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高知地方裁判所 平成23年(わ)157号 判決 2012年3月07日

主文

被告人を懲役1年2月に処する。

未決勾留日数中260日をその刑に算入する。

本件公訴事実中電汽車往来危険,威力業務妨害の点については,被告人は無罪。

理由

【犯罪事実】

被告人は,平成23年5月1日午後0時18分ころ,高知市a町b丁目c番d号株式会社A「業務用食品スーパーe店」において,同店店長B管理の天然ぶり1パック等4点(販売価格合計919円)を窃取したものである。

【証拠の標目】(省略)

【累犯前科】(省略)

【法令の適用】(省略)

【一部無罪の理由】

第1本件の争点

1  平成23年6月20日付け起訴状記載の電汽車往来危険,威力業務妨害の公訴事実は,「被告人は,平成22年8月28日午後11時50分ころ,高知市薊野中町31番地四国旅客鉄道株式会社JR土讃線薊野駅において,同駅2番線ホームから,軌道上に自転車1台を落とし入れて放置し,そのころ,同所を走行してきた同社高知運転所車両基地発同社JR高知駅行下り回送列車に前記自転車を衝突させ,同列車を同所付近に停止させて約46分間運行を遅延させるなどし,もって汽車の往来の危険を生じさせるとともに,威力を用いて同社の列車運行業務を妨害した」というものである。

これに対し,弁護人は,被告人が上記犯行を行っておらず,無罪であると主張し,被告人も当公判廷でその旨供述する。

2  まず,関係証拠から認められる客観的状況によれば,何者か(以下「本件犯人」という。)が,公訴事実記載の日時に,自転車1台(以下「本件第1自転車」という。)を前記薊野駅ホームから軌道上に落として放置し,前記回送列車に衝突させたこと(以下「本件事件」という。)が容易に推認される(なお,同列車の乗務員が約10分後に衝突地点に戻ると新たにもう1台の自転車(以下「本件第2自転車」という。)が放置されていた。)。

もっとも,本件犯人と被告人を直接結びつける客観的証拠は乏しく,検察官は,主として被告人の自白を内容とする警察官調書,検察官調書及び勾留質問調書(以下「本件自白調書」という。)に基づき,被告人の犯人性を立証しようとする。

これに対し,弁護人は,①被告人は違法なポリグラフ検査の結果に影響されて自白したのであるから,本件自白調書はいずれも違法収集証拠として排除される,また,②被告人は,ポリグラフ検査に不当に影響された上,誘導に迎合して自白したのであるから,本件自白調書はいずれも任意性が認められない,としてその証拠能力を否定する。さらに,③仮に証拠能力があるとしても,上記事情などに照らせば,本件自白調書にはいずれも信用性が認められないと主張する。

3  これらの点について,当裁判所は,本件自白調書はいずれも証拠能力は認められるが,高い信用性は認められず,他に被告人の犯人性を裏付けるに足る証拠はないから,上記公訴事実については犯罪の証明がなく無罪であると判断した。以下,その理由を説明する。

第2当裁判所の判断

1  本件自白調書の作成経緯

被告人の公判供述,証人Cの証言,同Dの証言等によれば,本件自白調書の作成経緯について次の事実が認められる。

⑴ 高知警察署刑事第1課強行犯係長であるCは,被告人が本件事件の直前に高知駅駅員と揉めごとを起こしていたとの情報を受け,平成23年5月25日,判示窃盗の事実で起訴後勾留中であった被告人に対し,本件事件の取調べを行った。この取調べにおいて,Cが被告人に昨年起きた高知市内での列車妨害事件を知っているかと尋ねると,被告人は全く知らない旨答えた。

⑵ Cは翌26日朝にも事情を聞いたが,被告人はやはり事件を知らないと答えた。そこで,Cが,被告人に対し,事件について知っているかどうかを確かめるポリグラフ検査というものがあること,事件を知らないのであればその証明をするためにも検査を受けてもらいたいこと,検査の実施には被告人の承諾が必要であることなどを伝えると,被告人は,検査を受けても構わないと述べ,「私は,ポリグラフによる検査をうけることに承諾します。」との記載がされたポリグラフ検査承諾書と題する書面に署名指印した。

⑶ そこで,高知県警察本部刑事部科学捜査研究所文書心理係主任研究員であるDが,同日午前9時ころから同日正午ころまで,被告人に対するポリグラフ検査(以下「本件検査」という。)を実施することになった。Dは,被告人の学歴・病歴の聴取,被告人への検査方法の説明,予備検査などを行った後で検査を実施した。本件検査を通じて,被告人が検査を受けたくないと述べたり,検査に対して抵抗を感じているようなそぶりを見せたりすることはなかった。

⑷ Cは,本件検査実施後,Dから,被告人には本件事件の現場や使用された物などにつき認識があるとの検査結果が出ていると聞き,同日午後2時ころから,被告人に対する取調べを行った。

被告人は,この取調べにおいても,当初全く心当たりがないと弁解した。しかしその後,Cが,被告人と高知駅駅員が揉めた事実やその後の被告人の行動について追及していくと,被告人は,本件事件により死傷者が出ていないことをCに確認した上,薊野駅のホームから軌道上に自転車を落とした旨自白した。

被告人は,上記取調べを始める際,本件検査についてCに「心臓に悪い,あの検査は嘘発見器やろう,本当はせられんがで。」などと述べたため,Cは嘘発見器ではないことを説明した。また,被告人が,「検査終了後に,男の人から,『ちゃんと出ちゅう,昼から刑事さんの取調べがあると思うけど,正直に話はせんといかん。』と言われた。」旨述べたことがあったため,Cは検査員がそのようなことを言うはずがないと伝えた。この取調べの中で,Cから本件検査の結果に言及したことはない。

⑸ その後,上記取調べについて平成23年5月26日付け自白調書が作成された。その内容は概ね次のとおりである。

ア 事件当日は,一宮駅から列車で高知駅まで行き,高知駅からタクシーで売春宿まで行った。売春宿で遊び,歩いて高知駅に向かっている途中に酒を飲みたくなった。酒を買えば,列車代が足りなくなることは分かっていたが,駅員に頼めば貸してくれるだろうと考え,コンビニエンスストアで日本酒等を購入して飲み食いした。

イ その後,高知駅に行き駅員らに列車代を貸して欲しいとしつこく頼んだが,駅員らは貸してくれず,偉そうな物言いをしてきた。駅員らに高知警察署に連れて行かれ,ここでも列車代を貸して欲しいと頼んだが,歩いて帰るよう言われた。そこで,高知駅を北に抜けて歩いて帰っていたが,駅員から金を貸してもらえなかったこと,偉そうに物を言われたことが頭に浮かんで腹が立った。薊野駅の前に自転車が何十台も止まっているのが目に入り,「JRを懲らしめるために,薊野駅のレールに自転車を置いて,汽車が通るのを妨害しよう。」と考えた。

ウ そこで,薊野駅北側の小さいお宮さんのそばに止まっていた白っぽい古い自転車を,両手で持ってホームまで運び,レールの方に落とした。自転車はレール上に落ちたのでこのまま列車が通れば自転車に当たり,通行を妨害できると思った。その後,一宮方面に向かって100から150メートルくらい歩いたところで,列車が薊野駅に向かって来た。その直後「ダンダン」「バリバリ」というもの凄い音がしたので,自転車に列車が当たったと思った。

エ この後,薊野駅前に置かれていた別の自転車1台をレールの上に置いて列車が通るのを妨害しようとした記憶がある。自分の記憶では,薊野駅から東の方のレールに自転車を置いたと思うが,もしかしたら記憶違いをしているかもしれない。ただ,薊野駅に止まっていた自転車2台をレール上に置いたことは間違いない。

⑹ 被告人は,平成23年5月30日に本件事件で逮捕され,同年6月1日,勾留されたが,弁解録取や勾留質問においても,自らが本件事件を起こしたことを認めていた。

被告人は,同月20日にこの事実で起訴されるまで,自白を維持し,被告人の自白調書が順次作成された。これらの調書には,概ね同年5月26日付けの調書をより詳細にした内容が記載されているが,自転車を落とした回数については,「2台目も落としたかもしれない」「2台目の自転車を置いたかはっきり覚えていない」といった供述に変わっている。

2  本件自白調書の証拠能力について

⑴ 本件自白調書が違法収集証拠として排除されないこと

ア 後述のとおり,被告人の知的能力は平均的な水準よりも相当低く,その理解力や判断能力も乏しいと考えられる。しかし,Cは,ポリグラフ検査の内容・方法について,「事件を知っているかどうかを確かめるポリグラフ検査というものがある。」という程度の説明しかしないまま,被告人から承諾を得ている。その後,Dが被告人に検査方法を説明し,その中で,事件について知らないのであればポリグラフ検査はそのことを明らかにしてくれる旨説明しているが,ポリグラフ検査の仕組みについての説明はなされていない。前記のとおり,検査実施後の取調べ開始の際,被告人がCに「あれは嘘発見器やろ,本当はせられんがで。」などと,自分が想定していたものとは違う検査を受けさせられたかともとれる発言をしていることからしても,被告人は,ポリグラフ検査がどういうものであるかその趣旨や目的の概要を認識できていなかった疑いがある(被告人の上記発言は,自己の思惑に反して不利益な検査結果が出たと考えて後から文句を言い始めたものと理解する余地もあるが,真に本件検査が自己の事前の理解と異なるものであったという可能性も否定できない。)。

ポリグラフ検査の実施には,単に被検査者との意思疎通が可能であるだけでなく,被検査者が,検査の趣旨や目的の概要を理解した上での承諾をすることが必要であると解され,被告人のように知的能力の低い者については特に慎重な判断が求められるが,以上みたところによれば,被告人においてこのような承諾をしていたと認めることはできず,本件検査は違法であるといわざるを得ない。

イ もっとも,前記のとおり,Cが被告人に検査を実施するために承諾が必要である旨を伝え,ポリグラフ検査承諾書に署名指印させていることからすれば,被告人は,検査の実施に自らの承諾が必要であることは理解していたと認められる。そして,前記認定事実のとおり,Dが検査の前にその方法を説明したり,予備検査を実施したりしていることからすれば,被告人は,遅くとも検査を受ける時点では,ポリグラフ検査がいわゆる「嘘発見器」のようなものであるという程度の認識を有していたことが推認され,にもかかわらず,被告人は不満等を述べることなく検査に協力し,検査を拒否する意思を示していない。また,Cらが被告人に検査結果を示すなどして自白を得ようとしていないことなどからすれば,捜査機関に,被告人を騙してポリグラフ検査を受けさせよう,あるいは検査結果を不当な自白獲得に利用しようなどという意図はなかったと認められる。

このような事情に照らせば,本件検査について,違法収集証拠として排除する程の重大な違法があったとはいえない。そして,このことからすれば,本件自白調書も違法収集証拠として排除されるものではない。

⑵ 本件自白調書に任意性が認められること

まず,弁護人が指摘するポリグラフ検査の影響については,そもそも検査結果を曲げて告知したり,検査の正確性を過度に強調したりしない限り,ポリグラフ検査の結果を告げて自白を得ても任意性に疑いを生じさせるものとは解されない上,検査後に直接取調べに当たったCは,被告人に検査結果を一切告げていない。前記認定事実のとおり,被告人は,Cに対し「検査終了後に,男の人から『ちゃんと出ちゅう,昼から刑事さんの取調べがあると思うけど,正直に話はせんといかん。』と言われた。」旨述べているが,仮にD等が被告人にこのように述べたとしても,検査結果を曲げて告知したり,検査の正確性を過度に強調したりするものではなく,これ自体で直ちに任意性を疑わせる事情には当たらない。

また,取調べにおける誘導についても,これが全くなかったとまでは認められないものの,本件自白調書には,自転車の色,本件第2自転車の放置場所などについて捜査機関が把握していた事実と異なる内容がそのまま記載されていることなどを考えると,少なくとも被告人を執拗に誘導することはなかったと認められる。

ほかに,強制,脅迫など,本件自白調書の任意性を疑わせる事情は存在せず,本件自白調書はいずれも任意性が認められる。

3  本件自白調書の信用性について

⑴ 自白の経緯をみると,被告人は,平成23年5月25日に初めて本件事件の取調べを受けた際は犯行を否認したが,翌26日には自白し,その後起訴されるまでこの自白を維持したものであり,被告人に対する強制,脅迫,執拗な誘導などは存しない。また,被告人は,現行犯人逮捕された判示窃盗についてすら,捜査の初期の段階では,署名した自白調書の指印を拒否して一時否認に転じるなどしており,このような態度からは,捜査機関への迎合的な傾向は窺われない。

自白の内容をみると,本件自白調書は,犯行に至るまでの経緯や犯行態様につき詳細かつ自然な記述となっている。また,被告人が本件自白調書で述べる犯行動機の基礎となった駅員との揉めごとや,被告人が本件事件の発生に近い時間帯に現場付近を通ったことは,関係証拠からも裏付けられる上,被告人が述べる本件第1自転車の施錠状況や形状は客観的証拠に概ね符合する。

このような自白の経緯,被告人の性質,自白の内容からすれば,本件自白調書の信用性を肯定できるようにも思われる。

⑵ しかしながら,次のような事情も踏まえると,本件自白調書はいずれも高い信用性を認めることはできない。

ア 被告人は,平成21年2月に実施した知能検査において,知能指数が49であり,知的障害がある旨診断されている。また,当公判廷においても,質問者への迎合的な傾向は見られないものの,そもそも質問を理解できなかったり,質問に対応しない回答をしたり,あるいは,供述を変遷させて相矛盾する発言を繰り返し,その中で自らに不利に働く内容をその自覚を欠いたまま話したり,客観的事実に反する内容を作話したりしている(なお,検察官は,被告人が質問内容を的確に理解して回答し,その供述内容もおおむね整然として要領を得たものであったと主張するが,このような評価は,被告人質問で受けた当裁判所の心証とは合致しない。)。

上記診断結果や被告人の公判廷での言動からは,被告人の知的能力は平均的水準よりも相当低く,質問の意図や自分にとっての利害得失を理解する能力が乏しい上,これを十分に理解しないまま,場当たり的かつ短絡的に供述する傾向があることが窺われる。このような被告人による供述の意図や言動を合理的に説明することは困難であり,強制,脅迫,執拗な誘導などがない場合に虚偽の自白をすることはないであろうといった経験則を,能力的な問題のない者の場合と同様に当てはめて考えることはできない。

前述のとおり,被告人には迎合的な傾向は窺われないものの,前記認定事実によれば,本件では,自らに不利な内容のポリグラフ検査結果が出たことを認識していた可能性がある上,Cから事件当日の行動について追及される中で自白に至っている。このような状況に加え,自白する直前には,本件事件による死傷者がいないことをCに尋ねて認識しているのであり,被告人の前記特性を考えると,犯行を認めても大した罪にはならず,刑期がさほど延びることもないだろうなどと考え,その場を逃れるため,場当たり的に自白に至り,かつ,これを維持したとしても不自然とまではいえない。

イ また,本件自白調書に秘密の暴露といえるものはない。自白内容も,本件事件の基本的な情報さえ与えられれば,薊野駅の状況を知っている被告人が想像により補って供述することも可能と考えられるものであり,被告人との結びつきを強く裏付ける客観的証拠は存在しない(なお,Cは,犯行自体については一切誘導していない旨の証言をするが,捜査機関に有利な方向に誇張して証言している面も窺え,誘導が全くなかったとまで認めることはできない。)。

さらに,本件自白調書によれば被告人において指紋が付かないよう注意していたわけでもないのに,自転車から対照可能な指紋は検出されなかった。

そして,現場の状況からすれば,本件第2自転車は,本件犯人が,本件事件直後に軌道上に落としたものであることが明らかであるが,被告人は,当初,自転車2台を線路に置いたのは間違いないと供述するものの,2台目を落とした方法等をほとんど供述せず,その後,2台目の自転車を置いたかはっきりとした記憶はないなどと供述を変遷させている。

本件犯人は,列車乗務員が戻ってきたり列車と本件第1自転車の衝突により大きな音がして人が来たりする危険のある状況のもと,駅外にあった本件第2自転車を引いて高さ2.3メートルのスロープを上がり,ホームまで運んで落とすなど,相当の労力をかけてこの行為を行ったと考えられるから,かかる行為は,本件犯人にとって印象深く,他の事実と混同しにくい事柄であると考えられる。しかも,被告人は,本件当日における犯行に至るまでの行動や犯行状況を一連の流れとして途切れることなく詳細に供述している。これらの事柄をこれほど明瞭に記憶していながら,本件第2自転車を落としたか否かについての記憶がないということは,被告人の前記特性を考慮したとしても,なお考え難い。

したがって,上記のような供述の変遷は明らかに不自然であり,これが本件犯行自体と密接に関連する行動についてのものであることを考えると,本件自白調書全体の信用性を揺るがす事情というべきである。

⑶ 以上のとおり,被告人の特性を考慮すれば,その場を逃れるため,場当たり的に自白に至り,かつ,これを維持したとしても不自然とはいえないことに加え,本件自白調書の信用性を裏付ける客観的証拠が十分でないこと,本件自白調書に不自然な内容及び供述の変遷があることに照らすと,被告人が犯行を認めた本件自白調書は,いずれも高い信用性を認めることはできない。

検察官は,上記に検討した点のほか,本件自白調書が本件検査の分析結果と符合することなども指摘する。しかしながら,ポリグラフ検査の分析結果の証明力については慎重な吟味を要するところ,本件検査においては,弁別的な生理反応があるか否かを分析する検査者自身が裁決項目を認識して検査に臨んでおり,被検査者の反応やその分析から検査者自身の先入観による影響を取り除くための措置が十分に採られておらず,検査結果についても,脈波に特徴的な生理反応が出ている理由を検査者が説明できない部分があり,このような点を踏まえると,上記分析結果の証明力は限定的であって,本件自白調書の信用性を高度に保障するとはいい難い。

なお,前記分析結果を踏まえたとしても,それは被告人が「薊野地域のホームで線路に自転車を置いた列車の走行妨害事件があったこと」を認識していた蓋然性が高いことを示すにとどまる(検察官は,走行妨害の回数につき被告人が確定的な認識を持っていないことを示したとも主張するが,鑑定結果によれば,裁決項目及び特定の質問項目に対する認識の有無を推定できないとされているのみである。)。上記認識の限りで,本件自白調書と符合するというのは検察官主張のとおりであるが,かかる認識はそれ自体が本件犯行の自白ではない。そこで,そのことが自白の信用性にどのように影響するかを検討する必要があるところ,確かに被告人が犯人であれば,上記事実の認識や,その認識について虚偽を述べたことを整合的に説明できるものの,証拠上,被告人が上記事実を他の方法により知った可能性は排除できないし,被告人の前記特性も踏まえれば,もし他の方法により知ったのであれば最初からそう述べるはずだという通常の経験則を被告人にそのまま適用してよいのか躊躇を覚えるところである。以上のことからも,本件自白調書に高い信用性を認めることができるとまではいえない。

4  結論

このように本件自白調書はいずれも高い信用性が認められず,他に被告人の犯人性を裏付けるに足る証拠はないから,本件公訴事実中,電汽車往来危険,威力業務妨害の点については犯罪の証明がなく,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。

【量刑の理由】

被告人は,日々生活するだけの収入がありながら,所持金を酒代に費やした末,まだ酒を飲みたい,食材を土産に持って帰りたいなどと考えて本件犯行(万引き)に及んだものであり,その動機,経緯に酌量の余地は全くない。また,被告人は,最終刑執行終了後4年近く経過しているとはいえ累犯前科1犯を含む窃盗又は同未遂を含む罪の服役前科3犯を有し,本件も同種の犯行を繰り返す中で及んだものである上,他にも服役前科2犯があり,窃盗の常習性や全般的な規範意識の希薄さは顕著である。

他方で,被害品は1000円足らずと少額で,被告人の母が弁償済みであること,被告人に能力的なハンディキャップがあること,被告人が罪を認めて反省の態度を示していることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。

これらの諸事情を考慮し,主文の刑が相当であると判断した。

(検察官杉山一彦及び丸茂民夫並びに弁護人(国選)大塚丈各出席,検察官の求刑:懲役4年)

(裁判長裁判官 平出喜一 裁判官 安西二郎 裁判官 平山俊輔)

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