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高知地方裁判所 昭和59年(行ウ)11号 判決 1992年3月31日

原告

高橋頼末

右訴訟代理人弁護士

山原和生

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

石井宏治

古江頼隆

田辺善治

川村巌

東信喜

安田鎮夫

西森聖一

橋本初男

本木栄

中山先功

伊勢良

榎田進

戌亥庸剛

林和昭

村田昇

武内明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七三二万〇九九九円及びこれに対する昭和六〇年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和四二年一一月から同年一二月まで、昭和四三年七月から同年一〇月まで、昭和四四年二月から同年三月まで、昭和四五年二月から同年四月まで、同年六月から同年一一月まで、昭和四六年一月から昭和四七年四月まで、昭和四八年一二月から昭和四九年四月まで、昭和五〇年一月から同年三月まで、同年六月から同年七月まで、昭和五一年一月から昭和五二年二月までの間、高知営林局本山営林署に臨時作業員として雇用され、一日五時間ないし六時間、合計数千時間にわたって防振装置のないチェンソーを使用し、傾斜が多く作業しにくい場所で伐木等の作業に従事していた。

(二)  そのため、原告は、昭和四五年六月ころから寒冷時やオートバイ乗車時に手指にレイノー現象が頻発し、手や肘の痺れもあり、昭和五四年八月二日高知上街クリニック医師五島正規によって振動病Ⅲ期と診断され、同月一七日田岡病院医師田岡哲によって同様の診断を受け、昭和五六年二月七日高知県立中央病院医師熊野修によって末梢神経、循環障害は常温下ではそれほどではないが、負荷検査では著明な障害があると診断され、同年一一月二〇日徳島健生病院医師河野文朗によって振動障害症度Ⅱ(労働省分類)と診断された。

(三)  以上、原告は、本山営林署で、その職務上チェンソーを使用する作業に従事したため、振動障害に罹患し、公務上の災害を受けた。

2  原告は、昭和五四年九月一三日、本山営林署長に対し、本山営林署においてチェンソーを使用する作業に従事したため、振動障害に罹患したとして、公務上の災害の認定申請をしたが、同営林署長は、昭和五六年七月一五日原告の振動障害が公務上の災害ではない旨の通知をした。原告は、これを不服として、同年九月一一日人事院に対し国家公務員災害補償法二四条一項に基づいて審査の申立てをしたが、人事院総裁は、昭和五八年一二月二〇日、これを棄却する旨の決定をした。

3  国家公務員災害補償法に基づく補償の内容は次のとおりである。

(一) 療養補償

原告は、昭和五四年八月一七日から昭和五九年一〇月三一日までの間、合計八八七日間、原告住所地から二四・五キロメートル離れた田岡病院に通院した。

(1) 治療費 二二六万八二五四円

別表(略)記載のとおり。

(2) 通院移送費 五一万二五円

次の計算式のとおり。

二五キロメートル(一キロメートル未満切り上げ)×二三円/キロメートル×八八七日=五一万〇〇二五円

(二) 休業補償

原告は、昭和五四年八月一七日から昭和五六年三月三一日までの五九三日間、全休通院治療が必要とされ、同年四月一日から昭和五九年一〇月三一日までの間、部分休通院治療となり、合計四二一日通院した。

(1) 休業補償 三四〇万七〇四〇円

次の計算式のとおり。

五六〇〇円×六〇パーセント×(五九三日+四二一日)=三四〇万七〇四〇円

(2) 休業援護金

次の計算式のとおり。

五六〇〇円×二〇パーセント×(五九三日+四二一日)=一一三万五六八〇円

4  よって、原告は、被告に対し、国家公務員災害補償法に基づく補償として七三二万〇九九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因(一)のうち、原告が本山営林署において臨時作業員としてチェンソーを使用して伐木等の作業に従事していたことは認め、その余の事実は否認する。

なお、原告は、昭和四三年三月から昭和五二年二月までの間、別紙高橋頼末勤務状況一覧表(略)記載のとおり、本山営林署の臨時作業員としてチェンソー作業等に断続的に従事していた。

(二)  同(二)のうち、原告が昭和五四年八月二日高知上街クリニック医師五島正規によって振動病Ⅲ期と診断されたこと、同月一七日田岡病院医師田岡哲によって同様の診断を受けたこと、昭和五六年二月七日高知県立中央病院医師熊野修によって末梢神経、循環障害は常温下ではそれほどではないが、負荷検査では著明な障害があると診断されたことは認め、同年一一月二〇日徳島健生病院医師河野文朗によって振動障害症度Ⅱ(労働省分類)と診断されたことは知らず、その余は否認する。

(三)  同(三)は争う。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

三  被告の主張

1(一)  国家公務員災害補償法一〇条及び同法一二条にいう「職員が公務上負傷し、若しくは疾病にかかり」とは、職員の当該負傷あるいは疾病が、公務に起因して発生した場合をいい、右疾病と公務との間に相当因果関係のあることが必要である。

(二)  ところで、局所振動による障害の病態に関して、現在コンセンサスの得られている医学的知見は、振動障害を直接振動に暴露された局所に限局した障害としてとらえる見解である。右の見解によれば、振動障害とは、直接振動に暴露される手腕など身体局所に生ずる障害であり、手指のレイノー現象(蒼白現象の意味、白ろう症状ともいう。)を主徴とする末梢循環障害、末梢神経障害及び骨、関節、筋肉、腱等の異常による運動機能障害を主体とするものである。そして、労働基準法施行規則三五条別表第一の二(昭和五三年三月三〇日改正)の3においては、振動障害を「さく岩機、鋲打ち機、チェンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動障害」と規定しており、人事院規則一六―〇別表第一、三号3においても同様に規定されているのであって、法令上も、振動障害は、手指などに限局した局所的障害として扱われている。

(三)  そして、以下の2ないし6からして、原告が主張する症状は、その存在自体疑わしく、また、原告の主張するような症状があったとしても、それは、私疾病ないしは加齢現象、さらには単なる不定愁訴に属するものであり、公務に起因するものではないといえる。

2  時間規制等と原告のチェンソー使用状況

(一) 林野庁は、振動障害の予防のための対策について、全庁を挙げて努力し、着実に成果を上げていたのであり、その成果は、国有林野事業に従事する臨時作業員にも適用されていた。

(1) 林野庁は、昭和三二年ころから、国有林の伐木造材作業等にチェンソーを本格的に導入し、昭和三〇年代末には全面的にチェンソーによる作業が行われていたが、当時の学術論文には、チェンソーによる振動障害発生の事実や、発生が予見されるということについて述べられたものはなく、振動障害を起こす可能性のある振動工具としては鋲打機、さく岩機等の打撃振動工具にかかるものであり、また、その振動障害発生状況も昭和二〇年代と同様、社会問題になるほど多発していたわけでなく、さく岩機等による神経炎等の発生状況は各年おおむね数件(農林業においては一件も発生していなかった。)にすぎなかった。

このような状況の中、昭和三〇年代中ころまでの間における国有林野事業においては、死亡災害及び重症災害をいかにして防止するか、また、主として結核等の疾病から職員を守るために、健康管理をどのように推進していくかなどの問題が緊急かつ重大な問題であった。そのため、林野庁は、昭和二八年以降、安全衛生の担当係を新設し、各営林局署に安全管理者、主任衛生管理者並びに一名以上の医師である衛生管理者及び医師でない衛生管理者を配置するなど、安全衛生管理体制の確立に努めてきた。ことに、昭和二九年六月には、全林野労働組合(以下「全林野」という。)との間に「安全衛生委員会の設置等に関する覚書」を締結し、職場における安全の確保及び衛生の維持向上のための具体的対策の推進を図ることを目的として全国の各営林署単位に安全衛生委員会等を設け、営林署に勤務する作業員の安全管理の推進に努めてきた。そして、さらに、昭和三二年一二月には、国有林野事業職員衛生管理規程を制定して(昭和三二年一二月二七日林野第一八七二号)、職員の衛生管理体制の確立を図り、また、昭和三五年八月には、国有林野事業職員安全管理規定を制定し、(昭和三五年八月一二日林野政第二七八二号)、国有林野事業における安全管理体制の確立を図った。そして、右安全管理規定に基づき作業現場の安全点検を実施し、災害発生要因を事前に発見し、これを排除することによって作業の安全化を図るとともに、「安全点検の実施について」(昭和三八年八月七日三八林野厚第八九九号)という通達に見られるように、労働安全衛生規則、各種作業基準等の遵守の徹底状況、その諸対策の効果確認等を具体的に実施していたのである。

なお、本山営林署においては、右「安全点検の実施について」に基づき安全点検を実施する者として安全衛生委員会が組織され、労働安全衛生法等の法的事項、作業基準、チェンソー使用の時間規制などが遵守されているかを毎月一回以上現場の班単位で点検し、点検結果で直ちに是正できるものは、その場で是正するよう指導するとともに、点検終了後は問題点等について改善策の協議を行い、その内容等を点検の結果と併せて署長に報告することになっていた。そして、署長は、その報告を受けて改善を要するものは主任に改善の指示を行い、改善指導の確認をするのである。ちなみに、右安全衛生委員会は、署長の諮問機関であり、署長に指名された委員及び全林野本山営林署分会の推薦に基づき署長が委嘱した委員で構成され毎月一回以上開催されていた。右のとおり、本山営林署においても安全衛生委員会が設置されており、安全衛生委員による安全点検が実施されていたのである。

(2) 我が国において、チェンソーによる振動障害の研究報告がなされたのは、昭和四〇年五月一〇日から仙台市内において開催された第三八回日本産業医学会における山田信也らの報告が最初であるが、林野庁は、右報告に先立つ昭和四〇年の段階で、すでに、機械の改良、機械の点検整備、機械の操作、作業動作など、チェンソー等の使用による振動の減衰と、その影響を少なくするための研究を行うことを目的として、林業機械化協会の中に「振動問題を検討するための委員会」(林業試験場、チェンソーメーカー及び輸入代理店、林野庁をもって構成)を設置していたが、この委員会によって、チェンソーの振動を約三分の一である三G(Gは振動の強さを表す重力加速度の単位)以下に減少させることができる防振ハンドルが開発されたため、林野庁は、昭和四〇年度中に従来型のチェンソーを、防振ハンドル付きのチェンソーへと切り替え、昭和四一年度事業の実行に当たっては、すべて防振ハンドル付きのチェンソーによって伐採を行うようになったのである。また、高知営林局においても、昭和四〇年末ころまでに独自に防振ハンドルを実用化するなど改良に努めてきた。そして、このような林野庁による迅速な対策については、昭和四〇年一一月二四日に開催された第一回日本産業衛生協会局所振動障害研究会において「振動工具、振動機械の振動を減少させる工学的努力は最も重要であり、すでに林野庁でも、メーカーに連絡してチェンソーの改良が行われている。」と報告されているのであり、林野庁の対策が、医学界の報告よりも迅速になされたものであることがわかるのである。さらに林野庁においては、このような防振ハンドルの改良を契機に、機械製造メーカーに要請してチェンソー本体の内部に防振装置を取り付けた防振機械内蔵型チェンソーの開発を進め、昭和四四年ころには、その導入も始めた。

(3) チェンソーによる振動障害の発生が明らかになった昭和四〇年はもとより、その後も、しばらくは、使用時間と振動障害との因果関係は医学的に明らかにされず、そのため、チェンソーによる振動障害の予防対策として最も重要なものは、その原因となる振動機械の振動を減少させることであるというのが、昭和四〇年代当初における医学界の一貫した意見であった。このような状況の中にあって、林野庁は、振動障害問題解明のための調査研究を通じて、いち早く、振動機械を使用する作業の時間短縮の必要性を検討し、その結果、昭和四四年一二月、全林野等との間で、チェンソー等の操作時間を、一日二時間以内に規制することを主たる内容とする「振動障害に関する協定」(以下「基本協定」という。)を締結した。次いで、右基本協定を実効あらしめるために、高知営林局は、全林野四国地方本部との間で交渉を重ね、右協定の具体的な実施について、小委員会によるメモ確認を行い、更に原告が勤務していた本山営林署においても、昭和四五年一月、全林野四国地方本部本山分会との間で、手工具を使用する作業の具体的な範囲等について協議決定し、上部協約である基本協定の内容を徹底するとともに、第一線作業現場に適応した協約内容の定着化を図った。そして、高知営林局管内においては、昭和四五年四月一日から、現実に、一日あたりのチェンソー使用時間を二時間以内とする時間規制が導入された。

(二) 原告が、本山営林署の臨時作業員として雇用され、伐木等の作業に従事していた間の雇用日数は五八七・七五日であり、原告の本山営林署におけるチェンソー使用日数は、別紙「高橋頼末勤務日数一覧表」(略)記載のとおり、四三七・二五日である。

そして、右チェンソー使用日数に基づいて、原告のチェンソー使用時間を算出するならば、その合計は九三九時間程度となる。なぜならば、前記チェンソー使用時間の制限が導入される昭和四五年四月一日までの一日当たりのチェンソー使用時間は三時間程度であり、これにこの期間中のチェンソー使用日数(六五日)を乗ずれば、その期間中のチェンソー使用時間一九五時間が算出され、また、二時間(時間規制導入後のチェンソー使用時間)に昭和四五年四月一日以後のチェンソー使用日数三七二時間を乗ずれば、その期間中のチェンソー使用時間七四四時間が算出され、右両期間中のチェンソー使用時間を合算すれば、原告の本山営林署におけるチェンソー使用時間九三九時間が算出されるからである。また、時間規制の導入前においても、チェンソー使用時間はせいぜい一日三時間程度であったのであり、それは常用作業員であると臨時作業員であるとで変わるものではない。

すなわち、原告の勤務していた本山営林署しらが製品事業所の勤務時間は、常用作業員、臨時作業員とも、始業は七時三〇分、終業は一六時三〇分であり、その間に一一時三〇分から一二時三〇分までの一時間の休憩時間があり、また、午前と午後にそれぞれ一五分間の休憩時間が設けられていたから、実労働時間は七時間三〇分程度であった。そして、この勤務時間の中には、林道で下車してから伐採作業の現場までの往復時間、準備作業、整備作業、移動手持(ママ)ち、用便等の時間があるため、主な作業である伐倒、枝払い等の作業に従事する時間は、付帯作業(支障木の伐倒、除去等)を含め勤務時間のおおむね六〇パーセント(四時間三〇分)程度であり、この中で、付帯作業にかかる時間を除けば、チェンソー使用時間は、多めに見積もっても、三時間程度であったと考えられる。また、時間規制が格別の混乱もなく導入されたことから考えても、従来のチェンソー使用時間が、二時間を大きく超えていたとは考え難いところである。

原告は、チェンソー使用の時間規制が、原告ら臨時作業員に対しては、適用されなかった旨主張しているが、仮に、臨時作業員には時間規制が適用されなかったとすれば、本山営林署が、林野庁と全林野等との間で締結された基本協定等に違反していることになるから、当然に、労働組合からの激しい抗議が予想されるし、その分、仕事を奪われることになる常用作業員からの反発も必至であるが、そのような抗議等がなされた事実はない。また、しらが製品作業所においては、前記のとおり、労使双方の委員から構成される安全衛生委員会が組織されていたのであるから、もし、臨時作業員に対して時間規制の指導がなされないまま事業が実行されていたとすれば、安全衛生委員会においても問題提起されていたはずであるが、かかる問題が提起されたり、検討された事実はない。

ところで、テイラーは、チェンソーの使用により、WHF(振動による白指)の症状が出るまでの期間について、一日、四時間から五時間、チェンソーを使った場合潜伏期間はおよそ四、五年であると述べているところ、しらが製品事業所における原告のチェンソー使用時間は、前記のとおり、時間規制の導入前でも多く見積もって一日当たり三時間以下であったのであり、さらに、原告の雇用実態からして、国有林の作業において四、五年間も継続してチェンソーを使用した事実は全くないのであるから、原告の振動暴露時間は、振動障害に罹患させるのに十分なものではなかったことになる。

また、原告が、本山営林署における伐木等の作業に使用していたチェンソーは防振装置付のものであった。

3  原告の主張する振動障害の症状とその発現時期の変遷

原告が主張する振動障害の症状とその発現時期には大きな変遷が見られることからすれば、それらの原告の主張自体が疑わしいものである。

すなわち、

(一) 昭和五四年九月一三日付けの公務災害認定申請書

「昭和五〇年秋頃より両手、肘及び指先にしびれを感じ、冬期には白ろう症状が現はれ、昭和五三年秋頃より全身が特に冷え、昭和五四年の春頃より症状がひどくなったので、同年七月九日高知市上街クリニックにおいて精密検査を受けた結果、疾病Ⅲで入院又は通院治療を要すると診断されました。」。

(二) 昭和五五年一二月二五日の高知県立中央病院熊野医師による自覚症状調査

昭和五三年から、冬季に、年数回の頻度で、左右第三ないし五指にレイノー現象が発現し、また、手指、上肢のしびれ、両肩の痛み、両手が冷えるなどの症状が起こるようになった旨訴えている。

(三) 訴状(昭和五九年一二月二〇日)「昭和四七年頃から、寒冷時やオートバイ乗車時において、手指にレイノー現象が頻発し、また、手、肘の痺れもあった」(訴状「請求の原因」三)

このように、原告が主張する振動障害の症状とその発現時期には大きな変遷が見られることからすれば、それらの原告の主張自体が疑わしいというほかない。

そして、振動障害が、従来「白ろう病」と呼ばれたことからも分かるように、一般人の間ではレイノー現象が振動障害の代名詞のように受け取られており、また、日本放送協会が、昭和四〇年三月に、「現代の映像」において「白ろうの指」と題する特集を放送し、チェンソーによる振動障害をセンセーショナルに取り上げて以来、「白ろう病」は新聞でも度々報道され、とりわけ林業の盛んな高知県では感(ママ)心度も高く、地方紙でも幾度も報道されていたのであるから、原告ら林業に従事する者は、右報道などを通じて、レイノー現象について重大な感心(ママ)を抱いていたと思われる。しかも、かつては、一部の医師や労働組合等により、振動障害が全身に及び、ついには死に至ることもある重大な疾病であるかのような誤った考え方が強調されていたのであるから、振動障害の代名詞でもあったレイノー現象が原告に発現していたのであれば、原告にとって極めて重大な出来事として記憶されると思われ、そうすると、原告のレイノー現象発現時期に関する主張に変遷がみられるはずはない。しかも、原告がレイノー現象の発現時期として認定すべきであると主張している昭和四五年六月は、振動障害防止のために振動工具使用の時間規制が導入された後でもあり、その趣旨は、現場指導を通じて臨時作業員にも徹底されており、さらに、事業所主任は、臨時作業員の雇用に当たってレイノー現象の発現などの身体的症状を聴取し、振動障害の症状のない者を伐倒作業に雇用していたのであるから、このことからも、原告は、振動障害と時間規制の関係、ひいてはレイノー現象と振動障害の関係についても、十分知りえていたはずであり、原告が実際に、昭和四五年六月の段階でレイノー現象発現を見ていたのであれば、当然にそれを記憶にとどめていたと考えられるから、原告は、レイノー現象発現時期を一貫して主張し得たものである。

さらに、原告は、雇用された時点ないし雇用されていた期間中において、振動障害に関する症状を訴えたことはない。原告が主張する症状が、当時、実際に存在したのであれば、原告が、それを、だれにも訴えなかったというのは不可解であり、この点からも、原告が主張するような症状が実際には存在しなかったことがうかがわれる。

4  原告の既往歴等

原告は、レイノー現象のほかにも、両手、肘及び指先のしびれ、両肩の痛み、腕がだるい、腕に力が入りにくい、肩がこる、首のこりと痛み、頭が重いなど様々な症状を訴えているが、それらの症状は、原告の私疾病ないし加齢現象によるものか、いわゆる不定愁訴に属するものであり、いずれも振動障害によるものではない。

また、原告には、頭部や頸部の受傷歴があることから、原告が振動障害と主張している右諸症状は、右受傷後遺症である可能性がある。

さらに、チェンソーなど振動工具を使用する作業を全く経験したことのない者であっても、加齢とともに右のような諸症状を訴えるようになることは公知の事実である。そして、原告が、現在七〇歳と高齢であることからすれば、右のような諸症状を訴えるということは、何ら珍しいものではなく、したがって、右の諸症状には加齢現象も影響しているというべきである。

5  ガラニナ分類の不当性

原告が振動病に罹患していると診断した医師らがその診断に用いたガラニナ分類は、ソ連の医学者であるアンドレワ・ガラニナにより、一九六一年(昭和三六年)に発表された振動障害の症度分類であり、我が国には、昭和四四年に、久留米大学医学部教授高松誠、滋賀医科大学教授渡辺真也によって紹介されたものである。

そして、我が国においては、当時、まだ振動障害に対する研究が十分になされていなかったため、この分類についての十分な吟味を経ないままに、一部の研究者によってあたかも権威あるもののごとく扱われるに至った。

しかし、ガラニナ分類は、現代の医学的知見に照らすならば、その正当性は否定せざるを得ない。

すなわち、ガラニナ分類は、振動障害を直接振動に暴露される身体的局所だけにとどまらず、中枢神経系の障害をも引き起こすいわゆる全身的疾病であるととらえるソ連に特有の見解を前提として作成されたものであるが、この見解の基礎となった研究内容は、大変信頼性に乏しいものであるなどと手厳しく批判されているのであり、そのような研究に基づく右見解は、現在では、何ら医学的なコンセンサスを得られていないのである。したがって、このような見解を前提として作成されたガラニナ分類を振動障害の症度分類とすることが失当であることはいうまでもないことである。

また、そもそもガラニナ分類は、全身振動をも含め、すべての振動工具による障害を対象としたものであるから、チェンソー等の障害がこの分類に直ちに当てはまるものではない。そして、ガラニナ作成にかかる振動病の臨床的特性に関する表(<証拠略>・訳文一ページ表二一、ガラニナ分類が記載されている著書に同じく記載されているものである。)は、振動工具を扱う五種類の職務に従事する者に特徴的に生ずる症状を掲げたものであるが、これによると、「ガソリンエンジンの鋸」すなわちチェンソーを扱う伐木夫については、ガラニナ分類の第二期の症状として挙げられている手先のチアノーゼや、同第三期、同第四期の重要な症状である中枢神経系の変化は「なし」とされており、かつ、手の痛みなども「軽度」とされている。したがって、ガラニナ分類がそのままチェンソーの使用による振動障害に当てはまるものでないことは、当のガラニナ自身も認識していたところであると思われる。そして、もし、ガラニナが、チェンソー使用の伐木夫についてのみ採用しうる症度分類を作成しようとしたならば、ガラニナ分類に掲げる症状の中から、少なくとも、「手先のチアノーゼ」と「中枢神経系の変化」の部分は除かねばならなかったはずであり、そうするとガラニナ分類の第三期の大半の症状は除かれることになり、まして第四期の症状はありえないことになるのである。

このように、当のソ連においても、ガラニナ分類のように、レイノー現象が発現すると既に回復が期待しえない段階であるような症度分類は、既に否定されているのであり、ましてや欧米では全く考慮の対象にすらなっていないのである。

そして、欧米において広く用いられている症度分類は、仕事や日常生活への影響を主体にしてレイノー現象の程度を分類したものであり、テイラー分類と呼ばれているものである。

この分類の特徴は、レイノー現象という客観的に判断が可能な症状を基準としており、しかも、症度段階と仕事や日常生活への支障の程度が一致するために、チェンソーの使用中止あるいは転職、更には職業病指定に伴う補償等の判断が容易であり、欧米で広く用いられてきたところである。

そして、このテイラー分類と、ガラニナ分類とを振動障害に特徴的な症状であるレイノー現象について比較すれば、ガラニナ分類で回復し得ないとする症状(第三期)が、テイラー分類の第一段階に相当している。

このように、現在の医学的知見によれば、チェンソーによる振動障害の病像は、ガラニナ分類で表されるような全身的疾患で重篤なものではなく、手、腕に限局された障害にすぎず、その程度も軽く、日常生活に重大な支障を及ぼすようなものではないとされている。

以上のことから、ガラニナ分類に基づいて原告を振動障害であると診断した五島正規医師及び田岡哲医師らの見解はいずれも失当であることが明らかである。

6  本件鑑定の結果

鑑定の結果によっても、原告が振動障害に罹患していることは証明されなかったものである。

なお、鑑定が、「鑑定資料、診察および検査結果から結論を引き出すことは困難である。」という判断に終わった一因としては、「鑑定資料においても、原告の振動工具使用歴および振動工具使用状況について原告、被告の主張との間に大きな差異があり、さらには、本人によるレイノー現象の発生した時期やその時の状況についての問診でも明確な答が期待することが出来なかった。」ことが挙げられているものと思われる。

もちろん、事実関係についての当事者の主張が対立している場合、その事実を認定することは裁判所の責務であり、鑑定人らとしては、当事者の主張の当否の判断をする立場にはないため、原告のチェンソー使用時間が前述した程度にとどまることや、原告のレイノー現象の発現についての主張が疑わしいことを考慮しないままに鑑定せざるを得なかったわけであるから、それはある意味ではやむを得ないことである。

しかしながら、原告のチェンソー使用日数は、「高橋頼末勤務状況一覧表」のとおりであり、これを基に計算したチェンソー使用時間も八年間余りの合計が九三九時間程度にすぎず、しかも、それは間断的になされたものである。また、レイノー現象の発現に関する原告の主張が極めて疑わしいものであることも前記のとおりである。

そして、鑑定人らが、鑑定に当たって、右の事実関係を基礎として判断することができたならば、現在の医学的知見から考えて、原告が振動障害に患していることをより明確に否定できたはずである。

なお、鑑定に伴う問診において、原告は、「現在病気に関して困っていることは」という問いに対して「病気では困っていない。収入がないのが困る。仕事ができない(田岡先生から作業しないように言われている。山仕事はいけないが自分の家の仕事はしてよいと言われ自宅の仕事はしている。)」と答えている。しかし、鑑定書は、この点について、「十数年に渡り日曜、祭日を除き休業加療を受けていると本人は申告している。しかし、現状の状態では通常の肉体労働は可能であり、起因する原因は確定しえないが軽度の末梢循環障害が存在することから、振動工具の使用は避けるべきと考えるが、振動工具を除く労働は可能と考えられる。もし、妥協するとしても厳寒期やひどく寒い日を除き一般労働に従事することが本人の社会生活への適応と言った意味においても、肉体側からみても好ましいと考えられる。また、個人的な疾病の治療、たとえばグリソン牽引、腰椎牽引などが振動障害の治療として混然として行われているのは問題であろう。」と付言しており、原告が現実に就労能力がありながら、主治医の指示で労働に就いていないこと、また、私傷病の治療が振動障害の治療として行われていることは問題であろうと指摘しているのである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  チェンソー使用時間等について

被告が主張するところによれば、国有林野事業においては、昭和四一年以後、その伐木等に従事する作業員は防振装置付チェンソーを使用することとされ、昭和四五年四月以後はチェンソー使用時間を一日二時間以内とすることとされたということであるが、本山営林署における臨時作業員の作業実態と常用作業員のそれとは大きな違いがあった。すなわち、原告が本山営林署で就労した全期間中、常用作業員は傾斜が少なく作業しやすい場所で伐木等の作業に従事していたのに対し、臨時作業員は、傾斜が多く作業しにくい場所で伐木等の作業に従事していたものであり、また、臨時作業員は常用作業員と違い本山営林署から防振装置付きチェンソーを貸与されることもなかったのであり、臨時作業員であった原告は、本山営林署で就労した全期間中、自己所有の防振装置のないチェンソーを使用していたものであり、更に、チェンソー使用時間の規制にも、原告ら臨時作業員に対しては、実際に行われておらず、原告ら臨時作業員は、伐木等の作業のため、一日五ないし六時間チェンソーを使用していたものである。

2  原告が雇用中に振動障害を訴えなかったことについて

原告は、本山営林署に雇用される時点ないし雇用されていた期間中において、振動障害の症状を医師や営林署の上司らに訴えたことがなかったが、これは、雇用に際しての営林署側の質問が不十分であったことや振動障害の症状を訴えることにより雇用を拒否されることを原告が恐れたことによるものであり、このことをもって原告が当時振動障害に罹患していなかったということはできない。

3  本件鑑定について

原告が、振動障害に罹患したものであることは、鑑定の結果によっても否定されるものではない。すなわち、鑑定にあたっては、現障害がどのように継続変化してきたかについて評価しなければならず、それも病状の経過と仕事との関係で述べる必要があり、こうした視点を抜きにして、職業性疾患をみることはできないのに、鑑定書にはこの視点が完全に欠如しているのであるが、それにもかかわらず、原告が振動障害であることを否定できなかったことを鑑定書から読み取ることができるのである。

(一) 末梢循環障害について

(1) 常在性の末梢循環障害

皮膚温、サーモグラフからみて一見正常のようにみえるが、その温度分布をみると、手首、手甲よりも指末端の方が温度が高い。これは検査時に被験者が体温放熱状態、すなわち汗をかくくらいに暖かい状態で検査を受けていることを示しているのである。暖かい時は、体温を一定に保つために末梢に血液がたくさん送られて放熱が促され、指先は腕や手よりも高温となるのであり、したがって、そのような状態で皮膚温、サーモグラフをみて末梢循環障害の有無や程度を評価することはできない。ところが、同時に実施された指尖容積脈波をみると、そのような体温放熱状態でも、波高は正常限界より全て低い。このことは、血管の拡がり難さがあることを示しているのであって、常在性の末梢循環障害もかなりあるといえる。

(2) 反応性の末梢循環障害

冷水負荷による皮膚温の回復遅延は、(1)の暖かすぎる状態でもみられ、脈波及び指動脈血圧の変化もこのことを支持している。

(3) 爪圧迫検査について

鑑定は、爪圧迫検査を重視して、右検査の結果から、より客観的に明確な脈波、皮膚温、指動脈血圧の変化を否定しようとしている。

ところが、爪圧迫検査の検査値は普通小数第一位まで数値で示されるのに、鑑定書における検査値は整数で示されており、したがって、鑑定に際しての爪圧迫検査の方法は一般的なものではなかったといえる。指動脈血圧の変化は、レイノー現象があってもおかしくない程度の値を一部示したというのであるから、爪圧迫検査の結果を重視すべきではないのである。

(二) 末梢神経障害について

鑑定書においては、原告は自覚症状(主訴)で指の感覚は鈍いと訴えたとされているが、臨床的に自覚症状としての知覚鈍麻はないともしており、矛盾している。しかも、検査では障害はあるとしている。障害を何故加齢で説明できるか明らかでない。

(三) 運動器障害について

鑑定書においては、握力の低下を加齢の影響としているが根拠が明らかでない。また、骨関節障害については、手関節、肘関節にそれぞれエックス線学的に変化が認められる。関節の可動性については、手は掌屈制限が強く、肘は両側に伸展制限があり、右側は屈曲制限がみられ、肩では側挙、外旋制限がみられ、エックス線学的変化をよく示している。その他、尺骨神経肥厚、チネルサイン、ペーパーテスト陽性であり、筋萎縮、知覚鈍麻がないことで肘部管症候群を臨床的には否定できない。また、手根管症候群については言及していないので、存在の可能性はある。骨関節障害が加齢によるという根拠も明らかでない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する(略)。

理由

一  当事者間に争いのない事実と争点

1  請求原因1(一)のうち、原告が本山営林署において臨時作業員としてチェンソーを使用して伐木等の作業に従事していたこと、同(二)のうち、原告が、昭和五四年八月二日高知上街クリニック医師五島正規によって振動病Ⅲ期と診断されたこと、同月一七日田岡病院医師田岡哲によって同様の診断を受けたこと、昭和五六年二月七日高知県立中央病院医師熊野修によって末梢神経、循環障害は常温下ではそれほどではないが、負荷検査では著明な障害があると診断されたこと、同2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、以下、本件の争点である原告が本山営林署においてチェンソーを使用する業務に従事したため手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動障害(人事院規則一六―〇二条、同規則別表第一、三、3)、あるいはその他の振動による障害を負ったものと認めることができるか否かについて検討する。

二  原告のチェンソー使用状況等

1  成立に争いのない(証拠略)に弁論の全趣旨を総合すると、原告(大正八年一一月二五日生)は、昭和四三年三月ころから昭和五二年二月までの間、本山営林署の臨時作業員として雇用されて伐木等の作業に断続的に従事していたが、この間の雇用日数はおおむね五八七・七五日であり、この間チェンソーを使用した日数はおおむね四三七・二五日であったこと(いずれも八時間を一日として日換算、別紙高橋頼末勤務状況一覧表(略)記載のとおり)が認められる。

右認定に反する(証拠・人証略)の結果はいずれも信用できない。

2  そして、成立に争いのない(証拠・人証略)の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告が勤務していた本山営林署しらが製品事業所の勤務時間は、常用作業員、臨時作業員とも、午前七時三〇分始業、午後四時三〇分終業、その間午前一一時三〇分から午後一二時三〇分までが休憩時間とされており、午前と午後にそれぞれ一五分の休息時間も設けられていた。そして、作業員は、右の勤務時間中に、林道で下車してから伐倒作業の現場まで往復し、また準備作業等を行っていた。

(二)  高知営林局監査課職員が、昭和五四年一二月一八日、一九日の二日間にわたり、同局川崎営林署管内市の又山国有林において、作業員一名の作業行動を観測し、時間分析を実施した結果によれば、同作業員は伐倒作業の一連の作業として、チェンソーの目立て、エンジンの調整、給油などの準備作業に始まり、伐倒支障木の除去、足場、退避路作りを経て、チェンソーによる伐倒、伐倒切り口のヤリ切断、斧等により伐倒木の元口から梢端部に向かって行う枝払いなどの作業を行い、これら一連の作業を繰り返した後、最後にチェンソーなどの道具を整理して一日の作業を終わっている。そして、この間のチェンソー使用時間は、約八六分ないし一一〇分であった。右作業所は、本山営林署において原告が伐木等の作業に従事していた一般的な場所と比較しても特にチェンソー使用が少なくてすむような状況の作業所ではなく、伐木量も本山営林署における伐木量と比較して特に少ないということはなかった。

(三)  チェンソーの使用燃料は、ガソリンと潤滑油を混合した混合ガソリンであるところ、しらが製品事業所では、事務所の職員が、一日分の燃料として、三ないし四リットル程度の混合ガソリンを携行缶に入れて、作業員らに渡していたものであり、原告も、一日当たりの燃料として多く見積もって平均四リットル程度の混合ガソリンを受け取っていた。そして、チェンソーの燃料消費量については、ドイツ製のスチールチェンソーライトニング型で一時間当たり約一・九ないし二・一リットル程度であり、同程度のチェンソーを使用する場合、仮に四リットルの燃料を全部使ったとしても、約二時間程度しか稼動しないものである。

(四)  本山署を含む高知営林局管内においては、昭和四五年四月一日から、一日当たりのチェンソー使用時間を二時間以内とする時間規制が導入され、以後右時間規制は特に混乱もなく実施されている。

右事実によれば、原告が、本山営林署においてチェンソーを使用した日の一日の平均チェンソー使用時間は、昭和四五年四月一日の時間規制が導入された以前でも多く見積もっても三時間を超えることはなく、時間規制以降は、約二時間であったと推認される。

右認定に反する(人証略)の結果はいずれも信用できない。

3  (人証略)の結果を総合すると、原告は、遅くとも昭和四五年以降は、自己所有の防振装置付きのチェンソーを使用して本山営林署における伐木作業に従事していたこと、そして、昭和五二年ないし昭和五三年以降伐木等の作業に従事していないことが認められる。

三  複数の医師により原告が振動病と診断された経過

1  前記当事者間に争いのない事実、成立に争いのない(証拠・人証略)に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五四年七月九日、高知上街クリニック医師五島正規の振動病検診を受け、同医師は、右検診の結果、原告がガラニナ分類による振動病Ⅲ期であり、入院又は通院による治療の必要を認める、現労働の中止が望ましいとの診断を下し、同年八月二日、原告に右診断内容を通知した。

(二)  また、原告は、昭和五四年八月一七日、田岡病院医師田岡哲の検診を受け、同医師は、右検診の結果、筋力低下、末梢循環機能障害著明、末梢神経機能障害があり、原告が振動病第Ⅲ期(ガラニナ)症度3であり、要医療(中又は重度医療)と診断した。

(三)  そこで、原告は、昭和五四年九月一三日、本山営林署長に対し、請求原因2記載のとおり、振動障害についての公務上災害の認定を申請した。

(四)  その後、原告は、本山営林署の指示により、昭和五五年六月二〇日、同年一二月一二日及び同月二五日、高知県立中央病院医師熊野修の振動病検査を受け、同医師は、昭和五六年二月七日、右検査の結果、原告が変形性脊椎症、末梢神経循環障害である(末梢神経循環障害は常温下ではそれほどではないが、負荷検査では著明な障害がある)とし、医師の指導観察及び振動機械の使用禁止を要するものとしたが、診断時においては、右の諸症状が振動機械使用によるものか否か不詳であるとの診断を下した。

(五)  さらに、原告は、昭和五六年一一月二〇日、徳島健生病院医師河野文朗の検診を受け、同医師は、右検診の結果、末梢循環障害が著明に認められるないし認められる、末梢神経障害が認められる、運動機能障害が認められるとし、原告が振動障害症度Ⅱ(労働省分類)であり(レイノー現象は多発化傾向を示しているが、末梢神経機能・運動機能は改善し、障害は軽度となっている。)、要医療、通院日以外就労可能と診断した。

なお、右労働省分類も、ガラニナ分類を基本としたものである。

(六)  原告は、昭和五四年八月以降、振動障害患者として前記田岡病院に通院して治療を受けている。

2  以上の事実によれば、少なくとも、原告を診察した五島正規、田岡哲、河野文朗の各医師は、原告が、振動障害に罹患していると診断したことが認められる。

四  振動障害に関する医学的知見について

(証拠・人証略)に弁論の全趣旨を総合すると、振動障害(局所振動障害)とは、振動を手、腕に伝える手持動力工具、機械などを使用することによって生じる障害であり、レイノー現象を主徴とする末梢循環障害、末梢神経障害及び骨関節系の運動器の障害により構成されるもので、障害の程度と性質には振動の強度(振動加速度で表示される)、周波数、振動暴露時間などが関与する、そして寒冷が誘因となりレイノー現象が出現するものであるとする医学上の見解があること、他方、振動障害(局所振動障害)を中枢神経系などにも障害を及ぼす全身的疾患ととらえる医学上の見解もあるが、これに対しては、末梢性に異常が起こるとしても、それが中枢神経に器質的変化を起こすことについてはほとんど知られていない、振動の作用により当然のことながら自律神経系、内分泌系などの幅広い変化を受けるが、これは他の音刺激、温熱刺激、光刺激などでも起こりうる非特異的な反応というべきものであるなどとして批判がなされていること、国際的にも、一九八〇年(昭和五五年)ILO第六六回レポートがあり、WHOの協力により組織された第一二一条約付表「職業病リスト」の改正に関する専門家会議報告書では、振動障害について、「未だ比較的知見に乏しく、あまりに不明確であり、そして特徴性がないような障害(易疲労性、神経衰弱、一般血管障害、内分泌障害等)をリストに含めることは適当でない」とされ、「振動による疾病(筋肉、腱、骨、関節あるいは末梢血管、末梢神経の障害)」と表現されていること、また、一九八三年(昭和五八年)三月にロンドンの王立医学協会で国際労働衛生協会会長が中心となって開催された「局所振動の手腕以外への影響に関する国際会議」では、振動の手腕以外の部位への影響とされている易疲労感、頭痛、睡眠障害、イライラ感、めまい、発汗増大、インポテンツなどの自律神経又は全身性の症状が実際に存在するか否かを検討した結果、入手し得た文献の評論や生理学的又は疫学的研究資料を分析しても、手腕振動が大脳の自律神経中枢に損傷を引き起こすという仮説を確認する資料は現在のところ全くないということで統一的見解が得られ、「振動症候群の総体的な定義の問題でも意見の一致をみ、本症候群の症状はすべて末梢性であり、それは、循環障害(局所的な指の蒼白化、白指を伴う血管れん縮)、感覚・運動神経障害(しびれ、手指の微細運動障害など)、それに筋・骨格系の障害(筋、骨、関節疾患)の三つの症状である。」と結論付けられていることが認められ、右事実によれば、チェンソー使用による振動障害は、全身的疾患というよりはむしろ局所的障害であると捉えるのが合理的であると考えられる。

五  鑑定人高橋和郎らの鑑定結果について

そして、当裁判所における鑑定の結果によれば、次の1、2の各事実が認められる。

1  鑑定人らが昭和六三年一〇月三一日から同年一一月二日にかけて山陰労災病院において行った検査の結果は以下のとおりであった。

(一)  末梢循環障害について

(1) サーモグラフィー

室温二六度で撮影されたサーモ像は手背中央部で右三四、〇度、左三五、二度、母指先で右三四、五度、左三五、三度、示指先で右三五、〇度、左三五、四度、中指先で右三四、九度、左三四、九度、薬指先で右三四、七度、左三四、九度、小指先で右三四、一度、左三四、五度で正常な温度分布像を示していた。

(2) 寒冷負荷皮膚温テスト

両日に渡る二回の検査で、いずれも安静時の皮膚温は正常である。初日の検査では引き上げ後五分値が低く、引き上げ後一〇分値はややひくい。しかし、回復率でみると、五分率、一〇分率ともに正常値の下限である。二日目の検査では引き上げ後五分値及び引き上げ後一〇分値は低い。回復率でみると、五分率は正常値の下限であるが一〇分率はかなり低下している。

(3) 爪圧迫テスト

両日の検査いずれも安静時の値は正常である。初日の検査では引き上げ後五分値、二日目の検査でも引き上げ後五分値がそれぞれ一秒ずつ遅れている。

(二)  末梢神経系の障害について

安静時の痛覚、振動覚は正常であった。寒冷負荷時の痛覚は五分後一〇分後の値が五グラム又は四グラムであり、厳しくみても軽度の振動障害にとどまっているといえる値であった。測定値だけで判定すると林災防の判定基準では軽度の障害、山口大学の判定基準では正常となるものであった。寒冷負荷時の振動覚は負荷後五分後一〇分後の値は正常値の範囲内である。また正中神経の知覚神経伝動速度、尺骨神経の運動神経伝動速度はいずれも正常であった。また、臨床的にも両側の上肢に自覚症状としてのしびれ、痛み、知覚鈍麻もなかった。

(三)  骨関節の障害について

関節可動域についてみると肘関節では神展が左右とも若干の障害があるが、屈曲は右が一三〇度ですこし制限されているにすぎない。

握力、維持握力についてみると、瞬発握力は二〇キログラム台で低下がみられるが、維持握力は二日目の検査では劣るものの初日の検査で九一秒、一〇六秒と正常であり、五回法では三キログラム以内であり、正常と考えられる。

タッピングについては正常範囲内の測定値である。

つまみ力については正常値を母指―示指間を五キログラム以上、母指―中指間を三キログラム以上、母指―環指間を一、五キログラム以上とすると全体的に低下している。

(四)  その他の検査等について

(1) 参考として指動脈血圧の変化(FSP)を検査した(従来の振動障害の末梢循環機能検査方法としては、寒冷負荷皮膚温テスト、爪圧迫テストを中心に、サーモグラフィー、指尖容積脈波などが用いられてきているが、最近、指動脈血圧の測定が北欧諸国を中心に行われてきつつある。我が国でこの方法を導入しているのは当院だけであり、当院としてはこの方法を少し修正して行っている。)ところ、ローカルクーリングによるFSPパーセントの変化は正常値の範囲内であったがローカルクーリングにボディクーリングを加えた方法では左環指のFSPパーセントが六三・〇パーセントとなり、レイノー現象があってもおかしくない程度のFSPパーセントの値の変化であった。

なお、鑑定人らは、検査に当たっていた医師黒沢洋一から、この時、左環指にレイノー現象に類似した色調の変化が認められたとの報告を受けたが、一時的なもので鑑定人は確認することはできなかった。

(2) 右前頭部にCTで巨大なローデンスティの領域があり、同様の所見を左前頭部にも少範囲に認められた(これはかつての脳挫傷の後遺症と考えられる。嗅覚の脱出もその当時の外傷が関与している可能性が強いと考えられる。)。

なお、知能の程度は長谷川式テストの結果、この年齢としては正常の範囲内であったが、本鑑定にとって重要な事項の一つである職業歴、振動工具使用歴、レイノー現象に関する病歴の聴取りが困難であった。

2  鑑定人らは、原告が振動障害に罹患している可能性について次のとおりの意見を述べている。

(一)  末梢神経系については寒冷負荷時の痛覚を除くと正常範囲内であり、総合的にみると、明確な末梢神経障害が存在するとは考えがたく、もし存在するとしても軽度の障害であろう。また末梢神経の機能低下が有るとするならば、加齢現象の関与の度合を具体的に明らかにすることは出来ないが、加齢現象の関与が相当にあると考えるべきである。骨関節系の運動機能障害としては肘関節の可動域に若干の制限があるほかは、握力、つまみ力の低下については、原告が十数年も一般労働に従事していないことを勘案すると測定値のみをもって振動障害(振動工具使用)のためとは考えにくいため、残る末梢循環障害の有無が問題になってくる。この末梢循環障害を皮膚温テストから見ると軽度~中等度の障害の存在が示唆されるが、爪圧迫テストでは軽度の障害があるにすぎない。この程度の異常はレイノー現象の無い振動工具使用者や振動工具使用経験の無い健康成人でもよく見られる所見であり、また、逆にレイノー現象のある振動工具使用者でもこれらの検査所見が必ず悪いとは限らないことから、寒冷負荷皮膚温テスト、爪圧迫テストの結果だけからレイノー現象が生じるほどの末梢循環障害の病態が存在していると結論することは出来ない。

(二)  レイノー現象を呈する他疾患の有無については、まず第一に末梢循環障害をきたす末梢動脈疾患は診察所見やその臨床症状が無いことから否定できる。次に胸郭出口症候群に代表される整形外科的な疾患も否定出来た。レイノー現象を来すことで忘れてはいけない膠原病については検査所見及び診察所見から否定できた。患者にレイノー現象があるとすれば、基礎疾患の無い健康な人にもみられる一次レイノー現象又は振動障害に由来するレイノー現象と言えよう。しかし、振動工具によるレイノー現象と一次レイノー現象との区別をどこでつけるかという問題は難しく、診察及び検査所見に異常があった場合、どのような振動レベルの工具をどの程度使用したのかの使用歴等を参照して決定しているのが一般的な姿である。ちなみに、一般の人のレイノー現象の有症率は五〇歳台で二ないし三パーセントの間であるとの報告がある。

(三)  参考までに行った指動脈血圧の変化(FSPパーセント)でみると、前述したようにレイノー現象があってもおかしくない程度の値を一部示した。この検査結果から患者に末梢循環障害は存在していると考えられる。しかし、このFSPパーセントの変化はローカルクーリングにボディクーリングを加えた負荷条件であり、かつこの時のFSPパーセントの値が六三、〇パーセントと比較的高い値であったことから、その程度は軽度のものであると考えられた。

しかし、この検査方法は本邦では当院のみ行っている方法であり、日本で広く認容されたものでないこと、また、この検査方法はレイノー現象の重症度の判定には有用であるとの結論を当院のデーターは示しているが、診断方法としてはコントロールの集積が不十分なため未確立であり、この検査結果から結論を現段階で引きだすことは出来ないと考える。

(四)  結論として、原告は上肢に軽度の末梢循環障害を有していた。これが振動障害を構成する三障害のうち末梢循環障害に該当するか否か、すなわち振動工具使用によるものか否かの判断は、鑑定資料、診察及び検査結果から結論を引きだすことは困難である。

以上の鑑定の結果をまとめると、原告には、チェンソー使用による振動障害として、昭和六三年一〇月ないし一一月ころには、末梢神経障害及び骨関節系の運動機能障害が存在するとは考え難いこと、上肢に軽度の末梢循環障害を有していたということはできるが、右障害が、振動工具使用によるものか否かの判断は、困難ということとなる。

六  原告においてチェンソー使用により振動障害に罹患したかの検討

国家公務員災害補償法上、「職員が公務上負傷し若くは疾病にかか」った(一〇条、一二条)ものと認められるためには、業務と傷病との間に相当因果関係が認められることが必要であるが、人事院規則一六―〇別表第一に例示された疾病については、当該業務に伴う有害因子に因って発症しうることが医学的知見において一般的に認められているものを具体的に規定したものであるため、被災者側はかかる一般的な医学的経験則についての立証の負担を免れることになる、したがって、被災公務員は、右以外の点に関し、当該疾病を発症させるに足りる条件のもとで業務に従事してきたこと及び当該疾病に罹患したことを立証しさえすれば、特段の反証がない限り、業務起因性が事実上推定されることになるものと解され、前記認定の原告が本山営林署勤務中チェンソーを使用し、その後、複数の医師により振動障害と診断されたこと等は、振動障害に罹患したとの原告の主張に沿うものである。

しかしながら、後記1ないし3及びこれに前記四(振動障害に関する医学的知見)、五(鑑定人高橋和郎らの鑑定結果について)を合わせると、原告が本山営林署においてチェンソーを使用して伐木等の作業に従事したことにより振動障害を負うに到ったと推定することは困難である。

1  すなわち、原告の本山営林署におけるチェンソー使用日数、チェンソー使用による一日平均の振動暴露時間は前記認定のとおり、昭和四五年四月一日の時間規制が導入された以前でも多く見積もっても三時間を超えることはなく、時間規制以降は、約二時間であったものであるところ、(証拠略)によれば、一日四時間から五時間チェンソーを使用した場合、振動障害の潜伏期間は、約二年ないし五年であるとの医学上の見解が有力であることが認められ、この見解に従えば、原告の本山営林署におけるチェンソーの使用状況(なお、原告は本山営林署において前後約一〇年間にわたりチェンソーを使用する作業に従事していたのであるが、現実の作業時間は別紙高橋頼末勤務状況一覧表からみてとれるとおり相当に間断的なものであり、約二年ないし五年間連続してチェンソーを使用したとは到底いえないものである。)は、一般的には、振動障害を引き起こすに足りるものであったとはいえないことになる。そして、振動障害の程度には振動の強度も関与するとされているところ、原告が遅くとも昭和四五年以降は防振装置付きのチェンソーを使用していたことは、先に認定のとおりであり、この点も、チェンソー使用により、原告が振動障害に罹患したとの推定を否定する根拠の一つとなるものである。

2(一)  前記認定の原告の主張に沿う複数の医師の診断につき検討するに、そのうちの田岡哲医師の診断に関しては、(証拠略)を総合すると、田岡哲医師は、原告の本山営林署におけるチェンソー使用状況やレイノー現象等の発現状況については、客観的な資料に基づき調査し、あるいは現認することなく、主に原告の自訴したところを前提としたうえで、その他の検査結果を加えて、原告が振動障害に罹患しているとの前記診断を下したものであることが認められ、その診断の方法につき疑問の余地があり、さらに、田岡哲医師を含め五島正規、河野文朗各医師の診断に関しては、後記3(二)のとおり、原告の訴える症状とその発現時期に相当の変遷があること、鑑定の際の検査結果及び鑑定人らの意見が、右医師らの検査とは検査の時期に相当の隔たりがあるにしても、前記五のとおりであることなどからすると客観性に欠ける点があるといわざるをえない。

(二)  また、(証拠略)に弁論の全趣旨を総合すると、右医師らが診断に用いたガラニナ分類については、前記ロンドン王立医学会議においても、その分類の基準となった研究が明白でないとか、研究内容は今日の水準からして低いといってよいものであるとかいった報告がなされており、右分類は、欧米では一般に振動障害の症度分類としては妥当性を欠くとして採用されておらず、また、右分類は全身振動をも含めたすべての振動工具による障害を対象としているからチェンソー使用による障害を右分類に直ちにあてはめうるかについては問題があるとも指摘されていることが認められ、右認定事実によれば、右医師らの各診断は、ガラニナ分類を用いているという点からも、その結論の妥当性について疑問の余地があるということができる。

(三)  そして、五島正規、田岡哲各医師により振動障害と診断された後に、三度にわたって原告を診断した熊野修医師は、原告に末梢神経、循環障害等があるとしながら、右諸症状が振動機械使用によるものか否か不詳であるとして、原告が振動障害に罹患しているとの結論づけを避けていることは前記のとおりである。

3(一)  さらに、前記認定事実、(証拠略)の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和四七年六月二二日、愛媛県西条市笹ケ峰の西条市森林組合の作業所において、トラックへの積込作業中に転落してきた木材の端が首に当たり、同日同市内の村上病院に入院し、前頭部裂創、頸髄損傷、頸椎捻挫、両上肢知覚運動麻痺と診断され、同年八月四日に、田岡病院に転院し、昭和四八年五月一〇日、同病院を退院したが、その後も、同年九月一九日まで同病院で通院治療を受け、その後、労働者災害補償法一五条に基づき、障害等級一四級第九号(「局部に神経症状を残すもの」)と認定され、障害補償一時金(一六万〇八五〇円)の支給を受けた。同病院の田岡哲医師は、同日付診断書において、障害の状態の詳細として、「左前腕シビレ感、左握力低下及び項部痛を訴える。左前腕尺骨神経領域の知覚(触覚)低下、左握力低下(左握力二五kg、右握力三三kg)を認め、下部頸椎棘突起圧痛あり、頸椎XPに著変を証明せず。」とし、また、診療の内容及び経過として「昭和四八年五月一〇日退院、外来治療を行ったが、九月中旬にて症状固定」としている。

(2) 原告は、昭和四八年一二月一八日ころ、振動病の検査として、高知上街クリニックの五島医師の診断を受けたが、その際、同医師に対し、レイノー現象が発現することがあるなどの身体の異状を訴えておらず、レイノー現象の誘発テストも行われたが、同医師は検査の結果原告が振動障害に罹患しているとは認めなかった。

(3) 原告は、昭和五二年二月二日午後二時二〇分ころ、本山営林署しらが製品事業所坂瀬山国有林一六班内で伐倒作業中に、伐木の枝が頭部に当たり、高知市愛宕町医療法人新松田会愛宕病院松田義朗医師の診察を受け、同医師により、頭蓋骨骨折、顔面挫創(二ケ所)、頸椎捻挫と診断され、同年二月七日、本山営林署長から公務上災害と認定された。

その後、原告は、昭和五二年三月一二日まで同病院に入院していたが、翌一三日、前記田岡病院に転院し、昭和五三年三月に同病院を退院後、引き続き通院加療中のところ、同年八月一日、田岡哲医師により「X・P上、尚前頭に骨折線を認め、第三~第四頸椎間狭小化と第四~第五頸椎間の配列異常を証明するが、頭痛、項痛及び眩暈等の自覚症状は改善した。よって、昭和五三年八月一日治癒と認める。尚、嗅覚脱失の疑ひあり。」、「昭和五三年八月二日から就業可」と診断された。

さらに、原告は、嗅覚脱失を訴えて高知市桜井町高知県立中央病院に通院していたが、昭和五三年一二月一日、同病院脳神経外科吉村晴夫医師により、「嗅覚脱失の訴えあり、神経学的一般検査にて著変なし、脳波検査正常範囲内、アリナミンテストでは六〇秒で反応なし、鼻腔には異常所見なし」「昭和五三年一二月一日治ゆ、昭和五三年一二月二日から就業可」と診断され、同年一二月、国家公務員災害補償法一三条により頭部外傷後遺症(嗅神経損傷)として準用等級一二級と決定され、障害補償一時金が支給された。

(4) 原告は、昭和四三年三月ころ本山営林署に雇用された際及び以後昭和五二年二月までの雇用されていた期間中、医師及び営林署の上司らに対し、レイノー現象の発症等の身体の異常を訴えたことはなかった。

(5) 日本放送協会は、昭和四〇年三月、「現代の映像」において「白ろうの指」と題する特集を放送し、その後、林野庁の労使間で振動障害が問題とされ、昭和四四年一二月、林野庁と全林野等との間で、振動障害防止のために、チェンソー操作時間を一日二時間以内に規制する基本協定が締結され、原告の勤務する本山営林署しらが製品事業所においても、昭和四五年四月一日から右基本協定が導入され、その後も、本山営林署の安全衛生委員会によってその遵守が監視されていた。

(二)  以上の(一)の事実を総合して検討するに、前記五島正規医師による昭和四八年一二月一八日の振動障害の調査の際、原告には、他覚的に振動障害に罹患しているとは認められなかったこと、また、原告自身も、昭和四三年三月ころ、本山営林署に雇用された際にも、また、以後、昭和五三年二月までの勤務中にもレイノー現象等の振動障害を訴えて医師の診察を受けることをせず、退職後約二年五か月経過した昭和五四年七月九日ころ、始めて振動障害を訴えて医師の診察を受けているものであり、このような原告の行動は、レイノー現象等の振動障害が林業労働者にとって重大な関心事となっていたと推測される事態のなかでは通常考えられないこと、その他原告には種々の既往症があることを考慮すると、原告において、チェンソーを使用する業務に従事したことにより振動障害を負うに至ったと認めることはできない。

(三)  これに対して、原告は、昭和四五年六月ころから手指にレイノー現象が発現し、手や肘の腫れ等もあると主張し、証人高橋貞貴の証言、原告本人尋問の結果もこれに沿うものであるが、レイノー現象等の症状の発現時期についての原告本人の供述自体かなりあいまいなものであり、また、成立に争いのない(証拠略)に弁論の全趣旨を総合すると、原告が訴える症状と発現時期については、被告主張のとおりの変遷があることが認められ、右原告の主張に沿う証言及び本人尋問の結果とも符合しないこと、原告が本山営林署に雇用される際及び雇用されていた期間中、医師及び営林署の上司らに対し、レイノー現象の発症等の身体の異常を訴えたことがなかったことは先に認定のとおりであることからして、右原告の主張に沿う証言及び本人尋問の結果は信用できない。

(四)  なお、(証拠略)に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は両手、肘及び指先のしびれ、両肩の痛み、腕がだるい、腕に力が入りにくい、肩がこる、首のこりと痛み、頭が重いなどの症状を訴えていたことが認められるが、原告にこれらの症状が存在したとしても、前記のとおり原告には頭部や頸部の受傷歴があり、証人田岡哲の証言によっても右各症状(特に神経機能の障害)には、右受傷の後遺症とみるべきものが含まれている可能性があることが認められ、さらに、(証拠略)によれば、振動障害の症状として頭痛、頭重、易疲労感などをあげるむきもあるが、これらの訴えの多くは、いずれの病気にも認められる不定愁訴ともいうべきもので、振動作業特有の症状というより他の作業においても発現するものであるとの批判があることが認められ、これらの認定事実に、振動障害に関する医学的知見についての四の認定事実及び前記五2の鑑定人らの意見をも併せ考えると、原告の訴える右各症状は、振動障害の概念に含めるのが妥当でないもの、右受傷の後遺症によるもの又は不定愁訴ないし加齢現象というべきものである可能性が大きいから、右各症状をもって、原告が振動障害に罹患しているということはできない。

七  結論

以上検討したところによると、原告が本山営林署においてチェンソーを使用して伐木等の作業に従事したことにより振動障害を負うに至ったと推定することはできず、他に右事実を認めるに足りる確たる証拠もない。

よって、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊永多門 裁判官 野尻純夫 裁判官 酒井康夫)

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