高知地方裁判所 平成16年(ヨ)34号 決定 2004年6月01日
《住所略》
債権者
X
同代理人弁護士
吉野正三郎
同
三井哲夫
同
安達栄司
《住所略》
債務者
株式会社イチヤ
同代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
岡村直彦
同
長山育男
主文
債務者が、平成16年5月12日開催に係る臨時株主総会決議に基づき、現に手続中のすべての新株予約権の発行を仮に差し止める。
理由
第1 申立て
主文と同旨。
第2 事案の概要
本件は、債務者の株主である債権者が、債務者が平成16年5月12日に開催した株主総会(以下「本件株主総会」という。)において承認されたという第三者割当による新株予約権発行手続(以下「本件発行手続」という。)について、本件株主総会やそこでなされた決議には重大な瑕疵があり、本件発行手続は債権者を害する目的の下でなされた著しく不公正なものであるなどとして、その差止めを求めている事案である。
1 疎明資料等により一応認められる事実経過(認定に供した資料等は各項目末尾等に掲記した。)
(1) 債務者は、高知市に本店を置く株式会社であり、その発行済株式総数は9634万0884株である。 (甲1)
債権者は、中華人民共和国の国籍を有し、北京において、東方鳳凰科技発展有限公司の薫事長(代表取締役)の地位にある者で、平成15年4月24日、申立外第三者から、債務者が平成14年11月16日に発行した第1回新株予約権16万個のうち14万個の譲渡を受けるなどした末、債務者の株主となり、平成16年5月現在、少なくとも176万1000株を保有している。 (甲9、審尋の結果)
なお、第1回発行に係る新株予約権の行使時期は、平成17年7月31日までと定められていたところ(また、新株予約権の消却理由として「株式交換又は株式移転により他の会社の完全子会社となることを株主総会で決議した場合」が掲げられている。)、債権者は、平成16年5月11日までの間に、4万0730個について新株予約権を行使するなどしており、これまでに債権者が株式取得のために投下した資金は、グループ会社の出資分をも併せれば、10億円を超える。 (甲12、17、審尋の結果)
また、債権者は、債務者の従前の代表取締役であるIやEの要請を受けて、グループ会社によるものを含め債務者に対し融資を行っており、その総額は8億円ほどである。 (甲17、審尋の結果)
(2) 平成15年10月29日、D(以下「D」という。)が取締役に就任し(ただし、Dは平成16年5月31日までに、債務者に対し、取締役辞任届けを提出した。)、平成16年2月1日、それまで取締役管理本部長であったA(以下「A」という。)が、代表取締役に就任した。 (甲1、2、審尋の結果)
(3) 債務者は、債権者宛て2004年2月18日付け文書により、債権者からのまとまった払い込みがないため資金繰りに窮しているなどとして、債権者に対し、第1回新株予約権の行使(払込み)を促したが、債権者は同権利を行使しなかった。(甲4、審尋の結果)
(4) 債務者の取締役会(以下「取締役会」という。)は、平成16年3月12日、下記の条件で第三者割当により本件発行手続を行う旨を決議し、同年4月19日、株式移転による完全親会社(「株式会社イチヤホールディングス」、以下「本件親会社」という。)設立を行う旨を決議した。 (甲5、7)
記
<1>名称 株式会社イチヤ第2回新株予約権
<2>新株予約権の目的たる株式の種類及び数
ア 株式の種類及び数
債務者の普通株式1億5000万株
イ 株式の数の調整(省略)
<3>発行する新株予約権の総数 15万個
<4>新株予約権の発行価格 1個につき200円
<5>新株予約権の発行価格の総額 3000万円
<6>新株予約権の割当先及び割当数 特定の第三者に割り当てる。
<7>新株予約権の申込期間
平成16年5月31日から平成16年6月1日まで
<8>新株予約権の払込期日
平成16年6月2日
<9>新株予約権の行使に際し払込みをなすべき額
1個につき2万5000円又は行使日の前日に相当する取引日の終値に0.9を乗じた価格(円未満切り上げ)に<2>に定める新株予約権1個の株式数を乗じた金額を比較し、いずれか低い方(以下省略)
<10>(省略)
<11>新株予約権の行使期間
平成16年6月3日から平成18年7月31日まで(以下省略)
<12>(省略)
<13>株式交換・株式移転における新株予約権の承継
債務者が完全子会社となる株式交換又は株式移転を行うときは、新株予約権にかかる義務を当該株式交換又は株式移転による完全親会社となる会社に承継させる。ただし、当該株式交換にかかる株式交換契約書又は当該株式移転にかかる株主総会決議において、次に定める方針に沿った内容の定めがなされた場合に限るものとする。(以下省略)
(5) 債権者は、本件株主総会に先立ち、平成16年4月下旬、日本における常設代理人を通じて、債務者に対し、株主名簿の閲覧、謄写を求めたが、債務者は、閲覧、謄写を請求する理由があまりにも不明瞭であって対応することができないと応答した。 (甲10、14、審尋の結果)
(6) 債務者は、同年5月1日付けで、株主に宛てて、下記の内容(一部抜粋)が記載された、「『議決権行使書』ご返送のお願い」と題する書面を送付した。 (甲18)
記
さて、過日ご通知申し上げましたとおり、来たる5月12日に当社「臨時株主総会」を開催いたします。
つきましては、当日ご出席いただけない場合には、誠にご面倒とは存じますが、招集ご通知同封の議決権行使書用紙に賛否をご表示いただき、ご押印のうえ、お早めにご返送くださいますよう重ねてお願い申し上げます。
また、議決権行使書をご返送いただきました株主様には、粗品としてクオカード(1,000円分)を贈呈させていただきますので、重ねてご返送のほどお願い申し上げます。
なお、本状と行き違いで、すでにご返送いただいている場合は、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます。
(7) 同月12日の本件株主総会においては、前記(4)に係る、第三者割当による本件発行手続並びに株式移転による本件親会社設立をそれぞれ承認する旨の決議が採択された(ただし、これら決議の効力等については争いがある。)。
これを受けて、取締役会は、同日中に、割当先の第三者を別紙記載の5海外法人とする旨を決議するとともに、本件親会社の設立承認が第1回新株予約権発行の際の消却理由である「株式交換又は株式移転により他の会社の完全子会社となることを株主総会で決議した場合」に当たるとの見解に立って、債権者が保有していた残余の新株予約権11万9270個について無償消却する旨の決議をした。 (甲2、12、審尋の結果)
2 争点
(1) 被保全権利の存否(本件発行手続の法令違背等)
(債権者の主張)
本件発行手続は、法令に違反し、また著しく不公正な方法によるものである。
<1> 法令違反について
本件発行手続に係る新株予約権は、株主以外の者に対して、特に有利な条件をもってするものであり、商法上、取締役会決議に加え株主総会における特別決議が必要とされるものである(法280条の20第2項13号、280条の21第1項前段)。
しかるに、本件株主総会は、AがDと結託し、債権者を債務者の支配株主としての地位から放逐するために計画されており、その招集の通知、開会、議事進行及び決議に至るまでの全ての局面において違法の瑕疵を帯びているものである。
ア 株主名簿閲覧請求の拒絶
債権者は、Aらの計画を察知し、本件株主総会開催を阻止するために、代理人を通じて株主名簿の閲覧を請求したが、債務者はこれを拒否した。
イ 株主に対する利益誘導
債務者は、本件株主総会成立に必要な定足数を確保するために、株主に対し金券(クオカード)を付与することによって利益誘導をし、株主を買収した。
ウ 委任状の偽造、違法な議事進行等
債務者は、本件株主総会に欠席した株主から集めたと称する委任状を偽造し、また、委任状を提出したが議決権行使書は交付していない株主も出席者の頭数に計上することによって、実際には定足数を充たしていないにもかかわらず、定足数を充たしていると虚偽の報告をして本件株主総会の開会を宣言した。
また、債権者ほか、Aらの計画に反対する株主は、債務者の運営状況について質問するために、本件株主総会において発言を求めたが容れられず、重要な質問の機会を封じられ、株主権の行使を妨げられた。
<2> 著しく公正な方法によることについて
本件発行手続は、仮に株主総会の特別決議の要件自体を充足していたとしても、著しく不公正な方法によるものとして、差し止められるべきである。
ア 本件の新株予約権は、Aが、Aらと対立する債権者を支配株主の地位から放逐することによって現経営者である自らの会社支配権を維持することを主要な目的としている。
すなわち、債権者は、債務者の求めに応じ、繰り返し総額約8億円の資金援助を行い、債務者が事業資金及び運転資金の調達のために発行した第1回新株予約権の大部分を譲り受け、現在に至るまで、経営状況をにらみながら適時に新株予約権を行使してきたもので、債務者としては、債権者による残余の新株予約権の行使及びこれに伴う事業資金及び運転資金の調達を期待することができるはずである。
しかしながら、債務者は、突如として、平成16年3月12日以降、本件発行手続を意図する反面、債権者が保有する第1回新株予約権の残余数全部の無償消印をも意図し、さらには、第2回新株予約権が本件親会社との間でもそのまま承継されるとされているのに対し、債権者が有している第1回新株予約権については、強引な理由付けによって本件親会社への承継が拒否されているのである。
以上を要するに、債務者は、これまで債務者にいろいろな方法で資金援助をすると同時に、継続的な株式取得によって支配的株主の地位を築いてきた債権者について、人為的な本件親会社の設立を奇貨として、債権者以外の第三者に新株予約権を発行して、債権者の持株比率を低下させようとしていることは火を見るより明らかである。
イ そして、本件のように特定の株主の持株比率を低下させ、現経営者の支配状態を維持することを主要な目的として新株予約権の発行が行われる場合は、企業の敵対的買収に対する対抗措置として「著しく不公正な方法による」第三者割当増資が行われる場合と同視することができ、これまでの裁判例に照らし、差止めの対象になるものと解するべきである。
(債務者の主張)
本件発行手続は、もっぱら債務者の事業資金及び運転資金の各調達を図り、財務体質の改善を図ることを目的としているものであって、何ら債権者の支配的地位を剥奪するなどその利益を害することを目的とするものではない。
債務者は、とくに平成15年末以降、債権者に対し、再三、残余の新株予約権を行使され債務者の資金調達に協力願いたい旨を要請してきたものであるが、債権者においてこれに協力される意向を示されないことから、やむなく、本件発行手続による資金調達を採用することとしたのである。以下、債権者の主張に照らし個別に反論する。
<1> 株主名簿の閲覧、謄写については、株主のプライバシーに配慮し、閲覧、謄写の具体的理由を明らかにしてもらいたいと要請したもので、債権者の閲覧、謄写権を侵害する意図に基づくものでは全くない。
<2> 金券(クオカード)の贈呈は、昨年度の株主総会が定足数に充たなかったことへの反省を踏まえて、株主の株主総会への積極的な参加を誘引するために、ひとしく株主に対して案内しているものであって、何ら特定の株主に対する利益誘導に当たるものではないし、株主平等原則に違反するものでもない。
<3> 債務者側において、委任状を偽造したり、議決権行使書を交付していない株主を出席者の頭数に計上するなどして本件株主総会の定足数を操作するなどしたことは全くない。本件株主総会における定足数の充足や決議要件の充足には何ら問題はなく、本件決議に至る過程において法令や定款に対した事実は全くない。
また、債務者側は、本件株主総会に出席した株主の質問に対しては、それが議事に関連しないものであったり、重複にわたる場合を除き、株主権に配慮して適切に応対していたものである。
(2) 争点2―保全の必要性
(債権者の主張)
債権者は、本件株主総会決議取消しの訴え、本件新株予約権無効確認の訴え、新株予約権発行差止めの訴えを準備中であるが、本件新株予約権の申込期間は平成16年5月31日から翌6月1日であり、払込期日は翌2日と切迫している。したがって、本案訴訟の判決等が確定することをまっていたのでは、本件発行手続が完了し、差止請求権自体が無意味になることは必定である。
(債務者の主張)
保全の必要性については争う。
第3 当裁判所の判断
前記第2の1に摘示した事実を総合考慮すれば、本件発行手続の主たる目的が、債権者の債務者(あるいは本件親会社)に対する経営支配力を低減させ、平成16年2月以降の新経営体制による経営支配力を維持、獲得することにあり、本件発行手続が著しく不公正な方法によるものであることを一応認めるに足りる疎明はあるというべきであり、さらに、保全の必要性も肯定できるというべきである。これに反する債務者の主張は採用の限りでない。
第4 結論
以上によれば、本件申立ては理由があるものとしてこれを認容すべきであるから、主文のとおり決定する。
(裁判官 井野憲司)
別紙 《略》