高知地方裁判所 平成21年(む)184号 決定 2009年10月15日
主文
本件証拠開示命令請求を棄却する。
理由
第1本件請求の趣旨及び理由
1 本件請求の趣旨及び理由は,弁護人A作成の平成21年9月1日付け証拠開示命令請求書及び同月7日付け意見書記載のとおりである。
その要旨は,次のようなものである。弁護人は,被告人の殺人幇助の故意を争う予定である。検察官がその立証の柱とする正犯者Bの供述調書の内容は,被告人の主張に反し信用できないところ,上記Bの供述内容を争うためには,あらゆる角度から検討する必要があり,そのためには別紙記載の①ないし⑤の各証拠の検討が不可欠である。また,検察官が証拠調請求をしている被告人の供述調書のうち,乙5号証は,取調官による誘導や決めつけに基づいて作成された結果,被告人が本件を認めたかのような内容となっており,乙4号証は,問答体の調書であるが,あたかも捜査官の問いに対する被告人の返答が合理的でなく,被告人の弁解が信用できないかのような体裁となっているところ,かかる調書の任意性及び信用性を検討するためには,これらの調書が作成された経緯等を検討するのが必要不可欠であり,そのためには,⑥ないし⑩の各証拠の検討が不可欠である。
そこで,弁護人は,検察官に対し,上記各証拠の開示を請求したが,検察官は開示しない。
2 これに対し,検察官の意見は,同年9月11日付け意見書記載のとおりであり,その要旨は,上記B供述の信用性が認められないとする弁護人の主張と各証拠との関連性が不明で,各証拠を開示する必要性が認められない,また,被告人の供述調書の任意性及び信用性を争うとの主張も,その理由が不明で,各証拠との関連性が判断できず,その開示の必要性も認められないことに加え,①ないし③及び⑥ないし⑧は存在しておらず,④及び⑨は,検察官の手持ち証拠ではなく,⑤及び⑩については,証拠の特定がなされていないのであって,弁護人の請求はいずれも理由がないというものである。
第2刑事訴訟法316条の27第2項による決定について
当裁判所は,平成21年10月6日,検察官に対し,刑事訴訟法316条の27第2項に基づき,⑤及び⑩に関連して,被告人が被害者を呼び出すまでの被告人及びBの当日の立ち寄り経路,Bの借金に関し同人が同日行った金策状況及び借金返済状況に関する捜査報告書で,既に開示した分を除く証拠の標目を記載した一覧表の提示を命ずる決定をした。
検察官は,同月7日,一覧表を提示するとともに,同一覧表記載に係る捜査報告書については,弁護人に任意に開示する旨回答した。
第3当裁判所の判断
1 B及び被告人に関する取調べメモ等(①ないし③,⑥ないし⑧)について
(1) 弁護人は,①ないし③の各証拠を開示すべき必要性については,上記B供述の信用性を争うためには,Bの供述をあらゆる角度から検討する必要があると抽象的に述べるにとどまり,取調べ状況についていかなる問題点があるのかも何ら明らかにしていない。このような主張の内容では証拠との関連性の判断をすることができず,証拠を開示する必要性も認められないというほかない。
(2) 他方,⑥ないし⑧の各証拠を開示すべき必要性のうち,取調官による誘導等があった旨主張する部分についてみると,これらの各証拠は,被告人の供述の経過や内容などを明らかにすることに資する可能性が存するのであって一概に関連性や開示の必要性を否定することはできない。
しかしながら,検察官は,⑥ないし⑧の各証拠はいずれも存在しないと主張し(なお,この点について,弁護人からも特段の反論はなされていない),一件記録によっても,検察官の主張が虚偽であることを疑わせる事情は認められない。そうすると,上記のとおり関連性,必要性を否定できないとはいえども,裁判所において,あえてこれらの証拠の提示等を命ずる必要はないというべきである。
(3) そして,検察官は,①ないし③の各証拠についても,⑥ないし⑧の各証拠と同様存在しない旨回答するところ,結局,いずれについても開示の前提となるべき証拠が存在しないのであるから,①ないし③及び⑥ないし⑧の各証拠の開示を請求する弁護人の主張は理由がない。
2 B及び被告人に関する留置人出入簿等(④,⑨)について
(1) まず,④の証拠についてみるに,弁護人は,上記のとおり,Bの取調べ状況等と信用性の関係等についてさえ何ら明らかにしないのであるから,証拠との関連性や開示の必要性を認めることはできない。
(2) 他方,⑨の証拠についてみるに,弁護人は,被告人に対して長時間にわたる取調べがなされたなどと主張するものではないが,一般的に,被告人の勾留中の取扱い経過や健康状態を把握し,被告人の取調べ状況を検討することが,被告人供述の任意性の判断に有用な場合があることは否定できず,その点において,証拠との関連性や開示の必要性があるとする弁護人の主張も首肯しうるところである。
しかし,検察官は,⑨の証拠が検察官の手持ち証拠ではない旨述べ,これが虚偽であることをうかがわせる事情は存しない上,なるほど,刑事訴訟法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限らず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含むと解されるものの(最高裁平成19年(し)第424号同年12月25日第三小法廷決定),留置人名簿(被留置者名簿)等は,いずれも,被留置者の留置に関する規則に基づき,被留置者の適正な留置を行うために留置施設において作成されるもので,捜査の過程で作成される性質のものではないのであるから,捜査の過程において捜査機関がこれを入手したなどの特段の事情がない限り,これが証拠開示命令の対象となる証拠とはいえない。そして,本件において,そのような特段の事情があるとも認められない。
(3) よって,④及び⑨の各証拠の開示を請求する弁護人の主張は理由がない。
3 B及び被告人についての本件捜査報告書(⑤,⑩)について
(1) 弁護人の主張は,その主張するところや開示を求める対象が必ずしも明瞭であるとはいい難いものの,犯行に至る経緯等に関わる証拠であることにかんがみ,当裁判所において,関連性を有する可能性があると思料される範囲を特定した上で,検察官に対し,第2記載のとおり一覧表の提示を命じたところ,検察官は,裁判所から一覧表の提示を命ぜられた捜査報告書については,弁護人に開示する旨の回答をしている。そうすると,裁判所が一覧表の提示を命じた捜査報告書については,証拠開示命令請求の前提となるその不開示という事実が存在しない。
(2) 他方,裁判所が一覧表の提示を求めなかった証拠については,いずれも主張との関連性及び開示の必要性を認めるには足りない。
(3) よって,⑤及び⑩の捜査報告書の開示を請求する弁護人の主張は理由がない。
第4結語
よって,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 伊藤寿 裁判官 吉田智宏 裁判官 新城博士)