高知地方裁判所 平成24年(行ウ)7号 判決 2013年12月13日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の請求
被告は、Y1、Y2、Y3に対し、連帯して、1000万円を支払うよう請求せよ。
第2事案の概要等
1 事案の概要
a町は、b漁業協同組合(以下「b漁協」という。)に対し、a町漁業災害対策資金貸付規則(以下「本件規則」という。)に基づき、1000万円を貸し付けた(以下「本件貸付」という。)。
本件は、a町の住民である原告が、本件貸付は違法な公金の支出であり、その回収の見込みがないことなどにより同町が本件貸付金相当1000万円の損害を被ったと主張して、地方自治法242条の2第1項4号前段に基づき、被告において、本件貸付に係る支出負担行為と支出命令(以下「本件支出負担行為等」という。)をしたa町長、並びに本件支出負担行為等に関与した同町副町長及び会計管理者に対し、連帯して上記の損害賠償をするよう請求することを求める事案である。
2 前提となる事実(証拠等の記載のあるもの以外は争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、a町の住民である。
イ Y1は、平成23年11月ころ、a町長であり、本件支出負担行為等をした。
Y2、Y3は、そのころ、それぞれ同町副町長または同町会計管理者(以下、上記3名を合わせて「被告ら」という。)であり、本件支出負担行為等の決裁に関与した。
ウ b漁協は、水産業協同組合法に基づき、a町b地区の水産資源の管理等の事業を行うために設立された組合である。
(2) 本件規則制定に至る経緯等
ア 平成23年7月(以下「平成23年」の記載を省略することもある。)、台風6号の風雨により、b漁協の組合員が設置した定置網等に相当の被害が生じた。
イ 被告は、9月27日、第3回町議会定例会において、台風6号の被害を受けた漁業者個人に対して災害対策資金を貸し付けることは、その返済能力等との関係で考えていないが、c町の制度を例に、漁業協同組合等の団体に対する同資金の貸付制度の創設を検討している旨表明した(乙3・6、15枚目)。
ウ a町の職員は、上記表明を受けて、9月29日と10月5日、b漁協との間で、同資金の貸付制度を創設するかどうか、創設した場合の金額や返済時期をどうするかなどを協議した(甲24、25)。
エ a町は、10月25日、本件規則を制定した(甲7、23)。その内容は、台風6号の多大な被害を受けた漁業者の属する漁業協同組合に対し、同漁業者の施設復旧と生産活動の再開等に必要な資金を貸し付けることにより、早期の復旧と再生産及び経営の安定を図ることを目的として(1条)、貸付要件を満たす当該組合に対し1000万円の限度で貸し付ける(2、3条)というものである。
(3) 本件貸付に至る経緯等
ア b漁協は、11月3日、理事会において、本件規則に基づき、1000万円の貸付を受ける旨の申請(以下「本件申請」という。)をすることを決議した(甲11)。
イ 11月7日、第7回町議会臨時会において、本件申請に係る1000万円を含む補正予算案が全会一致で可決された(甲15、22)。
ウ b漁協は、11月8日、a町に対し、本件規則に基づき本件申請をするとともに、翌9日、臨時総会において、事業目的に「漁業災害対策資金を地方公共団体から借入、組合員に転貸する事業」を加える旨の定款変更(以下「本件定款変更」という。)をすることを決議した(乙1)。
また、この定款変更は、高知県知事の認可を受けた日から施行されることになった(乙2)。
エ 被告は、11月17日、本件申請に基づき、b漁協に対し、1000万円を貸し付ける決定と支出命令(本件支出負担行為等)をした。また、副町長と会計管理者は、同行為等の決裁に関与した(甲4、16、17)。
オ a町は、11月21日、b漁協に対し、返済方法を平成25年度から平成29年度まで各年度当たり200万円ずつの分割払いと定めて、無利息で本件貸付をした(甲6)。
a町は、その際、b漁協の理事らから、上記返済が滞った場合には、滞納が解消されるまで、b漁協に対するa町からの支援が実施されないことなどを承認する旨の確約書(以下「本件確約書」という。)の提出を受けた(甲10、弁論の全趣旨)。
カ 高知県知事は、12月5日、上記ウの定款変更を認可した(乙2)。
(4) b漁協の組合員に対する融資
b漁協は、そのころ、本件貸付金を財源として、同漁協所属の特定の漁業者(以下「本件組合員」という。)に対し、1000万円を融資した。
3 当事者の主張
【原告の主張】
(1) 本件貸付の違法性
ア 本件貸付が恣意的で不公正なものであること
a町は、b漁協との間で災害対策資金の貸付制度について協議する中で、本件申請に係る1000万円を含む補正予算可決成立前であったにもかかわらず、不透明にも同漁協に対し、すでに本件規則を制定して本件貸付を実行することを約していた。
本件規則上、公募制度はなく、b漁協以外の団体は貸付を受ける旨の申請ができないようになっていた。また、本件貸付の唯一の目的は、a町がb漁協を通じて本件組合員に融資することであった。しかも、a町は、本件組合員の資金使途や返済能力等の審査をせず、b漁協に対しては担保の設定を求めることもなく、法的根拠の不明確な本件確約書を提出させただけで本件貸付を実行した。
このような本件貸付は、恣意的で不公正なものであり、違法な公金の支出というべきである。
イ たび重なる手続上の瑕疵があること
第1に、本件貸付の根拠となる本件規則は、交付日の記載が欠けており、適法に公布されたとはいえないから、その効力を発していない。
第2に、b漁協は、総会で毎事業年度内における借入金の最高限度額を総会の議決で定めなければ、借入をすることができない(水産業協同組合法48条1項7号、b漁業協同組合定款(甲12)38条1項4号)。しかし、本件貸付がされた事業年度にはこれを定めていないから、本件貸付は、目的外の借入であり無効である。
なお、b漁協は、総会において、災害対策資金を借り入れる旨の定款変更をすることを決議しているが、理事や理事長が恣意的な借入をすることを禁止する上記定款条項の趣旨に照らすと、この決議を借入限度額の定めに代えることはできない。また、仮にこれができたとしても、この定款変更は、本件貸付の時点では未だ認可されておらず、その効力を生じていないから、本件貸付が目的外の借入であることに変わりはない。
第3に、本件申請をすることを決議した理事会は、その定足数(同定款49条の3)を満たしておらず、同決議は無効であるから、これに基づく本件貸付もまた当然無効となる。
(2) そのほかの要件について
ア 被告らに故意または重過失があること
被告らは、上記(1)のとおり、本件貸付は恣意的で不公正なものであり、また、たび重なる手続上の瑕疵があることを認識し、または、わずかな注意を払えばこれを認識し得たのにこれを怠り、支出負担行為等をし、もしくはその決裁に関与した。したがって、被告らに故意または重過失があることは明らかである。
イ 損害の発生
b漁協は、a町に対し、本件申請をするとの理事会決議が無効であることなどを理由に、本件貸付の効果は同漁協に帰属しないと主張して(甲21・別紙5)、その返済義務を争っている。また、仮に上記効果が帰属するとしても、本件組合員が融資金を確実に返済するとは考えにくいし、b漁協自体も見るべき財産を有しないのに、a町は、同漁協との間で何らの担保も設定していない。そうすると、本件貸付金は回収の見込みがないから、a町には本件貸付金相当1000万円の損害の発生が認められる。
【被告の主張】
(1) 本件貸付の適法性
ア 本件貸付が恣意的で不公正なものではないこと
a町は、台風による災害という特別の事情のもと、町の基幹産業である漁業の保護と町予算の適切な執行との均衡を図るため、b漁協との間で協議をして貸付条件等を検討した。そのうえで、本件規則を制定し、議会における補正予算案の可決を経て本件申請を受け、これに基づきb漁協に対し本件貸付を実行したのである。
本件貸付の目的が、a町がb漁協を通じて本件組合員に融資することであったとしても、貸付先はあくまでb漁協であり、同漁協が災害対策資金をどの組合員に対しどのように融資するかは、その内部問題であるにすぎない。
また、a町は、本件貸付の返済が滞ることを避けるために、上記協議において、借入希望額2000万円を半分の1000万円に抑えるとともに、返済方法を初回まで1年以上据え置き5年の分割払いと定めて、貸付の際には、本件確約書を提出させるなどの対策を講じている。
このような経緯等によれば、本件貸付は恣意的で不公正なものではない。
イ 手続上の瑕疵がないこと
第1に、本件規則は、適法に公布されたものである。
第2に、b漁協は、本件貸付がされた事業年度には借入金の最高限度額を定めていないが、総会において、災害対策資金を借り入れる旨の定款変更をすることを決議したのであるから、上記限度額を定めていないからといって、本件貸付が目的外のものとなるわけではない。
第3に、本件申請をすることを決議した理事会決議に瑕疵があったとしても、b漁協が同申請をすることは、その後の上記定款変更の総会決議において、組合員の総意をもって追認されたから、この瑕疵は治癒されたというべきである。
(2) そのほかの要件について
ア 被告らに故意または重過失がないこと
本件貸付が恣意的で不公正なものではないし、本件貸付を受けたb漁協に手続上の瑕疵はなく、または、その瑕疵は治癒されたから、被告らに故意または重過失はない。
イ 損害は発生していないこと
本件貸付の返済の初回期限は平成26年3月31日であり、現在は期限が未到来であるから、a町の損害の発生はないことが明らかである。
第3当裁判所の判断
1 本件貸付が違法な公金の支出であるか否かについて
(1) 本件貸付が恣意的で不公正なものであるか否か
ア 原告の主張は、要するに、平成23年7月の台風6号により多数の漁業者に被害が生じたのに、a町は、特定の漁業者(本件組合員)だけに融資をする目的で、b漁協との間で事前に不透明な協議をしたり、本件規則の制定、本件申請の受理等、体裁を整えたりしたうえで、担保の設定を求めることもなく本件貸付を実行しているが、これは恣意的で不公正であるというものである。
イ しかし、前記前提となる事実(以下「前記事実」という。)(2)イのとおり、被告は、9月27日の町議会において、上記被害を受けた漁業者個人に対して災害対策資金を貸し付けることは考えていないが、漁業協同組合等の団体に対する同資金の貸付制度の創設を検討している旨表明し、次いで、11月7日の町議会においては、本件貸付が、本件確約書の提出を受けることを条件に上記被害だけに適用される限定的なものであり、本件申請に係る1000万円は、当時の情勢下では町の水産業の振興等のために、債権者・債務者双方にとって「ギリギリの額」と判断している旨発言した(甲22・3枚目)。11月7日の町議会においては、本件申請に係る1000万円を含む補正予算案が全会一致で可決された(前記事実(3)イ)。そして、a町は、b漁協との間の協議において、その借入希望額をできる限り抑え、無利息として、返済方法は初回まで1年以上据え置き5年の分割払いという比較的軽いものとしている(前記事実(3)オ、甲7、18、弁論の全趣旨)。これらの事実によれば、a町は、台風による災害という特別の事情のもと、町の基幹産業である漁業の保護と町予算の適切な執行との均衡を図るため、b漁協との間で協議をして貸付条件等を検討し、そのうえで、本件規則を制定するなどしたということができるのであり、そうすると、本件貸付に至る経緯等が、不透明であるとか体裁を整えたにすぎないものであるなどとはいえない。
また、a町がb漁協に対し、物的ないし人的担保の設定を求めていないことは明らかに争いがない。しかし、本件規則上、a町にその設定義務は課されていないし、本件確約書は、b漁協に対し、本件貸付に係る返済義務の履行を間接的に促すものといえるから、この点に問題はない。
さらに、前記事実(2)、(3)の一連の経緯によれば、本件貸付の目的が本件組合員への融資にあったとしても、a町はこのことを踏まえて、上記のとおり、貸付先を団体であるb漁協としたうえ、本件確約書を提出させるなどして、本件貸付の返済が滞ることを避けるために、対策を講じたものと考えられる。
ウ 以上によれば、本件貸付は、恣意的で不公正なものであるとはいえず、この判断に反する原告の主張は、ただちに採用することができない。
(2) 手続上の瑕疵があるか否か
ア 弁論の全趣旨によれば、本件規則が公布されたことは明らかであり、これが適法に公布されていないという原告の主張は、もとより失当である。
イ b漁協は、総会で毎事業年度内における借入金の最高限度額を総会の議決で定めなければ、借入をすることができないが、本件貸付がされた事業年度にはこれを定めていない(明らかに争いがない。)。
しかし、本件貸付が、本件確約書の提出を受けることを条件に台風6号の被害だけに適用される限定的なものであること(上記(1)イ)、b漁協は、総会において、災害対策資金を借り入れる旨の定款変更をすることを決議しており(前記事実(3)ウ)、これにより同漁協は、定款上、本件貸付を受けられるようになったこと、この総会決議は、本件申請の翌日にされたものであり、借入金の最高限度額を1000万円と定めたものと同視し得ることなどに照らすと、本件貸付は目的外のものとはいえず、そこに手続上の瑕疵があるとは認められない。
本件貸付は、知事が上記定款変更を認可する前に実行されているが(前記事実(3)オ、カ)、前記(1)イで判示した諸事情を考慮すると、このことをもって本件貸付が手続上の瑕疵があり無効であるというのは相当でない。
ウ 次に、前記事実(3)ウ、証拠(甲11、21)と弁論の全趣旨によれば、b漁協は、平成23年11月3日、「定足数に足る理事の出席があった」として開催された理事会において、本件申請をすることを決議し、その旨の議事録が作成されたこと、しかし、同理事会については、その後の調査において2名の理事の出席がなく、定足数を満たしていないとの指摘を受けていること、b漁協は、11月9日、総会において、災害対策資金を借り入れる旨の定款変更をすることを決議したが、この総会では、一部の組合員が、理事の人数が不足しており理事の決定も事業遂行もすべてが無効となりかねないとの問題提起をした(しようとした)ことが認められる。
これらの事実によれば、11月3日の理事会決議には手続上の瑕疵があるという可能性がある。そして、仮に上記問題提起が正当なものであった場合には、11月9日の総会決議は、それ自体無効の疑いも生じるから、上記瑕疵が同総会において、組合員の総意をもって追認されたとはいい難い。
エ そうすると、本件貸付は、上記の場合には手続上の瑕疵があるとも考えられるのであり、この点において違法な公金の支出という余地がある。
2 そのほかの要件の有無について
(1) 被告らに故意または重過失があるか否か
上記1(2)エのとおり、本件貸付は手続上の瑕疵があるとも考えられるのであり、この点において違法な公金の支出という余地がある。しかし、仮にそうだとしても、被告らが本件支出負担行為等をし、またはその決裁に関与するに当たり、その違法性を認識していたと認めるに足りる証拠はない。また、この瑕疵はb漁協の理事の資格に係る問題であり、外部からは容易に判明しないことであるし、本件申請をすることを決議した旨の理事会議事録(甲11)も存在するのであるから、被告らがわずかな注意を払えばこの瑕疵を認識し得たと認めることもできない。
したがって、本件支出負担行為等について、被告らに故意または重過失があるとは認められない。
(2) 損害の発生の有無
現在、本件貸付は返済の初回期限が未到来であり、その回収の見込みがないなどとはいえないから、a町の損害の発生は認められない。
3 判断のまとめ
上記1、2で判示したところによれば、本件支出負担行為等について、被告らが損害賠償責任を負うものではない。
以上のとおりであるから、原告の請求は理由がない。したがって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田典浩 裁判官 名島亨卓 髙橋憲太)