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高松高等裁判所 昭和49年(ラ)46号 決定 1974年12月04日

抗告人

関谷興一

右代理人

菅原辰二

相手方

トリオ商事株式会社

右代表者

新井新次郎

右抗告人から、松山地方裁判所昭和四九年(モ)第四二〇号移送申立事件

(本案同裁判所昭和四九年(ワ)第三〇七号売掛代金請求事件)について同裁判所が

昭和四九年一〇月一四日なした移送決定に対し、即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙に記載の通りである。

よつて判断する。

一記録によれば、相手方(原告)と抗告人(被告)間の松山地方裁判所昭和四九年(ワ)第三〇七号売掛代金請求事件において、相手方は抗告人に対し、昭和四九年六月二八日から同年七月三日までに売渡した電気器具等の売掛残代金の支払を求めるものであるところ、右取引は、相手方と抗告人との間において、昭和四九年三月二一日に締結された商品取引契約に基づくものであること、そして右契約の締結に際しては、その契約内容を記載した商品取引契約書が作成され、これに相手方及び抗告人が記名捺印ないしは署名捺印をしているところ、右商品取引契約書第一四条には、「本契約に関し、紛争が生じた場合は東京地方裁判所又は東京簡易裁判所をもつて管轄裁判所とする。」と記載されていること、等の諸事実が認められる。しかして、右商品取引契約書第一四条の記載等からすれば、相手方と抗告人との間において、右取引から生ずる紛争を解決するための訴訟事件の管轄は、東京地方裁判所又は東京簡易裁判所とする旨の専属的な管轄の合意がなされたものと認めるのが相当である。

抗告人は、前記商品取引契約書は相手方の印刷した用紙を用いて作成したものであつて、その内容は大部分印刷されており、また、抗告人は法律的知識に乏しく、専属管轄の合意の意味については知らなかつたこと等別紙の「抗告の理由一の(一)」に記載の如き種々の事情をあげて、抗告人が右商品取引契約書に記名捺印をしたことによつて、専属的な管轄の合意をしたものではないと主張しているが、記録によれば、抗告人は、電気器具等の小売商を営むものであることが認められるのであつて、かかる電気器具等の小売商を営むものが、その営業上の取引契約に関する契約書に署名捺印又は記名捺印をした場合には、特段の事情がない限りは、経験則上一応その記載内容を全部了解して契約書に記載通りの合意をしたものと認めるのが相当であるところ、抗告人の主張するような諸事情のみからは、未だ抗告人において、当時、管轄のことなど念頭になく、前記商品取引契約書の記載内容を了解していなかつたと認むべき特段の事情があるとは認め難く、他に右特段の事情のあることを認め得る証拠はない。したがつて、右の点に関する抗告人の主張は失当である。

二次に、抗告人は相手方は松山地方裁判所に不動産仮差押の申請をし(同裁判所昭和四九年(ヨ)第一二二号事件)、その決定を得て執行をしたから、これにより、相手方は自ら前記専属的管轄の合意を否定し、無効にしたものであつて、松山地方裁判所が本案の管轄裁判所になつたと主張している。しかしながら、仮差押申請事件は、本案の管轄裁判所の管轄に属する外、差押えるべき物の所在地を管轄する地方裁判所の管轄にも属するから(民訴法七三九条参照)、仮差押の申請は、これを本案の管轄裁判所にするか、或は、仮差押の目的物の所在地を管轄する地方裁判所にするかは、当事者の全く自由であるというべきであるし、また、仮差押命令の執行の点を考慮した場合には、本案の管轄裁判所よりも仮差押の目的物の所在地を管轄する地方裁判所に仮差押の申請をするのが便宜の場合もあり得るのである。したがつて、抗告人主張の如く、相手方が松山地方裁判所に不動産仮差押の申請をしたからといつて、これにより、相手方が、自ずから前記専属的管轄の合意を否定し無効にしたものであつて、松山地方裁判所がその管轄裁判所になつたものなどとは到底解し難い、よつて、右の点に関する抗告人の主張も失当である。

三次に、抗告人は、相手方は本件訴訟(松山地方裁判所昭和四九年(ワ)第三〇七号事件)を東京地方裁判所へ提起できたのに、それをせず、松山簡易裁判所に支払命令の申立をし、ついでこれが抗告人の異議申立により通常訴訟へ移行し、松山地方裁判所に訴提起があつたものと看做されたので、これにより、結局、相手方は自ら専属管轄の合意を否定して松山地方裁判所に訴を提起したことになるから、その後になつて、専属管轄の合意に基づき移送の申立をすることは禁反言の法理に反して許されないと主張しているところ、相手方が、まず、松山簡易裁判所に前記売掛残代金の支払を命ずる支払命令の申立をし(同裁判所昭和四九年(ロ)第九八七号)、ついで、同裁判所の発した支払命令に対して債務者である抗告人が異議の申立をしたので、通常訴訟に移行し、松山地方裁判所に同裁判所昭和四九年(ワ)第三〇七号事件として事件が係属するに至つたことは、記録上明らかである。

しかしながら、金銭の支払に関する民事の紛争を解決するための手段として、督促手続によるか、通常の訴訟によるかは、当事者の全く自由であるところ、督促手続は、債務者の普通裁判籍所在地の簡易裁判所又は民訴法九条の規定による簡易裁判所の専属管轄であるから(右同法四三一条参照)、本件において、相手方が前記売掛残代金の支払を求めるための支払命令の申立をするには、前記専属的管轄の合意に拘らず、抗告人の普通裁判籍所在地の松山簡易裁判所にその申立をせざるを得ないのである。しかして、支払命令が発せられた場合に、これに対し、常に債務者から異議の申立がなされるとも限らないのであるから、債権者が、支払命令の申立をしたからといつて、そのことから直ちに、通常訴訟の場合についてさきになされた専属的管轄の合意による管轄の利益を放棄したものとは解し難いし、また、支払命令に対し、異議の申立があつた場合には、民訴法四四二条により、右支払命令を発した簡易裁判所又は簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所に訴の提起があつたものと看做されるけれども、当事者間において、あらかじめ当該事件につき、右訴の提起があつたものと看做された裁判所以外の他の特定の裁判所の専属的管轄とする旨の合意がなされているような場合には、右訴の提起があつたものと看做されたからといつて、その裁判所に管轄権が生ずるものとは解し難いのであつて、右の如き場合には、専属的管轄の合意によつて管轄権の生じた他の管轄裁判所に事件を移送すべきものと解すべきである。してみれば、本件において、相手方が、通常の訴訟手続によらずして、抗告人の普通裁判籍所在地の松山簡易裁判所に支払命令の申立をしたからといつて、これにより、前記専属的管轄の合意を自ずから否定したものであるとか、或は、前記専属的管轄の合意のあることを理由に、移送の申立をすることが、いわゆる禁反言の法理に反することになるものとは、到底解することができないから、右の点に関する抗告人の主張も、失当である。

四そうだとすれば、相手方と抗告人との間の松山地方裁判所昭和四九年(ワ)第三〇七号事件は、同裁判所の管轄に属さないから、同事件をその管轄裁判所である東京地方裁判所に移送した原決定は相当である。よつて本件抗告は理由がないから、これを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文の通り決定する。

(秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)

抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 相手方の移送の申立を却下する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定は双方間に訴訟の管轄裁判所を東京地方裁判所として専属的合意をしたと認め、同裁判所に専属すると判断しているが次の理由により事実を誤認し判断を誤つている。

(一) 相手方の提出した商品取引書により訴訟事件の管轄合意が記載あることは認められるとしても、これは相手方が印刷した用紙にである。経済的に劣位な小売商人である申立人が、経済的に優位な中央卸商である相手方から、これに押印せよと言われれば有無を言えない関係に立たされる。しかも法律知識には乏しく、まして訴訟管轄についての知識は皆無と言つてよく、専属管轄の合意が他の管轄を許さない重大な訴訟上の意思表示であることについては全く無知である。従つて相手方が示した印刷用紙の契約書も、商品をいくらの代金でもらえるのか、代金をどう支払うのかと言つた商品取引の基本部分についてのみ心をとらわれ、訴訟管轄のことなど全く念頭にない状態で押印したものである。これを重大な専属管轄の合意をしたものと認定するのははなはだしい事実の誤認である。

(二) 又かりに東京地方裁判所に専属管轄の合意が成立しているとしても相手方はこれを知悉しておりながら松山地方裁判所に昭和四九年(ヨ)第一二二号不動産仮差押申請事件を申請し、その決定を得て執行したのであるから自ら右専属管轄合意を否定し無効にして管轄を選んだことになる。仮差押申請は本案管轄裁判所になすことが出来るのにわざわざ松山地方裁判所を選んだのである。これは相手方があまり支障なく松山地方裁判所に出頭可能な状態を示すものであり管轄が双方の訴訟追行上特に不利益、不公平にならないようにする配慮から決められている趣旨からと、専属管轄以外に出訴しても応訴すれば応訴管轄が生じることの逆の場合と考えてよい関係にある点からみて松山地方裁判所こそ管轄裁判所となつたと認めるべきである。

(三) 支払命令が異議申立により訴訟へ移行した場合その命令を発した簡易裁判所又はその簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所に訴提起ありたるものと見做される(推定ではない)のであるから、相手方自ら専属管轄の合意を否定して松山地方裁判所に訴提起したことになる。相手方は最初から東京地方裁判所へ訴えられたのにそれを選ばず、異議があれば松山地方裁判所へ訴提起を見做されることを熟知しながら支払命令申立を選んだのであるから自業自得と言え、その後になつて専属管轄の合意による移送申立をすることは禁反言の法理にも反することである。

(四) とにかく申立人にとつて訴訟手続を追行するのに松山地方裁判所でするか、東京地方裁判所でするかは大変な違いであり右理由により本件移送決定には承服出来ないから抗告し申立の趣旨のとおり裁判を求める。

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