高知地方裁判所 昭和56年(ワ)231号 判決 1981年12月02日
原告 有限会社岡村商事
被告 森光正吉
主文
一 被告は原告に対し別紙物件目録記載の各不動産についてなした高知地方法務局昭和五五年一一月一八日受付第四一七三六号賃借権設定登記の抹消登記手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、高知地方裁判所昭和五五年(ケ)第一四六号不動産競売事件において、昭和五六年四月八日別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という)を買受けてその所有権を取得し、同年五月一一日高知地方法務局受付第一六八二二号をもつて所有権移転登記を経由した。
2 然るに、本件不動産には、被告のために、高知地方法務局昭和五五年一一月一八日受付第四一七三六号により、左記の内容の賃借権設定登記(以下「本件賃借権設定登記」という)がなされている。
記
原因 昭和五五年一一月一五日設定
借賃 一か月三万円
支払期 毎月末日
存続期間 三年
特約 譲渡、転貸ができる。
賃借権者 被告
3 本件競売は、昭和五四年六月一四日設定されて高知地方法務局同日受付第二三九五〇号をもつて登記された抵当権に基づいてその申立てがなされ、昭和五五年一一月二七日高知地方裁判所において競売開始決定がなされ、同日右法務局受付第四二七七七号をもつて差押えの登記が経由された。
4 ところで、被告は、本件不動産の前所有者である訴外松野木増美に対する貸金債権を担保するために本件賃借権設定登記を経由したものにすぎず、右差押えの登記の時に現に本件不動産を占有していないから、民法三九五条の保護を受けるべき賃借人には該当しない。
5 よつて、原告は被告に対し、本件賃借権設定登記の抹消登記手続をなすことを求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4のうち、被告が、差押えの登記の時に本件不動産を現に占有していないことは認めるが、その余は否認する。
訴外松野木に貸金を有するのは被告ではなく、被告が代表取締役をしている訴外有限会社富士宅建である。
3 同5は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1ないし3の事実、並びに、被告が、本件不動産について差押えの登記がなされた時に、右不動産を占有していないことはいずれも当事者間に争いがない。
二 よつて按ずるに、そもそも民法三九五条が、抵当権設定登記後に設定登記された賃借権であつても同法六〇二条所定の期間を超えざるいわゆる短期賃借権は抵当権者に対抗できる旨規定したのは、抵当不動産におけるその交換価値を把握する権利(抵当権)とその使用・収益を目的とする用益権(賃借権)との調和を図るためである。すなわち、抵当権は、本来、その設定時に把握した権利状態で当該不動産を換価でき抵当権設定後に設定された用益権はすべて覆滅されることになるのが原則であるが、右原則を貫くと、抵当不動産の利用者の地位は甚しく不安定となり、抵当不動産の利用は事実上大巾な制約を受けるため、民法三九五条は、右原則を修正し、いわゆる短期賃借権は抵当権設定登記後に登記されたものでも抵当権者に対抗できるものとして、抵当不動産の用益的利用にもそれなりの配慮を示したのである。
以上のような抵当権と用益権との調和を求める民法三九五条の趣旨に鑑みるならば、競売開始決定がなされ当該不動産について差押えの登記がなされる時になつても当該不動産の占有(用益)を開始していないような者は、たとえいわゆる短期賃借権の設定を受け、その旨の登記を経由していても民法三九五条の保護を受け得る賃借人には該当しないものというべきである〔賃借権設定の登記を経由しただけで現に占有(用益)していない者は、多くは、不動産所有者に対する債権者であり、その債権担保のための一手段として右賃借権設定登記を経由した場合が多いであろうが、民法三九五条の賃借権に右のような債権担保の機能をもたせる必要性は全くないし、そのような機能をもたせることは制度の逸脱ないし濫用というべきものである。また、賃借権者が債権者でなく、右のような債権担保の目的を有するわけでない場合にも、当該不動産について競売開始決定があり差押えの登記がなされる時に至つてもなお右不動産の占有(用益)を開始していないような者は、前記民法三九五条の趣旨から同条の保護に値しないといつて差支えないし、そう解することが価値権と用益権との調和を保つゆえんであるというべきである〕。
三 そうすると、本件賃借権に、民法三九五条の保護を受け得ないものというべきであるから、本件不動産を買受けた原告に対抗できず覆滅し、本件賃借権設定登記は実体関係を欠くことになるから、その抹消登記手続を求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 増山宏)
(別紙)物件目録<省略>