鳥取地方裁判所 平成12年(ワ)149号 判決 2004年9月07日
主文
1 被告は、別紙ウラン残土目録記載1のウラン残土を撤去せよ。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し、その3を原告の、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 主位的請求
(1) 被告は、原告に対し、別紙ウラン残土目録記載1ないし3のウラン残土を撤去し、別紙物件目録1記載の土地を明け渡せ。
(2) 被告は、原告に対し、160万円及びこれに対する平成12年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
(1) 被告は、原告に対し、別紙ウラン残土目録記載1ないし3のウラン残土を撤去し、別紙物件目録2記載の土地を明け渡せ。
(2) 被告は、原告に対し、160万円及びこれに対する平成12年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 前提となる事実(証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、鳥取県東伯郡a町b地区の肩書地に居住している。
原告は、平成10年2月25日、別紙物件目録1記載の土地(以下「本件第1土地」という。)を、前所有者A(以下「A」という。)から買い受け、所有している(甲1、22)。
原告は、平成14年12月25日、別紙物件目録2記載の土地(以下「本件第2土地」という。本件第1土地及び本件第2土地を併せて「本件土地」という。)を、前所有者Bから買い受け、所有している(甲60)。
(2) 被告は、昭和42年10月2日、動力炉・核燃料開発事業団法(昭和42年法律第73号。以下「旧法」という。)に基づいて、動力炉・核燃料開発事業団(以下、便宜上「被告」ということがある。)として設立され、平成10年10月1日、核燃料サイクル開発機構法(平成10年法律第62号。以下「法」という。)の施行に伴い、動力炉・核燃料開発事業団から移行した法人である(法附則2条)。なお、動力炉・核燃料開発事業団は、原子燃料公社法(昭和31年法律第94号)に基づき設立された原子燃料開発公社(以下、便宜上「被告」ということがある。)が、旧法の施行により解散し、その権利、義務を承継したものである(旧法附則3条)。
被告は、原子力基本法(昭和30年法律第186号)に基づき、平和の目的に限り、高速増殖炉及びこれに必要な核燃料物質の開発並びに核燃料物質の再処理並びに高レベル放射性廃棄物の処理及び処分に関する技術の開発を計画的かつ効率的に行うとともに、これらの成果の普及等を行い、もって原子力の開発及び利用の促進に寄与することを目的として設立され(法1条)、この目的を達するために、法24条に定める業務(核燃料サイクルを技術的に確立するために必要な業務など)を行うほか、旧法23条1項5号に定める業務(核燃料物質の探鉱、採鉱及び選鉱を行うこと)に関して被告に帰属した義務の履行に必要な業務を行うこととされている(平成10年法律第62号による改正後の旧法附則10条2項)。
(3) ウラン残土堆積の経緯
ア 原子燃料公社(被告)は、昭和33年、鳥取県東伯郡a町大字bにおいてウラン鉱床発見の情報を得て、詳細に調査することとし、同年8月18日、28名の地権者との間で、ウラン鉱の採鉱などのため地権者の所有する土地を20年間使用する内容の借地契約を締結し(以下「本件借地契約」という。乙51)、試験採掘を行った。しかし、被告は、昭和36年にはb地区における探鉱を終了し、昭和53年8月17日、期間満了により、上記土地を地権者に返還した。
その間、被告は、鉱床が存在すると思われる付近において探鉱用の坑道を掘削し、掘削によって生じた捨石を、b地区内の坑口付近に堆積した(以下、b地区内の捨石堆積場を「b捨石堆積場」という。なお、別紙図面1上の1号堆積場、2号堆積場のほか、同図面上の1号かん止堤上部、かん止堤間部にも捨石が堆積されており、上記のb捨石堆積場は、これらの部分も含む。)。
イ 被告は、その後、中国四国鉱山保安監督部からb捨石堆積場の管理強化の指導を受けたため、昭和63年、被告が、同土地上において、堆積場の防災上必要な柵、標識の設置等及び堆積場を安定化させる工事等を行うため、地権者との間で改めて3年間の土地賃貸借契約を締結し、平成2年と平成5年に更新した(乙44、弁論の全趣旨)。被告は、平成8年、上記賃貸借契約が満了するため、地権者に契約の更新を申し入れたところ、b区は、契約の更新はできないが引き続き現状のまま被告がb捨石堆積場の管理を行うことを認める旨の回答を行い(乙30)、被告は、b捨石堆積場に立入制限区域を設けるなどした。
しかし、b区(当時の区長は原告であった。)は、本件訴訟係属中である平成15年12月16日、被告に対し、今後管理のための立入に同意しない旨の通知を行った(甲72)。
ウ 一方、b区は、平成2年8月31日、被告との間で、本件ウラン残土の全量を被告の負担において撤去する旨の協定を締結した(以下「本件撤去協定」という。)。
被告は、平成5年11月ころから平成6年3月ころにかけて、本件撤去協定に基づき、捨石の一部を撤去するため、旧貯鉱場(別紙図面参照)に置かれていたウラン鉱石が含まれている捨石約290立方メートルを、552体のフレコンバッグの袋に詰め、別紙図面4(甲65)の「保管場」と記載された部分(以下「b捨石保管場」という。)に仮置している(以下、b捨石保管場上にある、フレコンバッグに入れられたウラン鉱石を含む捨石を「本件第1残土」という。)。
(4) また、本件第1土地及び本件第2土地の近隣地であるb捨石堆積場(別紙図面1の黄色部分及び同赤色部分)にその他の捨石(以下「本件第2残土」という。なお、本件第1残土及び本件第2残土を併せて「本件ウラン残土」という。)が堆積されている。
2 原告の請求(訴訟物)
原告は、被告に対し、
(1) 主位的に,
本件第1残土が本件第1土地上に存するとして、本件第1土地所有権に基づく土地返還請求権により、本件第1土地上に存する本件第1残土の撤去と本件第1土地の明渡と、
本件ウラン残土から放出されるラドン等の放射能の影響により本件第1土地の利用が妨げられているとして、本件第1土地所有権に基づく妨害排除請求権により、本件第1残土(本件第1土地上のものを含む。)及び本件第2残土の撤去を求め、
(2) 予備的に、
本件第1残土が本件第2土地上に存するとして、本件第2土地所有権に基づく土地返還請求権により、本件第2土地上に存する本件第1残土の撤去と本件第2土地の明渡と、
本件ウラン残土から放出されるラドン等の放射能の影響により本件第2土地の利用が妨げられているとして、本件第2土地所有権に基づく妨害排除請求権により、本件第1残土(本件第2土地上のものを含む。)及び本件第2残土の撤去を求め、
(3) 並びに、
本件ウラン残土から放出されるラドン等の放射能の影響により、健康被害の恐怖に長年の間さらされ続け、甚大な精神的損害を被ったとして、慰謝料等160万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成12年12月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
3 争点
(1) 本件第1残土は、本件第1土地上に存在しているか。
(2) 本件ウラン残土は、被告の所有か。
(3) 本件ウラン残土は本件土地の利用を妨害しているか。
(4) 原告は、本件撤去協定の履行期もしくは履行条件に拘束されるか。
(5) 原告の請求は、権利濫用に当たるか。
(6) 原告が精神的損害を被ったと認められるか。
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件第1残土は、本件第1土地上に存在しているか。)について
(原告の主張)
(1)本件第1土地の位置は、別紙図面4記載の赤色実線のとおりであり、本件第1残土は、本件第1土地上に存在している。
別紙図面4記載の赤色実線は、古くから土地境界とされていた、<1> d番の土地一角に現存する夫婦松、<2> 本件第1土地とe番fの土地の境界に存在するシデの木、及び<3> g番hの土地とi番の土地の境界に存在するアスナロの木の3点を基準点として、本件土地付近を実測して作製した現況図面と、本件土地の公図(甲2)に記載された里道及び本件土地付近の区割りとを重ね合わせて記載したものである。
上記夫婦松がd番の土地上に古くから存在し、その管理を同土地の元所有者である山崎毅の家が代々執り行ってきたこと、上記シデの木が本件第1土地とe番fの土地との境界木であったこと、及び上記アスナロの木がg番hの土地とi番の土地の境界木であったことは、いずれも付近住民にとって周知の事実である(甲19、21)。
(2) これに対し、被告は、本件第1土地の位置は、別紙図面4記載の青色破線のとおりであり、本件第1残土は、本件第1土地上に存在していない旨主張する。
しかし、別紙図面4記載の青色破線は、被告が図面上の操作のみで作成した恣意的なものであり、信用性がない。被告の主張によれば、上記夫婦松等は、いずれも原告主張の上記d番等の土地上に存在しないことになってしまうが、これは地元住民の認識及び慣習と異なっている。また、被告は、これまでの交渉過程において、本件第1残土が存在する土地が原告の所有地ではないと全く主張しておらず、同土地が原告所有の本件第1土地であることを認めていた。
(3) したがって、被告の主張には合理性がない。
(被告の主張)
(1) 本件第1土地の位置は、別紙図面4記載の青色破線のとおりであり、本件第1残土は、本件第1土地上に存在していない。
別紙図面4記載の青色破線は、平成3年4月24日付国有財産境界確定協議書(乙25の2)添付の実測図(6枚目の図面)に、実測したb捨石保管場を投影した図面を作製し、その図面上の国有里道の形状と公図上の国有里道の形状を対比し、公図を按分比例により伸縮するなどして照合して作成したものである。これによれば、本件第1残土は、本件第2土地、e番のj及びk番の土地上に存在しており、本件第1土地上には存在していない。
(2) これに対し、原告は、上記夫婦松等を基準として、実測した現況道と公図を重ね合わせた図を作製しているが、公図は土地図面としての距離、面積、方位、角度等の定量的な面においては信用性に乏しいことは公知の事実であり、これを実測された現況道と単純に重ね合わせることには意味がなく、上記夫婦松等がd番等の土地上に存在することは地元住民にとって周知の事実であると主張しているが、そのような周知の事実は存在せず(乙34)、シデの木及びアスナロの木を境界木として利用するという慣習も存在しない(乙33、34)。また、原告の主張によれば、里道は現況道と大きく形状が異なることになる上、谷、沢、尾根を幾重にも越えるなど自然の地形に全くそぐわない形状であったことになり、不自然である(乙32、37)。
(3) よって、原告の主張には合理性がない。
2 争点(2)(本件ウラン残土は、被告の所有か。)について
(原告の主張)
(1) 本件ウラン残土は被告の所有物である。
(2) 本件借地契約において原状を回復しないと予定されていたのは、あくまで形式的な土地の形状変更に関するもののみであって、放射能を有する残土の存置やこれによる放射能汚染についてまで原状回復しないことを定めたものではない。かえって、本件借地契約の6条には「乙(原子燃料公社)は、その事業遂行に伴い、治水、治山、防砂上適切な措置をとるものとする。」とあり、被告は、事業の遂行から発生する実質的な環境や安全に対する侵害を防止ないし除去する責務を負っていたとするのが当事者の合理的意思である。また、原状回復しないという合意が直ちにウラン残土が土地所有者の所有となることと直結するわけではない。
被告は、本件ウラン残土は約10年間紛争なく平穏に土地所有者の所有と占有の下にあったと主張するが、これは、原告らが本件ウラン残土の危険性を知らされず、そのために異議を述べることが不可能であったからにほかならず、平穏に土地所有者の所有と占有の下にあったとは到底いえない。
(3) 本件ウラン残土は、本件土地等の他の部分から物理的に分離することは可能であり、社会経済上も土地から分離した上で然るべき処理が望まれる性質のものである。とりわけ、本件第1残土は、もともと旧貯鉱場にあった放射能の高いウラン鉱石残土を、被告が平成5年11月ころから平成6年3月ころにかけて、フレコンバッグに詰め、地区外への搬出まで一時的に仮置きしたものであり、持ち出し可能な状態になっているのであるから、土地に附合したとはいえない。
(被告の主張)
(1) 本件借地契約においては、契約書に「返還に当たっては、原状回復なさざるものとする。」と規定されており(本件借地契約3条2号後段)、土地の原状回復は行わないことが契約書上明記されていた。本件借地契約が昭和53年8月17日に期間満了するに伴い、上記条項に従って、土地の返還とともにウラン残土は土地所有者の所有となり、それによって、本件借地契約に伴う権利義務関係は、所有権等の物権関係を含めて法的には決着した。その後約10年間、本件ウラン残土は、何らの紛争もなく、平穏に土地所有者の所有と占有の下にあった。
(2) 仮に、上記条項を考慮しないとしても、本件ウラン残土は、その発生以来、土地との間に附合関係を生じており、土地所有者の所有に属する。
(3) したがって、本件ウラン残土は被告の所有物ではないから、被告は、原告に対し自己の所有物ではない本件ウラン残土の撤去義務を負わない。
3 争点(3)(本件ウラン残土は本件土地の利用を妨害しているか。)について
(原告の主張)
(1) 本件第1残土は、ウラン鉱石置場だった旧貯鉱場に置き去りにしたウラン鉱石を含むウラン残土を袋詰めにしたものであり、特に危険性が高い。本件第1残土の袋表面の放射線量は、Cの意見書3の表3「フレコンバッグの表面線量率」(甲61の14頁)において、被告の測定データとして示されているとおり、年間換算で最大36.8mSv(ミリシーベルト)である。これは低レベル放射線廃棄物の規制免除線量0.01mSv/y(ミリシーベルト毎年)の3680倍、原子力発電所の敷地境界の線量目標値0.05mSv/yの736倍、一般公衆の線量限度1mSv/yの36.8倍であるのみならず、管理区域設定の規制値5.2mSv/yや放射線従業員の線量限度20mSv/yをもはるかに超える異常値である。
(2) 被告の主張に従えば、b地区下1号坑前のラドン濃度は670Bq/m3(ベクレル毎立方メートル)であるが、これは日本国内の屋外ラドン濃度年平均値6Bq/m3、中国地方の年平均値10Bq/m3に比べて桁違いの高濃度である(乙50参照)。また、被告が一般に公表していない平成8年の被告の測定データによると、下1号坑前で最大6万6300Bq/m3という異常な高濃度を記録しており、法令で問題となる平衡等価ラドン濃度(ラドン壊変生成物濃度)も最大339Bq/m3となっている。この平衡等価ラドン濃度は、管理区域設定の基準濃度300Bq/m3を上回っている。これは、b捨石堆積場では、場所と時間によって、法令で管理区域を設定する必要があるほどの異常な高濃度のラドンが発生していることを示すものである。
(3) このように、被告が、本件土地及びその周辺に本件ウラン残土を放置しており、本件ウラン残土から環境中に放出されるラドン等の放射能による被爆のおそれがあることから、原告は、本件土地周辺に長時間滞在することはできず、本件土地の十分な利用を妨げられている。
(被告の主張)
(1) 被告は、b捨石堆積場について、鉱山保安法に基づいて、a鉱山保安規定(乙53)を定め、鉱害を防止するための適切な措置、放射線障害防止措置等を実施している。また、公害の防止はもとより、環境の保全に万全を期す目的で、平成2年7月に、被告は、鳥取県及びa町との間で、a鉱山捨石たい積場周辺環境保全に関する協定書(乙54の1ないし3)を締結し、環境測定を行っている。
b捨石堆積場の敷地境界及び堆積場内の放射能レベルの測定結果は、1号、2号坑捨石堆積場で平均0.2μSv/h(マイクロシーベルト毎時)(平成6年4月ないし5月測定)、本件第2残土のある地点で平均約0.21μSv/h(平成11年9月29日測定)であり、b捨石堆積場内には、管理区域の設定が必要となる2.6μSv/h(旧法令では6.25μSv/h)を超える場所はなく、管理区域を設定する必要がある区域は存在しない。このため、周辺監視区域を設定する義務はないものの、敷地境界の外側で周辺監視区域の外側と同様に年間1mSvを担保している。また、環境測定結果から、これまで周辺地区での放射能レベルは自然の変動範囲内である(乙55)。
(2) b捨石堆積場敷地内のラドン濃度は周辺地区と比較して高いものの、居住区付近で観測されているラドン濃度については周辺地区と同レベルであり、ほぼバックグラウンドに起因するものと考えられる。また、敷地内であっても被爆に直接関係する子孫核種濃度は低いことが推定される。さらに、保守的な仮定の下で実施した拡散評価結果は、放射線の線量を考慮しても、敷地境界の外側で年間1mSvを超えない。なお、拡散評価結果では、b捨石堆積場からのラドンに起因するラドン子孫核種濃度について、1立方メートル当たり9ベクレルを年間1mSv相当とする平成13年度の法令改正前の限度に従い評価している。このため、現在の法令では1立方メートル当たり20Bqを年間1mSv相当としていることから、さらに保守的な値となっている。
原告は、b捨石堆積場の放射線量について、地表面における1時間あたりの線量を、1日24時間365日滞在したと仮定して年間線量に換算し、管理区域の設定基準値や放射線業務従事者の線量限度等と比較しているが、管理区域設定基準値等は実効線量を基準としているから、原告の主張は、過大な数値を算定してこれらの基準を超えているとするもので不適切である。また、本件第1残土は立入制限された敷地内にあるから、24時間365日の被曝は現実的でなく、また、周辺監視区域の外側における全身被曝に適用されるべき公衆線量限度や、放射線業務従事者の線量限度との比較は無意味である。
(3) 原告の主張は単なる危惧に止まるものであり、本件ウラン残土が健康に影響を与える具体的可能性ないし蓋然性はなく、また、被告は法令等に即して適正な管理を実施している。
4 争点(4)(原告は、撤去協定の履行期もしくは履行条件に拘束されるか。)について
(被告の主張)
本件撤去協定11項には、「関係自治体の協力を得て」との文言があり、これは停止条件に該当する。かかる停止条件が付加されているのは、日本国民の原子力に関する特別の国民感情及びこれを受けての関係自治体の対応からして、搬出先の住民を始め関係自治体の協力が得られなければ、本件ウラン残土を撤去することは不可能だからである。原告とb区は、別個の人格ではあるが、b区はその社団構成員である地権者の了解及び同意のもとに、地権者の委任を受けて被告との間に本件撤去協定を締結したものであり、地権者はその特定承継人も含めてb区の構成員である限り、本件撤去協定の拘束を受ける。
本件においては、本件ウラン残土撤去のために必要な岡山県又は鳥取県の協力(すなわち同意)は得られておらず、「関係自治体の協力を得て」との条件は成就していない。したがって、原告は、本件ウラン残土の撤去を請求することはできない。
(原告の主張)
本件撤去協定について、b区が主体となって、本件撤去協定の履行を求める限りにおいては、原告は、b区の一員としてその法的拘束力を受けるのは当然であるが、本件請求は、本件撤去協定に基づくものではなく、また、b区の一員としての訴訟ではないから、原告は本件撤去協定に何ら拘束されるものではない。
また、本件撤去協定締結当時、b区及び被告は、遅くともその年の米、梨などの収穫期までに撤去に着手し、その年の内に撤去を完了するという予定であった。b区は、本件撤去協定締結当時、10年間も関係自治体の協力がないため撤去できないという異常な状態を許容する意思は全く有していなかったものであるから、「関係自治体の協力を得て」という文言は停止条件ではない。
5 争点(5)(原告の請求は、権利濫用に当たるか。)について
(被告の主張)
(1) ウラン残土の撤去については、日本国民の原子力に関する特別の国民感情、これを受けての関係自治体の対応からして、搬出先の住民を始め関係自治体の協力(すなわち容認)が不可欠である。搬出先の了解が得られぬまま仮に本請求が認容されると、本件ウラン残土は行き場を失ったまま宙に浮く結果となり、搬出先を巡って高度の政治的混乱が予想される上、被告の周辺地域住民に対する鉱山保安法上の管理責任すら果たせないおそれが生じ、被告のみならず、周辺地域住民、関係自治体等においても有形・無形の甚大な不利益を被ることになる。
他方、原告は、本件第1土地が平成2年以降ウラン残土の堆積場として立入制限されている土地であり、また、被告が本件土地の管理を任されていると認識した上、平成11年に本件土地をAから購入して本訴を提起した。すなわち、原告は明渡請求をすることのみを動機として本件第1土地を譲り受けており、土地の本来的な使用収益を目的としたものでないことは明らかである。原告は、本件撤去協定締結に当たって、b区の一員として主導的、中心的な役割を果たしていたのであるから、原告は条件成就までの期間はその土地の明渡しを求め得ないこととなっても、著しく予期に反するものではない。また、本訴とは別に、平成12年11月7日、原告が所属するb区自治会が本件ウラン残土の撤去を求めて提訴しているが、原告がb区自治会とは別に本件訴訟を提起したのは、被告に対する害意に基づくものであるとともに、自己の政治的立場を有利にするためであり、原告が不当な図利加害意思を有していることを示している。
本件ウラン残土は、元来自然界に存在していたものであり、かつ人の健康や生活環境に影響を及ぼさないものであって、原告の請求は、わずかな客観的利益を求めて、被告に対して、著しい損失をもたらすものである。被告が無条件に撤去義務を負うことによって被る有形無形の不利益と原告が明渡しによって得る利益とを比較検討すると、本件土地の明渡しを求める原告の本訴請求は、権利行使の社会的妥当性、信義則の観点からして、権利の濫用として到底認容し得ないものである。
(2) 原告は、本件審理の経過により、本件第1残土が本件第1土地上に存在しないことが明らかとなったため、本件訴え係属中である平成14年12月25日、本件第2土地を取得し、本件第2土地に関する請求を追加した。かかる主張は自己の所有権に基づく本件第1残土の収去をやみくもに求めようとするものであり、本件第1土地の所有権に基づく請求以上に非難されるべきものである。
(原告の主張)
(1) 本件ウラン残土の撤去は、原告を含むb地区住民が共通して抱く積年の願いである。他方、被告には本件ウラン残土を本件土地及び周辺土地に残置し続ける何らの権限は存在しないし、被告がb地区自治会との間で撤去協定を締結していることも争いのない事実である。本件第1土地の前所有者Aも、b地区自治会の住民として本件ウラン残土の撤去を長年に渡って被告に要求してきた。Aの要求は、土地所有者として正当なものであり、被告はAから本件第1土地及びその周辺土地からの本件ウラン残土の撤去を求められれば拒むことはできず、当然これに応じなければならない法的地位にあった。Aは、自己が既に高齢に達したことから、今後の本件土地からの本件ウラン残土撤去の実現を原告に委ねる趣旨で、本件土地を原告に譲渡した。
(2) 原告の本件請求は、本件ウラン残土の撤去という正当な目的により私利私欲を超越して行ったものであり、不当な図利加害意図は全くない。原告は、ウラン残土を撤去させ、b地区の安全を確保した暁には、本件土地に山小屋を建て山仕事の拠点にしたいと考えており、利用目的を有している。
本件土地及びその周辺地に長年の間本件ウラン残土が放置されてきたことによって、原告を含むb地区住民は著しい損害を被ってきたのであり、原告の本件請求が実現すれば、原告のみならず、b地区住民にもたらされる客観的利益は極めて重大である。
(3) 前述したように、被告は、元々Aから撤去を求められればこれに応ずるべき法的立場にあったのであるから、前所有者と同等の請求を譲受人である原告が行ったとしても、そのことによって、原告の得る利益に比較することができない程の著しい損失が新たに被告に生ずることはない。
よって、原告の本件請求は権利濫用に該当しない。
6 争点(6)(原告が精神的損害を被ったと認められるか。)について
(原告の主張)
本件ウラン残土から環境中に放出されるラドン等の放射能は、前記3(原告の主張)のとおりである。原告は、本件ウラン残土から環境中に放出されるラドン等の放射能による健康被害などの恐怖に長年の間さらされ続け、甚大な精神的苦痛を被った。また、原告は本件土地の十分な利用を妨げられ、これによっても多大な精神的苦痛を被った。原告の被った精神的損害は、筆舌に尽くしがたいが、あえてこれを金銭に換算すれば、100万円を下らない。
なお、原告は、本件訴訟を提起するために弁護士に依頼せざるを得ず、その費用は60万円が相当である。
(被告の主張)
本件ウラン残土に危険性がないこと及び原告が主張する健康被害の恐怖が科学的に根拠のないものであることは、前記3(被告の主張)のとおりである。また、原告は本件土地の十分な利用を妨げられたなどと主張するが、原告は専ら本件ウラン残土の撤去のみを目的として本件土地を取得したのであるから、かかる主張は理由がない。
第4当裁判所の判断
1 前提となる事実、証拠(甲1、2、5ないし19、22、23ないし32、34、45、56ないし60、62、65、72、73、乙1ないし26、28ないし31、44、46、51、53ないし61、67ないし75、86(各枝番含む。)及び原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告は、昭和33年、鳥取県東伯郡a町大字bにおいてウラン鉱床発見の情報を得て、詳細に調査することとし、同年8月18日、28名の地権者との間で、ウラン鉱の探鉱などのため地権者の所有する土地を20年間使用する内容の本件借地契約を締結し、試験採掘を行った。しかし、被告は、昭和36年にはb地区における探鉱を終了し、昭和53年8月17日、期間満了により、上記土地を地権者に返還した。
その間、被告は、鉱床が存在すると思われる付近において探鉱用の坑道を掘削し、掘削によって生じた捨石を、b捨石堆積場に堆積した。
(2) 昭和63年、岡山県の捨石堆積場で高レベルの放射能が検出されたとの新聞報道があり、同年、被告は、中国四国鉱山保安監督部からb捨石堆積場の管理強化の指導を受けた。そこで、被告は、昭和63年、地権者との間で再び土地の賃貸借契約を締結し、立入制限区域を設けるなどしてb捨石堆積場の管理を開始した。上記賃貸借契約は、平成2年と平成5年に更新された。
(3) 一方、被告とb区は、平成2年8月31日、本件ウラン残土に関する撤去協定を締結した。
本件撤去協定は、「被告は、b1号坑及び2号坑のウラン鉱帯に関わる堆積残土を全量撤去する。」、「残土撤去にかかわる費用負担の一切は被告の責任とする。」、「ウラン残土の撤去は、関係自治体の協力を得て、米、梨等の収穫期までに着手し、当協定書を遵守の上、1日も早く完了するものとする。」など11か条により構成されていた。
もっとも、この時点で本件ウラン残土の搬出先は決定しておらず、有力な候補地であった岡山県の県知事は、平成元年9月28日、鳥取県で危ないといわれているものを岡山県が受け入れることは考えられないとして、岡山県にウラン残土を持ち込むことを拒否する趣旨の答弁を行っていた。
その後、本件ウラン残土の搬出先は決まっておらず、本件撤去協定にもかかわらず、本件ウラン残土は撤去されないまま、現在に至っている。
(4) 被告は、平成5年、当時旧貯鉱場に置かれていたウラン残土は、ウラン鉱石が含まれているため、特に放射線レベルが高いとの指摘を受け、同年10月ころから平成6年3月ころにかけて、本件撤去協定に基づきこれを撤去するため、捨石約290立方メートルを、放射線を遮断するため552体のフレコンバッグの袋に詰め、b捨石保管場に仮置きした(本件第1残土)。
(5) 被告は、平成8年12月26日、上記賃貸借契約が満了するため地権者に契約の更新を申し入れたところ、b区が拒否する回答をし、同月27日以降、b捨石堆積場の一部は、借地権に基づかないものとなった(弁論の全趣旨によると、b捨石堆積場の4分の1については、更新を拒絶され、借地権を喪失したことが窺われる〔平成16年3月31日付被告準備書面11頁〕。)。
b区は、平成8年12月26日及び平成9年3月26日、b捨石堆積場の安全管理のため、被告がb捨石堆積場へ安全管理のため立入ること及び器材を設置することを認める旨の回答を行った。
(6) 原告は、ウラン残土問題に関する著書を執筆するなど、積極的にウラン残土問題の解決に取り組んでいたが、平成10年2月25日、前所有者Aから本件第1土地を買い受けた。その際、原告は、特段の事前交渉などはないまま、当日、猪肉を持ってA方を訪れ(なお、Aの妻を除き家族は不在であった。)、A(当時81歳)に対し、本件第1土地があればウラン残土の撤去を請求することができるから本件第1土地を売却してほしい旨申し入れたところ、Aはこれに同意し、本件第1土地の売買契約が締結された。なお、Aもb区の住民として、被告に対し本件ウラン残土を撤去してほしいとの意思を有していた。原告は、その日のうちに代金30万円を用意し、Aに支払った。その後、Aの家族が本件第1土地の売却に反対したため、Aは、本件第1土地所有権の移転登記に応じなかった。そこで、原告は、Aを被告として、倉吉簡易裁判所に売買契約に基づく土地所有権移転登記手続請求の訴えを提起した(同裁判所平成10年(ハ)第67号)。Aは、意思無能力や権利濫用を主張して争ったが、同裁判所は、平成11年7月30日、Aの主張をいずれも排斥した上、原告の請求を認容する判決を言い渡し、同年8月30日、本件第1土地の所有権移転登記がされた。
原告は、被告に対し、平成11年12月6日、平成12年7月13日及び同年8月23日の3度に渡り、本件第1土地上のウラン残土の撤去を要求する通告書を送付した。
(7) 鳥取県東伯郡a町のb区は、鳥取地方裁判所に、被告を相手として、平成12年11月7日、本件撤去協定に基づき本件ウラン残土の撤去を請求する訴えを提起した(同裁判所平成12年(ワ)第133号)。被告は、本件撤去協定には条件が付されており、その条件が未だ成就していない、b区の主張は権利濫用であるなどと主張して争ったが、同裁判所は、平成14年6月25日、b区の請求を認容する判決を言い渡した。被告は、広島高等裁判所松江支部に控訴した(同裁判所平成14年(ネ)第78号)が、平成16年2月27日、同裁判所は控訴を棄却する判決を言い渡した。なお、原告は、上記訴訟の控訴審において、b区に補助参加した。
(8) 原告は、平成12年12月14日、本件訴えを提起した。
(9) 原告は、本件訴訟係属中である平成14年12月25日、本件第2土地をBから買い受け、本件第1土地の所有権に基づく従来の主張に加え、本件第2土地の所有権に基づく本件ウラン残土の撤去請求等を追加した。
(10) b区(当時の区長は原告であった。)は、被告に対し、本件訴訟係属中である平成15年12月16日、b捨石堆積場の管理を行うことを認める通知を撤回し、b捨石堆積場への立入を原則として禁止する旨の通知を行った。
1 争点(1)(本件第1残土は、本件第1土地上に存在しているか。)について
原告は、前記第3の1(原告の主張)のとおり、実測した現況道と公図を、原告主張にかかる夫婦松、シデの木及びアスナロの木を基準として重ね合わせ、本件土地の位置を特定している。かかる手法は、公図が距離、面積、方位、角度等定量的に見て正確であることを前提としているが、公図には測量成果等は全く記されておらず(甲2)、経験的にも公図には実測図と重ね合わせるに足るだけの定量的正確性があるとは認められないから、かかる手法に合理性があるとは認められない。また、原告が基準点として主張する夫婦松、シデの木及びアスナロの木も、証拠(乙32ないし36)に照らせば、基準点として認めるには疑問がある。実際、原告主張に従えば、現況道と公図の国有里道は、形状の全く異なる道路であることになり、さらに、国有里道は谷、沢、尾根等を越えてしまうなど自然の形状と適合せず、他の道路ともつながらないことになり、余りに不自然である(別紙図面4参照)。この点に関し、原告は、自然災害等により、公図作成時と現在とでは地形が大きく変動したと主張し、原告本人もこれに沿う供述をするが、谷や尾根が変化する程の大きな地形変動があったにもかかわらず夫婦松等の位置は変化していないという主張自体に合理性がなく、上記事実を認めるに足りる証拠もない。以上によれば、本件土地の位置及び形状が別紙図面4記載の赤色実線のとおりであると認めることはできない。
むしろ、被告は、平成3年4月24日付国有財産境界確定協議書添付の実測図に、実測したb捨石保管場を投影した図面を作製し、その図面上の国有里道の形状と公図上の国有里道の形状を対比し、公図を按分比例により伸縮するなどして照合し、本件土地を特定しているところ、上記境界確定協議書添付の実測図は、原告等の立会いの下で作製された図面であり、国有里道の形状を示すものとして信用性が高く(乙48によれば、現況道とも概ね形状が一致しており、その正確性を裏付けている。)、かつ上記境界確定協議書添付の実測図の国有里道に公図の国有里道を対比して照合するという手法にも合理性が認められる(乙26)。
したがって、本件土地の位置及び形状は、別紙図面4記載の青色破線のとおりであり、本件第1残土は、本件第1土地上にはなく、むしろ、本件第2土地、e番のj及びk番の各土地上に存すると認められる。
よって、本件第1残土が本件第1土地上にあることを前提とする原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がなく、以下、本件第1残土の一部が本件第2土地の一部上にあることを前提として判断する。
3 争点(2)(本件ウラン残土は、被告の所有か。)について
(1) 本件第2残土について
証拠(甲56、乙51)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、本件第2残土は、坑道の掘削過程で生じた土砂等で、ウラン鉱石の含有率が低く有用性のない無価値な土砂等であって、それ自体何らかの経済的価値を有しているものではなく、今日まで独立して取引の対象とされたことはない。また、本件第2残土は、被告が試験採掘を行い、掘削によって生じた捨石であるが、本件借地契約に基づき、坑口付近のb捨石堆積場に堆積されたものであって、当時としては、上記堆積は当然のこととして予定されていた。そして、これらのウラン残土(本件第2残土)は、昭和33年から同36年までの間にb捨石堆積場に堆積、存置された後、現在に至るまで、特段他所に移動されるなど形状が変更されたことはなく、その上には草木が生い茂っており、外形上は当該土地に元々存在した土砂と異なるところはない。
これらの事情に照らせば、本件第2残土は、存置されている土地から独立性を有しておらず、社会経済上当該土地と一体となったというべきであるから、当該土地に附合したと認めるのが相当である。
原告は、本件第2残土は、社会経済上も土地から分離して然るべき処置が望まれる性質のものである旨主張するが、かかる性質は、各地権者との間の合意ないし鉱山保安法等に基づいて適切な処置が行われる必要があることを示すにとどまり、本件第2残土が当該土地所有権者の所有に帰属することを妨げるものとはいえない。
したがって、本件第2残土は当該土地の一部として各土地の地権者の所有に属し、被告の所有に属さないものと認められる。
(2) 本件第1残土について
前提となる事実記載のとおり、本件第1残土は、本件第2残土とは異なり、旧貯鉱場に置かれていた鉱石の含まれた捨石であるが、昭和36年に探鉱を終了した後も、貯鉱場に設置された屋根の下に置かれており(昭和49年4月19日撮影の航空写真〔甲56〕には旧貯鉱場の屋根が認められる。)、平成5年11月ころから平成6年3月ころにかけて、本件撤去協定に基づき捨石の一部を撤去するため、被告がフレコンバッグに詰め、b捨石保管場に仮置きしたものであって、いずれは他所へ移動することを前提としていたものである。また、本件第1残土は、外形上、b捨石保管場の元来の土地とも容易に区別することが可能である(甲18、乙26貼付の写真)。かかる事情に照らせば、本件第1残土は、b捨石保管場から独立性を有する動産であって、b捨石保管場と一体となったとはいえないから、b捨石保管場の土地に附合しているとは認められない。
むしろ、本件第1残土は、上記のとおり、平成5年11月ころから平成6年3月ころにかけて、被告が、自らの責任において撤去することを前提として、捨石をフレコンバッグに詰め、他の残土と分離させ、独立の動産としたものであり、その時点において、本件第1残土の処分は被告に委ねられたと解すべきであるから、遅くとも本件第1残土が他のウラン残土と分離された平成5年11月ころから平成6年3月ころにおいて、本件第1残土の所有権は、被告が取得したものと認めるのが相当である。
よって、本件第1残土は被告の所有に属する。
4 争点(3)(本件ウラン残土は本件土地の利用を妨害しているか。)について
(1) 本件第1残土による本件土地に対する占有
前記2のとおり、本件土地の位置及び形状は別紙図面青色破線記載のとおりであるから、本件第1残土は、本件第1土地上にはなく、その一部は、むしろ、本件第2土地上にあり、被告は本件第2土地の一部を占有し、原告の同土地の利用を妨害していると認められる。
よって、原告は、被告に対し、本件第1土地の所有権に基づく返還請求権として、本件第1残土の撤去と、同土地の明渡しを求めることはできない。
一方、原告は、本件第2土地の所有権に基づく返還請求権として、本件第1残土の一部の撤去と、同土地の一部の明渡しを求める請求権を有するが、後記6(2)のとおり、本件第2土地の所有権を理由とする請求権の行使は、権利の濫用に該当し、許されない。
(2) 本件第1残土による本件第1土地の利用に対する妨害の有無
原告は、本件第1残土による本件第1土地の占有の有無にかかわらず、本件ウラン残土の放射能の影響により本件第1土地の利用を妨げられていると主張し、本件第1土地の所有権に基づく妨害排除請求権として本件第1残土の撤去を求めているので、以下、検討する。
ア 弁論の全趣旨(訴状及び平成15年7月9日付被告準備書面参照)によれば、本件第1残土から放出される放射線量等は、以下のとおりと認められる。
(ア) フレコンバッグの表面(平成5年12月2日ないし平成6年6月8日測定)
平均値 0.85μSv/h
最大値 3.00μSv/h
最小値 0.26μSv/h
(イ) 本件第1残土の存するb捨石保管場の地表1メートル(平成11年9月29日測定)
平均値 0.21μSv/h
最大値 0.35μSv/h
最小値 0.12μSv/h
(ウ) b捨石堆積場内の平成14年度年平均ラドン濃度は、概ね約40ないし80Bq/m3であるが、下1号坑前において670Bq/m3であり、他にも235Bq/m3の地点がある。もっとも、平衡等価ラドン濃度は、約10Bq/m3である。
イ 一方、証拠(甲61、64、67、68、乙50、67、68)及び弁論の全趣旨によれば、鉱山等における放射線の管理に関し、以下の知見が認められる。
(ア) 線量限度とは、放射線防護の立場から、放射線の確率的影響には、しきい値がなく発症の確率と線量は比例するとの仮定の下で、確率的影響の危険を個人及び集団全般が許容できるレベルに制限するために設定された被曝線量の上限をいい、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づいて定められている。
(イ) 一般公衆に対する線量限度は、<1> 外部放射線に係る実効線量が年間1mSv、<2> 空気中の放射性物質濃度等が告示で定める値以下(平衡等価ラドン濃度では年間8760時間の滞在を仮定して、20Bq/m3)、<3> 上記<1>に対する割合と<2>に対する割合との和が1以内であることなどであり(平成13年経済産業省告示第205号2条)、核原料物質鉱山の鉱業権者は、上記線量限度を超えるおそれがある場合、周辺監視区域を定め、周辺監視区域の境界に柵等を設けることにより、周辺監視区域に業務上立ち入る者以外の者の出入りを制限しなければならない(鉱山保安規則2条31号、836条)。
(ウ) 職業人に対する線量限度は、実効線量で年間50mSv(ただし、5年間で100mSv)である。
(エ) 鉱業権者等は、外部放射線に係る実効線量が経済産業大臣の定める値を超え又は超えるおそれがある場合は、被曝のおそれのある区域を他の一般区域から隔離するため、管理区域を設けなければならないとされている(鉱山保安規則(平成6年3月24日号外通商産業省令第13号)2条30号)。上記経済産業大臣の定める値は、<1>
外部放射線にかかる実効線量が3か月あたり1.3mSv、<2> 1週間平均の平衡等価ラドン濃度は300Bq/m3、<3>
上記<1>に対する割合と<2>に対する割合との和が1以内であることである(平成13年経済産業省告示第205号1条)。
ウ 以上を前提として、本件第1残土が本件第1土地の利用を妨害しているか否かを判断する。
(ア) 本件第1残土は、本件第1土地上に存在しないため、正確な数値は明らかでないものの、本件第1土地に近接するb捨石保管場上に存するのであるから、本件第1土地における実効線量は、b捨石保管場の地表1メートルにおける実効線量と大きく異ならないと考えられる。
そして、本件第1残土表面における実効線量を、同様に1年に換算すると、
平均値 7.45mSv/y
最大値 26.28mSv/y
最小値 2.28mSv/y
である。
また、b捨石保管場の地表1メートルにおける実効線量を1日24時間1年365日として1年に換算すると、
平均値 1.84mSv/y
最大値 3.06mSv/y
最小値 1.05mSv/y
であり、いずれも、一般公衆に対する線量限度を上回っている。
(イ) このように、本件第1残土の実効線量は、24時間365日を前提として1年当たりの実効線量に換算すると、最小値においても一般公衆に対する線量限度を上回っており、かつ本件第1残土が関与する平衡等価ラドン濃度も一般公衆に対する線量限度の半分に達しており、本件第1残土を本件第1土地の近接するb捨石保管場に存置することにより、本件第1残土の存在する土地だけでなく、これに近接する土地の所有者らは、本件第1残土の放射能の影響により、当該土地の利用を妨げられているというべきである。
(ウ) 被告は、1時間当たりの放射線量を24時間365日として年当たりの放射線量に換算するのは不当である旨主張する。
しかしながら、土地の利用は、所有者が立ち入るだけでなく、植物の栽培、動物の飼育など多様であることを考えると、土地所有者が当該土地に立ち入る時間帯だけに限定して、放射線量を比較することは妥当とは言い難く、1年当たりの実効線量を算出し、これを規制値と比較するのは、所有権侵害の有無を判断する上で意味があるというべきである。
また、本件で問題となっているのは、被告がb捨石保管場に存置している本件第1残土が本件土地の利用を妨害しているか否かであって、周辺監視区域に該当するか否かなどを判断するためではない。そして、本件第1残土により、深刻な健康被害がある場合はもちろん、健康に対する一定の影響があり、これによる健康被害を懸念することが無理もない場合は、そのような懸念を抱くことにより長時間の滞在をためらわせることにより、土地の利用を妨げられているというべきである。
上述した、本件第1残土からの放射線量や放射線の管理に関する知見によると、本件第1残土の周辺土地に立ち入った場合における、健康に対する影響の具体的な程度は、必ずしも明らかとはいえないが、少なくとも、健康に対する一定の影響を否定することはできず、原告をして、本件第1残土に近接する本件第1土地に長時間滞在することをためらわせるには十分であるといわざるをえない。
このことは、前記1のとおり、昭和63年、岡山県の捨石堆積場で高レベルの放射能が検出されたとの新聞報道があり、b区において、本件ウラン残土の撤去を求める運動が起こり、b区と被告との間で、平成2年8月31日、本件ウラン残土に関する撤去協定(本件撤去協定)が締結されたが、同協定は、被告自身、b区の住民らの不安を考慮して、締結に至ったものと認めることができること、一方、その後、岡山県の反対に遭い、搬入すらできない状態にあることなどの事情からも、明らかということができる。
(エ) もっとも、本件第1残土の存置によって、原告が本件第1土地の利用を妨げられているという事実があることのみをもって、直ちに、その妨害の排除を請求できるわけではなく、本件第1残土の存置の経緯、これを存置する必要性と、本件第1残土を撤去することによって得られる原告の利益を対比する必要があるというべきである。
しかし、本件第1残土は、それ自体何ら有用性のない廃棄物にすぎないのであって、一般公衆に対する線量限度を守ってさえいれば、捨石を隣地に存置するという行為が正当化されるとはいい難く、前記1のとおり、被告自身、本件第1残土については、これを撤去することを予定しているものであり、その存置に対し、何ら積極的な利益、必要性を有しているわけではなく、被告としては、本件第1残土を存置することにより、原告の本件第1土地の利用を違法に妨げているということができる。
エ よって、原告は、被告に対し、本件第1土地の所有権に基づく妨害排除請求権として本件第1残土の撤去請求権を有する。
(3) 本件第1残土による本件第2土地の利用に対する妨害の有無
上記(2)と同様の理由によって、本件第1残土がb捨石保管場に存置されることにより、本件第2土地の利用を妨害されているということができるが、後記6(2)のとおり、本件第2土地の所有権を理由とする請求権の行使は、権利の濫用に該当し、許されない。
(4) 本件第2残土による本件第1土地の利用に対する妨害の有無
原告は、本件第2残土の放射能の影響により本件第1土地の利用を妨げられていると主張し、本件第1土地の所有権に基づく妨害排除請求権として本件第2残土の撤去を求めているので、以下、検討する。
ア 弁論の全趣旨(訴状及び平成15年7月9日付被告準備書面参照)によれば、本件第2残土のうち、1号坑捨石堆積場や2号坑捨石堆積場の地表もしくは地表1メートルにおける実効放射線量を前記(2)ウと同様24時間365日として1年に換算すると、いずれも平均値及び最大値において一般公衆の線量限度を上回っており、本件第2残土も、本件第1残土と同様、本件第1土地の利用を妨害している可能性を否定できない。
イ しかし、所有権に基づく妨害排除請求権の相手方は、現に妨害を生じさせている事実をその支配内に収めている者をいうところ、本件第2残土は、前記3(1)のとおり、被告が試験採掘をした結果生じた捨石を、本件借地契約に基づいて、b捨石堆積場に堆積したものであり、その後、長期間の経過により、土地と一体となり、独立性を有しておらず、各土地の所有者の所有に属しており、被告の所有に属していない。
そうすると、本件第2残土がb捨石堆積場に存置されていることにより、本件第1土地の利用を妨害しているとしても、被告は現に妨害を生じさせている上記事実をその支配内に収めている者とは認められず、原告は、被告に対し、本件第1土地の所有権に基づく妨害排除請求権として本件第2残土の撤去請求権を有しない。
よって、本件請求のうち、被告に対し本件第2残土の撤去を請求する部分は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
(5) 本件第2残土による本件第2土地の利用に対する妨害の有無
上記(4)イと同様、原告は、本件第2残土がb捨石堆積場に存置されていることを理由として、被告に対し、本件第2土地の所有権に基づく妨害排除請求権として本件第2残土の撤去請求権を有しない。しかも、後記6(2)のとおり、本件第2土地の所有権を理由とする請求権の行使は、権利の濫用に該当し、許されない。
5 争点(4)(原告は、撤去協定の履行期もしくは履行条件に拘束されるか。)について
前提となる事実のとおり、原告の所属するb区と被告は、本件ウラン残土の撤去に関し、本件撤去協定を締結している。しかし、本件撤去協定は、原告とは別個の人格を有するb区と被告が、本件ウラン残土の撤去を合意し、かつその時期等を定めたものにすぎず、b区住民である地権者らが、本件ウラン残土の撤去に関する個々の請求権をb区に委ねたとか、撤去に関する請求権を放棄したなどの事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告がb区の一員として本件撤去協定締結に関与してきたことが、権利濫用を判断する上での一事情になることはあり得るとしても、原告が本件撤去協定に拘束され、本件撤去協定の履行期の到来もしくは履行条件が成就するまで本件ウラン残土の撤去を請求することができないと認めることはできない。
しかも、前記1(7)のとおり、b区は被告を相手に、本件撤去協定に基づき、本件ウラン残土の撤去を求める訴えを提起したが、鳥取地方裁判所は、本件撤去協定の履行期は到来しているとして、b区の請求を認容し、控訴審である広島高等裁判所松江支部も同様の判断のもと、被告の控訴を棄却している。
したがって、この点に関する被告の主張には理由がない。
6 争点(5)(原告の請求は、権利濫用に当たるか。)について
(1) 本件第1土地の所有権に基づく請求について
被告は、原告が、被告に対し、本件ウラン残土の撤去請求をすることのみを動機として本件第1土地を譲り受けており、土地の本来的な使用収益を目的としたものでないなどと述べて、原告の請求が権利の濫用であると主張するので、以下、検討する。
ア 原告の本件第1土地の取得目的
(ア) 前記1によると、原告は、被告がb地区においてウラン採鉱を行う以前からb地区に居住しており、本件ウラン残土の撤去が問題化した後には、本件ウラン残土の撤去運動に積極的に取組み、ウラン残土等に関する著書を執筆するなどしていたこと、b区と被告は、本件ウラン残土の撤去が問題化した後、その撤去に向けた交渉を継続し、平成2年8月31日、本件撤去協定を締結したこと、原告は、平成10年2月25日、Aに対し、本件第1土地があればウラン残土の撤去を請求することができるから本件第1土地を売却してほしい旨申し入れて本件第1土地の譲渡を受けたこと、その後、Aの家族が本件第1土地の売却に反対したため、Aは本件第1土地所有権の移転登記に応じなかったこと、そこで、原告は、所有権移転登記請求の訴えを提起し、認容判決を受け、所有権移転登記を得たこと、その後、原告は、被告に対し、3度に渡り、本件第1土地上のウラン残土の撤去を要求する通告書を送付したことなどが認められる。
これらの事実によると、原告は、本件第1土地に本件第1残土が存在していると認識した上で(実際の位置関係は、前記2のとおりである。)、本件ウラン残土の撤去を請求することを主たる目的として、本件第1土地を取得したものと認められる。この点に関し、原告は、本件第1土地に山小屋を建てる意思を有しており、利用目的がある旨主張し、これに沿う供述をするが、山小屋を建てるために本件第1土地以外にふさわしい土地がなかったなどの事情は認められず、原告の本件第1土地取得の目的についての認定を左右するに至らない。
(イ) しかし、甲23によれば、A自身、本件ウラン残土の撤去を望んでおり、原告が本件ウラン残土の撤去請求を行うために本件第1土地の取得を希望していることを認識した上で、一旦、上記売買契約に一旦応じたことが認められ、原告の主張するように、Aが本件ウラン残土の撤去を原告に託したという気持ちがあったことを否定できない。その後、Aは、家族の反対にあって、一時、売買契約の履行に応じなかったことがあったが、そのことをもって、本件第1土地の前所有者であったAが、上記売買契約締結の時点において、上記の意向を有していたという認定を左右するには至らない。
また、b区の住民の相当数は、b捨石保管場やb捨石堆積場の所在する土地やその周辺の土地を所有しているが、前記1に認定した事実経過によると、b区の住民の多くは、本件ウラン残土の撤去を強く希望していること、b区において、被告との交渉を経た後、被告に対し、本件ウラン残土の撤去を求めて提訴するに至ったことが認められ、これらの土地所有者についても、同様、本件ウラン残土の撤去を強く希望していることが認められる。
(ウ) 被告は、本訴とは別に、原告が所属するb区が本件ウラン残土の撤去を求めて提訴しているにもかかわらず、原告がb区とは別に本件訴訟を提起したのは、被告に対する害意に基づくものであるとともに、自己の政治的立場を有利にするためであり、原告が不当な図利加害意思を有していることを示していると主張する。
しかし、原告が、b区の提訴した訴訟とは別に、本件訴訟を提起したのは、本件ウラン残土の撤去をより確実にする意図に基づくものと認めることができるが(原告本人)、そのこと自体は、本件第1土地の前所有者であるAの意向に反するわけでもなく、b区の本件ウラン残土の撤去に向けた取り組みや、交渉経過に照らし、非難されるべきものでもない。少なくとも、被告が、別訴において、請求棄却を求めて争っている以上、別訴が提起されているということを理由に、本訴提起の利益がなく、無駄な訴訟であるかのようにいうことは相当でない。
(エ) そうすると、原告の本件第1土地の取得の主たる目的が、本件ウラン残土の撤去を求めるための手段とするためであったとしても、それだけで、直ちに、本件第1土地の所有権に基づく請求が権利の濫用であるということはできない。
イ 原告の利益と被告の不利益との対比
そこで、次に、本件ウラン残土(本件第1残土)の撤去を求められることにより、原告の受ける利益と、被告の受ける不利益との対比を検討することとする。
(ア) 前記4に述べたところによると、本件第1土地の所有者としては、近接するb捨石保管場から本件第1残土が撤去されることによって得ることのできる利益は大きいといわなくてはならない。
(イ) 一方、本件請求によって被告が被る不利益を検討するに、本件第1残土は、それ自体何ら有用性がない廃棄物にすぎず、前記1のとおり、被告自身、本件第1残土については、これを撤去することを予定していたものであり、被告において、本件第1残土をb捨石保管場に存置することによる積極的な利益、必要性を有しているわけではない。しかも、前記4に述べたとろによると、被告が、前所有者であるAから原告と同様の請求をされていれば拒絶することはできなかったということができる。しかも、前記1(7)のとおり、b区は被告を相手に、本件撤去協定に基づき、本件ウラン残土の撤去を求める訴えを提起したが、鳥取地方裁判所は、本件撤去協定の履行期は到来しているとして、b区の請求を認容し、控訴審である広島高等裁判所松江支部も同様の判断のもと、被告の控訴を棄却しており、本件請求によって、被告が、特段の不利益を被るとはいえない。
被告は、本件第1残土は、どこにでも持ち込める性質のものではなく、受入先が決まらないまま撤去のみが認められると、大きな混乱が生じ、大きな不利益を被る旨主張する。確かに、本件第1残土は、前記==に説示したとおりの放射線を有しているものであるから、受入先の同意を欠いたまま他所へ搬入することは困難であり、今日までの経緯によれば受入先の同意が容易に得られるものではないことも認めることができる。しかしながら、本件第1残土の撤去が法的ないし社会通念上不能であるとまでは認めることはできず、かかる事情は、本来的かつ最終的には、被告がその責任において解決すべき問題といわざるを得ず、土地所有者による負担の上に、本件第1残土の存置を正当化する理由にはなり難い。
ウ 以上の事情にかんがみると、本件第1土地の所有権に基づく妨害排除請求として本件第1残土の撤去を請求することが権利の濫用であるとまでは認められない。
(2)本件第2土地の所有権に基づく請求について
前提となる事実のとおり、原告は、本件第2土地を、平成14年12月25日に取得しているが、これは、当裁判所において、本件第1残土が本件第1土地上にあるという原告の主張を前提に、原告被告双方が主張立証を尽くした後のことであり(口頭弁論期日を9回、進行協議期日を1回行った後のことである。)、かかる原告の本件第2土地取得が、土地の使用収益を目的とせず、専ら所有権に基づく妨害排除請求を行うことを自己目的としていることは、本件第1土地の場合以上に明らかである。しかも、訴訟係属中、相手方の主張に合わせてあえて土地を取得し、請求の趣旨(予備的請求)を追加することは、前記(1)に説示した諸事情を考慮しても、権利の濫用として許されないというべきである。
7 争点(6)(原告が精神的損害を被ったと認められるか。)について
(1)本件ウラン残土から環境中に放出されるラジウムやラドン等の放射能による精神的損害について検討する。
ア 証拠(甲61)によれば、b地区におけるラジウム-266の濃度は、旧貯鉱場において2200Bq/kg、2号坑捨石堆積場において770Bq/kg、堰堤上において320Bq/kg、原告が居住するb区居住地において100Bq/kg、同区の水田において52ないし65Bq/kgであることが認められ、旧貯鉱場における濃度が最も高く、旧貯鉱場付近から距離が離れるにつれて濃度も低下している。甲61は、旧貯鉱場や本件ウラン残土から崩れ落ちた残土が沢沿いに汚染を広げ、下流の水田にまで汚染を広げている旨指摘している。
しかしながら、上記の数値においては、自然界におけるバックグラウンドの影響が考慮されておらず、またb区は花崗岩地域であり潜在的にウラン濃度が高く、ウラン壊変生成核種であるラジウム濃度も高いことが予想されるところ、他の花崗岩地域の土壌中に37ないし111Bq/kg程度のウラン-238がありこれと同程度のラジウムが検出される可能性は十分あるとの指摘(乙50)を考慮すると、b区居住地のラジウム濃度が他と比較して特段高いとはいえず、他に本件ウラン残土から流出したラジウム等が居住地にまで広がっていることを認めるに足りる証拠はない。
イ ラドンに関しては、証拠(甲61)及び弁論の全趣旨(被告平成15年7月9日付準備書面別表5)によれば、平成14年度の年平均ラドン濃度は、下1号坑口前において670Bq/m3、b捨石堆積場内において約40ないし80Bq/m3(ただし235Bq/m3の地点もある。)であるが、平衡等価ラドン濃度はいずれも約10Bq/m3であること、平成2年ないし平成10年のラドン濃度は、下1号坑口において42ないし2万2000Bq/m3、堰堤上において89ないし1500Bq/m3、合流点において27ないし170Bq/m3、原告宅屋内において23ないし39Bq/m3であることが認められる。かかる事実によれば、ラドンの多くは下1号坑から発生しているが、堰堤上などb捨石堆積場内からも発生している可能性が認められ、これが周囲に向けて拡散している可能性があることが認められる。
もっとも、原告が主に生活の場としていると認められるb区梨畑や居住地区の平成14年平均ラドン濃度は約20ないし30Bq/m3及び約10ないし18Bq/m3であり、鳥取県年平均ラドン濃度5.1±1.6ないし28.1±5.2Bq/m3と比較すると特段高濃度とはいえず(乙50)、原告宅屋内ラドン濃度も、屋内平均値15.4Bq/m3よりは高いものの、分布上、通常あり得ないほど高位置にあるものではない。また、b区梨畑や居住地区の平衡等価ラドン濃度はいずれも10Bq/m3未満であり、一般人の線量限度とされる20Bq/m3を下回っている。
ウ 以上の検討によれば、ラジウムやラドンが本件ウラン残土から発生しており、これが周囲に拡散している可能性は認められるが、これが原告の生活環境に影響を及ぼしていると認めるに足りる証拠はなく、また原告の健康等に影響を及ぼしていると認めるに足りる証拠もない。
(2)原告は本件土地の十分な利用を妨げられ、これによって多大な精神的苦痛を被ったとも主張する。
たしかに、前記4のとおり、原告は、本件ウラン残土がb捨石保管場やb捨石堆積場に存置されていることにより、本件土地の利用を妨げられているということができる。しかし、前記6で検討した、原告の本件土地の取得経緯、特に、原告において、本件ウラン残土の影響を十分に認識していたという事情に照らすと、原告が、本件土地の利用を妨げられていることを理由として、精神的損害を被ったと認めることはできない。
(3)したがって、この点に関する原告の主張には理由がない。
8 以上によれば、原告の本訴請求は本件第1残土の撤去を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文、61条を適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 山本和人 裁判官 神原浩)
(別紙) ウラン残土目録
鳥取県東伯郡a町大字b字clないしk番、同e番mないしn、同g番mないしn、同g番mないしo、同pないしi番及び同字京参りq番所在の
1 別紙図面1記載の青色部分(保管場)にフレコンバッグに袋詰めされているウラン残土
2 別紙図面1の1号坑口点(イ点)を基準として、別紙放射トラバース成果表、同放射トラバース成果表(オープン)及び同2号堆積場基線測量図面によって定まる表記載の各点を基準にし、別紙図面2及び3記載の黄色部分で表示した部分の深さ1.2メートルまでのウラン残土
3 別紙図面1記載の1号かん止堤上部及びかん止堤間の赤色部分の範囲で、地表から旧山地面が現れるまでのウラン残土
(別紙) 物件目録
1 所在 東伯郡a町大字b字c
地番 e番r
地目 畑
地積 185m2
2 所在 東伯郡a町大字b字c
地番 e番m
地目 原野
地積 1852