高知地方裁判所 昭和52年(わ)93号 決定 1977年5月20日
被告人 G・Y(昭三四・一・二生)
主文
本件を高知家庭裁判所に移送する。
理由
本件公訴事実は
被告人は、
第一 A子(二七歳)の名刺を拾つて電話をかけたところ、同女が知人のBから電話がかかつたものと誤信しているのを奇貨として、金員を騙取しようと企て、昭和五二年一月八日及び翌九日の両日にわたり、高知県安芸郡○○○町○×××番地×の○○○喫茶店から高知市○○町×××番地××所在の○○アパートの右A子方に電話をかけ、同女に対し、返済の意思がないのに右Bの名を名乗り「田舎にもどつているがおじいさんに金を置いて行きたいので一五万円送つてくれないか」等と申し向け、右A子をして真実Bから借金の申込みがあつたものと誤信させ、よつて同月一〇日、高知県安芸郡○○○町○××××番地の○○○郵便局において、右A子から電信為替により一五万円の送金を受けてこれを騙取し
第二 同年二月二三日午前三時三〇分ころ、高知市○町××番××号所在のC方北側路上において、D子(三五歳)から金員を強取しようと考え、いきなり同女の顔面等を手拳で数回殴打して、その反抗を抑圧し、同女から現金六、〇〇〇円位在中のがま口を強取して逃走し、その際右暴行により同女に対し、加療約二週間を要する前歯歯牙破折等の傷害を負わせたものである。
というのであつて、右各事実は、当公判廷で取調べた各証拠によつて明らかである。
そこで、当裁判所の事実審理の結果に基き、被告人の処遇について検討してみるに、被告人は、家出、不良交友、窃盗等の非行があつて、昭和四八年二月二一日教護院収容の措置をとられたが、その後逃走して窃盗等の非行を重ね、同年六月六日高知家庭裁判所で試験観察に付され、教護院での生活を続けていたところ、更に逃走して不純異性交遊、窃盗等の非行に及んだため、同年一二月一三日初等少年院送致の決定を受け、翌四九年一二月六日仮退院を許されて保護観察に付され、以来七か月余の間は一応働き特に非行もなく経過したものの、昭和五〇年七月下旬に窃盗の非行を犯し、同年九月三日再び試験観察に付され、一年余にわたりその観察を経たうえ、どうにか表面だつた非行がなかつたことから、昭和五一年九月二二日不処分となり、引き続き保護観察を受けていたにもかかわらず、更に本件各犯行に及んでいるものであつて、その罪質、動機、態様等に照らしいずれも犯情が重いといわざるを得ないことや、被告人の生活態度に予断を許さないものが感じられることなどをあわせ考えると、今回は刑事処分をもつて臨む必要があるとも思われ、従つて、本件が家庭裁判所から検察官に送致され当裁判所に係属するに至つたことは、首肯できないことではない。
しかしながら、被告人は、出生直前に父母が離別し母が経済的に困窮したことから、出生後間もなく、母の養父母に預けられてその養育に委ねられ、実父母の愛情に接することなく、放任されて人並みの躾も受けず勝手気侭に育てられ、小学校六年時に、ようやく、母の嫁ぎ先に引き取られたものの、夫やその子供らに気兼のある母からことさらに厳しい態度に出られることが少なくなかつたため、そこでの生活に馴染めず、勢い疎外感を抱き、気持が不安定になるなど、生育歴に不遇なもの、また家庭環境に満たされないものがあり、それが性格形成に悪影響を及ぼし、気分易変傾向があつて持続性に欠け、行動が気分感情にまかせて衝動的になりやすく自己統制が不良であり、愛情欲求が強くそれが満たされないことで情緒が安定せず、思考様式に自己中心的なところがあるなどの性格的弱点を生じ、前記のようにずるずると非行を重ねるに至つているものであつてそのようになつた要因には被告人の責に帰することのできないものが少なくないことや、被告人の年齢などを考慮し、少年法の目的にも徴すると、被告人に対しては、その今後の生活に備え、少年の健全育成・保護矯正という観点に立つた処遇を行うことも、当然考えられるところである。そして、被告人は、前記のように、再三非行を犯し、その都度、種々の保護育成措置を施こされており、非行性がかなり進んでいるとみざるを得ないが、これまでの教護院及び少年院における処遇過程や試験観察及び保護観察の場面では、いずれも、一応の改善のきざしをみせていたものであつて、それが持続できていないのは甚だ遺憾であるけれども、性格的歪みないし非行性が固定化してしまつて、もはや保護処分による変容の可能性がないというほどの状態に至つているとは感じられず、年齢が一八歳になつてさほど間がないことや、公判における態度にみるべき点がないではないことなどをもあわせ考えてみると、むしろ、この際、更に保護処分、特に収容保護を施こし、専門的な立場から強力な処遇を行うことによつて、相当に性格が矯正され非行性が洗除される可能性があるのではないかと思料される。
また、被告人の過去における非行は、犯罪としてはいずれも比較的軽微なものであつたし、本件犯行、特に前記第二の強盗致傷罪は、いわゆる兇悪犯であるが、兇器を用いての犯行ではなく、幸い、傷害の程度もさほど重大なものとならずにすみ、財産的被害も六、〇〇〇円程度にとどまり、なお、その被害者に対しては被告人の母が二〇万円を提供して弁償ないし慰藉の措置を講じていることが窺われるので、この種の事犯の中では軽微な部類に属するとみてよく、第一の犯行によつてかなりの財産的損害を被らせていることを考慮し、少年法二〇条の趣旨に照らしてみても、本件について、刑事処分をもつて臨まなければ著しく正義に反するとまでの断定はにわかになし難い。そして、本件につき刑事処分を科するとすれば、被告人に対し言渡すべき不定期刑の短期は酌量減軽を施こしても懲役三年六月を下らず、仮出獄の運用如何によつては、少なくとも、その短期の全部を執行される可能性があり、そうなると、現実の問題として、行為と刑との均衡を失する憾みなしとしない結果になるものと思料される。
しかして、これらの事情を総合し、また、被告人が現在反省の色をみせ、刑務所よりは少年院へ収容されることを望み、矯正教育を受けたうえで、更生の道を歩みたいとの意向を示していることをもあわせ考慮すると、結局、本件は、刑事事件として処置するよりも今一度家庭裁判所で調査審判を経たうえ適切な保護処分(収容)に付する方が相当である事案と認められるので、少年法五五条に則り、本件を高知家庭裁判所に移送することとする。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 板坂彰 裁判官 山脇正道 伊藤正高)
参考一 受移送審決定(高知家 昭五二(少)五一七号 昭五二・六・一特別少年院送致決定)
主文
少年を特別少年院に送致する。
少年に対して昭和四八年一二月一三日当裁判所がなした少年を初等少年院に送致する旨の決定はこれを取り消す。
理由
本件非行事実
昭和五二年三月二六日付起訴状記載の公訴事実(編略、移送決定公訴事実参照。)(但し、第一の事実につき、六行目の「同女に対し」の次に「返済の意思がないのに」を加える)を引用する。
罰条
第一の事実につき、刑法第二四六条第一項
第二の事実につき、刑法第二四〇条前段
情状及び措置
調査審判の結果、少年には資質及び環境の両面に亘り、種々問題のあることが判明した。
その主要な点は家庭裁判所調査官の昭和五二年五月三一日付意見書に摘記してある通りである。
よつて少年に対する措置につき考えるに、少年が上記のように改善困難と思われる種々の問題を有することから考え、再非行の危険性は相当高度であるというべく、在宅保護による更生には全然期待が持てないので、少年を特別少年院に送致してその更生をはかることとし主文のとおり決定する。
適条
主文第一項 少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条。
同 第二項 少年法第二七条第二項。
(裁判官 門田伸一)
参考二 受移送審に関する家庭裁判所調査官意見及び鑑別結果
意見書
高知家庭裁判所
裁判官 門田伸一 殿
昭和52年5月31日
同庁 家庭裁判所調査官 ○○○<印>
少年 G・Y 昭和34年1月2日生
住所 不定
前記少年に対する保護事件は特別少年院に送致の決定をなすを相当と思料します。
理由
1 本件は前回処遇として、罪質・情状に照らして20条送致になつたものであるが、刑事裁判所より、その不遇な生育歴が大きな非行要因となつていること、過去の処遇がある程度成果をあげていること、公判廷での態度等より、教育可能性があるとし、また強盗致傷罪もこの種事犯の中では軽微な部類に属し、過酷な実刑をもつて臨まなければ社会正義に反するとは断定し難く、適切な保護処分(収容)に付する方が相当であるとして、少年法五五条により移送されたものである。
2 非行事実や生活史等は、今回決定及び前回、前々回調査票の通りでありこれを援用したい。
3 少年の問題行動は小四年生頃に始まり持続され、その間教護措置、当庁の試験観察、初等少年院、保護観察とあらゆる処遇もとられたが、その効果は薄く本件非行に至つたものであつた。その要因としては、移送理由にも記載の如く、不遇な生育歴や親和感の持てない家庭環境、未成熟で意志薄弱型の性格、主体性がなく目標・意欲も持てず、成りゆきまかせの行動傾向や生活態度、不良交遊などがあげられる。
4 早発持続型で非行手口も悪質化し、昨年2月以降暴力団○○会○○組に入り、組長宅で部屋住みの生活を送り、左肩にボタンの入墨、隠語も多用するなど反社会的文化への同一視や不良顕示性もある程度身につけ、しかも保護者の協力も得られにくいので(後記家庭環境参照)保護処分による更生は相当難しく、厳しい刑事処分により責任を自覚せしめるのが効果的かもしれない。
5 しかし反面では、本年1月組との間に問題を起し、1月19日に小指を詰め組と縁を切ろうとするなど、組員にも徹しきれない自己に気付き始めたし、少年院での更生を望んでおり、矯正可能性は否定できない。また強盗致傷事件の被害者は、組の兄貴分Eの情婦なので、勿論○○組には戻れず、高知市内もうろうろできない現状なので、今が更生へのチャンスとも言える。
6 以上諸点や初等少年院の在院歴、軽傷の強盗致傷事件では、法定刑の厳しさや長期刑の少年への悪影響を避けるため保護処分により更生をはかることが実務的によく行われていることも併せ考え、少年に対しては首記処分で望みたい。
なお退院後帰高する場合は、保護者との関係調整の外、暴力団との関係にも十分な配慮が望まれる。
〔参考事項〕
1 家庭環境
家族構成は変らず、継父は昭50・6・15 6、500万の不渡り手形で一度は倒産したものの、問屋の好意もあり「○○建材店」として再建、自身が先頭に立つて働らき、残負債五〇〇万円にまでこぎつけている。実母は2回の大手術で体が弱く家事が精一杯である。G・R子、G・B子、G・Sらも(以下子供達と記す)病院や会社事務員、家業手伝とそれぞれ働らいている。
この家庭が少年の今回非行でがたがたになつている。子供達は以前から少年と殆んど口もきかなかつたが、本件でG・R子の結婚話がこわれたことや家の金を取り、また暴力団の情婦に絡まれたこともあり、「将来どんなことがあるかもしれない、なんとかして欲しい」と継父に要求するようになつてきた。また実母も長女G・R子の破談から四月には家出、継父が捜し回り連れ戻す一幕もあつた。
実母は冷たくヒステリックな性格のようで、最近では少年のことを口にするだけで「あの子のことは言わんといてくれ、あの子の話はいや」と機嫌が悪るく、面会にも行かない、そのため継父は当職のもとへの出頭も実母には内諸であつた。
継父は苦労して育つた人で、親の愛情も知らずに育つた実母、実母と同様な生育歴を持つ少年に深い愛情をよせている。そして愛情欲求が強く、小心、すなおな一面を持つ少年に、母親らしく優しく応えてやろうとしない実母に不満も持つている。いずれにしても現状は少年を受け入れるような家庭の雰囲気ではない。
なお継父によれば、上記の如き母の態度より審判には出席しないだろうし、継父自身も「逆恨みされるおそれもあり出席しないと言つておる。
2 実母の生育歴
別紙家族関係図の如く、実母も生後間もなく、その実父母が別れたため、○○夫婦の養女に行つたが、同人夫婦に次々と実子が生れたことや貧困から「お前はわしらの子でない」等と疎外され、小3年頃より学校にも行かず弟妹の子守をし、15~16歳頃から和歌山県、香川県方面の飲食店を転々としてきた。少年を○○夫婦に預けたときも月3万円程度送金していたようだし、送金が遅れると「血がつながつてない」と少年を戻されたこともあつたらしい。
3 被害者との示談
強盗致傷事件の被害者D子とは、仲人を立て交渉、20万円で示談成立支払済である。
(以上)