高松高等裁判所 昭和50年(ラ)33号 決定 1976年1月20日
抗告人
宮脇淳
相手方
中山千代喜
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりである。
二当裁判所の判断
(一) 一件記録によれば、原審は、本件仮処分申請事件の審理の方法として口頭弁論によらず審尋の方法を採用して原決定をしたことが認められる。
したがつて、口頭弁論によつて原決定がなされたことを前提とする抗告人主張の違式の裁判である旨の不服は理由がない。
(二) 一件記録によれば、相手方は、本件仮処分申請事件につき昭和五〇年一〇月七日付準備書面を提出したので、原裁判所は、翌八日、抗告人にこれを交付したうえ、抗告人を審尋し、仮の地位を定める仮処分申請から相手方(債務者)使用・現状不変更に申請の趣旨を変更する旨促したけれども、抗告人が「本件につき(本来の)申請の趣旨以外の裁判を受ける気持はありません。従つて、本件につきもし申請却下の裁判があるならば別途の手続にて対処する考えであります。」と陳述したので、同日付で原決定をしたことが認められる。
しかしながら、民訴法一二五条二項に規定する当事者の審尋は、必要的なものではなく、裁判所の裁量によりこれを実施するか否か、またその範囲を自由に決定しうるものであるから、仮に原審が右以外の点について抗告人に陳述を求めなかつたとしてもなんら訴訟手続の違背があるとはいえないから、抗告人主張の公平を欠く旨の不服は理由がない。
(三) 抗告人は、原決定には第三者たる相手方の妻中山玉子を審尋した違法がある旨主張するので検討する。
一件記録を精査するも、右中山玉子を審尋した形跡はない。仮に原裁判所が債務者の妻を審尋したものであり、民訴法一二五条二項に違反するとしても、訴訟手続の違背は、同法四一四条によつて準用される同法三八七条の場合、すなわち、決定の成立手続そのものが法律に違背した場合を除いては、常に原決定を取消さねばならないものではなく、ただ訴訟手続の違背が重大かつ広範囲な部分にわたつて存するため、第一審を審理を抗告審における審判の基礎として採用できず、殆んど第一審がなかつたに等しい結果になるので、第一審からやり直した方が審級制の趣旨に適合すると認められる場合に限り、第一審に事件を差戻す前提としてのみ原決定を取消すべきものと解すべきである。したがつて、その他の場合にあつては、たとえ第一審の訴訟手続の或る部分に違背があり、これが原決定の内容に影響を及ぼす可能性があつても、抗告審においては、違背した手続をやり直し、又は除去して自判すれば良く、その結果原決定の結論を相当とすれば、なお抗告を棄却すべきことは、同法四一四条、三八四条二項の規定に徴し明らかである。これを本件についてみるに、原決定理由に徴すると、原裁判所は、抗告人提出の疎明資料(疎甲第一ないし第九号証)と債権者(抗告人)審尋の結果によつても申請の理由がなく、かつ必要性の疎明もなく、また疎明代用の保証を立てさせて申請を認容することも適当でないと判断して申請を却下しているのであつて、債務者の妻の審尋の結果を証拠資料として使用して右の判断に達したものでないことが明らかである。そして、一件記録に徴しても、右債務者の妻の審尋調書は、作成添付されていないのである。
そうすると、原審における前記のような訴訟手続の違背(果してこれが違法であるか否かの判断は措く)は、決定の成立手続そのものが法律に違背した場合でなく、また第一審の審理を抗告審における審理の基礎として採用できない程重大かつ広範囲にわたるものとも認められないから、右訴訟手続の違背を理由とする抗告人主張の不服は理由がない。
(四) 抗告人は、原審が債権者(抗告人)審尋の機会に被保全権利、保全の必要性、債務者(相手方)の抗弁事実について陳述を求められなかつたから債権者審尋がなされたとすることはできない旨主張するけれども、原決定もいうように、原審は、債権者審尋結果のみによつて裁判したものではなく、債権者提出の疎明資料をも併せ証拠資料として原決定に及んだのであるから、この点に関する抗告人主張の不服は理由がない。
(五) 次に、抗告人は、決定書にも判決と同じく事実及び争点を記載すべきであるのに、原決定は、債権者(抗告人)の主張内容などの記載を欠いており、民訴法二〇七条、一九一条に違反する旨主張する。
そこで、職権をもつて原決定を調べると、原決定の理由欄には、単に「本件について当裁判所は債権者提出の疎明資料ならびに債権者審尋結果によるも申請に理由がなく、且つ必要性についても疎明がない、また疎明に代る保証を立てさせて本件仮処分申請を認容することも適当でないから、これを却下する」との記載があるにとどまり、債権者(抗告人)の主張の内容の記載が省略されていることが明らかである。
ところで、民訴法二〇七条によれば、決定にはその性質に反しない限り判決に関する規定を準用する旨規定されているので、決定書を作成した場合には、判決に関する同法一九一条が準用されることとなるわけであるが、事実、理由については、決定が判決よりも重要度が低く、しかも簡易、迅速になされる裁判であるとの特質に鑑みて、判決よりもこれを簡易に記載して差支えがないというべきである。
これを本件についてみるに、債権者(抗告人)は、訴訟資料としては、本件不動産仮処分申請書一通のみを提出しただけで、原決定にいたるまでなんらその主張を変更していないのであるから、原審もこれのみに基づいて審判したものとみるのが相当であり、その内容は、債権者(抗告人)自らつとに熟知するところであるから、あえてこれを原決定に重ねて記載するまでの必要性はないというべきであり、原裁判所が右主張を「申請の理由」、「必要性」と簡略に記載したからといつて、必ずしも原決定が民訴法二〇七条、一九一条に違反したということはできない。
したがつて、抗告人主張のこの点に関する不服は理由がない。
(六) 一件記録によれば、抗告人は、別紙目録記載土地(以下本件土地という。)の所有権者であるところ、相手方(債務者)がこれを不法に占有し、なんらこれを利用しないのに明渡さないため、ここに倉庫兼車庫を建設できず困窮しているほか、相手方がここに自己の車庫を建設しようとする働きが認められるから、「債務者の本件土地のうち別紙図面赤斜線表示部分の土地に対する占有を解いて高知地方裁判所執行官にその保管をさせる。同執行官は、別紙図面赤斜線表示部分の土地に生育している雑木を収去し、仮に債権者に右土地の使用を許さなければならない。この場合には、執行官はその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。」旨の債権者に満足を与えるいわゆる断行の仮処分を求めていることが明らかである。
しかしながら、一件記録によれば、相手方が本件土地を自己所有家屋の庭先として使用していることが明らかであるので、相手方にとつて本件土地使用の必要性が著しく少ないとはいえず、抗告人の相手方がこれをなんら利用していない旨の主張は理由がなく、また抗告人がここに倉庫兼車庫の建設ができないため著しい損害を被つているとの点については未だ断行の仮処分の必要性を認めるに足りる疎明が十分でないから、抗告人のこの点に関する主張は理由がなく、さらに、相手方が本件土地に車庫を建設して抗告人の執行を妨害せんとしている事情があるとの点についても疎明がないから、抗告人のこの点に関する主張も理由がない。
(七) そうすると、抗告人の本件仮処分申請は相手方提出の準備書面記載の事実の存否を判断するまでもなく、失当としてこれを却下すべきであり、これと同趣旨の原決定は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(越智傳 古市清 辰巳和男)
目録・図面<省略>
〔抗告の趣旨〕
原決定を取消す。
相手方の別紙目録記載の土地のうち、別紙図面赤斜線部分の土地に対する占有を解いて高知地方裁判所執行官にその保管をさせる。
同執行官は、別紙図面赤斜線表示部分の土地に生育している雑木を収去し、仮に債権者に右土地の使用を許さなければならない。
この場合には、執行官はその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。
との裁判を求める。
〔抗告の理由〕
第一 本件仮処分申請事件の申請から却下をするとの原決定までの経緯は次のとおりである。
一 債権者が仮処分申請をしたことにより、原裁判所は債務者等により本件申請を決定するとして審理手続が開始された。
二 債務者は、本件申請土地の事情につき充分な理解がないと称して同人の妻中山玉子の審尋を希望し、更に債務者訴訟代理人弁護士藤原周作成にかかる準備書面(後述のとおり内容事実は虚偽である)を原裁判所に提出した。
三 原裁判所は、債務者の要望を容れて、同人の妻中山玉子の陳述を聴取し(第三者審尋にあたるとして審尋調書は作成がない)且つ、前記準備書面を陳述させた。
四 債権者は、右の各事実を知らなかつたが、準備書面が提出されているので受領する様にとの連絡を原裁判所から受けたので、審尋手続が口頭弁論手続に変更されたものと考えて裁判所に出頭し右書面を受けとつて一読したところ、右書面に記載された債務者の主張事実があまりにも虚構のものであつたので反論する機会を与えて呉れる様に頼んだが、これを認めず、直ちに裁判官室で裁判官と面接したところ、原裁判所は債権者の申請趣旨を仮の地位を定める仮処分申請から債務者使用・現状不変更の申請趣旨に変更する意思がないかとの質問をなし、債権者はその意思がないことを述べた。
右の面接においては、右事項以外の質問もなく債権者は退席したところ、昭和五〇年一〇月九日付の申請却下の決定書が同日一〇日に送達された。
第二 原決定は前第一記載事実によりなされたのであるから、違法・違式の裁判であるから、取消されるべきである。
一 仮処分申請事件において、弁護士作成の準備書面が陳述されて審理手続がなされたのであるから、本件申請事件は口頭弁論による裁判がなされたというべきである。従つて原裁判所は決定ではなく、判決によつて申請の却下をすべきであるのに拘らず、決定がなされているのであるから違式の裁判であり、取消されるべきである。
二 本件申請事件においては、債務者は本案訴訟での抗弁事実を全く変更し、しかも虚偽事実を列記して申請の却下を求めたのであるから、原裁判所は債務者の新しい抗弁事実につき債権者に攻撃防ぎよの弁論の機会を与えるべきであるのに拘らず、何の弁明もさせないまま申請を却下したのは、公平を欠く裁判である。
三 仮処分申請事件において、当事者以外の第三者の審尋をすることは不当であるに、原裁判所は中山玉子から事情を聴取してその心証を得ており、仮に審尋調書の作成がなくとも当然、第三者審尋とみなされるものであるから弁論主議の原則に違法である。
四 却下決定の理由欄には、債権者審尋がなされたとされているが、前第一記載事実のとおり債権者に対し原裁判所がなした質問事項は、申請趣旨の変更をするかどうかの意思についてのみであつて、債権者の被保全権利及び保全の必要性ならびに債務者の抗弁事実については何ら審尋がないのであるから、これをもつて、債権者審尋がなされたとすることは不当・違法である。
五 申請却下の決定においては、判決と同じく事実及び争点を記載すべきである(大阪高判昭和二九年一月二一日参照)に、原決定は債権者の主張内容などの記載を欠いており、民事訴訟法第一九一条、同法第二〇七条規定に違背しているから取消されるべきである。
第三 債務者の陳述した準備書面記載の抗弁事実には、次のとおり虚偽事実が列記されておりこの虚偽内容事実を何の疎明もないのに、原裁判所が措信した事実認定の誤まりがある。
一 土地交換によつて、申請土地の所有権を債務者が取得したと云うが、その交換の当事者である井沢幸男はその事実を否定している(添付証明書のとおり)。
二 債務者は更に善意一〇年の取得時効をも主張するが、債務者に申請土地の所有の意思がなかつたことは、春野町の証明により明らかでおり、取得時効については何の関係もない。仮にあるとしても、悪意の二〇年の取得時効であるから未だ完成がない。
三 債務者に申請土地を所有するにつき債務者に対する害意があり、信託訴訟(所有権を否定したことから推定した)の実質をもつた所有権移転登記だとも抗弁するが、春野町の証明どおり、春野町が申請土地を取得し、且つ尾崎外数名のものに貸し渡した事実は全くなく、春野町や尾崎外数名の現占拠者らに申請土地の買取りを強要したり、脅迫した事実もなく、ましてこの土地を高額に売りつけようとしたこともないのであるから、債務者陳述の準備書面記載の内容事実はすべて虚構のものである。
第四 右の虚偽内容事実によつて作成された準備書面には、土地交換の最重要な当事者である井沢幸男の証明がなく、また春野町と債権者間の経緯が事実であるとの疎明もない。更に、疎乙第一、二号証を一読すれば、債務者の準備書面の立証方法欄に記載された立証趣旨どおりの文書でないことは明白であるにも拘らず、これに対する審理がなされていない。
第五 いづれにしても、原決定は不当・違式ならびに違法になされた決定であるから、これを取消し、債権者が申請した仮処分申請の趣旨を満足するに足りる相当の裁判を求めるために、本抗告する。