鳥取地方裁判所 平成17年(行ウ)5号 判決 2006年2月07日
主文
1 鳥取県知事Aが原告に関して平成17年5月10日付けでした公文書部分開示決定(第200500012484号)のうち,平成14年3月31日及び平成15年3月31日当時の責任役員名簿及び財産目録並びに平成13年度及び平成14年度の通常会計収支計算書を開示した部分を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
鳥取県知事Aが原告に関して平成17年5月10日付けでした公文書部分開示決定(第200500012484号)を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,鳥取県知事が,鳥取県情報公開条例に基づき,鳥取県内に住所を有する第三者の請求により,同人に対し,原告の役員名簿,財産目録,収支計算書等を開示する決定をしたのに対し,原告が,上記開示決定は法律及び被告が従うべき主務大臣の指示等に反し,原告の信教の自由を侵害するなどと主張して,その取消しを請求する事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実)
(1) 原告は,Bの教義を広め,その他正法興隆衆生済度の浄業に精進するための業務等を目的とする宗教法人である。
被告は,後記本件開示決定を行った鳥取県知事の所属する地方公共団体である。
鳥取県知事は,原告の所轄庁である(宗教法人法5条1項)。
(2) 鳥取県情報公開条例(平成12年鳥取県条例第2号。以下「本件条例」という。)には,次の規定がある。
第9条 実施機関は,公文書の開示請求があったときは,当該公文書を開示しなければならない。
2 実施機関は,開示請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報のいずれかが含まれている場合には,前項の規定にかかわらず,当該開示請求に係る公文書を開示しないものとする。
(1) 法令若しくは条例(以下「法令等」という。)の規定又は実施機関が従わなければならない各大臣等の指示その他これに類する行為により公にすることができない情報
(3) 法人その他の団体(国,独立行政法人等,地方公共団体及び公社を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,次に掲げるもの。ただし,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報を除く。
ア 公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの
(3) 鳥取県内に住所を有する第三者(以下「本件開示請求者」という。)は,鳥取県知事に対し,平成17年4月5日,本件条例に基づき,「C寺(鳥取市α)の最新及び前年度の規則,役員名簿,財産目録,収支計算書,貸借対照表」について,公文書開示請求をした。
(4) 鳥取県総務部総務課長が原告に意見照会したところ,原告は,同年5月6日,原告規則全文,同規則変更事項,並びに平成14年3月31日及び平成15年3月31日当時の代表役員名簿(以下「原告規則等」という。)については開示されても支障を生じないが,その他の文書については開示により支障を生ずる旨回答した(甲3)。
(5) 鳥取県知事は,本件開示請求者に対し,平成17年5月10日,下記文書を同月24日に開示するとの公文書部分開示決定(以下「本件開示決定」という。)をした。
記
ア 宗教法人C寺規則全文(昭和40年3月15日変更認証)及び規則変更事項(昭和49年6月10日変更認証)
イ 平成14年3月31日及び平成15年3月31日現在の次の書類
(ア) 代表役員名簿
(イ) 責任役員名簿
(ウ) 財産目録
ウ 平成13年度及び平成14年度の通常会計収支計算書
エ ただし,次の部分を除く。
(ア) 規則及び役員名簿の代表役員の生年月日及び代表役員以外の責任役員の氏名,生年月日,住所の部分
(イ) 財産目録の宝物の数量
(ウ) 財産目録の取引金融機関名と預金種別
(エ) 財産目録の現金の額,普通財産合計額,資産合計額,及び正味財産額の部分
(6) 文化庁次長は,鳥取県知事を含む各都道府県知事に対し,本件開示決定以前に,平成16年2月19日付け「宗教法人法に係る都道府県の法定受託事務に係る処理基準について(通知)」(15庁文第340号)により,宗教法人法25条4項の規定により宗教法人から提出された書類につき情報公開条例等に基づく開示請求があった場合,当該書類が宗教法人の内部情報であり,その閲覧請求権者は同条3項により制限されていること,及び同条5項の規定を踏まえると,これを開示すると当該宗教法人及び関係者の信教の自由が害されるおそれがあることなどを理由に,登記事項等の公知の事項を除き,原則として不開示の取扱いをするよう通知していた(甲13。以下「本件通知」という。)。
(7) 原告は,本件開示決定により開示された文書のうち,前記(5)ア(宗教法人C寺規則全文(昭和40年3月15日変更認証)及び規則変更事項(昭和49年6月10日変更認証))及びイ(ア)(平成14年3月31日及び平成15年3月31日当時の代表役員名簿)については,開示の違法性を主張しない(以下,本件開示決定により開示された文書のうち,原告が開示の違法性を主張する文書(前記(5)イ(イ),同(ウ)及びウ)を「本件文書」という。)。
3 争点
(1) 本件開示決定は,本件条例9条2項1号に違反するか(本件文書は,法令等の規定又は実施機関が従わなければならない各大臣等の指示その他これに類する行為により公にすることができない情報か。)。
(2) 本件開示決定は,本件条例9条2項3号アに違反するか(本件文書は,公にすることにより,当該法人等の権利その他正当な利益を害するおそれがある情報か。)。
(3) 本件開示決定は,憲法20条に違反するか。
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件開示決定は,本件条例9条2項1号に違反するか。)について
(原告の主張)
(1) 宗教法人法25条は,3項において,宗教法人の事務所に備えられた書類等の開示の要件を厳しく制限し,5項において,所轄庁に提出された書類についても,信教の自由を妨げることがないよう特に留意して取り扱うべきものとしており,同条3項の要件を欠く場合に所轄庁が書類を開示することは,同条5項の規定に違反するものである。本件文書は,同条3項の要件を充たさずに開示が請求されたものであるから,同項及び同条5項の規定により公にすることが禁じられているものである。
(2) 宗教法人法25条4項は,宗教法人は役員名簿,財産目録,収支計算書,貸借対照表等の写しを所轄庁に提出しなければならない旨定めているところ,この事務(以下「書類の提出を受ける事務」という。)は地方自治法2条10項別表第1により,第一号法定受託事務とされている。そして,上記規定に基づき宗教法人から提出された書類を管理する事務(以下「書類を管理する事務」という。)も,書類の提出を受ける事務と密接不可分な事務であるから,宗教法人法25条4項に含まれており,法定受託事務というべきである。よって,国は,書類を管理する事務についても,処理基準を定めることができる。
これに対し,被告は,地方自治法は書類を管理する事務をあえて法定受託事務から除外していると主張するが,地方自治法2条10項別表第1が宗教法人法25条4項を掲げ,同条5項を掲げていないのは,単に同条4項が事務を定めた規定であるのに対し,同条5項は留意義務を定めた規定であるからにすぎない。
文化庁は,前提となる事実のとおり,平成16年2月19日付けで本件通知を出し,宗教法人法25条4項により提出された書類は,原則として不開示とすべき旨定めた。本件通知は,文化庁が地方自治法245条の9第1項に基づいて定めた都道府県が執るべき法定受託事務の処理基準であり,法定受託事務の処理に関し,実施機関が従わなければならない各大臣等の指示その他これに類する行為に該当する。
本件開示決定は,本件通知に反しているから,本件条例9条2項1号に違反し,違法である。
(3) 仮に,書類を管理する事務が法定受託事務でないとしても,これは書類の提出を受ける事務という法定受託事務と密接不可分な事務であるから,いずれにせよ,国はその処理基準を定めることができる。
よって,本件開示決定は,本件条例9条2項1号に違反し,違法である。
(被告の主張)
(1) 宗教法人法25条3項は,宗教法人と信者等との利害を調整する規定であり,また,同条5項は,提出書類の取扱いに当たっての留意規定にすぎず,いずれも提出された書類の開示を禁止するものではない。
(2) 書類の提出を受ける事務と,書類を管理する事務とは別個の事務である。
地方自治法2条10項別表第1は,書類の提出を受ける事務(宗教法人法25条4項)を法定受託事務とする旨規定しているが,書類を管理する事務(宗教法人法25条5項)をあえて除外しており,法定受託事務としていない。そして,宗教法人法25条4項に書類を管理する事務が含まれているとはいえず,同事務は,地方自治法及び他の法令において,何ら法定受託事務として規定されていない。地方分権推進という地方分権一括法の趣旨によれば,法定受託事務は厳格な限定列挙と解すべきであり,法令に明示の規定がない以上,書類を管理する事務は被告の自治事務というべきである。
原告の主張は,密接不可分というあいまいな概念で法定受託事務の中に自治事務を取り込むものであり,地方分権一括法の趣旨や,法定受託事務の「法定」を理解しない主張である。
本件条例に基づく開示処分が法定受託事務でない以上,本件通知は,被告を何ら拘束しないものであり,実施機関が従わなければならない各大臣等の指示その他これに類する行為に該当しない。
よって,本件開示決定は,本件条例9条2項1号に違反していない。
(3) 否認する。原告の主張は,密接不可分というあいまいな概念で国が処理基準を定め得ることを認めるものであり,地方分権一括法の趣旨を理解しない主張である。
2 争点(2)(本件開示決定は,本件条例9条2項3号アに違反するか。)について
(原告の主張)
(1) 本件文書は,すべて宗教法人の非公知事項に属するものばかりである。これらの事項は,憲法で保障された信教の自由に由来する情報コントロール権に関わるものとして強く保護されるべきものであり,原告の同意なく開示することは許されない。
(2) 宗教法人法25条3項は,本件文書に相当する書類の閲覧請求権を認めているが,請求権者を信者その他の利害関係人に限定した上,決定権者を当該宗教法人とし,開示基準についても,閲覧することに正当な利益があり,閲覧の請求が不当な目的でないことを要件としている。これに対し,本件条例によれば,開示請求権者は法人と何ら関係がなくても請求でき,情報をコントロールする主体は県知事という公権力であり,目的の当不当を問わないことになっている。
本件条例により広く情報公開がされれば,宗教法人法の規定する厳しい要件が潜脱され,信教の自由が大きく侵害されることになる。このようなことが一条例により行われることは不当であり,本件条例9条2項3号ア所定の「正当な利益を害するおそれ」がないとの要件は,宗教法人法の基準に照らして厳格に判断されるべきである。
(3) 本件文書が開示されてしまうと,原告の管理運営に何ら関わりを有しない第三者が,内部の財産関係の資料等を利用し,宗教活動に対する誹謗中傷をしたり,原告の行為をあげつらい,宗教活動を妨害するなどして,原告とその関係者の信教の自由を害するおそれがある。
原告は,現実にこのような危険を抱えている状況にある。すなわち,原告の包括団体であるBは,破門したDから多数の訴訟を提起され,両者は敵対関係にある。これまでの訴訟の中で,Dは,宗門の財務関係資料を宗門に対する攻撃手段として使用してきた。本件文書が開示されると,これがDによる原告に対する攻撃に使用されるおそれがある。
(4) したがって,本件開示決定は,原告の信教の自由を侵害し,正当な利益を害する処分であり,本件条例9条2項3号アに違反する。
(被告の主張)
(1) 文書を開示するに際し,宗教法人の同意や公知性は,宗教法人法上も本件条例上も要件とされていない。
(2) 宗教法人法と本件条例は,趣旨,目的,対象書類が異なっており,同列に論ずることはできない。宗教法人法25条4項により被告に書類が提出された結果,信者以外の県民が,宗教法人の事務所で閲覧できなかった書類を開示請求により入手することが可能となる。しかし,これは,書類を県に提出したことにより,法人内部の管理運営に関する私文書が被告の管理する公文書に変容した結果であり,予測し得たことである。
被告は,信教の自由と県民の知る権利との調和を図るため,「宗教法人の財務情報等の非開示の基準」(乙1)を定め,同基準に従って本件決定を行っており,信教の自由に十分配慮している。
(3) Dとの訴訟が多数存在したとしても,その内容の適否は個別の訴訟において明らかにされるべきであり,訴訟の提起自体が直ちに不当な攻撃とはいえない。また,本件文書がどのような方法で不当な攻撃手段として利用されるか定かではなく,具体的な危険性があるとも考えにくい。
開示請求者の所属団体,開示請求の理由などは,請求書の必要的記載事項ではなく,開示決定に何ら影響しない。
(4) 本件文書は,これを公にしても,原告の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるとはいえない。
3 争点(3)(本件開示決定は,憲法20条に違反するか。)について
(原告の主張)
本件開示決定は,前述のとおり,本件条例の解釈,適用を誤った結果,信教の自由を保障する観点から不開示とされるべき文書を開示するものであるから,本件条例のみならず信教の自由を保障した憲法20条に違反する違憲の処分である。
(被告の主張)
本件開示決定は信教の自由を侵害していない。
例えば,土地や建物に関する情報は,法人の単なる事務管理に関する事項であるし,宗教活動収支もその内容や金額の多寡を公にすることが,信教の自由に対する制限などにはなり得ない。本件文書は,信教の自由に関わる本質的な部分ではない。
第4当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 原告は,宗教法人法25条3項,4項の各規定により,本件文書を公にすることが禁じられている旨主張する。しかし,上記各規定は,所轄庁に提出された書類について,開示に関する具体的基準を定めたものではなく,本件文書の開示が上記各規定によって禁じられているとはいえない。
(2) 書類を管理する事務の性質について判断する。
宗教法人法25条4項は,「宗教法人は,毎会計年度終了後4月以内に,第2項の規定により当該宗教法人の事務所に備えられた…書類の写しを所轄庁に提出しなければならない。」と規定しているところ,同項の規定により都道府県が処理することとされている事務は,地方自治法2条10項別表第1により法定受託事務とされている。宗教法人法の上記規定により都道府県が処理する事務は,その文言に照らすと,宗教法人から上記書類の写しの提出を受ける事務を意味する。そして,提出を受けた書類の写しを当該都道府県において管理する事務については,地方自治法2条10項別表第1に掲げられておらず,その他の法律及び政令にもこれを法定受託事務とする定めはない。
原告は,書類を管理する事務も,書類の提出を受ける事務と密接不可分な事務であるから,宗教法人法25条4項所定の事務に含まれる旨主張する。しかし,上記両事務は,後記のとおり,密接な関係にあるといえるものの,事務自体としては別個のものであるから,原告の上記主張は採用することができない。
したがって,書類を管理する事務は,自治事務に該当し,本件開示決定も,書類を管理する事務の一態様としてされたものであるから,自治事務に含まれるものと認められる。
(3) 文部科学大臣等は,提出された書類の公開に関する事務について,地方自治法245条の9第1項所定の処理基準を定めることができるか否かについて判断する。
宗教法人の所轄庁は,宗教法人に関して,規則の認証及びその取消し(宗教法人法14条,80条),公益事業以外の事業の停止命令(同法79条),解散命令の請求(同法81条)などの権限を有する。所轄庁が上記のような権限を適正に行使するためには,宗教法人の業務又は事業の管理運営の実態を正確に把握する必要がある。同法25条4項が宗教法人に対し役員名簿や財産目録等の書類の写しの提出を義務づけた趣旨は,宗教法人に対する報告徴収等の制度(同法78条の2)とともに,宗教法人の業務又は事業の管理運営の実態を正確に把握して,所轄庁としての権限行使の適正を図ることにあるものと解される。したがって,書類の提出を受ける事務は,それ自体に意味があるものではなく,書類を管理する事務並びに認証の取消し,事業停止命令,解散命令の請求などの事務(認証の取消し等に関する事務は,法定受託事務とされている。)とともに一連の事務を構成して,所轄庁による適正な権限行使という法の目的を達成しようとするものであり,上記各事務は,それぞれ相互に密接に関連しているものと認められる。
また,所轄庁に提出された書類の取扱いについては,「宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し,信教の自由を妨げることのないように特に留意しなければならない。」とされている(同法25条5項)。所轄庁に提出された書類の取扱いのうち,書類の公開に関する事務は,宗教法人の事務所に備え付けられた書類等の公開が,信者その他の利害関係人による閲覧に限定されている(同法25条3項)こと等をも考慮して,慎重に処理されるべきものであり,上記事務が適正に処理されなければ,書類の提出を受ける事務の円滑な処理に支障が生じるおそれがあることを否定することができない。書類の提出を受ける事務は,国が本来果たすべき役割に係るものであるから,提出された書類の公開に関して,国が所轄庁に対する法的拘束力を有する一般的な基準を示す必要性も認められる。
そうすると,文部科学大臣等は,地方自治法245条の9第1項に基づき,宗教法人から書類の提出を受ける事務等の法定受託事務に付随し密接に関連する事務である提出書類の公開に関する事務についても,法定受託事務を処理するに当たりよるべき基準の一部として,法的拘束力を有する一般的基準を定めることができると解するのが相当である。
(4) 本件通知は,文部科学大臣から文化庁次長に対して与えられた職務権限に基づいて定められた上記処理基準と認められ,(乙3),本件条例9条2項1号にいう「実施機関が従わなければならない各大臣等の指示その他これに類する行為」に該当する。
本件通知は,登記事項等の公知の事項を除き,原則として不開示の取扱いをするものとしているところ,本件文書は,いずれも一般に公開されていない非公知の事項であり,本件において,本件文書を例外的に開示すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件文書は,実施機関が従わなければならない各大臣等の指示その他これに類する行為により公にすることができない情報と認められ,これを開示した本件開示決定は,本件条例9条2項1号に違反する。
2 本件開示決定は,原告規則等を開示する部分につき原告が違法性を主張しないから,その余の部分すなわち本件文書を開示した部分について,違法というべきである。
3 以上によれば,原告の請求は,本件開示決定のうち本件文書を開示した部分の取消しを求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条ただし書,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古賀輝郎 裁判官 亀井宏寿 裁判官 神原浩)