高知地方裁判所 平成16年(行ウ)18号 判決 2006年6月02日
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
谷脇和仁
同
田中美和子
被告
地方公務員災害補償基金高知県支部長F
上記訴訟代理人弁護士
河野純子
同
稲田良吉
主文
1 被告が原告に対し,平成14年6月20日付けで行った亡Gの災害を公務外と認定した処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,平成8年4月1日から南国市税務課市民税係に勤務していた亡G(以下「被災者」という。)が,平成12年7月22日午前11時ころ,自宅納屋において,縊死したことについて,被災者の妻である原告が公務災害認定請求をしたところ,被告が,平成14年6月20日付けをもって公務外の災害であると認定する処分(以下「本件公務外認定処分」という。)をしたのに対し,原告が,本件公務外認定処分は違法であるとして,その取消しを求める事案である。
1 前提事実等(以下の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨から容易に認められる事実,あるいは,当裁判所に顕著な事実である。)
(1) 被災者(昭和○年○月○日生)は,昭和55年4月,南国市役所に採用となり,順次,建設課,市民課,同和対策課,財政課を経て,平成8年4月1日から税務課市民税係(以下「市民税係」という。)の配属となった。
(2) 被災者は,平成12年7月22日当時,中等度うつ病エピソード(以下「本件症状」という。)に罹患していた。
(3) 被災者は,平成12年7月22日午前11時ころ,自宅納屋2階において,本件症状により,縊死した。
(4)ア 被災者の妻である原告は,平成12年11月27日,被告に対して,被災者の死亡が公務に基づくものであるとして,公務災害認定請求を行った。これに対し,被告は,平成14年6月20日,本件公務外認定処分をした。
イ 原告は,本件公務外認定処分を不服とし,平成14年8月19日,地方公務員災害補償基金高知県支部審査会に対し,審査請求を行ったが,平成15年9月12日,同審査請求は棄却された。
ウ さらに,原告は,平成15年10月9日,地方公務員災害補償基金審査会に対し,再審査請求を行ったが,平成16年8月16日,同再審査請求は棄却され,平成16年8月23日,原告に通知された。
エ 原告は,平成16年11月8日,本訴を提起した。
(5) 現在の医学的知見では,環境由来のストレスと,個体側の反応性,脆弱性との関係で精神破綻が生じるかどうかが決せられ,環境由来のストレスが強ければ個体側の脆弱性が小さくとも精神障害が起きる一方,個体側の脆弱性が大きければ環境由来のストレスが弱くとも精神障害が起きるものと考えられている(以下「ストレス・脆弱性理論」という)。
2 争点
本件の争点は,被災者が従事していた公務と,本件症状の発症との間に因果関係があるか否かであり,これについての当事者の主張は次のとおりである。
(原告の主張)
(1) 市民税係の業務について
市民税係の業務は,次のとおり,量的にも,また質的にも過重なものであった。
ア 量的過重
市民税係は,毎年,1月から6月までの期間,納税通知書送付のための資料の整理,納税通知書送付等の賦課事務が集中するため,業務量が多くなる状況にあったが,殊に,2月から3月までの期間については,税務署がするのと同様の確定申告受付業務に日中の時間が割かれ,その他の業務を,確定申告受付業務終了後に行わなければならないため,業務量が激増する状況であった。
このような状況の下で,被災者の平成12年1月から4月の4か月間における時間外勤務時間は,1月に38時間,2月に87時間,3月に107時間,4月に89時間の合計321時間,1か月平均80時間を超えるものとなっていた。これは,南国市役所の他の課と比較しても,最も過重な業務量といえるものであった。
イ 質的過重
資料整理の作業は,確かに事務的な作業ではあるが,税金の賦課に関わるものであり,対外的に過誤は許されないのであって,これを行うためにはかなりの集中力を要するものである。また,窓口における市民の苦情への対応についても,苦情への対応自体ストレスを受ける業務であるのに,税金の賦課という性質上,市民の納得が得られるよう,より気を遣って説明しなければならないため,非常にストレスを受ける業務である。
このように市民税係の業務は,ストレスの溜まる過重な業務であった。
(2) 被災者個人の業務について
被災者は,次のとおり,市民税係に配属となって以降,毎年1月から6月までの期間,集中的に,量的にも質的にも異常な職務に従事していたものであるが,殊に,平成12年度においては,市民税係の他の職員と比しても過重な業務に従事していた。
ア 被災者の担当地区
被災者の担当地区は,市民税係の職員が担当する各地区の中で世帯数が最も多いのみならず,人口移動が激しい地区であった。そして,賦課期日後に人口移動,世帯構造の変化等があると,更新作業が機械でできないため,手作業によってこれを行わなければならず,この点において,被災者の担当業務は,市民税係の他の職員に比して,その負担は相当に重いものであった。
イ 被災者の市民税係における立場
被災者は,平成12年当時,係長と共に,市民税係における在職年数が最も長く,かつ,その真面目で正確な勤務ぶりなどから,市民税係においてリーダー的な立場にあった。このため,被災者は,業務に関して他の職員に対し指導したり,他の職員が窓口での市民への対応に苦慮している場合などにはこれを補助するなどしていたし,また,他の職員から,これらのことをなすことが求められていた。このように,被災者は,本来の自己の業務以外の業務についても,大きな負担を抱えていた。
ウ 連続勤務と時間外勤務時間
被災者は,平成12年2月21日から3月19日まで,休日を含めて28日間連続で勤務したところ,その休日出勤における勤務時間も短時間のものではなく,平日の勤務時間と同程度かそれ以上のものであった。このように,被災者の時間外勤務時間が極めて長時間に及ぶ異常なものであり,被災者の市民税係における業務による負担は,この点からしても極めて過剰なものであった。
エ 風呂敷残業
被災者は,時間外勤務時間として計算されない,いわゆる風呂敷残業をも行っていた。この点も,被災者の市民税係における業務による負担が,極めて過剰なものであったことを示している。
オ 国民健康保険税(以下「国保税」という。)の事務移管
平成12年度に国保税に関する事務が市民税係へ移管された。これにより,前年度までにおいては,7月以降,ほぼ時間外勤務がない状態であったにもかかわらず,同月以降も残業が余儀なくされるなど,量的にも負担が増加したし,また,国保税に関する業務については特に市民からの苦情が多いため,質的にも負担が増加した。
このような状況下で,被災者は,他の職員に対して,税務署の資料を見ることについての指揮をするなど,他の職員よりも責任のある立場で国保税の業務に携わっていた。
カ その他
(ア) 経験のない職員の指導
平成12年度,市民税係には,初めて課税事務を行う者が例年に比べて多く在籍しており,被災者ら経験のある職員が,これら経験のない職員に対して行う指導も例年に比べて多かった。このように,平成12年度における被災者の総合的な事務量は例年より多くなっていた。
(イ) 選挙開票作業
被災者は,市民税係における業務に加えて,平成12年6月25日午前7時から,翌26日午前2時30分までの間,衆議院議員選挙の開票作業に携わらなければならなかった。この6月末という時期は,それまでの過重な業務によって心身が疲労している時期で,かつ,被災者に本件症状が発症していた時期でもあって,長時間にわたる開票作業に携わらなければならなかったことによって,被災者の疲労は更に増すこととなった。
(3) 異動できなかったショックについて
被災者は,毎年1月から6月まで休日もほとんどなく出勤することが余儀なくされる市民税係に4年間も勤務していたことから,肉体的にも精神的にも疲れ切っていたため,平成12年4月期に他部署に異動したいという希望を有し,異動できるかもしれないと期待していたが,結局,平成12年4月期には異動とならなかった。これにより,被災者が引き続き市民税係のこれまでの激務に加えて,新たに国保税の業務に従事しなければならないことが確定し,被災者は,計り知れないショックを受けた。
(4) 以上の事実及びストレス・脆弱性理論からすれば,被災者は,市民税係の業務が過重であったために,本件症状に罹患したものであり,被災者が従事していた公務と本件症状との因果関係があるものである。
(被告の主張)
(1) 地方公務員災害補償法は,職員が公務上死亡した場合に,災害補償を実施すべきことを定めているところ,かかる場合に該当するというためには,負傷又は疾病と公務との間に相当因果関係があることが必要である。そして,ここにいう相当因果関係とは,民事損害賠償制度における相当因果関係とは異なり,災害が発生した時点に立って,そこから過去に遡って客観的に災害を発生させる原因となり得た無数の原因を抽出した上,その原因の一つである公務のみに危険責任を負わせ,全損害について補填をさせることが相当かどうかを判断する基準をいい,少なくとも,公務が,災害を引き起こすその他の要因との関係で相対的に有力な原因であったと評価できることが必要である。これと,ストレス・脆弱性理論を併せ考えるならば,個体の脆弱性については外部から客観的に評価することが困難であることから,個体が受けるストレスの大きさを客観的に評価するほかなく,その結果,これが大きいと評価できる場合にのみ相当因果関係,すなわち,被災者の従事していた業務と,本件症状の発症との間に因果関係があるというべきである。
(2) 市民税係の業務の内容について
ア 被災者が自殺した平成12年当時の市民税係における業務は,主に,県・市民税の額を算出して,納税通知書を発送するというものであった。もっとも,税額の計算はコンピューターが行い,また,コンピューターへの入力作業は外部の委託業者が行っていたので,市民税係の職員の行う作業は,担当地区の住民の所得に関するデータを世帯台帳に転記又は貼付して整理するなど,職員の裁量的判断を必要とする部分がほとんどない機械的作業であった。
この他,市民税係は,2月中旬から3月中旬にかけて,確定申告の受付業務を行っていたが,来庁者の多くは年金受給者と小規模自営業者で,これに医療費等の控除を希望する給与所得者の申告が加わる程度であり,さほど複雑な内容ではなく,要求される知識もさほど高い水準のものではない。実際,この受付業務は,配属1年目の職員も概ね対応することができ,2年目以降の職員であればほぼ自立して対応できる程度のものであった。
イ 市民税係の業務は,確かに,資料整理の作業と確定申告の受付業務が重なる毎年2月中旬から3月中旬にかけて,業務量及び時間外勤務時間がピークとなるが,その後は,資料整理の作業が進むにつれて業務量及び時間外勤務時間は漸次減少していき,納税通知書の発送が始まる6月中旬から12月一杯までは,時間外勤務を行うような業務量はないというサイクルを繰り返していくものであり,1年のうち半年頑張れば,残りの半年はリフレッシュが可能であった。
市民税係における時間外勤務時間は,ピーク時であっても,多くて1か月当たり,休日出勤を含めて100時間前後に過ぎず,他の係の時間外勤務時間と比較しても突出していたものではなかった。また,各職員は,各担当地区について責任を持つが,最終の締切りに間に合わすことができない職員はいなかった。
ウ 以上のように,市民税係の業務は,一般的に,心理的な負荷も過重ではなく,また,量的にも過重であったとは到底いえない。
(3) 被災者の勤務状況及び生活状況等について
ア 被災者の平成12年1月から5月までの時間外勤務時間数は,352時間であった,これは,確かに,市民税係において最長であるものの,他の市民税係の職員と比較すれば,突出して多いものではなかった。また,被災者の時間外勤務の内容を見ても,被災者は,ほぼ午後9時15分までに退庁していたことから,通常は,十分な睡眠時間が確保される状況であったといえる。
イ 被災者は,平成12年1月から5月までに,休日出勤もしているが,土曜日又は日曜日のいずれか一日は休んでいるのがほとんどであったし,いずれも出勤している場合でも,午後からの出勤であったり,夕方には切り上げているのであって,それなりの休息をとることができていたし,実際,釣り,バスケットボール,駅伝,温泉旅行等,相応に私生活を楽しむ余裕があった。
ウ 被災者は,確かに,平成12年度当時,係長を除いては,市民税係での勤務経験が最も長く,最年長ではあったが,自己が担当する地区のデータ整理を責任をもってこなすというのが主要な業務であって,他の市民税係の職員と何ら異なるものではなかった。
エ 原告は,被災者が平成12年4月期に異動できなかったことによってショックを受けていた事情を主張するが,仮に被災者がショックを受けていたとしても,それは,被災者の脆弱性の問題であり,業務そのものの心理的負担が客観的に過重であったかどうかとは全く無関係のものである。
オ このように,被災者が置かれていた具体的な状況を加味して考えても,被災者が従事していた業務による心理的負荷が,精神障害を発症させる程度に過重であるとは到底いえない。
(4) 以上より,被災者が従事していた業務が過重であるとはいえないことから,被災者の従事していた公務と,本件症状の発症との間には因果関係がない。
第3争点に対する判断
1 判断基準について
(1) ストレス・脆弱性理論によれば,本来,環境由来のストレスの強さと,被災者の脆弱性の程度の双方をそれぞれ明らかにした上で,本件症状の発症の原因について判断する必要があるものの,被災者の脆弱性の程度は,その性質上,外部から客観的に明らかにすることが困難であるといわざるを得ないことから,その性質上,比較的,外部から客観的に明らかにすることが可能な環境由来のストレスの強さを明らかにして,これを客観的に評価するという方法により,本件症状の発症の原因を推認するほかないというべきである。これによれば,本件症状の発症への寄与度は,<1>環境由来のストレスの度合いが高いと客観的に評価できる場合は,被災者の脆弱性よりも,環境由来のストレスの方が大きかったものと考えられる一方,<2>環境由来のストレスの度合いが高いものと客観的に評価できない場合は,環境由来のストレスよりも,被災者の脆弱性の程度の方が大きかったものと考えられることとなる。
(2) このように,前記(1)<1>及び<2>のいずれの場合においても,程度の差はあれ,環境由来のストレスが本件症状の発症に寄与していることは否定できないことから,そういう意味においては,環境由来のストレスにより本件症状が発症したということができる。
しかしながら,地方公務員災害補償法により創設された地方公務員災害補償制度が,公務に内在ないし随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた場合に,使用者の過失の有無にかかわらず地方公務員の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることに照らせば,地方公務員災害補償法にいう「公務上死亡した」というためには,公務と死亡の原因との間に相当因果関係,すなわち,公務と死亡の原因となった疾病との間に条件関係が存在するのみならず,社会通念上,疾病が公務に内在ないし随伴する危険の現実化したものと認められる関係があることを要するというべきであり,前記(1)<2>のような公務によるストレスが単に疾病の誘因ないし契機に過ぎない場合,及び前記(1)<1>のうち環境由来のストレスが公務とは無関係である場合には相当因果関係を認めることはできない。
(3) 以上からすれば,公務と本件症状の発症との相当因果関係の存否を判断するに当たっては,公務による心理的負荷が,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であると評価できるか否かで決するのが相当であり,かつ,それで足りるのであって,被災者の日常の職務と比較して過重な職務を遂行したといった事実は,必ずしも必要がなく,上記のような評価の対象となる公務は,被災者の日常の職務であっても何ら問題がないと解すべきである。
2 認定事実
各認定事実の後に掲記する証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,これを覆すに足る証拠はない。
(1) 市民税係について
ア 平成12年4月当時,南国市役所の税務課は,市民税係,資産税係,税務管理係,収納係の4つの係に分かれており,税務課に配置されていた職員30名のうち,市民税係には10名が配置されていた(<証拠略>,弁論の全趣旨),この他に,例年,市民税係には,2月中旬ころから3月中旬ころまでの間,臨時職員が4名配置されていた(弁論の全趣旨)。
イ 市民税係は,県・市民税の額を算出して,納税通知書を発送することを主な業務(以下「賦課事務作業」という。)としていた(<証拠略>,弁論の全趣旨)。そして,市民税係では,職員毎に担当地区を定めて,賦課事務作業を行っていた(弁論の全趣旨)。
ウ 市民税係は,2月中旬から3月中旬まで,確定申告及び住民税の申告の受付業務を行っていた。これら受付業務のため,この期間の日中の時間に,賦課事務作業を行うことはできなかった(<人証略>,弁論の全趣旨)。
エ 国保税の課税事務が,平成12年度,市民税係に移管された(弁論の全趣旨)。
(2) 賦課事務作業の具体的内容について
ア 南国市から委託を受けた外部業者が,世帯構成,給与・年金収入,各所得額及び固定資産の状況の情報等の前年度の住民税等課税データと,県・市民税の賦課期日である1月1日現在の住民票データを基に,世帯別に作成した世帯台帳(<証拠略>。以下「世帯台帳」という。)が,1月中旬ころ,市民税係に納付される(<証拠略>)。
市民税係の普通徴収(自営業者など納税義務者が直接自ら納入する方法で徴収するもの)を担当する職員は,前年度の世帯台帳に特記事項の記載があれば,納付された世帯台帳に転記する。この作業は,後記イ以下の作業があるため,1月末までに終えていなければならなかった(<人証略>)。
イ 1月下旬から2月上旬にかけて,各事業所から,市民税係に,給与支払報告書が個人毎に2部ずつ送付される。市民税係の普通徴収を担当する職員は,この給与支払報告書の内容を確認し,各事業所から送付された給与支払報告書のうち1部を世帯台帳に貼付する。市民税係の普通徴収を担当する職員が給与支払報告書の内容を確認する際は,手書きのものであれば逐一記載内容の確認を行い,コンピュータ等による活字のものであれば,事業所毎に,無作為抽出の方法によるサンプルチェックを行った(<証拠・人証略>,弁論の全趣旨)。
給与支払報告書に記載されているデータの入力作業は,南国市から外部の業者に委託されているため,市民税係の普通徴収を担当する職員は,給与支払報告書を世帯台帳に貼付する作業と併行して,データ入力のために,各事業所から送付されたうちの他方の給与支払報告書を委託業者に回す作業を行う(<証拠・人証略>,弁論の全趣旨)。
これらの作業は,委託業者がデータを入力するために,3月末までに終えていなければならないもの,4月末までに終えていなければならないもの,ゴールデンウィーク明けまでに終えていなければならないものがあった(<人証略>)。
ウ 2月5日ころ,社会保険庁から市民税係に,年金受給者リストが送付されるので,市民税係の普通徴収を担当する職員は,年金収入等を世帯台帳に転記する,もっとも,この作業は,年金受給者リストが多数の年金受給者のデータが一覧できる形式で作成され,市民税係で決めている担当地区と整合するように作成されたものではないため,年金受給者リストに記載のデータを担当地区に振り分けるのが困難であったことから,市民税係の特別徴収を担当する2名の者が主体となって行った(<証拠・人証略>)。
この作業は,委託業者がデータを入力するために,遅くとも2月20日ころまでに終えていなければならなかった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
エ 2月16日から3月15日にかけて,年金源泉徴収額報告書が個人毎に2部ずつ,順次,市民税係に送付されて来るので,市民税係の普通徴収を担当する職員は,同報告書のうち1部については世帯台帳に貼付し,これと併行して,他方の報告書については,データ入力のため,委託業者に回す作業を行う(<証拠略>)。
この作業は,委託業者がデータを入力をするために,遅くとも3月15日ころまでに終えていなければならなかった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
オ 市民税係の普通徴収を担当する職員は,2月16日から3月15日にかけて,市民税係で受け付けた確定申告書に特記事項があれば,世帯台帳に転記する(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
カ 2月下旬から3月下旬にかけて,税務署が受け付けた確定申告書が市民税係に送付されるので,市民税係の普通徴収を担当する職員は,確定申告の記載内容に特記事項があれば,世帯台帳にこれを転記する(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
キ 4月初めころから,データ入力が終わったものから順次,委託業者から仮課税台帳が送付されて来るので,市民税係の普通徴収を担当する職員は,納税通知書の送付期限である6月10日ころまでの間に,仮課税台帳に記載されたデータと課税台帳に記載されたデータが一致するかの確認を,他の作業と併行して行う。確認した結果,仮課税台帳の記載に誤りがなければ,市民税係の普通徴収を担当する職員は,委託業者から納税通知書を納品してもらい,納税者である市民に納税通知書を発送する作業を行う(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
ク 前記アからキまでの作業について,経験の少ない職員を除いては,担当する職員以外の職員が再度チェックするなどの体制が採られていない(<人証略>)。逆に,経験のある職員は,自己が担当する地区以外に,経験の少ない職員の担当する地区についても,作業に誤りがないか等の確認を行うこともあった(弁論の全趣旨)。
ケ 市民税係に配置される4名の臨時職員は,賦課事務作業に携わらなかった(<人証略>)。
コ 市民税係の普通徴収を担当する職員は,納税通知書を発送した後は,翌年1月中旬までの間,税額の問い合わせへの対応,所得証明の発行,未申告者の呼出や面接,年末調整に関する説明会等を行ったり,担当地区の住民に異動があれば,世帯台帳へ随時記入を行う(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(3) 確定申告及び住民税の受付業務について
ア 市民税係の職員は,税務署から委嘱を受けて,確定申告の受付業務を行い,受け付けた申告については,税理士として,税務署に届出を行う。市民税係では,年金受給者,小規模自営業者,医療費控除等の控除を希望する給与所得者を主体として,例年400件ほどの受付を行った(<証拠・人証略>)。
この中には,極少数であるが,市民税係の職員が,申告をした市民のところに,休日や夜間に,申告の内容についての確認等を行うこともあった(<人証略>)。
イ 市民税係の職員は,住民税の申告について,例年2000件ほどの受付を行った(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(4) 市民税係の時間外勤務時間数について
ア 平成9年度における南国市役所の係別の時間外勤務時間数は,広報統計係が1人当たり年間605時間で最も長く,市民税係は1人当たり年間341時間で8番目に長い部署であった(<証拠略>)。
イ 平成10年度における南国市役所の係別の時間外勤務時間数は,土木第1係が1人当たり年間536時間で最も長く,市民税係は1人当たり年間273時間で17番目に長い部署であった(<証拠略>)。
ウ 平成11年度における南国市役所の係別の時間外勤務時間数は,高齢者介護保険係が1人当たり年間550時間で最も長く,市民税係は1人当たり年間318時間で9番目に長い部署であった(<証拠略>)。
エ 平成12年4月から7月までの間における南国市役所の係別の時間外勤務時間数は,高齢者介護保険係が1人当たり300時間で最も長く,市民税係は1人当たり126時間で6番目に長い部署であった(<証拠略>)。
オ 市民税係は,例年,1月中旬から6月中旬まで,時間外勤務を余儀なくされる一方,6月中旬から翌年1月中旬までは,ほとんど時間外勤務を必要としなかった(弁論の全趣旨)。
(5) 被災者について
ア 被災者が担当していた業務等について
被災者は,普通徴収の賦課事務作業並びに確定申告及び住民税の受付業務の外,南国税務署との連絡調整等の業務を担当していた(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
イ 被災者の賦課事務作業について
(ア) 被災者は,平成12年3月末までは,大篠地区の全世帯を担当しており,大篠地区の世帯数は4416世帯で,市民税係の中で最も件数が多かった。国保税の移管を受けて,担当者間の負担の平準化を図ったため,平成12年4月1日からは,被災者は,大篠地区のうち3591世帯を担当することとなった(<証拠・人証略>,弁論の全趣旨)。
(イ) 被災者が担当していた大篠地区は,人口異動が多い地区であった。人口異動があると,前記(2)の賦課事務作業の外に,世帯台帳の入れ替えや資料の削除,氏名や世帯構造について手作業で記入することが要求された(<人証略>),そのため,市民税係においては,大篠地区は,事務負担が特に大きいと考えられていた(<人証略>)。
ウ 他の職員に対する補助について
(ア) 被災者は,平成12年の賦課事務作業について,自己が担当する地区以外に,普通徴収を担当する職員で経験の少なかったD及びEが担当していた地区について,市民税係の係長であるA並びに経験年数があるB及びCらと共に,D及びEの作業に誤りがないか等の確認を行った(<人証略>)。
(イ) 被災者は,平成12年2月16日から同年3月15日までの確定申告期間中,経験の少なかったD及びEが申告を受け付ける際には,A,B及びCらと共に分担して,D及びEの受付業務を補助した(<人証略>)。また,確定申告期間でなくとも,被災者は,DやCが来庁者から窓口で苦情等を受けていると,進んで,来庁者の苦情等に応対するなどした(<人証略>)。
エ 被災者の時間外勤務時間数について
(ア) 平成8年について
被災者の平成8年における時間外勤務時間数は,1月が48時間,2月が86時間,3月が23時間,4月が113時間,5月が68時間,10月が1時間であり,6月から9月まで及び11月以降は時間外勤務はなかった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(イ) 平成9年について
被災者の平成9年における時間外勤務時間数は,1月が36時間,2月が95時間,3月が114時間,4月が94時間,5月が63時間,7月が4時間であり,6月及び8月以降は時間外勤務はなかった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(ウ) 平成10年について
被災者の平成10年における時間外勤務時間数は,1月が41時間,2月が73時間,3月が107時間,4月が88時間,5月が19時間,6月が11時間,9月が1時間,10月が19時間であり,7月,8月及び11月以降は時間外勤務はなかった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(エ) 平成11年について
被災者の平成11年における時間外勤務時間数は,1月が40時間,2月が49時間,3月が85時間,4月が128時間,5月が47時間,6月が2時間,7月が7時間,8月が7時間であり,9月以降は時間外勤務はなかった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
(オ) 平成12年について
被災者の平成12年における時間外勤務時間数は,1月が38時間,2月が87時間,3月が107時間,4月が89時間,5月が31時間,6月が3時間,7月が16時間であり,その詳細及び休暇の取得状況は別紙(<略-編注>)記載のとおりであった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。
オ その他,被災者に関する事情等について
(ア) 被災者は,勤務態度が非常に真面目であり,また,明るく,スポーツ好きで,人当たりも良いといった人柄であった。そのため,被災者は,上司から信頼されるばかりではなく,後輩職員からも尊敬されており(<人証略>),また,仕事も速いと評価されていた(<人証略>)。
(イ) 被災者は,家庭生活等の私生活において,ストレスを受ける環境にはなかった(原告本人,弁論の全趣旨)。
3 被災者が従事していた公務の過重性について
(1) 前記認定事実によれば,被災者が従事していた賦課事務作業は,確かに,被告が主張するように,機械的な事務作業であり,裁量的な判断が要求されるものではなかったい(ママ)える。しかしながら,裁量的判断を必要としない事務作業であるからといって,直ちにその職務による心理的な負担が小さいとは必ずしもいえず,賦課事務作業により作成された世帯台帳に記載のデータを基に税額が算出されていることに照らせば,賦課事務作業は,賦課事務全体の流れの中で,単なる補助的な作業といったものにとどまるものではなく,むしろ税額を算出する作業そのものに他ならず,その作業によって税額が決定されるという性質上当然に,些細な過誤すらも許されないのであるから,賦課事務作業に従事する職員は,機械的な事務作業といえども,過誤がないように細心の注意をもってこれに臨まなければならないことからすれば,裁量的判断を必要とする職務と比してもその心理的な負担の大きさに遜色はないといえる,特に,市民税係では,賦課事務作業に過誤がないか担当者以外の者が再度確認するという体制が採られていないことをも併せ考慮すれば,その心理的な負担は相当に大きいものといわざるを得ない。
また,賦課事務作業は,1月中旬から5月末にかけての限られた期間内に終えることが要求されるばかりではなく,その期間内にも幾度も種々の期限が設定されており,更に,同時期に確定申告等の受付業務のため勤務時間を賦課事務作業に充てることができない状況にあることを考慮すれば,賦課事務作業に従事する職員は,被告が主張するように1年のうち半年頑張れば,残りの半年はリフレッシュが可能であると形式的にはいえても,むしろ実際には,税金の賦課という性質上,作業が遅延することは許されないのであるから,迫り来る幾度もの期限に注意を払いながら,作業が期限内に終わるように臨まなければならないのであって,4か月以上もの間,時間との戦いを続けなければならず,このような作業スケジュールの観点から見ても,その心理的な負担は相当に大きいといわなければならない。
(2) 前記(1)で判示したように,賦課事務作業自体が,一般的にみてもその心理的負担は相当に大きいといわざるを得ないところ,被災者は,そのような公務に約3年4か月従事していたものである。その上,被災者は,平成12年3月末までは,市民税係で最も多い件数である大篠地区の全世帯を担当していたところ,被災者が,市民税係のなかでは最も経験年数の長い職員の一人であり,上司や同僚から仕事が速いとの評価を受けていて,かつ,平日も時間外勤務をしているにもかかわらず,平成12年2月21日から同年3月19日まで,28日間連続しての出勤を余儀なくされていたことなどからすれば,被災者の事務負担量は,市民税係の中でも相当重かったことが推認できる。そして,このように事務負担量が増えれば,事務過誤発生の防止や,作業スケジュールの円滑な実施について払わねばならない注意が更に増していたと考えられること,そのような状況であるのにもかかわらず,被災者が,上司や同僚からの信頼に応えて,経験の少ない職員の補助も進んで行うなどしていたことなども考慮すると,被災者の公務から受ける心理的負担は,市民税係の他の職員と比しても,相当過重であったと推認するのが相当である。
(3) これらに対し,被告は,市民税係においては6月以降については時間外勤務を要する公務がないこと,南国市役所における年間の時間外勤務時間数について他の係と比較すれば市民税係は多くないことなどを主張し,被災者が従事していた公務が過重でないことを主張するが,1年のうち,6月以降の公務が過量でないからといって,6月までの公務の過重性が否定されるものではないし,確かに,市民税係の年間の時間外勤務時間数が,他の係と比較して多いとはいえないものの,他の係と異なって,市民税係の時間外勤務が,1年のうちの1月中旬から6月中旬にのみ集中しているという特殊性をもつことを考慮すれば,市民税係の6月までの公務についてみれば,むしろ他の係と比較して極めて時間外勤務時間数が多く,その間の公務が過重であるといえるのであって,被告の前記主張を考慮しても,前記(1)及び(2)で判示した被災者の従事していた公務の過重性を否定するものではない。
(4) 以上のように,被災者が従事していた公務は,その心理的な負荷及びその量のいずれを考慮しても,過重であったというほかなく,他に被災者に加わる環境由来のストレスがなかったことを併せ考えれば,客観的にみて,公務によるストレスは,精神障害を発症させる程度に過重であったというほかない。
したがって,被災者が従事していた公務と,本件症状の発症との間に因果関係があるものである。
4 小括
以上によれば,被告が原告に対し,平成14年6月20日付けをもって被災者の死亡を公務外と認定したのは違法であるから,本件公務外認定処分を取り消すのが相当である。
5 結論
よって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成18年3月3日)
(裁判長裁判官 新谷晋司 裁判官 内藤大作 裁判官坂本好司は,差支えにつき,署名押印することができない。裁判長裁判官 新谷晋司)