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鳥取地方裁判所 平成12年(ワ)133号 判決 2002年6月25日

原告

方面区

同代表者区長

村上秋彦

同訴訟代理人弁護士

寺垣琢生

杉山尊生

大田原俊輔

被告

核燃料サイクル開発機構

同代表者理事長

都甲泰正

同訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

田野壽

妹尾直人

同指定代理人

弘田安人

他2名

主文

一  被告は、原告に対し、別紙残土目録記載一ないし三のウラン残土を撤去せよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、鳥取県東伯郡東郷町方面地区の住民等によって構成される団体である原告が、被告に対し、原告と被告の前身である動力炉・核燃料開発事業団との間で平成二年八月三一日に締結された協定に基づき、同地区内の土地上に存在するウラン鉱帯に係る堆積残土の徹去を求めた事案である。

一  争いのない事実等(なお、証拠により認定した事実を含む場合は、末尾に当該証拠を掲記した。)

(1)  当事者等

ア 原告は、鳥取県東伯郡東郷町方面地区(以下「方面地区」という。)の住民等によって構成される権利能力なき社団である。

イ 被告は、核燃料サイクル開発機構法(旧動力炉・核燃料開発事業団法、平成一〇年一〇月一日名称変更の上施行)に基づき、昭和四二年一〇月二日、当初、動力炉・核燃料開発事業団(以下「動燃」という。)として設立され、平成一〇年一〇月一日施行の法改正に伴い、動燃から移行した法人である。

被告の法律上の目的は、「原子力基本法に基づき、平和の目的に限り、高速増殖炉及びこれに必要な核燃料物質の開発並びに核燃料物質の再処理並びに高レベル放射性廃棄物の処理及び処分に関する技術の開発を計画的かつ効率的に行うとともに、これらの成果の普及等を行い、もって原子力の開発及び利用の促進に寄与すること」にあるとされている(核燃料サイクル開発機構法一条)。

被告は、岡山県苫田郡上斎原村一五五〇番地にいわゆる人形峠環境技術センターを所有するが、同センターは、従前、動力炉・核燃料事業団人形峠事業所(以下「動燃人形峠事業所」という。)であったものが、上記法改正に伴い、「核燃料サイクル開発機構人形峠環境技術センター」として引き継がれたものである。

(2)  本件協定締結に至る経緯

ア 昭和三〇年代、動燃(昭和四二年以前は、前身の原子燃料公社)は、人形峠周辺の鳥取県及び岡山県の地域で、ウランの探鉱のための試掘を行った。方面地区においても試掘は行われ、その結果発生したウラン鉱石以外の岩石や土砂(以下「捨石」ということがある。)が、方面地区内の坑口付近に堆積していた(以下、方面地区内の捨石堆積場について、「方面捨石堆積場」ということがある。)。

イ 動燃は、試掘を行うに際し、地権者との間で使用期間を二〇年間とする土地使用等の契約を締結したが、昭和五三年に使用期間の満了により、捨石はそのままの状態で地権者にいったん土地を返還した。しかし、その後、動燃は、中国四国鉱山保安監督部から捨石堆積場の管理強化の指導を受け、昭和六三年及び平成二年に、地権者との間で当該土地の賃貸借契約(いずれも期間三年間)を締結し、平成八年には、借地期間が満了するため、原告及び地権者に契約の変更を申し入れたところ、原告から契約の更新はできないが引き続き現状のまま動燃が方面捨石堆積場の管理を行うことを認める旨の回答を受けた。このようにして、動燃は、昭和三〇年代以降現在に至るまで、方面捨石堆積場を管理してきた。

ウ 方面捨石堆積場は、鳥取県東伯郡東郷町大字方面字坂根三〇三ないし三一三番、同三一四番一ないし七、同三一五番一ないし一三、同三一七ないし三二〇番及び同字京参り三二五番に位置し、全体面積は、約三万三〇〇〇平方メートルである。

本件訴訟において問題となっている、一号坑口、下一号坑口及び二号坑口は、方面捨石堆積場内にあり、それぞれの坑口からの捨石は、一号坑堆積場、二号坑堆積場及び貯鉱場跡(保管場)等に堆積されていた。

エ 昭和六三年八月一五日、岡山県中津河地区の捨石堆積場で高レベルの放射能が検出されたとの報道があり、中国四国鉱山保安監督部が、鉱業権者である動燃に対し、鳥取県及び岡山県内の核原料物質鉱山における捨石堆積場の総点検を指示した。

上記総点検の結果を受けて、鳥取県は、動燃に対し、平成元年五月二二日、方面捨石堆積場内の貯鉱場跡の捨石を全量撤去することを要請した。

動燃は、鳥取県に対し、平成元年六月二七日、撤去を承諾するとともに、その実施に当たっては詳細な技術的検討を加え、地元に十分な説明を行う旨回答した。

その後、原告と動燃との協議の結果、原告の将来にわたっての不安を抜本的に解消するため、平成二年八月三一日、原告と動燃との間で(ただし、原告側は、原告の通称である「東郷町方面地区自治会」との名義を使用していた。)、方面捨石堆積場に堆積した捨石のうち、一号坑及び二号坑のウラン鉱帯に係る堆積残土(以下「ウラン残土」という。)を被告が全量撤去する旨の協定が成立し(以下「本件協定」という。)、「ウラン残土の撤去に関する協定書」と題する文書(以下「本件協定書」という。)、「ウラン残土の撤去に関する覚書」と題する文書(以下「本件覚書」という。)及び「ウラン残土の撤去に関する確認書」と題する文書(以下「本件確認書」という。)がそれぞれ作成された。

また、同日、原告と動燃との間で、本件協定に係るウラン残土の堆積量が、約三〇〇〇立方メートルであることが確認された。

(3)  本件協定書等の文言等

ア 本件協定書について

本件協定書は、冒頭に、「ウラン残土の撤去に関する協議の結果、次の一項を確認し、調印する。一 本協定の調印は、関係機関の決裁処理を得た上で行うものとする。」との記載があり、この記載に続いて、「ウラン残土の撤去に関する協定書」との表題の記載がある。

上記表題に続いて、「東郷町方面地区自治会(以下「甲」という。)と動力炉・核燃料開発事業団人形峠事業所(以下「乙」という。)はウラン残土の撤去に関し次の条項(覚書及び確認書を含む)に従い実施することに合意し、協定書を締結する。」との記載があり、この記載に続いて、下記一ないし一七の各条項の記載がある。

一  乙は、方面一号坑及び二号坑のウラン鉱帯にかかわる堆積残土を全量撤去する。

二  甲は、ウラン鉱帯部分の残土が適確に撤去されるため、両者了解の上、必要に応じ現場に立入り、監視及び調査のうえ問題点の指摘、助言を行う、乙はこれにより対処するものとする。

三  鉱帯部分の残土を全量撤去した段階で乙と甲はその後の残土の取扱について協議し、乙は、甲の意見を尊重の上対処する。

四  残土撤去及び堆積場にかかわる必要な措置については乙は、甲の合意了解に基づき実施するものとする。

五  残土撤去にかかわる費用負担の一切は乙の責任とする。

六  残土撤去、運搬作業に於ける安全対策は、万全を期するものとする。

七  堆積場の土地賃貸契約については、甲が残土の撤去状況、その後の管理条件等を総合判断し、周辺の環境等において放射能による不安はひとまず改善されたものとする時点で地権者の意志を確認の上、乙と契約期間、賃貸料等話し合い決定する。

八  堆積場の管理責任の総ては乙にあり、今後法規制の改定等を含めなんらかの問題が生じた場合は改めて残土の撤去等適切に対処するものとする。

九  ウラン残土の堆積による地区住民の健康障害、環境汚染等の不安を解消するため、乙は、甲の要請に基づき、実態調査及び健康相談等実施する。

一〇  乙の責任に帰すべき事由により、甲に対し損害を与えたことが明らかになった場合、乙は、損害賠償を含め責任ある対応を行うものとする。

一一  ウラン残土の撤去は、関係自治体の協力を得て、「米」「梨」等の収穫期までに着手し、当協定書(覚書、確認書を含む)を遵守の上、一日も早く完了するものとする。

イ  本件覚書について

本件覚書は、冒頭に、「東郷町方面地区自治会(以下「甲」という。)と動力炉・核燃料開発事業団人形峠事業所(以下「乙」という。)はウラン残土の撤去に関する協定書に付随して、次の通り覚書を締結する。」との記載があり、この記載に続いて、下記一ないし四の各条項の記載がある。

一  協定書一項のウラン鉱帯部分の堆積量は、約三、〇〇〇m3と推計される。

二  協定書九項の健康相談等(健康診断含)とは、元鉱山労働者については乙が実施し、地区住民については東郷町が実施する。

三  堆積場の無契約期間に於ける賃貸料等については、乙は別途地元地権者と話し合い、円満に解決を図るものとする。

四  甲と乙は、堆積場にかかわる諸事項について誠意をもって協議し、円満に解決を図るものとする。

ウ 本件確認書について

本件確認書は、冒頭に、「東郷町方面地区自治会(以下「甲」という。)と動力炉・核燃料開発事業団人形峠事業所(以下「乙」という。)はウラン残土の撤去に関する協定書締結にかかわる経緯等について次の事を確認する。」との記載があり、この記載に続いて、本件協定締結に至る経緯等に関する内容の記載がある。

エ 本件覚書において確認されたウラン残土約三〇〇〇立方メートルについては、当初、「一号坑及び二号坑のウラン鉱帯に係る堆積残土(ウラン鉱帯部分の残土)」という形で特定されていたが、平成八年四月三〇日ころまでには、原告と動燃との間で、おおむね以下のとおりの内容であることが黙示的に合意されていた。

撤去量 推計三〇〇〇立方メートル

①  貯鉱場跡(保管場)に堆積する残土 約二九〇立方メートル

②  一号坑堆積場及び二号坑堆積場に堆積する残土(試験選別結果による地表面〇・三マイクロシーベルト毎時以上のもの) 約二一〇〇立方メートル

③  堰堤付近(一号坑かん止堤上部及びかん止堤間)に堆積する残土 約五五〇立方メートル

(4) 本件訴訟に至る経緯

ア 原告は、平成一二年八月二八日付け内容証明郵便にて、被告に対し、本件協定締結から約一〇年が経過したが、ウラン残土の撤去が実現しておらず、依然として被告によって放置されたままであるとして、本件協定に基づきウラン残土の撤去を求める旨の申入れをした(以下「本件申入れ」という。)。

イ 本件申入れに対し、被告は、平成一二年九月二五日付け内容証明郵便にて、原告に対し、本件協定書は、関係自治体の協力という条件が付記された契約であり、この条件が未だに充たされていない現状においては、ウラン残土を撤去できる状況には至っておらず、具体的な撤去時期等を明示することはできない旨の回答をした(以下「本件回答」という。)。

ウ そこで、原告は、平成一二年一一月七日、本訴を提起した(当裁判所に顕著)

(5) ウラン残土の特定

本件協定に基づく被告の撤去義務の対象となっているウラン残土の範囲は、別紙残土目録記載一ないし三のとおりである。

二 争点

本件協定書一一項の解釈

三  争点(本件協定書一一項の解釈)に関する当事者の主張

(1)  原告

ア(ア) 本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言が、ウラン残土撤去義務履行の停止条件であることは争う。

本件協定書一一項は、「ウラン残土の撤去は、一日も早く完了するものとする。」との点に眼目があるのであって、その文言上からも、動燃の努力目標、道義的な確認事項を定めたにすぎない。同協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言は、同項文末の「一日も早く完了する」にかかっているのであって、同協定書一項に記載された法的義務の効力の発生を制限する文理的関連も内容的関連もない。

(イ) 当事者間における合意等に関し、その合意内容を証する書面の記載を解釈する場合、その解釈基準となるのは、社会通念と当事者の合意的意思である。

停止条件とは、法律行為の効力発生を将来の不確実な事実の成否にかからしめるものであるから、効力の発生、未発生を画する重要な事項であり、通常、法律行為の効力と一体となって記載される。

本件協定書においても、「関係自治体の協力を得て」との文言が停止条件であるならば、この文言は、同協定書一項の「ウラン鉱帯にかかわる堆積残土を全量撤去する。」の前に、又はただし書として記載されるのが自然である。

この点、本件協定書は、一項において、動燃の法的義務を明確に規定した上で、二項以下において、残土撤去の準備、方法、費用等の細目的な事項について定めている。このように同協定書一項の法的義務を前提として、二項以下が定められる構成となっており、一一項において、突然、一項の法的義務を制限する条項が記載されているものとは解釈できない。

(ウ) 本件協定書一一項は、「動燃が早急に撤去する関係で必要となるべき措置はすべて取る。」という道義的な確認条項以上の意味を与えられない。

本件協定書一項の撤去義務を停止条件にかからしめる内容の表現は、本件覚書、本件確認書にも一切記載がない。同協定書一一項の文言が、一項の効力を左右する停止条件とすれば、本件協定書の中身を更に具体化したり、交渉の経過を明らかにした関係文書中に、当然「いつまでに協力を得るのか」「どの自治体に協力を得るのか」などの記載があるのが当然である。

これまで、動燃又は被告は、原告に対し、本件協定が停止条件付きであるとの説明をしたことはなく、本件回答において、初めて主張されたものである。

本件協定締結時においては、原告、原告を代表・代理して交渉に当たっていた動燃人形峠放射性廃棄物問題対策会議(以下「対策会議」という。)、動燃とも、岡山県が搬入拒否の姿勢を示していることが、ウラン残土撤去の法的障害になるとは考えていなかった。もともと、動燃人形峠事業所は、人形峠周辺のウラン鉱を核燃料にするために設置運営されている事業所であって、ウラン鉱山が、たまたま岡山県と鳥取県とにまたがって存在することから、それぞれから掘り出されたウラン鉱を加工してきたのである。

同じ人形峠周辺で出たウラン鉱を、岡山県側だけ処理し、鳥取県側は処理しないというような運営は、動燃人形峠事業所を設置した目的からも許されないことであり、国の費用をかけて事業所を設置し、その補助金を岡山県は受領しながら、鳥取県側のウラン鉱の処理を拒むことはできない。その処理のためだけに、新たに鳥取県側に施設を作れということは、理不尽な要求であることは明らかであったので、対策会議も動燃も岡山県知事の議会答弁を本気で取り上げてはいなかったのである。

被告は、動燃又は被告は、本件協定書等に従い、誠心誠意を尽くし、関係自治体の協力を得るべく、努力(義務の履行)をしたが、方面地区のウラン残土については、関係自治体の協力が得られていない旨主張するが、これまでの間、動燃又は被告において、岡山県に対し、何らの搬入要請もしていない。

(エ) 以上のとおり、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言は、本件協定書の構成、記載文言等に照らすと、明らかに一項記載の撤去義務の停止条件には当たらない。

本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言が、停止条件に当たるとしても、動燃又は被告は、その前提となるべき義務を履行せず、長期間を無為に経過させているのであり、被告において停止条件の存在を主張することは信義則に反し許されない。

イ 仮に、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言が、法律上何らかの効果のあるものであるといえるとしても、それは、関係自治体の協力を要請するのに必要な合理的期間について原告が動燃に対し期限の猶予をしたものというべきである。

そして、その合理的期間とは、本件協定書一一項に「関係自治体の協力を得て、「米」「梨」等の収穫期までに着手し」とあるように、一年間を越えることは想定されていないところ、本件協定締結から一〇年以上が経過し、動燃又は被告が関係自治体の協力を得るのに必要な合理的期間は既に経過している。

よって、上記期限の猶予はなくなっており、被告は直ちにウラン残土を撤去しなければならない。

ウ また、仮に、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言が、法律上何らかの効果のあるものであるといえるとしても、それは、不確定期限を定めたものというべきである。

そして、本件協定書一一項に「関係自治体の協力を得て、「米」「梨」等の収穫期までに着手し」とあるように、「米」「梨」等の収穫期(平成二年九月中)までに関係自治体の協力が得られなければ、関係自治体の協力が得られないことに確定したというべきである。

あるいは、本件協定締結から既に一〇年間が経過した時点においては、関係自治体の協力を得るための合理的期間は既に過ぎており、その時点で協力が得られないというのであれば、もはや協力が得られないことに確定したといわざるを得ない。

よって、上記不確定期限は到来し、被告は直ちにウラン残土を撤去しなければならない。

(2)  被告

ア 本件協定書一一項には、「関係自治体の協力を得て」との文言があり、これは停止条件に当たる。かかる停止条件が付加されているのは、日本国民の原子力に関する特別の国民感情、これを受けての関係自治体の対応からして、撤去先の住民を始め関係自治体の協力(容認)が得られなければ、ウラン残土を撤去することは不可能であるからである。

このことは、平成二年から平成八年までの動燃人形峠事業所への搬出、平成八年の鳥取県三朝町の県有地保管、平成一〇年の鳥取県東郷町の波関園保管及び平成一二年のサイクル機構人形峠環境技術センターにおける実証試験の実施の提案が、いずれも搬出先の関係自治体の協力が得られずに実現できないまま今日に至っていることからも明らかである。

また、「関係自治体の協力」が、撤去義務履行の停止条件であることは、本件協定書一一項の成立の経緯からも明らかである。

本件協定書一一項成立の経緯は以下のとおりである。

(ア) 本件協定の締結に当たり、撤去時期をどのように記載するかは、動燃と対策会議の重要課題であった。

当初、平成二年一月二四日、対策会議から提示された協定書原案では、撤去開始時期が、「二月中旬」とされていたが、動燃としては、平成元年九月二八日に岡山県知事が、「鳥取県で危ないと思われるようなものを岡山県が受け入れることは考えられない。」と議会で答弁していることから、岡山県の了解は直ちには得られないと考え、この原案は受け入れられないとしたところ、対策会議は、平成二年二月二日、撤去開始時期を空欄とした対案を示した。

(イ) 平成二年二月七日、動燃は、「撤去作業の開始は、撤去したものの(動燃人形峠事業所でのヒープリーチング処理等の)処理方法が決まることを前提とする。甲(方面地区自治会)、乙(動燃)は処理方法が決まるようそれぞれ努力するものとする。」との案を提示したが、対策会議は、具体的に「三月上旬」とか「可及的速やかに」とするよう要求した。これに対し、動燃は、「期日を入れるのは地元を欺くことになる」として対立し、これ以降数回の交渉が行われたが、動燃の「撤去作業の開始は、処理方法が決まることを前提とする。」との主張と対策会議の「可及的速やかに」との主張が対立していた。

(ウ) 平成二年六月一三日、動燃は、「乙(被告)は残土の撤去を可及的速やかに行うものとする。但し、撤去作業の開始は、撤去する残土の処理方法が決まることを前提とする。甲(方面地区自治会)及び乙は処理方法が決まるようそれぞれ努力する。」との案を提示したが、了解には至らなかった。

(エ) このように、撤去時期をどのように協定書に記載するかが焦点となっていたところ、平成二年七月七日の交渉(報道各社に公開)において、対策会議は、本件協定の元になる仮協定の調印を迫り、この中で対策会議から、「一一項については、今回新たに提示する文言である。撤去の時期をいつにするかは適当な表現がなかったが、去る六月一九日の動燃人形峠事業所長が言ったことをそのまま載せることにした。」として、本件協定書一一項の文言が提案された。この際、対策会議は、「本協定の調印に当たっては、関係機関(関係する関係自治体、官庁等)の決裁処理を得た上でないと協定が発効しないことを担保することを条件」に執拗に仮協定書に押印することを迫り、仮協定として調印がなされた。

平成二年六月一九日の交渉(報道各社に公開)の際の上記所長発言は、対策会議が、「いつ撤去するのか見通しを示せ。九月から一一月の間に撤去せよ。」と迫ったのに対し、同所長が、「関係自治体(鳥取県・岡山県・東郷町・上斎原村)の御理解が得られるよう努力する。」と述べたものである。

(オ) 以上のように、仮協定書一一項の「関係自治体の協力」が、撤去の条件であり、この趣旨は、平成二年八月三一日に調印された本件協定書が、同年七月七日の仮協定書と、冒頭文の二、三項を除き、同一内容で、東郷町長の立会いの下に私印を公印に改めて調印されていることに照らし、本件協定書にも引き継がれていることは明らかである。

イ 停止条件としての「関係自治体の協力を得て」との文言のうち、「関係自治体の協力」とは、まず、ウラン残土の搬出先となる県、市町村等の協力(容認)を意味し、かかる搬出先の協力(容認)が得られた後は、方面地区における撤去工事と搬出先への搬出を行うために必要となる搬出元たる鳥取県及び東郷町の協力を意味する。

動燃又は被告は、現在まで、この停止条件が成就されるよう、誠心誠意を尽くし、搬出先となる県、市町村等の協力(容認)を得るべく努力をしてきた。

しかし、①平成二年から平成八年にかけての岡山県内にある動燃人形峠事業所(現人形峠環境技術センター)への搬入に関しては、岡山県の協力が得られず、②平成八年から平成九年にかけての鳥取県三朝町の県有地保管に関しては、鳥取県の協力は得られたものの、三朝町の協力が得られず、③平成九年から平成一一年にかけての鳥取県東郷町の波関園保管に関しては、鳥取県及び東郷町の協力を得て進めていたものの、波関園所在地区の住民の反対により、最終的に東郷町の協力が得られず、④現在提案している人形峠環境技術センターにおける実証試験計画(方面地区に袋詰めしてあるウラン残土約二九〇立方メートルを使用)については搬出先となる岡山県の協力が得られていない(同計画においては、約三年間の実証試験終了後に、ウラン残土約三〇〇〇立方メートルの措置を決めることとしているので、この措置を決めるに当たっては、鳥取県、岡山県等の協力が必要となる。)のである。

このように、現時点では、動燃又は被告の努力にもかかわらず、方面地区に存在するウラン残土について関係自治体の協力が得られていないのであって、被告において停止条件の主張をすることが信義則に反するとはいえない。

ウ したがって、原告の本件協定に基づく本訴請求は、停止条件未成就により失当である。

第三証拠《省略》

第四当裁判所の判断

一  まず、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言の法的意義について検討する。

(1)  上記争いのない事実等並びに《証拠省略》を総合すると以下の事実が認められる。

ア 動燃は、昭和三〇年代、人形峠周辺の鳥取県及び岡山県の地域で、ウランの探鉱のための試掘を行った。方面地区においても試掘は行われ、その結果発生したウラン鉱石以外の岩石や土砂(捨石)が、方面地区内の坑口付近に堆積しており(全量約一万六〇〇〇立方メートル)、方面地区内の捨石が堆積された場所の全体面積は、約三万三〇〇〇平方メートルにわたっていた。

イ 昭和六三年八月一五日、岡山県中津河地区の捨石堆積場で高レベルの放射能が検出されたとの新聞報道がなされた。

その後、同月一九日、地元住民や旧社会党鳥取県本部、労働組合関係者などによって構成される対策会議が結成され、四大闘争目標(①残土の全量撤去、②実態調査の実施、③旧鉱山労働者、周辺住民の健康対策、④環境保全協定の締結をそれぞれ求めること)が決定され、以降、基本的に、対策会議において、原告を代表し、動燃や鳥取県、岡山県等との間で、捨石撤去に関する交渉等に当たることになった。

昭和六三年一〇月一四日、中国四国鉱山保安監督部が、鉱業権者である動燃に対し、鳥取県及び岡山県内の核原料物質鉱山における捨石堆積場の総点検を指示した。

上記総点検の指示を受けて、動燃は、中国四国鉱山保安監督部にあてて、昭和六三年一一月二二日付けで、「総点検結果に基づく指示に対する報告について」と題する文書を送付し、捨石堆積場の保安対策に関する計画を伝えた。

動燃は、昭和六三年一二月二三日付けで、動燃所長から鳥取県企画部長にあてて、「東郷鉱山貯鉱場跡の対策について」と題する文書を送付し、方面貯鉱場跡については、全てを除去し、修復・植栽を実施することを伝えた。

鳥取県は、動燃に対し、平成元年五月二二日、方面捨石堆積場内の貯鉱場跡の捨石を全量撤去することなどの要請を行った。

上記要請を受けて、動燃は、鳥取県に対し、平成元年六月二七日、方面捨石堆積場内の貯鉱場跡の捨石を全量撤去するなどの措置を講ずる旨の回答をするとともに、動燃人形峠事業所所長から鳥取県企画部長にあてて、「核原料物質鉱山たい積場に関する具体的措置について(回答)」と題する文書を送付した。

上記文書には、捨石の撤去等に関する具体的な措置計画についての記載があり、方面捨石堆積場に関しては、捨石の除去等の工事を平成元年度に実施する予定であることなどの内容が記載されていた。なお、同文書の記載上、方面捨石堆積場に存在する捨石の全量撤去について、何らの条件も付されてはいなかった。

ウ 平成元年八月二六日、当時対策会議の事務局長であった松田道昭(以下「松田」という。)らが、鳥取市内の旅館において旧社会党の会議をしていたところ、当時動燃人形峠事業所の所長であった早川倫仗(以下「早川所長」という。)が、面会を求め、松田ら会議出席者に対し、捨石の全部撤去ではなく、一部撤去の方針を申し入れ、話合いの結果、早川所長と当時対策会議の議長であった松永忠君との連署により、方面捨石堆積場の捨石のうち、放射線レベルが比較的高いウラン鉱帯に係る堆積残土(ウラン残土)の撤去に関し、下記①ないし④の事項を確認する文書が作成された。

① 鉱帯部分推計三、〇〇〇m3を撤去する。

② 撤去した段階で相談する。

③ 関係者の意見を尊重し、対応の上円満解決を図る。

④ 現段階での確認事項であり部外秘とする。

上記文書による確認に際しては、方面捨石堆積場に存在するウラン残土の撤去について何らの条件も付されてはいなかった。

上記文書による確認を契機として、対策会議と動燃との間で、ウラン残土撤去に向けた協定書作成の作業が開始された。

エ 平成元年九月二八日、当時の岡山県知事長野士郎(以下「長野岡山県知事」という。)が、岡山県議会平成元年九月定例会において、動燃が、鳥取県内の放射性残土(捨石)を岡山県内の動燃人形峠事業所内へ持ち込むことの許否についての質問に対し、鳥取県で危ないと思われるものを岡山県が受け入れるということは考えられないとして、岡山県としては県内への放射性残土持込みを拒否するとの趣旨の答弁をした。

オ 平成二年一月二四日、動燃と対策会議との打合せが行われた。対策会議側からは、動燃によるウラン残土撤去の開始時期につき、「ウラン残土の撤去作業は二月中旬から開始し、当協定書を遵守しつつ早期に完了するものとする。」と記載した協定書案が提案されたが、動燃側は、この提案を拒絶した。

そこで、対策会議側からは、同年二月二日、撤去開始時期を空欄とした協定書案が提出された。これを受けて、動燃側は、対策会議側に対し、撤去開始時期を覚書に記載することを申し入れ、その了解を得た。

同年二月七日、動燃と対策会議との打合せが行われた。動燃側からは、動燃によるウラン残土撤去の開始時期につき、「撤去作業の開始は、撤去したものの処置方法が決まることを前提とする。甲(東郷町方面地区自治会)、乙(動燃人形峠事業所)双方は処置方法が決まるようそれぞれ努力するものとする。」と記載した協定書案が提案されたが、対策会議側は、「三月上旬」又は「可及的速やかに」といった具体的な記載を入れるよう求めた。これに対し、動燃側は、(具体的な時期は)不明であり、期日などを入れることは、逆に地元を欺くことになると主張して反対し、この日は合意に至らなかった。

カ 動燃においては、鳥取県内の捨石の一部を岡山県内に存在する動燃人形峠事業所へ搬入し、ヒープリーチング処理(捨石に希硫酸溶液を散布し、これに含まれるウランを希硫酸溶液に溶かし出して回収する方法)の試験を進めることを検討しており、平成二年三月二三日、上記試験の計画について、岡山県側に説明したが、岡山県側からは鳥取県内の捨石を動燃人形峠事業所へ持ち込むことについての了解を得ることはできなかった。

キ 平成二年六月一三日、動燃人形峠事業所の展示館応接室において、動燃と対策会議との間での打合せが行われた。

上記打合せにおいては、動燃側と対策会議側との間のウラン残土撤去に係る協定締結に関し、ウラン残土の撤去先、撤去時期等を協定書の中にいかなる形で盛り込むかなどについて話し合われた。

話合いの過程で、早川所長からは、ウラン残土撤去に係る協定を締結するためには、残土の処置方法が決まらないとできないこと、残土撤去先として想定されている動燃人形峠事業所が存在する岡山県が了解しない限りは協定を締結することはできないこと、協定書には、処置方法が決まり次第可及的速やかに残土の撤去を履行するとの趣旨の文言を盛り込むということではどうかということ、岡山県知事の判断ではウラン残土の持込みを拒否することはできないであろうということ、などの趣旨の発言がなされ、他方、対策会議側の松田からは、協定書に、ウラン残土撤去の時期について明記するのであればよいが、残土の処置方法が決まり次第撤去を履行するということになると、残土の撤去が完了するまで何年かかるか分からなくなり、鳥取県としては手も足も出なくなってしまうこと、などの趣旨の発言がなされ、結局、ウラン残土の撤去先、撤去時期等の協定書への盛込み方については、結論が出ず、さらに議論が続行されることとなった。

ク 平成二年六月一九日、動燃人形峠事業所の展示館応接室において、動燃と対策会議との間で打合せが行われ、対策会議側が、動燃側に対し、方面捨石堆積場のウラン残土撤去に係る協定の内容に関し、撤去時期についての見通しを示すように要求をしたところ、動燃側は、ウラン残土推計三〇〇〇立方メートルについて、関係自治体の協力が得られたら、梨など農作物の収穫期前である同年九月までには撤去に着手したいことなどを回答した。

ケ 平成二年六月二二日、長野岡山県知事は、岡山県議会において、ウラン残土の岡山県内に存在する動燃人形峠事業所への持込みの問題に関し、事前に動燃から何の相談も受けておらず、鳥取県で危ないと思われるものを岡山県が受け入れるということは考えられないとする持込み拒否の姿勢は不変であるとの趣旨の発言をした。

コ 平成二年七月六日から同月七日にかけて、動燃人形峠事業所の展示館応接室において、動燃と対策会議との間で打合せが行われた。

打合せにおいて、対策会議側は、同会議において作成した、「ウラン残土の撤去に関する協定について」と題する文書(以下「本件仮協定書」という。)を示し、動燃側に対し、仮調印を要求した。

本件仮協定書には、本件協定書の一ないし一一項と同様の文言が盛り込まれており、一一項についても、同協定書同様、「ウラン残土の撤去は、関係自治体の協力を得て、「米」「梨」等の収穫期までに着手し、当協定書(覚書、確認書を含む)を遵守の上、一日も早く完了するものとする。」との文言となっていた。

本件仮協定書一一項の文言について、対策会議側は、同項は今回新たに提示する文言であること、ウラン残土の撤去の時期をいつにするかについては適当な表現がなかったが、平成二年六月一九日の早川所長の上記発言をそのまま使用し、この文言でも支障がないと考えることなどと説明した。

これに対し、動燃側は、文言等についての検討が未了であるし、仮調印のためには必要な手順を踏まなければならないなどとして、仮調印に難色を示したが、対策会議側が強硬に仮調印を要求し続けたため、「本協定の調印は、関係機関の決裁処理を得た上で行うものとする。」等の文言を挿入することなどを条件に、仮調印することもやむなしとの判断がなされ、最終的に、仮協定の締結に至った(以下「本件仮協定」という。)。また、同時に、本件覚書及び本件確認書と同内容の文書についても仮調印がなされた。なお、本件仮協定における当事者は、原告及び動燃であったが、それぞれ、本件仮協定書等には、方面地区自治会区長及び早川所長が私印を押捺し、対策会議議長も立会人として押捺した。

サ その後、平成二年八月三一日、本件協定が締結された。

(2)ア  上記認定の事実によると、動燃と対策会議との交渉が捨石の全部撤去から一部撤去の方向に転じて以来、両者間の交渉の関心は、ウラン残土の撤去先と撤去時期にあったことが明らかであり、とりわけ、撤去時期については、これをどのような形で協定書に盛り込むかという点が最大の論点であったのみならず、これが何年も先になるというような事態は全く想定されていなかったことが認められる。加えて、本件協定書の条項の体裁及び文言(本件協定書の中には、ウラン残土を撤去するに際しての運搬方法や、撤去に係る費用負担等、動燃によって実際に撤去義務が履行される場合における、ある程度具体的な事項に関する記載までが盛り込まれている。また、「「米」「梨」等の収穫期までに着手し、当協定書(覚書、確認書を含む)を遵守の上、一日も早く完了するものとする」といった具体的な着手時期に関する記載も存在している上、着手時期については、協定締結から一年以内の近い将来における時期が念頭に置かれている。)並びに上記認定の交渉経緯等を総合考慮すると、本件協定締結に至るまでの間、実質的に当事者として交渉に当たっていた動燃及び対策会議においては、最終的には方面捨石堆積場のウラン残土が動燃によって撤去されることを前提としながらも、協定締結直前に、ウラン残土の搬入先として想定されていた動燃人形峠事業所が存在する岡山県が、ウラン残土の受入れに難色を示したことにより、速やかに方面捨石堆積場からウラン残土を撤去することが困難な状況に陥っていることを踏まえ、いずれは岡山県側との交渉によってウラン残土の搬入受入れへの同意が得られるであろうことを当事者間の共通の認識とした上で、本件協定書一一項の文言が本件協定書に挿入されたものと認めるのが相当である。

そして、動燃及び対策会議のかかる共通認識を前提として、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言を解釈すれば、この文言は、方面捨石堆積場からのウラン残土の受入れについて、岡山県を始めとする関係自治体の協力(同意)が得られない限り、動燃(現被告)のウラン残土撤去の義務の履行期が永久に到来しないという可能性を有する性質のもの、すなわち動燃(現被告)のウラン残土撤去の義務に付された停止条件に当たるということはできず、むしろ、ウラン残土の受入れに対する、岡山県等関係自治体の協力(同意)は、(その時期が具体的にいつになるかは別としても)将来的には必ず得ることができ、したがって、将来的には必ず動燃(現被告)のウラン残土撤去義務の履行期は到来するが、ただ履行期が到来する具体的な時期について確定していないという性質のもの、すなわち動燃(現被告)のウラン残土撤去の義務に付された不確定期限に当たるものと解するのが相当である。

イ この点、被告は、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言について、停止条件に当たると主張する。

しかし、停止条件であれば、「関係自治体の協力」が得られない限り、永久的に方面捨石堆積場のウラン残土の撤去が実現しない結果になるところ、上にみた動燃と対策会議との交渉の経緯等に照らせば、動燃側も含めた交渉当事者が、当時そのような認識を有していたとは到底いうことはできない(現に、動燃側の証人であり、昭和六三年一月に動燃人形峠事業所資源開発部長として着任後(平成二年四月から同事業所副所長に就任)、本件協定締結に至るまでの間、動燃と対策会議とのウラン残土撤去の交渉に関与してきた杉之原正暁も、本件協定成立当時には、ウラン残土を動燃人形峠事業所に搬入することについて、岡山県の搬入受入れに対する了解がいずれ得られると思っていた旨を明解に供述しているところである。)。

また、停止条件であれば、将来解釈上の疑義が生じることを防止するため、条件であることが明確になるような表現を使用すべきところ(例えば、平成八年四月三〇日付けの「方面ウラン残土撤去に関する議事録確認」と題する文書においては、「鳥取県及び三朝町他関係者の合意を条件として」というような、それが条件であることが明確になるような表現が使用されている。)、本件協定書においては、そのような明解な表現が使用されていない。

以上のような諸点を考慮すれば、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言が停止条件に当たる旨の被告の主張を採用することはできない。

ウ 他方、原告は、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言について、動燃の努力目標、道義的な確認事項を定めたものにすぎないなどとも主張し、証人松田及び同伊藤は、「関係自治体の協力」とは、動燃が方面捨石堆積場のウラン残土を撤去し、搬入先まで運搬する際に通過する道路の周辺に存在する地方自治体の協力のことであり、「関係自治体の協力を得る」とは、かかる道路周辺の地方自治体の協力を得ることを意味するなどと供述している。

しかし、上にみたような本件協定締結に至る経緯及び本件協定書の体裁等を考慮すれば、本件協定書一一項の「関係自治体の協力」とは、単に、ウラン残土を搬入先まで運搬する際に通過すべき道路の周辺の地方自治体の協力を意味するものではなく、ウラン残土搬入先として想定されていた岡山県等の地方公共団体の協力を意味するものであったことは明らかであるというべきであって、証人松田及び同伊藤の上記供述部分は採用することができない。

そして、上記条項が、動燃と対策会議との激しい交渉過程を経た末に、盛り込まれたことをも考慮すれば、そこに何らの法的効果も含まれず、単なる動燃の努力目標、道義的な確認事項が定められたにすぎないものであると理解することも困難であるというべきである。

二  次に、本件協定書一一項の「関係自治体の協力を得て」との文言が、不確定期限であることを前提とし、この期限の到来の有無について検討する。

(1)  上記争いのない事実等並びに《証拠省略》を総合すると、本件協定締結以降、現在に至るまでの間、動燃又は被告において、ウラン残土の搬入先となるべき周辺自治体の協力(了解)を得るべく、岡山県を始めとして、鳥取県内の三朝町など多方面の地方公共団体に対し、ウラン残土の搬入を受け入れてもらえるよう働きかけてきたこと、これを具体的にみるに、例えば、岡山県に関しては、本件協定締結以降何度も岡山県知事や同副知事等に対し、ウラン残土の動燃人形峠事業所への搬入受入れを了解するように申し入れたがこれを拒否され、平成八年には、対策会議からの要請もあって、とりあえず別紙残土目録記載一のウラン残土(フレコンバッグに袋詰めされた約二九〇立方メートル)を処理するために同事業所への搬入受入れの了解を岡山県側に求めたが、これも拒否されたこと、次に、三朝町に関しては、同年三月に、鳥取県と岡山県の県境にある同町内の鳥取県有地(約六〇〇〇平方メートル)にウラン残土を移し、地中に設置したコンクリートピット内にこれを保管する案を対策会議に提案し、同会議の同意を得て、鳥取県に対し県有地の借地要請をするとともに、三朝町に対し県有地での保管受入れを了解するように申し入れたが、平成九年二月になって、同町から地元の理解が得られないとして協力を拒否されたため、結局のところ、県有地の借入れを断念せざるを得なかったこと、さらに、東郷町に関しては、同年九月に、同町に対しウラン残土の町内保管の協力を要請し、これを受けて同町議会に「捨石堆積物の処理調査特別委員会」が設置され、平成一〇年一二月には、動燃、同町及び鳥取県から要請を受けていた同町別所の観光梨園である波関園が保管受入れを決めたが、その後、同町別所地区の住民及び区長から保管受入れについて強い抗議の意思が表明されるなどしたため、動燃としても、平成一一年一二月、最終的に同町内での保管を断念せざるを得なくなったこと、このようにして、動燃の地方公共団体に対するウラン残土受入れの働きかけは功を奏さず、現在においてもなお、岡山県を始めとして、いずれの地方公共団体からもウラン残土の搬入の受入れに対する協力(了解)が得られていないことが認められる。

(2)  以上認定の事実のとおり、動燃による働きかけにもかかわらず、結果として、「関係自治体の協力を得られて」いない状況にあるところ、動燃が関係自治体の協力を得るために必要な合理的期間は既に経過しているものといえる上、本件協定書一一項には、「ウラン残土の撤去は、(関係自治体の協力を得て、)「米」「梨」等の収穫期までに着手し、当協定書(覚書、確認書を含む)を遵守の上、一日も早く完了するものとする。」との文言が存在することや、上記一(1)にみたとおりの本件協定締結に至るまでの交渉過程における交渉当事者の認識等にも照らすと、本件協定書における動燃(現被告)のウラン残土撤去の義務に付された不確定期限たる「関係自治体の協力を得る」ことは、遅くとも、本件協定締結の日である平成二年八月三一日から一〇年間が経過した時点において、最早不可能となったと考えるのが社会通念上相当であると考えられる。

したがって、被告のウラン残土撤去の義務については、既に履行期が到来したものというべきである。

三  よって、被告は、原告に対し、直ちに別紙残土目録記載一ないし三のウラン残土を撤去すべきである。

第五結論

以上の次第であって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤紘二 裁判官 中村昭子 下澤良太)

<以下省略>

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