地の確保に協力することについて、法令又は条例上、香川県や坂出市議会の承認を受ける必要があることについては何等の主張立証もなく、却つて、弁論の全趣旨によれば、香川県及び坂出市が右の如き行為をするについて、法令及び条例上は、坂出市議会の承認を受ける必要のないことが認められるから、仮りに坂出市のみならず、香川県の関係でも、控訴人ら主張の如く、坂出市議会の承認が本件協定によりその効力発生要件となつているとしても、香川県及び坂出市が訴外会社と本件協定を締結するに際し、法令上は、坂出市議会の承認を本件協定の効力発生要件とする必要はもともとなかつたものであつて、香川県及び坂出市は坂出市議会の承認の有無に拘らず、その効力が発生するとの旨の協定を締結することも何等妨げなかつたものというべきである。そしてかかる事実に、原審証人松浦薫の証言を綜合して考えれば、香川県や坂出市が坂出市議会の承認があつたときに、本件協定の効力が発生するものとしたのは、法令や条例等の規定、ないしは、香川県民、坂出市民等との約束に基づくものではなく、被控訴人香川県知事や同坂出市長が、香川県や坂出市の代表者・執行機関として、本件協定を締結しこれに基づく義務履行をすることによつて生ずることのあり得る政治責任を回避するためになされたのに過ぎないと認めるのが相当である。しかして、以上認定のように、本件協定について坂出市議会の承認を得ることをその効力発生要件としたのは、法令又は条例の規定や住民等との約束に基づくものではなく、単に被控訴人香川県知事や同坂出市長がその政治責任を問われることを回避するためにしたものであることに照らしてみれば、本件協定について、坂出市議会の承認がない場合であつても、被控訴人香川県知事や同坂出市長が、香川県及び坂出市の代表として、自らこれを有効と認め、或は、訴外会社との新たな合意により、これを無条件なものとして本件協定に基づく義務の履行をすることは、法令上何等妨げないものと解すべきであるし、また、本件協定とは別個に、これと全く同一内容の協定(但し、坂出市議会の承認を効力発生要件としないもの)を新たに締結するとか、その他の行為によつて、本件協定と同一内容の義務の履行をすることもできるものと解すべきであるところ、このように香川県や坂出市ないしはその代表者である被控訴人香川県知事や同坂出市長が、坂出市議会の承認の有無に拘らず、何時でも本件協定を有効とし、或は、これと同一内容の協定を締結する等して、その義務を適法有効に履行し得る以上は、控訴人ら住民は、本件協定につき坂出市議会の承認のないことのみを理由にして、本件協定及び本件売買契約に基づく被控訴人らの義務履行の違法を主張してその行為の差止めを求めることはできないものと解するのが相当である。(なお、現実に、被控訴人香川県知事や同坂出市長が、香川県及び坂出市長の代表者、執行機関として本件協定及び本件売買契約上の義務を履行する場合には、坂出市議会の承認の有無に拘らず、本件協定及び本件売買契約を有効なものと認めて右義務履行をするものであることは経験則上明らかであるから、右義務履行は結局適法というべきである。)のみならず、本件協定に定める香川県、坂出市及び宇多津町の各債務は、その性質上別個独立の債務と解せられるし、その他前掲甲第一号証の本件協定書二二条の規定の文言、さらには本件協定の締結された昭和四四年六月一〇日に、香川県と訴外会社との間に締結された前掲甲二号証の本件売買契約書一三条には、「この契約は甲(香川県)が議会(香川県議会を意味するものと解せられる)の承認を得たときにその効力を発生する。」とのみ記載されていて、香川県議会以外の坂出市議会、宇多津町議会の承認を要する旨明記していないこと等に照らしてみると、香川県の関係では、同県議会の承認さえあれば、坂出市議会や宇多津町議会の承認がなくても、本件協定の効力が発生する趣旨であると認めるのが相当であるから、香川県の関係では、坂出市議会の承認のないことを理由に本件協定及び本件売買契約の効力が生じていないとはいい得ないし、さらにまた、地方自治法二四二条の二、一項一号の差止め請求は、当該行為がなされる以前かそれがなされつつあるときにのみ認められるのであつて、当該行為がなされた後にはその差止請求を求めることはできないと解すべきところ、<証拠>によれば、香川県は、既に被控訴人香川県知事がその代表者として、本件協定及び本件売買契約に基づき、昭和四八年三月三一日、控訴人ら主張の土地を訴外会社に現実に譲渡して引渡し、かつ、同年七月一〇日、同訴外会社においてその所有権保存登記も了していることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、被控訴人香川県知事の関係では、以上の各点からするも、本件協定につき坂出市議会の承認のないことを理由として、控訴人ら主張の土地の譲渡行為の差止めを求めることはできないものと解すべきである。
よつて、控訴人らの本訴請求は、以上の点において既に失当というべきである。
四のみならず、当裁判所も、控訴人らが本訴で差止めを求めている被控訴人らの行為が違法であつても、これによつて、香川県及び坂出市に地方自治法二四二条の二にいわゆる回復困難な損害を生ずる虞れはないと認定をするものであつて、その理由は、次に付加する外は原判決一一枚目裏二行目から同一三枚目表二行目までに記載の通りであるから、これを引用する。
控訴人らは、当審で、被控訴人香川県知事が控訴人ら主張の番の州造成地を訴外会社に譲渡し、被控訴人坂出市長が訴外会社に工業用上水及び工場建設用水を供給する行為、並びに、訴外会社の厚生施設等の用地の確保に協力する行為によつて、当審での主張二の(2)(イ)ないし(ヘ)に記載の如き損害を蒙るなどの主張をしているが、地方自治法二四二条の二にいわゆる回復困難な損害とは、当該差止めを求める行為によつて直接地方公共団体に生ずる損害をいうものと解すべきところ、控訴人ら主張の事実のうち、(イ)香川県が訴外会社にその主張の如き奨励金を交付し、(ロ)府中ダムを建設して工業用水をトン当り金六円で供給し、(ハ)幹線道路、緑地帯の設置、宇多津跨線橋の建設など企業活動のための諸経費を県費でまかない、(ニ)訴外会社の従業員用住宅敷地を優先的に供給し、(ホ)多額の公害対策費を支出すること等は、それがいわゆる香川県について生じた損害であると仮定しても、右はいずれもその性質上被控訴人香川県知事が香川県代表者として前記番の州造成地を訴外会社に譲渡することによつて直接生じた損害とは認め難く、却つて、右譲渡行為後に、香川県ないし被控訴人香川県知事が新たになした別個の行為によつて生じた損害と認むべきであるし、また、坂出市が訴外会社の従業員用住宅敷地を優先的に供給しているとの点についても、右と同様に認むべきである。のみならず、坂出市が右敷地を不当に低廉に供給するなど、右敷地を供給したことにより、直接坂出市に損害が生じたことについては、何等の立証もない。
なお、、香川県が番の州造成地78万8848.44平方メートルを3.3平方メートル当り金一万円で、しかも二年間の六回の割賦払いで売却したとの点についても、右売買価格が不当に低廉であるとの事実を窺わせる趣旨の当審における山下郁本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。
よつて、被控訴人らの前述の各行為によつて香川県及び坂出市に直接回復困難な損害が生ずる虞れがあるものとは認め難いから、この点においても控訴人らの本訴請求は失当である。
五してみれば、控訴人らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくすべて失当である。
よつて、控訴人らの本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用につき民訴法九五条八九条九三条を適用して主文の通り判決する。
(秋山正雄 後藤勇 辰巳和男)