大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和58年(ワ)220号 1986年4月14日

原告

福留孝夫

(ほか一七名)

右一八名訴訟代理人弁護士

土田嘉平

被告

御国ハイヤー有限会社

右代表者代表取締役

明石直美

右訴訟代理人弁護士

徳弘壽男

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、それぞれ別表(略)請求金額欄記載の各金員及びこれに対する昭和五八年七月八日から各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、高松陸運局から免許を受けて、常時四二台のタクシーを稼働させて、旅客運送業を営む有限会社である。

原告らは、別表入社年月日欄記載の日にそれぞれ被告に雇傭され、タクシー乗務員として勤務しているものである。

2  被告は、その就業規則(昭和五五年六月一九日施行のもの。以下、「本件規則」という。)二八条において、被告の従業員に対し、「賞与は、会社の業績に基づき従業員の勤務成績を勘案して毎年原則として六月、一二月に支給する」と定めている。

3(一)  昭和五六及び五七年度において、被告は、タクシー乗務員を除く管理職員及び事務職員に対し、それぞれ毎年七月一〇日と一二月一〇日の二回、当該職員の一か月の賃金に相当する賞与を支払っている。

(二)  原告らの昭和五六及び五七年度の各年間賃金は、それぞれ別表昭和五六年度総収入及び昭和五七年度総収入欄記載のとおりである。

(三)  したがって、原告らの昭和五六年及び五七年度の各夏季賞与及び冬季賞与は、右(二)の賃金総額の各一二分の一(但し、病気欠勤のため、原告岡田一豊の昭和五六年度分は一〇分の一、同五七年度分は一一分の一)で、別表各一時金欄記載のとおりであり、これらの合計は、同請求金額欄記載のとおりである。

4  よって、原告らは、本件規則に基づく賞与(一時金)として、それぞれ別表請求金額欄記載の各金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年七月八日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1及び2の各事実は認める。

2 請求原因3(一)の事実は認める。同(二)の事実は否認する。同(三)の主張は争う。

(被告の主張)

1 原告らの所属する全国自動車交通労働組合連合会高知地方本部みくに分会(以下その前身を含めて「組合」という。)と被告との間で締結された、賃金に関する労働協約の主なものは、次のとおりである。

(一) 昭和四七年二月五日締結した労働協約(以下「四七年協約」という。)では、賃金の体系を賃金、一時金及び退職金とし、一時金については、「会社は従業員に毎年六月及び一二月一〇日現在の在職者に一時金を支給する。その額及び支払基準についてはその都度会社、組合が協議して決める。」旨協約した。この当時、乗務員と非乗務員との間には賃金体系上差異はなかった。

(二) 昭和五〇年五月一六日締結した労働協約(以下「五〇年協約」という。)では、乗務員と非乗務員との賃金体系が明白に区別され、乗務員賃金は、基本給に出来高払制が導入された。これによる新賃金体系は、同月二一日から実施された。

(三) 昭和五一年一一月二〇日締結した労働協約(以下「五一年協約」という。)でも、乗務員と非乗務員との賃金体系が明白に区別され、乗務員については、(1)基本給(深夜、割増給を含む。)及び諸手当(家族手当、祭日手当、車庫手当)は存続するが、昭和五〇年以降は凍結し、その余はすべて廃止する、(2)出来高払制とし、報償金制度によって実質的賃金収入の増大を図ることとする、(3)年間臨時給である賞与は支給しないとされた。この協約は、昭和五一年一一月二一日以降実施された。

(四) その後、原告らと被告との間では、新たな労働協約は締結されておらず、本件規則も改正され、現在では就業規則上も一時金の規定はない。

このように、現在原告らと被告との間では、五一年協約に基づく賃金体系が継続しているとみるべきであるから、被告は、原告らに対し、昭和五六及び五七年度における賞与を支払うべき義務はない。

2 仮に、原告らが被告に対し、本件規則に基づく賞与請求権を有するとしても、被告は、昭和五二年以降、毎年、年末一時金として二万円の支給を決定し、原告らも異議なくこれを受領してきたから、原告らの請求する昭和五六年及び五七年度分の賞与は、すべて支払済みである。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らに賞与請求権があるかどうかについて判断する。

1  (証拠略)を総合すれば、次の事実が認められ、(人証略)中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告は、従来従業員の賃金については、乗務員と非乗務員とを区別せず、いずれも基本給に諸手当(もっとも、この中には乗務員固有のものもあった。)を付加した基本給中心の賃金体系を取っており、四七年協約では、賞与は六月と一二月の二回支払われていた。

(二)  しかし、その後被告は、その業績が思わしくなくなったことから、営業収益を向上させる方策を講じることになり、昭和四九年五月二〇日組合との間で手当の一部を廃止する旨の労働協約を締結した。

また、五〇年協約では、乗務員につき従来からの基本給、諸手当(家族手当、祭日手当)のほか、営業収入による歩合制を加味した賃金体系が導入され、基本給を中心とする非乗務員の賃金体系とは異なるものとなった。すなわち、同協約により、乗務員に対しては、一か月の営業収入が二四万円以上の場合には、超過額の四五パーセント(営業収入が二四万円以上三〇万円未満の場合)又は五〇パーセント(同三〇万円以上の場合)が出来高給として支給されることになった。そして、この年は乗務員に対し、一律三七万円の賞与が支給された。

(三)  しかし、被告の業績はその後も思わしくなく、他方、組合は、昭和五一年の春闘において、五〇年協定で導入された歩合制の撤廃を要求し、その後長期のストライキを実施したが、ようやく昭和五一年一一月二〇日に同年度の労働条件に関する五一年協約が締結された(同月二一日実施)。この労働協約では、組合員である乗務員の基本給及び諸手当(家族手当、祭日手当、車庫手当)は、すべて五〇年協約どおり据え置く反面、歩合給については、昭和五一年一月一七日に被告と組合との間で暫定的に交わされた協約どおり、一乗務の営業収入が一万六〇〇〇円を超える場合には、超過額の四五パーセント(営業収入が一万六〇〇〇円を超えて二万円までの場合)又は五〇パーセント(同二万円を超える場合)を出来高給(報償金)として支払い、一乗務の営業収入が一万六〇〇〇円未満の場合並びに有給休暇、特別休暇及び欠勤の場合には、原則として右報償金から一定額を控除することが定められ、また、昭和五一年度の賞与は企業の実体を踏まえ、これを支給しないこととされた。

(四)  その後、被告と組合との間で労働条件について再三交渉が行われたものの、賞与については、労使双方で合意に至らず、今日に至っている。

2  そこで検討するのに、賞与は、その実質において、労働基準法一一条所定の労働の対償としての広義の賃金に該当するものであるが、その対象期間中の企業の営業実績や労働者の能率等諸般の事情により支給の有無及びその額が変動する性質のものであるから、具体的な賞与請求権は、就業規則等において具体的な支給額又はその算出基準が定められている場合を除き、賞与に関する労使双方の合意によってはじめて発生するものというべきところ、前記認定のとおり、本件規則の規定は請求原因2のとおりであるから、これによって直ちに具体的支給額が算出されるものではないし、しかも、昭和五二年以降、被告と組合との間で、賞与に関する労働協約は締結されていないから、原告らの請求する昭和五六及び五七年度については、具体的な賞与請求権が発生していないといわざるを得ない。

なお、原告らは、被告が昭和五六及び五七年度に非乗務員及び管理職に賞与を支給していることを理由に、原告ら乗務員についても右年度分の具体的な賞与請求権は発生している旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、被告では、少なくとも乗務員について営業収益に応じた歩合制を導入した昭和五〇年以降、乗務員と非乗務員の賃金体系は異なっているから、非乗務員等に賞与が支給された事実(当事者間に争いがない。)から、乗務員である原告らについても同様に具体的な賞与請求権が発生しているとはいえない。

3  更に、(書証・人証略)によれば、被告では昭和五二年以降、乗務員との交渉の結果、半年以上の長期欠勤者及び極端に成績の不良な者数名を除き、半年以上在籍の乗務員に対し、毎年末「餅代」の名目で一人当り二万円の金員が支払われてきたこと、原告ら組合員も昭和五七年まではこれを受け取ってきたが、昭和五八年以降は右受領を拒絶していることがそれぞれ認められる。右認定に照らせば、仮に、「餅代」名目の金員の支給を賞与の支給と解し、これによって、具体的な賞与請求権が発生していたとしても、本件で原告らが請求する昭和五六及び五七年度分については、既に支払済みになっているといわなければならない。

三  よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 前田博之 裁判官 田中敦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例