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高松高等裁判所 昭和54年(行ス)1号 決定 1979年7月02日

抗告人 坂出市

相手方 森政徳 外二名

主文

原決定中別紙目録記載の各文書提出を命令した部分を取消し、これを原審に差戻す。

理由

第一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書に記載のとおりであり、これに対する相手方らの意見は、別紙意見書に記載のとおりである。

第二当裁判所の判断は、次のとおりである。

(一)  一件記録によると、次の事実を認めることができる。

前掲損害賠償請求事件は、抗告人が坂出市林田、阿河浜地区の坂出港港湾整備事業計画に必要な土地を確保するため、右林田、阿河浜両地先公有水面の埋立を企図し、これに伴い、右地域に漁業権を有する別紙目録記載の一七漁業協同組合(一七漁協という)に対し、漁業権消滅等の補償費四七億七〇〇〇万円、会議費四五〇〇万円及び利子補給金三八〇〇万円の総額四八億五三〇〇万円のいわゆる漁業補償を支払つたことについて、抗告人の住民である相手方らは、正当に支払うべき右漁業補償額は漁業権消滅補償金二五〇〇万円及び底びき網漁に対する影響補償金一二〇万円の合計二六二〇万円にすぎないから、前記支出総額から右金額を控除した四八億二六八〇万円は違法な公金支出であるとして、地方自治法二四二条の二、一項四号に基づき、抗告人に代位し、坂出市長、同市収入役たる各個人及び一七漁協に対し、連帯して不法行為による損害賠償金として抗告人に右金員の支払を請求するものである。そして、同訴訟において、相手方らは、抗告人に、別紙文書提出命令申立書記載の文書につき、民訴法三一二条二号及び三号により文書提出の義務ありとして提出命令を申立てた。原審は抗告人の所持する別紙目録記載の各文書(本件文書という)は民訴法三一二条三号前段の挙証者たる相手方らの利益のためにも作成された文書に該当するとして、抗告人に同各文書の提出を命じた(別紙文書提出命令申立書記載の文書中本件文書以外の文書は、その存在が認められないとして申立を却下した。)。

(二)  これに対し、抗告人は、原審が提出を命じた本件文書は、住民である相手方らの権利義務を発生させあるいは相手方らの地位や権利、権限を証明するために作成されたものではなく、また間接的にせよ、住民の法律上の利益を明らかにする目的で作成された文書ではなく、いずれも民訴法三一二条三号前段の挙証者の利益のために作成せられた文書に該当しないというのである。

(三)  よつて検討するに、

(1)  本件訴訟の如き地方公共団体が実体法上有する請求権を積極的に行使しない場合に、その住民が地方公共団体に代位して、右請求権を行使できることが認められたいわゆる住民訴訟において、原告たる住民が、訴訟を提起し、これを維持するためには、被代位者たる地方公共団体の所持する文書の引渡又は閲覧を求めることができないとすると、挙証が不可能になる場合もあると考えられる。

ところで、地方自治法においては、住民たる原告に対し、同法二四二条の二による住民訴訟につき、挙証上必要とする文書の引渡又は閲覧を許す旨の明文の規定はない。しかし、法が住民訴訟なる新らしい訴訟形態を認めたからには、その実効が期せられるべきものと解するので、本件の如き住民訴訟においては、限定せられた条件の下に、住民訴訟の特質よりして、文書の引渡又は閲覧をさせる義務が、被代位者たる地方公共団体にあると認むべき場合もあると考える。本件において、相手方らが、文書提出の義務の原因として、民訴法三一二条二号を掲げているのは、右の如き見解によるものと解せられる。

(2)  更に検討するに、本件文書は、抗告人所持にかかる「坂出市長と一七漁業協同組合との間で締結された坂出港東部開発に伴う損失補償に関する契約書、覚書および確認書」(契約書類と略記する)及び「一七漁業協同組合に対する右損失補償金の支払命令および領収書」(支払書類と略記する)であるところ、一件記録によると、右支払書類は、右契約書類に基づく公金支出の証憑書類であり、抗告人のみが所持するものであるが右契約書類は本件訴訟の被告である一七漁協においてもそれぞれ所持していることが認められる。

しかして、右文書が、坂出市と各漁協との間の利益文書又は法律関係文書であると認められるところより、本件住民訴訟のような代位訴訟において、判決の効力が被代位者にも及ぶような場合には、民訴法三一二条三号にいう「挙証者」というのは、訴訟の原告となつている代位者だけでなく、その挙証によつて直接利益を受けることになる被代位者も含まれるという考え方が採用できるのであるが、これによつて文書の提出命令の申立が許されるのは、訴訟の相手方又は訴訟外の第三者の所持している文書に関してであつて、原告と一体とみなされる被代位者自身の所持している文書について更に被代位者を第三者として提出命令の申立をすることは、法文解釈上自己矛盾を生ずるものといわざるを得ない。代位者と被代位者間は、同法二号によつて律すべきであると解する所以である。

原決定が、被代位者たる抗告人の所持する本件文書を間接的なる利益文書と認定した根拠は必ずしも明確ではないが、本件住民訴訟の構造よりして、抗告人よりの文書提出のために本三号を拡張解釈することは相当でない。

よつて、民訴法三一二条三号により、抗告人に対し本件文書の提出を命じた原決定は失当であると認めざるを得ない。

(3)  そこで、最初にかえり、本件につき民訴法三一二条二号により、抗告人に対し本件文書の提出を命ずべきか否かにつき検討するに、同号による文書の引渡又は閲覧については、法律上又は契約上の根拠が必要であるとして従来限定されてきたものであり、住民訴訟の特質よりして、条理上代位者と被代位者間を同号で律することができるとしても、他に方法のない場合における必要最少限に止むべきは当然である。

本件文書中契約書類は前記の如く被告たる各漁協が、同一内容のものをそれぞれ所持しているものと認められるので、利益ないし法律関係文書に関する前記の如き見解の下においては、訴訟の相手方より提出させることができるものと認められるのみならず、訴訟の相手方所持の文書は、先ずその相手方より提出させるのが本則であると解する。

なお、右支払書類については、右契約書類に基づく支払事実のみの立証にかかるものと認められるので、右支払書類を敢えて抗告人から提出させる必要があるかどうかも問題があると考えられる。

よつて、本件については、前記の如き民訴法三一二条三号の解釈適用と同条二号による文書提出申立の拒否につき、更に審議を尽くすべきものと認める。

(四)  以上のとおりであるから、本件文書の提出を命じた原決定部分は、爾余の抗告理由について判断するまでもなく、失当であるから、これを取消し、本件を原審に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 越智傳 菅浩行 川波利明)

別紙 目録

一 坂出市長と後記各漁業協同組合との間で締結された坂出港東部開発に伴う損失補償に関する契約書、覚書および確認書

一 後記各漁業協同組合に対する右損失補償金支払命令および領収書

高松第一漁業協同組合

高松市西浜漁業協同組合

高松相互漁業協同組合

高松漁業協同組合

香西漁業協同組合

塩飽漁業協同組合連合会

小手島漁業協同組合

佐柳漁業協同組合

多度津町高見漁業協同組合

広島漁業協同組合

本島漁業協同組合

丸亀市漁業協同組合

宇多津漁業協同組合

坂出市漁業協同組合

与島漁業協同組合

松山漁業協同組合

王越漁業協同組合

別紙 文書提出命令申立書

一 提出命令を求める文書の所持者

坂出市室町二丁目三の五

坂出市

右代表者坂出市長 番正辰雄

二 文書の表示

1 坂出市長と後記各漁業協同組合との間で締結された、坂出港東部開発に伴う損失補償に関する契約書、覚書、念書、確認書、およびこれらの附属書類

2 坂出港東部地区開発計画に伴う漁業補償基準要領

3 後記各漁協に対する右損失補償金支払命令および領収書

4 後記各漁協から坂出市長に対する前記補償に関する要求書、要望書

5 坂出市職員と、同漁協との間における交渉経過書および交渉会議議事録

高松第一漁業協同組合

高松市西浜漁業協同組合

高松相互漁業協同組合

高松漁業協同組合

香西漁業協同組合

塩飽漁業協同組合連合会

小手島漁業協同組合

佐柳漁業協同組合

多度津町高見漁業協同組合

広島漁業協同組合

本島漁業協同組合

丸亀市漁業協同組合

宇多津漁業協同組合

坂出市漁業協同組合

与島漁業協同組合

松山漁業協同組合

王越漁業協同組合

三 立証すべき事実

坂出市長と被告各漁協間の損失補償契約の経過、内容、およびその基準

四 文書の趣旨

文書の表示自体から明らかである。

五 文書提出義務の原因

民事訴訟法第三一二条第二号、三号

別紙 即時抗告申立書(抗告人)

抗告の趣旨

一 原決定中、第一項の部分を取消す。

二 相手方等の本件文書提出命令の申立を却下する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原裁判所は、相手方等の申立に基づき、昭和五四年二月七日、原決定表示のとおり、文書提出命令の決定をなし、同決定は、同月九日抗告人に送達された。

二 而して、原決定の理由とするところは、別紙目録記載の各文書は、いずれも原告森政徳外二名、被告番正辰雄外一八名間の高松地方裁判所昭和五二年(行ウ)第四号損害賠償請求事件の挙証者たる相手方等の利益のためにも作成された文書であるから、民事訴訟法第三一二条第三号前段の文書に該当するものと解されるところ、右訴訟において、坂出市が被告一七漁協に対して漁業補償として支出した金四八億五、三〇〇万円が高額にすぎて違法な公金支出に該当するか否かを判断するには、単に、被告一七漁協に対する漁業補償の総額が確定されるだけでは足りず、さらに進んで被告一七漁協毎の補償事由、ことに補償基準および補償金額が主要な争点となることが必定であり、その点において、右各文書が極めて必要かつ重要な証拠方法であることは明らかであるから、本件文書の提出を求める必要性は十分認められ、本件申立は認容されるというものである。

三 しかしながら、原決定は、次のとおり、違法かつ不当であることは明らかであり、当然取り消されるべきものと思料する。

1 抗告人は、本件各文書の所持者ではあるが、公法人たる第三者であるので、民事訴訟法第三一二条の文書提出義務を負うものではない。

すなわち、民事訴訟法第三一二条の文書提出命令が発せられるためには、命令をうける者に文書提出義務があることが当然必要である。

ところで、民事訴訟法第三一八条は、文書所持者である第三者が、裁判所の発した文書提出命令に従わないときは、過料の制裁を科するものとしているが、すべての過料の場合を通じて、国または公共団体が私人・私法人に対して過料を科することは予定されているものの、官公署その他の公法人を過料の客体とすることは予定されておらず、公法人たる第三者に対し同条を適用することは許されないのであるから、文書所持者である第三者の中には、官公署その他の公法人は含まれず、公法人たる第三者である抗告人には、同法第三一二条の文書提出義務はないと解するのが相当である。

この点につき、原決定は官公署その他公法人が第三者である場合の文書提出義務は、もつぱら公法人の私法上の関係に基礎を置くものであつて、公法人たると私人たるとによつて、その取扱を異にする理由はないとして、公法人たる第三者にも、同条の文書提出義務を認めているが、これは、同法第三一八条の規定との関連を無視し、同法第三一二条の規定のみを形式的に解釈した結果によるものであり、妥当でない。

2 原裁判所が、抗告人に対して提出を命令した本件各文書は、いずれも民事訴訟法第三一二条第三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレタ」文書に該当するものではない。

すなわち、同三号前段にいう「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレタ」文書とは、後日の証拠のために、または権利義務を発生させるために作成されたものであり、挙証者の地位・権利または権限を示す文書をいうのであり、たとえば、身分証明書、同意書、領収書、委任状などがこれに属する。ところで、原裁判所が提出を命令している本件文書は、抗告人と前記一七漁協間の漁業補償に関する契約書およびそれの支出に伴う関係書類などであるが、これらの文書は、住民である相手方等の権利義務を発生させ、あるいは相手方等の地位や権利・権限を証明するために作成されたものでないことは明らかであり、同三号前段に該当する文書ではない。

しかるに、原決定は、同三号前段にいう文書は、挙証者の法律上の利益を明らかにすることが、その文書作成の直接の目的であるものに限らず、間接的に目的とされているものをも含むとして、本件各文書は、直接的には抗告人と前記一七漁協の法律上の利益を明らかにする目的で作成された文書といえるけれども、単にそれに止まらず、右漁業補償が地方公共団体たる抗告人のなした公金の支出であり、住民には、地方自治法第二四二条の住民監査請求権や同法第二四二条の二に基づく住民訴訟提起の権限があることからして、間接的ではあるが、市住民である相手方等の法律上の利益を明らかにする目的で作成された文書ともいうことができ、同三号前段に該当するとしている。

成程、地方公共団体の構成員である住民は、自己の属する地方公共団体の公金の支出が違法もしくは不当な場合は、判示のとおり住民監査請求を求めることもでき、さらには違法な公金支出につき住民訴訟を提起することもできる制度的保障が与えられているが、これら制度的保障があることをもつて、直ちにその支出に関する文書が、住民固有の法律上の利益を明らかにする目的で作成されたものと解するのは、短慮に過ぎた論理であり、何故に公金の支出であることからして、間接的にしろ、住民の法律上の利益を明らかにする目的で作成された文書とされるのかを理由づけるものではない。

また、原決定の右見解に従えば、地方公共団体が公金の支出に関して、その行政上作成する文書は、すべて、同三号前段の文書に該当することとなり、その提出を求められることとなつて、行政行為の麻痺を招来しかねない不合理を生ずることとなることからも、その見解が妥当でないことは明らかであろう。

民事訴訟法第三一二条は、挙証者の利益をはかる一方、文書所持者の利益を侵害するものであるから、その適用にあたつては、原判示のごとく、いたずらにこれを拡張解釈すべきではない。

3 本件については、いまだその提出を命令する必要性は認められない。

すなわち、文書提出命令の申立は、いうまでもなく、証拠方法としての書証申立の一方式であり、当事者双方の主張事実が具体的に明確にされたうえで、その立証段階に至つてなすべきものであるところ、本件訴訟では、いまだその主張事実が具体的に明確にされているとはいえず、むしろ、これを具体的に明確にするために文書提出命令を求めているものと推認することができるほどであり、その必要性を認めることはできない。(東京高裁、昭四七、五、二二決定、判例時報六六八号一九頁参照)

本件訴訟では、被告等が主張しているところによると、原告である相手方等は、当初明確な論拠もなく補償金中高く見積つても金二〇億円が正当な補償であつて、これを超える二八億五、三〇〇万円が不当な支払であるから、その支払を求めるといい、次に、正当な補償は二、六二〇万円であり残余の四八億二、七八〇万円がすべて不当であるから、その支払を求めると変更したもので、そのへだたりは極めて大であり過ぎ、事実を誠実に調査し論拠を構えて提訴しているとは到底認められず、さらには、原決定も指適しているとおり、本件訴訟において、損失補償の一たるいわゆる漁業補償における適正額は、本来漁業権者たる各漁協がそれぞれ蒙る損失内容に応じて個別的具体的に決せられるべきものであるので、補償金額が高額にすぎて違法な公金支出に該当するか否かを判断するには、単に被告一七漁協に対する漁業補償の総額が確定されるだけでは不十分であり、さらに被告一七漁協毎の補償事由、ことに補償基準および補償金額が主要な争点になることは必定であるとされているところ、いまだ、その争点は、具体的に明確にされていない。原決定は、右争点を明らかにするため本件各文書が極めて必要かつ重要であるとして、その提出を求める必要性を認めているようであるが、それは本末転倒であり、文書提出命令の申立が、証拠方法の一方式にすぎず、具体的事実を明確にするための手段方法として認められるものでないことから、到底認められるものではない。

4 地方公共団体である抗告人が行つている行政事務は、本件公金の支出を含め、すべて、その構成員たる住民の利益のために公正かつ妥当なものであるが、本件文書を提出すべくことになると、公益ないし秘密の保持が害されるなど地方行政に混乱を招来する結果となり、妥当でない。

すなわち、抗告人等地方公共団体が漁業補償を伴う各種公共事業を計画遂行するにあたつては、対象漁協の協力を得なければ、円滑な事務を行うことができないものであり、抗告人に限らず、各地方公共団体では、かねて、漁業補償交渉を行う際、対象漁協との間で、その結果を公表しないことを約し、これを厳守してきたのであり、その結果を公表しないことは、いまや漁業補償交渉の一般的な慣行となつているのである。(別添照会回答書写四通参照)従つて、抗告人において、右約定および慣行を守らなければ、現在計画中の漁業補償を伴う各種公共事業について、今後各漁協の協力が得られず、これを遂行できないばかりか、同種問題をかかえる他の公共団体にも多大の影響を与えるなど公益ないし秘密の保持が害され、地方行政に著しい混乱を招来することは必定であり、本件文書提出の申立は、この点からも認められるべきではない。

以上のとおり、いずれの点からも、本件につき、文書提出命令を発することは失当であるのに、原決定はこれを認容しているので、当然取り消されるべきである。

目録

一 坂出市長と後記各漁業協同組合との間で締結された坂出港東部開発に伴う損失補償に関する契約書、覚書および確認書

一 後記各漁業協同組合に対する右損失補償金支払命令および領収書

高松第一漁業協同組合

高松市西浜漁業協同組合

高松相互漁業協同組合

高松漁業協同組合

香西漁業協同組合

塩飽漁業協同組合連合会

小手島漁業協同組合

佐柳漁業協同組合

多度津町高見漁業協同組合

広島漁業協同組合

本島漁業協同組合

丸亀市漁業協同組合

宇多津漁業協同組合

坂出市漁業協同組合

与島漁業協同組合

松山漁業協同組合

王越漁業協同組合

別紙 意見書(相手方ら)

第一抗告人は、抗告人が公法人であることをもつて、民事訴訟法第三一二条の文書提出命令の客体たり得ないという。しかし、公法人といえども私人と同じく私法的関係において、多くの経済的、あるいは取引的活動を展開している。民事訴訟法上の義務はまさにこの私法的関係における義務であるから、公法人といえど何ら別異に取り扱う理由はない。抗告人は過料の制裁を科し得ないことをもつてその根拠とするもののようであるが、過料の制裁が為し得るかどうかということは、義務違背に対する結果としての制裁の問題であつて、制裁手段が取り得ないからといつて義務がないということにならないのである(公法人が一般的に過料の客体とならないとする議論にも疑問が多い。公法人といえども、その事業活動において法令違反を引き起こすことはあり、罰規定のある、例えば人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律違反等については処罰の可能性は存する)。

伊方原発訴訟において有名な御庁の決定(昭和五〇年七月一七日)は、内閣総理大臣に提出命令を認めているし、スモン訴訟においては国公立の各病院に対するカルテの提出命令を認めている。

第二次に抗告人は、本件文書が「挙証者の利益の為」作成されたものに該当しないという。

しかし、この議論は原決定に述べられている論理が現在の判例・通説であつて、抗告人の論説は採るに値しない。本件文書の作成の根拠・理由そして本件訴訟が住民訴訟であることからすれば、まさしく住民たる原告らの利益の為に作成せられているものである。

抗告人は、原決定の見解に従えばすべての公金支出に関する文書が右に該当することとなるというが、もちろん法令により公務員に対し守秘義務が課せられているものについては、また別の理由により法益の調整を図る必要があるが、そうでないものについては、公金の支出に関する文書は住民訴訟においては、その訴訟との関連が認められる限りでは右に該当すると解されるべきものである。これによつて何ら行政の麻痺を招来することはない。

第三抗告人は、提出命令の必要性がないと主張する。

しかし、証拠提出の採否は原審の裁量・専権であつて、これが抗告審における独立した審理の対象たり得ないことは理の当然であつて、反論するまでもない。(参照東京高決昭53・10・31判時九一一・一一四、大阪高決昭53・9・4同九一八・八六)

第四次に抗告人は、本件文書が公表されることで行政上の混乱が生じるというが、そのような事実はまつたくない。混乱が生じるとすると、その内容があまりに不公平であり、不平等であり、法令に抵触するからであろう。しかし、それは不提出の根拠足り得ない。

本件文書を公表しないのが漁業補償交渉の一般的な慣行というが、これまで数多くの漁業補償協定が公にされており、そのような慣行は存しない。抗告人にとつて都合が悪いから公表しないのみである。

逆に、納税者である一般市民は、暗闇のままにおかれる漁業補償について「知る権利」があり、「追求する権利」がある。

これを秘密にすることが公益になどなり得ない。

このことは原審において述べたとおりである。

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