高知地方裁判所 平成23年(ワ)176号 判決 2012年7月31日
原告(反訴被告)
黒潮町(以下「原告」という。)
代表者町長
大西勝也
訴訟代理人弁護士
行田博文
被告(反訴原告)
Y1
外4名
(以下,上記5名をまとめて「被告ら」といい,個別の被告(反訴原告)については,「被告Y1」などという。)
被告ら訴訟代理人弁護士
梶原守光
主文
1 原告は,被告らに対し,それぞれ11万円ずつ及びこれらに対する平成23年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の本訴請求と被告らのそのほかの反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,本訴について生じた部分は原告の負担として,反訴について生じた部分は,3分の1を原告の負担とし,そのほかを被告らの負担とする。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴
(1)被告らは,原告に対し,連帯して130万円及びそのうち100万円に対する平成23年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告らは,被告らが発行する広報紙「らっきょう畑」に,別紙記載の謝罪文を別紙記載の条件で1回掲載せよ。
2 反訴
原告は,被告らに対し,それぞれ37万円ずつ及びこれらに対する平成23年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1)原告の町議会議員であった被告らは,かねてから,町議会の内容を町民に報告することなどを目的とする広報紙「らっきょう畑」(以下「本件広報紙」という。)を発行しており,平成22年2月に発行した同紙16号に,別紙記載の記事を掲載した(以下「本件記事」という。)。
(2)本訴は,原告が,本件記事は原告が実施した入札手続に不正行為があったことを摘示するものであり,これによって原告の名誉や信用が著しく毀損されたなどと主張して,被告らに対し,①民法709条,719条に基づき,連帯して損害賠償130万円(弁護士費用30万円を含む。)及びそのうち100万円に対する不法行為の後である平成23年2月25日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,②民法723条に基づき,謝罪文の掲載を求めている事案である。
(3)反訴は,被告らが,原告の町長は反町長派の町議会議員である被告らの政治的言論を封じ込める目的で,町議会議員選挙の直前に,裁判制度を悪用してあえて本訴を提起したのであり,その結果,被告らの名誉や信用が毀損され,議員活動の自由や表現の自由が侵害されたなどと主張して,原告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,それぞれ慰謝料30万円と弁護士費用7万円ずつ及びこれらに対する不法行為の後である平成23年4月2日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
2 前提となる事実(証拠等の記載のあるもの以外は争いがない。)
(1)当事者等
ア 原告は,普通地方公共団体である。
イ 被告らは,本件記事の掲載当時(平成22年2月)及び本訴の提起当時(平成23年2月),原告の町議会議員であった。
ウ 被告らは,平成17年8月ころから1年に数回のペースで,町議会の内容を町民に報告することなどを目的とする本件広報紙を発行して,町政に関する意見を発表するなどしていた。
(2)本件入札の実施,本件記事の掲載
ア 原告は,平成21年10月26日,黒潮町保健福祉センター2階健康研修室において,情報通信基盤整備事業(ケーブルテレビ事業)平成21年度伝送路整備工事の指名競争入札(以下「本件入札」という。)を実施した。
イ 本件入札には,株式会社A(以下「A」という。),B株式会社(以下「B」という。)など4社が参加して,Bが2億4500万円で落札した。
ウ 被告らは,平成22年2月,本件広報紙16号を発行して,本件記事を掲載した。
(3)本訴の提起(被告Y1・被告Y2各本人,弁論の全趣旨)
ア 原告は,本件記事は事実に基づかないという理由で,被告らに対し,その訂正を要求するなどしたが,被告らはこれを拒否して,その後の協議等においても問題の解決に至らなかった。
イ 原告は,町議会で本訴の提起にかかる議案の可決承認を得たうえ,平成23年2月7日付けで,被告らを相手に,高知地方裁判所中村支部に対し,本訴を提起した(被告らの反訴提起後に,事件が当庁に回付された。)。
3 本訴についての当事者の主張
【原告の主張の要旨】
(1)本件記事が原告の名誉等を毀損するものであること
ア 別紙3記載のとおり,本件記事には,「入札時間に『遅刻した』業者が2億5600万円の事業を落札」,「ちょっと奇妙なことがありました。」,「この日は12件の入札が行われるため,1階ロビーには入札順番待ちの業者さんが待機していましたが,そこへ役場の職員がきて,入札時間になっても指名業者の方が2階の会場に居ないと,1階や駐車場を探していました。」,「後日臨時議会で『請負契約締結』の議案書が提出されましたが,驚いたことに工事を落札したのはその探していた某株式会社・高知支店でした。」,「探していた会社と落札した会社が一致するのは単なる偶然なのか,疑問の残る内容ではないでしょうか。」という部分がある。
本件記事は,読み手(不特定多数の町民)に対し,本件入札において予め落札業者が決められており,原告がその筋書きのとおりに手続を進めたかのような誤解を与え,原告の行政執行に不正行為があったことを意図的に印象付けるものである。
したがって,被告らが本件記事を掲載したことは,きわめて不当かつ無責任というべきであり,共同不法行為に当たる。
イ 原告の職員が,本件入札の際,開始時間までに入場していなかったAの担当者を探したことはあるが,このとき,落札したBの担当者は,すでに入場して着席していた。したがって,本件記事の核心部分である,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという点は,虚偽であることが明らかである。
被告らは,十分な裏付けもなく虚偽の事実を摘示して,本件記事を掲載したのであり,その違法性が阻却される余地はない。
(2)原告の損害等
ア 被告らの不法行為によって,原告の名誉等が著しく毀損された。原告が被った無形の損害を賠償するためには,少なくとも100万円の支払が必要である。また,被告らの不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用は30万円である。
イ さらに,毀損された原告の名誉等を回復するために,被告らに対し,謝罪文の掲載が命じられるべきである。
【被告らの主張の要旨】
(1)本件記事が原告の名誉等を毀損するものではないこと
ア 地方自治の基本原理は住民自治であり,町議会は住民(町民)の代表機関であるから,原告執行部が,その行政執行について,町議会議員である被告らの監視のもと,相応の批判を受けることは当然であって,原告執行部はその批判を甘受し,行政執行に活用する責任を負うべきである。
そうすると,原告の社会的評価は,町議会議員である被告らに対する関係では,法的保護の対象にならないと解されるから,原告は本訴について当事者適格が認められない。また,本件記事は,町議会議員である被告らが,表現の自由や政治活動の自由に基づき,原告の行政執行を正当に批判した結果であって,その名誉等を毀損するものではないから,被告らがこれを掲載したことは不法行為に当たらない。
したがって,本訴は,却下ないし棄却されるべきである。
イ 本件入札の際,原告の職員が,開始時間になっても指名業者が2階の会場にいないという理由で,1階等を探していたこと,その業者は落札したBであったことは,いずれも被告Y1が実際に目撃した事実である。このことは,被告Y1が,町議会で再三にわたり,本件入札について,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致すると指摘したうえで,入札手続における遅刻の問題の質問をしたにもかかわらず,原告執行部がその指摘を明確に否定しなかったことなど,一連の対応によって裏付けられる。したがって,本件記事の摘示事実は真実である。
また,仮に被告Y1の認識に一部事実誤認があったとしても,被告らは,原告執行部が上記の指摘を否定しなネかったことを受けて,事実は被告Y1の認識のとおりであったと確信して,本件記事を掲載したのであるから,被告らが本件記事の摘示事実を真実であると信じるについて,相当の理由があるというべきである。
(2)原告の損害等について
すべて争う。
4 反訴についての当事者の主張
【被告らの主張の要旨】
(1)本訴が不当訴訟に当たること
ア 前記のとおり,本件記事の摘示事実は真実であり,このことは,原告執行部が,本件入札について,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという被告Y1の指摘を否定しなかったことなどから裏付けられる。ところが,原告は,本件記事の摘示事実が真実であることを知りながら,本件記事が虚偽であると主張して,あえて本訴を提起したのであるから,本訴の提起は,裁判制度の目的に照らして著しく相当性を欠くものであり,違法である。
イ 住民自治の理念に照らして,町がその町議会議員から町政批判を受けた場合には,言論をもってこれに対抗したうえで,その批判の当否等については町民の判断に委ねるべきである。町である原告が,税金を使って,町議会議員である被告らを相手に,その批判によって名誉等が毀損されたという理由で損害賠償請求をするのは常軌を逸している。
被告らは,町議会において野党的な立場にあり,自他ともに認める反町長派の町議会議員であった。原告の町長は,このような被告らの政治的言論を封じ込める目的で,町議会議員選挙の直前に,裁判制度を悪用してあえて本訴を提起したのである。
したがって,本訴の提起は,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであり,違法というべきである。
(2)被告らの損害
原告が不当な本訴を提起した結果,被告らは,名誉等を毀損され,表現の自由や政治活動の自由が侵害された。被告らの被った損害を賠償するために,1人当たり,慰謝料30万円と弁護士費用7万円の支払が必要である。
【原告の主張の要旨】
(1)本訴が不当訴訟に当たらないこと
ア 前記のとおり,本件記事の核心部分である,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという点は,虚偽であることが明らかである。被告らは,このような虚偽の事実に基づき,原告の行政執行に不正行為があったことを意図的に印象付ける本件記事を掲載したのであり,これに対し原告が本訴を提起することは,裁判を受ける権利の行使として当然に許されるものである。
イ 原告は,本訴の提起に先立ち,より穏当な解決の途を探り,被告らとの協議や町議会議長による斡旋等を試みたが,問題の解決に至らず,本件記事の掲載によって毀損された名誉等を回復する必要に迫られて,やむにやまれず本訴の提起に踏み切った。すなわち,原告の町長は,被告らの政治的言論を封じ込める目的で,町議会議員選挙の直前に,あえて本訴を提起したわけではないし,ましてや裁判制度を悪用する意図などなかった。そうすると,本訴の提起は,裁判を受ける権利の行使として許容範囲内であり,著しく相当性を欠くものとはいえない。
(2)被告らの損害について
すべて争う。
5 本件の争点
本件の主な争点は,①本訴について,本件記事が原告の名誉等を毀損するものか否か,②反訴について,本訴が不当訴訟に当たるか否かである。
第3 争点についての判断
1 事実認定
前提となる事実,各所に記載した証拠と弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)本件記事の掲載に至る経緯等(乙2の1・2,3,C・D・E・F各証人,被告Y1・被告Y2各本人)
ア 被告らは,原告が多額の費用をかけてケーブルテレビ事業を推進することに批判的であり,町議会議員としてこれに反対の立場をとっていた。
被告らは,平成17年8月ころから1年に数回のペースで,町議会の内容を町民らに報告することなどを目的とする本件広報紙を発行して(1回の発行部数は約2000部であり,被告らは,これを町民に手渡したり郵便受けに入れたりして配布した。),町政に関する意見を発表するなどしていた。
原告は,平成18年,旧大方町と旧佐賀町が合併して成立した町であり,その人口は約1万3500人である。
イ 原告は,平成21年10月26日,旧大方町所在の保健福祉センター2階健康研修室において,本件入札を実施した。その日は入札手続が13件予定されており,多数の業者の担当者らが同センターに集まっていた。本件入札の開始予定時間は午前10時30分であったが,進行が遅れており,午前10時40分ないし45分ころ,当時の総務課総務係長であったCが,同研修室前で,口頭で本件入札を始めるという趣旨の案内をした。しかし,同研修室内で,この案内に応じて入室した担当者の点呼をとったところ,本件入札について参加が予定されていた業者4社のうち1社の担当者が入室していないことが判明したので,C係長は,2階ロビーや1階等へ行って,集まっていた担当者らに対し,今から本件入札を始めるという趣旨の呼びかけをした。C係長が,呼びかけを終えて同研修室に戻ると,すでに残りの1社の担当者も入室していた。本件入札は,Bが2億4500万円で落札した。
(補足説明)
なお,このときの状況についての関係者の証言等は,次のとおり,いずれも不明確ないしそのまま信用することはできないから,本件証拠上,最初の案内で入室しなかった業者の担当者(C係長が探しに行った業者の担当者)を特定することはできない。
まず,本件入札で落札したBのD証人によれば,同人が,そのころ同研修室前で待機しており,原告の職員の指示に従い入場して着席したことは認められるが,これが最初の案内に応じたものかそれとも二度目の呼びかけに応じたものかは不明である。次に,本件入札に参加したAのE証人の証言はあいまいであり,同人がいつの時点でどのような呼びかけを受けるなどして入場したかは不明である。
そして,本件入札の進行をしたC証人やF証人は,最初の案内で入室しなかった業者はAであると証言するが,後記のとおり,原告執行部が,町議会で,本件入札について,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという被告Y1の指摘には何も言及せず,これを明確に否定しなかったことや,当時の副町長であったGが,遅刻したのは別の入札手続の塗装業者であったなどという趣旨不明の釈明をしていることなど,本件入札に関する原告執行部の一連の対応における不自然さ等を考慮すると,原告執行部の一員である同証人らの証言は信用できない。
さらに,同会場の1階にいた被告Y1は,HがBの担当者を探していたのを目撃したと述べるが,当時の佐賀総合支所健康福祉課長であったH課長は,旧佐賀町区域内で勤務しており,本件入札に職務上の関連がなく,当日は本件入札の会場には行かなかったのであるから,少なくとも,探していた主体がH課長であるという被告Y1の供述部分(認識)は明白な事実誤認である。そうすると,探していた客体がBの担当者であるという被告Y1の供述部分も,そのまま信用することはできない。
ウ 被告Y1は,平成21年11月の町議会で,本件入札について,原告の職員が会場の1階で入札に遅刻した業者を探して右往左往していたこと,そのときに探していた業者が落札業者になったという記憶があることを指摘したうえで,原告執行部に対し,入札に遅刻した業者の取扱いの問題について質問をした。
@これに対して,G副町長は,当日は多くの入札手続があって会場が混乱していたため,入札の開始が若干遅れたが,指名業者が予定通り手続に参加できるように,係の者にその業者が会場外にいるかいないか確認させたなどと答弁した。被告Y1は,さらに,本件入札で落札した業者が探していた業者であると記憶していると述べて,質問を続けた。
G副町長は,休憩の後,答弁を,本件入札については落札業者も含めて全員が入場していたと変更した。また,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという被告Y1の指摘には何も言及せず,これを明確に否定しなかった。
エ G副町長は,その後,議会外で,被告Y1に対し,遅刻した業者は別の入札手続の塗装業者であったと伝えた。
オ 被告Y1は,平成21年12月4日,町議会議長に対し,同月の町議会で本件入札における業者の遅刻の問題について質問をするという事前の通告をした。そして,同議会で,本件入札について,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致すると指摘したうえで,この点を前提とすると上記エのG副町長の言は信じ難いと述べて,原告執行部に対し,そのことについて説明を求めた。
これに対して,G副町長は,業者は会場付近に待機しており,ただちに入札執行に支障がなかったことから,遅刻があったとは判断していないなどと答弁したものの,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという被告Y1の指摘には何も言及せず,これを明確に否定しなかった。
また,G副町長は,遅刻したのは別の入札手続の塗装業者であったというのは,自分の勘違いであったと述べて謝罪した。
カ 被告らは,2回の町議会で,原告執行部が,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという被告Y1の指摘を明確に否定しなかったことから,事実は被告Y1の認識のとおりであったと判断して,平成22年2月,本件入札手続に不正行為があった可能性があることを町民に報告する目的で,本件広報紙16号を発行して,本件記事を掲載した。
(2)本訴の提起に至る経緯等(甲2の1・2,3,6,F証人,被告Y1・被告Y2各本人)
ア G副町長は,本件記事の掲載後,被告Y2と被告Y1に対し,本件記事は事実に基づかないという理由で,訂正を要求するなどしたが,同被告らはこれを拒否して,話は平行線をたどった。
イ G副町長は,平成22年3月の町議会で,本件入札に問題があったという認識はないと明言したものの,本件入札について,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという被告Y1の指摘には何も言及せず,これを明確に否定しなかった。
ウ 原告執行部は,平成22年3月18日ころ,被告Y3に対し,書面で,本件記事について,事実と異なる部分があり,本件入札で落札した業者と遅刻したとされる業者は同一ではないなどと主張して,本件記事の掲載の経緯等の説明を求める趣旨の申入れをしたが,被告らは,これに対する回答は公の場で行うことが適切であるなどと答えて,説明を拒んだ。
エ 平成22年4月,原告の町長選挙が実施され,現町長である大西勝也が当選した。
オ 大西町長と被告ら(被告Y5以外)は,平成22年8月,本件記事の訂正の要否等について協議をしたが,話は平行線のままであった。そこで,原告執行部は,本訴の提起もやむなしと考え,原告代理人と相談して訴状案を作成したうえで,本訴の提起にかかる議案の提出を町議会事務局に報告した。しかし,町議会議長は,原告がその町議会議員を訴えるのは穏当ではないと考え,斡旋の提案をした。
議長は,原告執行部とも被告らとも協議をしたうえ,被告らにおいて本件広報紙に謝罪記事を掲載することを提案したが,被告らがこれに納得せず,この斡旋は同年12月中に不調に終わった。
カ 大西町長は,平成23年1月19日,本訴の提起にかかる議案を町議会に提出して可決承認を得た。これを受けて,原告は,同年2月7日付けで,被告らを相手に,高知地方裁判所中村支部に対し,本訴を提起した。原告が本訴を提起したことは,地元のマスコミにも取り上げられた。
なお,平成23年4月,原告の町議会議員選挙が行われ,被告Y1,被告Y2,被告Y5が当選したが,被告Y4は落選した(被告Y3は立候補しなかった。)。
2 争点①(本件記事が原告の名誉等を毀損するものか否か)について
(1)問題の所在
ア 本件記事は,落札価格が2億円を超える大型公共事業にかかる本件入札に不正行為があった可能性を示唆するという,原告の行政執行に対するかなり強い批判を含むものである。また,本件記事は,被告Y1の認識に基づくものであるが,その認識には,その場にいるはずのないH課長がBの担当者を探していたのを目撃したという明白な事実誤認が認められる。
イ しかし,地方自治は住民の意思に基づいて行われるものであるから(住民自治),原告執行部が,その行政執行について,町民を代表する町議会議員である被告らの監視のもと,相応の批判を受けることは当然である。そうすると,その批判が原告の名誉等を毀損するものか否かについては,本件記事掲載の目的,動機,経緯,影響,表現等を考慮したうえ,それが社会通念上町政批判として許容される範囲を逸脱する場合に限り,名誉等の毀損が認められ,そうでなければ,原告執行部は被告らの批判を甘受し,行政執行に活用するなどの責任を負うべきであるということができる。
(2)認定事実に基づく判断
ア 被告らは,原告が多額の費用をかけてケーブルテレビ事業を推進することに批判的であり,これに反対の立場をとっていたが,被告Y1が,大型公共事業にかかる本件入札について,原告の職員が探していた業者が落札した業者と一致すると認識したことから,町議会議員として,そこに不正行為があった可能性があることを町民に報告する目的で,かねてから継続的に発行していた本件広報紙に本件記事を掲載した。このような事実によれば,被告らが本件記事を掲載したことについて,その目的や動機に不当な点はうかがわれない。
被告らは,原告執行部が,何度も機会があったにもかかわらず,本件入札について,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致するという町議会での被告Y1の指摘を明確に否定しなかったことから,事実は被告Y1の認識のとおりであったと判断して本件記事を掲載したのであり,そこに至る経緯を,ただちに不当なものと認めることはできない。
本件広報紙の発行部数は,1回約2000部であり,人口約1万3500人の原告において少なくはないが,本件記事の掲載後,原告の実施する入札手続に支障が生じたことはないし(F証人),本件記事が町民の間で問題になった形跡もうかがわれないから,本件記事は,町政や町民に対し,ほとんど影響を及ぼさなかったというべきである。
また,本件記事の表現は,原告の行政執行に対する被告らの考えや解釈を断定的に押し付けるものではなく,あくまで読み手の判断に委ねる形になっており,ただちに不当なものとはいえない。
イ このような事情によれば,本件記事は,社会通念上町政批判として許容される範囲を逸脱するものではないことが明らかであるから,住民自治の理念に照らして,原告執行部は被告らの批判を甘受するなどの責任を負うべきである。そうすると,被告らが本件記事を掲載したことは,原告の名誉等を毀損するものとはいえず,不法行為には当たらない。したがって,原告の本訴請求は理由がない。
なお,被告らは,原告は本訴について当事者適格がないと主張するが,理由がないと考えられる。
2 争点②(本訴が不当訴訟に当たるか否か)について
(1)判断の枠組み
訴えの提起は,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り,相手方に対する違法な行為となる(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1ページ参照)。
(2)本件記事の摘示事実の真実性
被告らは,本件記事の摘示事実は真実であるが,原告は,そのことを知りながらあえて本訴を提起したのであるから,本訴は不当訴訟に当たると主張している。
しかし,被告Y1は,H課長がBの担当者を探していたのを目撃したと供述するが,これは明白な事実誤認といわざるを得ない。本件記事の基礎となった被告Y1の認識(供述)には明白な事実誤認が認められるのであるから,本件入札について,原告の職員が探していた業者が落札した業者と一致するという被告Y1の供述部分も,そのまま信用することはできない。
そのほかに本件記事の摘示事実が真実であると認めるに足りる証拠はなく,被告らの上記主張は採用できない。
(3)本訴の提起の目的等
ア 被告らは,原告の町長は,反町長派の町議会議員である被告らの政治的言論を封じ込める目的で,町議会議員選挙の直前に,裁判制度を悪用してあえて本訴を提起したと主張している。
原告は,本件記事の掲載後,ただちに本訴を提起せず,約1年にわたり,訂正の要求,被告らとの協議,斡旋の提案等,訴訟以外の解決の可能性を探ったが,被告らが事実誤認を認めて謝罪しなかったために,本訴の提起に至っている。このような経緯によれば,原告は,被告らが事実誤認を認めて謝罪しないことを重く見て本訴を提起したのであり,被告らが反町長派であったことを主な理由として,本訴の提起に踏み切ったとまでは認められないし,町議会議員選挙の直前を狙って本訴を提起したとまでも認めることはできない。そうすると,原告が,反町長派の町議会議員である被告らの政治的言論を封じ込める目的で,同選挙の直前に,あえて本訴を提起したとまでは認められない。
しかし,本件記事は,社会通念上町政批判として許容される範囲を逸脱するものとは認められないから,住民自治の理念に照らして,原告執行部は被告らの批判を甘受するなどの責任を負うべきである。そして,原告執行部は,町民を代表する町議会議員である被告らの批判に対し,町議会における討論だけでなく,町の広報を利用するなどしてその事実認識や見解等を表明し,これに反論できるのであるから,原告は,その批判が明白な事実誤認に基づくものであったとしても,原則として言論をもってこれに対抗すべきである。これに加えて,原告が,町議会議員である被告らの批判によって名誉等が毀損されたという理由で安易に損害賠償請求をする場合には,それ以後,被告らが原告の行政執行について自由に批判することに萎縮的効果が生じ,被告らの表現の自由や政治活動の自由に対する制約となりかねないことなどを考慮すると,そのような損害賠償請求をすることが裁判を受ける権利の行使であるといっても,そこにきわめて高い必要性や相当性が認められなければならないものと解される。
イ この点について,原告は,本訴の提起に先立ち,より穏当な解決の途を探ったが,問題の解決に至らず,本件記事の掲載によって毀損された名誉等を回復する必要に迫られて,やむにやまれず本訴の提起に踏み切ったと主張している。
しかし,原告執行部は,被告Y1が,町議会で再三にわたり,本件入札について,原告の職員が探していた業者と落札した業者が一致すると指摘して質問等をしたのに対し,この指摘に反論することは容易であったと考えられるにもかかわらず,反論をすることはなく,この指摘を明確に否定することもしなかった。その結果,被告らは,事実は被告Y1の認識のとおりであったと判断して,本件記事を掲載した経緯が認められる。また,本件記事は,町政や町民に対し,ほとんど影響を及ぼさなかったのであるから,本件記事の掲載(平成22年2月)から約1年が経過した本訴の提起(平成23年2月)の時点で,本件記事の存在や内容を覚えている町民は,被告らや町議会の関係者以外にはごく少数であったと考えられる。さらに,原告は,本件記事に対し,反論があれば言論をもってこれに対抗すべきであり,その手段としては,町議会における討論だけでなく,町の広報を利用することなどが考えられるが,原告においてこのような訴訟の代替手段を真剣に検討した形跡もない(F証人)。
このような事情によれば,原告が,本件記事の掲載から約1年が経過した時点であり,町議会議員選挙の約2か月前に当たる平成23年2月に,名誉等の回復を求めて本訴を提起する必要性は,きわめて乏しかったというべきである。そして,原告の町長が,議案を町議会に提出して可決承認を得てまで多数の力を恃み,町議会議員である被告らに対して損害賠償等を求める訴えを提起するというのは異例の事態であり,これを相当というべき事情を見出すことはできない。そうすると,本訴の提起について,そこに認められるべききわめて高い必要性や相当性はないものといわざるを得ない。
その必要性等がないのに,原告が,あえて本訴の提起に踏み切った背景には,事実誤認を認めて謝罪しない被告らに対する制裁目的があったものと認めることができる(このような目的で本訴を提起することも,裁判制度を悪用するものというべきであり,被告らの主張には,このような趣旨の主張が包含されているものと解される。)。
ウ 以上によれば,本訴の提起は,裁判制度の目的に照らして著しく相当性を欠く場合に当たり,被告らに対する違法な行為というべきである(本件は,「提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起した」という前記最高裁判決の例示とは異なる事案であるが,その評価として,「裁判制度の目的に照らして著しく相当性を欠く場合」という点において,同判決の射程内のものということができる。)。したがって,本訴は不当訴訟(国家賠償法上の不法行為)に当たると認められる。
(4)被告らの損害
ア 被告らは,原告が結果的に町議会議員選挙の約2か月前に不当訴訟である本訴を提起し,それが地元のマスコミにも取り上げられるなどしたことによって,名誉等が毀損されるなどして,精神的苦痛を被ったと認められる。
イ ただし,原告は被告らの政治的言論を封じ込める目的で本訴を提起したわけではないこと,本件記事の基礎となった被告Y1の認識には明白な事実誤認が認められることなどの事情も考慮して,被告らが被った精神的苦痛を慰謝するに足りる額は,1人当たり10万円を認める。
また,原告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,被告ら1人当たり1万円を認める。
第4 本件の結論
以上のとおりであるから,原告の本訴請求は理由がなく,被告らの反訴請求は,原告に対し,それぞれ11万円ずつ及びこれらに対する不法行為の後である平成23年4月2日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があり,そのほかは理由がない。したがって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田典浩 裁判官 小畑和彦 裁判官 塩田良介)
別紙<省略>