高知地方裁判所 平成16年(ワ)256号 判決 2004年12月24日
《住所略》
原告
X
原告訴訟代理人弁護士
吉野正三郎
同
三井哲夫
同
安達栄司
《住所略》
被告
株式会社イチヤ
被告代表者代表取締役
A
被告訴訟代理人弁護士
岡村直彦
同
長山育男
主文
1 被告の平成16年5月12日開催の臨時株主総会におけるすべての決議事項に関する決議を取り消す。
2 被告の平成16年5月12日開催の臨時株主総会における決議に基づいて発行された第2回新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効であることを確認する。
3 被告は、平成16年5月12日開催の臨時株主総会における決議に基づいて発行された第2回新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づいて新株を発行してはならない。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、被告の株主である原告が、被告に対し、被告は、平成16年5月12日、臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会」という。)を開催して、第2回新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)の発行等を決議したところ、本件臨時株主総会の招集手続が法令に違反するなどと主張して、本件臨時株主総会におけるすべての決議事項に関する決議の取消し、本件臨時株主総会における決議に基づいて発行された本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認、その部分について、その行使に基づく新株発行の差し止め、を求める事案である。
2 争いのない事実等
以下の各事実は、当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実、又は、摘示した証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実である。
(1) 当事者等
<1> 被告は、紳士服、婦人服、子供服等の衣料品等の販売、製造及び修理加工等を目的とする株式会社であり、平成16年5月12日の時点における発行済株式の総数並びにその種類及び数は、普通株式9634万0884株(一単元の株式の株は1000株)であった(甲1)。
<2> 平成16年3月12日の時点における被告の取締役は、A(以下「A」という。)、B(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)、D(以下「D」という。)、E(以下「E」という。)、F(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)の7名であった。
<3> 原告は、被告の株主であり、平成16年1月31日の時点において514万1000株を保有していた(甲7)。
(2) 本件臨時株主総会開催までの経緯等
<1> 被告は、平成14年10月29日、定時株主総会を開催し、次のアないしケのとおりの概要の第1回新株予約権の発行を決議した(甲1、2、9、乙15)。
ア 新株予約権の目的たる株式の 被告の普通株式1億6000万株
種類及び数
イ 発行する新株予約権の総数 16万個
ウ 新株予約権の発行価格 無償
エ 新株予約権の発行価格の総額 0円
オ 新株予約権の申込期間 平成14年11月15日
カ 新株予約権の発行日 平成14年11月16日
キ 新株予約権の行使に際し払込 1個につき2万5000円
みをなすべき額
ク 新株予約権の行使期間 平成14年11月18日から平成17年7月31日まで
ケ 償却事由及び償却条件 吸収合併による消滅、並びに株式交換又は株式移転により他の会社の完全子会社となることを被告の株主総会で決議した場合、残存する新株予約権を無償で償却できる。
<2> 原告は、平成15年3月24日ころ、被告の第1回新株予約権14万個を譲り受け、平成16年5月11日までに、そのうち2万0730個を行使した(甲9、12)。
<3> 被告は、平成16年3月12日、A、B、C、D及び監査役Hが出席の上、臨時取締役会(以下「本件取締役会」という。)を開催し、同年5月12日に臨時株主総会を開催すること、その議案として次のアないしオの議案(以下「本件議案」という。)を付議すること、そのために臨時株主総会を招集することを決議した旨の取締役会議事録(甲38別紙8。以下「本件取締役会議事録」という。)を作成した。
ア 第1号議案 定款一部変更の件
イ 第2号議案 新株予約権発行の件
ウ 第3号議案 取締役1名選任の件
エ 第4号議案 監査役1名選任の件
オ 第5号議案 会計監査人選任の件
<4> 被告は、平成16年5月12日、本件臨時株主総会を開催し、本件議案について、次のアないしオのとおり、これらを承認する旨を決議した(甲2)。
ア 第1号議案 定款一部変更の件(発行する株式の総数の変更、株主総会特別決議の定足数の緩和等)
イ 第2号議案 株主以外の者に対する特に有利な条件による新株予約権の発行の件(本件新株予約権の発行の件。その概要は、次のaないしjのとおりである。)
a 名称 株式会社イチヤ第2回新株予約権
b 新株予約権の目的たる株式の種類及び数 普通株式1億5000万株。ただし、hに従って行使価額の調整がなされた場合、新株予約権の目的たる株式の数は、次の算式により調整される(1株未満の端数はこれを切り捨てる。)。株式数=払込金額÷行使価額
c 発行する新株予約権の総数 15万個
d 新株予約権の発行価格 1個につき200円
e 新株予約権の発行価格の総数 3000万円
f 新株予約権の割当先及び割当数 特定の第三者
g 新株予約権の申込期間 平成16年5月31日から平成16年6月1日まで
h 新株予約権の行使に際して払込みをなすべき額(行使価額)1個につき2万5000円又は、行使日の前日に相当する取引日の終値に0.9を乗じた価格(円未満切り上げ)に、bに定める新株予約権1個の株式数を乗じた金額を比較し、いずれか低い方を行使価額とする。
i 新株予約権の行使期間 平成16年6月3日から平成18年7月31日まで
j 株式交換・株式移転における新株予約権の承継 被告が完全子会社となる株式交換又は株式移転を行うときは、新株予約権に係る義務を当該株式交換又は株式移転により完全親会社となる会社に承継させる。
ウ 第3号議案 株式移転による完全親会社設立の件(株式移転による完全親会社である株式会社イチヤホールディングスの設立、株式移転による本件新株予約権の承継に関する事項、第1回新株予約権の償却に関する事項等)
エ 第4号議案 取締役1名選任の件
オ 第5号議案 監査役1名選任の件
(3) 本件訴訟の提起等
<1> 原告は、平成16年6月1日までに、当庁に対し、被告を債務者として、本件臨時株主総会には重大な違法ないし瑕疵があり、本件新株予約権発行手続は原告を害する目的でなされた著しく不公正なものであるなどと主張して、本件新株予約権の発行の差止めを求める旨の仮処分命令を申し立てたところ(当庁平成16年(ヨ)第34号新株予約権発行差止め仮処分申立事件)、同日、これを認容し、本件新株予約権の発行を差し止める旨の仮処分命令が発令された(乙23)。
<2> 原告は、平成16年7月3日、本件臨時株主総会には重大な違法ないし瑕疵があり、本件新株予約権発行手続は原告を害する目的でなされた著しく不公正なものであるなどと主張して、被告に対し、本件臨時株主総会における本件新株予約権の発行の件に関する決議の無効確認、本件新株予約権の発行の差止め、を求めて、本件訴訟を提起した。なお、原告は、本件訴訟の訴状において、本件取締役会における取締役会決議が不存在又は無効である旨を具体的に主張してはいなかったが、本件臨時株主総会は、AがDと結託し、原告を被告の支配株主の地位から放逐するために計画され、その招集の通知、開会、議事進行及び決議に至るまですべての局面で違法なものである旨を主張している。
<3> 被告は、上記仮処分命令の取消しを求めて、保全異議を申し立てたところ(当庁平成16年(モ)第7036号保全異議申立事件)、平成16年7月8日、上記仮処分命令を取り消す旨の決定がされた(乙23)。
<4> 原告は、上記仮処分命令の取消決定に対する保全抗告を申し立てた(高松高等裁判所平成16年(ラ)第106号保全命令取消決定に対する保全抗告事件。以下「本件保全抗告事件」という。)。原告は、平成16年7月13日付けの保全抗告状により、本件取締役会には、A、B及びCの3名しか出席しておらず、本件取締役会における取締役会決議は不存在又は無効である旨を主張した(甲37、乙24)。
<5> 被告は、平成16年7月16日、本件新株予約権を発行した(乙24)。
<6> 平成16年8月23日、本件保全抗告事件について、本件新株予約権が既に発行されており差止めの対象を欠くとの理由で、原告の抗告を棄却する旨の決定がされた(乙24)。
<7> 原告は、平成16年9月2日付け準備書面において、本件取締役会には持ち回り方式で行われた瑕疵があり、また、定足数を満たさないから、本件取締役会における取締役会決議は不存在又は違法である旨を主張した。
<8> 原告は、本件第3回弁論準備手続期日において、平成16年10月7日付け訴え変更の申立書及び同年11年6日付け訴え変更の申立書の訂正と題する書面に基づき、上記<2>の本件訴訟における当初の請求を、前記第1のとおり、本件臨時株主総会におけるすべての決議事項に関する決議の取消し、本件臨時株主総会における決議に基づいて発行された本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認、その部分について、その行使に基づく新株発行の差止め、に交換的に変更した。
3 争点
本件の争点は、(1) 本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えが出訴期間を徒過しており不適法か否か(争点1)、(2) 本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認の訴えが不適法か否か(争点2)、(3) 本件取締役会における取締役会決議が不存在又は違法であり、本件臨時株主総会における決議の取消事由が存するか否か(争点3)、(4) 本件臨時株主総会における決議の取消請求を裁量棄却すべきか否か(争点4)、(5) 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるか否か(争点5)、(6) 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、原告が、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有するか否か(争点6)、であり、争点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 原告の主張
<1> 本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えが出訴期間を徒過しており不適法か否か(争点1)について
被告の後記(2)<1>の主張は争う。
<2> 本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認の訴えが不適法か否か(争点2)について
被告の後記(2)<2>の主張は争う。
<3> 本件取締役会における取締役会決議が不存在又は違法であり、本件臨時株主総会における決議の取消事由が存するか否か(争点3)、本件臨時株主総会における決議の取消請求を裁量棄却すべきか否か(争点4)について
ア 被告代表取締役Aは、平成16年3月12日午前8時46分付け電子メールにより、E、F及びGに対し、持ち回りにより本件取締役会を開催する旨、本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催する旨、及び、同日午後1時までに質問や回答がない場合は異議なし了承と判断する旨を連絡した。しかし、そのような持ち回り方式による本件取締役会における取締役会決議は違法である。
イ また、本件取締役会議事録には、Dが、平成16年3月12日に開催されたとされる本件取締役会に出席した旨が記載されている。しかし、Dは、同日、海外出張中であり、電話(電話会議システムではない単なる電話)をかけただけであって、本件取締役会には出席していない。したがって、本件取締役会は、取締役7名のうち、A、B及びCの3名しか出席しておらず、過半数の出席の要件を満たしていないから、本件取締役会における取締役会決議は不存在というべきである。
ウ そうすると、本件取締役会における取締役会決議は、不存在又は違法であるから、本件臨時株主総会の招集手続は法令に違反するものであり、本件臨時株主総会における決議の取消事由が存する。
エ 以上のような本件臨時株主総会における決議の取消事由は、本件取締役会の成立そのものにかかわる重大な瑕疵であるから、本件臨時株主総会における決議の取消請求を裁量棄却することはできないというべきである。
オ よって、原告は、被告に対し、本件臨時株主総会におけるすべての決議事項に関する決議の取消しを求める。
<4> 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるか否か(争点5)について
ア 本件臨時株主総会における決議が取り消された場合、本件臨時株主総会に基づく本件新株予約権のうち、少なくとも、本判決確定日までに行使されていない部分は無効となるものというべきである。
イ よって、原告は、被告に対し、本件臨時株主総会における決議に基づいて発行された本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認を求める。
<5> 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、原告が、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有するか否か(争点6)について
ア 上記<4>のとおり、本件臨時株主総会における決議が取り消された場合、本件臨時株主総会に基づく本件新株予約権のうち、少なくとも、本判決確定日までに行使されていない部分は無効となるものというべきである。そして、原告は、被告の株主であるところ、本件新株予約権が行使されて新株が発行されれば、被告に対する支配権が相対的に減少する不利益を被るから、その株主権に基づいて、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有するものというべきである。
イ よって、原告は、被告に対し、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づく新株発行の差止めを求める。
(2) 被告の主張
<1> 本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えが出訴期間を徒過しており不適法か否か(争点1)について
原告は、平成16年9月2日付け準備書面において、本件取締役会には持ち回り方式で行われた瑕疵があり、また、定足数を満たさないから、本件取締役会における取締役会決議は不存在又は違法である旨を主張したのであり、本件臨時株主総会決議の日である同年5月12日から3か月を経過した後であるから、本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えは、出訴期間を徒過しており不適法というべきである。よって、被告は、本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えの却下を求める。
<2> 本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認の訴えが不適法か否か(争点2)について
新株予約権の発行に関しては、新株発行の差止めに関する商法の規定が準用されているものの、新株発行無効の訴えに関する規定は準用されていないから、新株予約権の発行無効の訴えは認められず不適法というべきである。よって、被告は、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認の訴えの却下を求める。
<3> 本件取締役会における取締役会決議が不存在又は違法であり、本件臨時株主総会における決議の取消事由が存するか否か(争点3)、本件臨時株主総会における決議の取消請求を裁量棄却すべきか否か(争点4)について
ア 被告代表取締役Aは、平成16年3月11日、被告の取締役に対して、本件取締役会の招集を通知した。そして、A、B、C及びDが本件取締役会に出席し、その全員の賛成により、本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催する旨が決議された。しかも、E、F及びGは、何らの異議を唱えず、Gにおいては積極的に賛成の意見を寄せていたものである。したがって、本件取締役会における取締役会決議には何らの瑕疵もない。
イ 仮に、本件取締役会における取締役会決議に瑕疵があったとしても、上記アの事情に照らせば、その瑕疵は軽微であり、決議の結果には影響を及ぼさないと認められるから、その決議は有効というべきである。
ウ 仮に、本件取締役会における取締役会決議に瑕疵があり、本件臨時株主総会の招集手続が法令に違反するとしても、上記アの事情に照らせば、その違反は重大ではなく、かつ本件臨時株主総会における決議に影響を及ぼすものではないから、本件臨時株主総会における決議の取消請求を裁量棄却すべきである。
<4> 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるか否か(争点5)について
新株予約権の無効確認の訴えが認められるとしても、その無効原因は、新株発行無効の訴えに準じて、特に重大な法令・定款違反の場合に限定されるべきである。そうすると、仮に、本件取締役会における取締役会決議に瑕疵があり、本件臨時株主総会の招集手続が法令に違反するとして、本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合でも、そのような瑕疵は重大な法令違反とはいえないから、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるものではないというべきである。
<5> 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、原告が、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有するか否か(争点6)について
上記<4>のとおり、仮に、本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合でも、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるものではないから、原告は、その部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有しないというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えが出訴期間を徒過しており不適法か否か(争点1)について
被告は、原告が、平成16年9月2日付け準備書面において、本件取締役会には持ち回り方式で行われた瑕疵があり、また、定足数を満たさないから、本件取締役会における取締役会決議は不存在又は違法である旨を主張したのであり、本件臨時株主総会決議の日である同年5月12日から3か月を経過した後であるから、本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えは、出訴期間を徒過しており不適法というべきである旨主張する。
ところで、商法248条は、株主総会決議取消しの訴えは株主総会決議の日から3か月以内に提起しなければならない旨規定しているところ、その趣旨は、株主総会決議の取消原因とされる手続上の瑕疵が、その無効原因とされる内容上の瑕疵よりもその程度が比較的軽い点に着目し、株式会社における法的安定要請の見地から出訴期間を制限したものであり、株主総会決議の取消原因と無効原因との間に株主総会決議の効力を否定すべき原因となる点においてその間に差異があるためではないと解するのが相当である。そうすると、前記第2の2の争いのない事実等のとおり、原告は、平成16年7月3日、被告に対し、本件臨時株主総会における本件新株予約権の発行の件に関する決議の無効確認等を求めて、本件訴訟を提起し、本件臨時株主総会における決議の効力を争う意思を表明しており、しかも、原告は、本件訴訟の訴状において、本件取締役会における取締役会決議が不存在又は無効である旨を具体的に主張してはいなかったが、本件臨時株主総会は、AがDと結託し、原告を被告の支配株主の地位から放逐するために計画され、その招集の通知、開会、議事進行及び決議に至るまですべての局面で違法なものである旨を主張していること、さらに、原告は、本件保全抗告事件において、本件臨時株主総会における決議の日から3か月以内に、平成16年7月13日付けの保全抗告状により、本件取締役会には、A、B及びCの3名しか出席しておらず、本件取締役会における取締役会決議は不存在又は無効である旨を主張したこと、そして、原告は、本件第3回弁論準備手続期日において、平成16年10月7日付け訴え変更の申立書及び同年11月6日付け訴え変更の申立書の訂正と題する書面に基づき、本件訴訟における当初の請求を、本件臨時株主総会におけるすべての決議事項に関する決議の取消し等に交換的に変更したこと、などの事実が認められるところ、これらの事実等にかんがみれば、原告は、本件訴訟を提起した当初から、本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えを提起していたものと同様に扱うのが相当というべきである。
したがって、本件臨時株主総会における決議の取消しの訴えは、出訴期間の遵守の点において欠けるところはなく適法というべきであり、被告の主張はこれを採用することができない。
2 本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効確認の訴えが不適法か否か(争点2)について
被告は、新株予約権の発行に関しては、新株発行の差止めに関する商法の規定が準用されているものの、新株発行無効の訴えに関する規定は準用されていないから、新株予約権の発行無効の訴えは認められず不適法というべきである旨主張する。
ところで、商法280条の15は、新株発行の無効は、株主、取締役又は監査役に限り、発行の日から6か月内に訴えをもってのみ主張することができる旨規定し、また、商法280条の17は、新株発行を無効とする判決が確定したときは新株は将来に向かってその効力を失う旨規定しており、それらの規定は、新株発行に法的瑕疵があり私法の一般原則に照らせばその効力を認めることができず無効とされるのであれば、既になされた新株発行によって多数の者が株主と扱われるなどしていたにもかかわらず、これらの者が株主でないとすることにより、複雑な利害関係や混乱の発生が予想されるため、株式会社における法的安定要請の見地から、新株発行の無効の主張を訴え提起の方法に限定し、その訴えを提起し得る原告適格や出訴期間を限定し、かつ、無効の遡及効を阻止する趣旨と解される。これに対し、新株予約権の発行に関して、そのような新株発行無効の訴えに関する規定が準用されていないのは、新株予約権の発行に法的瑕疵があるときには、従前の株主の株主権を犠牲にしてまで新株発行無効の訴えのような特別な限定をする必要性に乏しく、私法の一般原則に従って新株予約権の発行を無効とすれば足りるとの趣旨であると解するのが相当である。したがって、被告の主張するように、新株予約権の発行に関して新株発行無効の訴えに関する規定は準用されていないから、新株予約権の発行無効の訴えは認められず不適法ということはできない。加えて、法的瑕疵のある手続によって発行された新株予約権が行使され、既に新株が発行された場合は別としても、そのような新株予約権が行使されていない段階であれば、上記のような、既になされた新株発行によって多数の者が株主と扱われるなどしていたにもかかわらず、これらの者が株主でないとすることによる複雑な利害関係や混乱の発生はないと考えられることも併せ考慮すれば、少なくとも、本件事案のように、新株予約権の発行手続に法的瑕疵があることを前提として、その新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分の無効を確認する訴えは適法というべきである。
3 本件取締役会における取締役会決議が不存在又は違法であり、本件臨時株主総会における決議の取消事由が存するか否か(争点3)、本件臨時株主総会における決議の取消請求を裁量棄却すべきか否か(争点4)について
(1) 前記第2の2の争いのない事実等のとおり、被告は、平成16年3月12日、A、B、C、D及び監査役Hが出席の上、本件取締役会を開催し、同年5月12日に臨時株主総会を開催すること、その議案として本件議案を付議すること、そのために臨時株主総会を招集することを決議した旨の本件取締役会議事録(甲38別紙8)を作成したこと、被告は、平成16年5月12日、本件臨時株主総会を開催し、本件議案について、これらを承認する旨を決議したこと、などの事実が認められる。
次に、上記各事実に証拠(甲35、38、40、乙28)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告代表取締役Aは、平成16年3月12日午前8時46分付け電子メールにより、E、F及びGに対し、持ち回りにより本件取締役会を開催する旨、本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催する旨、及び、同日午後1時までに質問や回答がない場合は異議なし了承と判断する旨を連絡したこと、本件取締役会は、平成16年3月12日に開催され、A、B及びCが出席したが、E、F及びGは出席していないこと、本件取締役会議事録において、本件取締役会に出席した旨が記載されているDは、同日、海外出張中であり、電話(電話会議システムではない単なる電話)をかけて、本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催することについて承諾したこと、Eは、Aからの本件取締役会を開催する旨の電子メールに対し、同日午前9時06分付け電子メールにより、「このメールでは詳細が分からないので、詳しい内容を確認してから判断させて頂きます。」との返答をしており、本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催することについて承諾をしていないこと、Fは、Aからの本件取締役会を開催する旨の電子メールに対し、何らの回答をしていないこと、Gは、同日午後1時30分付け電子メールにより、本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催することについて承諾したこと、などの事実が認められる。
(2) ところで、商法260条の2は、取締役会決議は取締役の過半数が出席し、その取締役の過半数をもって決する旨規定しているところ、取締役会においては、取締役出席の上での意見交換と討議を通じて会社の業務執行について意思決定することが予定されているのであるから、取締役が取締役会の場に電話をかけて決議事項について承諾しただけでは当該取締役会に出席したと扱うことはできないし、取締役が電話、書面又は電子メールによって決議事項について承諾するというような持ち回り方式によっては、取締役会決議が成立したということはできないというべきである。
そうすると、上記(1)の各事実等に照らせば、Dが本件取締役会に出席したということはできず、本件取締役会は、取締役7名のうち、A、B及びCの3名しか出席しておらず、過半数の出席の要件を満たしていないし、また、Dは電話をかけて、Gは電子メールにより、それぞれ本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催することについて承諾した点については上記のような持ち回り方式によるものといえるのであって、しかも、仮に、E及びFが本件取締役会に出席したとすれば、そこでの意見交換と討議によっては本件議案を付議事項として臨時株主総会を開催する旨の決議がされたとは限らないから、結局、本件取締役会における取締役会決議は違法無効というべきである。
(3) 上記(2)の説示にかんがみると、本件臨時株主総会は、商法231条所定の取締役会における招集決定なくして開催されたのであるから、本件臨時株主総会の招集手続は法令に違反しており、本件臨時株主総会における決議の取消事由が存するものといえる。
そして、前記第2の2の争いのない事実等のとおり、本件臨時株主総会では、本件議案について、これらを承認する旨が決議されたのであるが、その決議事項には、定款の一部変更(第1号議案)や株主以外の者に対する特に有利な条件による新株予約権の発行(第2号議案)など株主総会の特別決議を必要とする重要事項が含まれているところ、そのような重要事項を含む本件議案を付議し、そのための臨時株主総会を招集する旨の本件取締役会における取締役会決議が違法無効であるとの事情が重大でないとはいい難い。したがって、本件臨時株主総会における決議の取消請求を裁量棄却することはできないものというべきである。
(4) 以上によれば、本件臨時株主総会におけるすべての決議事項に関する決議は、これを取り消すのが相当である。
4 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるか否か(争点5)について
前記3に説示のとおり、本件臨時株主総会における決議はこれを取り消すのが相当であるところ、前記2の説示に照らせば、本件臨時株主総会における決議を取り消す旨の本判決が確定したときは、本件臨時株主総会に基づく本件新株予約権のうち、少なくとも、本判決確定日までに行使されていない部分は無効となるものというべきである。
これに対し、被告は、新株予約権の無効確認の訴えにおける無効原因は、新株発行無効の訴えに準じて、特に重大な法令・定款違反の場合に限定されるべきであるとして、本件取締役会における取締役会決議に瑕疵があり、本件臨時株主総会の招集手続が法令に違反するとして、本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合でも、そのような瑕疵は重大な法令違反とはいえないから、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるものではない旨主張する。しかしながら、前記2に説示のとおり、新株予約権の発行に関して、新株発行無効の訴えに関する規定が準用されていないのは、新株予約権の発行に法的瑕疵があるときには、従前の株主の株主権を犠牲にしてまで新株発行無効の訴えのような特別な限定をする必要性に乏しく、私法の一般原則に従って新株予約権の発行を無効とすれば足りるとの趣旨であると解するのが相当であるから、新株予約権の無効確認の訴えにおける無効原因が、新株発行無効の訴えに準じて、特に重大な法令・定款違反の場合に限定されるということはできない。また、仮に、新株予約権の無効確認の訴えにおける無効原因が、新株発行無効の訴えに準じて、特に重大な法令・定款違反の場合に限定されるとしても、前記3(3)に説示のとおり、本件議案を付議し、そのための臨時株主総会を招集する旨の本件取締役会における取締役会決議が違法無効であるとの事情が重大でないとはいい難い。したがって、被告の主張は、これを採用することができない。
5 本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合、原告が、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有するか否か(争点6)について
前記4に説示のとおり、本件臨時株主総会における決議が取り消された場合、本件臨時株主総会に基づく本件新株予約権のうち、少なくとも、本判決確定日までに行使されていない部分は無効となるものというべきである。そして、前記第2の2の争いのない事実等のとおり、原告は、被告の株主である事実が認められるところ、原告は、本件新株予約権が行使されて新株が発行されれば、被告に対する支配権が相対的に減少する不利益を被るから、その株主権に基づいて、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有するものというべきである。
これに対し、被告は、本件臨時株主総会における決議が取り消されたとした場合でも、本件新株予約権のうち、本判決確定日までに行使されていない部分が無効となるものではないから、原告は、その部分について、その行使に基づく新株発行を差し止める権利を有しない旨主張する。しかしながら、前記のとおり、本件臨時株主総会における決議が取り消された場合、本件臨時株主総会に基づく本件新株予約権のうち、少なくとも、本判決確定日までに行使されていない部分は無効となるものというべきであるから、被告の主張は、これを採用することができない。
6 結論
よって、原告の本件請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新谷晋司 裁判官 德増誠一 裁判官 野中高広)