高知地方裁判所 平成21年(行ウ)3号 判決 2010年1月22日
主文
1 本件訴えのうち,原告X1の平成9年分の贈与税について取得した財産の価額を零円にすべき旨の更正処分及び原告X2の平成9年分の所得税について株式等譲渡所得の金額を零円にすべき旨の更正処分の義務付けを求める訴えをいずれも却下する。
2 その余の訴えに係る原告らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 処分行政庁が,原告X1に対し,同人の平成9年分の贈与税の更正の請求について平成 19 年9月 20日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
2 処分行政庁は,原告X1の平成9年分の贈与税について,取得した財産の価額を零円にすべき旨の更正をせよ。
3 処分行政庁が,原告X2に対し,同人の平成9年分の所得税の更正の請求について平成 19 年9月 20日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
4 処分行政庁は,原告X2の平成9年分の所得税について,株式等譲渡所得の金額を零円にすべき旨の更正をせよ。
第2事案の概要
1 本件は,原告X2の平成9年度の所得税の申告及び原告X1 に対する平成9年度の贈与税の決定処分等に係る課税標準等の基礎となった原告X2 と原告X1との間の出資口の売買契約が,錯誤により無効であることが判決によって確認されたことを理由に,原告らがそれぞれ国税通則法(以下「通則法」という。)23条2項1号に基づく減額更正の請求をしたところ,処分行政庁が更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたため,原告らがこれらの通知処分は違法であると主張してその取消しを求めるとともに,上記売買契約が無効であることを前提とした原告らの主張額に基づく減額更正の義務付けを求めている事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに各項末尾に掲記する証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 有限会社a(以下「a社」という。)は,機械の製造及び加工を目的とし,原告X2 とその夫であるAが昭和 39 年4月7日に設立した有限会社であり,昭和 54 年1月 12日から両名の子であるBが,代表取締役を務めていた(証拠<省略>)。
イ 原告X1は,Bの子で,原告X2の孫である(証拠<省略>)。
ウ 平成9年2月 17 日におけるa社への出資1口の額面金額は 1000 円,総出資口数は5000口,資本の総額は 500 万円であり,その社員及び出資口数は,次の(ア)ないし(カ)のとおりであった(証拠<省略>)。
(ア) B 1875 口
(イ) 原告X2 1125 口
(ウ) C(原告X1 の伯父) 750口
(エ) D(原告X1 の伯父) 750口
(オ) E(原告X1 の伯母) 250口
(カ) F(原告X1 の伯母) 250口
(2) 本件売買契約の締結の経緯等
ア 原告X1は,平成9年1月ころ,b大学ジャパンセンター英語科1年生であったが,Bが白血病を宣告され,余命いくばくもないことが判明したため,大学を中退し,a社の後継者として働くことになった(証拠<省略>)。
イ Bは,自らが生きている間にa社への出資口を可能な限り原告X1に取得させようと考え,原告X2 に対し,その保有する出資口数を原告X1に売却するように頼んだ(証拠<省略>)。
ウ 原告X2は,Bの上記依頼に応じ,平成9年2月 21日,原告X1に対し,当時保有していた出資口数 1125口(以下「本件出資口」という。)を,1口当たり1万 5000円,総額 1687 万 5000 円で売却した(以下「本件売買契約」という。)。
エ 原告X2 は,平成9年分の所得税について,株式等譲渡所得の金額が 1571 万 4600円(収入金額 1687 万 5000 円,必要経費 116 万 0400 円)であるとする確定申告書を,法定申告期限前の平成 10年3月 12 日に処分行政庁に提出した(証拠<省略>,以下「本件申告」という。)。
オ Bは,平成 12 年2月6日に死亡し,原告X1 は,同月9日,a社の代表取締役に就任した(証拠<省略>)。
(3) 税務調査における指摘及びそれに伴う本件売買契約の解消等
ア 原告らは,平成 13年8月 28日ころから,高松税務署特別国税調査官の税務調査を受け,原告X1 は,同年9月 12 日,同国税調査官から,本件出資口は,1口当たり 10 万2590円と評価すべきであり,本件売買契約における売買金額は適正な時価と比べて著しく低い価額であることから,相続税法7条(贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合)の規定により,売買金額と適正な時価との差額について贈与税の申告が必要である旨指摘された。
なお,財産評価基本通達(昭和 39 年4月 25 日付け直資 56 ほか国税庁長官通達,平成10 年5月 12 日付け課評2-3ほかによる改正前のもの。以下「評価通達」という。)によると,本件売買契約当時の本件出資口の1口当たりの価額は,類似業種比準価額方式あるいは純資産価額方式に基づいて評価すべきとされていたところ,前者の方式で評価すると 12万 7268円,後者の方式で評価すると 10 万 2590円であった。(証拠<省略>)
イ 原告らは,平成 13年 10月 21 日,確認書と題する書面(証拠<省略>)を作成した。
上記書面には,[1]本件売買契約において,本件出資口を1口当たり1万 5000円と計算したが,この金額については,評価を実際の評価額の7分の1にしたという重大な要素の錯誤があったので,この事実を確認の上,同契約は無効であることを確認し,[2]速やかにa社の出資者名簿を原告X2 に戻す手続をするとともに,原告X2は,原告X1 に対し,売買代金 1687 万 5000 円を返還する旨記載されていた。(証拠<省略>)
ウ 平成 13年 10 月 23 日,a社の臨時社員総会において,定款6条の社員の氏名及び出資口数について,原告X1の出資口 2000 口のうち,1125口を原告X2に変更し,原告X1・875 口,原告X2・1125 口と変更することが議決された(証拠<省略>)。
エ 原告X2は,平成 13 年 11 月1日,原告X1に対し,1687万 5000円を原告X1名義の銀行口座に振り込んで返還した(証拠<省略>)。
オ 原告X1は,本件売買契約の解消に伴い,本件出資口の配当金として受領していた金員相当額を原告X2 に返還した(証拠<省略>)。
カ 原告X2は,平成 13 年 12 月 21日,処分行政庁に対し,本件売買契約が錯誤により無効であるなどと主張し,通則法23条2項3号に基づき平成9年分の所得税の更正の請求をした(証拠<省略>)。
キ 処分行政庁は,平成 14年2月 15 日付けで,上記更正の請求に対して,更正をすべき理由がない旨の通知処分をし,また,原告X1に対し,同日付で,本件売買契約により取得した財産の価額の合計額を 9853万 8750円(純資産価額方式による本件出資口の評価額と本件売買契約における売買代金額との差額),納付すべき税額を 5775万 9700円とする平成9年分の贈与税決定処分及びこれに係る無申告加算税の額を 866万 2500円とする賦課決定処分(以下,原告X1 に対するこれらの決定処分を併せて「前回決定処分」という。)をした(証拠<省略>)。
ク 原告らは,平成 15年9月 20日,当庁に対し,前回決定処分の取消しと上記平成 14年2月 15日付けの原告X2 に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分の一部取消しを求める訴えを提起した。
この訴訟において,原告らは,本件売買契約当時,本件出資口の売買代金額がその実際の価値に見合った適正な金額であり,原告X1が贈与税を課されることはないと認識して同契約を締結したものであるから,同契約は錯誤により無効であるなどと主張していた。
当庁は,平成 17年2月 15日,要素の錯誤があったことは認めつつも,誤信について重大な過失があるため本件売買契約は無効とはならない旨判示し,原告らの請求を棄却する旨の判決を言い渡した(以下「前回地裁判決」という。)。(証拠<省略>)
ケ 原告らは,前回地裁判決を不服として控訴し,控訴審において,通則法23 条2項1号に定める事由が生じた旨の主張を追加した。
高松高等裁判所は,平成 18年2月 23 日,本件売買契約は要素の錯誤により無効であると解されるが,原告らは,同契約の錯誤無効を処分行政庁に主張できないなどとして,控訴棄却の判決を言い渡した(以下「前回高裁判決」という。)。(証拠<省略>)
コ 原告らは,前回高裁判決を不服として上告したが,最高裁判所は,平成 18年 10月6日,原告らの上告を棄却した(証拠<省略>)。
(4) 本件売買契約の無効確認訴訟
ア 原告X1は,平成 18 年 12 月2日,原告X2を被告として,本件売買契約の無効確認を求める訴訟を提訴した(当庁平成 18年(ワ)第○○○号,以下「本件確認訴訟」という。)。
イ 本件確認訴訟において,原告X1は,本件出資口の適正な評価額は1口当たり 10万2590円であるのに,これを1万 5000円と誤ったこと,贈与税は課せられないと認識していたのに,5775万 9700円もの贈与税が発生したことなどが本件売買契約の錯誤に当たると主張し,同訴訟の被告である原告X2は,原告の請求を棄却する旨求めたものの,請求の原因をすべて認めた(証拠<省略>)。
ウ このため,平成 19 年5月 23 日,原告X1 の請求は理由があるとして,本件売買契約が無効であることを確認する判決が言い渡され,同判決は確定した(証拠<省略>,以下「本件確認判決」という。)。
(5) 本件各処分等
ア 原告X1は,本件確認判決が確定したことは通則法23 条2項1号に定める事由に当たるとして,平成 19 年7月 20日,処分行政庁に対し,平成9年分の贈与税について,取得した財産の価額を零円にすべき旨の更正の請求をした(証拠<省略>)。
また,原告X2 も,同日,同様の理由で,処分行政庁に対し,平成9年分の所得税について,株式等譲渡取得の金額を零円にすべき旨の更正の請求をした(証拠<省略>)。
(以下,これらの請求を併せて「本件各更正請求」という。)
イ 処分行政庁は,平成 19年9月 20 日,本件各更正請求は,通則法23条2項1号の規定に該当するものではないとして,更正をすべき理由がない旨の通知処分をした(証拠<省略>,以下,これらの通知処分を併せて「本件各処分」という。)。
ウ 原告らは,平成 19年 10月 26 日,本件各処分に不服があるとして異議申立てをしたが,異議審理庁は,同年 12 月 20日,いずれも棄却の決定をした。そこで,原告らは,平成 20年1月 22 日,国税不服審判所長にそれぞれ審査請求をしたが,同所長は,同年8月4日付けで,これらの審査請求を棄却する旨の裁決をした。(証拠<省略>)
3 争点及び当事者の主張
(1) 本件各処分の違法性
(原告らの主張)
ア 通則法23 条2項1号は,申告,更正等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により,その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定した場合,減額更正の請求ができる旨規定する。本件申告及び前回決定処分は,本件売買契約が有効に成立していることを前提としてされたものであるところ,同契約は本件確認判決によって無効であることが確認されたものであるから,これは,通則法23条2項1号に規定する事由に当たる。
また,通則法23条2項1号に規定する「判決」というためには,通則法23 条1項所定の期間内(法定申告期限から1年以内)に更正の請求ができなかったことについてやむを得ない理由があり,かつ,課税回避などの不当目的のないこと(判決の客観性・合理性)が認められることが必要であるところ,原告らが本件出資口の売却価額が低すぎることを知った時点では,既に法定申告期限は経過していたから同期限までに減額更正の請求をすることは客観的に不可能であったし,前回高裁判決において,原告らが錯誤に陥ったことに重大な過失がないと判示されたことからすれば,通則法23条1項所定の期間内に更正の請求をしなかったことについてやむを得ない理由があったといえる。また,前回高裁判決に係る訴訟(その原審も含む。)において,被告は,原告らの錯誤無効の主張を課税回避目的で濫用であると争ったが,同訴訟において実質的な審理がされた上で,錯誤無効の主張が認められたものであり,このような経緯から,被告は本件確認訴訟に参加しなかったのであるから,本件確認判決の客観性,合理性は極めて高いものである。このように,本件確認判決は,通則法23条2項1号に定める「判決」に当たる。
したがって,本件各更正請求に対し,更正をすべき理由がないとした本件各処分は,違法なものとして取り消されるべきである。
イ 被告は,課税庁に対して課税負担を原因とする錯誤無効を法定申告期限後に主張することができない以上,通則法23 条2項1号は適用の余地がないと主張するが,同号は,当初の計算の基礎となった事実と異なる事実を認定する判決がされたこと自体を後発的事由としているのであって,判決の基礎となるべき事実が内心の事情によるものか,いつ主張されたものかなどは一切問題とならないはずである。なお,最高裁平成 15年4月 25 日第二小法廷判決(裁判所時報 1388 号 147 頁)や最高裁平成元年9月 14 日第一小法廷判決(最高裁裁判集民事 157 号 555 頁)によれば,法定申告期限後の錯誤無効の主張や課税負担についての錯誤無効の主張が許されることは明らかである。
(被告の主張)
ア 経済的取引に係る法律行為を行った後,当該法律行為時に予想していなかった納税義務,あるいは予想していたよりも重い税負担が生じることが判明したとしても,法定申告期限経過後に,この課税負担の錯誤を理由に当該法律行為の無効を課税庁に対して主張することはできないと解すべきである。何故ならば,かかる場合に,無制限に契約の無効や契約の解除を認めると,納税者間の課税の公平や租税法律関係の安定の要請に反し,当該法律行為が有効であることを前提に申告がされたとの課税庁の合理的な期待,信頼を裏切り,租税法上の信義則ないし禁反言の法理に反するからである。
原告らは,平成9年分の贈与税及び所得税の法定申告期限後に課税負担の錯誤を理由とする本件売買契約の無効を主張しているところ,上記のとおり,かかる事由は通則法23 条2項1号に該当するものとは解されないから,本件各処分は適法である。
イ 本件確認判決は,以下のとおり,通則法23条2項1号に定める「判決」に当たらないから,更正をすべき理由がないとした本件各処分は適法である。
(ア) 通則法23 条2項の趣旨からすれば,同項1号に定める「判決」といい得るためには,当事者間に権利関係についての争いがなければならないと解されるが,本件確認訴訟の経緯をみると,原告らの間において,実質的には争いがなかったことは明らかである。
(イ) また,本件においては,本件確認判決以前に,本件売買契約が無効であることを踏まえて権利関係の回復が既に図られているから,本件確認判決の結果は,原告らの権利関係に何ら影響を及ぼしておらず,課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に変動が生じたとはいえない。
(ウ) 課税後に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について判決がされた場合であっても,当事者が専ら納税を免れる目的で,判決を取得した場合など,その判決が実質において客観的,合理的根拠を欠くものであるときは,通則法23 条2項1号に定める「判決」には当たらないと解すべきである。
本件確認訴訟においては,通常予想される攻撃・防御の手段が尽くされておらず,減額更正の請求を行い,原告らに課された贈与税及び所得税の負担を免れさせるための確定判決を得る目的で提起されたものであることは明らかであるから,本件確認判決は,その実質において客観的,合理的根拠を欠くものというべきである。
(2) 義務付け訴訟の適法性
(原告の主張)
本件各処分は,いずれも取り消されるべきものであるから,原告X1 の平成9年分の贈与税について取得した財産の価額を零円にすべき旨の更正処分及び原告X2 の平成9年分の所得税について株式等譲渡所得の金額を零円にすべき旨の更正処分の義務付けを求める訴えはいずれも適法である。
(被告の主張)
申請型の義務付けの訴えは,「当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において,当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり,又は無効若しくは不存在である」ときに限り,提起することができる(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)。この場合,当該処分又は裁決に係る取消訴訟又は無効等確認の訴えが認容されることが,義務付けの訴えの適法要件である。
本件各処分は,いずれも取り消されるべきものではないから,原告X1の平成9年分の贈与税について取得した財産の価額を零円にすべき旨の更正処分及び原告X2 の平成9年分の所得税について株式等譲渡所得の金額を零円にすべき旨の更正処分の義務付けを求める訴えは,いずれも取消請求の認容という訴訟要件を欠く不適法なものであり,却下されるべきである。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 通則法23 条1項は,納税申告書を提出した者は,当該申告に係る課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより,納付すべき税額が過大である場合などには,当該申告に係る法定申告期限から1年以内に限り,減額更正の請求ができる旨規定する。
そして,通則法23 条2項は,納税申告書の提出をした者又は通則法25条による決定を受けた者は,通則法23条2項各号所定の事由が生じた場合には,同条1項が定める更正請求ができる期間の経過後であっても,当該事由が生じた後一定期間,更正の請求ができる旨規定しているところ,これは,納税申告時には予想し得なかった事態その他やむを得ない事由が後発的に生じたことによって,課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更をきたし,遡って税額を減額すべき場合,納税者側からも更正を請求し得ることとして,納税者の救済の途を拡充したものである。
このような通則法23条2項の趣旨に鑑みれば,同項1号に定める「判決」とは,納税申告時には予想し得なかった事由その他やむを得ない事由に基づき課税標準等又は税額等の基礎となった事実を変更するものをいうと解すべきである。
(2) これを本件についてみると,前提事実によれば,本件確認判決は,前回決定処分に係る課税標準等の計算の基礎となった本件売買契約の締結及びそれに伴う財産の移転という事実が,当該計算の基礎としたところと異なることを確定するものであって形式的には,通則法23条2項1号に定める「判決」に当たるようにも思われる。
しかしながら,本件確認判決は,原告X1につき,本件売買契約によって贈与税が生じるにもかかわらず,これを認識していなかったという課税負担の錯誤があることを理由に同契約が無効であると判示しているものと解される(証拠<省略>)。そして,課税標準及び税額に関する事情に最も精通する納税者自身の申告に基づき租税法律関係を効率的かつ合理的に確定するという申告納税制度の下では,納税義務の有無及び納税額等については,納税者自身が,自己の責任において,法定申告期間内に十分に検討した上で正確な申告をすることが期待されるところ,証拠<省略>によれば,原告らは,本件売買契約によって,原告X1 に贈与税が生じるか否かについて関心をもっていたにもかかわらず,本件出資口の適正な評価を誤り,同契約を締結しても贈与税が生じないと軽信し,原告X1 においてはその申告をしなかったものであって,これを十分に検討し,あるいは,税理士などの専門家に相談していれば,評価通達に従った本件出資口の適正価額が幾らで,原告X1に贈与税が生ずるか否かにつき,比較的容易に認識できたと認められる。
本件において,原告らは,法定申告期限経過後にされた課税庁の税務調査の際の指摘を受けて錯誤に陥っていたことを認識し,その納税申告の内容を翻して本件各更正請求に及んでいるところ,このような課税負担の錯誤及びそれに基づく減額更正の請求を認めた場合には,租税法律関係を不安定にし,納税者が税額等についての十分な調査をした上で適正な申告を行うことによって租税法律関係を効率的かつ合理的に確定するという申告納税制度の趣旨を没却することになりかねない。
これらの諸事情に照らして考えると,本件確認判決は,納税申告時には予想し得なかった事由その他やむを得ない事由に基づき課税標準等又は税額等の基礎となった事実を変更するものということはできず,通則法23条2項1号に定める「判決」に当たらないものというべきである。
したがって,本件各更正請求は,通則法23 条2項に定める要件を満たさないものであって,同請求につき,更正をすべき理由がないとした本件各処分は適法なものというべきである。
なお,原告らの指摘に係る最高裁平成 15年4月 25日第二小法廷判決は,通謀虚偽表示を理由に遺産分割協議を無効とした判決に関するものであり,課税負担に基づく錯誤を理由に本件売買契約を無効とした本件とは事案が異なるし,最高裁平成元年9月 14日第一小法廷判決も,法定申告期限前に錯誤に陥っていたことに気づき,自ら国税局の税務相談に赴いた上で,提訴に至ったもので,やはり,本件とは事案を異にするものであって,原告ら主張の根拠になるものとは解されない。
2 争点(2)について
上記判示のとおり,本件各処分は適法であり,取り消されるべきものではないから,本件訴えのうち,原告X1 の平成9年分の贈与税について取得した財産の価額を零円にすべき旨の更正処分及び原告X2の平成9年分の所得税について株式等譲渡所得の金額を零円にすべき旨の更正処分の義務付けを求める訴えは,いずれも行政事件訴訟法37 条の3第1項2号の訴訟要件を欠くものとして却下すべきである。
3 結論
以上のとおりであって,本件訴えのうち,更正処分の義務付けを求める訴えは,いずれも訴訟要件を欠くからこれを却下し,その余の訴えに係る原告らの請求は,いずれも理由がないからこれを棄却するものとし,訴訟費用について民事訴訟法61条,65 条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 小池明善 裁判官 矢崎豊 裁判官 平山俊輔)