高知地方裁判所 昭和34年(ワ)414号 判決 1962年10月01日
原告 土居将真
被告 国
訴訟代理人 大坪憲三 外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
理由
原告の請求原因第一項ないし第四項記載の事実は当事者間に争いがない。
そこで同第五項記載の登記官吏の過失の有無について判断するに、先づ原告は、登記官吏としては保存登記にあたり、同一地番上の既登記建物の有無を調査し、もしこれを発見した場合は、家屋番号の相違にかかわらず、一応登記申請人又は登記嘱託官公署に対し、既登記建物との同一性の有無を確め、以て二重登記を未然に防止すべき注意義務がある旨主張するがわが不動産登記法においては登記官吏は登記事項につき実質的権利関係を審査する権限はなく、申請または嘱託にあたつて提出せられた書類のみを資料として形式的に審査する権限を有するに過ぎない。従つて本件のごとく、既になされた保存登記の登記簿上の表示と、後になされた登記嘱託書の表示との間に家屋番号建物の種類、構造及び建坪に別紙第一、二目録記載のごとき相違がある場合には、たとえ所在地番は同一であつても両者は形式上直ちに同一建物とは認め難いから登記官吏がこれを別個の建物と認めて処理したとしても、これをもつて右処理に過失があつたものとは言難いところ、証人島内久志の証言によれば、高知地方法務局登記官吏としては、両者を別個の建物であると認めて高知市の市税滞納処分による差押登記の嘱託事件を処理し、その結果事実上同一の建物に対し二箇の所有権保存登記がなされたものと認められるから、右登記官吏に職務上尽すべき注意義務を怠つた過失があるとは認められない。次に原告は、たまたま同一建物に対して二重の保存登記がなされたとしても、その後これを発見した場合には、後になされた登記は不動産登記法第四九条第二号に該当するものであるから、登記官吏としては遅滞なく同法第一四九条ノ二(相行法第一四九条)以下の手続により、職権をもつてこれを抹消すべき義務があり、さらに競売申立記入登録の嘱託がなされた場合には、登記官吏としてはその登記義務者の表示が二重登記の一方と符合する限り、これを受理すべき義務がある旨主張するが、成立に争いのない乙第一号証及び証人島内久志の証言を綜合すれば、法務省においては民事局長村上朝一の名によつて、昭和三〇年七月四日、建物表示更正の登記取扱方について(通達)と題する書面(法務省民事甲第一三四六号)を以て、各法務局長及び地方法務局長に対し、(1) 当該建物について、異る家屋番号が付されているときは、職権で、まず、一方の家屋番号を他の家屋番号と同一のものに訂正し、家屋番号の変更の登記として、両者の家屋番号を家屋台帳及び登記簿上同一のものとする。(2) 次に若し当該建物が同一の所有者名義である場合にはいずれか一方の家屋台帳を二重登録を事由として抹消して、その旨を市町村長に通知し、次いで、不動産登記法第百四十九条ノ二以下の規定により職権で後になされた保存登記を抹消する。たゞし、この場合、後に保存登記のなされた登記用紙に現に効力を有する所有権の登記以外の登記が存し、前に保存登記のなされた登記用紙にかかる登記の存しない場合には、前になされた保存登記を抹消す。(3) 若し当該建物が異る所有者名義である場合には、申請によりいずれか一方の保存登記を抹消し、その後当該抹消に係る建物の家屋台帳を二重登録を事由として抹消する。右の抹消がなされるまでは、所有権の登記名義人を登記義務者とする他の登記の申請があつた場合には、その申請は不動産登記法第四十九条第六号により却下する旨の指示を与えており、右法務局登記官吏が前記のように家屋番号変更後も一方の登記を抹消せず、又競売申立の嘱託登記を却下したのも何れも右通達に従つてなされたものであることが認められる。
いわゆる二重登記は不動産登記法第一五条の一不動産一登記用紙の原則に反し第二の登記申請は同法第四九条第二号により受理すべきでなく、もし二重登記が生じたとしても後の登記は右条項に反するものとして同法第一四九条以下の手続を経て抹消すべきものと規定されているが実質的に観察すれば常に必ずしも当初の登記のみが有効とは解し得ない場合が存し、右法条の解釈には異論がありこれが解釈、実務上の取扱について前記のように通達による指示のなされる所以であるから、登記官吏が該通達に従つて取扱つた以上後にその取扱が変更されたとしても一応該登記官吏の事務処理に過失はないものというべきである。
しかして右通達(3) に「異る所有者名義である場合」とは本件のように保存登記の後一方の所有者名義に異動があつた場合をも包含するのか、当初の保存登記の際の所有者名義が同一の場合は後に異動があつても(2) により処理すべきであるか右通達自体明示しておらず、むしろ右通達からは(3) に包含される趣旨であると解する余地が十分である。(成立に争のない甲第八号証に照らすと、然らざる趣旨にあつたと解することもできるが)従つて本件のように二重登記を現出した当時においては所有者名義が異つていたような場合登記官吏が右通達(3) に該当するものと解して処理したのはむしろ当然で右通達の趣旨に反する取扱とは認められない。
成程、成立に争いのない甲第四号証の二及び第八号証並びに証人島内久志の証言によれば右法務局においてはそのご登記官吏の交替とともに見解を改め、さきになした競売申立記入登記の嘱託の却下処分に対する原告の異議を容れて右記入登記をなした事実が認められるけれども、右は後の登記官吏が両者をいわゆる二重、登記でないと認めて取扱つたもので右認定自体が誤りであることは先の証明に徴し明らかである。
しかしてその後昭和三四年四月二八日高知地方法務局から法務省に対する伺いに対する回答(法務省民事甲第一〇五号)に基き後の登記を抹消したものであることが認められるが右回答があつたからといつて前記の登記官吏の取扱が過失に基く違法のものとは解し得ない。
してみれば、右法務局登記官吏による過失の存在を前提とする原告の本訴請求は、爾余の争点につき判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 合田得太郎 島崎三郎 大須賀欣一)