高知地方裁判所 平成25年(ワ)208号 判決 2014年9月10日
原告
X社
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
岩﨑淳司
同
林良太
被告
Y1
被告
Y2
上記各訴訟代理人弁護士
松本隆之
同
川竹佳子
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは、原告に対し、連帯して、2300万2753円及びこれに対する平成23年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案
本件は、原告が、a有限会社(以下「本件会社」という。)の取締役であった被告らに対し、会社法429条1項及び同法430条に基づき、連帯して、賠償金2300万2753円及びこれに対する本件会社の破産手続開始決定日たる平成23年11月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠により明白な事実)
(1) 当事者等
原告は、陸舶用機関の製造修理を主たる業とする特例有限会社であり、本件会社は、b市<以下省略>に本店を置き、機船底曳網漁業を目的とする特例有限会社であった(甲1、弁論の全趣旨)。具体的には、本件会社は、漁船「○○丸」(以下「本件漁船」という。)を所有し、毎年9月から翌年4月までを漁期として、上記漁業を営んでいた(争いがない。)。
被告Y1は、昭和62年4月30日から本件会社が破産手続開始決定を受けた平成23年11月21日までの間、同社の代表取締役として、本件漁船の点検、整備なども含めて、同社の経営全般を統括担当していた(被告Y1本人4~6項、甲1、甲9)。被告Y2は、平成20年1月19日から平成23年11月21日までの間、本件会社の取締役として、父である被告Y1を補助しながら、同社の支払や銀行借入れなどの職務を行っていた(被告Y2本人6、7、104~106項、乙6)。
(2) 原告と本件会社との取引関係
原告は、昭和62年頃以降、本件会社から、本件漁船の整備の注文を受けるようになり、平成23年4月頃まで、同整備を請け負っていた(争いがない。)。
(3) 本件会社の破産手続開始決定と原告の整備代金債権
本件会社は、平成20年度(同年6月1日~平成21年5月31日まで、以下各年度について同じ)末において、2068万1959円の債務超過状態にあった(甲5)。本件会社は、平成23年11月21日、高知地方裁判所において、破産手続開始決定を受け、平成24年12月12日、同手続は終結した。
原告は、同手続開始決定時において、本件会社に対する整備代金債権2337万1153円を有しており、同手続において、36万8400円の配当を受けたが、上記手続の終結に伴い、その余の2300万2753円が回収不能となった。(以上、争いがない。)
3 争点及びこれについての当事者の主張
本件の争点は、①被告Y1の悪意又は重過失による任務け怠(以下「注意義務違反」という。)の有無(争点1)、②被告Y2の注意義務違反の有無(争点2)、③原告の受けた損害の内容や額(争点3)である。
(1) 争点1
【原告】
被告Y1は、本件会社に対する善管注意義務を負うべき代表取締役であったが、平成20年1月1日以降、できる限り早い時点で、会社債権者たる原告との取引を中止し、その債務を弁済した上で、本件会社を清算するなどして、事業を整理すべき注意義務を負っていた。本件会社は、平成18年度末、768万7479円の債務超過の状態にあり、それ以降、経営状態が改善する見込みはなかった。これは、平成19年度以降、売上高の減少や損失の拡大により本件会社の債務超過額が増加していることからも明らかである。特に、平成17年度以降、本件会社の原告に対する整備代金(以下「買掛金」ともいう。)は未払の状態が続き、平成18年度末には、原告に対する買掛金残高は1769万6274円に達し、支払は常時遅れた状態にあって、それ以降、期末の買掛金残高は増加していった。被告Y1は、このような本件会社の経営状態を当然熟知していた。
それにもかかわらず、被告Y1は、原告に対する弁済の見込みがないまま、平成20年1月1日以降、原告との取引を漫然と継続した結果、本件会社の破産手続開始決定の申立時、本件会社の原告に対する買掛金残高は2337万1153円に達し、配当があった部分を除き、回収不能となった。このように、被告Y1には注意義務違反があった。
他方、被告らは、天候不良など、被告らが予見できない事情により、急激に売上高が減少したと主張するが、上記のとおり、本件会社の売上高は次第に減少しており、被告らの予見できない事情で売上高が減少したとはいえない。被告らが、第三者に対する賃貸や銀行融資により、本件会社の原告に対する買掛金を支払う計画があったと主張する点も、その計画は、具体性、合理性を欠いていた。被告らは、原告が1500万円の一括返済による買掛金の清算合意を破棄したと主張するが、このような事実はなく、確かに原告は800万円の値引きに応じたが、被告Y1が、800万円の値引きに加えて、更に37万1153円の値引きを強硬に主張し、結局、最終合意に至らなかった。以上のとおり、被告らの主張は、すべて失当である。
【被告ら】
被告Y1が、平成20年1月1日以降、原告との取引を中止し、事業を整理すべき注意義務を負担していたと認めるべき根拠はない。本件会社の帳簿上の債務額が増加した理由は、平成17年度の会計処理方法の変更に伴い、定期的に減価償却費を計上し、その結果、売上総利益が減少したことによるものであり、漁による水揚高すなわち本件会社の売上高は、漁に出られる限り、一定額の確保が期待できた。そのために、本件会社は、毎期、漁期開始の1か月前である8月までに、原告に依頼して本件漁船を整備しなければならず、原告に対する買掛金の支払をするためにも、本件漁船の整備が必須であった。また、本件会社は、平成19年度まで、原告に対し、毎期、一定額の整備代金を支払い、その買掛金残高は、おおむね1700万円程度の残高で推移していた。
それ以降も、被告Y1は、同程度の売上高を見込んでいたが、平成21年度以降、区域違反による操業停止処分を受けたり、予見できない天候不良があったりしたために、漁に出られない期間があり、売上高が落ち込み、原告に対する買掛金残高も増加した。しかしながら、翌期以降、一定の売上高が見込まれる以上、買掛金の支払をする見通しがあり、原告との取引を中止し、事業を止めなければならない状況にはなかった。
もっとも、平成22年度には、予見できない船員の死亡事故が発生し、漁に出られなくなり、売上高が減少した。このような状況を受けて、被告Y1は、本件会社の整理に向けて、本件漁船の漁労長をしていたB(以下「B」という。)に本件漁船を賃貸し、賃料を得る方法を検討し、原告に対する買掛金を支払うために原告と支払額を交渉したり、銀行と融資交渉をしたりしたが、原告から、1500万円を支払うとの合意を破棄され、やむを得ず、破産手続開始決定の申立てに至った。
以上のとおり、被告Y1は、本件会社の代表取締役として、本件会社の事業の継続や原告に対する買掛金の支払に向けて、必要な努力を行っており、上記のとおり、実際に事業の整理に着手する平成22年度のその時点まで、原告との取引を中止し、事業を整理しなければならない状況になく、これをしなかったことが注意義務違反に当たるということはできない。
(2) 争点2
【原告】
前記(1)のとおり、本件会社は債務超過状態にあり、原告に対する買掛金を支払える状況になく、被告Y2は、このような状態を認識し、当然、被告Y1に、原告との取引を中止するよう監視すべき義務を負っていた。それにもかかわらず、被告Y2は、被告Y1が原告との取引を継続することを黙認し、原告に損害を生じさせたものであって、悪意又は重大な過失により注意義務(監視義務)に違反した。
【被告Y2】
被告Y1の注意義務違反が認められない以上、被告Y2に、注意義務違反は認められない。
(3) 争点3
【原告】
被告らの注意義務違反により、原告は、回収不能となった整備代金債権額(買掛金残高)2300万2753円の損害を受けた。なお、平成20年以降、被告らが原告との取引を中止し、銀行から融資を受けるなどすれば、それ以上、買掛金残高が増額することもなく、平成19年度末での買掛金1479万1618円も支払ができたのであって、上記買掛金残高全額が損害となる。
【被告ら】
原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 争点1に係る事実関係
前記前提事実と証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 平成18年度末までの本件会社の経営状況等
ア 前記前提事実(1)、(2)のとおり、本件会社は、本件漁船を所有し、毎年9月から翌年4月までを漁期としていた。そのため、原告は、その漁期の開始前に本件漁船の整備をする必要があり、昭和62年以降、これを原告に依頼していた(被告Y1本人7~9項、175~177項)。
イ 平成17年度末の本件会社の決算をみると、貸借対照表上、13万6527円の債務超過の状態にあり、損益計算書上、売上高7620万2554円、売上総利益1203万0017円、営業利益200万3553円を計上するほか、当期純利益124万6441円を計上していた(甲2・4、5枚目)。
同期末の本件会社の原告に対する買掛金残高は1783万6557円である(甲2・8枚目)が、本件会社は、原告に対し、同期中の平成17年10月3日、50万円を支払うほか、同期中の同年12月24日、それぞれ支払期限を平成18年9月から同年12月までの各末日(ただし、12月は30日を末日とする。以下、手形の支払期限に関しては同じである。)とする合計300万円の手形4通を振り出し、同期中の平成18年4月27日、それぞれ支払期限を平成19年1月から同年4月までの各末日とする合計320万円の手形4通を振り出した(乙1の3)。また、同期中、本件会社は、原告に対し、本件漁船の整備を依頼し、751万9443円の買掛金が発生した(乙1の3)。
ウ 平成18年度末の本件会社の決算をみると、貸借対照表上、768万7479円の債務超過の状態にあり、損益計算書上、売上高6519万5609円、売上総利益132万2644円、営業損失767万3651円を計上するほか、当期純損失755万0952円を計上していた(甲3・4、5枚目)。
同期末の本件会社の原告に対する買掛金残高は、1769万6274円である(甲3・8枚目)が、本件会社は、原告に対し、同期中の平成18年8月10日、150万円を支払うほか、同期中の同年12月18日、それぞれ支払期限を平成19年9月から同年12月までの各末日とする合計360万円の手形4通を振り出し、同期中の平成19年5月1日、それぞれ支払期限を平成20年1月から4月までの各末日とする合計400万円の手形4通を振り出した(被告Y1本人10、12~16項、乙1の4)。また、同期中、本件会社は、原告に対し、本件漁船の整備を依頼し、895万9717円の買掛金が発生した(乙1の4)。
エ この頃以降、被告Y1は、本件会社から、役員報酬を受けていなかった(被告Y1本人156~158項)。
(2) 平成19年度、平成20年度の本件会社の経営状況等
ア 平成19年度末の本件会社の決算をみると、貸借対照表上、1300万4580円の債務超過の状態にあり、損益計算書上、売上高7137万7154円、売上総利益390万1316円、営業損失536万5169円を計上するほか、当期純損失531万7101円を計上していた(甲4・3、4枚目)。
同期末の本件会社の原告に対する買掛金残高は、1479万1618円である(甲4・7枚目)が、本件会社は、原告に対し、同期中の平成19年12月24日、それぞれ支払期限を平成20年9月から同年12月までの各末日とする合計360万円の手形4通を振り出し、同期中の平成20年5月13日、それぞれ支払期限を平成21年1月から4月までの各末日とする合計400万円の手形4通を振り出した(乙1の5)。また、同期中、本件会社は、原告に対し、本件漁船の整備を依頼し、469万5344円の買掛金が発生した(乙1の5)。
イ 平成20年度末の本件会社の決算をみると、貸借対照表上、2068万1959円の債務超過の状態にあり、損益計算書上、売上高6615万4786円、売上総利益73万0789円、営業損失749万2886円を計上するほか、当期純損失767万7379円を計上していた(甲5・4、5枚目)。
同期末の本件会社の原告に対する買掛金残高は、1729万8837円である(甲5・8枚目)が、本件会社は、原告に対し、同期中の平成20年12月19日、それぞれ支払期限を平成21年9月から同年12月までの各末日とする合計360万円の手形4通を振り出し、同期中の平成21年5月15日、それぞれ支払期限を平成22年1月から4月までの各末日とする合計360万円の手形4通を振り出した(被告Y1本人10、12~16項、乙1の6)。また、同期中、本件会社は、原告に対し、本件漁船の整備を依頼し、970万7219円の買掛金が発生した(甲16~甲18、乙1の6)。
(3) 平成21年度、平成22年度の本件会社の経営状況等
ア 平成21年度末の本件会社の決算をみると、貸借対照表上、3349万7906円の債務超過の状態にあり、損益計算書上、売上高4684万2446円、売上総損失687万2150円、営業損失1303万2179円を計上するほか、当期純損失1281万5947円を計上していた(甲6・4、5枚目)。
同期末の本件会社の原告に対する買掛金残高は、少なくとも2299万9421円である(甲6・8枚目、甲20)が、本件会社は、原告に対し、同期中に修理代金の支払をしなかった(乙1の7)。その理由として、平成21年9月に徳島沖での区域違反があり、本件会社が、平成22年4月8日から同月28日までの操業停止処分を受けるなどして、円滑な決済ができず、また、売上高(水揚高)が減少したことなどもあった(被告Y1本人53~58項、被告Y2本人20~29項、乙5・4ページ、乙6・2ページ)。他方、同期中、本件会社は、原告に対し、本件漁船の整備を依頼し、572万0584円の買掛金が発生した(甲19、甲20、乙1の7)。
イ 平成22年度末の本件会社の決算をみると、貸借対照表上、4768万0703円の債務超過の状態にあり、損益計算書上、売上高4923万2915円、売上総損失702万7979円、営業損失1404万3134円を計上するほか、当期純損失1418万2797円を計上していた(甲7・4、5枚目)。
同期末の本件会社の原告に対する買掛金残高は、2337万1153円である(甲7・13枚目)が、本件会社は、原告に対し、同期中の平成22年7月30日、それぞれ支払期限を同年10月から同年12月までの各末日とする合計300万円の手形3通を振り出し、同期中の同年12月11日、それぞれ支払期限を平成23年1月から4月までの各末日とする合計300万円の手形4通を振り出した(乙1の8)。前年度、原告に対する買掛金の支払ができていなかったため、手形の決済の時期を1年より短い期間としていた(被告Y1本人183~192項、52~62項、被告Y2本人24~32項、108~111項)。また、同期中、本件会社は、原告に対し、本件漁船の整備を依頼し、637万1732円の買掛金が発生した(甲21~甲23、乙1の8)。
ウ なお、上記平成22年度中の同年10月7日、船員の死亡事故があったほか、天候不順などの影響もあり、売上高(水揚高)が減少した(被告Y1本人70~76項)。また、船員の死亡事故以外の違反行為もあり、本件会社は、これらの事故や違反に伴う罰金や行政処分などを受けるおそれがあった(被告Y1本人79~81項、被告Y2本人38~40項、乙5)。
(4) 本件会社が破産に至る経緯等
ア 被告Y1は、前記(3)ウの状況を踏まえ、本件会社の事業を継続していくことが困難であると考えて、銀行から融資を受けて本件会社の債務を清算整理するとともに、当時、原告の漁労長であったBに本件漁船での漁業を営むことの許可を取得させて、本件漁船を賃貸し、その賃料収入により、本件会社の銀行に対する債務の返済に充てることを考えた(被告Y1本人83~85項、被告Y2本人42~47項、乙5・2ページ)。
被告Y1は、原告と交渉し、1500万円を一括で支払うことにより、原告に対する買掛金残高を清算する方向での協議を進めるとともに、被告Y2に、銀行から1500万円の融資を受けるための交渉をさせることとした(被告Y1本人86~93項)。また、Bは、本件漁船による漁を営むために、本件漁船での漁業を前提とする漁業許可証の交付を受けた(乙4)。
被告Y2は、平成23年8月8日、株式会社高知銀行(以下「高知銀行」という。)に融資を相談し、同月10日、同行に対し、原告に対する上記買掛金の清算のために、1500万円の融資を申し込んだ(被告Y2本人53、54項、乙4)。
イ この頃、原告は、被告Y1に対し、平成23年8月中に、一括で買掛金を支払うことを条件に、買掛金残高のうち800万円の値引きに応ずる旨回答したが、被告Y1は、原告に対し、1500万円と前記(3)イの買掛金残高2337万1153円との差額分37万1153円について、更に値引きを求めたため、原告は更なる値引きに応じられないと回答し、結局、交渉はまとまらなかった(被告Y1本人93~105項、被告Y2本人57~61項、乙5・2、3ページ)。
ウ 被告らは、このままでは本件漁船を整備できず、出漁も困難なため、本件会社の事業を継続することが事実上不可能となったと判断し、平成23年8月31日、高知銀行に対し、融資の申込みを撤回するとともに、同年9月には、本件会社の事業継続を断念し、同社を倒産させることとした(被告Y1本人106、107項、112~116項、被告Y2本人62~68項)。
エ 前記前提事実(3)のとおり、本件会社は、高知地方裁判所に破産手続開始決定の申立てをし、平成23年11月21日、同裁判所において、破産手続開始決定を受け、平成24年12月12日、同手続は終結した。なお、平成23年9月20日時点で、本件会社は、5640万9047円の債務超過の状態にあって、会社債権者としては、原告が、本件会社に対して、2337万1153円の債権を有するほか、被告らも、合計約4000万円の貸付金債権を有していた(甲8)。
2 争点1について
(1) 役員の悪意又は重過失による任務け怠と経営判断
本件においては、被告らが、債務超過の状態にある本件会社の取締役として、同社の事業を継続させるかどうか、同社の再建や清算などの可否も検討した上で、主たる会社債権者であった原告との取引を中止し、本件会社の事業を整理すべき注意義務(善管注意義務)に違反したかどうかが争点となるところ、このような会社の事業を整理(廃業)するかどうか、整理する場合の時期や方法などをどのようにするかといった判断を行うに当たっては、当該企業の経営者である取締役としては、当該企業の業種業態、損益や資金繰りの状況、赤字解消や債務の弁済の見込みなどを総合的に考慮判断し、事業の継続又は整理によるメリットとデメリットを慎重に比較検討し、企業経営者としての専門的、予測的、政策的な総合判断を行うことが要求されるというべきである。
もっとも、このような判断は、将来予測も含んだ、いわゆる経営判断にほかならないから、取締役には一定の裁量判断が認められ、その裁量判断を逸脱した場合に善管注意義務違反が認められるが、その違反の有無については、その判断の過程(情報の収集、その分析・検討)と内容に著しく不合理な点があるかどうかという観点から、審査されるべきである。また、その際には、取締役の第三者に対する損害賠償責任を定める会社法429条1項が、単なる任務のけ怠ではなく、「悪意又は重大な過失」に限定している点も十分に斟酌すべきである。
そして、原告は、平成20年1月1日以降、被告Y1に、原告に対する支払をした上で、その取引を中止し、本件会社を整理すべき注意義務がある旨主張するので、以下、各期における被告Y1の判断の是非を検討する。
(2) 平成19年度末及び平成20年度末までにおける本件会社の事業の継続に係る被告らの判断の是非
ア 前記1(1)イ、ウ、同(2)のとおり、平成17年度末から平成20年度末までの本件会社の決算の状況をみる限り、売上高は6500万円以上あったものの、平成19年度末及び平成20年度末のいずれも、純利益が計上できず、同年度末には、債務超過額が2000万円以上に達している状況からみて、本件会社の事業を単に継続し、これによる再建を図ることは困難な状況にあったといわざるを得ない。
イ 他方、本件会社の原告に対する買掛金の支払状況(資金繰りの状況)を検討すると、前記1(1)イ、ウ、同(2)のとおり、平成17年度末から平成20年度末までの間、支払手形の振出分を含めて、期中に670万円~910万円の支払をしていたことが認められる。また、平成17年度末から平成20年度末までの間、本件会社の原告に対する買掛金残高は、一時減少した平成17年度を除き、おおむね1700万円台で推移していたことに照らせば、その支払に係る手当(資金繰り)はできていたと認められる。
このような資金繰りの状況にかんがみると、平成20年度末までの段階で、被告らが、本件会社の事業継続を断念し、整理を検討すべき状況にあったと認めることはできないというべきである。かえって、前記1(2)アのとおり、少なくとも、平成19年度末(平成20年5月31日時点)において、原告の本件会社に対する買掛金残高が1479万1618円に減少したことがあったことも踏まえると、一定の売上高を見込んで買掛金を減少させるために、本件漁船の操業を続けることが、著しく不合理な判断であるということもできない。
ウ なお、被告Y1は、原告に対する支払手形の決済資金について、本件会社の売上から手当しており、出漁すれば、毎月800万円程度の売上高を見込めたから、支払をすることは十分可能であった旨述べている(被告Y1本人32~45項)。これ自体は、前記1(1)ア、イ、同(2)のとおり、平成20年度までの売上高をみる限り、おおむね月額800万円程度を維持しており(売上高約6500万円に対し、同(1)アの漁期8か月で除した。)、当時の判断としては直ちに不合理なものとはいえないし、また、本件会社の各期の損益計算書及び漁撈原価報告書等をみる限り、本件漁船の整備や修理に係る損益は、漁撈経費中の減価償却費や修繕費などに計上され、売上原価に組み込まれていると考えられ(甲2~甲7の各期の漁撈原価報告書、乙7)、損益ベースでみても、売上高がある限り、原告に対する買掛金の支払ができたとする被告Y1の判断にも相応の裏付けがあることが認められ、一定の売上高を見込み、本件会社の整理を急がなかった被告Y1の判断が著しく不合理なものであったということもできない。
エ そして、本件会社の事業を継続する場合、前記1(1)アのとおり、本件会社は、本件漁船による底曳網業を営んでいたが、これ以外に収益を上げる手段方法を有していたとは認められず、かつ、本件漁船を操業させるためには、本件漁船の整備等が必要であって、本件会社の事業すなわち本件漁船による底曳網業を継続する限り、原告に整備等を依頼せざるを得ない状況にあったと認められる。
オ 以上のとおり、本件会社の事業の内容、売上高の状況、本件会社の原告に対する買掛金の支払状況(資金繰りの状況)などをみる限り、平成20年度末までに本件会社の整理を検討決定しなかった被告Y1の判断の過程及び内容が著しく不合理なものということはできず、この段階までに、結局、被告Y1に注意義務違反があったと認めることはできないというべきである。
(3) 平成21年度末及び平成22年度末又は破産開始決定までにおける本件会社の整理の実施に係る被告らの判断の是非
ア 前記1(3)ア、イのとおり、平成21年度末及び平成22年度、売上高が4000万円台に減少した結果、売上総利益(粗利)も計上できない状態になり、平成22年度末、本件会社は、4768万0703円の債務超過の状態に陥っており、しかも、平成21年度においては、本件会社は、買掛金の支払をしておらず、このような状況を踏まえると、結果的・事後的見地からすると、本件会社の再建は極めて困難な状況にあって、一定の時期において、本件会社を廃業させる方向での検討が必要な状況にあったこと自体は否めないというべきである。
イ しかしながら、前記1(3)アのとおり、買掛金の支払がされていない平成21年度においても、その原因は、本件漁船の区域違反による操業停止処分があったり、売上高が少なくなったりしたことによるものと認められるが、これらの事情は、例えば、同年度初めに予測できるものとは認められないし、前記1(3)イのとおり、平成22年度末において、本件会社は、従前よりも支払期限を短くした支払手形の振出をしており、早期の支払を企図していたことが認められることや本件会社が破産手続開始決定の申立てに至るまでの間、原告が、本件会社に対し、買掛金残高全額について、一括返済を求めた形跡を認めることはできないこと、平成17年度以降平成22年度までの間、本件会社の原告に対する買掛金残高は、一時減少した平成17年度と増加した平成21年度を除き、おおむね1700万円台で推移していたことに照らせば、本件会社の資金繰りが行き詰まっていたと認めることはできない。
そして、前記(2)ウのとおり、売上高がある限り、原告に対する買掛金の支払がある程度できたということができ【なお、前記1(3)ア、イのとおり、平成21年度末及び平成22年度末の売上高をみる限り、月額約600万円弱(前記1(3)ア、イの売上高は、約4600万円~4900万円程度であり、同(1)アの漁期8か月で除した。)にとどまり、事後的・結果的には、見通しが十分ではなかったといえるものの同(3)ア、ウのとおり、この売上高の減少は、天候不順などの影響もあるほか、本件漁船の区域違反による操業停止処分や船員の死亡事故などの影響も受けていたこと自体を否定できず、売上高の減少それ自体が、各期初に予見できたものとは認め難い。】、前記1(2)アのとおり、少なくとも、平成19年度末(平成20年5月31日時点)において、原告の本件会社に対する買掛金残高が1479万1618円に減少したことがあったことも踏まえると、一定の売上高を見込んで、買掛金を減少させるために本件会社の事業(本件漁船の操業)を続けることが、著しく不合理な判断であるということもできない。
ウ また、前記1(4)ア、イのとおり、平成23年度になり、被告らは、遅くとも同年8月頃には、本件会社の事業の整理を検討し、当時、原告の漁労長であったBに本件漁船での漁業を営むことの許可を取得させて、本件漁船を賃貸し、その賃料収入により、本件会社の銀行に対する債務の返済に充てることとした上で、高知銀行と融資交渉を進めるとともに、原告に対する買掛金の支払の交渉をしている。この点、前記1(4)イのとおり、原告側もいったんは800万円の値引き自体には了解していること、同ア、ウのとおり、被告Y2が高知銀行に融資を申し込んだ平成23年8月10日から同月31日に融資の申込みを撤回するまでの間、高知銀行が本件会社に対する融資を拒絶した形跡がなく、融資実行の可能性が低かったとはいえないことなどを考慮すると、同年度における本件会社の清算整理の計画は相応の具体性、合理性を備えたものと評価でき、少なくとも、同年8月まで本件会社の清算整理を検討しなかった被告ら特に被告Y1の判断が著しく不合理なものと評価することはできない。
そして、前記(4)ウ、エのとおり、結果的に、上記計画を実現できず、破産手続開始に至ったものであって、もとより、その結果をもって、上記事業整理の計画が不合理であるとか、この点に係る被告Y1の判断が著しく不合理であるということはできない。
エ 以上のとおり、本件会社の資産や損益の状況をみる限り、一定の時期において、本件会社の清算整理を検討すべき状況にあったにせよ、本件会社の事業の内容、本件会社の原告に対する買掛金の支払状況(資金繰りの状況)、平成23年度における本件会社の清算整理の計画の内容などをみる限り、結局、同年8月までに本件会社の事業の整理を検討決定しなかった被告Y1の判断の過程及び内容が著しく不合理なものということはできず、結局、被告Y1に注意義務違反があったと認めることはできないというべきである。
3 結論
よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条により、主文のとおり判決する。
(裁判官 名島亨卓)