高知地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決
原告 二宮周三
被告 高知県人事委員会
一、主 文
被告が昭和二十九年五月二十九日に為した原告の不利益処分審査請求却下処分は、これを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は、高知県に勤務する地方公務員であるが、昭和二十九年五月一日付を以て高知県知事川村和嘉治より、自己の意思に反して高知県庁総務課訴訟係長より土佐長岡地方事務所総務課の一係員に転任すべき旨の命令を受けたが、右命令は、右両職務の性質並に地方事務所と本庁とに対する社会的評価の程度の差異からみて、明かに原告にとつて不利益な処分に該当するうえに、原告の日頃の直言を憎む右知事の単なる個人的感情から出たものであるから、原告は同月二十五日地方公務員法第四十九条に基いて、被告に対し、これが取消並不当取扱是正のための指示を求めるため、公開の口頭審理を行つて審査されたい旨を記載した書面を提出し、以て右転任命令の審査を請求した。
二、ところが、被告は右請求について何等の審査手続を経ないで、昭和二十九年五月二十九日、次のような、右請求を却下する旨の決定をした。即ち「昭和二十九年五月二十五日付の不利益処分審査請求については不利益処分に関する審査に関する規則(昭和二十六年高知県人事委員会規則第五号)第六条第一項の規定により調査の結果、請求者が不利益処分なりとして主張する転勤処分は、人事に関する現行制度並にその運用の実状等よりして、審査の対象とすべき不利益処分に該当しないことが明瞭であるので、却下する」以上。
三、しかしながら、右決定は右規則第六条第一項の規定の解釈を誤り、原告の審査請求を受理せず、違法に原告の請求を却下した処分であるから、こゝにこれが取消を求めると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、
答弁として、
原告主張の請求原因事実一及二の各事実中、原告主張の転任命令が不利益処分であるとの点及右命令が高知県知事の個人的感情から出たものであるとの点は、いづれもこれを否認する、その他の点は、これを認める。但し、高知県においては現行制度上係長制は設けられていない。唯、事務分担上の上席者が通常事実上係長又は係主任と呼称せられているに過ぎない。原告は、本件転任後においても、右の意味における行財政係長である。
そして、本件転任命令が不利益処分でないことは、本件審査請求書の記載自体によつて明らかである。のみならず、本件審査の請求のあつた後、高知新聞紙に掲載せられた原告の言葉、即ち、「私はどうしても元のサヤに納まりたいというのではない。ただこの請求を通じて、川村知事がいかに部下職員の意見を無視し、誤を改めようとしない、非民主的な行政をやつているかを県民の一人として広く県民に知つてもらえばよい」との言葉や、本件審査請求書記載の知事の人事行政或は後任者に対する批判等から推察すると、本件審査の請求は、公平制度を濫用し、制度本来の目的を逸脱して、これを政治的闘争の場として利用しようとするものと推断せざるを得ないので、被告は、原告主張の規則第六条第一項によつて、本件審査の請求について、形式的調査のみならず、処分の内容についての調査をもした結果、本件審査の請求は、不利益処分に関する審査の対象とならないことが、あまりにも明らかであり、且つ人事委員会の使命が、一般に地方公務員の実質的利益を擁護することに在るに鑑み、かような原告の主張をそのまま口頭公開審査に移した場合においては、原告の職員としてのあり方に反すること、並にその将来にとつて好ましくない結果を招来することをも慮り、むしろこれを却下することが、原告の利益を擁護する所以であることを合せ勘案した上、本件審査の請求を受理しなかつた次第である。
尚、人事委員会は、審査請求書が提出された場合においては、形式的調査のみならず、当該事案の実質的調査をもし、これを却下又は受理することができるものであろう。通常の場合においては、審査請求書の調査は、形式的調査に限られ、その実質的内容については、当然審査の段階においてこれをすべきものであろうが、人事委員会は一方において職権により当該事案を審査する権限を与えられているので(審査について完全な当事者主義をとることは、審査の迅速、審査の経済という点からみて、到底採用できないものであろう)、受理及却下の段階においてその職権でもつて実質的な調査をし、当該処分が受理後の実質審査をまつまでもなく、明瞭なものである場合においては、これを却下することができるであろう。
と述べた(立証省略)。
三、理 由
原告が、その主張の日高知県庁総務課からその主張の地方事務所総務課に転任すべき命令を受けたこと、原告が、その主張の日被告に対し原告主張の審査の請求をしたこと、並に被告が、原告主張の日その主張の内容の却下処分をしたことは、当事者間に争のない事実である。
ところで、被告が、本件審査請求却下理由の一つとして主張するところは、本件転任命令は審査を経る迄もなく、審査請求書記載事項自体によつて、不利益処分でないことが明らかである。と謂うに在るので、先づ、この点について判断する。
凡そ、被告に対し地方公務員法第四十九条による審査の請求のあつた場合には、被告は、昭和二十六年高知県人事委員会規則第五号不利益処分に関する審査に関する規則(以下単に規則と称する)第六条第一項所定の事項について調査し、該事項について欠除又は不備の点があるときに限り、審査の請求を却下することができるが、審査の請求にかゝる処分が不利益処分であるかどうかの点については、審査手続を経た上で判定を為すべく、審査手続を経ないで、これについての調査をした上、審査の請求を受理すべきかどうかを決定すべきではないことは、地方公務員法第四十九条第五十条規則第五条第六条の規定により明らかであると謂うべきである。
尤も、規則第六条第一項には、審査請求書が提出されたときは、人事委員会は、処分の内容についても調査し、審査の請求を受理すべきかどうかを決定しなければならない旨を規定しているが、該規定は、前記解釈の妨となるものではない。何んとなれば、右規定に所謂処分の内容の調査とは、審査の請求にかゝる処分の内容が、凡そ不利益処分に関係ある事実であるかどうかの限度における調査を指称するものであり、右処分の内容が果して不利益処分に該当するかどうかについての調査をも指称するものではないと解すべきであるからである。右処分の内容についての調査の範囲をかように限定的に解すべきことは、規則第六条第一項に掲げる他の調査事項が、いづれも審査の請求についての形式的要件に関するものであること、並に若し、かように解釈しないときは、地方公務員法第五十条規則第七条等の審査に関する規定を空文化する虞のあることからみて、容易に理解し得るところであろう。
ところで、本件審査の請求にかゝる処分の内容が、原告に対する転任命令であることは、前に述べたとおり、当事者間に争ないところであるが、凡そ転任命令は、不利益処分に何等関係のない事実であると謂うべきでないことについては、こゝに多言するを要しないであろう。
そうすると、被告主張の前記却下の理由は、失当であると謂うべきである。
次に、被告が、本件審査の請求却下の理由として主張する他の事実が、いづれも、前に述べたところの審査の請求をよつてもつて却下することのできる事由に該当しないことは、被告の主張自体によつて明らかであるから仮りに該事実が存するとしてもそれは本件審査の請求却下についての正当の理由とはならないと謂うべきである。
果して以上の如くであるならば、本件却下処分は、違法であり取り消されるべきであるから、これが取消を求める本訴請求は、これを認容すべきである。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の如く判決する。
(裁判官 安芸修 宮本勝美 中谷敬吉)