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高松高等裁判所 昭和59年(行コ)6号 判決 1988年3月23日

控訴人(原告) 明神仁士

被控訴人(被告) 高知県知事

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件訴え(当審において追加された新請求を含む。)をいずれも却下する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2(一)  (第一次的請求―当審において追加された請求)

被控訴人には、別紙目録記載の土地のうち同目録添付図面の斜線部分につき、将来、河川法(昭和三九年法律第一六七号)上の処分を行つてはならない義務があることを確認する。

(二)  (第二次的請求―当審において追加された請求)

被控訴人には、別紙目録記載の土地のうち同目録添付図面の斜線部分につき、河川法(昭和三九年法律第一六七号)上の処分権限がないことを確認する。

(三)  (第三次的請求)

別紙目録記載の土地のうち同目録添付図面の斜線部分が、河川法(昭和三九年法律第一六七号)の河川区域でないことを確認する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

(本案前の申立て)

主文第二、三項同旨

(控訴の趣旨及び当審において追加された新請求に対する答弁)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴人の当審における新請求をいずれも棄却する。

3 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。

第二主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三丁表三行目及び四行目を「よつて、控訴人は、被控訴人に対し、第一次的に、被控訴人には、本件箇所につき、将来、河川法上の処分を行つてはならない義務があることの確認を求め、第二次的には、被控訴人には、本件箇所につき、河川法上の処分権限がないことの確認を求め、第三次的に、本件箇所が河川法の河川区域でないことの確認を求める。」と改める。

2  原判決三丁表六行目から同裏一〇行目までを次のとおり改める。

二 被控訴人の本案前の主張

1 第一次的請求について

(一)  控訴人が当審において追加した第一次的請求は、行政庁の第一次的な判断がされる前に公権力の発動をしないことを求めるいわゆる予防的無名抗告訴訟である。

しかし、憲法の定める三権分立の趣旨からして、元来行政処分をするか否かの決定は第一次的には行政庁の判断によつて決められるべきであり、司法権はその行政的判断の違法の有無を事後に審査し、違法があればその効力を否定するに止まるのが原則であり、仮に行政庁に対して行政処分をなさない義務があることの確認を訴求する訴えが許される場合があるとしても、それは、行政庁の第一次的判断を尊重する必要のないほどに行政庁が一定の行為をすることを法律上覊束され、かつ、裁判所によつて行政庁に処分権限のないことを確認するのでなければ国民の権利の救済が得られないようなごく例外的な場合に限られると解すべきである。

本件の第一次的請求の「河川法上の処分」とは、請求の趣旨などから判断すると、河川法第七五条第一項の河川管理者の監督処分を指すものと解されるところ、右処分の対象となる行為は、同法第二〇条、第二三条ないし第三一条、第五五条、第五七条などに規定され、その種類内容も多種多様である。しかも、右各規定違反に対する処分が行われるのは、これらの規定に違反する行為があることが前提であり、仮に控訴人に右違反行為があつたとしても、被控訴人は、公益判断に基づき、処分の要否とその内容を決するのであり、右処分を必ず行うものではない。

したがつて、控訴人の右の訴えは、その内容が余りにも不確定、不明確で、具体的な争訟の体をなさず、紛争の成熟性を欠く不適法な訴えである。

(二)  また、無名抗告訴訟が許容されるためには、侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度、違反に対する制裁としての不利益処分の確実性とその内容などが検討されなければならない。

本件の場合、前記のとおり仮に控訴人の違反行為があつても、その処分については、公益判断に基づき、その要否を決するのであるから、不利益処分が行われる確実性が存しないことは明らかであり、しかも、侵害を受ける侵害処分の内容は、控訴人の本件土地に対する使用収益権を制限するという財産的な損害であるにすぎない。

したがつて、これらの点からいつても、右の訴えは、予防的無名抗告訴訟が許容される場合に当たらない。

(三)  さらに、本件事案の場合、侵害を受ける権利の性質は、本件土地の使用収益権の制限にすぎず、事後的に義務の存否を争つたのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなどの事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情は存しない。現に控訴人は当庁昭和五九年(ネ)第一三〇号事件において河川法第七五条第一項に基づく被控訴人の処分を争い、高知県に対し、右処分による損害の賠償を請求し、事後的な損害回復の措置により、損害の回復を図ることができる。

したがつて、この点においても、右の訴えは不適法である。

(四)  以上、いずれの点からしても、右の訴えは不適法である。

2 第二次的請求について

控訴人の第二次的請求は、実質的には第一次的請求と同一内容をなす請求であり、前記一と同様の理由で不適法である。

3 第三次的請求について

(一)  控訴人の第三次的請求は、本件箇所が河川区域でないことの確認を求めるものであるが、本件箇所が河川区域であるか否かということは、法律上の判断ではなく事実上の判断であり、判断の対象は、権利又は法律関係ではない。したがつて、右請求は、権利又は法律関係の確認を目的としない訴えであるから不適法である。

(二)  仮に、右訴えが適法であるとしても、右訴えは実質的当事者訴訟に当たるから、右確認を求めるべき相手方は河川を管理する行政主体たる国であり、行政庁を被告とする右訴えは不適法である。

3 原判決九丁表一行目の「主張1」を「主張3(一)」と改める。

4 原判決一〇丁表三行目の「主張2」を「主張1及び2」と改め、同一一丁表三行目及び四行目を「したがつて、本来ならば存するはずの処分が欠落している本件のような場合には、いわゆる無名抗告訴訟として、本件第一次的請求及び第二次的請求は許容されるべきである。仮に、本件については当事者訴訟によつて争うべきであるとすれば、当事者訴訟においても行政庁が被告適格を有すると解する余地は十分にあるから、第三次的請求が認められるべきである。」と改める。

第三証拠<省略>

理由

一  本件の訴えの適法性について

1  第一次的請求及び第二次的請求について

本訴請求のうち、第一次的請求は行政庁の不作為義務の確認を求めるものであり、第二次的請求は行政庁の処分権限の不存在の確認を求めるものであつて、いずれもいわゆる無名抗告訴訟に当たるものである。

ところで、一般に、行政庁の公権力の行使について予防的に行政庁の不作為義務の確認又は処分権限の不存在の確認を求める無名抗告訴訟が適法なものとして許容されるのは、当該行政処分について、三権分立の原則を考慮しても、行政庁の第一次的判断権を実質的に侵害することがなく、しかも、その処分がされ、又はされないことによつて発生する損害が重大であつて、事前の救済を認めるべき差し迫つた必要性があり、他に救済を求める手段がない場合に限られるものと解される。

本件の第一次的請求及び第二次的請求は、その請求の趣旨及び控訴人の主張内容から明らかなように、本件河川管理者である被控訴人が本件箇所について河川法上の処分を行う差し迫つた状況があるというのではなく、被控訴人が本件箇所は河川法第六条第一項第一号の河川区域に該当すると主張していることから、被控訴人が、将来、河川管理者として、本件箇所が河川区域であるとの前提の下に、本件箇所について、河川法上の処分を行うおそれがあるので、これをあらかじめ封じておくことを目的とするものであるとみられる。

右のような紛争の実態からすれば、河川管理の主体又は河川管理者と控訴人との間の争いの根本的原因は、本件箇所が、河川法第六条第一項第一号の河川区域として同法第二六条、第二七条など同法に規定された諸種の制約に服する土地であるか否かという点に関する右当事者間の認識の対立にあるというべきであり、本件箇所がこのような制約に服しない河川区域外の土地であることが明らかとなれば、紛争の根本的原因が解決し、したがつて、被控訴人が、本件箇所について、河川区域であることを前提とした河川法上の処分を行うこともないはずである。

そして、本件箇所が河川法第六条第一項第一号の河川区域であるか否かは、河川管理者の指定処分などの公権力の行使を介在せずに、右箇所が、河川の流水が継続して存する土地又は地形・草木の生茂の状況その他その状況が河川の流水が継続して存する土地に類する状況を呈している土地であるかという当該箇所の現在の形態によつて当然に決まるものである。

そこで、控訴人は、前記の目的を達するために、本件河川の管理主体である国を被告として、控訴人が本件箇所について河川法第六条第一項第一号の河川区域である場合に負担すべき同法上の義務を負わないという公法上の法律関係の確認を求める当事者訴訟(実質的当事者訴訟)を提起することが可能であり、当事者間の争いの根本的原因が行政庁の公権力の行使そのものにあるのではなく、その前提たる公法上の法律関係の存否の認識の対立にある本件のような場合においては、むしろ、右の方法によることの方がより紛争の実態に即した抜本的な解決が図られるというべきである。

したがつて、控訴人としては右の当事者訴訟の方法により適切な救済が求め得るのであるから、本件は、無名抗告訴訟として許容される場合に当たらず、本件第一次的請求及び第二次的請求は、いずれも不適法であるといわざるを得ない。

2  第三次的請求の適法性について

本件の第三次的請求は、その請求の趣旨だけからでは、いかなる訴訟類型の訴えかは必ずしも明らかではないが、控訴人の主張と合わせて判断すると、控訴人が本件箇所につき河川法上の義務を負わないという公法上の法律関係の確認を求める実質的当事者訴訟に当たると解される。

しかし、右の趣旨の実質的当事者訴訟であるとすれば、被控訴人の行う本件河川の管理は地方自治法第一四八条に基づき国の機関委任事務としてされるものであるから、右訴えは、本件河川の管理主体である国を被告として提起すべきであり、行政庁である被控訴人を被告とする本件第三次的請求は、この点において不適法といわざるを得ない。

なお、本件第三次的請求は前記の第一次的請求又は第二次的請求と同内容の無名抗告訴訟と解する余地もあり得ようが、その場合には、前記1と同様の理由により、不適法な訴えであることを免れ得ない。

二  以上の次第で、控訴人らの本件訴えは、当審で追加された新請求に関する部分も含めて、いずれも不適法であるから、原判決を取り消して、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳澤千昭 福家寛 市村陽典)

目録

高知県須崎市上分字田ノ島頭甲九六三番一

一 原野 二一一平方メートル

添付図面<省略>

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