大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

高知地方裁判所 昭和33年(ワ)237号 判決 1960年12月01日

安芸市土居六三四番地

原告

森沢和雄

右訴訟代理人弁護士

西村寛

被告

右代表者法務大臣

小島徹三

右指定代理人検事

大坪憲三

法務事務官 今井秀吉

法務事務官 平井武夫

右当事者間の所有権移転登記手続請求事件につき当裁判所は、次の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し別紙目録記載の不動産について所有権移転登記手続をなせ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載の本件不動産は、元原告の先代森沢菊吾の所有であつたが、戸主であつた菊吾は確定日附ある証書による財産の留保をなすことなく、昭和一二年三月一七日隠居したので、長男である原告が家督相続によりその所有権を取得した。

二、ところが本件不動産は登記簿上は、昭和一四年四月二八日売買を原因として右菊吾から訴外亡高島和東に所有権移転登記手続がなされ、更に同二五年八月一日には相続を原因として訴外高島泰郎外三名に所有権移転権記手続がなされ、ついで同二六年一月八日には相続税納付のための物納を原因として被告大蔵省名義に所有権移転登記手続がなされている。

三、然しながら原告も菊吾も本件不動産を和東に売り渡したことはなく、原告は依然としてその所有者であるから、右の登記はいずれも無効で現在の権利関係と齟齬している。

四、よつて原告は所有権に基づいて被告に対し本件不動産の所有権移転登記手続を求める。

と述べ被告の主張に対し、

一、被告は、原告の家督相続による所有権取得はその旨の登記を経由していないから第三者である被告に対抗できない旨主張するけれども、右主張は菊吾と和東間に於て所有権移転登記の原因たる売買契約が真実に存在し、かつ、それに基づいて登記が適法になされたことが前提となるものなるところ、実際は菊吾と和東との間には勿論、和東と原告との間にも売買契約等は何等存在せず、菊吾が他の債権者の強制執行を免れる目的で和東に無断で勝手に和東名義に所有権移転登記手続をなしたに過ぎないのであるから被告の右の主張は理由がない。

二、又和東は本件不動産が登記簿上自己の所有名義になつていた当時に於ても実質上は自己が所有者でないことを自認していたのであるから、その登記は無効である。

三、仮に被告主張のように昭和一四年四月二七日菊吾と和東との間で売買契約がなされたとしても、当時菊吾は既に隠居し、本件不動産の所有権は原告に移転していたのであるから、菊吾にはこれを売却する権限がなく、売買契約は無効である。

と述べ、立証として、甲第一乃至三号証の各一、二、第四乃至六号証を提出し、証人森沢房五郎、同畠中英彦、同森沢静の各証言並に原告本人尋問の結果を援用し、乙第一、二号証、同第五号証の三四同第八乃至一〇号証の各成立は認めるが、その余の乙号各証はいずれも不知(但し、乙第四五号証の各一及び同第七号証中、郵便官署の作成部分はいずれもこれを認める)と答えた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因第一項記載の事実中、原告の先代森沢菊吾が昭和一二年三月一七日隠居したこと並に本件不動産が元、森沢菊吾の所有であつたことは認めるが、その余の事実は争う。同第二項記載の事実は認めるが、同第三項記載の事実は否認する。

と述べ、その主張として、

一、原告は昭和一二年三月一七日家督相続により本件不動産の所有権を取得した旨主張するけれどもその旨の登記はなされて居らず、却つてその後である昭和一四年四月二七日に至つて右不動産は菊吾から和東に売却され、翌二八日高知地方法務局安芸支局受付第一〇九一号をもつてその所有権移転登記がなされ、更に同二三年一二月七日和東の死亡により泰郎外三名がこれを相続し、同二五年二月一五日右支局受付第二二五号をもつてその旨の登記がなされ、ついで同年八月一日右相続人等に於て相続税納付のためこれを被告に物納し、翌二六年一月八日右支局受付第二号をもつて大蔵省名義に所有権移転登記がなされていることは登記簿上明らかである。従つて仮に原告主張のように菊吾の隠居により原告が本件不動産を家督相続したものであるとしても、それは民法第一七七条所定の対抗要件たる登記を経由していないから、適法な登記手続を経て所有権を取得した被告に対抗できず、原告の本訴請求は失当である。

二、原告は、菊吾と和東間の前記所有権移転登記は無効である旨主張するけれども次の事由により右の主張は理由がない。即ち、原告は昭和一一年、父菊吾名義であつた本件不動産と花枝所在の不動産り対し、北村真三郎のために金一万円の根抵当権を設定し、同年一一月一七日これが登記を済ませたが、原告はその後右債務の支払いを怠つたため、北村より競売を申立てられ、昭和一四年三月一七日競売開始決定がなされ、同月一八日その登記がなされた。そこでこの事態を苦慮した父菊吾は、和東の協力のもとに、和東の山林を売却し、更に和東の田と自己の田を抵当に入れて日本勧業銀行より借金し、債権者北村に対する支払をしたため、北村も同年四月一七日競売申立を取下げた。このようにして右不動産は事実上和東の力によつて確保されたので父菊吾も本件不動産を和東に与えるのが当然と考え、移転登記に要する費用として金二〇〇円を同月二〇日和東より送金して貰い、同月二八日前記所有権移転登記手続がとられたのである。従つて右移転登記については当事者の合意のもとに、真実所有権を移転する意思でその手紙がとられたのであるから、これが有効であることは疑問の余地がない。そこで例え後日に至つて、当事者の一方に於て所有権の移転を否定し始め、他方がこれを容認するが如き態度を示したとしてもその実情はせいぜい契約の合意解約に過ぎないから抹消登記が行なわれない限りこれを第三者である被告国に対抗することはできない。

三、仮に右移転登記が仮装の譲渡行為に基づくものであるとしても、原告はその無効を被告国に対抗することはできない。即ち、百歩を譲つて、前記菊吾と和東間の移転登記が債権者北村の強制執行を免れるためになされたもので、真実は所有権移転の意思を伴わないものであつたとしても、右登記が以上のように当事者の合意に基づいたものである限りは、民法第九四条にいう通謀虚偽表示に該当し、かつ、物納を受けた被告国は同条の善意の第三者に該ることは疑いないから、原告が本訴に於て前記登記の無効を被告国に主張することはできない。

と述べ、立証として、乙第一乃至三号証、第四号証の一、二、第五号証の一乃至四第六号証の一、二、第七乃至一〇号証を提出し、証人高島早苗の証言を援用し、甲第一乃至三号証の各一、二の成立は認めるが、その余の甲号各証はいずれも不知、と答えた。

理由

本件不動産が元原告の父森沢菊吾が昭和一二年三月一七日隠居したことは当事者間に争いがなく、菊吾の長男である原告が同日家督相続をなしたことも原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる。而して菊吾が右隠居に際し確定日附ある証書によつて本件不動産の所有権を留保した旨の証拠はないから、原告は右同日家督相続により本件不動産の所有権を取得したものというべきである。

ところが本件不動産については、登記簿上は原告の家督相続による所有権取得の登記はなされず、却つて、昭和一四年四月二八日売買を原因として前記菊吾からその次男である亡高島和東に所有権移転登記手続がなされ、更に同二五年八月一日には相続を原因として高島泰郎、同宏子、同早苗、北山容子の四名に所有権移転登記手続がなされ、ついで同二六年一月八日には相続税納付のための物納を原因として右四名から被告大蔵省名義に所有権移転登記手続がなされていることは当事者間に争いがない。

然しながら原告は、菊吾や原告と和東との間には本件不動産の売買契約は存在せず、単に菊吾が他の債権者の強制執行を免れる目的で和東に無断で勝手に和東名義に所有権移転登記をなしたに過ぎないから、該登記は無効である、旨主張するので、先ずこの点について判断する。

いずれも成立に争いのない甲第一、二号証の各一、二、乙第一、二号証、同第五号証の三、四、同第八乃至一〇号証、及び証人高島早苗の証言と同証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証、同第四乃至六号証の各一、二、(尤も同号四五号証の各一中、郵便官署の作成部分の成立は争いがない)並に証人畠中英彦、同森沢静の各証言に、原告本人尋問の結果と同結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証を総合すると、原告は東京で金融業を営むため、前記菊吾の隠居に先き立つ昭和一一年一一月一六日当時菊吾所有であつた本件家屋敷等に極度額金一万円の根抵当権を設定して北村真三郎から金員を借り受け上京したが、業績芳しからず、北村に対する右金員の返済を怠つたため、北村から本件家屋敷等の競売を申立てられ、昭和一四年三月一七日には競売開始決定があり放置すれば、右根抵当権が実行される状勢となつた。そこで原告の父菊吾は、父祖伝来の本件家屋敷が他人の手に渡ることを憂えて、原告にはその支払い能力がなかつたため、次男の高島和東の承諾を得て和東所有の安芸市東川所在の山林一町歩を売却し、或は和東所有の田と菊吾名義の田を担保に日本勧業銀行から金二、二〇〇円を借り入れる等して金策し、これを以つて原告の北村に対する前記被担保債務を弁済することになつたが菊吾は、和東の右出捐に対する補償を確保するため、先ず、同年四月一五日和東名義で北村の原告に対する前記根抵当権付債権を譲り取けたが、更に、原告には当時他にも相当な負債があつて信用が措けないため、本件家屋敷を菊吾名義のままにして置くのを不安がり、和東から登記料として金一〇〇円の送金を受けて、同月二八日右抵当物件である本件家屋敷を、同月二七日付売買を原因として和東名義に所有権移転登記手続をなしたこと、而して菊吾としては、必ずしも本件家屋敷の所有権を実体上確定的に和東に移転するまでの確意はなかつたにもかかわらず、和東に対しては、その頃、本件家屋敷の所有権は名実共に和東の所有に帰した旨の意思表示をなしたため、和東はこれを真に受けて、自己の所有になつたものと、当時は信じていたことが認められ、前掲の各証拠中、以上の認定と抵触する部分は信用できず、他にこれを動かすに足る証拠はない。

而して右認定の事実に徴すると、本件家屋敷の所有権を和東に譲渡する旨の菊吾の前記意思表示は民法第九三条の所謂心裡留保に該当すると解すべきところ、右意思表示のなされた当時、相手方たる和東が菊吾の真意を知らなかつたことは前記認定の事実に照らし明らかであり、又和東が菊吾の真意を知ることを得べかりし旨の主張立証もないから、菊吾の右意思表示は有効で、和東はこれにより適法に本件家屋敷の所有権を取得し、従つて又菊吾と和東間の売買を原因とする前記所有権移転登記も効力があるものというべきである(従つて原告は、和東の右所有権取得の登記により、家督相続によつて先きに取得した本件家屋敷の所有権を失い、これを第三者である和東に対抗できないことになつたわけである)

原告は、本件家屋敷が登記簿上和東名義になつていた当時に於ても、和東は自己が実質上はその所有者でないことを自認していたのであるから、右の登記自体無効である、旨主張するけれども、和東に本件家屋敷の所有権が移転せられた当時、同人がその所有者になつたものと信じていたことは先に認定した通りであり、又成立に争いのない甲第二号証の一、二、等によると、その後昭和一八年頃には、和東は菊吾の真意を知つて子としての立場上、やむなく、これを容認した事実が認められるけれども、これによつて直ちに遡つて前記菊吾の和東に対する所有権譲渡の意思表示やその旨の登記が無効になるものではない。(又右事実を菊吾と和東との間の前記意思表示の合意解約と解しても、それを原因とする前記登記の抹消又は所有権移転登記がない以上、これを以つて第三者たる被告に対抗し得ないわけである)

又原告は、昭和一二年三月一七日の隠居により菊吾は既に本件家屋敷の所有権を失つていたのであるから、その後に於て、これを和東に譲渡する旨約したとしても無効である旨主張するけれども、右隠居に伴う家督相続により原告が本件家屋敷の所有権を取得した旨の登記はなされて居らず、その後に於ても依然として菊吾の所有名義になつて居たのであるから、所謂二重譲渡の場合と同様、菊吾は本件家屋敷の所有権を和東に有効に譲渡することができるものと解する。

而して和東が昭和二三年一二月七日死亡したため、高島泰郎外三名が相続人として本件家屋敷の所有権を取得し、ついで、同二五年八月一日右相続人等に於て相続税納付のためこれを被告に物納したことは前掲乙第一、二号証と証人高島早苗の証言によつて認めれ、又これらの権利移転がいずれも登記を経由していることは当事者間に争いがない。

そうすると原告は未登記の前記家督相続による本件家屋敷の所有権取得を以つて、登記を経由して有効にその所有権を取得した第三者である被告に対抗できないことは民法第一七七条の明定するところであるから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 隅田誠一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例