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高知地方裁判所 昭和42年(ワ)567号 判決 1974年4月24日

原告

奥田正一郎

他一名

右両名訴訟代理人

内田修

外三名

被告

株式会社伊豫銀行

右代表者

末光千代太郎

右訴訟代理人

岡碩平

外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

一、原告ら

被告は原告両名に対し、各金二、五〇〇万円および右各金員に対する昭和四二年一二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告らに対し、大阪市において発行する毎日新聞、同朝日新聞、同読売新聞、同産業経済新聞の各全国版、高知市において発行する高知新聞、徳島市において発行する徳島新聞、高松市において発行する四国新聞、松山市において発行する愛媛新聞および東京都において発行する日本貴金属新聞の各第一頁下段に、それぞれ縦10.5センチメートル、横一四センチメートルの範囲に、別紙記載の謝罪広告を、見出しは二G号活字、本文は五M号活字、被告および原告ら名はそれぞれ四M号活字によつて、二カ月以内に各三回宛掲載せよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

(当事者の主張)<略>

理由

一原告正一郎が昭和四一年二月一日土居亀吉に対し、土地代金支払のため第一手形を振出交付したこと、土居亀吉が同月四日被告に対し第三手形を振出交付するとともに右第一手形を裏書交付し、これにより被告銀行高知支店を通じて金二五〇万円の手形貸付による融資を受けたこと、被告銀行高知支店が第一手形を満期の翌日である五月四日高知手形交換所の交換に付したところ、不渡となり同月六日同支店に返還されたこと、土居亀吉が同月七日その妻土居喜和子をして被告銀行高知支店において二五〇万円の定期預金を解約し、右金員を被告に弁済して第一および第三手形の返還を受けたこと、ところが被告銀行高知支店は同日第一手形について高知手形交換所に対し不渡届を提出したため、同交換所から同日原告正一郎に対し取引停止処分がなされたこと、その後同原告らの要求にもかかわらず、被告銀行高知支店が高知手形交換所に対して右処分の取消や解除の請求の手続をとらなかつたことは、当事者間に争いがない。

二原告らは原告正一郎が右取引停止処分を受けるに至り、また被告銀行高知支店がその取消等の請求の手続をとらなかつたのは被告の契約違反であり、そうでないとしても故意または過失に基くものであると主張するので、まずその間の経過について見ることにする。

<証拠略>によると次のような事実が認められる。

(1)  原告正一郎はその妻の原告和子とともに珊瑚の採取、製造、販売業等を営んでいたものであるが、観光客等を対象として店舗の外駐車場、博物館、庭園等を備えた総合的な施設の建設を計画し、昭和四〇年頃からこれに着手し、その用地として原告和子名義で土居亀吉から購入した土地代金の一部金二五〇万円の支払のため、原告正一郎において右と同一金額の約束手形一通を振出していた。

(2)  土居亀吉は昭和四一年一月末頃、金員入用の必要から、原告正一郎振出の右手形を割引して金融を得ようと考え、その妻が自分の長男土居喜志男の妻と姉妹で、被告とも従来から取引関係のあつた訴外小出勝行を通じ被告銀行高知支店においてその割引方を申入れたのであるが、当時被告は原告正一郎の信用につき不安を抱いていたことや、割引依頼場を受けた原告正一郎振出の右手形の支払所が被告銀行高知支店とされていたため手形交換所の交換に付することができず都合が悪いことなどから右割引依頼には応じられないけれども、右小出勝行の保証があればその信用で土居亀吉に金員貸与する意思のあることを明らかにしをた。

そこで土居亀吉は同年二月一日、原告正一郎振出の右手形を同原告に返還するとともに改めて支払場所を百十四銀行高知支店とする第一手形の振出交付を受け、同月四日訴外小出勝行および土居喜志男を連帯保証人とし、期限を同年五月三日として第三手形を振出交付することにより手形貸付の方法で二五〇万円の融資を受けた。

土居亀吉は以前から取引上の一切の手続を事実上妻の土居喜和子や長男の土居喜志男、次男の土居英雄らに行わせており、右の融資を受ける手続についてもこれを土居喜志男と土居英雄の両名に行わせたが、右両名は右融資の際被告に対し第一手形を担保として受け取つてもらいたい旨依頼した。被告としては前記のように原告正一郎の信用に不安を抱いていたことから格別これを担保として取得する意思も必要も認めていなかつたけれども土居亀吉のためにその手形金を取立ててやることの実際上の便宜も考慮して右の申入れを受け入れることとし、被告が右債務の担保としてこれの譲渡を受けるものであること、必ずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法でこれを取立て随意債務の弁済に充当しうること、再担保とされても異議がないこと、などを内容とする銀行取引契約および商業手形担保契約を締結したうえ、その裏書交付を受けた。

ところが土居亀吉はその後借入金の使用の必要がなくなつたため、同年三月三〇日この二五〇万円を同人やその家族名義で被告銀行高知支店に定期預金した。

(3)  その後前記のように第一手形は満期の翌日である同年五月四日被告銀行高知支店により高知手形交換所の交換に付されたが預金不足の事由により不渡となり、同月六日午前支払銀行の訴外株式会社百十四銀行高知支店から持出銀行の被告銀行高知支店へ返還された。そこで同支店貸付係の係員は直ちに前記小出勝行を通じ土居喜志男に対し、第一手形が不渡返還されたため土居亀吉の貸金の返済がなされなかつたことの連絡をした。

(4)  一方原告正一郎はこれより先金策がつかず期日に第一手形の支払ができそうにもなかつたことから土居英雄を通じて土居亀吉に対しその支払の猶予を求めるとともに、同人においてひとまず右手形金を支払つて決済しておいて欲しいと頼み入れ、同人もこれを了解する旨の返事はしたけれどもその支払をしてくれなかつた。

そして前記のように第一手形は同年五月四日不渡となり、同日訴外百十四銀行高知支店からその連絡がなされたが、同原告は高知手形交換所の取扱いでは同月七日までに手形金を支払えば取引停止処分を受けないですむことを承知していたけれども、なおこの点を確認するため、同月六日午前中に被告銀行高知支店へ赴き、山路支店長にその買戻しの期限を尋ねたところ、同支店長から翌七日午前一一時までに手形金を支払えば不渡にならないとの回答を得た。そこで原告正一郎は、同月六日の夕方土居喜和子と土居英雄を通じて土居亀吉に対し、同原告と山路支店長との間で翌七日午前一一時までに二五〇万円を支払えば第一手形を不渡にしないとの約束が取り交されているから右時刻までに支払つてもらいたい旨依頼し、その了承を得た。

(5)  原告正一郎から右のような依頼を受けて土居喜和子と土居英雄の両名は同年五月七日の遅くとも午前一〇時までには被告銀行高知支店に到着し、土居亀吉の前記定期預金を解約して二五〇万円を支払う手続をし、同支店の係員はこれを土居亀吉の前記借入金の弁済にあてるものとして処理した。

そして第一手形と第三手形の返還を受けた際土居喜和子と土居英雄の両名は第一手形に不渡の付箋が貼布されていることを発見し、その不渡を解消できないのかと尋ねたところ、前記係員らから原告正一郎が第一手形を支払わない限り不渡を解消することはできないと説明されたため不審に思つたけれども、原告正一郎からは同原告と山路支店長との間において二五〇万円支払えば第一手形が不渡にならないとの約束ができているものと聞かされてこれを信じていたし、また第一手形は担保として交付していたものであるからこれの支払にあてるのもその原因である土居亀吉の借入金の返済にあてるのも結局は土居亀吉と被告との間の貸借関係が消滅するものである点で同じ結果になるものと考えていたうえ、主として右の手続を行つた土居喜和子はこのような取引の実情にうとく、係員らの説明するところを充分理解できなかつたため、それ以上詳細に納得のいくまで説明を求めたりあるいはその不渡処分を免れるような手段をとるべきことの格別の相談や要求をすることもなく第三手形とともに不渡付箋のつけられたままの第一手形の返還を受けて帰宅し、そのことについて原告正一郎に相談や報告もしないで第一手形を手元においていた。

(6)  そして右同日被告銀行高知支店から高知手形交換所に対し第一手形について不渡届が提出されたのであるが、これより先原告正一郎振出の第四手形が同年五月二日預金不足により不渡となり、同月四日支払銀行の被告銀行高知支店から持出銀行の訴外株式会社四国銀行へ返還され、同月六日高知手形交換所から不渡手形警戒通知が発せられていたため、右第一手形の不渡届提出により同月七日直ちに原告正一郎に対する取引停止処分がなされた。なお原告正一郎提出の約束手形、小切手はそれまでにも再三預金不足のため不渡返還され、同年二月からそれまでの間に被告銀行高知支店を支払銀行とするものだけでもおよそ二〇通も不渡返還されていたが、警戒処分や取引停止処分を受けるには至らなかつた。

(7)  原告正一郎は同年五月九日(月曜日)の朝に至つて自己が取引停止処分を受けたことを知つて大いに驚き、直ちに土居喜和子、土居英雄らとともに被告銀行高知支店へ行き、山路支店長らに対し、同人の指示した時間までに土居喜和子らが二五〇万円を支払つたにもかかわらず取引停止処分が課せられたのは約束違反であるとして強く抗議詰責し、直ちに右処分を免れるべき何らかの措置を講ずるよう強く求めたが、同支店長らは被告銀行高知支店としては第一手形の支払がなされなかつたから髙高知手形交換所交換規則の定めるところに従つて不渡届を提出したものであつて手続上に手落はないので、今となつては同規則上とるべき手段はないとしてこれを拒否し、ただ第一手形の支払銀行である前記百十四銀行高知支店から右処分の解除承諾書を出してもらえば同支店としてもその解除手続に応ずる意思があると述べた。そこで同原告らは直ちに右百十四銀行高知支店に赴き、解除承諾書を出してくれるよう申入れたが、同支店からは逆に解除承諾はまず持出銀行である被告銀行高知支店においてこれをすべきであり、そうすれば同支店としてもこれに応ずる意思があるといわれたため、再び被告銀行高知支店に取つて返し、解除承諾をしてくれるよう依頼したけれども同支店はこれに応じてくれなかつた。

原告正一郎はその後も土居喜和子やその他の第三者を伴つて再三被告の本店や右高知支店を訪れ前記のような抗議をくり返したり、取消、解除その他右処分を解消させるような何らかの方策を講ずるよう要求し、被告はそうした折衝の過程で同原告と土居亀吉との間において第二手形が提出されて第一手形の支払が猶予されていることを知つたが、前記のような立場を貫き、これに応じなかつた。

(8)  原告正一郎は取引停止処分を受けたため、予定されていた他からの融資は受けられなくなり、またそれまでに振出していた約束手形は「取引解約後」を理由として相次いで不渡返還されたが、一般債権者に対しては右処分を受けるに至つたのは被告銀行高知支店の手続上の過誤があつたためで心配はないとしてこれを説得していたけれども、右のように早急に解決の見込みもないまま日時が経過したため同年七月頃から債権者らが騒ぎ出し、その返済を迫まられ、競売の申立をされ、あるいは商品や工事中の施設内の樹木を勝手に持ち去られたりして営業を継続することが不可能となつてしまつた。

その後昭和四二年六月五日に至りようやく被告銀行高知支店から支払銀行たる前記百十四銀行高知支店の同意を得て高知手形交換所に対し右処分の解除請求がなされ、これが解除された。

以上のような事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

三債務不履行責任について

<証拠略>によれば、高知手形交換所交換所規則には、「手形の返還を受けた銀行は所定の不渡届によつて翌日交換開始時刻までにその旨を交換所に届出なければならない。但し支払義務者の信用に関しないものと認めた場合はこの限りではない」(第二〇条第一項)と規定されている外、不渡返還事由が「預金不足」、「資金不足」、「取引解約後」、「取引なし」の手形については関係銀行の双方が不渡届出するものとし、その届出時限は、支払銀行が交換日の翌日交換開始時刻まで、持出銀行が交換日の翌々日交換開始時刻までとするとの社員銀行の決議があること、同交換所の交換開始時刻は土曜日が午前一〇時で、その他の日は午前一一時であることが認められ、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。そして昭和四一年五月五日が国民の祝日であり同月七日が土曜日であつたことは公知の事実である。

従つて、前記のとおり第一手形は満期の翌日である五月四日交換に付され、六日預金不足により被告銀行高知支店に返還されたのであるから、同支店としてはいずれにしても翌七日(土曜日)の交換開始時刻である午前一〇時までに不渡届を提出しなければならない立場にあつたことは右交換規則および決議に照らし明らかである。

ところで原告らは同年五月六日、原告正一郎と山路支店長との間において、同月七日午前一一時までに第一手形あるいは第三手形もしくはこれの原因債権たる土居亀吉に対する貸付金の支払をすれば第一手形について不渡届を提出せず、かつ同原告に不渡処分を受けしめない旨の契約を締結したと主張するので、この点について検討するに、同月六日原告正一郎と山路支店長との間で話し合いが行われたことは前記認定のとおりであるが、それは単に同原告としては自己の手形買戻に関する知識が正確であるかどうかを確認するという気持で専門家である山路支店長に尋ね、一方同支店長も銀行員としてのサービスの気持から所定期限までに当該手形金を支払えば不渡届の提出を要しない取扱いの実情を説明してやつたという程度のものであり、これを原告ら主張のような契約が締結されたものとは到底いえないし、またその際第三手形や土居亀吉の借入金のことが話題に上つたことを認めるにたりる証拠もなく、その他本件全証拠によるも原告らの主張を相当と認めるような事実は認められない(もつとも、山路支店長は同月七日が土曜日であつてその交換開始時刻が午前一〇時であつたにもかかわらず、うつかり午前一一時までに支払うよう誤つて説明し、この点不注意の謗りを免れ得ないけれども、前記認定のとおり、このことが原告正一郎が取引停止処分を受けたことに関係するとは考えられない。)。

従つてその余の点について判断するまでもなく、債務不履行を理由とする原告らの請求は理由がないものといわねばならない。

四不法行為責任について

原告らは被告銀行高知支店が第一手形について不渡届を提出したこと、もしくは、原告正一郎に対する取引停止処分の取消、解除等の手続をとらなかつたことがその故意または過失に基づくとしてるる主張するので、この点について判断する。

(一)  まず原告らは第一手形が土居亀吉から被告に裏書交付された趣旨について種々主張するけれども、前記認定のような事情で、第一手形が土居亀吉の借入金の担保として譲渡担保に供されたものであることは明らかであるから、第一手形が担保手形でなかつたことを前提とする原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

また本件全証拠によるも、被告と土居亀吉との間において第三手形もしくは原因債権を先に行使するとの特約があつたことやあるいはそのような特約があつたと同視し得べき事情は認められないから、この点に関する原告らの主張も理由がない。

(二)  次に、原告正一郎が取引停止処分を受けたこと、および、これについて直ちに取消、解除等の救済の措置がとられなかつたことについて、被告に責任があるかどうかの点を検討する。

1  <証拠略>によれば高知手形交換所は前記のようにして不渡届出があつたときは、その者が当座取引のない銀行を支払人または支払場所に指定しまたは一度警戒処分を受け一年以内にさらに不渡をした者である場合には即時取引停止処分をし、そうでない者の場合には直ちに社員銀行に警戒の通知をし、その通知をした次の営業日の交換開始時刻までに届出銀行から該手形入金済の通知がないときは取引停止処分を行う(交換規則第二〇条第二、三項)ものであることが認められる。

一方、右証拠によれば、手形が不渡となつた者を救済する方法として、持出銀行の不渡届出に対し支払銀行が信用に関しないものと認め、不渡の翌日営業時限までに不渡手形金額に相当する現金を握供してなす異議申立(取引停止処分が猶予される。同条第四項)、取引警戒処分の取消(次の取引停止処分の取消の手続が準用される。同規則第二三条第三項)、取引停止の原因となつた手形が偽造、変造によるものまたは関係銀行の錯誤による場合にその関係銀行から請求してなす取引停止処分の取消(同条第一、二項)および取引を停止された者が著しく信用を回復したと認むべき理由があるときまたは相当の理由があるとき社員銀行から請求してなす取引停止の解除(同規則第二二条)の制度があることが認められ、その他に実務上行われている不渡届の取消、撤回、取下げ、依頼返却などというような取扱いを認める規定は見当らないが、これは一旦不渡となつた手形についても不渡届出の時限までに手形金の支払その他不渡の原因となつた事由が解消されたような場合は不渡届出を要せず、また不渡届出がなされた後においてもその制限時間内に支払をして取引停止処分を免れることを否定する趣旨ではないと考えられる。

従つて高知手形交換所の交換において一旦手形が不渡となつた者が取引停止処分の不利益を免れるためには、右のいずれかの方法によるほかはない訳である。

ところで、このような厳格な手形交換の手続を定める交換規則は社団法人高知県銀行協会が高知市内所在の社員銀行において収受した手形、小切手等の交換決済を行う手続として定められた自治規範であると考えられるが、それは手形交換に参加するすべての金融機関に適用されるものであるうえ、そこで課せられる取引停止処分はこれを受けた者の営業活動に致命的な打撃を与える極めて重大なものであるから、当該取引に関係する者は特定の契約関係にある場合に限らず、取引上の信義則に基づき原則としてこうした取引停止処分の避止義務を負うものといわねばならない。

2  これを本件の場合についてみるに、前記認定のように第一手形は昭和四一年五月四日交換に付され、「預金不足」のため同月六日(同月五日は祝日である)持出銀行の被告銀行高知支店は不渡返還されてきたのであるが、「預金不足」は支払義務者の信用に関しないものではないから、同支店としては前記交換規則および社員銀行の決議に従い、いずれにしても翌七日(土曜日)の交換開始時刻である午前一〇時までに買戻しなどの決済がされない限り不渡届出をしなければならない立場にあつた訳である。

一方原告正一郎は、同月四日に支払銀行たる前記百十四銀行高知支店から第一手形が不渡になつたとの知らせを受け、自分も同月七日までに買戻しをしなければならないことを知つていたけれども、なおこれを確認すべく、同月六日午前中に被告銀行高知支店へわざわざ出向き、山路支店長からそのことの説明を受け、翌七日の交換開始時刻までに決済しなければ救済されないことを充分承知していた(山路支店長との間において第三手形や土居亀吉の借入金債務が返済されれば第一手形について不渡届を提出しないとの約束がとり交されたり、そのことが話題に上つたりしたことの認められないことや、同支店長がその際誤つて七日の午前一一時までと一時間遅く決済期限を教示したけれども、このことが原告正一郎が取引停止処分を受けるに至つたことと無関係であることは前記のとおりである。)ので、同月六日夕方土居英雄らを通じ第一手形の支払の猶予を求めるとともにひとまず土居亀吉においてこれを支払つて決済して欲しい旨同人に頼み入れ、それが容れられて被告銀行高知支店に働きかけてもらつたのであるが、前記認定のような事情で結局二五〇万円は第一手形の支払には充てられず、その被担保債権たる土居亀吉の債務の返済に充てられてしまつたため、被告銀行高知支店は第一手形の決済がないものとしてこれについて不渡届を提出したのである。

ところで不渡処分の制度は、単に手形所持人の利益を擁護することだけを目的とするものではなく、むしろ銀行取引界から不良手形を追放し手形の信用を高めようとすることに重点があるものと考えられるから、本件のように貸付金の担保として譲渡担保に供された第三者提出の手形が不渡となつた場合には、債務者が被担保債権を弁済したため債権者が担保手形の権利者たる地位を失い、これを返還すべきことになつても、そのことから当然に右手形上の権利に消長をきたすわけではなく、依然一個の手形として存在するものであるから支払その他によつて支払義務がなくならない限り、なおその手形の不良性は失われず、不渡事由の存否に影響をおよぼすものではない。

従つて、被告銀行高知支店が土居亀吉に対する貸付金が返済され、第一手形について手形上の権利を失い、これを同人に返還しなければならなくなつたにもかかわらず、なお不渡届をしたとしてもそれは当然のことであつて、何ら非難すべき理由はないものといわねばならない。

原告らは昭和四一年五月六日夜、原告正一郎と土居亀吉との間で第二手形と利息相当額の小切手を振出交付することにより第一手形の決済がなされ、事故が解消したと主張し、<証拠略>にはこれに添う供述部分があり、またその際振出されたという第二手形(甲第四号証)および第二手形と利息支払のための小切手が振出し交付されたことの確認のために作成されたという預り証(甲第二号証)も存するが、一方<証拠略>によると第二手形や小切手は後に日付を遡らせて提出し交付され、預り証(甲第二号証)もその際日付をこれに合せて作成されたのではないかとうかがわれるふしも見られるので、右原告の主張に添う各証拠は右証言に照らし措信しえず、他に右の主張事実を認めるにたりる証拠はない。なお、右のように第二手形振出による事故の解消ということは認め得ないにしても、その際少なくとも土居亀吉が原告正一郎に代つて第一手形を決済することを約することによつて右両者間に第一手形の支払を一時猶予する趣旨の合意に達していたことは認められるけれども、右は第一手形の権利者となつている被告を除外しての合意であるうえ、被告銀行高知支店に対しその不渡届出期限である同月七日の交換開始時刻までに、そうした解決がなされ、土居亀吉が第一手形の支払を求めない意思を有することが明らかにされた事実も認められないから、この点につき被告に過失があつたということはできない。

もつとも、前記のとおり原告正一郎と土居亀吉の間においては昭和四一年五月六日、土居亀吉が第一手形の支払を一時猶予し、自己が同原告に代つて第一手形を決済することまでの合意に達し、もしそのとおりに事が運べば第一手形は不渡とならず、また同時に土居亀吉の債務も弁済された筈であり、かつ、翌日その支払手続の際、土居喜和子らから第一手形の不渡を解消できないかとの質問が提起されたのであるから、応待にあたつた被告係員においてもう少していねいにその相談にのつて真意を確かめてやれば容易に適切な措置をとりえたものとも考えられるが、その当時被告としては、譲渡担保として受け取つた第一手形が不渡となつたのでその被担保債権たる貸付金の弁済を土居亀吉に求めていたのであり、予め原告正一郎から第一手形の決済について特別の依頼を受けていた訳でも、原告正一郎と土居亀吉との間に前記のような合意がなされたことを知らされていたわけでもなく、土居亀吉の定期預金二五〇万円をもつてその貸付金債務の弁済に充てることについて土居喜和子らから格別の異論もとなえられなかつたこと、一方土居亀吉としても、被告に対しまず貸付金債務を弁済しなければならない立場にあつたのであつて、それにもかかわらず右貸付金債務ではなく担保として差し入れた第一手形を原告正一郎に代つて支払うという特別な場合であることの指示説明がなされなかつたこと、土居喜和子らは係員から第一手形が支払われない限りその不渡を解消できないと説明されたにもかかわらずそれ以上進んで右のような事情を説明したり、あるいは第一手形の不渡を免れるべき何らかの方策をとるような格別の要求も出されなかつたことなどを考慮すると、このような場合被告銀行高知支店の係員にそこまでの配慮や善処を要求するのは無理な状況にあつたものと考えられる(むしろ逆に、こうした特別緊急の事態にあつたのであるから、原告正一郎も一緒に銀行に出向き自ら交渉に携わるなど取引者として万全の措置をとるべきであつたのであり、これを怠つた点こそ原告らにとつて侮やまれるのである)。

以上要するに被告銀行高知支店が第一手形について不渡届出をしたことにつき故意過失はなかつたものというべきである。

3  前記認定のとおり、昭和四一年五月六日第四手形の不渡による警戒通知が発せられていたため、第一手形の不渡届出により前記交換規則に従い、即時取引停止処分がなされたのであるが、右に論述したところから明らかなように、その間被告銀行高知支店に錯誤があつたことは認められないし、その他交換規則に定められた取消の事由に該る事実も認められないから、同支店が取消請求に応ずべき義務はなかつたものといわねばならない。

4  次に、取引を停止された者が著しく信用を回復したと認むべき理由があるとき、または相当の理由があるときは停止期間中であつても社員銀行は交換所に対しその事情を具して取引停止解除の請求をすることができることは前記のとおりである。

ここに著しく信用を回復したと認むべき理由があるときというのは取引停止後相当期間を経過し、業績も好転して相当額の預金も蓄積されるなど当座および貸出の銀行取引を再開してももはや不渡手形を出すおそれもないと認められるような場合をいい、また相当の理由があるときというのはその処分を受ける原因となつた不渡事由が不当であつたとか、または本人の軽度の過失もしくは全くの不可抗力によるものであつてそのの信用に不安がない場合などその者に対する不渡処分を継続するのが不当である場合をいうものと考えられる。

従つて不渡となつた当該手形についてその後支払がなされ、あるいは和解成立、期限猶予などによつて解決されたということだけで直ちに右の解除事由に該当するものということはできない。けだし手形の不渡処分の制度は単に当該手形の支払確保をその目的とするにとどまらず、具体的な手形の不渡はその者の信用不安の一徴表というべきものであるし、またかくては手形交換について厳格な手続を定め、一旦不渡となつた場合にも一定の限度内で買戻しなどによつて救済される余地を残すとともに、それがなされなかつた場合に取引停止処分というきびしい制裁を加え、これによつて不良手形を追放し手形取引の安全を確保してその信用を高めようとする制度の趣旨が失われることことになつてしまうからである。

ところで、この解除請求は取消請求の場合と異りすべての社員銀行において持出銀行の同意を得てすることができるのである<証拠略>。従つて取引停止の解除を求めようとする者はいずれかの社員銀行にその請求方を依頼してこれをしてもらう他ない訳であるが、右条項を検討すると解除請求をするべきか否かの認定は右依頼を受けた社員銀行に委ねられており、またその解除請求に同意を与えるか否かは持出銀行の意思にかかつているものと考えられるから、その認定もしくは同意の意思如何によつては解除さるべきものも解除されないという不当な結果が生ずるおそれをなしとしない。もちろんその認定や同意をすべきか否かは制度の趣旨と取引上の信義則に照らし公正な判断と良識に従つて行われなければならないものであつて、偶々処分を受けた者からその請求を依頼されたからといつて当然に解除請求をし、あるいは持出銀行がこれに同意を与えるべき義務があるとはいえず、またこれに応じなかつたことから直ちに不法行為の責任を負うものとは解し得ない。

しかしながら取引停止処分は営業者にとつては極めて重大な不利益を強いるものであるから、処分を受けた者からの解除請求の依頼が明らかに理由がありこれに応じないことが取引上の通念に照らして著しく妥当を欠くような場合には、その依頼を受けた銀行はこれに応じて解除請求をすべきであり、また持出銀行はこれに同意を与えるべきであつて、もしこれを不当に拒絶した場合には不法行為の責任を負うべきものと解せられる。

これを本件についてみると、すでに認定説示したとおり、原告正一郎振出の約束手形は以前から再三不渡返還されていたうえ、昭和四一年五月六日ついに警戒通知が発せられ、次いで第一手形が預金不足というまさに信用に関する事由によつて不渡となり、これがその所定の時限内に決済等の手続がとられることもなく結局不渡が確定的となつて取引停止処分を受ける羽目をむかえ、これにより従来どうにか遺り繰つて来た同原告の信用の不安が具体的に顕在化するに至つたもので、その間同原告と土居亀吉との間で昭和四一年五月六日第一手形の支払延期の合意がなされたが、不渡解除の理由たる「相当の理由あるとき」にはあたらず、かつ、他にこうした信用の不安が完全に除去され、将来不渡手形を出すおそれがない程度に同原告の信用が回復しているとか、あるいはその取引停止処分を継続するのが不当であるような事情は認められないから、被告銀行高知支店がその依頼に応じて直ちに解除請求の手続をとるべき義務があつたとはいえないし、またこの手続をとらなかつたことを不当とすべき理由はないものといわざるを得ない。

五以上の次第で原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(安藝保壽 上野利隆 村田長生)

(別紙)謝罪状<略>

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