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高知地方裁判所 昭和58年(ワ)145号 判決 1986年5月06日

原告

御國ハイヤー有限会社

右代表者代表取締役

明石直美

右訴訟代理人弁護士

徳弘壽男

被告

野口源吉

(ほか五名)

右六名訴訟代理人弁護士

土田嘉平

主文

一  被告らは各自原告に対し金二三万二一一二円及び内金一八万二一一二円に対する昭和五七年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告ら、その余を原告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し金四八万二一一二円及び内金一八万二一一二円に対する昭和五七年七月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、従業員一一五名を雇用し常時四二台のタクシーを稼働させて旅客運送事業を経営している会社であり、高知市桟橋通一丁目に「帯田車庫」と称する車庫(以下「帯田車庫」という。)を、同市百石町に「みくにハイヤー百石町車庫」と称する車庫(以下「百石町車庫」という。)をそれぞれ有している。

2  被告らは、共謀のうえ、昭和五七年七月九日午前四時から翌一〇日終業時までの二日間にわたり、原告が事前に再三警告したことを無視して、帯田車庫及び百石町車庫にゴザ、敷物等を持ち込んで他の十数名の者と共に両車庫を占拠し、原告が退去を命じても応じず、威力をもって、帯田車庫に格納されていたタクシー一台(高五五あ四五五七号)及び百石町車庫に格納されていたタクシー五台(高五五あ五〇一一号、同五七九六号、同五四三四号、同五四〇七号及び同四五三四号)を原告が搬出稼働させることを不可能ならしめ、違法に原告の営業を妨害した。

3  原告は、被告らの右不法行為により、次のとおり損害を被った。

(一) 逸失利益

右不法行為当時におけるタクシー一台当たりの一日の稼働平均売上高は三万七七六〇円であり、これに要する費用は二万二五八四円(燃料費三〇一五円、タイヤ等一一五円、各種オイル八〇円、車両償却費一二五〇円、人件費一万八一二四円)であったから、その差額一万五一七六円が純益となるところ、原告は、前記のとおり、タクシー六台を二日間にわたり稼働できなかったので、合計一八万二一一二円の純益を逸失した。

(二) 弁護士費用

原告は、その訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、着手金を支払うとともに報酬の支払を約したが、そのうち少なくとも三〇万円は、前記不法行為による損害として、被告らが賠償すべきである。

4  よって、原告は、被告らに対し、金四八万二一一二円及びそのうち逸失利益一八万二一一二円に対する損害発生の日である昭和五七年七月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、七月九日に、被告筒井及び同津田が帯田車庫、被告橋詰、同大石及び同津田が百石町車庫を、七月一〇日に、被告大石及び同筒井が帯田車庫、被告橋詰、同梅崎及び同津田が百石町車庫を、それぞれ訴外の労働組合員らと共に占拠したこと、帯田車庫及び百石町車庫にそれぞれ原告主張のタクシーが格納されていたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実のうち、タクシー六台が二日間にわたり稼働しなかったことは認めるが、その余は争う。

三  被告らの主張

1  被告らは、高知県下のタクシー労働者の個人加盟による単一組織の労働組合である全国自動車交通労働組合連合会高知地方本部(以下「全自交地本」という。)の組合員であり、被告野口は全自交地本の執行委員長、被告橋詰は同書記長、被告大石及び被告筒井は同執行副委員長、被告津田は全自交地本の組合員である原告の従業員をもって結成された全自交地本みくに分会(以下「みくに分会」という。)の分会長、被告梅崎は同副分会長であった。

2(一)  原告に雇用されている従業員の労働条件は、極めて低劣かつ不安定なものであった。特に、昭和五一年一一月二〇日以降に雇用された者はいずれも臨時雇の地位にとめおかれ、しかも、その賃金は一か月の水揚高の四五パーセントとするオール歩合給であり、こうした前近代的労働条件に呻吟する者が、昭和五七年三月当時、従業員八四名中六六名の多きに達していた。

(二)  そのため、全自交地本は、昭和五七年の春闘を迎えて、原告に対し、基本給一律二万円引上げ、年間臨給九〇万円支給、臨時従業員の正規従業員への雇用と定員の確保、オール歩合給の賃金体系を基本給プラス歩合給に改定すること等を要求し、団体交渉を申し入れた。

(三)  そして、同年四月七日、五月三日、五月一八日及び七月六日の四回にわたって団体交渉がもたれたが、原告は、右要求に全く誠意を示さず、現状を変更する必要も意思もない、との紋切型の回答に終始した。

(四)  そこで、全自交地本は、七月六日の団体交渉の際、書面をもって、原告に対し、七月九日始業時から七月一一日始業時まで四八時間のストライキを行う旨通告し、他の支援組合員らと共に前記のとおり帯田車庫及び百石町車庫を占拠した。

3  右占拠(以下「本件占拠」という。)は、次の諸点に照らし、争議行為として正当なものというべきである。

(一) 本件占拠は、労働者の労働条件の維持改善、経済的地位の向上を図るためになされた争議行為であり、目的において正当なものであった。

(二) タクシー業界では、ストライキの対抗手段として、使用者側が職制若しくは非組合員を使ってタクシーを稼働させ、ストライキの効果を減殺するのが常態であり、現に、原告の専務取締役明石健市は、前記団体交渉の席で、ストライキがあっても会社側は車を稼働させる、と明言していた。したがって、被告ら組合側としては、争議防衛上、組合員の乗務するタクシーのすべてにつき代替労働による稼働を阻止する手段をとっても、是認される筋合であったが、より譲歩して、A勤務、B勤務とも(タクシー乗務は、一台のタクシーにつき二名の従業員が隔日に行い、A勤務、B勤務と称している。)組合員がコンビになって乗務しているタクシーの代替稼働のみを阻止するにとどめ、結局、四二台のタクシーのうち僅か六台の稼働を阻止したにすぎなかった。このように、本件占拠は、争議防衛のため必要最小限のものであった。

(三) 本件占拠の態様は、代替稼働を阻止する限度において、単に車庫内に座り込んだにすぎないものであって、企業施設及びタクシーの物質的機能を侵害又は破壊する行為には及んでいない。

(四) 原告は、退去を命じたのに被告らがこれを無視したというが、その退去命令は、一日に二、三回口頭で伝えに来たり文書を配ったりする程度のものであり、形の上だけの体裁づくりにすぎなかった。そして、原告において、前記六台のタクシーを九、一〇の両日どうしても稼働させるべき必要は、保安上はもとより、営業上も全くなかった。要するに、原告の退去命令は、専らストライキの気勢をそぎ、その効果を減殺させようとの意図に基づくものであるから、これに応じなかったことは、争議権が保障されていることに徴し、法秩序全体の見地から許容されるべきである。

(五) 以上のとおり、本件占拠は、原告の出方に対応し、ストライキ破りを防ぐことによって、労使の対等、争議の実効を確保するための合理的手段であって、正当な争議行為であるから、労働組合法八条によって、被告らは免責されるべきである。

四  原告の反論

労働者の団結権等と国民の平等・自由・財産権等はパラレルに考えられるべきで、争議の正当性の限界はその調和性にある。企業の使用収益権(経営権)は企業者側にあり、その私有財産権の根幹を揺るがす争議行為は許されない。本件占拠は、右の限界を超え、原告の経営権を侵害するものである。被告らの主張は、争議行為の効果を生じさせるためには使用者の自由意思を抑圧し財産に対する支配を阻止することも許される、とするものであって、到底是認できない。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  (証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告らは、その主張のとおりの労働組合である全自交地本の組合員であり、昭和五七年当時、被告野口は全自交地本執行委員長、被告橋詰は同書記長、被告大石及び被告筒井は同執行副委員長、被告津田は被告ら主張のとおりのみくに分会の分会長、被告梅崎は同副分会長であった。なお、右の当時、全自交地本の組合員である原告の従業員(みくに分会員)は二四名であった。

2  原告は、その雇用したタクシー乗務員の賃金につき、固定給(基本給)制をとっていたが、赤字が累積し、経営状態が著しく悪化したため、その立直しを図るべく、昭和五一年春頃、稼働水揚げに努力する者とそうでない者とが同じ固定給を受けることの不公平を是正するとの考慮をもはらって、各乗務員の水揚高を基準とした歩合給制に改めることとした。これに対し、全自交地本が反対して、紛争となり、約六か月にわたりストライキが行われたが、原告の経営状態からして歩合給制の導入はやむをえないことであったため、同年一一月頃、原告とみくに分会員との間で、以前から在職している者については既得権(正社員)として基本給と歩合給の二本立とし、その他の者は歩合給のみとする、との合意が成立するに至り、ようやく紛争が解決した。

3  その後、全自交地本は、毎年、原告の従業員の労働条件の改善、殊に、賃上げ及び歩合給のみの従業員に基本給を加えることを要求し、原告と交渉したが、原告は、その経営状態が芳しくないこと、賃金は稼働に励めば高額になるし運賃の値上げに伴い増額していること、前記合意以後に採用した乗務員は歩合給のみであるが同業他社の実情に照らし不合理ではなく原告の経営を確立するためやむをえない方策であること等を理由に、要求を拒否し続けた。

4(一)  昭和五七年三月当時、みくに分会に属する全自交地本の組合員二四名中、四名が歩合給のみの従業員であった。なお、歩合給のみの従業員は、臨時雇或は臨時従業員と呼称されてはいたが、その雇用期間は、限定されておらず、正社員と同様であった。

(二)  全自交地本は、同年の春闘を迎えて、原告に対し、基本給一律二万円引上げ、年間臨給九〇万円支給、臨時従業員を正社員に採用しその賃金を基本給と歩合給の二本立にすること等を要求し、これについて、同年四月七日、五月三日、五月一八日及び七月六日の四回にわたり団体交渉を行ったが、原告は、乗務員の賃金収入の実績や原告の経営状態からして、右要求には到底応じられない旨の回答を重ね、交渉は物別れに終わった。

(三)  そのため、被告らを含む全自交地本及びみくに分会の幹部は、ストライキを行うこととし、みくに分会員の多数決による賛成を得たうえ、七月六日の団体交渉の席上で、全自交地本執行委員長たる被告野口名義の書面をもって、原告に対し、七月九日始業時から七月一一日始業時まで四八時間のストライキを行う旨通告した。これを受けた原告の専務取締役明石健市は、被告橋詰ら組合側の出席者に対し、「ストライキはわれわれのような零細企業にとっては非常な痛手であり、企業の実態からしても大きな損害を被る。しかし、ストライキ権の行使はやむをえない。ただ、会社側にも操業を継続する権利と企業を防衛する義務があるから、ストライキがあっても、タクシーは管理職によって稼働させる。」と述べ、稼働を妨害しないよう要請した。

(四)  被告らは、右の要請は無視し、ストライキの方法として、被告ら主張のとおりA勤務・B勤務とも組合員(みくに分会員)がコンビになって乗務することとなっていた原告主張のタクシー六台を原告側において搬出し代替稼働することを阻止すべく、全自交地本傘下の支部・分会員に支援を求め、七月九日午前五時頃、みくに分会員が稼働を終えて帯田車庫及び百石町車庫に右六台のタクシーを格納すると同時に、被告筒井及び同津田が帯田車庫に、被告橋詰、同大石及び同津田が百石町車庫に、それぞれゴザなどを敷き支援組合員一〇名ないし一五名と共に右タクシーを取り囲むように座り込んだり寝転んだりして、両車庫を占拠し、七月一〇日にも、被告大石及び同筒井が帯田車庫に、被告橋詰、同梅崎及び同津田が百石町車庫に、それぞれ右同様の支援組合員と共に座り込むなどして、両車庫の占拠を続けた(右六台のタクシーが両車庫に格納されていたこと及び右のように占拠したことは被告らの認めるところである。)。なお、その間、被告野口は占拠状況を視察し、被告橋詰も百石町車庫から帯田車庫を訪れて視察した。

(五)  前記明石専務は、右占拠(本件占拠)がなされた直後から再三にわたり、管理職を連れて両車庫に赴き、座込みなどしている者らに対し、書面及び口頭をもって、前記六台のタクシーを搬出するので退去するよう求め、応じなければ損害賠償を請求する旨警告したが、右の者らは、これを全く無視し、「勝手にせえや」「轢いて行けや」などと放言して右タクシーの周囲から動かず、右タクシーの搬出稼働を断固阻止した。そして、かかる状態は、七月一〇日午後一〇時頃まで続き、結局、原告は、二日間にわたり、前記六台のタクシーを稼働させることができなかった(二日間にわたる不稼働は被告らの認めるところである。)。

三  右認定の事実によれば、原告は、本件占拠が開始された時から前記六台のタクシーを稼働させることとしていたのに、実力をもって、これを阻止されたものであり、その阻止は、事の経緯に徴し、また、被告らから特段の反証がなされていないことからして、被告らが、その相互間及び支援組合員らとの間で意思を通じ共謀のうえ行ったものというべきである。

そして、右阻止は争議行為として行われたものではあるが、争議中であっても、使用者は、操業継続の自由があり、もともと操業を継続することによってストライキによる損害の軽減を図ることができるといわざるをえず、その操業を代替労務によって行うことを否定すべき理由は見出し難いこと、右阻止は、原告の再三にわたる要求、警告を全く無視し、継続して二日間にもわたり六台ものタクシーを排他的占有下に置いてなされたものであって、原告の所有権の行使ないし営業の自由を高度に妨げたといわざるをえないこと、なお、被告らは、原告の従業員の労働条件が極めて低劣かつ不安定であり、団体交渉における原告の対応が著しく誠意を欠くものであったと主張するが、実質的な観点からして、そのように断定できるほどの証拠はないこと等に徴すると、右阻止は、正当な争議行為の範囲を超えており、実力的手段により原告の営業を妨害するものとして、違法であるとみるほかない。

したがって、被告らは、民法七〇九条、七一九条により、右阻止により原告が被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。

四  (証拠略)によれば、原告は、前記六台のタクシーを二日間にわたり稼働させることができなかったことにより、その主張のように合計一八万二一一二円の純益を逸失したことが認められる。そして、本件事案の内容、審理の経過、右認定の損害額等に徴し、原告が被告らに賠償を求めうる弁護士費用の額は、五万円をもって相当と認める。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金二三万二一一二円及びそのうち逸失利益一八万二一一二円に対する損害発生の日である昭和五七年七月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であって棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立てについては、相当でないから、これを却下する。

(裁判官 山脇正道)

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