高知地方裁判所 平成23年(わ)391号 判決 2012年5月23日
主文
被告人を懲役18年に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
理由
【犯罪事実】
被告人は,高知市内の集合住宅(鉄筋コンクリート造3階建)の居宅(床面積約64.94平方メートル)において,夫である被害者(当時46歳),長男(当時8歳)及び次男(当時1歳)とともに居住していた者である。被告人は,従前より,被害者に精神的に強く依存するとともに,妄想性パーソナリティ障害の影響により,被害者が浮気をしていると根拠なく疑っていたところ,平成23年4月,被害者の気を引くために,被害者による暴力を大げさに訴えて高知県女性相談支援センターに入所したが,同センターを出てから,期待に反して被害者の態度がよそよそしくなったことから,被害者の浮気を疑うとともに,自分以外の女性の元に去ってしまうと考えるに至った。被告人は,自分を捨てようとしている被害者を許せないとの思いを抱き,同人を殺してしまおうと考え,同年5月,同居宅に放火し,同人を殺害することを計画した。
被告人は,平成23年6月7日午前1時50分ころ,同居宅において,強固な殺意をもって,ダイニングキッチンで就寝中の被害者にガソリンをかけた上,マッチを用いて火を放ち,その火を室内の内壁等に燃え移らせるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を火傷性ショックにより死亡させて殺害するとともに,同人,前記長男及び前記次男が現に住居に使用し,現在する同居宅のダイニングキッチン及び寝室(床面積合計約22.96平方メートル)を焼損したものである。
【証拠の標目】(省略)
【法令の適用】(省略)
【責任能力についての判断】
1 弁護人は,「被告人は,本件犯行当時,妄想性パーソナリティ障害のために,被害者に対する極端な愛憎の混じり合う複雑な精神状態であったため,やって良いことと悪いこととを判断する能力が大きく低下していた。」と主張する。
2 被告人は,本件犯行に使用するガソリン等を,それと知られないように準備しつつ,犯行の手順を何度も確認しながら実行に移すなど,非常に計画的に本件犯行に及んでいるが,計画時点から被害者の焼身自殺を偽装しようと考えていた。さらに,犯行後には,被害者が焼身自殺を図ったなどと大声で騒ぎ立てたり,長男に対し,被害者が自分で火をつけたと言い含めるなど,現に被害者の焼身自殺を偽装する工作を行っている。
他方で,動機については,被告人は,妄想性パーソナリティ障害の影響を受けて,被害者が自分以外の女性の元に去ってしまうと考えて,本件犯行に及んだものであるが,そのような動機は,精神障害でなくても十分理解できるものである。
そうすると,被告人は,本件犯行が悪いことであると十分に分かっていたものと認められる。
3 以上によれば,被告人は,本件犯行当時,やって良いことと悪いこととを判断する能力が著しく低下していたものではなく,心神耗弱にあたらない。
【量刑の理由】
被告人が本件犯行を決意した動機の根底には,被害者が自分の方を向いてくれず,思いどおりにならないことが許せないという被告人自身の非常に幼稚でわがままな考え方があるとみられ,その動機は自己中心的なものと評価するほかない。被告人のこのような考え方には,過度に強い自尊心を持ち,浮気を根拠なく疑うといった妄想性パーソナリティ障害の影響も考えられるので,この点を被告人に有利に考慮すべきだが,被告人がこのような考え方を持っていることは,精神障害というよりも被告人自身の性格による部分が大きく,考慮する限度は若干にとどまる。なお,被告人は,本件犯行の動機として,被害者から毎日のように暴力を受けていたことや,被害者から,実名をあげて,他の女性と結婚するために別れたいと言われたことを挙げるが,被告人の当公判廷における供述内容,態度や捜査段階における供述内容に照らせば,被告人の主張するような暴力や別れ話があったとは認められない。
殺害方法は,極めて残酷であり,被害者を確実に死に至らしめる計画的な犯行である。また,放火という側面からは,被害者に加えて,被告人の子ら2名(次男は実際に重傷を負っている。)のほか,近隣住民の生命,身体をも危険にさらすものであり,重大な公共の危険を生じさせたものである。
以上に加えて,被告人が,被害者に落ち度があったかのような発言を繰り返し,被害者の母親と兄の処罰感情が非常に厳しいことなども考慮すれば,被告人には,懲役18年が相当である。
(検察官杉山一彦及び同石垣麗子並びに国選弁護人谷脇和仁〔主任〕及び同西森やよい各出席。検察官の求刑:懲役17年)
(裁判長裁判官 平出喜一 裁判官 大橋弘治 裁判官 佃良平)