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高知地方裁判所 昭和43年(行ク)1号 決定 1968年5月25日

申請人 谷本力 外一名

被申請人 高知県教育委員会

主文

申請人らの各本件転任処分執行停止の申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

一、本件申請の趣旨および理由は、別紙一の(一)・(二)記載のとおりであり、被申請人の意見は別紙二記載のとおりである。

二、被申請人が、申請人谷本力(以下力と略記する)に対し、昭和四三年三月三一日付で高知県土佐郡鏡村公立学校教員を免じ、同年四月一日付で同県幡多郡大正町公立学校教員に任命し、同町立葛籠川小学校(以下、新任校という。)教諭に補するとの転任処分を行つたことおよび申請人谷本登志子(以下登志子と略記する)に対し、同年三月三一日付で同県土佐郡土佐山村公立学校教員を免じ、同年四月一日付で同県幡多郡大正町公立学校教員に任命し、同町立葛籠川小学校(以下、新任校という。)教諭に補するとの転任処分を行つたことはいずれも本件疎明資料に徴し明らかである。

また、右各転任処分に対して、その取消を求める本案訴訟が高知地方裁判所に提起されたことは当裁判所に顕著な事実である。

ところで、右本案訴訟は、地方公務員法第五一条の二による高知県人事委員会の裁決を経ないで提起されているため、行政事件訴訟法第八条第一項ただし書に該当し、不適法なものであるかどうか、さらには右本案の内容が理由がないとみえるかどうかの点の判断はひとまずおき、以下、本件各転任処分の結果申請人らに回復困難な損害が生じ、これを避けるためには、右処分の効力を停止しなければならないだけの緊急の必要性が存するか否かにつき判断することとする。

三、当事者双方提出の各疎明資料ならびに申請人両名および被申請人代表者各審尋の結果によると、

(一)  申請人らは夫婦であり、ともに被申請人の任命にかかる教育公務員であるところ、

1  申請人力が幡多郡大正町立田野野小学校に、同登志子が同町立北ノ川小学校にそれぞれ勤務していた昭和四〇年三月頃、それまで両名は僻地校勤務が長かつたため、いずれは高知市に居住し通勤しうるとの期待の下に、高知市内に土地を購入したうえ、住家たる建物を建築したこと、そして、その費用は一部を除き労働金庫、共済組合から借入れ、現にそれを返済中であること、

2  昭和四一年四月申請人らは、被申請人からともに土佐郡鏡村第三小学校(以下、旧任校という。)への転任を命ぜられ、のち、昭和四二年四月申請人登志子のみは同郡土佐山村立西小学校(以下、旧任校という。)に転じたが、期待どおり高知市から通勤しながら、本件各転任処分が行われるに至るまでの二年間、中学生の長男、小学生の長女を含め一家四名、教育的、環境的に過去の僻地勤務において味わいえなかつた落ちついた生活を送りえたこと、そして、右各旧任校への通勤にあたつては、申請人力の場合は一五・六キロメートル、申請人登志子の場合は一五・八キロメートルの距離を自家用車その他自己の負担において交通手段の便宜を求めて通わなければならなかつたのに反し、新任校にはごく近くに教員住宅があるため、そこに居住すれば、通勤上は著しく楽になること、

3  申請人登志子は、数年以前から腹部の痛みがあり、昭和四二年一一月慢性盲腸炎、右そけいヘルニヤと診断されて手術を行い手術自体は順調に終つたが、その後も下腹部の痛みを訴えつづけたこと、もつともそれは努力が必要であつたにもせよ旧任校における通常の授業等勤務にそれほどの支障がなかつたこと、そして本件転任処分後の昭和四三年四月には、慢性胃炎および低色素性貧血により向後二ケ月の安静加療を要する旨の医師の診断書を得て病気休暇をとつているのであるが、右貧血の方は職務遂行上殆んどさしさわりがなく、また胃炎の方も多分に神経性的なものが影響しており、転勤によつて、さらに悪化する性質のものとは考えられず、この程度の症状であれば高知市内の病院でなくても十分治療は可能であると認められること、

4  申請人らの長女(小学四年生)は幼少から病弱で小児ぜんそくの持病を有し、その発作によりしばしば医師の治療を受ける必要があり、特に昭和四二年五月には高知市内の矢野小児科医院に入院したほどで、夜間または早朝に医師の門をたたくことがあり、現在通院治療中であるが、旧任地当時においては、高知市に居住しえた結果十分な治療を受けるにつき医療機関が完備しており安心感があつたが、これに反し、新任校においては、前示教員住宅から最も近い医療機関でも六・五キロメートル離れた大正町田野野に医師一名の常駐する診療所があるのみで、申請人力の運転する自家用車を除けば、右距離のうち四・五キロメートルの区間は、バス等の公的交通機関は全く存在せず救急の場合の診療について、申請人らは強く不安を感じていること、

5  申請人らの長男(現在中学二年生)は、両親の勤務地の変更に伴い、小学校を四回変つており、現在高知市の中学校に通学し、高校入試をこころざしているが、本件転任処分の結果、両親とともに転住し、右大正町田野野所在の中学校に転校しなければならなくなることに著しい精神的打撃を受け、単身高知市に残り、ここで学業を継続したい旨強く希望していること、

6  そこで申請人登志子は、自己の健康はともかくとして、右長女の病弱と長男の学業上の必要から、本件転任処分の効力が維持される場合は、新任校が高知市から通勤しえない以上、休暇をとることもやむを得ないと考えて、現に休暇(病気休暇ではあるが)をとつていること、その結果申請人力は単身赴任し、別居生活をなしていること、

7  以上の結果、申請人らが、精神的負担を重く感じているのは明らかであるところ、前記のとおり家を建築し、通勤の必要から自家用車の購入を余儀なくされた申請人らにとつて、さらに別居生活に伴い経済的負担が増大する上なお、申請人登志子が休暇休職を続けると俸給の削減、昇給の延伸が予想されることは経済的に相当の負担を被ることになること、

(二)  しかしながら、他方また、

1  申請人らは、高知県の県費負担の教職員であるところから、当該県内の他の市町村に転任を命ぜられることは、その地位に伴つて当然予想されるべきであり、特に高知県のように、その置かれている地理的条件からみて、僻地の勤務について教職員間である程度の不均衡は覚悟しなければならない立場にあること、

2  昭和四三年度においては、県下の教職員約二、三〇〇名の移動をみたが、その内僻地勤務となつた教職員も相当数にのぼるところ、申請人らの求める本件各転任処分の効力停止が認容された場合には、当然、同じような事情をかかえている教職員に対する影響も少なくないものと考えられるので、その結果、今後の教育人事行政に関し、大きな支障が生ずると予想されること、

3  新任校は児童生徒数二五名を擁し、校長と教諭三名が配属されて複式学級方式が採られている小規模な学校であるところ、現在申請人力は赴任して授業にあたつているが、教育歴二〇年以上の経験を有する申請人登志子は病気休暇をとつているため、その空白は、本件短期大学を卒業したばかりの若年の臨時女子教員をもつて補充されている実情にあり、さらにその上、申請人力の本件転任処分の効力を停止した場合には、年度の途中で正規の人事移動が困難なため、申請人登志子の場合と同様、臨時の教員をもつてこれの穴埋めをせざるをえないと予想されるが、その臨時の教員には教育経験の豊かな適格者は求め難く、また教師の臨時たる点で児童、生徒ならびに父兄に対し、悪影響すら表われるであろうと心配され、従つてこのような臨時の教員が半数を占めたとした場合、新任校としては、教育の効果が上らないのみか、教育行政としての見地からも甚だ好ましくない情況に立ち至るであろうことが明らかであること、

以上の各事実が一応認められる。

四、そこで、右三で認定した各事実を比較考量して本件を案ずるに、申請人らにつき、本件転任処分の結果生じたと認められる損害は、個人的事情としては、まことに同情すべきものであると思料されるが、申請人らの教職員たる地位および本件各転任処分の効力を停止した結果発生すると予想される公共の福祉に対する影響を考慮するとき、右の損害は、未だ本件各転任処分の効力を停止するだけの損害と認めるに足りないといわなければならない。

五、してみると、本件転任処分の効力の停止を求める申請人らの本件各申請はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由なきに帰するので、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 安間喜夫 西尾幸彦 荒木友雄)

別紙一の(一)

申請の趣旨

(一) 被申請人が、申請人谷本力に対し、昭和四三年三月三一日高知県土佐郡鏡村公立学校教員を免じ、同年四月一日、同県幡多郡大正町公立学校教員に任命し、同町立葛籠川小学校教頭に補するとの転任処分の効力は本案判決の確定にいたるまでこれを停止する。

(二) 被申請人が申請人谷本登志子に対し、昭和四三年三月三一日高知県土佐郡土佐山村公立学校教員を免じ、同年四月一日、同県幡多郡大正町公立学校教員に任命し、同町立葛籠川小学校教諭に補するとの転任処分の効力は本案判決の確定にいたるまでこれを停止する。

との裁判を求める。

申請の理由<省略>

別紙一の(二)反論書および別紙二意見書<省略>

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