高知簡易裁判所 昭和55年(ろ)74号 判決 1981年3月18日
御國ハイヤー有限会社
右代表者代表取締役
甲野一郎
会社役員
甲野一郎
会社員
乙山二郎
右の者らに対する各労働基準法違反被告事件について、当裁判所は、検察官伊関義正出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人御國ハイヤー有限会社、同甲野一郎、同乙山二郎をそれぞれ罰金六万円に処する。
被告人甲野一郎、同乙山二郎において、右各罰金を完納することができないときは、それぞれ金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
当裁判所の認定した罪となるべき事実は、起訴状に記載された公訴事実と同一であるから、これを引用する。
(証拠の標目)(略)
(補足説明)
一 被告人乙山二郎の本件犯行について
被告人乙山二郎は、当公判廷において、被告人甲野一郎との共謀を否認し、「自分は、被告人一郎の単なる補佐役であって、給与の計算はするがその支払については責任ある立場にはなく、本件賃金の口座払についてもただ被告人一郎の命令に従ったまでである。」旨弁解する。
しかしながら、前掲各証拠によれば、
1 被告人二郎は、昭和四一年被告人御國ハイヤー有限会社(以下「被告会社」という。)の代表取締役である被告人一郎と養子縁組をするとともに、昭和四三年三月被告会社に入社して総務部長に就任したが、被告人一郎が病気勝ちのためにほとんど会社へ出社しないこともあって、同被告人から、特別重要と思われる事項については指示を受けることがあるものの、資金関係を除く会社の経営全般を任されていたものであること
2 昭和五一年ころ一部従業員に対する賃金の口座払を開始するに際しては、被告人二郎が自ら銀行等の調査にあたり、会社にとって有益であるとの判断をしたうえで、被告人一郎の指示を受け、これが実施にあたったこと
3 またその後の労働組合との団体交渉においては被告人二郎が会社の責任者として出席し、交渉の席上なされた組合側からの本件労働者らに対する賃金の現金払の要求についても、被告人一郎と相談のうえこれを拒絶し、更に高知労働基準監督署からの行政指導を受けた際にも、被告人二郎がこれに応待(ママ)し、その指導に応じられない旨明言していること
以上の各事実が認められ、これによると、被告人二郎は、被告会社の経営全般の担当者として、被告人一郎と共謀のうえ、本件賃金の口座払を実行し、労働者側からの前記現金払の要求以後も、これを継続しているものであることが明らかであって、これに反する被告人二郎の弁解は措信できない。
二 本件労働者の口座払に対する同意の有無について
前掲各証拠によれば
1 本件各労働者はいずれも臨時雇であるが、それぞれ入社間もない昭和五二年から同五三年にかけて被告人二郎の要請により、一応承諾したかたちで、口座振込の方法による賃金の支払を受けていた。
2 ところが、本件各労働者は、昭和五四年初めころから全自交労連高知地方本部みくに分会(以下「分会」という。)に加入するとともに、自分らも分会の既存組合員と同じく賃金を現金で直接受領することを希望するようになり、この希望を受けて分会は会社側との団体交渉の席上で、被告人二郎に対して、臨時雇である本件各労働者についても賃金の現金払をするよう申し入れたが、被告人二郎は同一郎と相はかってこれを拒否した。
3 その結果、分会は同年一〇月中旬ころ、全自交労連高知地方本部を通じ、高知労働基準監督署に対して会社に対する行政指導方を要請し、これを受けた同署は同月二三日、被告会社に労働基準監督官を派遣し、また同月末ころ被告人二郎に対し同署に出頭を求め、本件各労働者が賃金の現金払を希望している旨告げ、労働者の意思に反して口座払を続けることは労働基準法二四条一項に違反するから、現金払に切り替えるよう行政指導したにもかかわらず、被告人二郎は同一郎との相談に基づきこれに従わなかった。
以上の各事実が認められ、これによれば、本件各労働者は賃金の口座払について一応承諾はしていたものの、その後分会を通じて現金払を要求するに至ったが、被告人両名は少くとも前記監督署の行政指導を受けたとき以降、右労働者の要求を知りながら、これに応ずることはできないとして口座払を継続したものであることが明らかである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人の主張は要するに、使用者が賃金額を銀行その他の金融機関に設けられている労働者の口座に振り込んで支払う、いわゆる口座払の方法による賃金の支払は、労働基準法二四条一項の法意に照らし、通貨による直接払と同一視すべきものであって、同項に違反するものではない、というにある。
そこで検討するのに、そもそも労働者にとって賃金は、自己とその家族を支える重要な財源であって、日常必要とするものであるから、これを強制通用力をもつ貨幣で、確実かつ直接に労働者の手に渡らせることによって、その生活に不安のないようにすることが、労働政策上から極めて必要なことであり、労働基準法二四条一項が、賃金は同項但書の場合を除き、通貨で、直接に労働者に支払われなければならない旨規定しているのは、まさに右に述べた趣旨をその法意とするものというべきである。とすると、同項の規定するいわゆる通貨払の原則は、現金による賃金の支払を義務づけることによって、弊害の多い現物給与を禁止するのはもちろんであるが、それのみにとどまらず、労働者にとってもっとも確実、容易、迅速かつ安全な支払方法(現金払の効用は、それが支払われたときから、換金する必要もなく、ただちに、自由に、額面金額どおりに使用することができることにある。)を、賃金の形態じたいによって確保することを目的としているものと解するのを相当とする。
右のとおりであるとすると、口座払の方法による賃金の支払は、現金が労働者本人に安全・確実にわたるという点では問題ないけれども、本来使用者の行うべき賃金の支払に対し、労働者に若干の不便と一定の協力行為(銀行の営業時間からくる引出時間の限定、口座をもっていない労働者に対してはわざわざ口座を設けさせること、預金引出のため銀行まで出向く労力を負わせること等)を義務化する点で、これをただちに通貨による直接払と同一視することはできず、一般的には通貨払の原則に違反し許されないものといわなければならない。
もっとも、現在、銀行業務の拡大に伴って、一般家庭でも月賦販売の代金とか電気・ガス・水道等の各種料金の支払について銀行口座を利用することが増加していることから、銀行口座への振込が現金払と同等に、あるいはそれ以上に便利であるとして、これを希望するかあるいはこれに同意する労働者があるとすれば、その支払方法によったとしても、かかる場合はその労働者に不利益が生ずるとはいえないから、口座払を現金による支払と同一視して法の許容するところと考えても差し支えない。また、最近になって賃金の口座払を行う企業が増加し、相当程度普及するに至っていることも公知の事実である。しかしながら、現段階において、この支払方法が通貨払と同一視できるほど便利なものかどうかは、金融機関の発達という条件もあるが、もっぱら個々の労働者の主観的な事情によるのであって、一般的にそうと断言できるものではなく、また現在行われている口座振込も、労働者一般が、これを現金払と同等あるいはそれ以上に生活上有利であり便利なものであると考え、積極的にこれを希望し、そのためにこの支払方法が慣行化しつつあるというものでもない。それよりもむしろ、企業の経理事務の合理化、省力化の一環として、あるいは企業自体の金融政策上の便宜等から、もっぱら企業側の要請に応じて普及するに至っているものである。(このことは、本件における各労働者及び被告人らの供述によっても裏付けられる。)
以上のような観点からして、通貨払の原則は現物給与の禁止のみを目的としているものと解して、口座払を一般的、無条件に許容されるとする見解はとることができず、口座払の方法によることが労働者の自由な意思に基づいており、しかも、労働者に特別の不利益をもたらさないような方法が講じられた場合、すなわち、労働者が指定する本人名義の預金または貯金の口座に振り込まれること、振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日に払い出しうる状況にあること、以上の条件をみたした場合にのみ許容されるが、労働者の同意がないのにこの方法によることは、労働基準法二四条一項に違反するものと解するのを相当とする。
そして、前記趣旨から、労働者の申出または同意により口座振込を開始したものであっても、その後労働者から現金払の請求があった場合には、使用者は直ちにこれを中止して現金払に切り替えるべきであって、その請求に応じないで口座払の方法を継続するときは、労働者の意思に基づかない場合として、同条項に違反するものと解すべきは当然である。
以上説示のとおりであって、これに反する弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
被告人甲野一郎、同乙山二郎の判示各所為(労働者各個人別に、各支払日毎に一個)はいずれも刑法六〇条、労働基準法二四条一項、一一九条の二に該当するところ、右被告人一郎は被告会社の代表取締役、被告人二郎はその従業者であって、ともに事業主である被告会社のために右の違反行為をしたものであるから、被告会社にも労働基準法一二一条一項により同法一一九条の二所定の罰金刑を科すべきところ、以上はいずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金合算額の範囲内で被告会社、被告人一郎、同二郎をそれぞれ罰金六万円に処し、同法一八条により被告人一郎、同二郎においてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 鍵谷幹夫)