高松高等裁判所 昭和54年(行コ)9号 判決 1981年3月16日
控訴人(原告) 公文博忠
被控訴人(被告) 高知税務署長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四七年一〇月四日付でした控訴人の昭和四四年分の所得税の申告納税額を金二二一四万六七〇〇円(総所得金額一八八万九三一二円、山林所得金五四一六万六九四四円)とする更正処分及び過少申告加算税額を金九九万〇四〇〇円とする賦課決定処分を、国税不服審判所長の昭和四八年一一月二一日付裁決により減額された納税額金二〇二二万七二〇〇円(総所得金額一八八万九三一二円、山林所得金五〇六七万六一二〇円)、過少申告加算税額金八九万四四〇〇円の限度において取り消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者の主張及び証拠関係は、控訴代理人において、次の通り主張し、当審証人富山泰延の証言を援用したほか、原判決の事実摘示(原判決二枚目裏六行目の「更生」を「更正」と、同三枚目表末行の「(以下本件契約という。)」を「(以下本件契約或は本件譲渡契約ともいう。)」と、同五枚目表一一行目の「前途金」を「前渡金」とそれぞれ改める。)と同じであるから、これを引用する。
(控訴代理人の主張)
控訴人は、昭和四四年一二月一五日、訴外株式会社中長商店に対し、原判決別表二の番号1記載の山林(野地山)及び同2記載の山林(大森山)の各立木を代金五〇〇〇万円で売り渡した(以下本件売買という。)が、これは、被控訴人が主張するような売主側の費用で伐採造材した素材を売買する形態のいわゆる出石契約(素材契約)ではなく、特定範囲の立木をそのまま売買する形態のいわゆる立木契約である。そのことは、次の事実から明らかである。
一 控訴人は、訴外北村林業株式会社から、野地山の立木並びに底地所有権及び大森山の立木並びに底地地上権を代金合計九九〇〇万円で買い受けたが、約定の支払期に代金を支払えなかつたので、北村林業に対し、昭和四四年一二月一五日までに右各山林を転売してその売得金で代金を支払うことを約して、その間支払の猶予を得たうえ、右九九〇〇万円を四九〇〇万円も下回る代金で本件売買を締結したものであつて、その頃、中長商店から、代金五〇〇〇万円のうち三五〇〇万円を受領するとともに、残金一五〇〇万円については、中長商店が控訴人の土佐村森林組合に対する同額の借用金債務(農林中央金庫の資金を転借したもの)の弁済として同組合に直接支払うことにより決済する旨合意し、右三五〇〇万円を、受領後間もなく、北村林業に対する代金債務の一部弁済に充てた。かかる経過から明らかなように、本件売買は、立木自体の売買として、既に昭和四四年中に一切の取引関係を終了しているものであり、現に、中長商店は、昭和四五年六月三日、訴外江川隆夫との間で、野地山の立木と同人所有にかかる原判決別表二の番号3、4記載の各山林(寺内山、一ノ谷山)の立木とを交換する契約を結んだうえ、自己が取得した寺内山、一ノ谷山の立木を代金五〇〇〇万円以上で転売しており、その結果、控訴人に支払つた買受代金は回収し、大森山の立木については、無償で取得したに等しいこととなつている。
二 控訴人は、野地山の底地所有権及び大森山の底地地上権につき中長商店のため合計五〇〇〇万円の抵当権を設定しその登記を経由したが、これは、控訴人が中長商店に売つたのは右各山林の立木のみであり、しかも、若林であつたことから、中長商店において底地の利用権を確保し買受立木の保存を図る必要があつたところ、そのために控訴人から中長商店に対し底地所有権等の移転登記をすれば、控訴人が北村林業から買い受けた代金九九〇〇万円と中長商店に売り渡した代金五〇〇〇万円との差額四九〇〇万円が中長商店の売買差益となつていることが明らかになるので、中長商店のいわゆる税務対策として、本件売買の代金五〇〇〇万円を中長商店から控訴人に対する貸付前渡金としこれを担保するため控訴人が右の通り抵当権を設定するという形式をとり、それによつて、中長商店が、税法上の所得申告を免れるとともに、立木と底地の優先排他的な支配の実を挙げようとしたものである。
三 本件売買が出石契約であれば、控訴人による伐採が前提となるから、その伐採に着手する以前において前渡金の全額が交付されることはありえない筈であるが、控訴人は、全く伐採していないのに、中長商店から昭和四四年一二月二三日までに約定の代金五〇〇〇万円全部の支払を受けている。
四 控訴人は、昭和四五年に入つてから、本件売買による前記の四九〇〇万円にものぼる損失を回復するため、中長商店に対し、再三にわたり、本件売買の目的たる立木を第三者に売却することの許諾を要請したが、これは、本件売買に基づき昭和四四年中に右立木を中長商店へ完全に引き渡していたことを確定的に認容していたからである。
五 中長商店と江川との間の前記立木交換の契約書(乙第六号証)には、中長商店は昭和四四年一二月一五日控訴人から野地山の立木を買い受け代金を支払ずみである、との記載がなされており、なお、その交換契約の際、双方の底地も随伴させることになり、野地山の底地所有権を留保していた控訴人は、中長商店から申入れを受けて、江川と底地の交換契約を締結した。
六 本件売買の目的たる立木は、若林であつて、未だ素材となりえないものであるから、これにつき出石契約がなされる筈はない。
七 被控訴人は、質問応答書(乙第一四号証)及び契約書(乙第一号証)の文言のみで、本件売買が出石契約であると判断しているが、右応答書三丁一八行目以下及び七丁一七行目以下によれば、本件売買は代金五〇〇〇万円の立木売買契約であることが明らかである。控訴人と中長商店との間の出石契約は、昭和四四年一〇月三日に締結した原判決別表二の番号7ないし10記載の各山林(西川黒見山、庄谷相山、根須山、有川山)についてのもののみであつて、控訴人が提出申告した財産及び債務の明細書(乙第一〇号証の三)に記載してある中長商店からの借入金五〇〇〇万円は、右の出石契約に基づき控訴人が前渡を受けたものである。被控訴人は、右五〇〇〇万円が本件売買の代金と同額であることから、両者を混同した誤謬を犯している。
理由
一 本件につき更に審究した結果、当裁判所も控訴人の本訴請求を理由がないものと認める。そして、その理由は、次に付加するほか、原判決がその理由において説示するところと同じであるから、これを引用する。
(一) 原判決七枚目裏一一行目の「(課税の経緯)」の次に「、同3の(一)の(1)の事実(本件契約の締結)」を、同八枚目表末行の「各証言」の次に「ならびに弁論の全趣旨」をそれぞれ加え、同一〇枚目表九行目の「野地上」を「野地山」と改め、同一二枚目裏一行目の「乙第一二号証」の次に「、原告本人尋問の結果」を加え、同一二枚目裏二行目の「昭和四四年分」を削除し、同一二枚目裏三行目の「ではなく」を「であるとして申告するにつき格別の支障がなかつたにもかかわらずこれを」と改める。
(二) 当審における控訴代理人の主張について
既に認定した通り(原判決九枚目表八行目以下)、本件売買について作成された売買契約書(乙第一号証)及び立木売買契約公正証書(乙第三号証)には、売買の目的物は野地山及び大森山の立木を伐採造材した素材(丸太)約一万三五〇〇石であること、売買代金は、双方が立会のもとに森林組合が寸検した山元渡しで、素材の樹種、長さ、材径別に、石当たり六〇〇円ないし六六五〇円とし、その前渡金として合計五〇〇〇万円を中長商店から控訴人に支払い(但し、そのうち一五〇〇万円は控訴人の債務を中長商店がいわゆる肩代わりして決済)、昭和四五年四月一五日までに受渡しされた石数によつて前渡金の過不足を精算すること等の記載があり、いわゆる出石契約であることが明白に表示されているうえ、原審証人西原忠信の証言により成立の認められる乙第一三・一四号証、原審証人山岡孫一の証言、原審における控訴本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、右契約書の案文は控訴人が作つたこと、中長商店側は、控訴人から代金を早急に入手したいとして懇請されたため、野地山及び大森山の立木の状況を全く調査せず、控訴人が約一万三五〇〇石は確保するというので、最終的にそれだけの引渡しがなされるものと信じて、本件売買に応じたこと、控訴人は、当面、より有利な条件での買手が見つからなかつたため、本件売買を締結したが、これをそのまま履行して取引を終了させると、底地を留保できるとはいえ、九九〇〇万円で買い受けたものを五〇〇〇万円程度で手離す結果になつて、多額の損失を被るし、野地山及び大森山の立木のかなりの部分が未だ通常の伐採期に至つておらず、これを直ちに素材化するのは不利益であることから、できる限り損失ないし不利益を免れるため、中長商店と折衝し、その承諾のもとに、更に有利な取引先を物色して右立木を売却或は交換するなどし、それに伴つて本件売買の内容を変更してもらうつもりであつたことが認められるのであつて、これらの事実を総合すると、本件売買は、控訴人が野地山及び大森山の立木を担保として融資を受けたという側面すらあり、契約書上はもとよりのこと、当事者の真意の面からみても、いわゆる出石契約であると認めるほかなく、控訴代理人主張のごとく立木をそれ自体として確定的に売買したにすぎないなどとは到底認め難い。
控訴代理人は、本件売買がいわゆる立木契約であるとし、その理由として一ないし七の事実を挙げているが、いずれも出石契約であるとの右認定を左右するほどのものとは思えない(一の事実のうち、本件売買の経過の点は出石契約であることと何ら矛盾しないし、その余の点は既に認定した通り(原判決一〇枚目表六行目以下)双方が合意のうえ本件売買の内容を変更した結果によるものであつて出石契約であることを否定すべき根拠にはならない。二の抵当権設定の事実が控訴代理人主張のような意味でなされたことを肯認するに足りる確証はなく、かえつて、乙第一・三号証には、前記のような記載のほかに、控訴人は中長商店のため野地山及び大森山につき抵当権設定登記手続をし中長商店は控訴人が本件売買の履行を完了すれば右登記の抹消登記手続をする旨の条項が含まれているので、これに前記認定の事実をあわせて判断すれば、右抵当権の設定は、控訴人の中長商店に対する前渡金の精算義務を担保するためになされたものと認めるのが相当である。三の事実は、控訴人が早急に代金を入手したいために本件売買を締結したものであること及び右の通り抵当権が設定されていることに照らし、本件売買が出石契約であるとみることを不合理ならしめるほどのものとはいえない。四の事実は、本件売買が出石契約であつても、要するに、控訴人は野地山及び大森山の立木を素材にして中長商店に売り渡す義務を負う関係にあるので、控訴人がその立木を他売するにつき中長商店の許諾を要請するのは至極当然のことというべきであるから、立木契約の証左であるとは到底いえない。五の事実は、右の通り本件売買の内容を変更したことに関するものであり、控訴代理人の主張する乙第六号証の記載も、前記認定の事実とあわせて考えれば、通俗的な用語が用いられたにすぎず、本件売買が立木契約であつたというほどの意味を有するとは認め難いから、やはり出石契約であることを否定する理由にならない。六の事実は、右立木のかなりの部分が未だ通常の伐採期に至つていなかつたことは前記認定の通りであるけれども、原審証人山岡孫一の証言によれば、樹令が三五年程度には達していたことが認められるので、素材となりえないとまではいえないから、立木契約であることを裏付ける理由とはならない。七の事実は、控訴代理人の指摘する乙第一四号証の部分を見ても、本件売買が立木そのものを目的としたものとは看取できないし、乙第一〇号証の三における借入金五〇〇〇万円の記載が西川黒見山などの出石契約に基づく前渡金を意味するとしても、そのことをもつて直ちに本件売買が出石契約でないとはいえない筋合であつて、前記認定の事実にも照らし、やはり立木契約であることを根拠付けるほどのものとはいえない。)。
二 それゆえ、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 宮本勝美 上野利隆 山脇正道)