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鳥取地方裁判所 平成18年(ワ)124号 判決 2009年10月16日

原告

X1

原告

X2

上記両名訴訟代理人弁護士

松丸正

波多野進

被告

国立大学法人鳥取大学

同代表者学長

同訴訟代理人弁護士

川中修一

野口浩一

"

主文

1  被告は,原告らに対し,それぞれ1000万4500円及びこれに対する平成18年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その4を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告らに対し,それぞれ5803万8000円及びこれに対する平成15年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,医師であり鳥取大学の大学院生であったD(以下「亡D」という。)の両親である原告らが,亡Dが自動車を運転中に交通事故を起こして死亡したことにつき,事故の原因は,亡Dが被告の設置する鳥取大学医学部附属病院(以下「鳥大病院」という。)において演習名目で過重な勤務に従事させられ過労状態で自動車を運転することを余儀なくされたことにあり,被告は安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うと主張して,被告に対し,それぞれ5803万8000円及びこれに対する平成15年3月8日(亡Dが死亡した日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実(争いのない事実並びに関係証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 被告は,国立大学法人法に基づき平成16年4月1日に成立した国立大学法人である。被告は,鳥取大学を設置しており,同法制定附則9条により,鳥取大学に係る同法22条の業務に関し被告成立の際現に国が有する権利義務を承継した(以下,被告成立以前に上記権利義務の主体であった国を含めて「被告」という。)。(弁論の全趣旨)

鳥取大学には,鳥大病院(鳥取県米子市<以下省略>所在)が設置されており,同病院は,内科,精神科,神経内科,循環器科,小児科,外科,整形外科,脳神経外科,心臓血管外科,皮膚科,泌尿器科,産婦人科,眼科,耳鼻咽喉科,放射線科,麻酔科及び歯科口腔外科等の診療科目を扱っている。(<証拠省略>)

イ 亡Dは,昭和○年○月○日に出生し,平成9年4月24日,医師免許を取得し,同年5月から平成12年3月30日にかけて,鳥大病院第二外科,a病院及び鳥取県立b病院において,研修医又は勤務医として医療行為に従事した。亡Dは,平成11年4月,鳥取大学大学院医学系研究科外科系専攻博士課程に入学し,平成12年5月から平成14年7月までの間,医学部生理学第二講座で基礎実験に従事し,同月15日までに上記博士課程修了に必要な単位をすべて取得した。亡Dは,同年10月21日から,鳥大病院第二外科において,診療行為等に従事していたが,被告からその対価を受領したことはなかった。(<証拠省略>,証人A(以下「A」という。))

原告X1は亡Dの父であり,原告X2は亡Dの母である。(<証拠省略>)

(2)  亡Dの生活状況等

亡Dは上記博士課程入学後,鳥取市居住の原告らから仕送りを受けることなく,単身で鳥取県米子市<以下省略>に居住し,鳥大病院以外の病院(以下「外部病院」という。)において,アルバイトとして診療行為に従事し,月額30万円程度の報酬を得て生活していた。(原告X1,証人A,弁論の全趣旨)

亡Dは,平成15年2月末の時点で,同年4月1日から鳥取県立c病院に採用され医師として勤務することが決定していた。(<証拠省略>)

(3)  鳥大病院の診療態勢等

鳥大病院第二外科においては,教授,助教授,講師及び助手(以下,これらの者を併せて「勤務医」という。)に加え,大学院生及び研修医(以下,大学院生と研修医を併せて「大学院生ら」という。)が診療行為等に従事していた。なお,鳥大病院第二外科には,多くの合併症に罹患しているなどの高度の医療技術を要する患者が集まる傾向にあった。(証人B(以下「B」という。),証人A)。

勤務医及び大学院生らは,ほぼ全員が外部病院でアルバイトとして当直を行っていた。亡Dが大学院生であった当時,鳥大病院第二外科の医局長であったAは,給料額や回数等について勤務医及び亡Dを含む大学院生らからアルバイトの希望を聴取し,その聴取内容を考慮して,1か月分のアルバイトの割当て予定を半月程度前に作成した上,各自に割当てをしていた。(<証拠・人証省略>)

(4)  亡Dの本件事故前3か月間の活動状況等

鳥大病院においては,平成14年12月ころには電子カルテが一部導入され,勤務医及び大学院生らはそれぞれパスワードを与えられ,どの医師が何時電子カルテにアクセスして記録,閲覧等の作業を行ったかについてのアクセス記録が保存されている。平成14年12月25日から平成15年3月8日まで(以下,特に断らない限り,「12月」とは平成14年12月を示し,「1月」,「2月」,「3月」とは,それぞれ平成15年1月,同年2月,同年3月を示す。)の亡Dの電子カルテへのアクセス記録は,別表2記載のとおりである。(<証拠省略>)

また,亡Dは,12月8日から3月8日までの間に,別表1「月日」「当直」欄記載のとおり,鳥大病院において当直を行った。なお,亡Dが鳥大病院で行った当直は,午後5時から翌日の午前8時30分まで,入院患者の急変等に備えたり外来の救急患者の診療に当たる宿直であり,上記時間以外の休日勤務である日直を亡Dが行ったことはなかった。亡Dは,鳥大病院での上記当直に加え,別表1「月日」「当直」欄記載のとおり,医療法人d病院(以下「d病院」という。),医療法人e病院(以下「e病院」という。)及び公立f総合病院(以下「f病院」という。)において,アルバイトとして当直を行った。(<証拠省略>)

なお,鳥大病院においては,土曜日,日曜日及び国民の祝日に関する法律に規定する休日,12月29日から同月31日まで,1月2日及び同月3日が休日であった(以下,「休日」とは鳥大病院の休日をいい,「平日」とはそれ以外の日をいう。)。(<証拠省略>)

(5)  亡Dの交通事故死等

亡Dは,3月8日午前9時からe病院でアルバイトとして当直をする予定であり,前日である同月7日の夜遅くには鳥大病院での診療行為等を行わない予定であった。しかし,鳥大病院第二外科において,急性心筋梗塞により緊急入院した患者の手術が行われることになり,複数の勤務医が翌8日午前8時から中国四国甲状腺外科研究会に出席する予定であり,人手が足りなかったことから,亡Dは,同月7日午後8時53分から翌8日午前4時05分にかけて行われた上記手術に第3助手として急遽参加した。(<証拠・人証省略>)

亡Dは,上記手術終了後,アルバイト先である鳥取県倉吉市<以下省略>所在のe病院に向かうため,同日午前8時10分ころ,鳥取県東伯郡北条町(現北栄町)松神1205番地先の国道9号線を,普通乗用自動車を運転して東進中,同車を対向車線に徐々にはみ出させ,そのまま約30mにわたり進路を変更することなく進行し,対向直進してきた大型貨物自動車と正面衝突した(以下,この交通事故を「本件事故」という。)。亡Dは,上記事故により脳挫傷の傷害を負い,同日午前8時55分ころ,搬送先の鳥取県立c病院において,上記脳挫傷により死亡した。(<証拠省略>)。

本件事故の現場は,片側1車線ずつの直線道路であり,両車線を併せた幅員(路側帯を含む。)は約10mであり,路面は平たんなアスファルト舗装で,当時乾燥しており,見通しは良好であった。本件事故後,上記大型貨物自動車の後方には同車の制動措置によるタイヤ痕が印象されていたが,亡Dが運転していた自動車の後方にタイヤ痕は印象されていなかった。なお,亡Dの死亡後,同人の血液からアルコールは検出されなかった。(<証拠省略>)

(6)  鳥大病院からe病院までの所要時間等

インターネットの地図検索サイトによると,鳥大病院からe病院まで自動車を利用して移動する場合の総距離,所要時間は,それぞれ59.9km,1時間57分(有料道路を使用すると,74.3km,1時間46分)である。また,公共交通機関を利用した場合には,JR米子駅から倉吉駅までが,普通列車で約1時間20分,快速列車で約1時間,特急列車で約40分であり,倉吉駅前バス停から同病院最寄りのg町バス停又はh町バス停までが路線バスで10分弱である。また,上記各バス停から同病院までは徒歩で約5分である。(<証拠省略>)

(7)  遺族一時金等の支給

原告らは,倉吉労働基準監督署長による平成20年4月21日付け一時金支給決定通知に基づき,同月22日,亡Dの死亡についての通勤途上災害の遺族一時金として3146万3000円,遺族定額特別支給金として300万円の支払を受けた。(<証拠省略>)

3  争点

(1)  被告の安全配慮義務違反又は不法行為責任の有無

(2)  損害額等

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)

ア 原告ら

(ア) 亡Dの従事状況及び時間,疲労状況

a 亡Dの従事状況等

亡Dは,鳥大病院第二外科において,演習の名目で,勤務医と同様に診療行為等に従事し,勤務していた。すなわち,亡Dは,病棟の業務の割当表に完全に組み込まれ,勤務医と同様に担当患者を割り当てられて,責任をもって診療,管理に当たっていたものであり,検査,外来補助等の平日の業務,当直業務に従事し,執刀医又は助手として手術を行ったほか,術前術後の仕事や手術をするための応援,補助も行い,さらに抄読会に出席して司会を務めるなどしていた。

また,亡Dは,d病院,e病院及びf病院で,アルバイトとして鳥大病院におけるのと同様の当直業務を行っていた。これらの病院は,鳥大病院の医局と一定の関係を有する提携病院であり,鳥大病院は,手術,外来,当直において,これらの病院と連携して業務を行うこととし,この診療連携に基づいて,医局長が割当てをし,勤務医や亡Dを含む大学院生らを派遣してきた。したがって,亡Dは,医局長の指示に従ってこれらの病院で当直業務を行っていたのであり,この業務は,鳥大病院の指揮監督下での業務に当たる。仮にそうでないとしても,医局長は,アルバイト業務に従事した時間やアルバイト業務の内容を把握し又は把握し得たものであること,大学院生には収入がなく,鳥大病院が取りまとめるアルバイトに従事するほかには生活をしていく上での選択肢がなかったことに照らすと,外部病院でのアルバイト当直業務も,鳥大病院の業務に当たるというべきである。

b 従事時間(原告らの主張においては,1日の従事時間とは,原則として,当該日の午前7時から翌日午前7時までの間に診療行為等に従事した時間をいうが,翌日の午前7時の前後を通じて業務が継続している場合には,その業務終了までの従事時間についても,当該日の従事時間に算入している。)

(a) 主張の大要

亡Dの鳥大病院及び外部病院における勤務(平日及び休日の診療行為,当直,手術等)の時間は,別表1記載のとおりである。なお,このように主張する根拠,補足説明は,後記(b)以下のとおりである。

これによると,亡Dが週40時間を超えて従事した時間外休日労働時間は,本件事故直前の1か月間(2月6日から3月7日まで)が199時間34分,同2か月前の1か月間(1月7日から2月5日まで)が236時間58分,同3か月前の1か月間(12月8日から1月6日まで)が256時間52分に及んでいる。とりわけ,本件事故直前の1週間には,当直2日を含む徹夜勤務が4日あり,2日間は長時間の手術に関与してのものであって,しかも徹夜勤務に引き続いて通常勤務が行われていた。したがって,亡Dは,最低限の睡眠時間すら確保するのが難しいほど長時間の労働に従事していたものである。

(b) 平日

亡Dの平日の勤務開始時刻は,原則として,午前7時40分とした。また,鳥大病院の勤務医及び大学院生らは,午後9時から10時ころまでは病院に残って勤務していたので,亡Dの勤務終了時刻については,控え目に,原則として午後9時とした。ただし,亡Dが電子カルテにアクセスした記録が午前7時から午前7時40分の間に残されている日(3月5日,2月24日及び1月10日。)については,最初のアクセスの開始時刻(ただし,1月10日については午前7時)を勤務開始時刻とし,午後9時から翌日午前7時までの間にアクセス記録が残されている日(3月7日,同月3日,2月26日,同月20日,同月18日,同月17日,同月10日,同月7日,同月6日,同月4日,同月3日,1月30日,同月27日,同月23日及び12月27日)については,その最後のアクセスの終了時刻を勤務終了時刻とした。また,これらとは別に,鳥大病院での当直の日は午前7時40分から翌日午前8時30分までを,当直明け(鳥大病院での当直のほか,外部病院での当直を含む。以下同じ)の日については当直終了時刻から午後9時までを,それぞれ勤務時間とした。なお,12月20日は平日であるが,亡Dは同日には鳥大病院の業務に従事していない。

したがって,亡Dの平日の勤務開始時刻及び勤務終了時刻は,別表1の当該「月日」欄に対応する「業務開始」「業務終了」欄記載のとおりとなる(勤務終了時刻は,勤務を開始した日と同日である場合は同表「業務終了」欄1段目記載の時刻であり,翌日である場合は同欄2段目記載の時刻である。)。

(c) 休日

亡Dが休日に外部病院においてアルバイトとして当直をした日の勤務時間は,別表1「当直」欄の「開始」欄の時刻から「終了」欄の時刻までである。

また,亡Dが休日に鳥大病院において当直をした日の勤務時間は,別表1「当直」欄記載のとおりであり,原則として当直の開始時刻である午後5時から終了時刻である翌日午前8時30分までとしたが,当直開始前に電子カルテのアクセス記録がある2月16日については,最初のアクセス開始時刻である午前9時36分を勤務開始時刻とした。

その他の休日の鳥大病院における勤務時間は,電子カルテのアクセス記録に基づき推定した。すなわち,最初の電子カルテへのアクセスの開始時刻(ただし,午前7時以降のもの。当直明けの日については,当直終了時刻より後のもの)から最後の電子カルテへのアクセスの終了時刻までが,1時間を超える日(2月11日,1月19日,同月12日,同月3日及び12月30日)は,その間継続して勤務したと推定し,1時間に満たない日(2月23日,同月15日,同月8日,同月2日,同月1日,1月26日,同月25日,同月13日,同月11日,同月5日,同月4日,12月31日及び同月28日)は,勤務時間を1時間と推定した。なお,電子カルテにアクセスするのは医療行為のごく一部にすぎないから,上記推定方法は,控え目なものである。

また,休日であり,亡Dが手術を行った日である3月1日については,勤務時間を翌日午前0時40分から午前7時45分までとした(後記(d)参照)。

(d) 手術

亡Dは,別表1「月日」「手術」欄記載のとおり,助手又は執刀医として,手術に立ち会った。なお,亡Dが手術のために拘束されたのは,手術時間だけでなく麻酔時間も含まれ,さらにその前後の時間も拘束され続けていたのであるが,控え目に証拠上明らかとなっている麻酔時間(<証拠省略>)のみを,手術に従事した時間として勤務時間に算入した。

(e) 当直

被告は,当直時間について,急患等による業務は時間的にも回数的にも限られており,十分睡眠が可能であって,当直時間をすべて従事時間と認めることはできないと主張する。

しかし,当直業務は,多くの急患の診察に当たる上,診察のない時間も急患等が生じたときは直ちに診察が求められるため,短時間の仮眠ができたとしても,その睡眠は質の悪いものでしかなく,その性質上,開始から終了までの時間は,すべて業務従事時間に当たる。

(f) 休憩時間

鳥大病院の勤務では,休憩はおろか昼食すら取れない実態であったが,勤務時間が短い日を除き,別表1「休憩時間」欄記載のとおり,休憩時間として1時間を勤務時間から控除した。

(g) 以上によれば,亡Dの業務従事時間は,別表1「業務従事時間」欄上段記載のとおりとなる。

c 疲労状況

亡Dは,本件事故前3か月以上にわたり長時間業務に従事し続けていた上,本件事故直前の1週間には,徹夜勤務,徹夜勤務明けの通常勤務が重なり,極度の睡眠不足により疲弊していた。そして,亡Dは,本件事故の前日である3月7日にも,診療等に忙殺された上,午後3時から午後4時20分までペースメーカ電池を交換する胸部手術を行い,さらに,午後7時30分から翌8日午前5時まで急性心筋梗塞により緊急入院した患者の緊急手術を行って徹夜で勤務しており,その後睡眠をとることもできないまま,当直をするためe病院へ向かった。このように,亡Dは,本件事故直前,極度の心身の疲労と睡眠不足の状態にあった。

(イ) 本件事故の原因

亡Dは,上記(ア)cのとおり,過重な勤務に伴う疲労,心理的負荷等が蓄積した状態で,当直業務をするためe病院に向かった。このような状態は,労働者の心身の健康を損ねるのと同時に,注意力の低下等をもたらし,重大な事故等を発生する危険を招来することは周知の事実であるところ,亡Dは,自動車を運転してe病院に移動する途中,睡眠不足や過労で生じた注意力の低下,居眠り等により,本件事故を惹起したものである。

(ウ) 安全配慮義務違反又は不法行為責任の有無

被告は,鳥大病院で勤務していた亡Dに対し,労働契約における信義則に基づく付随的義務として,亡Dの生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)を負っていた。仮に被告が主張するように亡Dが指導を受ける立場の大学院生にすぎないならば,被告は亡Dに対し,労働者に対するよりさらに高度な安全配慮義務を負っていたものである。

そして,被告は,①医局長の下で医療業務に従事していた大学院生である亡Dを業務に従事させるに当たって,鳥大病院に加え派遣先の外部病院における勤務も把握した上で,徹夜等による長時間かつ精神的緊張の高い業務によって過度に疲労や心理的負担を蓄積させ,次の勤務地である外部病院に自動車で移動するに際し,睡眠不足や過労による注意力の低下,居眠り等の危険が生じることのないように,亡Dの勤務時間,勤務内容を適正な範囲にとどめるよう注意する義務,②過重な徹夜勤務を行わせた後にアルバイト当直が予定されている場合は,他の医師を派遣するなどして,過労や睡眠不足の状態で運転することによる事故が起こらないよう配慮する義務を,具体的な安全配慮義務として負っていた。また,被告の上記安全配慮義務の履行補助者である医局長のAは,上記①,②と同様の義務を不法行為上の注意義務として負っていた。

しかるに,被告又はAは,上記義務に違反して,過度な勤務を余儀なくされる環境を改善することなく放置し,亡Dをして,疲労,心理的負荷等が蓄積した状態に陥らせた上,過重な徹夜勤務を行わせて疲弊した亡Dをその状態でe病院へアルバイトに向かわせて,本件事故を惹起させ,死亡させたものである。したがって,被告は,安全配慮義務違反又は不法行為に基づき,亡Dの死亡につき損害賠償責任を負う。

被告は,大学院生らに対し公共交通機関を利用するよう指導していたなどと主張するが,そのような指導がされたのは本件事故後のことであるし,公共交通機関が発達していない鳥取県下において,呼出しを受けて直ちに鳥大病院に戻らなければならない場合があることを考慮すると,移動に自家用車を使用することは必要不可欠であるから,被告の主張は理由がない。

イ 被告

(ア) 亡Dの従事状況及び時間,疲労状況等

a 亡Dの業務内容等

亡Dは,鳥大病院において,まさに授業科目である演習として指導医のもとで診療行為をしていたものであり,演習名目で勤務していたわけではない。亡Dは,鳥取大学大学院に入学後,実験等に専念し,臨床から約2年間離れていたことから,平成14年10月21日以降,診療演習を選択し,第二外科のスケジュールに合わせて臨床研修を行っていたものであり,被告の命令で業務に組み込まれていたわけではない。鳥大病院での平日の臨床研修は診療演習,手術は手術演習,当直は当直演習であり,いずれも勤務ではない。

また,外部病院でのアルバイト当直については,医局長が勤務医や大学院生らの希望を聴いた上,誰がどの病院にアルバイトに行くかの案を作成し,勤務医や大学院生らがその内容を調整して,最終的な案が完成していたものであり,本人が望まなければアルバイトに行く必要はなかった。そして,亡Dは,他の大学院生らと比べて多くのアルバイトを希望し,自ら進んでアルバイトをしていたのであり,外部病院でのアルバイトは,鳥大病院の指揮監督が及ぶものではなく,鳥大病院の業務には当たらない。

b 従事時間(被告の主張においては,1日の従事時間とは,原則として,当該日の午前0時から午後12時までの従事時間をいうが,3月2日午前0時40分から午後7時25分まで従事した手術については,前日である3月1日の従事時間に算入している。)。

(a) 主張の大要

亡Dが,演習として,別表1「月日」「手術」欄記載の日の手術に関与したほか,鳥大病院において,平日,別表1「その他業務」「内容」欄記載のとおり,抄読会,心臓カテーテル検査に参加したこと,亡Dが概ね午前7時40分から午前10時までの間,回診や外来補助を行っていたこと,亡Dが電子カルテにアクセスした際に各1時間程度は演習を行ったと推定すること(ただし,12月28日のd病院での当直中の電子カルテへのアクセスについては,この推定を認めない。)については争わない。しかし,それ以外の時間帯に何をするかは大学院生の自由であり,仮眠を取ることも帰宅することも可能であったから,演習に従事していたとは認められない。

したがって,亡Dが鳥大病院において演習に従事した時間は,別表1「業務従事時間」欄の中段記載の限度であり,長時間の演習をしていたとはいえない。

(b) 手術

手術に従事した時間に麻酔時間を算入すべきではない。したがって,手術時間については,3月7日から翌8日にかけての手術は3月7日午後8時53分から翌8日午前4時5分まで,同月3日の手術は午前10時10分から午後5時まで,2月26日の手術は午前9時50分から午後2時47分まで,1月27日の1回目の手術は午前9時45分から午後2時43分まで,同月9日の手術は午前11時55分から午後2時45分まで,12月18日の手術は午前10時5分から午後3時15分まで,とすべきである。

(c) 当直

鳥大病院における当直は,入院患者の病状に著変がなく,外来患者の受診もなかった場合には,特別な診療はなく,定期的に回診を行うこともない。そして,当直日誌(<証拠省略>)の記載によれば,1月18日と12月15日の2日間を除き,入院患者の急変や外来患者の受診は特になかったから,亡Dは,仮眠室において十分な睡眠をとることができる状況にあった。したがって,当直時間帯である午後5時から翌日午前8時30分までのうち,実際に演習としての当直に従事した時間は,電子カルテにアクセスした前後の時間に限られる。

c 疲労状況

亡Dが本件事故直前に極度の心身の疲労と睡眠不足の状態にあったことは否認する。鳥大病院における亡Dの演習従事時間が過酷に長かったとは到底いえない。本件事故前日から当日にかけて参加した手術も,第3助手として手術に関与したものであり,その実質は見学にとどまるのであって,過重な負担とはいえない。

(イ) 本件事故の原因

原告らが主張する事故原因については否認する。鳥大病院ではアルバイト先への移動は公共交通機関を利用するよう指導していたにもかかわらず,亡Dは自家用車で移動したのであり,それだけの体力,気力があると自ら判断したものと推測される。

(ウ) 安全配慮義務違反又は不法行為責任の有無

亡Dが鳥大病院で行っていた演習は,同人の自由意思によって参加した医療研修であり,何時でも自由に辞められるものであって,被告の指揮監督下にはなかったから,安全配慮義務が生じるものではない。また,亡Dが行った診療行為等の内容や従事時間も,上記(ア)a,bのとおりであり,亡Dを疲弊させるようなものではなかった。

また,本件事故は,鳥大病院の業務と関係のないアルバイト先に向かう途中の事故であり,被告が責任を負う理由はない。しかも,亡Dは,外部病院でのアルバイトを他の大学院生らと比べて多く希望して割当てを受け,また,鳥大病院では,アルバイト先に向かうに際してできるだけ公共交通機関を利用し,自動車を利用する場合でも睡魔に襲われたらアルバイトの開始時間に遅れてもいいから休憩するように指導していたにもかかわらず,公共交通機関を利用せず自家用車を運転してe病院に向かい,本件事故を惹起したものである。

したがって,被告に安全配慮義務違反及び不法行為責任はなく,本件事故は亡D自身の過失によって発生したものである。

(2)  争点(2)

ア 原告ら

(ア) 逸失利益 7116万7000円

亡Dは死亡当時33歳であり,67歳までの34年間,医師としての就労が可能であった。そこで,平成15年賃金センサス第3巻第4表男性医師平均年収1267万6900円を基礎として,生活費控除率を50パーセントとし,ライプニッツ方式により中間利息を控除すると,1億0263万円となり(1万円未満は切捨て),同額から前記2(5)の遺族一時金3146万3000円を控除すると,未だ填補されていない亡Dの逸失利益に係る損害は7116万7000円となる。

(イ) 死亡慰謝料 3000万円

亡Dは,長期間過重な業務に従事させられ,本件事故前日から当日にかけては,何らの配慮もされなかったため,過労により本件事故を惹起し,死亡するに至ったのであって,被告の安全配慮義務違反又は不法行為の違法性は,交通事故に比して著しく大きく,死亡慰謝料は3000万円を下らない。

(ウ) 葬祭料 150万円

(エ) 弁護士費用 1341万円

(オ) 損害合計 1億1607万7000円

原告らは,それぞれ上記損害額の2分の1に相当する5803万8000円(千円未満は切捨て)の損害賠償請求権を相続した。

イ 被告

すべて否認する。前記のとおり,本件事故は,亡D自身の過失によって発生したものであり,被告が賠償しなければならない損害はない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  総論

亡Dは,平成11年4月に鳥取大学大学院に入学したものであり,本件事故当時,亡Dと被告とは法律上在学関係にあって,亡Dは,これに基づき,鳥大病院において診療行為等に従事していたところ,原告らは,亡Dが演習の名目で勤務していたと主張するのに対し,被告は,亡Dはまさに演習を行っていたものであると主張しており,亡Dが行っていた診療行為等が亡Dと被告との間において法的にどのような性質のものなのかは争いがある。

ところで,安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別の社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負うところの,相手方の生命,身体,健康等を危険から保護するよう配慮する義務である。そして,亡Dは,被告と在学関係にあり,かつ,現実に被告設置の鳥大病院において診療行為等に従事していたものであるから,亡Dと被告との間に,安全配慮義務発生の基礎となる法律関係及び特別の社会的接触の関係があったことは明らかであり,被告の安全配慮義務の有無を検討する上で,亡Dが行っていた診療行為等の法的性質を論じる必要はない。本件においては,亡Dが従事していた業務(ここでは,その法的性質を問わず,人が継続的,反復的に従事する行為をいう語として用い,また,被告の指揮監督又は指導の及ぶ業務であったか否かも問わないで用いる。)の内容,業務に従事した時間,被告の亡Dに対する指揮監督又は指導の実態等を検討し,具体的な安全配慮義務の内容を確定することが重要である。このことは,Aの不法行為上の注意義務の有無を検討する場合であっても同様である。

そして,原告らは,被告又はAの具体的な義務の内容として,前記第2の4(1)ア(ウ)(第2段落)の①,②のとおりの義務を主張し,その義務違反の結果,亡Dが,極度の過労状態に陥り,その状態のままアルバイト先へ向かう途中,自動車を運転して本件事故を惹起し,死亡するに至ったと主張するので,以下,亡Dの業務内容や業務従事時間を踏まえて,亡Dが本件事故当時過労状態にあったか否かを検討し,さらに,本件事故の原因,被告又はAが負う安全配慮義務又は不法行為上の注意義務の具体的内容,その違反の有無について順次検討することとする。

(2)  亡Dが本件事故当時過労状態にあったか否かについて

ア 業務内容

亡Dは,鳥大病院第二外科において,手術の執刀又は助手,術前管理及び術後管理の補助,平日の午前中の定時回診,外来補助,心臓カテーテル等の検査,抄読会への参加(発表者,司会役を含む。),当直等の業務を行っていたことが認められる(<証拠・人証省略>,弁論の全趣旨)。亡Dが上記各業務を行っていたことは,鳥大病院の保管する記録に残されていたり,鳥大病院のスケジュールとして組み込まれていたりしたことによって,ある程度裏付けられている。

そこで,さらに上記各業務に加えて亡Dが行っていた業務の有無,内容について検討するに,本件事故当時の鳥大病院第二外科においては,多くの勤務医及び大学院生らは,上記各業務を行わない時間には,定時回診に加えての適宜の回診,検査結果の見直し,カンファレンスのための資料収集等を行っていたことが認められる(<人証省略>)。そして,亡Dは,臨床医としての就職を控えており,また,外科専門医の資格を取得するために,臨床経験を多く積むことを必要とする状況にあり,自ら強く希望して第二外科での診療等を行っていたものであって,上司に当たる医局長のAも,亡Dを熱意のある医師であると認識していたこと(<人証省略>),亡Dは実際にも本件事故直前ころには7人の入院患者の主治医又は担当医を務めており,受持入院患者数は他の大学院生に比べて多かったこと(<人証省略>,弁論の全趣旨)からすると,亡Dもまた,多くの勤務医や大学院生らと少なくとも同程度に,適宜の回診,検査結果の見直し,カンファレンスのための資料収集等を行っていたものと推認される。

イ 業務従事時間について

(ア) 亡Dの業務従事時間に関する事実等のうち,平日の業務開始時刻,午後9時以降の電子カルテへのアクセスがある平日及び当直を行う平日の業務終了時刻,当直の開始及び終了の時刻,休日のうち電子カルテへの最初のアクセス開始時刻から最後のアクセス開始時刻までの間が1時間に満たない日に1時間の業務に従事したと推定すること,少なくとも原告らが自認する1時間の休憩時間を業務従事時間から控除することについては,当事者間において基本的に争いがなく,主に問題となるのは,file_6.jpg午後9時以降の電子カルテへのアクセスのない平日及び当直のない平日の業務終了時刻,file_7.jpg業務開始時刻から業務終了時刻(鳥大病院の当直の日については,当直開始時刻)まで継続して業務に従事したか,file_8.jpg手術の際の業務従事時間,file_9.jpg鳥大病院及び外部病院で当直をした時間のすべてを業務従事時間に含めるか否か(これは当直の負担がどの程度のものであったかにつき争いがあるため,相違が生じている。)であるので,以下,これらの点について検討する。

(イ) 上記file_10.jpgの業務終了時刻について

鳥大病院の研修医として平成14年4月から同年9月まで及び平成16年1月から同年3月までの間,第二外科で診療行為等を行っていた証人Bは,当時の鳥大病院第二外科において,平日の午後9時ころまでに帰宅する大学院生らはほとんどおらず,午後12時以降まで業務を行っていた大学院生らもいた旨証言している。また,医局長である証人Aも,亡Dは,第二外科にいた当時,大学院生らの中でかなり遅くまで残っている方であり,午後10時か11時くらいまでは病院又は基礎棟でいろいろなことをしていたと認識している旨証言している。これらの証拠によると,亡Dの通常の平日の業務終了時刻を午後9時と推定する原告の主張は,控え目なものであるということができ,上記file_11.jpgの業務終了時刻については午後9時までとして亡Dの業務従事時間を算定するのが相当である。

(ウ) 上記file_12.jpgの業務の継続性について

a 亡Dは,前記アのとおり,鳥大病院第二外科において多種多様な業務を行っており,しかも,亡Dが受け持っていた入院患者数は平均的な大学院生に比して多かったことからすると,平日の業務に関する限り,亡Dが電子カルテにアクセスした前後の細切れの時間のみ現実に業務を行っていたとは考えにくい。したがって,亡Dは,業務開始時刻から業務終了時刻まで,原告らが自認する1時間の休憩時間を除き,継続して業務に従事していたと考えるのが合理的である。

これに対し,被告は,亡Dが仮眠を取ったり帰宅したりしていた可能性を指摘する主張をする。しかしながら,多数の職員が勤務する鳥大病院において,ある程度の回数にわたって仮眠を取ったり帰宅したりしていたのであれば,そのようなことは職員らも気付くのが自然であると考えられるところ,亡Dは本件事故前約5か月にわたり第二外科で診療行為等に従事していたのに,亡Dが実際に仮眠を取ったり帰宅したりしていたことをうかがわせる証拠は全く提出されていない。また,第二外科では,亡Dが業務に従事していた当時から,患者数に比して医師が不足していることが問題視されていたのであり(<証拠・人証省略>),そのような状況で,医局長からも熱意のある医師と認識されていた亡Dが,業務の途中で度々仮眠や帰宅をしつつ,夜遅くまで病院に残っていたということも考えにくい。

そうすると,亡Dは,平日については,業務開始時刻から業務終了時刻までの間,継続して業務に従事していたと認めるのが相当である。

b 他方,休日については,亡Dはもとより,他の大学院生らが鳥大病院第二外科において,どのような業務に従事していたかについては証拠上明らかでない。そして,前提事実のとおり,鳥大病院の所在地と亡Dの住居地とが比較的近接していることからすれば,亡Dが自宅から鳥大病院に赴いて比較的短時間の業務を行ってから一旦帰宅し,その後再度鳥大病院に赴いて若干の業務を行うということも考えられるところである。そうすると,電子カルテへのアクセスが繰り返し認められる2月11日午前7時22分から午前10時36分までの間,1月19日午前9時4分から午後0時37分までの間については,亡Dが継続して業務を行っていたと推定するのが相当であるが,2月16日午前9時36分から午後5時4分までの間,1月19日の午後0時37分から午後8時41分までの間,同月12日午後1時2分から午後9時54分までの間,同月3日午前10時7分から午後8時41分までの間,12月30日午前10時5分から午後9時11分までの間については,この間継続して業務に従事したと推定するだけの根拠を認め難く,これらについては,別表3「業務開始」「業務終了」欄3段目及び4段目記載のとおり(ただし,ここで記載した業務開始時刻及び業務終了時刻は便宜上のものである。),電子カルテへの各アクセスの前後各1時間に限り,業務従事時間と認めるのが相当である。

(エ) 上記file_13.jpgの手術の際の業務従事時間について

証拠(<人証省略>)によると,鳥大病院第二外科の手術においては,参加する医師は,手術記録上の手術時間のみならず,麻酔時間についても終始患者の傍に立ち会って拘束されており,その前後についても術前術後の管理の補助等を行っていたことが認められるから,手術の際の業務従事時間については,原告らが主張するとおり,手術時間のみでなく少なくとも麻酔時間を算入するのが相当である。

(オ) 上記file_14.jpgの当直の場合の業務従事時間について

証拠(<証拠・人証省略>)によると,平成14年ないし平成16年ころの鳥大病院における当直は,勤務医1名と大学院生ら1名の計2名で担当することとなっていたこと,研修医であったBが当直を担当したときには,看護師から,患者に対する点滴や診察を求められたり,患者の状態の報告を受け相談や指示を求められたりすることがしばしばあり,このように比較的軽微な業務の場合,Bは,仮眠室にいる勤務医を起こすことなく,単独で対応していたこと,鳥大病院の当直日誌には,手術のあった症例,重症の症例,麻薬を使った患者については記載を行うが,上記のような比較的軽微な患者対応については記載していなかったこと,そのため,Bの記憶によると,鳥大病院の当直においては,継続して2時間の仮眠が取れればよい方であり,1時間程度の細切れの時間を合わせても合計睡眠時間はせいぜい3時間程度にとどまったこと,Bは,d病院やe病院においても,当直を行っていたが,上記両病院での当直の負担の程度は,同人にとって鳥大病院における当直に比して軽いものではなかったこと,なお,Bは,f病院で当直をした経験はないことが認められる。

そして,亡Dが鳥大病院,d病院及びe病院において行っていた当直の実態が,上記で認定したBの上記各病院における当直と大きく異なったものであったことをうかがわせる証拠はないこと,亡Dは,知人に対し,平成14年10月14日に送信したメールで「土日は当直でした。月曜は半日時間ができました。もちろん寝てました。明日も当直です。今度の土日も当直です。研修医の頃よりきついのは気のせいか・・」と,同月30日に送信したメールで「昨日は大学当直でした。あまり寝られませんでした」と,当直で寝られないことや当直の辛さを訴えていたこと(<証拠省略>)にかんがみると,上記各病院における亡Dの当直業務の実態はBと同様のものであったと認定するのが相当である。

これに対し,被告は,鳥大病院の当直について,入院患者の急変や外来患者の受診があった2日間以外の日は,亡Dは十分な睡眠が取れたと主張し,証人Aも,A自身は睡眠は十分に取れていたと証言する。しかしながら,上記認定事実によると,鳥大病院の当直においては,大学院生らと勤務医とでは,実際に起こされる回数や現実に行う業務が異なる実態にあったというべきであるから,このような当直の実態を踏まえない上記被告の主張及び証人Aの証言は採用することができない。

そこで,鳥大病院,d病院及びe病院の当直の業務従事時間は,仮眠時間が平均3時間であったと推定し,食事等に要すると考えられる休憩時間を1時間(勤務が午前からであり,昼の1時間の休憩時間をとったと考えられる日については,更に1時間)と推定し,これらを控除した全時間を業務従事時間とする。

次に,f病院の当直については,亡Dの当直時間中の診察患者の来院は,12月20日にはなく,12月21日には午前5時58分から午後4時50分までの間に12件あり,12月22日には午前8時50分から午後0時55分までの間に13件あったことが認められるが(<証拠省略>),患者の来院がなかった時間帯の当直実態は不明である。そこで,最初の患者来院時刻から最後の患者来院時刻までのおおよその時間を業務従事時間に算入するのが相当であると認め,12月21日については10時間(1時間の休憩時間を控除),12月22日については4時間を,それぞれ業務従事時間に算入し,患者の来院がなかった日及び夜間帯は,業務従事時間に算入しないこととする。

(カ) 以上によれば,亡Dの業務従事時間は,別表3「業務従事時間」欄記載のとおりとなる。

ウ 業務負担及び疲労の程度について

本件事故前12週間に,亡Dが労働者の法定労働時間に相当する時間を超えて業務に従事した時間は,別表3「1週間当たり時間外業務従事時間」欄記載のとおりであり,1週間平均で40時間を超えており非常に長時間に及んでいる上,本件事故前の3か月間で,完全に休みであったのは2月9日,12月23日及び同月8日の3日間のみであったこと,亡Dは,ほぼ毎週一,二回翌日に及ぶ当直業務に従事しており,当直明けである平日については通常どおり鳥大病院で勤務していたことなどにかんがみると,亡Dの業務が従事時間を始めとする量的な面において過重なものであったことは明らかである。

他方,業務の質については,鳥大病院の組織内で,亡Dを含む大学院生らが,勤務医に比して,その責任において重い負担を担っていたとは考えにくいものの,医師としての医療業務そのものが,患者の生命,身体に直結する業務であり,誤診や誤施術が許されず,業務の遂行に緊張が伴い精神的負荷がかかること自体は,基本的に大学院生らも勤務医と変わるものではないこと,とりわけ鳥大病院には,前提事実(3)のとおり,高度の医療技術を要する患者が集まる傾向にあり,診療等を行う医師の精神的負荷は高かったと考えられること,大学院生らは,一般的に勤務医に比して経験等に劣り,経験豊富な医師であればさほどの緊張を要しない医療行為であっても,精神的,肉体的負荷がかかり得ること,前記イ(エ)で認定した鳥大病院における当直においては,大学院生らの負担は,少なくとも肉体的部分において勤務医よりもかなり重いものであったというべきことからすると,亡Dが行っていた業務の内容が,質的に軽微なものであったということはできず,一般の社会人が従事する業務に比して責任と緊張の強いものであったことは明らかである。

そして,亡Dは,上記のように過重な業務に継続して従事してきたことにより,疲労が相当蓄積した状態にあったところ,本件事故前1週間においては,3月2日午前0時40分から午前7時25分まで手術業務に従事した後,同日から翌3日にかけて,d病院において当直業務に従事し,引き続き,同月4日午前0時19分までの間,鳥大病院で通常業務に従事し,同月5日から翌6日にかけて,鳥大病院において当直業務に従事し,さらに同月7日から翌8日にかけて,鳥大病院において2件の手術に参加していたものであって,亡Dは,極めて連続して業務に従事していた上,同日に徹夜の手術に参加した後仮眠を取ることもなく,e病院に向かうため自動車の運転を開始したものであって,亡Dは,本件事故直前,極度に睡眠が不足し,過労状態にあったと認められる。

(3)  本件事故の原因について

前提事実(5)のとおり,本件事故の現場は,見通しのよい直線道路であり,路面は平たんなアスファルト舗装で,乾燥していたのであって,通常の心身の状態であれば,対向車線にはみ出したまま進行するというような運転操作をすることは考え難い状況であったということができる。ところが,亡Dは,運転していた自動車を対向車線に徐々にはみ出させ,そのまま約30mにわたり進路を変更することなく進行して対向車と正面衝突したものであり,かつ,亡D運転の自動車によるタイヤ痕も印象されていなかったのであるから,亡Dは,本件事故直前,左右への回避措置や制動措置にを全く取ろうとしなかったか又はできなかったものと認められる。

したがって,亡Dは,本件事故直前,何らかの理由により,前方に迫った対向車と衝突する危険を認識しなかったか又は運転していた自動車の操作をなし得ない状態に陥っていたものと推認される。そして,その原因については,自然科学的には,亡Dに脳血管疾患又は心臓疾患の突然の発症や亡D運転車両の物理的操作不能による可能性も考えられなくはないが,これらをうかがわせる証拠は全くないこと,亡Dは,上記(2)ウのとおり,本件事故当時,極度に睡眠が不足し,過労状態にあったことからすると,本件事故は,亡Dが極度の睡眠不足及び過労のため居眠り状態に陥ったことが原因で発生したと認めるのが相当である。

(4)  安全配慮義務違反又は不法行為責任の有無について

ア 上記(2)で検討したところによると,亡Dは,鳥大病院第二外科において,主治医又は担当医として入院患者を受け持ち,手術の執刀又は助手,術前管理及び術後管理の補助,平日の午前中の定時回診及びこれに加えた適宜の回診,外来捕助,心臓カテーテル等の検査,抄読会への参加,検査結果の見直し,カンファレンスのための資料収集等を行っていたほか,鳥大病院での当直,外部病院でのアルバイトとしての当直を行い,その業務内容は,勤務医と大きく変わるものではなく,業務に従事した時間も非常に長時間に及び,業務の性質も緊張が伴う精神的負荷の高いものであったと認められる。このことは,鳥大病院において亡Dを医療業務に従事させていた被告において容易に認識し得る事実であり,実際にも,亡Dの指導に当たる第二外科の医局長であったAは,亡Dが鳥大病院に夜遅くまで残っていることを認識し(<証拠・人証省略>),また,外部病院でのアルバイトの割当てを行っていたものであるから,亡Dが従事する業務内容及び時間について,概ね把握していたと考えられる。

そして,上記のような分量,性質の業務を継続して行った場合,亡Dが,いずれ極度の疲労状態に陥り,心身に異常を来したり,又は過労状態や極度の睡眠不足が原困で本件事故を発生させたりすることが起こり得ることは,業務に従事させていた被告において,十分予測することが可能であったということができる。そうすると,被告は,亡Dの指導官を通じて,亡Dが極度の過労状態に陥ることを予見し,亡Dの鳥大病院や外部病院における業務の軽減を図るなどの適切な措置を講じるなどにより,亡Dが極度の疲労状態,睡眠不足に陥ることを回避すべきことを具体的な安全配慮義務として負っていたというべきである。しかるに,被告は,上記適切な措置を講じることなく漫然と放置し,亡Dを相当の長期間にわたり継続して過重な業務に従事させ,とりわけ本件事故の直前1週間には極度の睡眠不足を招来するような態様で業務に従事させて,亡Dを過労状態に陥らせ,さらに本件事故の前日である3月7日から8日にかけては,緊急手術及び学会の研究会の開催による人手不足という事情があったにせよ,e病院でのアルバイト当直が予定されていた亡Dを徹夜の手術に従事させたものであって,被告には上記安全配慮義務に対する違反があったと認められる。そして,本件事故は,上記(3)のとおり,鳥大病院又は外部病院での過重な業務による極度の睡眠不足又は過労のため居眠り状態に陥ったことであるが原因で発生したと認められるから,被告の安全配慮義務違反と本件事故との間の因果関係も認められる。

イ これに対し,被告は,①亡Dは鳥大病院で自由意思によって医療研修に参加したものであって,何時でも自由に辞められたから被告の指揮監督下にはなかった,②外部病院でのアルバイト当直は,本人の希望によるものであり,鳥大病院の指揮監督が及ぶものではない,③鳥大病院では,アルバイト先へ向かう際に公共交通機関を利用すること等を指導していたにもかかわらず,亡Dは自家用車を運転して本件事故を惹起したものであるとして,安全配慮義務違反又は本件事故との因果関係を争う主張をする。

しかしながら,上記①の点については,前記のとおり,亡Dは,入院患者を受け持ち,鳥大病院における多様な医療業務に従事していたものであって,その業務内容は,法的性質についてはともかく,実態において勤務医に近いものであり,亡Dの自由意思で業務を辞めることができたとはいえず,被告の指揮監督又は指導が及んでいたことは明らかであって,同主張を採用することはできない。

また,上記②の点については,外部病院でのアルバイト当直自体は,外部病院と医師との雇用契約に基づいてなされるものであり,被告の指揮監督又は指導が及ぶとまではいえないとしても,外部病院でのアルバイトは,鳥大病院第二外科の医局長が取りまとめ,勤務医及び大学院生らに割当てをしており,アルバイト先及び日時は鳥大病院の「業務・出張予定」(<証拠省略>)に記載されていたこと,鳥大病院は,地域医療の基幹病院であり,外部病院に対し,休日や夜間に当直を行う医師を供給することは,鳥大病院に期待される役割であったというべきこと,鳥大病院から給与の支給を受けない大学院生にとって,親からの仕送り等がない限り,外部病院でアルバイトをすることは生活上必要なことであり,医局長もそのことを十分に承知して大学院生に対し勤務医より多くのアルバイト当直を割り当てていたこと(証人A)等にかんがみれば,外部病院でのアルバイトに被告の指揮監督又は指導が及ぶか否かを問わず,被告において,大学院生らが現実に従事している外部病院でのアルバイト当直の時間及び内容を把握し,それを考慮に入れた上で,大学院生らが過労状態に陥らないよう適切な措置を講ずべきことは当然であって,被告の上記②の主張も採用することができない。

上記③の点については,確かに,鳥大病院第二外科の医局において,外部病院にアルバイトに向かう際にはなるべく自家用車を使わないようにとか,疲労時や降雪時には公共交通機関やタクシーを使用するようにとかの話がされていたことは認められる(<人証省略>)。しかしながら,JR米子駅と倉吉駅間の列車の本数は1時間に2本程度であって(<証拠省略>),利便性の点で自家用車は公共交通機関を明らかに上回ること,外部病院に行った際も,鳥大病院からの緊急の呼出しがされることもあり得ること(<人証省略>),実際にも,医局長であったAや研修医であったBは,アルバイト先に自家用車で移動していたほか(<人証省略>),当時の副医局長も山陰地方では車での移動がある程度不可欠であるとの認識を示していること(<証拠省略>)に照らすと,上記で認定したような話が医局内であったからといって,勤務医や大学院生らが,外部病院へアルバイトに赴く際に,疲労時であっても自家用車を使用することは容易に予想されたというべきであり,少なくとも本件事故の直前に亡Dがe病院に向かうに際し鳥大病院側から公共交通機関を使用するよう強く指導したことがうかがわれない本件において,被告の安全配慮義務違反と本件事故との間の因果関係を否定することはできない。なお,鳥大病院第二外科では,眠くなったときは当直開始時間に遅れても途中で休んでよいなどの話もされていたが(<人証省略>),責任感の強い医師であれば,遅刻を覚悟の上で休憩を取ることも容易ではないと考えられ,このような話があったことも因果関係を否定する理由にはならない。

ウ 以上によると,被告の亡Dに対する安全配慮義務違反及び本件事故との因果関係を認めることができるから,被告は亡Dに発生した損害を賠償する責任を負う。

しかし,安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別の社会的接触の関係に入った当事者間において発生するものであり,これが肯定される場合でも,その履行補助者に,当然に同様の不法行為法上の注意義務が発生するものではない。そして,Aは,医局長として,大学院生である亡Dの指導に当たる立場にあったとはいうものの,亡Dは,医師免許取得から5年以上を経た勤務医の経験もある当時33歳の医師であり,鳥大病院での業務や外部病院でのアルバイトは亡Dの意思に基づいて行われていたこと,Aは,亡Dが月額60万円ほどのアルバイトを希望していたのに対し,平均的な大学院生と同様の30万円程度のアルバイトの割当てにとどめ,亡Dのアルバイト量について一応の配慮をしていたと認められること(<人証省略>)を考慮すると,Aに不法行為法上の注意義務違反(過失)を認めることはできず,これを前提とする被告の不法行為法上の責任も認められない。

2  争点(2)について

(1)  逸失利益 1億0263万円

亡Dは,死亡の翌月である平成15年4月から鳥取県立c病院で医師として勤務することとなっていたのであり,死亡時の33歳から67歳までの34年間を通じて,平成15年度賃金センサス第3巻第4表男性医師の平均年収である1267万6900円の収入を得られる蓋然性があったと認められる。そして,生活費控除率を50パーセントとし,就業可能年数34年に相当するライプニッツ係数16.193を用いて中間利息を控除すると,亡Dの逸失利益は,次の計算式により,原告らの主張するとおり1億0263万円となる。

(計算式)

12,676,900×(1-0.5)×16.193≒102,630,000(1万円未満は切捨て)

(2)  死亡慰謝料 2000万円

亡Dと被告との関係,被告の安全配慮義務違反の内容及び程度,後記(5)のとおり,本件事故の発生については亡Dにも帰責性が認められること,亡Dの家族関係その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,亡Dの死亡慰謝料は2000万円と認めるのが相当である。

(3)  葬祭料 150万円

葬祭料については,150万円をもって,被告の安全配慮義務違反と相当因果関係のある損害と認める。

(4)  小計 1億2413万円

(5)  過失相殺 -7447万8000円

一般に心身の状態は当人が最も良く把握することができ,特に医師である亡Dは,一般人に比してより正確に自己の心身の状態を把握し得たと考えられるところ,亡Dは,本件事故当日,極度の過労状態,睡眠不足にあり,その状態で自動車を運転することの危険性を認識し得たということができる。そして,本件事故当日,JRでは,午前6時25分米子駅発で午前7時56分倉吉駅着の普通列車,午前6時54分米子駅発で午前7時34分倉吉駅着の特急列車が運行されており(<証拠省略>),亡Dが同日の緊急手術を終えた後,公共交通機関を利用して当直開始時刻までにe病院に赴くことは可能であり,徹夜明けとなる本件事故当日だけでも自家用車以外の交通手段を選択する余地は十分にあった。ところが,亡Dは,自らの判断で自動車を運転してe病院に赴いたものであり,このことは本件事故の直接的原因となっている。

また,亡Dは,数か月にわたる大学院生としての業務従事の経験から,鳥大病院における業務に加えて,どの程度のアルバイト当直業務に従事することにより,自己がどの程度の疲労状態となるかを,ある程度予測することが可能であったと考えられるところ,亡Dは,自らの希望により報酬月額30万円に相当するアルバイト当直を続けていたものであり,むしろ医局長であったAは,亡Dの希望よりアルバイトの割当てを抑えていたものであって,亡D自身のアルバイト当直希望も亡Dの疲弊を増大させたということができる。

そうすると,本件事故の発生については,被告の安全配慮義務違反のみならず,亡Dの過失もまた原因となったことを否定することはできないところ,双方の義務違反又は過失の内容にかんがみ,過失割合については,亡D6割,被告4割と認めるのが相当である。

したがって,過失相殺により上記(4)の損害小計額の6割を控除すると4965万2000円となる。

(6)  損益相殺 -3146万3000円

前提事実(7)の遺族一時金3146万3000円を,上記(5)の過失相殺後の損害額から控除すると,残額は1818万9000円となる。

(7)  弁護士費用 182万円

上記損益相殺後の未填補損害額,本件訴訟の経過その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,弁護士費用としての損害は182万円をもって相当と認める。

(8)  損害合計 2000万9000円

上記のとおり,損害合計額は2000万9000円になるところ,亡Dの法定相続人(法定相続分各2分の1)である原告らが被告に対し賠償を求め得る金額は,それぞれ1000万4500円となる。

なお,安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務は,期限の定めのない債務であるから,遅延損害金の起算日は,被告に対する訴状送達の日の翌日である平成18年6月1日となる。

第4結論

よって,原告らの請求は,被告に対しそれぞれ主文1項記載の各金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。なお,仮執行免脱宣言については,相当でないので,これを付さないこととする。

(裁判長裁判官 朝日貴浩 裁判官 遠藤浩太郎 裁判官 炭村啓)

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