高知地方裁判所 昭和53年(モ)98号 決定 1978年4月15日
申立人 田辺製薬株式会社
右訴訟代理人弁護士 石川泰三
<外一三名>
主文
本件忌避の申立を却下する。
理由
第一忌避申立の趣旨及び理由
本件申立の趣旨は、「高知地方裁判所昭和四八年(ワ)第一三三号・三一二号、昭和五〇年(ワ)第一〇六号、昭和五一年(ワ)第三四八号・四二三号・四六二号、昭和五二年(ワ)第二〇号・六五号・一四五号・二六一号損害賠償請求事件について、同裁判所が昭和五二年一二月一四日選任した鑑定人甲原一郎・同乙山和夫・同丙川雄一に対する忌避の申立は理由がある」との裁判を求めるにあり、その理由の要旨は、別紙忌避申立の理由に記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 申立人は、(イ)当事者の一方と密接な交際又は激しい反感があること、(ロ)当該事件に関し、当事者の一方からの依頼により裁判外で鑑定をしたこと、(ハ)当事者の一方のみから資料の提供を受ける等鑑定資料の蒐集方法が公正を欠くこと等は、すべて民事訴訟法三〇五条所定の鑑定人の忌避事由にあたるとされているところ、本件鑑定人甲原・同乙山・同丙川については、右(イ)に該当するような、一方当事者(原告)との間に密接な交際があるうえに、右(ロ)(ハ)に類する事由も認められる旨主張する。
二 思うに、民事訴訟法三〇五条が規定する「鑑定人ニ付誠実ニ鑑定ヲ為スコトヲ妨クヘキ事情」とは、鑑定人と事件との関係、鑑定人と当事者との関係からみて、鑑定人が不誠実な鑑定をするであろうとの疑惑を当事者に起させるに足る客観的事情をいうのであって、当事者が単に主観的に不誠実な鑑定がなされるであろうと推測するような事情ではないと解するのが相当である。申立人が主張する前記一の(イ)ないし(ハ)の事由は、すべて形式的には鑑定人忌避の事由に該当するけれども、右一の(イ)(ロ)に該当するような事由、すなわち、一方当事者との間の密接な交際或いは裁判外で鑑定したという事情は、いずれも当該訴訟における当事者と鑑定人との間に右事情が存在することをいうものであって、他の訴訟における当事者と鑑定人との間に右のような事情が存在したとしても、そのことは、当該訴訟の当事者・鑑定人間に右のような事情が認められないかぎり、当該訴訟においても、右鑑定人が不誠実な鑑定をするであろうとの疑惑を当該訴訟の当事者に起させるに足る客観的事情とはいえない。申立人は、前記三名の鑑定人について右一の(イ)に該当するような、一方当事者(原告)との間に密接な交際がある旨主張するが、その主張によれば、鑑定人甲原・同乙山・同丙川がいずれも統一診断書を作成し、或いはその作成に関与したこと等により、原告らの立証活動を積極的に支援したとして、右鑑定人らと原告団・弁護団とが密接な関係があると指摘する訴訟は、いずれも本件訴訟とは異なる当事者(原告)・弁護団のもとで追行されている他の裁判所での別個の訴訟であることが明らかであるから、右別個の訴訟の当事者(原告)・弁護団と前記鑑定人らとの間に仮に申立人が指摘するような事実があったとしても、そのことから直ちに、前記鑑定人らが本件訴訟の原告ら・弁護団との間においても密接な関係を有することが認められる訳ではなく、ほかには本件訴訟の原告ら弁護団と前記鑑定人らとの間に密接な関係がある旨の主張・疏明がないから、前記鑑定人三名について、右一の(イ)に該当する事由がある旨の申立人の主張はこの点において失当である。もっとも、申立人は、前記鑑定人三名が、ス全協の系統に属する弁護団・原告団と密接な関係を保持している旨主張するが、本件訴訟の原告ら・弁護団がス全協に所属している旨の主張・疏明はなく、仮にそのような事実があったとしても、前記説示のとおり、ほかに、右鑑定人三名と本件訴訟の原告ら・弁護団との間に密接な関係があることの認められない本件のもとでは、本件訴訟の原告ら・弁護団がス全協に所属していることの一事をもって、申立人において、右鑑定人三名が公正・中立の立場を欠き、本件訴訟の原告らに対して有利な鑑定を実施するであろうと推測したとしても、申立人の右推測にかかる事情は、後記五に説示のとおりの、右鑑定人三名のスモン研究者としての実績・地位に徴しても、単に申立人の主観的な推測であるにすぎず、右鑑定人三名が不誠実な鑑定をするであろうとの疑惑を起させるに足る客観的事情と認めることはできない。したがって申立人の右主張も理由がない。
三 申立人は前記鑑定人三名につき、前記一の(ロ)に類する事由も認められると主張し、右鑑定人三名が、スモン原告団の依頼により、訴訟外で統一診断を実施し、その診断書を作成したことを指摘するところ、申立人が指摘するような統一診断の実施・診断書の作成が、右一の(ロ)にいう、裁判外で鑑定したことにあたるかどうかはともかくとして、仮に裁判外の鑑定にあたるとしても、右一の(ロ)の事由は、前記二で説示したとおり、当該訴訟の当事者の依頼により裁判外で鑑定がなされた場合をいうものであるところ、これを本件についてみると、右鑑定人三名に統一診断の実施・診断書の作成を依頼した当事者は、本件訴訟の原告らとは異なることが申立人の主張自体から明らかであるうえ、本件訴訟の原告らが右鑑定人三名に右統一診断の実施等を依頼したことについては、その主張がないから、この点においても、申立人の右主張は失当である。
四 申立人は、鑑定人甲原について、前記一の(ハ)に類する事由も認められると主張する。すなわち、同鑑定人が、広島スモン訴訟の原告らの統一診断に際し、スモン神経症状発現時期について、診療録の記載と異なる時期を発現時点として統一診断書に記載したが、これは同鑑定人が事実を右原告らに有利にするため、作為的に改変したものであるとして、同鑑定人につき、鑑定資料の蒐集方法が公正を欠く旨を指摘するので、この点につき判断するに、申立人提出の疏明資料によっても、同鑑定人が右診断書の作成にあたり、右原告らの神経症状発現時期の記載について、申立人主張のような作為的な改変をしたことを認めることはできないから、申立の右主張は、さらにその余の点について判断するまでもなく、既にこの点において理由がない。
五 なお付言するに、当裁判所が、昭和五二年一二月一四日決定した本件鑑定は、鑑定人一四名の合議に基づきなされる共同鑑定であり(当初は鑑定人一五名による共同鑑定であったが、後日鑑定人一名について、病気療養中のため、その選任を取り消した)いわば一つの鑑定人団による鑑定であるところ、一般に、鑑定人団に属する一部の者について忌避が認められるためには、右一部の鑑定人につき忌避事由があることにより鑑定人団による鑑定そのものが不誠実な鑑定であるとの疑惑を当事者に起させるに足る客観的事情が認められるに至る場合でなければならないと解するのが相当である。これを本件忌避申立についてみるに、仮に鑑定人甲原・同乙山・同丙川について、申立人が指摘するような事実があったとしても、そのために一四名の鑑定人(鑑定人団)による鑑定そのものが誠実公平に行なわれない客観的事情が存在するものとは到底認められない。何故ならば、右一四名の鑑定人は、いずれも我が国を代表する著名な神経内科医であり、かつ厚生省特定疾患スモン調査研究班臨床分科会の班員又は協力班員であり、多数のスモン臨床例を知見し、スモン研究において十分な実績を有するスモン研究者であって、この鑑定人一四名による共同鑑定の結果は、我が国では最高の権威ある鑑定といえるところ、仮に、申立人が指摘する三名の鑑定人が中立的な立場を欠き、不誠実・不公平な鑑定意見を出したとしても、その不公平な態度は、最高度の専門知識と経験を有する他の一一名の鑑定人によって看破されることになり、ひいては厚生省特定疾患スモン調査研究班の共同研究班員としての適格性が問題となって、研究者としての資格さえも問われることになるので、かかる事態の生ずる客観的事情の存在が認め難いからである。したがってこの点においても本件忌避申立は理由がない。
六 その他、鑑定人甲原・同乙山・同丙川について、誠実に鑑定をなすことを妨げる事情が存することを認めることができないから、本件鑑定人忌避の申立はこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鴨井孝之 裁判官 松村雅司 高井和伸)
<以下省略>