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高知簡易裁判所 昭和32年(ハ)552号 判決 1959年6月04日

原告 鎌倉福重

被告 門脇盛嗣

主文

被告は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和三十二年八月三十一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

第一項に限り、原告において金壱万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事  実<省略>

理由

原告が昭和二十四年二月十二日訴外マス女と婚姻して肩書住所に同棲し、その間二男(優)七歳及び三男(弘男)五歳(昭和三十二年七月八日本件出訴当時の年令)を挙げて生活していた事実、被告が牛馬商を営み、同三十年秋頃より原告方に出入りするようになつた事実、マス女が三男弘男を連れて同三十一年五月三十日頃原告方を家出し、高知市に出た事実、はいずれも当事者間に争いがない。

そこで先ず被告とマス女との間における情交関係の有無を明らかにし、続いてその余の原告主張事実について検討しよう。

1、証人鎌倉春の証言並びに原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、

被告は昭和三十年秋頃より牛売買のため原告方に出入りする中、兎角原告が炭焼き等の山仕事に赴き不在勝ちであるのに乗じ、いつの間にかその留守居中のマスと慇懃を通ずるようになり、或る時は原告が山仕事より帰宅せざるまま、その留守宅に泊り込みマス女と情交関係を結ぶ等、自己よりも約三十歳年下の同女との恋情に狂奔し、足繁く原告方を訪れて不倫の行為を重ねていたが、やがて原告並びにその両親において右の関係を知るに至り、平和であつた原告の家庭に風波を生じ、部落の噂にも上るようになつて、遂にマス女は原告方に居たたまれず、昭和三十一年五月三十日原告の不在中に「神戸市のイトコの家に行つて働く」旨の置手紙をなして、三男弘男を連れ出高した事実、及びその出高の日被告もまた原告方附近の部落まで姿を見せていた事実

2、証人鎌倉春、筒井一之、小石大三郎、田野岡安子の各証言、証人西上マス女、西森繁子、西森高尾の各証言の一部、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、

マス女は出高後高知市内の訴外西森繁子方に間借りして身を寄せ、その後同三十二年七月頃までの間、同市内の訴外西森高尾方、同筒井一之方及び薊野における借室等に転々として住居し、その間被告は殆んどマス女と同居して、恰も夫婦の如き生活をなして慇懃を通じていた事実、及びそのため原告は世間に対する面目を失し、夫としての屈辱に堪えかね、遂に意を決してマス女に対する離婚の調停申立をした事実

をそれぞれ認定することができ、証人西上マス女、西森高尾、長谷川満及び被告本人の供述中、右認定に反する部分は措信しない。

3、原告とマス女との間に昭和三十二年七月四日高知家庭裁判所において、マス女と被告の前叙不貞行為を原因として原告より申立てた調停事件につき

(イ)  原告とマス女を離婚する。

(ロ)  二児の監護養育者及び親権者を原告とする。

旨の調停が成立した事実は当事者間に争いがなく、右調停条項の外になお

(ハ)  原告とマス女は離婚に関し、今後相互に財産上一切の請求をしない。

旨の条項の定めがなされた事実は、原告において明らかにこれを争わないところである。

4、次に当事者双方本人尋問の結果によると、原告は田畑約六反、山林十町乃至十五町及び家屋敷を所有し、副業に山林伐採に従事している事実、被告は田三反五畝、畑二反位を自作し、家屋敷を所有している事実を認定することができ、右認定の妨げとなる証拠はない。

さて以上の事実に基いて考えてみるのに、元来原告方は山間の平和な一農家で、原告とマス女は、二人の男児の成長を楽しみに平穏な夫婦生活を営んでいたのであるが、この平和な家庭が無惨にも破壊され、原告は八年余も連れ添つた妻と離婚しなければならぬ破目に陥り、妻の不行跡という恥しさから、世間に顔向けもできないよう名誉を失墜し、その屈辱感から遂に意を決して離婚の調停申立をなすの止むなきに至り、その結果は何の罪もない二人の男児を抱え、片親としてこれを養育してゆかねばならぬ窮境にまで追い込まれたというのは一に被告とマス女との不倫な不法行為に因るものであつて、畢竟それは夫たる原告の妻マス女に対する貞操要求の権利すなわち夫権を侵害したものに他ならない。

ところで被告とマス女の右不倫行為は、原告に対する両名の、共同不法行為というべきであるから、両名は原告に対し、各自連帯にて、その原告の蒙つた損害の賠償義務すなわち精神上の苦痛を慰藉する義務があるのである。そうしてその精神上の苦痛の慰藉は、金銭を以て賠償すべきであり、その額は本件諸般の事情を考慮するとき、金十万円を以て相当とする。

然るに一方原告とマス女との間には、原告よりマス女を相手方として申立てられた右不法行為に基因する離婚等の調停事件において、昭和三十二年七月四日高知家庭裁判所で、「双方は本件に関し今後相互に財産上一切の請求をしない。」との条項を以て調停が成立しているのであつて、右条項の趣旨は、本件慰藉料をも含めて、原告とマス女が相互に、離婚に伴う財産上の請求は一切これをしないこととし、以て相互に債務の免除をしたものであると解するのを相当とする。

そこで共同不法行為者である被告とマス女との、原告に対する損害賠償債務の負担部分について按ずるに、他に特別の事情のない本件においては、両者平等というべきであるから、結局被告の負担すべき債務額は、マス女に対する右負担部分の免除によつて、その免除が共同不法行為者の一人である被告との利益のためにも効力を生ずる関係上、右の金十万円より、マス女の負担すべかりし半額五万円を控除した残額、金五万円というべきである。

してみると原告の請求は、金五万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された翌日であること記録上当裁判所に明らかな昭和三十二年八月三十一日以降完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当であるからこれを認容するが、これを超える部分は、失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 市原佐竹)

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