高松高等裁判所 昭和62年(ラ)2号 決定 1988年10月28日
抗告人 島本隆宏
相手方 島本和子
主文
原審判を取り消す。
本件を高松家庭裁判所へ差し戻す。
理由
第一、抗告の趣旨及び理由
別紙記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一 原審判は、(1)抗告人と相手方は昭和24年3月31日結婚し(婚姻の届出を行つたのは昭和25年7月25日)し、昭和58年5月31日協議離婚した、(2)原審判別紙目録(以下「目録」という。)5、6(夫婦の自宅。登記名義人は相手方)、8の各建物は、本件当事者が婚姻中にその協力により取得したものであり、目録1、2、3、4、7の土地建物は、抗告人が父の死亡に伴なう相続により、その遺産として取得したものである、(3)相手方は、結婚前に看護婦であつたが、結婚と同時にそれをやめ、その後約2年間は家事をしながら内職をして家計を助け、昭和26年4月ころから49年初ころまで再び看護婦として働き、その後の49年4月に看護婦及び家政婦紹介所を自宅の一隅に開設し、協議離婚後はこれを第三者の貸事務所へ移して、その営業をしている、(4)抗告人は昭和25年ころから39年ころまで病院の守衛として働いていたものの、その給料は全部、自己の遊興費に使い果して家計に入れることはなかつたし、右勤務を退いた後は、就職せず、2人の子の養育や家産(アパートである目録3及び4の建物)の管理運営も相手方に委せ切りにして、専ら酒・賭博・女遊びなどの放とうざんまいに明け暮れ、さらには、昭和57年春ころ夫婦双方が家政婦として雇用していた林田スマ子と肉体関係を結び、その後、同女と同棲している、(5)相手方は結婚期間中、抗告人から再三暴力を振われ、また右不貞関係で侮辱されるなどしたうえ、不本意ながら協議離婚を余儀なくされたものであつて、それにより甚大な精神的苦痛を受けた、(6)抗告人は前記アパート等からの家賃収入として月額50万円を得ているし、約1500万円の預貯金を有している、(7)離婚後、相手方は二男夫婦と同居し、前記家政婦等紹介所の経営によつて、相当の収入がある(その収入額は、昭和57年度分が約280万円、58年度分が約400万円)けれども、病弱のため、将来の生活確保に不安があるとの事実を認定し、目録6の建物を抗告人に、目録7の土地及び目録8の建物を相手方に分与するのが相当であると判断している。
そして、一般に、離婚による財産分与には、(一)婚姻中の夫婦財産関係の清算、(二)離婚後の扶養(離婚後における一方の当事者の生計の維持)及び(三)離婚による慰藉料の三つの要素を包含するものと解するのが正当であるところ、原審判の理由の説示に徴すると、原審判は、ほぼ右(一)に関して、目録6の建物を抗告人に、8の建物を相手方にそれぞれ分与し、右(二)及び(三)に関して目録7の土地(抗告人の固有財産)を相手方に分与するのが相当であると判断しているものと解される。
二 原審判のうち、婚姻中の夫婦財産関係の清算に関する認定及び判断について
1 原審判の説示によると、目録5の建物は、6及び8の建物と同じく、本件当事者が結婚中にその協力により取得したものであるというのである(記録により、この認定は首肯することができる。)から、離婚までにこれが処分されたことなど特段の事由がない限り、財産分与の対象物件であるというべきである。しかし、原審判には、5の建物を右対象物件から除外した事由の判示がないことが明らかであるし、また記録を検討しても、原審判が5の建物を分与の対象物件としていないことを首官できる資料はない。
2 記録によると、本件離婚当時、抗告人名義の預貯金が数口合計1410万円程度あつたこと及びそのうちの相当額は目録5及び8の建物からの家賃として取得したものであることが認められる。したがつて、右家賃を預貯金している分については、特段の事由がない限り、財産分与の対象とすべきである。しかし、原審判は、この家賃分の預貯金につき認定及び判断をしていないことが明らかであるところ、記録を検討しても、右預貯金を分与の対象財産から除外すべき特段の事由のあることを認めるべき資料はない。
3 原審判の記載によれば、目録8の建物(未登記)の床面積は約70平方メートル(1階約50平方メートル、2階約20平方メートル)となつている。しかし、当審記録中の「不動産に係る報告書」と題する書面(不動産鑑定士○○○○作成)に徴すると、右建物の現況床面積の数値は、原審判のそれと相当大幅にくいちがうことが窺われる。そして、記録上、この建物の正確な床面積を認定できる資料はない。
4 目録5、6、8の各建物の取得価格及び離婚当時における適正評価額を算定することが、夫婦の財産関係を双方の各寄与割合に応じて清算することの前提として必要であるところ、右取得額認定の資料としては、当事者双方の調査官に対する供述録取があるにとどまり、その補強証拠(例えば建築請負契約書ないし見積書類)などの存在は不明である。また、右各建物の離婚当時における適正評価額を認めるに足る的確な資料は記録上、存在しない。
三 原審判中の離婚後の扶養及び離婚による慰藉料に関する認定及び判断について
1 一般に、夫婦の一方が相続によつて得た財産は、夫婦の協力によつて取得されたものでないから、夫婦が婚姻中に取得した他の財産と同一視して、分与の対象物件に含ませることは、特段の事由がない限り、許されないというべきである。
2 さらに、慰藉料は、財産分与の一要素である場合でも、元来損害賠償であるから、原則として金銭をもつて、その額を定めるべきものである(民法722条、417条)。
3 そして、原審判には、離婚後の扶養及び離婚による慰藉料の給付として、如何程の金額の支払が相当であるかの判示がなく、また本件当事者が結婚中に取得した財産(目録5の建物及び前記抗告人名義の預貯金の一部)の分与を命ずることなく、抗告人の固有財産である目録7の土地の分与を命じた事由は、原審判の説示上明らかでないし、訂録を調査しても、抗告人が右固有財産の譲渡給付を承諾しているなど特段の事由があることを認めるべき資料はない。
4 したがつて、目録7の土地を相手方に分与することを命じた原審判が不当であるとの抗告人の主張は理由がある。
四 以上の説示によると、本件抗告は理由があるから、原審判を失当として取り消し、本件については原裁判所で更に事実調査などの審理を行うことが必要であるから、本件を原裁判所に差し戻すべきである。
よつて、家事審判規則19条1項により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 柳澤千昭 裁判官 滝口功 市村陽典)
抗告の趣旨
原審判はこれを取消し、本件を高松家庭裁判所に差し戻すとの裁判を求める。
抗告の原因
一 相手方の申立にかかる高松家庭裁判所昭和58年(家)第1083号財産分与の申立に対し、右高松家庭裁判所より昭和61年12月19日抗告人に対し、次の如き審判の通知を受けた。
前記当事者(申立人が被抗告人、相手方が抗告人)間の財産分与請求事件につき、別紙目録記載の番号6の建物を相手方に分与し、同目録記載の番号7の土地及び番号8の建物を申立人に分与する。
二 理由とするところは、相手方は抗告人と昭和24年3月31日結婚式を挙げ、二子を出生し、以来終始看護婦として働き、相手方の協力により、原審判別紙目録4・5・6・8の建物を建築し、3・4の建物は抗告人が父島本隆太郎より相続したものであるが、隆太郎死亡後相手方の収入、及び他の家屋の家賃より借金を返済したもので、抗告人は酒、バクチ、女などと、放蕩ざんまいし、且つ抗告人は借家の管理もせず、相手方が家賃の集金をして3ないし6の家屋、及び8の家屋を維持してきたと言うにある。
三 しかし相手方の申立とは別に、高松家裁調査官の調査によれば、相手方は昭和38年7月より昭和45年まで腎臓結石、慢性腎盂炎にて入院している。(この間、中途で退院していることもあるが、期間は短く、別に財産形成に寄与していない。)
3・4・5の建物につき、3は昭和43年6月5日、4は昭和40年3月9日、5は昭和42年11月27日保存登記されている。相手方は入院中のことで何等関与せず、抗告人において建築されたものである。○○市農協から借りた300万円については4の建物に、210万円は8の建物に、200万円は5の事務所の建築資金に充当されている。又600万円については相手方名義で借りたが、相手方所有名義となつている。
これ等の借入金の返済は、建築された借家の家賃より充当されていて相手方は何等関与していない。これ等の借入については、1・2の土地に抵当権を設定し、金融を得たものである。ただわずかに相手方が寄与したと思えるのは、昭和46年2月より昭和49年2月まで看護婦として働いたと言うだけである。
相手方がすべて家賃を集金したというが、調査官の調査によれば、店舗3軒分、3条の家賃、借家アパートの家賃は農協職員が集金し、残りの家賃は相手方が集金しただけである。
(抗告人の言分)
7の土地については抗告人の父所有の土地の売却代金から購入されたもので、財産分与の対象となるものではない。
婚姻中、抗告人から相手方に分与されたものは6の建物、昭和41~42年頃と思われるが64万円を交付、家政婦紹介所を開設した後である昭和54年頃、抗告人所有の金員400万円を相手方の要求により200万円づつ分けている。
又家政婦紹介所の開設も相手方、抗告人の協力のもとになされている。
家政婦紹介所開設後も抗告人の寄与度は大きい。相手方と抗告人は昭和42年6月21日、協議離婚しているが、相手方に言わせれば、抗告人に女ができたというが、調査官の調査によれば、離婚とは名ばかりで、○○市○○町で同居していたという。
又相手方は申立てにおいて過度の言動をなし、抗告人は、酒、バクチ、競輪、女など放蕩ざんまいというが別件○○地裁における相手方の抗告人に対する慰藉料請求事件(同庁昭和○○年(ワ)第○○○号事件)では、バクチは誤りであつたと供述している、酒についてはどうかを検討するとこれも、調査官の記録によれば、抗告人の酒代は月1万5000円ないし2万円と相手方自身が供述している。この程度の酒で、酒におぼれたと言えるか疑問がある。本当に抗告人が極道者であれば、相手方の入院中(昭和38年~45年)に貸家を建築したりする筈もなく、又親である隆太郎の相続財産も無にするであろう。
相手方、抗告人間の前記昭和○○年(ワ)第○○○号事件の控訴審で和解金として550万円を相手方に対して昭和61年5月15日限り支払つている。
以上が事実関係の要旨であるが、そもそも財産分与の性質は、慰藉料、扶養料、夫婦共有財産の分配という概念があると説かれている。これを本件にあてはめれば、物件目録7の土地は、抗告人の父所有の土地を売却した代金で買つたもので財産分与の対象にはならない。にもかかわらずこれを相手方に分与するという誤謬をおかしている。又6の物件は婚姻中に贈与されたものであるのに、相手方は抗告人の母がいたり、長男が入居しているのでこれは要らないと申し、結局は抗告人に分与している。
抗告人においては最も重要としている7の土地を相手方に分与しているのは如何にも不思議である。扶養の点についても、相手方は現在家政婦紹介所の経営で月額100万円以上の収入があり、抗告人は家賃収入が50万円であるから、はるかに相手方が有利である。その上前記の如く昭和61年5月15日、550万円の金員を受領している。
原審判は、抗告人には1・2の土地、3・4の家屋があることを考えたのであろうが、これは明らかに財産分与の精神に反する。
以上のようなわけで、原審判は破棄され、再度の検討を要するものである。