高知地方裁判所 平成17年(行ウ)4号 判決 2005年9月13日
主文
1 被告が、原告に対し、平成17年5月24日付け17高法制第53号公文書部分開示決定通知書によって別紙記載の公文書の一部を非開示とした処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
主文同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、高知県情報公開条例(平成2年条例第1号。以下「本件条例」という。)に基づき、被告に対し、被告が当事者である係争中の行政訴訟及び民事訴訟(以下「別件各訴訟」という。)の訴訟記録の一部の開示を請求(以下「本件請求」という。)したところ、平成17年5月24日付けで別紙記載の情報(以下「本件情報」という。)を非開示とする処分(以下「本件処分」という。)がなされたので、原告が、被告に対し、本件処分の取消しを求める事案である。
2 争いのない事実等
以下の各事実は、その後ろに掲記したとおり、当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実である。
(1) 当事者
原告は、高知県高知市に在住する行政書士である。被告は、高知県であり、本件の処分行政庁(本件条例2条1項にいう「実施機関」)は、高知県知事である(争いのない事実)。
(2) 本件情報
本件情報は、別件各訴訟の訴訟記録の一部であり、個人の氏名、住所、生年月日等にかかる別紙情報目録1ないし3記載の情報(以下「本件情報1」という。)と、個人の印影にかかる同目録4ないし10記載の情報(以下「本件情報2」という。)に分類される(争いのない事実)。
(3) 本件訴訟に至る経緯等
<1> 原告は、平成17年5月10日、本件条例5条に基づき、高知県知事に対し、本件請求をした(争いのない事実)。
<2> 高知県知事は、原告に対し、同月24日付け17高法制第53号公文書部分開示決定通知書により、本件情報1は本件条例6条1項2号に、本件情報2は同項5号に該当するとして、本件処分を行い、原告は、そのころ、同通知書の交付を受けた(争いのない事実)。
<3> 原告は、同月30日、本件処分の取消しを求めて、被告に対し、本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。
(4) 関係規定等
<1> 憲法82条1項は、裁判の一般公開主義を定め、また、民事訴訟法91条1項は、「何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる」と規定している。ただし、民事訴訟法91条1項による訴訟記録の閲覧については、同条2項(公開を禁止した口頭弁論に係る訴訟記録の制限)及び同法92条(秘密保護のための閲覧等の制限)の例外規定が設けられている。
<2> 本件条例6条1項は、公文書の開示請求があった場合には、公開するのが原則である旨定めているが、その例外として、同項2号は、氏名、生年月日等の個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができると認められるものについては、同号アの「法令等の規定により何人も閲覧できるとされている情報」を除き、非開示としうる旨定め、また、同項5号は、開示することにより、人の生命、身体、財産等の保護に支障を生ずるおそれのある情報については、非開示としうる旨定めている(〔証拠略〕)。
<3> 平成14年7月に被告が発行した「情報公開事務の手引」に記載された高知県情報公開条例解釈運用基準(以下「解釈運用基準」という。)には、本件条例6条1項についての【解釈及び運用】として、同項の趣旨は、「開示しないことに合理的な理由がある情報をできる限り明確かつ合理的に定め、この非開示情報が記録されていない限り、開示請求に係る公文書を開示しなければならない」とすることにあること、「非開示情報に該当するとして非開示の決定がなされた場合、その妥当性を立証する責任は実施機関にある」こと、「実施機関は、請求のあった公文書に記録されている情報が、この項の各号で定める非開示情報に該当するかどうかを判断する場合には、主観的、恣意的に判断することがあってはならず、公文書開示制度の趣旨、目的等を尊重し客観的合理的な判断を行う必要がある」ことが記載されている。また、解釈運用基準には、本件条例6条1項5号の【具体例】として、「実印や金融機関届出印に係る印影」が記載されている(〔証拠略〕)。
(5) 本件情報1は、本件条例6条1項2号の、特定の個人を識別することができる「個人に関する情報」に該当する(争いのない事実)。
3 争点
本件の争点は、(1)本件情報1が、本件条例6条1項2号ただし書アの開示情報(「法令等の規定により何人も閲覧できるとされている情報」)に該当するか否か(争点1)、(2)本件情報2が、本件条例6条1項5号の非開示情報(「開示することにより、人の財産の保護に支障を生ずるおそれのある情報」)に該当するか否か(争点2)であり、各争点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点1(本件情報1が、本件条例6条1項2号ただし書アの開示情報に該当するか否か)について
<1> 原告の主張
本件情報1は、別件各訴訟の記録の一部であり、憲法82条1項、民事訴訟法91条1項により訴訟記録は原則として公開することとされているところ、民事訴訟法91条2項による公開禁止の措置がとられる事件はほとんどなく、同法92条による秘密保護のための閲覧等の制限の措置がとられる事件もごく少数であることは顕著であって、現に別件各訴訟についても、それらの措置はとられておらず、既に訴訟記録として公開されている。よって、本件情報1は、本件条例6条1項2号ただし書アの開示情報に該当する。
<2> 被告の主張
訴訟記録の閲覧については、事件名あるいは当事者の特定をしなければ手続上閲覧できないことになっており、しかも、民事訴訟法91条2項及び同法92条の例外規定が設けられていることからすると、訴訟記録は、何人も閲覧できるとされている情報には当たらない。
また、当事者及び利害関係人以外の一般の者は閲覧しかできない訴訟記録の開示と異なり、公文書の開示請求では請求者が写しの交付を受けることができるため、伝播性が高くプライバシーの侵害の程度は大きいこと、医療過誤訴訟は、新聞報道でも患者や原告が公表を望まない限り患者の個人名は公表しない建前をとっているように、個人情報を保護する必要性が高いこと、本件条例3条は、その解釈運用に当たり「個人に関する情報が十分に保護されるように最大限の配慮をしなければならない。」と規定していること、他方、本件情報を開示しなくても、その他の開示情報によって本件各訴訟の事案の概要はわかるから、県民の知る権利や公共の利益に与える影響は高くないことに照らすと、本件情報1は、本件条例6条1項2号ただし書アの開示情報には該当しない。
(2) 争点2(本件情報2が、本件条例6条1項5号の非開示情報に該当するか否か)について
<1> 原告の主張
ア 本件情報2は、法令等の規定により何人も閲覧可能である上、訴訟記録として既に公開されているから、開示することにより、新たに、人の生命、身体、財産等の保護に支障を生ずるおそれのある情報とはいえず、本件条例6条1項5号の非開示情報には該当しない。
イ 本件条例6条1項5号の非開示情報は、具体性を要件とし、非開示とすべき印影は、解釈運用基準に【参考例】として記載されている「実印や金融機関届出印に係る印影」でなければならず、その主張立証責任は被告にある。
社会通念上、各種手続において、実印又は銀行印の押印が要件として求められることは限定的であり、訴状、答弁書等の書類に実印又は銀行印の押印が要件でないことは顕著であって、本件情報2が実印等の印影である可能性がないことは被告にとって経験則上明らかである。
よって、本件情報2について、実印や金融機関届出印の印影である可能性があるということを理由に、本件条例6条1項5号の非開示情報に該当するということはできない。
<2> 被告の主張
実印や金融機関届出印は、財産に関する取引において重要な役割を果たすものであり、印影がみだりに公開されると、その印影をもとに実印や金融機関届出印を勝手に作成されて犯罪等に利用され、個人の財産等に対する危険を生じるおそれがあるから、個人の実印や金融機関届出印の印影は、本件条例6条1項5号の非開示情報に該当する。
訴状等の訴訟記録に押印されている個人の印影が、実印や金融機関届出印に係る印影であるかどうかは、行政庁においては不明であるので、いわゆるシャチハタの印鑑のように、文書上から実印や金融機関届出印でないことが明らかでないかぎり、実印や金融機関届出印の可能性があり、本件条例6条1項5号所定の非開示情報に該当するというべきである。
行政庁が、訴訟記録に押印されている個人の印影が実印や金融機関届出印であることを立証するためには、当該個人から印鑑証明書等を提出させるか、市役所や金融機関等に問い合わせるほかないが、行政庁にそのような権限はなく、また、本人や市役所・金融機関等も、必ずこれに答えなければならない義務はない。かかる状況において、実印や金融機関届出印に係る印影であることの立証がされないかぎり、開示しなければならないとすると、本件条例6条1項5号により、個人の財産保護を図ろうとした趣旨が達成されないことになる。本件情報2の印影は、氏名と一体になっているものや、訴状等の訂正印や割印であり、県民の知る権利や公共の利益の観点からも開示する必要性は乏しい。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件情報1が本件条例6条1項2号ただし書アに該当するか否か)について
(1) 本件条例6条1項は、公文書の開示請求があった場合には、公開するのが原則である旨定めているが、その例外として、同項2号は、特定の個人を識別することができると認められる氏名、生年月日等の情報については、同号アの「法令等の規定により何人も閲覧できるとされている情報」を除き、非開示の決定をなしうる旨定めているところ、被告は、前記被告の主張のとおり、本件情報1が本件条例6条1項2号ただし書アの開示すべき情報に該当しない旨主張する。
(2) しかしながら、前記第2の2(2)及び(4)のとおり、本件情報1は、別件各訴訟の訴訟記録の一部であり、訴訟記録の閲覧等については、民事訴訟法が適用又は準用(行政事件訴訟法7条)されるところ、憲法82条1項は、「裁判の対審及び判決は公開法廷でこれを行う。」と定め、また、民事訴訟法91条1項は、「何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。」と定めている。そして、民事訴訟法91条2項による公開禁止の措置がとられる事件はほとんどなく、同法92条による秘密保護のための閲覧等の制限の措置がとられる事件もごく少数であることは、当裁判所にも顕著であって、現に別件各訴訟についてそれらの措置がとられていないことは、弁論の全趣旨により明らかである。
また、当事者及び利害関係人以外の一般の者は閲覧しかできない訴訟記録の開示と異なり、公文書の開示請求では請求者が閲覧のみならず、写しの交付を受けることができる(本件条例13条2項)ものの、本件条例6条1項2号ただし書アは、同条項にいう開示情報として、「閲覧できる」とされている情報であれば足りる旨規定していること、訴訟記録の閲覧について定める民事訴訟法91条3項の趣旨は、当事者及び利害関係を疎明した第三者の訴訟準備の必要性と裁判所書記官の負担を調整したものであるから、本件条例6条1項2号ただし書アの解釈適用に当たって、その趣旨を考慮する必要はなく、他に、本件条例6条1項2号ただし書アの文言とは異なった解釈を必要とする事情も認められないことからすると、その公開方法の違いをもって、本件情報2が本件条例6条1項2号ただし書アに該当しないと解することも適当でない。
そして、本件条例6条1項2号ただし書アは、「法令等の規定により何人も閲覧できるとされている情報」は、開示すべき情報であると規定するのみで、さらにその例外として非開示とし得る場合があるとは定めてはいないこと、前記第2の2(4)のとおり、本件条例6条1項の解釈運用基準には、実施機関は、請求のあった公文書に記録されている情報が、各号で定める非開示情報に該当するかどうかを判断する場合に、主観的、恣意的に判断することがあってはならず、公文書開示制度の趣旨、目的等を尊重して客観的合理的な判断を行う必要がある旨記載されていることからすると、本件条例中に、訴訟記録の一部につき非開示となしうるような規定が存在しない以上、被告主張の種々の事情を考慮して、解釈によってこれを非開示情報とすることは、法令上の根拠を欠くことになるから相当でないと考えられる。
そうすると、本件情報1は、訴訟記録の一部として憲法、民事訴訟法等の法令により何人も閲覧ができるとされている情報であると認められ、本件条例6条1項2号ただし書アの開示情報に該当するというべきである。
(3) もっとも、法令により何人も閲覧ができるとされている開示情報に該当するとしても、医療過誤訴訟等の患者、原告等の氏名、住所及び生年月日等のプライバシーに係る情報を公文書開示の制度により公開することが適切であるか否かについては疑問がないとはいえない。しかし、本件条例は、個人情報保護の必要性と、県民の知る権利及び公共の利益を比較し、前者が後者を上回るような場合には非開示とすることを可能とするといった趣旨の規定を設けていないことからすると、近年個人情報保護法等が施行され、個人情報保護の重要性が強く説かれているという社会情勢の変化等を十分考慮したとしても、これらの事項を非開示情報とすることはできないというべきである。
(4) 以上によれば、本件情報1は、本件条例6条1項2号ただし書アの公開すべき情報に当たり、本件条例に従い公開を要するものといわざるを得ない。
したがって、本件情報1について非開示とした被告の本件処分は、違法なものというべきである。
2 争点2(本件情報2が、本件条例6条1項5号に該当するか否か)について
(1) 原告は、本件情報2は、法令等の規定により何人も閲覧可能である上、訴訟記録として既に公開されているから、開示することにより、新たに、人の生命、身体、財産等の保護に支障を生ずるおそれのある情報とはいえず、本件条例6条1項5号の非開示情報には該当しない旨主張するが、本件条例6条1項5号は、「前号に定めるもののほか、開示することにより、人の生命、身体、財産等の保護に支障を生ずるおそれのある情報」については、非開示情報とすることができるものと定めており、仮に本件情報2が、本件条例6条1項2号ただし書アに該当するとしても、本件条例6条1項5号に該当する場合には非開示決定をなしうるのであるから、上記原告の主張は失当である。
(2) 被告は、本件情報2は、実印や金融機関届出印に係る印影である可能性があることから、同号の非開示情報に該当する旨主張する。そして、前記第2の2(4)のとおり、本件条例6条1項5号についての解釈運用基準には、同号の非開示情報に該当する【具体例】として「実印や金融機関届出印に係る印影」が挙げられている。
(3) しかしながら、前記第2の2(4)のとおり、本件条例6条1項についての解釈運用基準によれば、非開示情報に該当するとして非開示の決定がなされた場合、その妥当性を立証する責任は実施機関である高知県知事にあるとされているところ、証拠(甲1)によれば、被告は、本件処分を行うに際し、本件情報2を非開示とした理由について、非開示とした印影は、実印等である可能性があり、開示することにより当該個人の財産等の保護に支障を生ずるおそれがあるためであると説明ないし主張するのみで、本件情報2についてそれが実印又は金融機関届出印に係る印影であることの立証は全くなされておらず、本件全証拠によっても、本件情報2が実印又は金融機関届出印に係る印影であることは認められない。
また、前記第2の2(4)のとおり、本件条例6条1項の解釈運用基準によれば、同条1項の趣旨は、開示しないことに合理的な理由がある情報をできる限り明確かつ合理的に定め、非開示情報が記録されていない限り、開示請求に係る公文書を開示しなければならないこととしたものであり、実施機関は、請求のあった公文書に記録されている情報が、同項各号で定める非開示情報に該当するかどうかを判断する場合に、主観的、恣意的に判断することがあってはならず、公文書開示制度の趣旨、目的等を尊重して客観的合理的な判断を行う必要があるとされているところ、仮に、被告の主張するとおり、訴訟記録中の印影がいわゆるシャチハタ印のような三文判によるものである場合はともかく、それ以外の場合に、当該印影が実印や金融機関届出印によるものであるか否かを判断することが、印鑑登録証明書等の提出がない限り困難であることを前提としても、訴状の当事者欄や契印等に個人の実印が使用されることが通常無いことは当裁判所にも顕著であることに加え、印鑑証明書等の客観的な証拠はもとより、他に当該印影が実印や金融機関届出印によるものであることをうかがわせる具体的な事情が何ら認められないのに、実施機関が当該印影が実印等によるものである可能性が高いと判断することは許されないといわざるを得ない。してみると、実施機関としては、訴訟記録中の印影について、他に何ら具体的な根拠もないのに、単に実印等の印影である可能性があることを理由に非開示とする処分をすることは許されないものと解するのが相当である。
したがって、本件情報2が、「実印や金融機関届出印に係る印影」であるとは認められず、他に本件情報2が本件条例6条1項5号に該当する事情も認められない以上、同号に該当するとしてされた本件処分は違法であるといわざるを得ない。
(4) なお、仮に、訴訟記録の他の開示事項によって被告の氏名が明らかであるものや、契印等に用いられているに過ぎない印影について、県民の知る権利や公共の利益の見地から開示を求める必要性が乏しいとしても、本件条例は開示について、請求者の必要性を要件としていないことからすると、個人情報保護法施行以降の社会情勢の変化等を十分考慮したとしても、そのことをもって当該印影に係る情報を非開示とすることは、法令上の根拠を欠き、できないというべきである。
(5) 以上によれば、本件情報2は、本件条例6条1項5号の非開示情報には該当せず、本件条例に従い開示を要するものといわざるを得ない。したがって、本件情報2について非開示とした被告の本件処分も違法なものというべきである。
3 結論
よって、原告の本件請求は理由があるから、本件情報を非開示とした本件処分を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり、判決する。
(裁判長裁判官 新谷晋司 裁判官 中辻雄一朗 野中高広)