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高知地方裁判所 平成14年(行ウ)13号 判決 2003年9月30日

主文

1  原告イオンモール株式会社及び同東宝関西興行株式会社の訴えをいずれも却下する。

2  被告が原告シキボウ株式会社に対して平成13年11月28日付けでした建築基準法48条11項ただし書による許可をしない旨の処分を取り消す。

3  訴訟費用は,原告イオンモール株式会社及び同東宝関西興行株式会社と被告との間においては,原告イオンモール株式会社及び同東宝関西興行株式会社に生じた費用の全部と被告に生じた費用の3分の2を原告イオンモール株式会社及び同東宝関西興行株式会社の負担とし,原告シキボウ株式会社と被告との間においては,原告シキボウ株式会社に生じた費用と被告に生じたその余の費用を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文2項と同旨。

第2事案の概要

本件は,原告らが,被告の行った原告シキボウ株式会社に対する建築基準法(以下「法」という。)48条11項ただし書による許可をしない旨の処分は違法であるとして,その取消しを求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  原告シキボウ株式会社(以下「原告シキボウ」という。)は,その所有に係る高知市a町b丁目c番dの土地(以下「本件全体土地」という。)のうち,西側部分約7万4625平方メートル(別紙図面1の赤斜線部分。同図面上における面積の記載は7万4645平方メートル。以下,この西側部分の土地を「本件土地」といい,本件全体土地のその余の部分を「東側部分」という。)上にシネマコンプレックス(複合型映画館。以下「シネコン」という。)用建物を建築するため,平成13年5月11日,被告に対し,法48条11項ただし書による許可申請(第1次許可申請)を行い,いったんは申請を取り下げたものの,同年10月5日,再び同条項による許可申請(第2次許可申請。以下「本件申請」という。)をしたところ,被告は,同年11月28日,同許可申請に対し,これを許可しない処分(以下「本件処分」という。)をした。被告が原告シキボウに交付した処分通知書(13重建指第11号)には,処分理由として,「許可申請内容は,工業の利便上又は公益上必要と認められない」との記載があった。

(2)  原告シキボウは,平成13年12月20日,高知市建築審査会に対し,本件処分に対する審査請求(以下「本件審査請求」という。)を行い,原告イオンモール株式会社及び同東宝関西興行株式会社(以下,それぞれ,「原告イオンモール」,「原告東宝関西」という。)は参加人として手続に加わった(なお,原告イオンモールは,当初は審査請求人となったが,審査請求は取り下げた。)。

同審査会は,平成14年6月5日付けをもって,本件審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(3)  本件全体土地を含む付近の土地は,本件処分当時,都市計画法上の工業地域に指定されていた(別紙図面2の「工業地域」との記載がある部分。以下,工業地域に指定されていた本件全体土地を含む付近の土地を「本件地域」という。)。

(4)  原告シキボウは,本件申請をするに当たり,シネコンの早期実現を求める署名活動を行ったが,1か月で高知市の人口の3分の1を超える約11万4000名の市民等の署名が集まった。また,原告シキボウは,被告の指導に従い,本件土地の境界から50メートルの範囲内に居住する近隣者とも協議を行ったが,積極的に賛意を示すものが多数で,反対の意思を表明する者はいなかった。

2  争点

(1)  本件処分は,取消訴訟の対象となる行政処分であるかどうか。

(被告の主張)

以下の①ないし④のとおり,法48条1項ないし12項の各ただし書の規定による許可(以下「例外許可」という。ただし,法48条11項ただし書の規定による許可のみを指す場合も同様にいうことがある。)の申請は,特定行政庁が例外許可の必要状況等を職権をもって広範かつ的確に把握することが事実上不可能であるから,その必要性と希望の有無を個々の需用者の申請にかからしめ,これを職権発動に対する当初の契機とする趣旨に出たものとみるべきであって,申請者に対し,申請権を認めたものとみることはできない。したがって,例外許可の拒否は,本件申請をした原告シキボウの法律上の利益に何らの影響を及ぼさないから,取消訴訟の対象となる行政処分には当たらない。

① 法は,建築確認については申請権を明記しているのに対し(法6条1項ないし7項),例外許可の申請については,その旨の規定を欠いており,法令上の申請権の有無につき,両者を明らかに区別した立法がなされている。

② 特定行政庁が,例外許可をする場合には,公開による意見聴取と建築審査会の同意を得なければならないとされ,事前の行政手続が厳格に定められているのに対し(法48条13項),許可をしない場合には,法で何ら事前の行政手続が定められていないことは,申請権の否定を推認させる(申請権があるのであれば,許可しない場合こそ,申請者の権利を擁護するため,事前の行政手続を厳格に定める必要がある。)。

③ 厳格な規制が理想とされる用途地域規制の趣旨からすれば,許可は,あくまでも,真に例外的な場合にのみなされるべきものである上,許可されない場合にも,用途地域規制で定める一般的禁止がそのまま貫徹されるにすぎず,申請者に対し,格別の不利益を課すものではない(単に申請前の状態が維持されるにすぎない)ことは,申請権の否定を推認させる。

④ 例外許可の要件は,本件の場合でいえば,「公益上必要」(法48条11項ただし書)という極めて抽象的なものであって,公益上必要というのは,どういう場合をいうのか法令上何ら規定されておらず,特定行政庁の広範な裁量(自由裁量に近い)に委ねられていることは,申請権の否定を推認させる。

(原告らの主張)

① 法48条1項ないし12項は,本来自由であるべき土地所有者等の権利行使の自由を公権力によって制限し,例外として,一定の基準を設けてその権利行使を許可するものであるから,例外許可の許否の判断が行政庁の広範な裁量に基づくものであるとしても,その不許可の処分を違法と判断する余地は残されており,違法である場合には,土地所有者等の私法上の権利・法的利益が公権力の行使によって侵害されたものといえる。したがって,このような侵害に対する救済は,行政事件訴訟法3条の抗告訴訟によるべきことはいうまでもない。

このことは,法が特定行政庁等の処分に対する不服申立て(94条,95条)や処分の取消の訴えの提起(96条)についての規定を設けていることからも明らかである。

現に,本件においては,特定行政庁である被告はもとより,高知市建築審査会も,本件処分が抗告訴訟の対象となることを当然の前提として,審査請求手続を進めているのである。

② 被告は,例外許可については,申請者の側には許可処分をすべき旨を申請する具体的請求権がない旨主張する。

確かに,法48条には申請権を認める明示の文言はない。しかし,申請人が法令に基づく申請権を有しているかどうかは,申請に係る根拠規定が,その趣旨,目的に照らし,申請者の申請に対し,適法な手続で,かつ,内容においても,裁量権の範囲内で適法な判断を下すべきことを申請者の権利ないし法的利益として保障する趣旨の規定と解されるかどうかによって定まるのであり,このような場合には,これを認める直接明示の規定がなくても,申請権を容認すべきものである(最高裁第3小法廷昭和36年3月28日判決民集15巻3号595頁)。

法48条及び94条ないし96条が上記①のような趣旨,目的の規定であることに照らすと,法48条は,申請者に対し許可処分を請求する権利を付与していることは明白であり,不許可の処分が抗告訴訟の対象になることは明らかである。

③ 被告は,行政処分性を否定する根拠の一つとして,法48条による処分の裁量の範囲が広範である点を指摘する。しかし,裁量の範囲が広範であっても,処分が違法となる場合には,取消の対象となることは多言を要しない(最高裁第1小法廷昭和63年7月14日判決判例時報1297号29頁等参照)。

(2)  原告イオンモール及び同東宝関西の原告適格

(被告の主張)

① 法48条の用途地域規制は,都市計画法10条を受けて,同法に基づく用途地域における建築物の建築について用途の面から制限を課し,特定行政庁をして行政権の行使を制約しているものであるから,同法9条に基づき定められた各用途地域の目的を具体的に実現し,ひいては同法1条が目的とする都市計画の実現を図るものにほかならず,それは公益の実現及び保護のため,行政権の行使に制約を加えているものであって,用途地域内住民個人の利益を直接保護する趣旨ではなく,住民等が享受する利益は,原則として,用途規制が公益の実現及び保護を目的として機能する結果受ける反射的利益にすぎない。

② 例外許可は,法48条各項本文によって課された建築行為の一般的禁止を特定行政庁が一定の要件の下に解除するものであって(したがって,許可されない場合には,用途地域規制で定める一般的禁止がそのまま貫徹されるにすぎない。),例外許可をする場合については,工業地域内では,「工業利便上又は公益上必要」という要件の定めがあるが,許可しない場合については,何らの要件の定めはないこと,原告イオンモール及び同東宝関西が主張する営業の自由等は,例外許可によってシネコン用建物の建築ができれば,シネコンを営業することができるという期待にすぎず,現実にかかる利益を取得しているのではないことなどからすれば,原告イオンモール及び同東宝関西は,法律上保護された利益を有しない。

(原告イオンモール及び同東宝関西の主張)

① 原告イオンモールは,原告シキボウとの間で,本件土地上に建築されたショッピングセンター用建物及び駐車場用地等の賃貸借契約を締結し,平成12年12月21日以来,イオン高知ショッピングセンター(以下「本件ショッピングセンター」という。)を開業,運営しており,原告シキボウとの間で,原告シキボウが原告イオンモールから資金提供を受けてシネコン用建物を建築し,原告イオンモールがこのシネコン用建物を利用し,本件ショッピングセンター内でシネコンも運営する旨合意し,他方,原告東宝関西は,原告イオンモールとの間で,本件ショッピングセンター内にシネコン用建物が建築された場合,原告イオンモールの委託を受けてシネコンを運営する旨合意し,後に,建築予定のシネコン用建物の賃貸借予約契約を締結した。しかも,この賃貸借予約契約を締結するに際しては,原告シキボウ,同イオンモール及び同東宝関西は,シネコン用建物の敷地,規模,構造,設備等について打合せを行い,原告シキボウは,原告東宝関西及び同イオンモールの要望どおりの建物を建築することとなった。したがって,本件申請は,原告イオンモール及び同東宝関西にとっても重大な利害関係を有しており,原告シキボウの本件申請は,原告イオンモール及び同東宝関西の許可申請と同視し得るものであったから,本件処分に関する本件審査請求について参加人として審査請求に加わった。

原告イオンモール及び原告東宝関西は,本件処分の名宛人ではないにせよ,シネコン用建物の建築に関しては原告シキボウと一体的な利害関係を有しており,原告シキボウと同一の地位に立つ者であって,本件処分により,営業の自由等の財産上の権利が侵害されているのであるから,原告適格を有する。

② 被告の主張は,許可処分の名宛人でない第三者,とりわけ付近ないし周辺住民の原告適格についての議論であるところ,本件処分は,不許可処分であること,原告イオンモール及び同東宝関西は本件処分の名宛人である原告シキボウに準ずる地位にあることから,本件に適切でない。

(3)  被告の「公益上必要」(法48条11項ただし書)の判断における裁量権の逸脱・濫用の有無

(原告らの主張)

被告の「公益上必要」についての判断は,以下の①,②のとおり,原告イオンモールが計画したシネコン(以下「本件シネコン」という。)の持つ公益性,本件シネコンの建築に利害関係のある者の意思,本件シネコンの立地条件等を無視し,本来考慮すべきでないか,もしくは付随的にしか考慮し得ない事情を過大に評価したものであって,裁量権を逸脱し,法48条11項ただし書の解釈を誤ったものというほかない。

① 法48条11項の解釈・運用

ア 法48条は,各用途地域内では,原則として,それぞれ法定の種類の建築物しか建築できない旨規定し,都市計画における土地利用計画の実現を図るとともに,用途地域内の各建築物,各用途相互間の悪影響を防止し,それぞれの用途に応じた充分な機能を発揮させ,もって地域の環境を保全,整備しようとするものである。

同条は,本来自由であるべき土地所有者等の権利行使を制限するものであるから,その制限は,憲法29条の規定する私有財産権不可侵の原則との調整上,公共の福祉に適合する範囲内のものにとどまることはいうまでもなく,法の目的や法48条の趣旨に照らすと,その適否は,当該用途地域内の住民の利害を基準として判定すべきである。

このことは,法48条11項ただし書についても同様に解すべきであって,同項ただし書により特定行政庁が許可・不許可の判断をする場合には,たとえ,広範な裁量の余地が与えられているとしても,その判断基準は,法の目的や法48条の上記趣旨に沿って行われるべきであり,具体的には,申請建築物が所在地域の環境に与える影響の内容及び程度,近隣住民の受ける影響の内容及び程度,不許可によって建築主や利害関係者が被る損失,申請建築物の利用価値,利用希望者の期待等諸般の事情を総合考慮する点にある。近隣でもない所在地域外の住民や法人等建築規制と無関係ともいうべき者の利害や意向は考慮の対象外であり,これらを考慮して拒否の判断をするがごときは許されないというべきである。

イ 本件シネコンは,高知市の中心市街地から離れた他の地域に建築しようとするものであり,法48条の趣旨に照らすと,中心市街地活性化を同条11項ただし書の「公益上必要」の判断要素に持ち込むことは許されない。

ウ 都市計画法9条11号は,「工業地域は,主として工業の利便を増進するため定める地域とする。」と規定している。また,法別表第二は,工業地域において規制の対象となる建築物を指定している。規制の理由は,工業が規制建築物に与える影響と規制建築物が工業に及ぼす影響の両面が考えられ,後者については,工場操業のため工業の利便を最大限高めることにある。規制建築物のうち,映画館についての規制の理由は,土地利用上,工業地とはなじまないものであり,これらからの発生交通が工業生産活動の障害となることにある。

しかし,他方,ボーリング場,マージャン屋,ぱちんこ屋等の遊興施設の建築は認めていて,制限はかなり緩い。また,用途地域の実態に変化をもたらすような,すなわち用途地域の指定変更を先取りするような例外許可には慎重でなければならないものの,本件処分当時,本件地域内に工場は皆無で,すでに本件ショッピングセンターが開業している以上,本件地域の実態は商業地域かそれに近いものとなっており,例外許可により地域の実態に変更をもたらすような事態にはならない。しかも,将来工業地域としての実態が復活する見通しもない。

この点について,局地的な条件や時間的な経過による土地利用の状況の変化により,用途地域の指定目的に照らして当該建築物の建築を認めても差し支えない場合があり,その場合の例外許可は,その地域の特殊性,建築物の特殊性等に合わせて妥当なものは許可してゆく一般規制の補助手段であるから,一般の例外許可制度(本来の意味の厳格な条件が必要な例外許可)として運用すべきものではない。

要するに,工業地域の実態がなくなっている以上,例外許可の運用に当たっては緩やかな規制で十分であり,それにもかかわらず厳格な規制で臨むことは,裁量権の逸脱・濫用になるといわざるを得ない。

② 「公益上必要」の要件について

ア 本件シネコンは,多数の市民,県民にとって娯楽の場とともに教養を高める場として,文化的な暮らしを享受できる映画文化向上のために必要な公益性をもった施設である。

すなわち,シネコンは,複数のスクリーンが集まることにより,あらゆる世代に対し,それぞれの嗜好にあったバラエティ豊かな邦画・洋画の話題作・秀作を健全かつ安全に提供する施設であること,映画ファンを初め,市民,県民の要望を取り入れた幅広い作品の上映や貸館興行が可能であること,児童や学童に対する視聴覚教育に寄与するとともに高齢化社会における余暇施設として利用できること,何よりも映画の特徴である文化・情報の発信拠点として利用できること,また,原告イオンモールが計画している本件シネコンの概要は別紙1及び2のとおりであり,高齢者割引や身障者割引を行い,これらの者が利用しやすいような設備(スロープ,車いす鑑賞スペース等)を設置するほか,本件ショッピングセンター内に設けた託児所を利用し,小さな子供連れの観客にも対応できることなどから,公益性のある施設である。しかも,シネコンは高知県を除いてすべての都道府県で建築されているか,もしくは建築予定があることにかんがみると,高知県は映画館過疎といえるが,本件シネコンは,映画館過疎の高知県,高知市において映画を享受する環境を補うとともに映画文化の向上をもたらすものである。

イ 前記①アのとおり,公益上の必要性の判断に当たっては,本件シネコンに公益性があるか否か,近隣住民からの反対の存否,本件シネコンの立地条件等を重要な要素として考慮すべきである。しかるところ,本件シネコンが公益性を有する施設であることは上記アのとおりであり,本件シネコンの建築場所から50メートル以内の近隣住民は本件シネコンの建築にほぼ同意していること,本件シネコンが建築される予定の本件地域は,工業地域とはいえ,工業地域としての実態はないことを考慮すると,本件シネコンの建築は法48条11項ただし書によって許可されてしかるべきである。このことは本件シネコンと同種のシネコンが倉敷市ほかの自治体で同条項によって許可されていることからも明らかである。

ウ 被告は,公益上の必要の判断に当たっては,あらゆる角度から総合的に判断すべきであり,市民のコンセンサスが得られていること,高知市が取り組んでいる政策目的に寄与することを重要な判断要素とすべきである旨主張し,市議会がシネコン建築反対の請願を可決したことや同業者等の反対があることをもって,市民のコンセンサスが得られていないし,高知市の中心市街地活性化政策に逆行するおそれがあるとして,公益上の必要がないと結論付けている。しかしながら,公益上の必要の判断に当たって,このような事情を考慮すべきでないことは前記①アのとおりであり,仮にこのような事情を考慮するとしても,付随的に考慮すれば足りる。

また,市民のコンセンサスが得られていないという被告の主張は,同業者や中心市街地の商店街の反対とこれを受けた市議会の決議を指しているのであり,その実質は,要するに中心市街地商店街の反対に尽きるのである。

しかるに,被告は,本件シネコンの建築には約11万4000名もの多数の市民,県民が賛同しているのに,ごく一部の反対を重視し,このような多数の者の賛同があることを全く無視している。そもそも本件シネコンの建築の是非について,市議会の議決は不要であるにもかかわらず,これを過大に評価し,多数の市民の強い意向を否定したものといわざるを得ない。

中心市街地活性化をもたらす要因は多岐にわたるものであるから,本件シネコンの建築によって中心市街地活性化政策に多大な支障を来すというのは,短絡にすぎるというほかなく,ましてや単に同政策に逆行するおそれがあるという理由で本件シネコンの建築に公益性がないと判断することは,独断以外の何物でもない。

(被告の主張)

例外許可の要件は,「工業の利便上又は公益上必要」という極めて抽象的なものであり,かつ,その要件の認定判断であれ(要件裁量),該当するとして許可するか否かの判断であれ(効果裁量),専門的領域にわたり又は政策的考慮にかかわることから,建築審査会及び特定行政庁の広範な裁量に委ねられている。したがって,例外許可の拒否処分については,社会通念上著しく妥当性を欠くなど裁量権を逸脱・濫用したと認められるときに初めて違法となる。

以下の点にかんがみれば,工業地域内の本件土地にシネコン用建物を建築することが「公益上必要」とまで積極的に認定判断することはできないから,裁量権の逸脱・濫用はない。

① 総合的判断の必要性

法48条11項ただし書にいう「公益」とは,広く社会全体の利益を意味するものであり,単に,障害者対策等の設備の充実を含む市民の映画を享受する環境を補い,映画文化の向上をもたらすといった利益や,映画の特徴である文化,情報の拠点として利用できるといった利益だけではなく,都市の持つ歴史・文化・風土などの特性や,申請される施設の内容,規模,都市が目指す将来像など,あらゆる角度から総合的に判断されるべきものである。そうすると,「公益上必要」の判断には,少なくとも広く市民の利益につながると認識できるコンセンサス(社会全体の利益につながるかどうかについて市民全般の合意が得られること)があり,かつ,中心市街地活性化等,高知市の取り組んでいる政策目的達成に寄与するものであることが必要である。その意味で,利害関係人の範囲を建物の近隣住民に限定せず,市民全般から意見を聞くことが必要である。

② 市民のコンセンサスがないこと

シネコン用建物の建築場所が本件土地であることを意識して署名したかどうか不明であるので,署名者の数だけで市民のコンセンサスを決められるものではない。

他方,公聴会や市議会等における根強い反対論がある。

③ 中心市街地活性化の政策目的に逆行するおそれ

シネコンが建築されたことにより,既存一般映画館が,青森県弘前市では5館から0館に,石川県金沢市では12館から3館に,岡山県倉敷市では3館から1館に減り,中心市街地や中心商店街の衰退を招いている状況が存在するし,また,高知市の既存映画館は,街中にあって,文化娯楽の核的な施設となっており,中心市街地のにぎわいを生み出す施設として,中心市街地の活性化に深く関わっているものである。したがって,「公益上必要」の判断にあたっては,この施設を設置することによる影響をも総合的に判断する必要がある。

ところで,近年,市内周辺郊外の幹線道路沿線には,郊外型大型店舗等が立地したことにより大きく人の流れが変化し,にぎわっているが,他方で,中心商店街は郊外型大型店舗の影響により,人通りは減り(平成12年と平成13年を比較すると,約2割減),空き店舗率も増加する現状(平成12年と平成13年を比較すると,6.08%が8.25%に増加)が存在する。また,高知市大型店出店影響調査によると,不況も重なって,売上げが減少するなど衰退傾向が顕著にみられる。

被告立案の周辺部と市街地中心部のバランスに重点を置いた都市構造改革は,高知市総合計画のメインテーマであり,高知市のみならず,高知県の顔である中心部のにぎわいの回復は,高知県全体の経済,城下町としての街のたたずまいにも関わる市政の重要課題である。

そして,シネコンが集客を目的とした施設である以上,少なくとも現在以上に中心部への影響が発生することは十分予測されるところであり,中心市街地活性化を目指す行政目的に逆行するおそれがある。

(4)  本件処分には,理由不備の違法があるかどうか。

(原告らの主張)

① 原告シキボウが交付を受けた本件処分通知書には理由の記載として「許可申請内容は,工業の利便上又は公益上必要と認められない。」としか記載されておらず,何ら具体的理由が記載されていない。公益上必要の「公益」それ自体の文言は何の意味も持たない極めて抽象的なものであり,「公益」の具体的な内容が示されて初めて意味を持つものであるから,本件処分については処分理由が示されなかったというべきである。

② 被告は,処分理由は事後的に追完された旨主張するが,理由提示・付記の制度趣旨は,行政庁の判断の慎重と公正妥当を担保して,その恣意を抑制するとともに,行政処分の理由を相手方に知らせることによって,その不服申立てに便宜を与えることにあるから,その時期は処分と同時であるべきであり,追完によっては違法の瑕疵は治癒されない。

しかも,被告の主張によっても,事後の理由の示し方は,記者会見やホームページによるものであって,処分の名宛人である原告シキボウに対してなされたものではない。原告シキボウに対しては,理由の提示・付記の追完自体もなされていない。

(被告の主張)

① 被告の許可しない旨の通知には,許可しない理由として,「許可申請内容は,工業の利便上又は公益上必要と認められない」と記載されているのであるから,原告らは,その記載から,自ら主張した事実関係では,公益上の必要性が認められなかったとの不許可理由を知り得るものである。

② 被告は,直ちに記者会見やホームページ等でその理由の詳細を公表しており,それは,原告ら及びその関係者並びに高知市民等に対する説明を意図したものであるから,原告らに対する詳細な理由の提示となる。

理由付記の制度は,行政決定を行う行政庁の判断の慎重さと合理性を担保し,その恣意を抑制することに資することと,行政決定の理由を申請者らに知らせることによって行政上の不服申立てや訴訟を行う上での便宜を与えるものであるが,これらの目的は,被告が行った記者会見やホームページでの詳細な理由の公表によって充分に果たされている。

それ故,仮に,被告の許可しない旨の通知書記載の理由が簡単すぎて,理由不備の瑕疵があったとしても,記者会見,ホームページによる詳細な理由の公表によって,その瑕疵は治癒ないし軽減され,その結果,取消しに値する瑕疵は存在しないことになる。

(5)  本件処分には,信義則違反の違法があるかどうか。

(原告らの主張)

本件においては,以下の①ないし③のとおり,被告は,当初,ほぼ法1条や48条の目的,趣旨に則った行政指導をして,原告シキボウをして本件シネコン建築は許可されるものと信頼させ,多額の資金を投入させ,本件シネコンの骨格・構造部分までも完成させておきながら,本来考慮すべきでない中心市街地の活性化に名を借りた同業者の利益のために態度を豹変させたもので,この態度変化を正当化すべき合理的事情は全く見当たらない。また,仮に,百歩譲って同業者の利益等も判断要素に加えることができるとしても,被告の当初の行政指導を信頼した者の利益・立場は保護されるべきであり,態度を翻しての不許可は違法であって,取消しを免れない。

① 本件ショッピングセンター着工前,本件シネコンは,本件ショッピングセンターの計画段階から想定されていて,その基本構造部分は当初からショッピングセンター内3階に設計されており,被告をはじめ被告の担当者もこれを認識していた。

もっとも,建築確認申請の段階では,映画館の名を出すことはできないので,原告シキボウと被告との間において,原告シキボウが,本件シネコン部分につき,とりあえず倉庫として申請・許可を受け,建築工事完了後改めて法48条11項ただし書による許可申請をすれば,被告が映画館建築を許可するものとする旨了解し,原告シキボウは,本件ショッピングセンターの建築確認申請においては,本件シネコン部分は倉庫として申請した。

② 原告シキボウは,本件ショッピングセンター着工後,平成12年10月25日,将来シネコンとなる上記倉庫部分の扱いについて,市当局に対し質疑したところ,「倉庫らしい天井にして欲しい。この工事の当初には映画館はないものとしての前提がある。48条が認可されていない段階で,すでに映画館の工事をやっているということが判るのは不可。」との回答をした。また,被告は,平成12年12月6日から11日にかけて行われた役所完了(仮使用)検査において,倉庫部分と屋外発電機置場が未完成なので,仮使用としての取り扱いで検査を受け,上記未完成部分完成後,その部分のみの検査で全体の建物が完成状態となるとした。このようにして,平成12年12月23日,本件ショッピングセンターのグランドオープンを迎えた。もっとも,倉庫部分については,役所検査の際,建築指導課の配慮により,「倉庫として完了。ただし,将来のシネコンを見越して,スケルトンの扱いとし,使用しない前提で消防法上消火設備の免除を受ける。」こととされた。

③ 被告は,工事中に法48条の例外許可の申請をしてはならない法的根拠はないにもかかわらず,「法48条の例外許可申請は工事途中では不可。」としていたので,原告シキボウは,工事完了後の平成13年2月5日に許可申請をしようとし,直前の同年1月31日の都市整備部との打合せで,正式な例外許可申請書提出前の事前協議書類を提出したが,その際,被告から,例外許可申請は,これを受理する場合,許可する前提で受付を行うため,書類作成期問を十分にとって受付したい旨の指導を受けた。また,そのためには,申請前の環境整備が必要であるとの意向が示され,同業者の反対が無いようにと求められた。そこで,原告シキボウは,同業者との調整など準備を進めた上,平成13年5月11日,例外許可申請を行い,同日付けで正式に受理された。

ところが,同年5月16日,シネコン反対の請願書が市議会へ提出され,同月30日,被告は,「反対があるのを解決することが必要であり,それは申請者の業務である」と発言し,このころからシネコン用建物の例外許可を了解事項としていた市当局の態度が変化しはじめた。同年6月13日公聴会が開催され,同年6月20日には地元町内会がシネコン早期建設の陳述書を市に提出した。その後,同年8月2日シネコン反対の請願が市議会で採択されるに至った。

原告シキボウは,原告イオンモール及び同東宝関西と協議し,市の態度が急変しこのままでは被告は不許可にすると判断し,同年8月13日,例外許可申請を取り下げた。その後シネコンの建築を求める11万4000名分の署名を提出したり,関係団体に協力を依頼するなどしたうえ,同年10月5日,再度,例外許可申請をしたが,被告は,同年11月28日,本件処分をした。

(被告の主張)

法律による行政の原理により支配されている行政関係においては,信義則の適用は特に慎重でなければならず,また,その適用に当たっては,①行政庁が国民に対し,信頼の対象となる公的見解を表示したこと,②国民がその表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したこと,③後にその表示に反する処分が行われたこと,④そのために国民が社会通念上看過することのできない程度の経済的不利益を受けることになったこと,⑤国民がその表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したことについて,国民の責めに帰すべき事由がないことの要件が必要となる。

原告らが,本件シネコン計画を推進したのは,本件地域が工業地域としての実態を有しなくなっていると判断したことや,他県でのシネコン建築の許可状況から,高知市の場合も,例外許可の申請をすれば,当然に本件シネコンの建築が許可されるであろうと軽信したことによるものである。

すなわち,原告らが,被告の表示等を信頼し,その信頼に基づいて本件シネコン計画を推進していったという経過はないし,そもそも,被告ないし高知市の権限ある職員が,原告らに対し,本件シネコンの建築について,例外許可の申請があれば許可する旨の公的見解を表示したこと等は一切ない。

したがって,仮に,原告らが,本件シネコン建築に関し,何らかの社会通念上看過することのできない程度の経済的不利益を受けたとしても,その責に帰すべき事由は原告らにあるのであって(被告には,何ら責に帰すべき事由はない。),原告らの信義則違反の主張は,何ら理由がない。

なお,仮に,行政庁の処分が信義則に反する場合にも,その効果は,原則として,処分の取消事由とはならず,地方公共団体の不法行為責任が問題となるにすぎないから,本件処分の取消事由となるわけではない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)について

用途地域の指定による規制(以下「用途地域規制」という。)は,一定の地域には一定の用途の建築物しか建築できないようにすることで,都市等の人口密集地域での居住環境の保全や商業等の利便の増進を図ろうとするものであるから,本来自由であるべき当該地域の土地所有者等の権利行使(同土地上に建築物を建築する権利を含む。以下同様。)を制限する性質のものであることは明らかである。そして,単に用途地域の指定にとどまらず,用途地域規制により一般的に建築が制限される建築物を建築しようとする者が,その例外許可を求める申請をし,特定行政庁がこれを拒否すれば,申請人の権利行使の制限は現実のものとなるのであるから,特定行政庁の例外許可の拒否する処分は,公権力の行使により申請人の権利ないし法律上の利益を侵害するものとして,取消訴訟の対象となる行政処分となるというべきである。

この点,被告は,法は,例外許可について,申請人に申請権を認めたものではなく,例外許可の拒否は,申請人の法律上の利益に何らの影響を及ぼさないから,取消訴訟の対象となる行政処分ではないと主張する。

しかしながら,申請に係る根拠規定が,その趣旨,目的に照らし,申請に対し,適法な手続で,かつ,内容的にも適法な判断をすべきことを申請人の権利ないし法的利益として保障する趣旨の規定と解される場合には,申請を違法に却下し又は棄却する行為は,申請人の権利ないし法的利益を侵害するものとして,取消訴訟の対象となる行政処分に当たると解すべきところ(最高裁第3小法廷昭和36年3月28日判決民集15巻3号595頁),これを法48条11項ただし書の例外許可の制度についてみれば,同制度は,都市の実情からみて用途地域の指定による画一的規制を貫いた場合に生ずる不都合を,個別的に権利行使の制限を解除することにより是正する制度であるから,これは,特定行政庁が申請人の個別的権利に対する侵害の許否を画一的規制の個別的解除の許否という形により具体的に決していることを意味するのである。

そうすると,同制度は,申請人に対し,申請に係る個別的権利について,適法な手続で,かつ,内容的にも適法な判断をすべきことを申請人の権利ないし法的利益として保障する趣旨であると解すべきであるから,特定行政庁に広範な裁量権が認められているとしても,例外許可の拒否が申請人の法律上の利益に何らの影響を及ぼさないとはいえない。この点に関する被告の主張は採用し得ない。

よって,本件処分は,取消訴訟の対象となる行政処分に当たるというべきである。

2  争点(2)について

(1)  用途地域規制は,前記1のとおり,一定の地域には一定の用途の建築物しか建築できないようにすることで,都市等の人口密集地域での居住環境の保全や商業等の利便の増進を図ろうとするものであり,本来自由であるべき当該地域の土地所有者等の権利行使を制限して用途規制目的を達成しようとするものである。

そうだとすれば,当該用途地域内の土地について,所有権,地上権,賃借権等に基づいて建築物の建築をなし得る権利(以下,便宜上「建築物設置権」という。)を有し,用途地域規制によって建築が禁止されている建築物を現に建築しようとして例外許可を申請した者は,特定行政庁による例外許可の拒否処分によって,その権利行使が実際に侵害されることになるから,これを争う法律上の利益があるというべきであるが,当該用途地域内の土地について所有権等による建築物設置権を有しておらず,当該建築物が例外許可により建築された場合に申請者との間の債権的な契約によってこれを利用する地位にあるにとどまる者は,例外許可の拒否処分によって,その法律上の地位に直接影響を受けるわけではなく,例外許可により当該建築物が建築された場合に,その反射的効果として当該建築物を利用できるようになるにすぎないから,例外許可の拒否処分を争う法律上の利益を有しないものと解される。

(2)  ところで,証拠(甲10ないし13,27,28,証人A)によれば,原告イオンモールは,本件シネコンを含めた本件ショッピングセンター全体の計画を主導的に策定し,同センター開業後は全面的に同センターを運営していること,建設協力金名目で75億円余りもの多額の資金を原告シキボウに投入していることが認められるから,経済的には原告シキボウに匹敵する利害関係を有しているとみられる。また,原告東宝関西は,本件シネコンが開業に至った場合には,本件シネコンを全面的に運営することが予定されており,もっぱら原告東宝関西のみが映画館についての現実の運営能力を有していること,原告イオンモール及び同東宝関西は,原告シキボウとの間で本件シネコンの敷地,規模,構造,設備等を打ち合わせた上,原告シキボウに対し,要望どおりのシネコン用建物を建築させたことが認められるから,本件ショッピングセンターのうち本件シネコンに限っていえば,原告東宝関西も,原告イオンモール同様,経済的には,原告シキボウに匹敵する利害関係を有しているとみられる。

しかしながら,原告イオンモールは,シネコン用建物(本件ショッピングセンターの建築確認申請上は倉庫)を含めた本件ショッピングセンター全体の建物を原告シキボウから賃借しているにすぎず(なお,シネコン用建物部分に相当する賃料は,本件シネコン開業後から支払うものとされている。),その敷地について所有権等による建物設置権を有していない。また,原告東宝関西は,原告イオンモールが原告シキボウから賃借したシネコン用建物につき,原告イオンモールから転借する旨の賃貸借予約契約を締結しているにすぎず,その敷地について所有権等の建物設置権を有していない。そうすると,原告イオンモール及び同東宝関西は,独自に例外許可の申請をすることができないと解されるばかりか,原告シキボウが本件シネコン用建物を建築した場合に限って,これを利用できるという従属的な地位にあるにとどまるから,本件処分を争う法律上の利益を有していないといわざるを得ない。

(3)  この点,原告イオンモール及び同東宝関西は,上記(2)認定事実からすれば,本件処分の名宛人ではないにせよ,シネコン用建物の建築に関しては原告シキボウと一体的な利害関係を有しており,原告シキボウと同一の地位に立つものであって,本件処分により,営業の自由等の財産上の権利が侵害されているのであるから,原告適格を有する旨主張する。

しかしながら,原告シキボウが,事情の変更等により,原告イオンモール及び同東宝関西の意向に反して,本件シネコン計画を断念し,本件申請を取り下げるなど,原告らの間で利害が対立する場合もあり得ること,前記(2)のとおり,原告イオンモール及び同東宝関西は独自に例外許可の申請をすることができないと解されることからすれば,原告イオンモール及び同東宝関西は,その営業の自由等については,本件処分によって原告シキボウが本件シネコン用建物を建築することができなくなる結果,賃借ないし転借する予定の同建物を使用して本件シネコンを運営することができないという間接的な影響を受けているにすぎないから,民事訴訟法上の補助参加の利益の有無についてはともかく,原告イオンモール及び同東宝関西が,原告シキボウと同一の地位に立つものとして原告適格を有するということはできない。

(4)  したがって,原告イオンモール及び同東宝関西は,いずれも本件訴訟における原告適格を有しないというべきである。

3  争点(3)について

(1)  前記第2の1の争いのない事実のほか,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,証拠により認定した事実については認定事実の末尾に証拠を掲記する。)。

① 原告シキボウ(本件申請当時は敷島紡績株式会社。平成14年4月1日にシキボウ株式会社に商号変更)は,各種繊維工業品の製造,加工及び販売等を目的とする会社であり,本件全体土地上に工場建物等を建築し,昭和11年より高知工場(紡績工場)として操業していた。本件地域は,都市計画法上,工業地域に指定されていた。原告シキボウは,平成11年6月30日,高知工場の操業を停止し,同工場を閉鎖した。そのころ,本件地域には,原告シキボウの高知工場以外には,工場は存在しなかった(甲8,27,証人A)。

② その後,原告シキボウは,遊休地となった本件全体土地を,次のとおり売却した(甲27)。

ア 平成5年8月,3112.6平方メートルを県道高知北環状線用地として,高知県土地開発公社に売却

イ 平成6年3月,5万5951.64平方メートルを県事業用に高知県土地開発公社に売却(現在は高知県所有)

ウ 平成7年11月,50.29平方メートルを市道高知駅前里線拡幅用地として,高知市に売却

エ 平成11年3月,7万4625.14平方メートル(本件土地)を財団法人民間都市開発推進機構に対し,一時的に売却(ただし,原告シキボウに利用権があり,10年後に原告シキボウが買い戻す条件が付いていた。)

③ 原告シキボウは,本件土地上に本件ショッピングセンター用の建物を建築することにし,その建物等を利用してショッピングセンターを運営する予定の原告イオンモール(当時ジャスコ株式会社。まもなく,子会社のイオン興産株式会社が引き継ぎ,同社は商号をイオンモール株式会社と変更)との間で協議を重ねた。原告イオンモールは,計画の当初から本件ショッピングセンター内にシネコンを併設することを決めており,原告シキボウも併設を可能とする建物を建築することにしていた。

そして,原告シキボウは,原告イオンモールから建設協力金名目で建設資金約80億円の提供を受けることなどを合意し,平成11年2月24日,大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(以下「大店法」という。)3条1項に基づく申請をした(甲8,9,25,27,証人A)。

④ 平成11年9月,原告シキボウは,工場用施設の取壊しに着手し,その後その取壊しを完了した。その結果,本件地域には工場が全くなくなった(甲27,証人A)。

⑤ 平成12年1月,大店法の手続が結審し,翌2月から各種の事前協議や申請が始まった(甲27,証人A)。

⑥ 平成12年5月,原告シキボウは,本件ショッピングセンター本体の建築に着工し,工事を進めた(甲27,証人A)。

⑦ 平成12年10月6日,原告シキボウと原告イオンモールは,建物賃貸借基本協定を締結し,同月12日,本件シネコン部分の賃料の支払いについて覚書を作成した(甲10,11,27,28,証人A)。

⑧ 平成12年12月20日,すでに完成していた本件ショッピングセンター用建物について,原告シキボウと原告イオンモールは,建物賃貸借契約を締結した(甲12,27)。

⑨ 本件ショッピングセンターは,平成12年12月23日に開業したが,本件地域は,本件ショッピングセンター開業後は,商業地域と見間違うほどであり,将来的にも本件地域に工場が新規に進出することは考えられない状況となった。

なお,本件土地の東側部分は,高知県土地開発公社等に売却されており,公共建物の敷地等の公共の用以外の用途に供される可能性はほとんどない。また,東側部分には,現在,財務省の宿舎2棟が建築されており,その残りの部分は更地であるが,本件ショッピングセンターの来客用の臨時駐車場にも利用されている(甲12,27,乙2,証人A)。

⑩ 本件ショッピングセンター開業後の平成13年5月11日,原告シキボウは,本件土地上にシネコン用建物を建築するため(ただし,原告シキボウは,すでに本件ショッピングセンターの一角に,容易にシネコン用建物に転用できる建物を建築していた。),被告に対し,例外許可を申請したが(第1次許可申請),同年8月2日,高知市議会でシネコン反対の請願が採択されたため,同月13日,いったんは申請を取り下げた。

そして,シネコンの早期実現を支援する署名(高知市長に対して提出した同年9月27日段階においては約10万5000名。ただし,最終的には約11万4300名まで増加。)を集めるなどしたうえ同年10月5日,再度,被告に対し,本件申請をした(甲16,27,28,証人A,同B。ただし,第1次許可申請及びその取下,本件申請については争いのない事実)。

⑪ シネコンは,複数のスクリーンが集まることにより,あらゆる世代に対し,それぞれの嗜好にあったバラエティ豊かな邦画・洋画の話題作・秀作を健全かつ安全に提供する施設であり,映画ファンを初め,市民,県民の要望を取り入れた幅広い作品の上映や貸館興行が可能とされている。また,シネコンは,児童や学童に対する視聴覚教育に寄与するとともに,高齢化社会における余暇施設として利用でき,映画の特徴である文化・情報の発信拠点として利用できるとされている(甲24,27,28,証人A,同B)。

⑫ 本件シネコンは,高齢者割引や身障者割引を行うことが予定されていたほか,これらの者が利用しやすいような設備(スロープ,車いす鑑賞スペース等)が設置されることになっていた。また,本件シネコンは,本件ショッピングセンター内に設けられた託児所を利用することにより,小さな子供連れの観客にも対応できるものとされていた(甲24,27,28,証人A,同B)。

⑬ 本件地域は,工業地域であり,その付近一帯は,準工業地域,第一種中高層住居専用地域,第二種住居地域等に指定されており,本件地域南側の準工業地域には,工場が点在していた(別紙図面2及び3参照。甲22,乙1,乙2)。

(2)  前記(1)の事実をもとに,以下,被告の「公益上必要」(法48条11項ただし書)の判断における裁量権の逸脱・濫用の有無について検討する。

① 工業地域における用途規制について

一般に,用途地域規制は,前記1及び2において説示したとおり,一定の地域には一定の用途の建築物しか建築できないようにすることで,都市等の人口密集地域での居住環境の保全や商業等の利便の増進を図ろうとするものであり,例外許可は,このような画一的規制を貫徹した場合に生ずる不都合を,個別的に権利行使の制限を解除することにより是正する制度である。

工業地域は,主として工業の利便を増進するために定められる地域であり,公害の発生のおそれが大きい業種を含め工場一般を集積させ,環境上の配慮が特に必要な学校等の施設を排除して,工業生産活動に伴い発生する騒音,振動等の周辺への影響に対する配慮等を緩和し,その生産活動の利便を増進させるものであり,環境上の配慮が特に必要な施設である学校及び病院,また,建築物が土地利用上,工業地とはなじまず,これらからの発生交通が工業生産活動の障害となるホテル,料理店及び映画館等の建築が禁止されている。

② 「公益上必要」の判断手法及び考慮要素について

法48条11項ただし書は,工業地域における建築物についての例外許可が許されるひとつの場合として,特定行政庁が「公益上必要」と認める場合であることを定めているところ,例外許可は,用途地域規制を例外的に個別解除するものであるから,用途地域規制の目的と無関係に当該建築物が「公益上必要」であるかどうかを判断することはできない。

したがって,「公益上必要」かどうかは,当該用途地域規制の目的を阻害するおそれの程度(例外許可の許容性)及び公益上の観点から当該建物を建築する必要性(例外許可の必要性)を比較衡量のうえ,これを判断すべきものであり,これらの要素を勘案して,当該建築物の建築を積極的に肯定すべき場合には例外許可をすべきものと解される。

③ 例外許可の許容性について

そこで,まず,どのような場合に例外許可が許容されるべきかについて検討するに,用途地域規制の目的からすれば,局地的な条件や時間的な経過による土地利用の状況の変化によって,用途地域規制の目的が阻害されるおそれが小さくなっている場合であっても,用途地域の指定がなされている以上,例外許可の判断は,それを前提としてなされるべきものであることはいうまでもない。

しかしながら,用途地域規制の目的が全く形骸化し,その目的を阻害するおそれがおよそ考えられないような状況となった場合は,用途地域規制は,本来の目的を果たさず,逆に,当該地域の土地所有者等の権利行使を不当に制限することになってしまうのであるから,このような状況下においては,用途地域規制の形骸化によって例外許可が許容される余地も広くなるものと解さざるを得ない。

ところで,前記(1)の事実によれば,本件シネコンの建築が予定されている本件地域は,都市計画法上,工業地域に指定されてはいるものの,原告シキボウが工場を閉鎖した平成11年6月30日ころには,シキボウ高知工場以外にはみるべき工場は存在せず,同工場取壊し後の本件処分時においては,工場は全く存在していなかったこと,しかも,本件土地上にはすでに本件ショッピングセンターが開業されており,本件地域に工場が新規に進出することは将来的にも考えられない状況となっていたこと,本件土地の東側部分も,高知県土地開発公社等に売却されており,公共建物の敷地等の公共の用以外の用途に供される可能性はほとんどなくなっていたこと(東側部分には,現在,財務省の宿舎2棟が存在しており,その残りの部分は更地であるが,本件ショッピングセンターの来客用の臨時駐車場にも利用されている。)が認められる。

そうだとすると,本件地域は,工業地域に指定されてはいるものの,工業地域の実態が失われたまま相当長期間が経過しており,しかも,工業地域の実態が回復する見込みは将来的にもおよそ考えられず,用途地域規制の目的は全く形骸化した状況にあったものといわざるを得ないから,本件処分当時,公益性を有する建築物については,例外許可によりその建築を認めることは許容されていたものというべきである。

④ 例外許可の必要性について

次に,例外許可の必要性について検討する。

前記(1)⑪に説示したとおり,シネコンは,複数のスクリーンが集まることにより,あらゆる世代に対し,それぞれの嗜好にあったバラエティ豊かな邦画・洋画の話題作・秀作を健全かつ安全に提供する施設であり,映画ファンを初め,市民,県民の要望を取り入れた幅広い作品の上映や貸館興行が可能とされていること,児童や学童に対する視聴覚教育に寄与するとともに高齢化社会における余暇施設として利用でき,映画の特徴である文化・情報の発信拠点として利用できるとされていることからすれば,それ自体一定の公益性を備えた施設であると考えられる。しかも,本件シネコンは,高齢者割引や身障者割引を行うことが予定されていたほか,これらの者が利用しやすいような設備(スロープ,車いす鑑賞スペース等)が設置されることになっており,本件ショッピングセンター内に設けられた託児所を利用することにより,小さな子供連れの観客にも対応できるものとされていたことなどからすれば,福祉に寄与する一面も有していたことも認められる。

したがって,本件処分当時,本件シネコンは,公益上の観点からも,これを建築する必要性は認められたというべきである。

⑤ 被告は,「公益上必要」の判断に際しては,中心市街地活性化政策に逆行するおそれがあること,市民のコンセンサスが得られていないことが重要な要素であると主張する。

しかしながら,高知市における中心市街地活性化をもたらす要因は多岐にわたると考えられるのであって,本件シネコンが建築されることによって中心市街地活性化政策に逆行するおそれがあるとまでいえるのかどうか,あるいは,中心市街地の活性化政策のためであれば周辺地域の発展を抑止するような施策をとることが許されるのかどうかには疑問の余地がないではなく,仮に,法48条11項ただし書の「公益上必要」の要素に中心市街地活性化の問題が含まれるとしても,これを本件シネコン建築の例外許可の判断において考慮するには自ずから一定の限界があるというべきであって,これを公益性の重要な要素とし,本件シネコン建築についての例外許可の許容性や必要性を大きく減殺する要因とすることは許されないというべきである。

また,市民のコンセンサスが得られていないといっても,シネコンの建築に賛意を示す高知市の人口の約3分の1に及ぶ多数の署名があったことや本件土地付近に居住する住民からの反対はなく,むしろ賛意を示す者が多数であることからすれば,これをもって例外許可の許容性や必要性が減殺されることにはならないというべきである。

そうすると,被告の主張する中心市街地活性化に逆行するおそれや市民のコンセンサスが得られていないといった点を考慮しても,本件シネコンを建築する公益性は存在するといわざるを得ない。

ところが,被告は,本件ショッピングセンター開業後は,早晩本件地域を工業地域以外の用途地域に変更せざるを得ない状況にあるのに,本件地域が工業地域に指定されたままであることを理由として,中心市街地活性化に逆行するおそれ及び市民のコンセンサスが得られていないことを公益性の重要な判断要素として本件処分を行ったもので,被告の「公益上必要」についての判断には合理性がないものというべきである。

⑥ 被告の裁量権の逸脱・濫用について

以上に説示したところからすれば,本件処分当時,本件シネコンの建築には,法48条11項ただし書所定の例外許可についての許容性も必要性も存在していたにもかかわらず,被告は,本件申請に対し,単に「工業の利便上又は公益上必要と認められない」との理由により例外許可を拒否する処分を行ったものであって,被告の「公益上必要」の要件の判断にはその裁量権を逸脱・濫用した違法があるから,争点(4)及び(5)について判断するまでもなく,本件処分は違法なものとして,その取消しを免れない。

第4結論

よって,原告イオンモール及び同東宝関西の訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し,原告シキボウの請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀田廣美 裁判官 三上乃理子 裁判官 寺垣孝彦)

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