大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和55年(ネ)302号 判決 1982年9月13日

控訴人

坂口好明

控訴人

坂口好之

右両名訴訟代理人

住田定夫

被控訴人

四国日本信販株式会社

右代表者

矢野忠

右訴訟代理人

杉野宏

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

(控訴人ら)

主文同旨

(被控訴人)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  主張

一  被控訴人の請求原因

1  控訴人坂口好明は、控訴人坂口好之を連帯保証人として、昭和五四年八月一〇日、被控訴人の特約店である訴外株式会社クリーン・ライフ(以下、クリーンライフという。)において、代金二〇〇万円(申込金を控除した額)のミラクル・タイヤ(以下、本件機械という。)を購入した。

2  控訴人らは前同日、被控訴人が右代金をクリーンライフに立替払することを承認し、被控訴人に対し、連帯して右代金に手数料金四〇万円を加えた金二四〇万円を次のとおり支払うことを約した。

(1) 昭和五四年九月から昭和五六年八月まで毎月六日限り金一〇万円宛(二四回)

(2) 控訴人らが(1)の支払を遅滞し、被控訴人から二〇日以上の相当な期間を定めて書面で支払を催告されたにもかかわらず、指定期日までに支払わなかつたときは、期限の利益を失い、残額の即時支払を請求されても異議がない。

(3) 右(2)の場合には、控訴人らは年29.2パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

3  被控訴人は昭和五四年八月二〇日、所定の手数料を差し引いたうえ前記代金をクリーンライフに立替払した。

4  しかるに控訴人らは、昭和五四年一〇月六日までに内金二〇万円を支払つたのみで、その余の支払をしなかつたので、被控訴人は控訴人らに対し、昭和五五年八月二五日到達の書面をもつて、昭和五五年八月までの遅延金一〇〇万円を昭和五五年九月一六日までに支払うよう催告したが、控訴人らは、その支払をしなかつたので、同日限り期限の利益を失つた。

5  よつて、被控訴人は控訴人らに対し、連帯して次の金員の支払を求める。

(1) 金二〇〇万〇八〇〇円、立替金残金(ただし、手数料は、昭和五五年九月以降の分を差し引いたもの)

(2) (1)に対する期限の利益喪失の後である昭和五五年九月一七日から支払ずみまで約定の年29.2パーセントの割合による遅延損害金

6  なお、昭和五五年一〇月一七日、控訴人坂口好明の代理人弁護土尾倉洋文の仲介により本件当事者間に、次の約定の示談が成立したから、これによつても控訴人らは本件債務を履行すべきである。

(一) 当事者双方が互譲し、控訴人らは被控訴人に金二二五万〇六一〇円を次のとおり分割して支払う。

金四五万〇六一〇円を昭和五五年一〇月末日に

金五〇万円を同年一一月六日に

金五〇万円を同年一二月六日に

金八〇万円を昭和五六年一月から同年八月まで毎月六日限り金一〇万円ずつ。

(二) 控訴人らは右の支払いを一回でも不履行のときは、分割払いの利益を失ない残金を一時に支払う。

二  請求原因に対する控訴人らの認否と抗弁

1  請求原因1ないし3、同4のうち、控訴人が二〇万円を支払つたとの点以外の事実及び同6の事実を認める。

請求原因4の二〇万円を支払つたのは控訴人らでなく、クリーンライフであり、その支払をしたのは、控訴人坂口好明において本件機械を使用して加工したタイヤの塗料が脱落変色するという欠陥があつたので、昭和五四年一〇月初ころクリーンライフに対し、本件機械の売買契約の解除を申込むとともに、本件機械の引取方を請求したところ、クリーンライフは「お詫びのため」と言つて、控訴人らの被控訴人に対する本件ローン代金のうち、同年九月と一〇月分の合計二〇万円を被控訴人あて送金したものである。

2  クリーンライフと控訴人らの間の本件機械の売買契約、本件当事者間の立替求償金割賊弁済契約(以下、本件立替払契約という。)には、次のような要素の錯誤があつたので、それらの契約は無効である。

すなわち本件機械は、タイヤの側面を薄くバフイング(削磨すること)し、そこに顧客の注文に応じ着色あるいは文字書きをするものであるところ、同商品は中古タイヤに加工を加えて価値を高める工作機械として売り出されながら、安全性の点から車検に合格しないという決定的な失陥をもち、加えて控訴人らが乙第一号証で示した如く塗付した色の固定等自体にも難点があり(使用後、塗料が脱落したり、変色する。)、それらを合わせ考慮すれば、何人も本件契約を締結しなかつたと考えられるので、その契約には要素の錯誤があつたといわねばならない。

3  控訴人らは、昭和五五年一〇月初ころクリーンライフに対し、本件機械に前記1で述べた欠陥があることを理由に本件売買契約解除の意思表示をなし、また、昭和五七年四月七日、重ねて代理人住田定夫を通じて当裁判所の法廷でクリーンライフの代表者衣川晃弘に不完全履行を理由に本件売買契約解除の意思表示をしたので、本件売買代金債務とそれに基づく本件求償債務は消滅した。

4  また、本件機械は使用後塗料が脱落変色するという性能上の欠陥があつたのみならず、もともと、保安用品であるタイヤを削る点で陸運局の車検上に問題のある品物で、とうてい商品価値のないものであり、その瑕疵は修復改善の余地がないものであつた。

被控訴人はクリーンライフに継続的な立替給付を行い、その継続的取引の一環として、本件売買・立替払契約が成立したもので、売買契約と立替払契約とは密接不可分の関係(あるいは商品売買契約は立替払契約の原因ないし基礎関係)にあり、被控訴人はクリーンライフに代金を立替支払うことによつて法律上当然にクリーンライフの控訴人らに対する代金債権を取得する(民法五〇〇条)のであるから、被控訴人は本件機械の売主であるクリーンライフと同視すべきである。

そこで、控訴人らは昭和五四年一二月九日、被控訴人の福岡支店を通じて被控訴人との間に本件機械の瑕疵を理由として、その売買契約及び立替払契約を合意解除した。

5  被控訴人主張の示談か成立したことは認めるが、この示談は、本件訴状を受取つた控訴人坂口好明が尾倉洋文弁護士に相談したところ、同弁護士は本件の権利関係はクリーンライフから被控訴人に移転したので、被控訴人に機械の瑕疵を主張しても勝訴の見込がないといわれ、やむなく示談を成立させたが、後記のように甲第一号証の裏面第八項は無効で抗弁権は切断されていないから、そこに要素の錯誤があり、かつその示談は自動車の安全性、車検上の問題を全く知らず抗弁権切断条項について契約書の交付、提示がないまま署名捺印されたことを知らずに代理人が示談を成立させたものであり、それらの点は争いの目的となつていない前提条項についての錯誤であるから、同示談契約も錯誤によつて無効である。

三  抗弁に対する被控訴人の認否

1  昭和五四年一〇月ころ控訴人らがクリーンライフに対し本件機械を返すという契約解除の意思表示をなしたこと、また同年一二月九日控訴人らから被控訴人の福岡支店に対し、契約解除の意思表示をしたことは認めるが、本件機械に欠陥ないし瑕疵があつたこと、本件売買・立替払、示談契約の締結につき控訴人らに錯誤・誤解があつたこと、被控訴人が売主であるクリーンライフと同一視すべきものであるとの控訴人らの主張は認めない。

2  控訴人らは売買契約前数回クリーンライフを訪れ、本件機械の性能等を十分納得のうえ購入したのであり、その後使用方法に問題が起り、クリーンライフの社長衣川が渡米し、ノウハウを確立し、帰国後購入者等を集め、説明会を開き、控訴人らはノウハウを理解し欠陥商品ではないことを確認した。また衣川社長は米国で広く行われている「タイヤのビューティーアップ業」を日本に導入するにつき、タイヤをバフイングすることが日本での車検上問題点は無いかを所轄の陸運局にも照会し、問題無いとの確証を得た上で、この業務に取り組んだのである。

四  被控訴人の再抗弁

1  控訴人らは本件立替払契約の約定第八項(甲第一号証の裏面に掲記)で、本件商品の瑕疵故障を理由に被控訴人に対する支払いを怠ることはできないことを承認した。

2  控訴人らは株式会社マルコリースを経営する商人であるにより、本件機械の購入は付属的商行為に該当するので、その商品の瑕疵に関する責任追求は商法第五二六条により、直ちに又は取引の日から遅くとも六か月以内に行わなければならないところ、控訴人らは右期間経過後に、その商品である本件機械の瑕疵を主張するに至つたものであるから、その主張は失当である。

3  たとえ控訴人らに要素の錯誤があつたとしても、その錯誤につき控訴人らに重大な過失があるので、民法第九五条但書により、控訴人らにおいて意思表示の錯誤による本件立替払契約及び示談の無効を主張することは許されない。

五  再抗弁に対する控訴人らの認否及び主張

1  本件立替払契約書の約定第八項に抗弁権切断の特約が記載されていること及び控訴人らがリース業者であることは認める。

2  商法第五二六条は双方的商行為に対してのみ適用されるところ、控訴人らとクリーンライフ間の本件機械の売買は一回限りの取引なので、同条の適用はない。

3  本件機械の安全性、車検上の問題点については、輸入し広告したクリーンライフにおいて調査すべきことであるし、控訴人らは右商品を受けとつた直後に問い合わせしたので、錯誤につき重大な過失はない。

六  控訴人らの再再抗弁

本件立替払契約書面中の前記抗弁権切断条項は単なる例文であり、当事者を拘束しない。

右抗弁権切断条項が例文と認められないとしても、抗弁4で主張したとおり、被控訴人は取引の実質上、売主のクリーンライフと同視すべきものであるところ、抗弁権切断の約定は一方的に買主である控訴人らの抗弁権を失わせる点で公序良俗に違反して無効であるか、少なくとも当事者を拘束しないというべきである。

また、本件立替払契約の締結にあたり、被控訴人の代理人であるクリーンライフは控訴人らに契約書を交付しなかつたし、契約条項の提示や説明を行わずに控訴人らに契約書に署名捺印させたので、右抗弁権切断条項は控訴人らを拘束するものではない。

七  再再抗弁に対する被控訴人の答弁及び主張

1  再再抗弁のうち、抗弁権切断の特約が例文であるとの主張、被控訴人を本件機械の売主と同視すべきであるとの主張、控訴人らに契約書を交付せず、契約条項の説明提示なしに控訴人らが本件立替払契約を締結したとの控訴人らの主張を認めない。

2  本件売買及び立替払契約の締結にあたり、控訴人らに契約書(お客様控え)は交付されている。また、右契約の申込書(契約書にも兼用)の一枚目の控訴人らの署名部分の上部には、特に朱書で「お申込みの際には、この契約書の内容をよく読んでからご記入下さい。」と明記されているし、さらにはリース業者である控訴人らの職業にかんがみても、控訴人らは契約条項を読んで納得したうえ、契約を締結したものである。

3  仮に控訴人らに契約条項の説明提示がなく、契約書も交付されなかつたとしても、契約書の交付提示を得たうえ契約しなかつた控訴人らに重大な過失があるので、控訴人らにおいて抗弁権切断の特約の拘束力を争うことは許されない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1236の事実同4の事実のうち被控訴人が控訴人らに対し昭和五五年八月二五日到達の書面で、同年八月までの遅延金一〇〇万円を同年九月一六日までに支払うよう催告したが、控訴人らはその催告に応ぜず、同年一〇月初めころクリーンライフに対し、本件機械の売買契約の解除を申込んだこと、昭和五四年一二月九日にも控訴人らが被控訴人の福岡支店に対し本件売買契約及び立替払契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、訴外クリーンライフ(資本金六〇〇万円)はクリーニング機材等の販売業者で、昭和五四年六月ころ訴外東洋通商株式会社を通じて、米国のタイヤコスモトロジー社から本件機械を購入し、そのころ日刊新聞等にその販売広告をしたこと、被控訴人は信販会社で昭和五四年六月ころ福岡支店を開設したが、そのころクリーンライフとの間に、クリーンライフから商品を購入する客が被控訴人による代金の立替払いを希望すれば、クリーンライフが被控訴人の代行者として、客からの信販申込を受付け、その申込書を被控訴人へ送付し、被控訴人において申込者の信用調査を行い、申込み受諾をクリーンライフを通じて客に通知することにより、客との間にショッピングクレジット契約を成立させて、客の購入代金をクリーンライフへ立替払いすること等を約定した加盟店契約を締結したこと、控訴人らは兄弟で、昭和四八年ころ以降、建設機械の賃貸を業とする株式会社マルコリースを共同経営しているものであるが、新聞広告をみてクリーンライフに赴き本件売買契約を締結し、同時に、クリーンライフを介して被控訴人との間に本件ショッピングクレジット契約(以下、立替払契約という。)を締結したこと、本件機械は自動車タイヤの外側面(サイドウォール)を砥石で削磨(バフイング)して線帯状(リボン状)に塗装したり、英文字や数字をプリントする装置(動力はモーター)及び自動車のエンジン・室内クリーニング装置であり、後者が前者の抱合わせ商品として売買され、その代金二二〇万円の頭金二〇万円を売買契約成立と同時に控訴人らがクリーンライフへ支払い、残代金二〇〇万円につき本件立替払契約を締結したことが認められる。

二そこで、抗弁につき検討する。

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件機械によるタイヤの美装工程は、まずタイヤのサイドウォール外面を洗浄液で洗つた後、塗装する部分をパフイングしてタイヤゴム層の外表を削磨し、その削磨片をブラシと布で落したタイヤ面に、二種類以上の塗料(米国製)を、アルミ製のローラ先端から噴出させて塗りつけ、最後に塗装面に艶出しをかけるというもので、その作業方法は比較的簡易であり、作業に要する時間は左程長くない。

2  クリーンライフの代表者衣川晃弘は控訴人好明と昭和五四年七月一〇日ころ面談して、本件機械の性能やタイヤ美装の需要見通し等を説明し、その数日後には同控訴人へ本件機械によるタイヤ塗装作業の実際を見学させた。その出来ばえは塗装部に光沢が生ずるなど右説明に副うものであつた。

そこで、控訴人らは本件機械を購入することとして、同月一六日、クリーンライフを通じて本件立替払契約を申込み、翌八月一〇日、その売買契約及び立替払契約を締結して本件機械の引渡を受けた。

3  控訴人好明は早速、本件機械を使用し、試みに友人の自動車のタイヤ等にクリーンライフから教わつたとおりの方法工程で塗装したところ、数日後にその塗装部に変色や塗料の脱落が生じたので、そのころクリーンライフから本件機械と同じものを購入していた訴外城野哲夫と東久保某の二業者と連絡を取り、前記作業工程にしたがいさらに試験的に施工してみたが、その結果は右三者の場合とも、塗装直後のみばえは良いが数日経過すると塗装部に変色、亀裂が生じたり、塗りつけた塗料がはげ落ちたりした。

4  控訴人好明らから右施工結果の不良につき善処を求められたクリーンライフの衣川晃弘は前記米国のタイヤ・コスモトロジー社へ赴き調査したところ、同社の作業指導書中、工程の記載に誤りがあつたことが判つたので、同年九月二四日ころ衣川晃弘は控訴人好明ほか前記販売先の二者を集めて調査結果を説明し、改めて作業工程を実演してみせた。右訂正された作業工程どおりに施工した場合、変色や塗料の脱落は殆んど生じなかつたが、塗装表面に亀裂が生ずる点は、訂正前の作業工程で塗装した場合と大差がなかつた。

5  同年八月末か九月初めころ、控訴人好明は知合いの中古車販売業兼民間車検整備業者石村馨に本件機械で塗装したタイヤ見本(サイドウォールを幅約二センチメートルのリボン状に削磨塗装したもの)をみせた際、石村からそのタイヤではサイドウォールが削られているため、タイヤの強度が落ち、高速道路を走行するのは危険であるし、車検も合格しないだろうといわれたので、直ちに電話でクリーンライフへ問い合わせたところ、衣川晃弘はクリーンライフから前もつて陸運当局へ照会し、当局から本件機械でタイヤを削磨してもタイヤの強度等に異常が生ずることはなく、車検にも支障がない旨の回答を得ていると申し向けたため、控訴人らは本件機械でタイヤを削磨しても自動車の走行安全確保上支障はないと思つていた。

6  控訴人らが本件立替払契約により同年九月六日と一〇月六日に被控訴人へ支払う約束の割賦金一〇万円ずつ合計二〇万円については、クリーンライフの方から塗装工程の案内指導に前記誤りがあつたことにより控訴人らに迷惑をかけた弁償として自己負担することとして、同年一〇月六日ころまでに被控訴人へ支払つた。(この点は被控訴人も認めている。)

7  控訴人好明は同五四年一〇月五日と二五日の二回にわたり、クリーンライフに対し本件機械で塗装後、塗装面が変色し、かつ塗料の着き具合が悪いことを理由として契約の解除を申入れたが、クリーンライフは前記九月二四日ころの作業工程の訂正指導によつて、その欠陥は解消されたといつて、控訴人らの右申入れを拒否した。しかし、控訴人らは同年一一月分以降の被控訴人への割賦金を支払わず、被控訴人から支払いを催促された控訴人好明は同年一二月九日ころ被控訴人の福岡支店長斉宮健二郎に対し、本件機械で塗装したタイヤを提示し、その変色状況や塗料付着具合が悪いことを説明して、クリーンライフに本件機械の引取り方を折衡するよう申入れ、斉宮支店長はその旨をクリーンライフへ伝えたが、クリーンライフは前同様塗装不良の欠陥は解消ずみであるとして、斉宮支店長を介しての控訴人らの申入れを拒否した。

8  その後、被控訴人から本件訴訟が提起され、その訴状が控訴人らへ送達された後の昭和五五年一〇月一七日、被控訴人主張のような本件示談が成立した。

9  自動車タイヤのサイドウォール(ゴム製)は自動車の走行中、不断に上下動の屈曲を受けるので良好な屈曲耐久性と耐候性が要求される。しかるに、本件機械によるタイヤ美装は、サイドウォールの外側表面を砥石で削磨することを避け得ないところ、その削磨により自動車の安全走行確保上要求されるタイヤの強度と性能が多かれ少なかれ低下することとなるが、わが国のタイヤメーカーはサイドウォールを削磨したタイヤが走行の用に供される場合を想定せず、法規所定の安全基準に適合させてタイヤを製造しているので、たとえ当該サイドウォールのゴムの厚さその他の強度、削磨の部位、深さ、幅、面積さらには当該自動車の走行速度や重量その他タイヤの使用期間の長短等各般の複合要因の如何によつては、それがすぐにタイヤの亀裂を招くとはいえないまでも、安全走行に必要なタイヤの強度を低下させ、タイヤパンクによる交通事故発生の原因となるおそれがある。

福岡陸運局長は当裁判所の調査嘱託に対しサイドウォールの一部でも削磨したタイヤを装置した自動車全部が道路運送車両法所定の車検に合格しないとは断定し難いが、法規に定められた保安基準に適合しなくなるおそれ又は適合しない状態にあると判断される可能性が非常に高いと回答している。

10  控訴人らは本件訴訟が当審へ係属後の昭和五六年夏に、福岡県陸運事務所へ電話照会した結果、前記福岡陸運局長の見解と同旨の回答を得たので、クリーンライフの衣川晃弘が陸運局から安全上の問題はないとの回答を得ているといつたのを信用したのは誤りであることに気付いた。

以上のとおり認められる。証人衣川晃弘(第二回)は、米国では本件機械でタイヤを三ミリまで削つているが、わが国ではタイヤのゴムの厚さが米国のタイヤより薄いことを考慮し一ミリ以内の限度で削るということで、昭和五四年三月ころ陸運局へタイヤの現物(断片)を提示して照会したところ、陸運局から事故が起きない限り問題はなく、タイヤを削ることにより車検に合格しないとはいえない旨の回答を得た旨供述し、<証拠>によると、本件機械でタイヤを削磨しリボン塗装したクリーンライフ所有の自動車二台が曽て車検を受けたが、そのタイヤを削つたことにより整備不良車とは判定されなかつたことが窺われるけれども、前記供述中、陸運局から事故が起きない限り問題はない旨の回答を得たという点はこれを正確に裏付ける資料がなく、当裁判所の福岡陸運局長に対する調査嘱託の結果、<証拠>と比較して措信し難く、クリーンライフの前記自動車二台が車検で整備不良車と判定されなかつたからといつて、直ちに本件機械でタイヤを削磨した自動車の安全性に問題がないことを裏付けるものとは認められず、<証拠>によつても右の判断は動かない。他に、以上の認定を左右すべき証拠はない。

(二)  右の認定事実によると、控訴人らは本件機械によるタイヤ塗装工程においてタイヤのサイドウォール表面の削磨が不可避であることは事前に知つていたものの、そのタイヤの削磨により自動車の安全走行確保のために必要なタイヤの強度・性能が低下すること及びその削磨により法定の安全基準を欠く整備不良車両となるおそれが強い点については、控訴人らは本件売買・立替払契約締結時はもとより、本件示談を締結する際にも知らなかつたところ、自動車の安全走行確保という事柄の社会的重大性にかんがみ、控訴人らにおいて本件機械の用途に右安全をそこなう危険性があるのを知つていたのであれば、その購入契約を締結しなかつたという控訴人坂口好明本人尋問の結果(第二回)を肯認することができ、他に控訴人らが右安全上の問題があることを知りながら本件売買・立替払契約を成立させたことを窺わせる証拠はない。そして<証拠>を総合すると、本件売買・立替払契約を締結するにあたり、当事者双方とも本件機械はその用途に右安全確保上の欠陥がないことを重要なものであることを表示して、その意思表示をした(被控訴人の右の点の表示は、その契約締結の代行者であるクリーンライフが控訴人らに対して行つた、いわゆる表示機関としての表示)ことが推認でき、控訴人らは本件機械に右走行安全確保上の欠陥があるのを知らずに、その売買契約を締結したものであり、右欠陥のため取引の目的を達成することが事実上不可能であるので、右各契約につき、控訴人らの意思表示にはその要素に錯誤があつたので無効であるというべきである。

(三)  本件機械によるタイヤ塗装にはタイヤのサイドウォールの削磨が不可避であることを控訴人らが了知のうえ、その売買及び本件立替払契約を締結したこと、その削磨によりタイヤの強度及び当該自動車の安全走行に必要なタイヤの性能が多かれ少なかれ低下するであろうことは専門的知識がなくても想定できるものであるうえ、控訴人らは自動車の民間車検業者から右安全確保上の難点がある旨指摘されたのに、売主であるクリーンライフの回答の方を信用して、この点の調査検討を行わないまま本件示談を成立させたことにかんがみると、控訴人らが本件機械の用途につき右安全確保上の欠陥がないものと思つて取引したことにつき、控訴人らに過失があつたことは否定できないといわねばならない。

しかし、控訴人らの右過失の程度をみると、控訴人らが本件機械を知つたのは大手日刊新聞の広告であり、その広告には、本件機械が米国で既に広く実用され業績をのばしている旨が記載されていたこともあつて、控訴人らは民間車検業者の忠告があつたにもかかわらずクリーンライフの前記言辞を信用したこと及び控訴人らと同じころクリーンライフから本件機械と同種の機械を購入した他の二業者も、その用途につき、当該自動車の走行安全確保上の支障欠陥が伏在することを知らなかつたことが<証拠>を総合して認められるので、控訴人らが右新聞広告の文言やクリーンライフの説明を信用してタイヤの削磨による走行安全面への配慮検討を欠如したことを強く非難できず控訴人らに重大な過失があつたとは認められないので、これを理由とする被控訴人の再抗弁は採用できない。

(四)  被控訴人は昭和五五年一〇月一七日に成立した示談によつて控訴人らは本件債務を履行すべきであるといい、示談の成立自体は当事者間に争いがないが、前記認定によるとこの示談は基本となる売買契約と立替払契約が有効であることを前提に成立したものであることは明らかであるところ、控訴人らはその前提が無効であることを知つていたらこの示談に応じたとは到底認められないから、そこにも要素の錯誤があるといわねばならないので、この示談を理由とする被控訴人の請求も理由がない。また以上のような事情のもとではこの示談成立につき控訴人らに重大な過失があるとはいえない。

(五) 本件立替払契約の約定第八項―抗弁権の切断について

甲第一号証である本件立替払契約書の約定第八項に「控訴人らは本件機械の瑕疵故障を理由に被控訴人に対する支払いを怠たることはできない」旨の記載があること及び右条項が契約書の裏側に印刷されていることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、控訴人好明は本人及び控訴人好之の代理人として昭和五四年七月一六日、クリーンライフの事務所で被控訴人の代行者であるクリーンライフに対して本件立替払契約を申込んだ際、その申込書兼契約書五通一揃(その各一通の右肩部に、上の一枚から下へ順次、ABCDEと摘記され、Aは客用、Bは被控訴人の調査用、Cは被控訴人の手許保管用、Dは割賦弁済金の払込みを受ける銀行用、Eは加盟店用と各記載されている。)の申込者欄と連帯保証人欄へ自己及び好之の氏名を手書し、他の所要事項も記入し、その一通(A)を受取り、他の四通(BCDE)をクリーンライフへ提出したこと、右契約書一揃五通中、最上部の一通(A)の表側左肩に「お申込の際にはこの契約書の内容をよく読んでからご記入下さい」と赤字で印刷されていたことが推認され、さらに控訴人好明の職業年令等をも合わせ考えると、控訴人らは右申込書兼契約書の裏面に記載された約定事項をその第八項も含めて了知のうえ、本件立替払契約を締結したものと推認できる。控訴人坂口好明は本人尋問において、契約申込書の表側だけをみせられ、その一偶に自書したにすぎず、同書面の裏側をみなかつたし(第一、二回供述)、契約書を貰つていない(第二回)旨供述するが、弁論の全趣旨によると契約申込書の表側の最上段両側に前記各記載が一見して眼に入る形態で印刷されていたと推認されることなどにかんがみ、右供述は措信し難い。

そして、本件機械をその購入目的にしたがい使用する場合、塗装部のタイヤ(ゴム)の削磨を不可避とするが、その削磨によりタイヤの強度・性能を低下させ、該自動車の走行安全を保障し難くなる点で、本件機械には右約定第八項にいう瑕疵故障があるといわなければならない。

従つて形式的には右約定第八項の合意により控訴人らは被控訴人に対しこの瑕疵故障を理由に債務を免れないように見えるが、クリーンライフ、被控訴人と控訴人らの関係はクリーンライフの都合で被控訴人がクリーンライフの控訴人らに対する売掛代金を取立てる関係にあり、それに甲第一号証の裏面の約定第四項には控訴人らが代金を完済するまで本件機械の所有権を被控訴人に留保していることが認められる事実を合せて考えると、クリーンライフと被控訴人は経済的には密接な連繋関係にあるとみてよいので、この場合を手形や債権譲渡に異議を留めなかつた債務者の場合のように取引の安全上債務者の抗弁権切断を認めねばならぬ場合と同様にみることはできない。

本件立替払契約は本件機械の売買と法律上は別個でも取引上では密接不可分の関係にあつて、この立替払契約にあたり、被控訴人の代行者のクリーンライフが本件機械の用途に走行安全確保上の支障欠陥のあることを控訴人らに告げず、控訴人らがその安全性を信用して、本件立替払契約を成立させたのに、クリーンライフと被控訴人は別人でこの第八項の合意がある故を以て控訴人らが被控訴人にこの支障欠陥を主張できないことまで考えて控訴人らがこの合意をしたとは思えず、クリーンライフの言辞を控訴人らがそのまま信用したことに重過失があるとはいえないことは既に判断したとおりであることにかんがみると、この約定第八項の合意を根拠として、本件機械の用途上の前記欠陥につき控訴人らの抗弁の切断を認めるのは、取引上の信義則に反するといわねばならない。

なお、本件機械の用途上の支障欠陥は、重大な交通事故発生の原因となりかねないという危険の特質にかんがみると、この抗弁切断の合意に右の如き欠陥までも含むと解すると、結果的に一般の社会生活における正常な秩序を阻害する危険な取引を助長することとなる点も軽視できない。

以上のごとく、甲第一号証裏面の第八項により抗弁権の切断を認めることは、信義則及び公序良俗に反するものであり、同条項の合意があつても、なお控訴人らは本件機械の前記用途上の欠陥を理由として本件立替払契約が要素の錯誤により無効であることを主張できるものと判断する。

(六)  商法第五二六条の再抗弁について

前記認定のとおり本件売買契約の成立は昭和五四年八月一〇日であるが、控訴人坂口好明は同年九月本件機械の性能についてクリーンライフに苦情を申込み、また、そのころ同控訴人は訴外石村馨から安全性について問題があるときき、直ちに衣川晃弘にそのことを尋ねると同人は陸運局と話ができており問題はないといつたため、当時はそのままにしておいたが、衣川晃弘の回答が正確でないこと前記のとおりであるから、控訴人らは商品受領後直ちに又は六か月以内に瑕疵を通知しているのであるから、これを理由とする被控訴人の再抗弁は理由がない。

三よつて、被控訴人の本訴請求は理由がないので棄却すべく、右と異なる原判決は失当であるから取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条前段、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(菊地博 滝口功 川波利明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例