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鳥取地方裁判所 平成13年(行ウ)6号 判決 2002年4月23日

主文

1  被告鳥取県知事が原告に対して平成13年5月25日付けでした「県議会議長の平成12年12月から平成13年4月までの食糧費に係る支出負担行為書及び支出仕訳書」のうち「法人等の取引金融機関名,口座番号及び印影」の部分を開示しないとする処分を取り消す。

2  被告鳥取県知事が原告に対して平成13年6月25日付けでした「県警本部警務課,監察官室,警備第一課の平成12年12月から平成13年4月までの出張旅費に関する支出負担行為書及び支出仕訳書」のうち「本県警察職員のうち警部補及び同相当職以下の職にある者の氏名」の部分を開示しないとする処分を取り消す。

3  被告鳥取県知事が原告に対して平成13年6月25日付けでした「県警本部警務課,監察官室,警備第一課の平成12年12月から平成13年4月までの食糧費に関する支出負担行為書及び支出仕訳書」のうち「本県警察職員のうち警部補及び同相当職以下の職にある者の氏名」並びに「飲食店等の取引金融機関名,口座番号及び印影」の部分を開示しないとする処分を取り消す。

4  原告の被告鳥取県に対する請求を棄却する。

5  訴訟費用は,原告に生じた費用の2分の1と被告鳥取県知事に生じた費用を同被告の負担とし,原告に生じたその余の費用と被告鳥取県に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主文1ないし3項と同旨

2  被告鳥取県は,原告に対し,金20万円及びこれに対する平成13年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,鳥取県情報公開条例に基づき,公文書の開示を請求したところ,同条例の実施機関である被告鳥取県知事が,開示請求に係る文書の一部について,同条例所定の非開示情報に該当するとして,これを非開示とする旨の決定をしたことに対して,上記非開示部分の一部は,同条例所定の非開示情報には該当しないと主張して,その部分に係る非開示処分の取消しを求め,また,同非開示処分により,原告の知る権利が侵害され,精神的苦痛を被ったと主張して,被告鳥取県に対し,損害賠償を請求した事案である。

1  争いのない事実等

(1)  当事者

ア 原告は,地方自治体等の不正・不当な行為を監視し,その是正を求めることを目的として平成7年11月23日に結成された,鳥取県内に事務所を有する団体(権利能力なき社団)である(弁論の全趣旨)。

イ 被告鳥取県知事(以下「被告知事」という。)は,鳥取県情報公開条例(平成12年鳥取県条例第2号。以下「本件条例」という。)2条1項所定の実施機関であり,被告鳥取県(以下「被告県」という。)は,被告知事を代表者とする地方公共団体である(当裁判所に顕著)。

(2)  本件条例中本件に関係する規定(当裁判所に顕著)

第1条(目的)

この条例は,県政に対する県民の知る権利を尊重して,公文書の開示を求める権利その他情報公開に関し必要な事項を定めることにより,県の諸活動を県民に説明する責務を全うし,もって県民参加による開かれた公正な県政の推進に資することを目的とする。

第2条(定義)

1 この条例において「実施機関」とは,知事,教育委員会,公安委員会,警察本部長,選挙管理委員会,人事委員会,監査委員,地方労働委員会,収用委員会,海区漁業調整委員会,内水面漁場管理委員会及び病院事業の管理者をいう。

第3条(解釈及び運用の方針)

1 実施機関は,公文書の開示に当たっては,県民の公文書の開示を求める権利が十分に保障されるように,この条例を解釈し,運用するものとする。

2  実施機関は,この条例の解釈及び運用に当たっては,個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。

第5条(開示請求権)

次に掲げるものは,実施機関に対して,当該実施機関の保有する公文書の開示(第5号に掲げるものにあっては,そのものの有する利害関係に係る公文書の開示に限る。)を請求することができる。

(4) 県の区域内に事務所又は事業所を有する個人及び法人その他の団体

第9条(開示義務)

1 実施機関は,公文書の開示請求があったときは,当該公文書を開示しなければならない。

2 実施機関は,開示請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報のいずれかが含まれている場合には,前項の規定にかかわらず,当該開示請求に係る公文書を開示しないものとする。

(3) 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,次に掲げるもの。ただし,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報を除く。

ア  公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの

(4) 公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報

(3) 本件訴訟に至る経緯(甲1ないし4,乙3の1及び2,4の1ないし4,5の1ないし5,当裁判所に顕著)

ア  原告は,平成13年5月14日,被告知事に対し,本件条例5条4号に基づき,「県議会議長の平成12年12月から平成13年4月までの食糧費に関する負担行為書,仕訳書」(以下「議長食糧費関係文書」という。),「鳥取県警察警務部警務課,鳥取県警務部監察官室,鳥取県警警備一課の平成12年12月から平成13年4月までの出張旅費に関わる負担行為書,仕訳書,出張に関する復命書」(以下「県警出張旅費関係文書」という。)及び「鳥取県警察警務部警務課,鳥取県警務部監察官室,鳥取県警警備一課の平成12年12月から平成13年4月までの食糧費に関する負担行為書,仕訳書」(以下「県警食糧費関係文書」という。)についての開示請求をした。

イ  被告知事は,平成13年5月25日付けで,議長食糧費関係文書に係る上記開示請求に対し,「県議会議長の平成12年12月から平成13年4月までの食糧費に係る支出負担行為書及び支出仕訳書」(以下「本件議長食糧費関係文書」という。)のうち「法人等の取引金融機関名,口座番号及び印影」の部分(以下「本件非開示部分1」という。)について,本件条例9条2項3号アに該当することを理由として,開示しないとする旨の処分(以下「本件処分1」という。)をした。

ウ  被告知事は,平成13年6月25日付けで,県警出張旅費関係文書に係る上記開示請求に対し,「県警本部警務課,監察官室,警備第一課の平成12年12月から平成13年4月までの出張旅費に関する支出負担行為書及び支出仕訳書」(以下「本件県警出張旅費関係文書」という。)のうち「本県警察職員のうち警部補及び同相当職以下の職にある者の氏名」の部分(以下「本件非開示部分2」という。)について,本件条例9条2項4号に該当することを理由として,開示しないとする旨の処分(以下「本件処分2」という。)をした。

エ  被告知事は,平成13年6月25日付けで,県警食糧費関係文書に係る上記開示請求に対し,「県警本部警務課,監察官室,警備第一課の平成12年12月から平成13年4月までの食糧費に関する支出負担行為書及び支出仕訳書」(以下「本件県警食糧費関係文書」という。)のうち「本県警察職員のうち警部補及び同相当職以下の職にある者の氏名」の部分(以下「本件非開示部分3」という。)について,本件条例9条2項4号に該当することを理由として,また,「飲食店等の取引金融機関名,口座番号及び印影」の部分(以下「本件非開示部分4」という。)について,本件条例9条2項3号アに該当することを理由として,いずれも開示しないとする旨の処分(以下「本件処分3」という。)をした。

オ  原告は,本件処分1ないし3を不服として,平成13年8月24日,本訴を提起した。

カ  なお,被告知事は,本件県警出張旅費関係文書のうち本件非開示部分2以外の部分及び本件県警食糧費関係文書のうち本件非開示部分3及び4以外の部分についても,一部開示しないとする旨の処分をしているが,原告は,これらについては,本訴においてその取消しを求めていない。

2  争点

(1)  争点1

本件議長食糧費関係文書及び本件県警食糧費関係文書に記載された情報のうち,本件処分1及び3により開示されなかった本件非開示部分1及び4の各情報は,本件条例9条2項3号アに規定された情報に該当するか。

(2)  争点2

本件県警出張旅費関係文書及び本件県警食糧費関係文書に記載された情報のうち,本件処分2及び3により開示されなかった本件非開示部分2及び3の各情報は,本件条例9条2項4号に規定された情報に該当するか。

(3)  争点3

被告県の原告に対する損害賠償責任の有無

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1について

ア 被告知事

本件条例9条2項3号は,開示することにより,法人等又は事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他正当な利益を害すると認められる情報が記録されている公文書については,非開示とする旨定めたものであり,同号本文は,法人等又は事業を営む個人の事業活動の自由を保障しようとする趣旨である。

口座番号等は,飲食店等の経理等の事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報である。事業者は,請求書を顧客に対し交付し,そこに記載されている口座番号等は,一定範囲の者の間には知られ得る性質の情報ではあるが,それらは,事業者が自らの営業活動の中で使用するものであり,その開示範囲を当該事業者が自ら選択できるものであって,自ら開示した者以外の者に対しては公開せずに内部情報として管理するのが通常である。このような性質の情報であるから,口座番号等を公開することにより,事業者の正当な利益を害することは明らかである。

仮に,大企業が取引金融機関や口座番号を公開しているとしても,それはその企業自らの判断で行っているのであり,自ら公開するかどうかの判断をしていない事業者の情報を行政が公開するかどうかとは関連しない。

行政は,透明性の高い企業や商店と契約,利用する義務があるとの主張は,行政側への注文であり,それを理由に事業者に公開を強いるのは,事業者の権利,利益の侵害となる。

口座番号を知らなければ不可能な犯罪は存在し,取引金融機関,口座番号の公開がなければ,これらの情報に基づいた嫌がらせの可能性は減少する。

また,公文書の写しをもとにするものでないとしても,印影の偽造による被害は存在する。以上のとおり,事業者の権利,利益に配慮しなければならない必要性があるが,それでもなお開示すべきといえる場合は,「取引金融機関,口座番号,印影」を開示する必要性や意義が,事業者の権利,利益を上回る場合であるところ,これらを開示する必要性があるとは考えられないし,開示のための開示としか考えられず,その目的も不明である。

そして,本件条例9条2項3号ただし書に該当する事情もないから,本件非開示部分1及び4の各情報は,本件条例9条2項3号アに規定された情報に該当する。

イ 原告

本件条例9条2項3号アは,人権上及び民主主義原理上極めて重要な権利である公文書開示請求権の行使によって,開示情報関連事業者の財産権上の権利,利益がみだりに損なわれることがないように調整するために設けられたものである。

本件条例が,「当該法人に不利益が生じる」等という表現ではなく,「競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」という文言を採用したことを考慮すると,開示義務が免除される情報は,「秘密として管理される生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報にして公然知られざるもの」に該当する情報であって,それらが害される場合,すなわち,それらに実質的な被害が客観的に生じる場合に限られ,ノウハウや営業秘密に該当しないような情報であったり,開示することによる被害のおそれが杞憂にすぎない程度のもの又は知る権利との利益衡量上保護に値しない内容若しくは程度のものであったりすれば,開示義務は免除されない。

取引金融機関名,口座番号関係情報は,例えば,飲食店が一般に発行する請求書に記載されており,不特定多数の一般人が当該飲食店で飲食をして請求書の発行を依頼すれば当然に明らかにされるものであるし,多くの商店が自店ホームページに自己の振込口座(取引金融機関名,口座番号関係情報)を公開しており,インターネット上の取引を通じて不特定多数の人の目に触れるものでもあるから,一般的に明らかにされている情報であるといえる。県民の税金により運営されている行政としては,情報公開度,透明性の高い企業や商店と契約し,これを利用する義務があるというべきである。

口座番号を知られることによって嫌がらせを受けたという実例はないし,口座番号のみを知ることによる犯罪の例もない。もっとも,口座番号を知った第三者が電話で金融機関に残高照会をした場合,企業の財務を知られる可能性はあるが,企業が単一の口座で商取引をしているわけでないからそれほど意味はないし,電話による残高照会に容易に応じる一部の銀行の業務こそがセキュリティー上問題であり,その改善をすればよいだけの問題である。

また,公文書開示請求によって入手できる公文書はいずれも写しであり,著しく精度が落ちるから,開示された印影部分をスキャナー等で読み取り,精巧な印鑑又は印影を偽造することは困難である。

したがって,本件非開示部分1及び4の各情報は,これを開示しても当該飲食店を経営する法人又は個人の経営上の地位が害されたり,社会的評価の低下その他正当な利益を害されることはあり得ず,本件条例9条2項3号アに規定された情報には該当しない。

(2)  争点2について

ア 被告知事

本件条例9条2項4号は,公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報が記録されている公文書については,非開示とする旨定めたものである。

「実施機関が認めることにつき相当の理由がある」との文言になっているのは,実施機関の裁量を尊重する趣旨である。すなわち,本件条例9条2項4号が,司法警察を念頭に置いた規定であり,秘密の保持につき高度な行政判断が要求される場合のあることにかんがみ,他の非開示事由の規定とは異なる表現を用いたのである。

したがって,非開示処分が違法となるのは,実施機関が合理的な裁量の範囲を逸脱した判断をしたときである。

被告知事は,原告の開示請求を受け,警察本部と協議したが,その際,職員の氏名を開示すれば,当該職員やその家族に危害等が及ぶおそれがあり,ひいては公共の安全や秩序の維持に支障を生ずるおそれがある旨聴取した。開示により当該職員やその家族に危害等が及ぶおそれがあるか否か,ひいては公共の安全や秩序の維持に支障を生ずるか否かは,警察業務の経験や専門的知識を基にした判断をする必要がある。

以上を考量して,被告知事は,予算執行適正性を説明する責任の範囲として,一般に公開されている警部職以上の氏名を除き,非開示とすべきという結論に達したものであり,警部補及び同相当職以下の者については,氏名は開示しないが,職名(係長,主事など)は開示することにより,説明責任を果たしている。

警察職員の担当事務が特定されることにより,公にしていない県警察職員の配置状況の一端が把握され,ひいては当該職員やその家族までもが調査され,そのプライバシーが侵害されたり,工作,襲撃等の被害を受ける可能性が生じ,職員が不安感を覚えざるを得ない事態に至ったりすることなどによって,平穏な市民生活や社会の風紀等に対する障害を除去する警察活動等が阻害され,またはこれらが効率的に行われなくなるおそれが生じる。鳥取県内においても,警察職員への危害,嫌がらせの例は存在する。過去と比較して,警察に対する危害や嫌がらせが減少しているような事実はない。一般の公務員と比較して,警察の職務は強制的権限を行使する場面が多く,その分,相手方の反発,反感を招きやすいから,警察職員が危害,嫌がらせ等を受けるおそれが高いことは明白である。

警部補(同相当職)以下の職にある者の氏名については,国や他のほとんどの都道府県では,法令における条文明記により非開示としている。警察活動は,他の都道府県警察と共同で行われることが多く,出向,派遣,研修等の人事交流も活発に行われ,警察庁や他の都道府県警察との間で警察業務全般に関する情報や公文書のやりとりが行われている。被告知事が,警部補以下の職にある警察職員の氏名まで開示すれば,同一文書について,国や他の都道府県との取扱いに差異が生じ,警察活動の協働関係において不都合な結果が生じるおそれがある。

さらに,非開示の必要性に優越する開示の利益も認めがたい。

したがって,被告知事が警察本部と協議の上行った非開示の判断は,合理的な裁量の範囲を逸脱したものとはいえず,本件非開示部分2及び3の各情報は,本件条例9条2項4号に規定された情報に該当する。

イ 原告

交通関係や市民が訪れる部署の警察職員は,勤務中に名札,識別証を着用しているし,警察の剣道大会など各種大会において入賞した者については,県警が,その実名と勤務地・場所をマスコミに発表し,これが新聞紙面に記事として掲載されてきた。

また,地域の駐在所は,駐在警察官の氏名を明らかにして,定期的に,地域の人に便り(ニュース)を配布している。

さらに,平成11年3月までは,県警本部が,警察職員の毎年の定期人事異動の際,異動に係るすべての職員の氏名と所属を各報道機関に発表し,その内容が地元新聞2紙に掲載されていた。しかし,このことによって,警察職員が嫌がらせを受け,又は攻撃の対象となったり,警察活動が阻害され,又は効率的に行われなくなるなど,公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼしたりした事実はない。警察職員への嫌がらせや中傷そのものも,警察を敵視する勢力の減少に伴い少なくなってきている。

公共の安全や秩序の維持に支障を生ずる可能性のみを強調,指摘することにより,公的な情報を非開示にすることは,行政の一方的で独善的な判断であり,情報公開を妨げるものである。仮に,公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれや可能性があったとしても,現にそのようなことが発生していない以上は,これを根拠にして民主主義社会の根幹である「知る権利」をないがしろにすることはできない。

したがって,本件非開示部分2及び3の各情報は,本件条例9条2項4号に規定された情報には該当しない。

(3)  争点3について

ア 原告

被告知事による本件処分1ないし3は,本件条例の解釈を誤ったものであり,この不法行為によって,原告は,知る権利を侵害され,精神的苦痛を被った。

被告知事の不法行為によって原告に発生した損害は,慰謝料10万円及び弁護士費用10万円の合計20万円である。

よって,原告は,被告県に対し,20万円及びこれに対する最終の不法行為の日である平成13年6月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告県

争う。

第3証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

第4当裁判所の判断

1  争点1について

(1)  本件条例の目的並びに解釈及び運用の方針等について

本件条例は,県政に対する県民の知る権利を尊重して,公文書の開示を求める権利その他情報公開に関し必要な事項を定めることにより,県の諸活動を県民に説明する義務を全うし,もって県民参加による開かれた公正な県政の推進に資することを目的として制定された(1条)。

そして,本件条例は,解釈及び運用の方針として,3条1項において,実施機関は,公文書の開示に当たっては,県民の公文書の開示を求める権利が十分に保障されるように,本件条例を解釈,運用すべき旨を定め,公文書については原則として開示すべきであるという基本方針を明らかにし,他方で,同条2項において,本件条例の解釈及び運用に当たっては,個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない旨を定め,原則的開示という上記基本方針にも例外的な制約が存在することを明らかにしている。

また,本件条例は,9条1項において,実施機関は,公文書の開示請求があったときは,当該公文書を開示しなければならない旨を定め,原則的開示という上記基本方針を明確に示した上で,同条2項各号において,原則的開示の例外的場合に当たる各種非開示情報を規定している。

したがって,本件条例のこのような基本構造に照らすと,ある情報が同条例9条2項各号に規定された非開示情報に該当することについて,その立証責任が実施機関側にあるというにとどまらず,公文書の非開示があくまでも例外的場合であるということを踏まえ,原則的開示という上記基本方針が骨抜きにならないようにすべく,非開示情報該当性の立証を厳格に求めるとともに,その成否について慎重に判断すべきことはいうまでもない。

(2)  本件条例9条2項3号アの趣旨等について

ア 被告知事は,本件非開示部分1及び4の各情報について,上記非開示情報の一つである本件条例9条2項3号アに規定された情報に該当するとして,これらを開示しないとする処分をした。

イ 本件条例9条2項3号は,本文において,「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,次に掲げるもの」を非開示情報として規定し,開示請求に係る公文書にこれらの非開示情報が含まれている場合には,その情報が,同号ただし書に規定された,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報」に当たる場合を除き,実施機関はその公文書を開示しないものとするとしている。そして,同号アは,同号本文を受けて,「公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」を挙げている。

すなわち,本件条例9条2項3号アは,法人等又は事業を営む個人(以下「事業者」という。)の事業活動を保障するという観点から,これらの競争上又は事業運営上の正当な利益を害するような情報が記載された公文書については,人の生命,財産等の保護のため必要である場合を除き,これを開示しないこととしたものであると理解することができる。

(3)  本件非開示部分1及び4の各情報について

ア 本件議長食糧費関係文書及び本件県警食糧費関係文書に記載された情報のうち,本件非開示部分1及び4の各情報は,「法人等(又は飲食店等)の取引金融機関名,口座番号及び印影」の部分であるが,これらの各情報が本件条例9条2項3号アに規定された情報に該当するか否かについて検討するに,本件条例の目的,解釈方針等を踏まえ,非開示情報該当性の立証を厳格に求めるとともに,その成否について慎重に判断すべきであることは,(1)にみたとおりである。

イ 取引金融機関名,口座番号及び印影が,本件条例9条2項3号本文に規定された,「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報」に該当することは明らかである。

そこで,以下,「取引金融機関名及び口座番号」と「印影」とに分け,それぞれの情報が,本件条例2項3号アに該当するか否かを検討する。

ウ 取引金融機関名及び口座番号について

取引金融機関名及び口座番号は,事業者が,事業活動を行うに当たり,自己の資金の管理や経理上の入出金のために使用するものであり,いずれも,一般的,抽象的には,事業者の事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報としての性質を有するものであるということができる。

しかし,本件において非開示とされた取引金融機関名及び口座番号は,本件議長食糧費関係文書及び本件県警食糧費関係文書の具体的内容(乙3の1及び2,5の1ないし5)に照らすと,飲食業者等が県に対して飲食代金等(食糧費として支出されるもの)を請求する際に,飲食業者等から県に対し飲食代金等の振込先口座として通知された情報であると推認されるから,事業者の資産,経理の状況を直接かつ全体的に反映している口座を示すものではなく,むしろ,当座預金に代表されるところの,事業者が一時的に資金を管理し,手形の決済や振替え(自動支払)等をするために用いる流動性口座を示すものであるといえる。

そうすると,本件で非開示とされた取引金融機関名及び口座番号に限ってみると,これらの情報は,事業者が行う日常の取引等の事業活動に際して,直接の取引先に対してはもちろんのこと,広く取引の誘引を行っている事業者の場合は,直接の取引先を超える範囲にわたり,不特定多数の者に対して,広く公開され又は知れわたることが予定されている性質の情報であるということができ,営業上又は販売上のノウハウのように,公にされることによって,事業者の競争上又は事業運営上の地位や社会的信用(以下「社会的信用等」という。)に影響が生じる性質の情報であるということは,困難であるというべきである。なるほど,取引金融機関名及び口座番号という情報があれば,口座名義人又はその者から委任を受けた者以外の第三者が,当該金融機関に対し,当該口座の内容についての照会をした場合,金融機関によっては,容易に当該口座の内容について回答する場合があり得ることも想定されるところであり,かかる第三者の目的如何によっては,事業者の社会的信用等に影響が生じる可能性もないとはいえない。

しかし,上にみたように,本件で非開示とされた取引金融機関名及び口座番号が,事業者が一時的に資金を管理するために用いる口座を示すものであることを考慮すれば,仮に何らかの不当な目的を有する者によって,事業者の当該口座の内容についての照会がなされたとしても,そのことによって,事業者の社会的信用等に直ちに影響が生じるものとは通常考えられないし,加えて,これらの取引金融機関名及び口座番号が,事業者の日常の取引等の事業活動に際して,相当広範囲にわたり公開されているという実情にも照らせば,ことさらそのような可能性を過大評価することもできない。

さらにいえば,県政に対する県民の知る権利の具体的保障の一手段としての情報公開制度の重要性にかんがみると,県と取引をする事業者としては,県民等からの開示請求がなされたときには,一定の範囲にわたる事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報が,当該事業者の社会的信用等に影響が生じるものと判断された場合を除き,不特定多数人に対して公開されることがあり得ることを,ある程度想定し,これを甘受した上で取引に当たるべきであって,結果的にかかる情報が開示されるに至ったとしても,事業者の意思ないし期待を不当に侵すものということはできない。そして,仮に取引金融機関名及び口座番号を特に秘匿しておきたいという意思を有する事業者がいて,当該事業者が県との取引に参入できない結果になったとしても,やむを得ないものというべきである。

エ 印影について

印影は,事業者が,作成名義人の商号又は氏名とあいまって,契約を締結した者を特定し,契約の締結権限を証明するためなどに使用するものであって,一般的,抽象的には,事業者の事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報としての性質を有するものであるということができる。

しかし,本件議長食糧費関係文書及び本件県警食糧費関係文書の具体的内容(乙3の1及び2,5の1ないし5)に照らすと,これらの文書に押捺された事業者の印影が,実印又は金融機関への届出印によって押捺されたものである可能性は低く,通常の認印によるものと推認される。

そうすると,仮に,本件で非開示とされた印影が,不当な目的を有する者によって精巧に偽造されたとしても,このことによって,近年社会問題化している金融機関からの預金等不正払戻しのような印影の偽造等による犯罪行為に直ちに結びつくものとは通常考えられない。

また,本件条例においては,公文書開示の方法について,閲覧又は写しの交付等の方法によるべきものと規定されていること(本件条例8条)に照らすと,開示された公文書に記載されている印影部分を利用して精巧な偽造を行うことは,事実上不可能に近く,不当な目的を有する者が,開示文書に記載された印影部分を利用して何らかの犯罪行為に及ぶ可能性は,極めて低いものというべきである。

そして,情報公開制度の重要性にかんがみると,仮に印影を特に秘匿しておきたいという意思を有する事業者がいて,当該事業者が県との取引に参入できない結果になったとしても,やむを得ないものというべきことは,金融機関名及び口座番号についてウで述べたことと同様の理である。

オ したがって,本件で非開示とされた「法人等(又は飲食店等)の取引金融機関名,口座番号及び印影」の各情報については,これを公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものであると断定することはできない。

(4)  よって,本件非開示部分1及び4の各情報は,本件条例9条2項3号アに規定する情報に該当するとはいえないものと解するのが相当である。

2  争点2について

(1)  本件条例の目的並びに解釈及び運用の方針等については,1(1)にみたとおりである。

(2)  本件条例9条2項4号の趣旨等について

ア 被告知事は,本件非開示部分2及び3の各情報について,上記非開示情報の一つである本件条例9条2項4号に規定された情報に該当するとして,これらを開示しないとする処分をした。

イ 本件条例9条2項4号は,「公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」を非開示情報として規定している。

すなわち,本件条例9条2項4号は,公共の安全と秩序の維持を図ることの重要性にかんがみ,これに支障を及ぼすおそれがあると認められるような情報が記載された公文書については,これを開示しないこととしたものであると理解することができる。

(3)  本件非開示部分2及び3の各情報について

ア 本件県警出張旅費関係文書及び本件県警食糧費関係文書に記載された情報のうち,本件非開示部分2及び3の各情報は,「本県警察職員のうち警部補及び同相当職以下の職にある者の氏名」の部分であるが,これらの各情報が本件条例9条2項4号に規定された情報に該当するか否かについて検討するに,本件条例の目的,解釈方針等を踏まえ,非開示情報該当性の立証を厳格に求めるとともに,その成否について慎重に判断すべきであることは,1(1)にみたとおりである。

イ 本件県警出張旅費関係文書及び本件県警食糧費関係文書は,出張旅費及び食糧費に係る支出負担行為書,支出仕訳書等を内容としているが(乙4の1ないし4,5の1ないし5),本件処分2及び3に係る公文書部分開示決定通知書(甲3,4)に添付された「開示請求に係る警察の予算執行文書の非開示情報とその説明について」と題する書面及び本訴における被告知事の主張並びに弁論の全趣旨によれば,被告知事は,本件非開示部分2及び3について,これが記載された文書自体の性質を問うことなく(出張旅費関係文書の場合,出張の目的,日程,場所等の如何を,食糧費関係文書の場合,飲食を伴う会合等の趣旨,日時,場所等の如何を問うことなく),単に,警部補及び同相当職以下の職にある県警察職員の氏名であるとの一事をもって,これを開示した場合,当該県警察職員又はその家族に危害等が及ぶおそれがあり,ひいては公共の安全や秩序の維持に支障が生ずるおそれがあるとして,当該県警察職員の氏名の部分を非開示としたものと認められる。

ウ 確かに,警察職員の職務の中には,例えば,公安,警備活動等のように,その職務の具体的内容又はこれを推知し得る情報と併せて,これに関係する警察職員の氏名を開示した場合,警察組織に対し敵意を持つ集団に属する者等からの攻撃等によって,当該警察職員又はその家族に対し,何らかの危害等が及ぶおそれがあると想定できるものもあるから,かかる性質を有する職務に関連した出張又は飲食等に係る文書については,これに記載されている警察職員の氏名を特に秘匿すべき場合があり得ることは否定できない。

したがって,このような性質を有する職務に関連した出張又は飲食等に係る文書については,記載された警察職員の氏名の部分を非開示とすることにも一定の合理性が認められるところである。

しかし,かかる文書の性質を問うことなく,当該情報の内容が,警部補及び同相当職以下の職にある警察職員の氏名であるとの一事をもって,これを非開示とすることが合理性を有するといえるためには,氏名を開示された場合に,警察職員又はその家族に危害等が及ぶことについて,漠然とした抽象的なおそれがあるというだけでは足りず,少なくとも,当該情報を開示することによって,当該警察職員又はその家族に危害等が及ぶ具体的なおそれが認められることが必要であるというべきである。

この点に関し,被告知事は,鳥取県内において警察職員に対する危害等が加えられた実例が存在すると主張し,数件にわたる被害の実例に関する資料(乙10)を提出している。

確かに,警察職員の職務の内容に照らすと,警察職員という地位は,公務員の中でも,比較的恨みを買いやすいものであることは否定できず,警察職員に対する危害等の実例も決して少ないとはいえないであろう。

しかし,上記資料によっても,現に発生した警察職員に対する危害等の端緒,とりわけ加害者がいかなる方法で当該警察職員の氏名等の情報を知り得たのかについては,何ら明確にされていない。かえって,証拠(甲5ないし12,14ないし27)及び弁論の全趣旨によれば,鳥取県警が,平成12年3月まで,警部補及び同相当職以下の職にある警察職員も含めた警察職員の人事異動に関する情報(所属,階級,氏名を含むもの)を報道各社に提供し,その内容が,新聞等の媒体によって広く報道されてきた事実が認められるところ,これらの報道がなされた結果,ことさらに警察職員に対し危害等が加えられる実例が増加したとの事情を窺うことはできないことにも照らせば,本件で非開示とされた情報を開示することによって,警察職員又はその家族に危害等が及ぶ具体的なおそれがあるものと認めることは困難であるというべきである。

また,仮に警察職員の氏名を開示した場合に危害等が加えられるおそれがあるというのであれば,その警察職員が,警部及び同相当職以上の職にある者であろうと,警部補及び同相当職以下の職にある者であろうと,かかるおそれの程度には格別の違いはないはずであるにもかかわらず,被告知事は,警部補及び同相当職以下の職にある警察職員についてのみ,その氏名について非開示としており,この点について,明確で合理的な説明ができていない(被告知事は,予算執行適正性を説明する責任の範囲として,一般に公開されている警部職以上の氏名を除き非開示とすべきという結論に達したなどと説明しているが,これが合理的説明になっているとはいい難い。)。

さらに,被告知事は,警部補及び同相当職以下の職にある警察職員の氏名については,国や他のほとんどの都道府県において,法令における条文明記により非開示としているところ,鳥取県において当該職にある警察職員の氏名を開示した場合,国や他の都道府県との取扱いに差異が生じ,警察活動の協働関係において不都合な結果が生じるおそれがあるなどと主張するが,具体的にいかなる不都合が生じるおそれがあるのかについて何ら主張立証がなされていない上,仮に何らかの不都合が生じるおそれがあるとしても,これをもって直ちに公共の安全と秩序の維持に支障が及ぶ程度のものであるともいえない。

エ したがって,本件で非開示とされた「本県警察職員のうち警部補及び同相当職以下の職にある者の氏名」の各情報については,これを公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由があるものであると断定することはできない。

(4)  よって,本件非開示部分2及び3の各情報は,本件条例9条2項4号に規定する情報に該当するとはいえないものと解するのが相当である。

3  争点3について

(1)  原告は,被告知事の本件処分1ないし3の違法を理由として国家賠償法に基づき被告県に対し損害賠償を請求しているものと解される。

1及び2にみたとおり,被告知事のした本件処分1ないし3は違法であるといえるが,原告のような団体について慰謝料の名目による損害賠償請求が認められるか否かという点は措くとしても,本件処分1ないし3について,原告(又はその構成員)に直接的な不利益が生じたとは認められず,原告(又はその構成員)としては,上記各処分が取り消されることによって,その目的を達することができたものというべきであって,原告(又はその構成員)に具体的な損害が発生したということはできない。

(2)  したがって,被告県は原告に対し損害賠償責任を負わないものというべきである。

第5結論

以上によれば,被告知事がした本件処分1ないし3は,いずれも違法であって取消しを免れず,原告の被告知事に対する本訴請求はいずれも理由があるからこれをそれぞれ認容し,原告の被告県に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤紘二 裁判官 中村昭子 裁判官 下澤良太)

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