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高知地方裁判所 平成25年(ワ)35号 判決 2014年10月08日

主文

1  被告は、原告に対し、305万1000円及びこれに対する平成25年2月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを10分し、その8を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1原告の請求

被告は、原告に対し、335万1000円及びこれに対する平成25年2月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、原告が、落雷によりパソコン等が損傷し、損害が発生したなどと主張して、被告に対し、保険金請求権に基づき、335万1000円及びこれに対する平成25年2月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実

(1)  原告は、平成23年6月3日、被告との間で、以下の内容の店舗総合保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した(争いがない)。

ア 保険期間 平成23年6月5日午後4時から平成24年6月5日午後4時

イ 保険の対象の所在地 原告住所地

ウ 保険の対象と保険金額

建物 2500万円

什器・備品等 1000万円

商品原材料等 1000万円

(2)  本件契約に適用のある店舗総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)には、「当会社(被告)は、次のいずれかに該当する事故によって保険の対象について生じた損害に対して、この約款に従い、損害保険金を支払います。」との条項があり、上記事故の一つとして「落雷」が掲げられている(甲2。1条1項)。

本件約款には、被告が上記条項の損害保険金として支払うべき損害の額は、時価額によって定める旨の条項がある(甲2。4条1項)。

(3)  原告と被告は、本件契約を締結するにあたり、別紙の覚書(以下「本件覚書」という。)を取り交わした。

(4)  被告は、本件契約を締結する際に、原告に対し、瞬時電圧低下による損害は、本件契約の補償の対象外である旨を説明していない。

(5)  平成24年5月9日高知市周辺で落雷(以下「本件落雷」という。)が発生し、同日昼頃、原告住所地所在の事務所(以下「原告事務所」という。)の電圧が不安定となった。原告事務所内にあったパソコンの外付けハードディスクが損傷したところ(以下「本件損傷」という。)、本件損傷は、瞬時電圧低下が原因であり、瞬時電圧低下は、本件落雷によって発生したものであった。すなわち、本件落雷が発生しなければ、瞬時電圧低下が生ずることはなく、本件損傷が発生することはなかった。

2  争点1

(1)  原告の主張

本件損傷による損害に対して本件契約に基づく保険金の支払がされるためには、本件損傷が本件落雷と相当因果関係のある損害であるということができる必要がある。

落雷がもたらす瞬時電圧低下は、直撃雷・サージと並んで、落雷によるリスクとして広く認知されている。本件損傷は、本件落雷によってもたらされたものであり、本件落雷から通常想定し得る瞬時電圧低下を原因とするものであって、本件落雷と本件損傷との間には、社会通念上、相当因果関係がある。

なお、瞬時電圧低下の場合、これにより機器に障害が発生するかは、機器の特性によって区々である。そして、本件損傷は、原告事務所に複数あったパソコンではなく、外付けハードディスクに発生したのであり、パソコンに障害が発生せず、種類の異なる外付けハードディスクのみに瞬時電圧低下に起因する障害が発生したとしても不自然ではない。

(2)  被告の主張

店舗総合保険によって補償の対象とされる「落雷による損害」は、落雷によるエネルギーを直接受けて保険の目的物が破壊された損害を担保することを想定したものである。本件損傷は、雷のエネルギーが直接パソコン等に流れ込んだことによって生じたものではなく、飽くまで瞬間的な電圧低下を直接の原因とするものであって、本件落雷は間接的な原因にすぎないこと、瞬時電圧低下は落雷だけを原因とするものではないこと、瞬時電圧低下が一般家庭の電気製品に影響を及ぼすことは稀であること、原告事務所内の他のパソコン等には異常が発生していないこと、特にデータの毀損は、たまたまハードディスクを制御するためのプログラムが書き込まれた部分が損傷したために生じたものであることなどを考慮すると、本件落雷と本件損傷との間に相当因果関係はなく、本件損傷が「落雷によって」生じたとはいえない。

3  争点2

(1)  原告の主張

本件損傷による損害は、335万1000円であり、その内訳は以下のとおりである。

① 外付けハードディスク購入代 40万0000円

② 損傷ハードディスク内のデータ復旧費用 44万1000円

③ データの損傷により必要となった給与 221万0000円

④ 弁護士費用 30万0000円

(2)  被告の主張

不知。なお、店舗総合保険はいわゆる物保険であり、情報等無体物の損害は保険の対象外である。

第3裁判所の判断

1  争点1について

(1)  被告は、店舗総合保険によって補償の対象とされる「落雷による損害」は、落雷によるエネルギーを直接受けて保険の目的物が破壊された損害を担保することを想定したものであると主張するので、検討する。

本件約款には、「当会社(被告)は、次のいずれかに該当する事故によって保険の対象について生じた損害に対して、この約款に従い、損害保険金を支払います。」との条項があり、上記事故の一つとして「落雷」が掲げられていることは、前記前提事実のとおりであるところ、この条項の文言のみからは、保険の対象が落雷によって直接破損した場合に限られるかどうかを決することはできない。そして、本件約款によれば、①風災、②雹災、③雪災によって保険の対象が損害を受け、その損害の額が20万円以上となった場合には、その損害に対して、損害保険金を支払うものとされているところ(1条2項)、この場合には、建物またはその開口部が①から③までの事故によって直接破損したために生じた場合に限ることが、約款において明記されているのに対し、落雷によって保険の対象に損害が生じた場合については、このような限定はされていないこと(甲2)、被告の「家計向け火災保険マニュアル 約款ガイド」には、「落雷による直接損害(誘導電による過電流損害を含む)を支払の対象としており、落雷により発生する間接損害は対象外となります。近隣に落雷して発生する異常電流の作用で保険の対象が損害を被る場合も誘導電による損害として支払対象となります。」との記載があるが、その記載の前に、「原則として」と記載されており(甲4)、必ずしも、落雷による直接損害に限定されているわけではないことからすれば、店舗総合保険によって補償の対象とされる「落雷による損害」は、落雷によるエネルギーを直接受けて保険の目的物が破壊された損害を担保することを想定してはいるものの、このような損害に限定されているわけではない(落雷が間接的な原因であるというだけで、当然に、保険金の支払事由に該当しないとはいえない)ものと解するのが相当である。乙4には、実際の火災保険金の査定実務の運用基準において、落雷によって生じた損害とは、落雷による直接損害を指すとの記載があるが、被告における運用の実情はその記載のとおりであるとしても、この記載によって、上記の判断が左右されるものではない。

(2)  ところで、前記前提事実によれば、本件損傷は、本件落雷により瞬時電圧低下が発生したことがその原因であるというのである。そして、証拠(甲19、乙1、2、4)によれば、瞬時電圧低下とは、送電線に落雷を受けた際に、その送電線を自動的に電力系統から切り離し、他の送電線からの送電を継続することにより、停電を防止する際に、切り離しが完了するまでに一瞬電圧が低下する現象のことをいうところ、この切り離しにかかる時間はわずか0.07~0.2秒程度であるとの事実が認められ、また、証拠(甲13~15、18、19、乙1、2)によれば、落雷により瞬時電圧低下となり、そのため、オフィスや店舗などで使用している機器の使用状況によっては、誤作動や停止などの悪影響が出ることもあるところ、このようなことは一般的にあり得る事態であり、とりわけ、ハードディスクは電圧低下に弱く、落雷による瞬時電圧低下がない場合に比べ、これがある場合にはハードディスクが破損するという事態が生ずる蓋然性は高まるとの事実が認められる。

前記前提事実によれば、本件落雷がなければ、瞬時電圧低下が生ずることはなく、本件損傷が生ずることはなかったといえる上、上記認定事実によれば、本件と離れて一般的に観察した場合でも、落雷によって瞬時電圧低下が発生し、ハードディスクが損傷するという事態が生ずる蓋然性は高まることからすれば、本件落雷と本件損傷との間には相当因果関係があるものというべきである。

この点につき、乙4には、「①落雷→②閃絡→③故障電流→④電圧低下→⑤故障除去→⑥損害発生」というメカニズムからして、落雷と損害発生は遠い関係にあるから、相当因果関係のある損害には当たらないとの記載があるが、このように分析的に記載すれば、あたかも遠い関係にあるかのように見えるが、上記認定事実によれば、本件落雷により本件損傷が発生するメカニズムは単純なものであり、時間的にも瞬間的なものであって、近い関係にあるともいえるのであるし、損害保険契約における相当因果関係の有無は、関係が遠いか否かで決すべき事柄ではないから、上記の記載は、上記の判断を左右するものではない。また、乙4には、瞬時電圧低下は電力流通設備側の事情に伴い発生するものであるから、本件落雷と本件損傷との因果関係の中断が認められるとの記載もあるが、因果関係が中断したか否かは相当因果関係の有無を決する基準として有用なものではなく、この記載の見解に依拠することはしない。

証拠(乙3、原告代表者)によれば、原告事務所には8台のパソコンがあり、そのうちの7台が本件落雷当時使用されていたこと、本件落雷当時、外付けハードディスク(サーバー)へのアクセスは控えられていたが、雷鳴収束後にサーバーにアクセスしたところ、それまで表示されていたファイルが一切表示されなくなったこと、原告事務所には、パソコンや外付けハードディスクが設置されていたが、損傷が生じたのは本件損傷を受けた外付けハードディスクのみであったこと、以上の事実が認められるが、ハードディスクに損傷が生じ、パソコンに損傷が生じなかったとしても、格別不思議なことではなく、これらの事実も、前記判断を左右するものではない。

なお、瞬時電圧低下が免責事由に該当する旨の主張立証もない。

2  争点2について

(1)  証拠(甲11、12、20、原告代表者)によれば、本件損傷に伴い、外付けハードディスクの購入費用として40万円を要したこと、損傷したハードディスク内のデータ復旧作業費用として44万1000円を要したこと、ハードディスク内にデータを保存していたところ、ハードディスクを修理に出したため、データを作成し直すために要した人件費相当額は221万円であったことが認められる。

そして、前記前提事実(1)~(3)によれば、上記の合計305万1000円は、本件契約及び本件覚書により、保険の対象について生じた損害であると認められるから、被告は、原告に対し、同額の保険金を支払うべきである。

(2)  他方、本件訴訟における弁護士費用は、本件約款1条1項所定の「保険の対象について生じた損害」であるということはできず、また、本件覚書によって、弁護士費用を「保険金を支払うべき損害の額」とする旨の合意もされていない。

3  以上によれば、原告の請求は、305万1000円及びこれに対する平成25年2月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸将利)

(別紙)特約および裏書事項

<省略>

保険契約の目的の価格に関する覚書

所在地:高知市<以下省略>

保険契約者:有限会社X 代表取締役 A

Y保険株式会社(以下「乙」という。)とは、証券番号第<省略>号に基づく火災保険契約を締結するにあたり、次の通り取り決めます。

第1条(保険の目的の範囲)

1.保険の目的の稿本、図案、設計書一式(以下「設計書」という。)とは、請負契約の成立に基づいて、甲が製作した次に掲げるもので、製作中のものを含むものとします。

(1) 野帳

(2) 設計書原図

(3) 計算書原図

(4) 報告書

(5) 写真、写真原板

(6) 上記(1)から(5)に関連して、製作過程で生じる付属資料(フロッピディスクを含みます。)

第2条(保険の目的の価格)

1.保険の目的である設計書について、火災保険普通保険約款第4条第1項にいう保険契約の目的の価格は原価計算に参入された費用項目のうち、次に掲げる費用項目の合計額とします。

(1) 給与

(2) 旅費・交通費

(3) 通信費・運搬費

(4) 消耗品費

(5) 水道・光熱費

(6) 電算費

(7) 印刷製本費

(8) 雑費

(9) 設計等受託費

2.前項の規定にかかわらず、海外物件に関する設計書については、費用項目の如何を問わず、旅費、交通費とみなされる費用をすべて含まないものとします。

第3条(損害額)

1.乙が保険金を支払うべき損害の額は、甲が保険の目的を罹災直前の状態に再製作するのに要した費用の額とします。但し、通常再製作するのに要する費用または前条により算出した保険契約の目的の価格のいずれか少ない額を限度とします。

2.海外物件に関する設計書については、前項の損害額に費用項目の如何を問わず、旅費交通費とみなされる費用はすべて含まないものとします。

3.保険金額が前条の規定による保険契約の目的の価格より少ないときは、乙は保険金額のその価格に対する割合によって保険金を支払います。

第4条(被保険者の義務)

1.保険の目的に損害が生じたときは、甲はその保険の目的を罹災直前の状態に再製作しなければなりません。但し、やむをえない事情があり、かつ、乙が承認した場合はこの限りではありません。

2.保険の目的に損害が生じたときは、甲は請負契約書によって、当該保険の目的について請負契約が有効に成立していたことを証明しなければなりません。

第5条(帳簿その他の書類の調査閲覧)

1.保険の目的に損害が生じたときは、乙は損害が生じた構内を調査しまたは甲の保管する帳簿その他の書類を閲覧することができる。

2.乙が前項の行為をした場合でも、保険契約上の権利義務これによって影響を受けないものとします。

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