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鳥取地方裁判所 平成2年(ワ)132号 判決 1997年10月21日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求の趣旨

被告は、洪水の逆流又は高潮による海水の流入を防止する目的による閉鎖を除き、別紙図面記載の湖山水門を開放し、同記載の湖山川下流から湖山池へ海水が流入することを妨げてはならない。

第二  事案の概要と争点

一  本件は、湖山川(湖山池を含む)において共同漁業権を有する漁業協同組合の組合員である原告らが、被告の違法な湖山水門の管理によって漁業権の侵害を受けていると主張し、右漁業権に基づく妨害排除・妨害予防請求として、請求の趣旨記載のとおり水門管理の是正を求めた事案である。

二  前提事実(争いがない事実のほか、文中掲記の証拠による。)

1 鳥取市湖山町等先に所在する湖山池は、湖山川の一部が周囲約一六キロメートルの汽水湖となったものであり、流下する湖山川は、もともと千代川に通じていたが、昭和五八年一月に完成した千代川河口の付替工事に伴って、河道が千代川から切り離され、直接日本海に通ずることとなった。

湖山池(同池を含む湖山川に漁業権が設定されているが、以下、同権利の設定・行使の関係では対象地を「湖山池」と表示する。)には昭和五八年から、湖山池漁業協同組合のために共同漁業権が設定登録されており(平成五年九月に更新)、原告らはいずれも同漁協の組合員として湖山池において漁業に従事している(すなわち原告らは同漁協に帰属する共同漁業権の範囲内で、同組合員として漁業権を行使し得るものであり、以下、右の意味で「原告らの漁業権」という。)。

被告(建設大臣が所管)は、一級河川の湖山川を管理する地位にあるが、建設大臣は、右管理事務を鳥取県知事に機関委任している(河川法九条、同法施行令二条)。

2 湖山池の水は、以前から農業用水としても利用されてきたため、水門操作により海水の流入を制御し塩分濃度が調節されてきた。湖山水門(以下「本件水門」という。)は、昭和三八年に被告が、洪水の逆流又は高潮その他海水の流入を防止するため、湖山川の海側河口から約五〇〇メートルの地点に設置したものである。本件水門は、前記のとおり鳥取県知事の管理するところとなったが、同知事は、右管理を鳥取市長に委託し(河川法九九条)、さらに同市長は昭和四一年五月、「湖山水門維持並びに操作に関する協定書」と題する書面により、同管理を湖山川扉門組合(以下単に「扉門組合」という。)に再委託して現在に至っている。

扉門組合は、本件水門を管理するため、湖山池周辺の農地耕作者を主たる構成員として設立されたいわゆる権利能力なき社団であり、定款において、本件水門管理の目的を「湖山池を水源とする湖山池周辺の農地に対する塩害及び水害を防止するため、湖山川に設置された逆流防止扉門を管理し、関係地域の環境の保全と水質の浄化を促し、農水産業の経営の安定を図る」こととしている。

3 扉門組合は、従前、鳥取県知事の定めた「湖山水門ゲート操作規程」等に従って湖山水門を管理してきたが、平常時の水門の操作につき、秋の彼岸(九月下旬)から春の八十八夜ころ(五月上旬)までの期間、水門を開放して海水を流入させるという慣行を尊重した操作が行われていた。ところが、前記河口の付替えにより千代川の淡水による希釈作用がなくなったため、湖山池の塩分濃度が上昇する結果を招き農業用水としての使用に支障が生ずるようになった。右経過から、昭和五九年以降、水門の閉鎖がより長期間に及ぶ管理方針がとられるようになって海水の流入が少なくなり、従前と比較すると湖山池の塩分濃度が低下して淡水化が進行した。

三  争点

1 原告らの漁業権に対する侵害の有無

(原告らの主張の要旨)

昭和五九年以降、本件水門の閉鎖がより長期間に及ぶ管理方針がとられるようになったことが原因で、湖山池の塩分濃度が低下して淡水化するとともに、その水質が悪化した。そのため原告らの漁獲量が激減し、原告らの漁業権が侵害を受けている。

(被告の主張の要旨)

原告らの漁獲量がその主張のように減少しているとは必ずしもいえず、仮に減少しているとしても、その原因は本件水門の管理とは無関係である。

2 被告による本件水門の管理についての違法性の有無

(原告らの主張の要旨)

被告は、河川法一四条、同法施行令八条四号により適正な「操作規則」を定めて本件水門を管理する義務があるのに、これを怠っているものであり、被告の水門管理には違法がある。仮に、被告が右「操作規則」制定の必要性を認めなかったとしても、本件で行われている扉門組合による管理は、実質的に漁業者の犠牲の下に農業者の利益を図るという瑕疵を有しているから、被告としてはかかる瑕疵を是正すべき義務がある。したがって、これを怠っている点でも、被告の水門管理にはやはり違法がある。

(被告の主張の要旨)

本件水門の管理は、河川管理の一環として基本的に行政庁(鳥取県知事)の裁量に属するものであり、水門操作による塩分濃度の調整は、科学的専門知識等を前提に、利害関係を有する地元の農業者、漁業者双方の意見を踏まえた政策的判断に基づくものである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 まず、《証拠略》によれば、原告らが主張するように、昭和五九年以降、湖山池における漁獲量が大幅に減少したことは明らかといえる。そして、《証拠略》を総合すると、なるほど右漁獲量減少の背景には湖山池周辺の人口増加や生活廃水等の流入といった地域環境上の要因による湖山池の水質悪化といった事情のあることが認められるものの、他方、前記のとおり本件水門の閉鎖がより長期間に及ぶ管理方針がとられるようになったことが原因で、水の滞留時間が増加して水質が悪化するとともに、海産魚の遡上が妨げられ、あるいは塩分濃度が低下して淡水化し、これらが総合して原告らの漁獲量に影響を与えたこともまた明らかといえる。この点、被告は、本件水門を常時開放状態にしても、水の滞留時間が長いため水質浄化につながらないと主張する。しかし、そもそも同主張が依拠する文献では、湖山池の水の平均滞留時間を算出した根拠が明らかでないし、仮にこれが被告主張のとおり認められるとしても、右文献でも指摘されているとおり、水の滞留時間は、湖水の部分によって著しく異なるものであることからすると、そうした滞留時間の平均値を問題とすることにどれだけの意味があるか疑わしいといわざるを得ない。

したがって、昭和五九年以降の本件水門の管理の変更によって原告らの漁業権が一定の侵害を受けていること自体は肯認できるというべきである。

二  争点2について

1 そもそも河川法一四条一項、同法施行令八条四号は、「河川管理施設」としての水門のうち「特に重要なもの」に限定して河川管理者が「操作規則」を定めなければならないとする規定であり、いかなる水門がこれに該当するかは一義的に明らかでない。そして、《証拠略》によれば、かかる該当性の基準については通達によって統一的に処理されているところ、本件水門の場合にはかかる基準に該当しないことが認められる。

したがって、本件水門につき右法規所定の「操作規則」がないことが違法であるとする原告らの主張は理由がない。なお、本件水門の管理につき国から委任を受けた鳥取県知事が「操作規則」に準じた規程(前記「湖山水門ゲート操作規程」のほか、後記「湖山水門操作規程」及び「湖山水門操作細則」)を定めているわけであるが、これらは厳密には河川法一四条一項にいう「操作規則」には当たらない。

2 さらに原告らは、前記のとおり、扉門組合による水門管理の瑕疵を前提とした主張をするところであるので、それについて検討する。

そもそも河川法にいう河川管理の目的は、洪水、高潮等による災害の発生の防止といった公共の安全保持の面のみに限らず、被告の主張する利水や塩害の防止といったことも当然に含み得るものとして、広く公共の福祉を増進することにあると解される(河川法一条)。右観点からすると、河川管理については行政庁による総合的政策的判断を基礎とせざるを得ないのであって(同法二条)、その意味で行政庁の裁量権の及ぶ範囲は広いといわなければならない。したがって、行政庁の右裁量権の行使が違法と認められるのは、その手続面も含めて、裁量権の行使に明白な逸脱ないし濫用がある場合に限られるべきである。

ところで、本件水門管理は前記のとおり国が機関委任事務として鳥取県知事に委任して行っているわけであるが、争いのない事実に《証拠略》を総合すると、本件水門管理に係るこれまでの経緯としておよそ以下のとおり認められる。

湖山池周辺では、従来から約一〇〇〇人の農業従事者により同池を水源として、水稲、葉たばこ、ぶどう等が栽培されているが、これら農作物は、かんがい用水の塩分濃度が一定程度高くなると塩害を受け易い性質がある。

本件水門については、従前、前記のとおり慣行に基づいた水門操作が行われていたため、湖山池の塩分濃度は、かんがい期で一〇〇ないし八〇〇PPM、非かんがい期で二〇〇ないし一三〇〇PPMであった。その後、前記治水工事の関係で塩分濃度が一〇〇〇PPMを超え、農業用水としての使用に支障が生じるようになったことから、鳥取県知事は昭和五八年六月、湖山池周辺の農業関係者や漁業関係者のほか、学識経験者らを構成員とする「湖山池塩水化問題検討協議会」を発足させて検討した結果、昭和五九年三月、応急対策について一応の合意ができ、これを受けて扉門組合が海水の流入を制限する水門の操作を行ったことにより、湖山池の塩分濃度は通年二〇〇PPMを下回る状況となった。

ところが、かかる状況に対して、漁業関係者から淡水化により漁業に支障を生じるので、従前のように塩分濃度を季節的に変化させるべきであるとの申入れがなされ、そのため、鳥取県知事は、湖山池の塩分濃度について地元各関係組織との調整を図ることを目的として、昭和六三年六月、農業関係者や漁業関係者のほか学識経験者らを構成員とする「湖山池塩分対策協議会」を発足させ、当面の目標塩分濃度の設定等につき協議を進めた。その結果、平成元年三月、農業関係者と漁業関係者双方の妥協により、目標塩分濃度につき、非かんがい期である一一月末には三三〇PPM、かんがい期となる春先には一五〇PPMと設定する内容の報告書がまとめられ、これが知事に提言された。そこで、知事は同年一二月、右提言内容に沿う形で、「湖山水門操作規程」及び「湖山水門操作細則」を制定し、以後これに基づいて扉門組合による本件水門の管理が行われている。ただし、漁業関係者からはその後もなお、目標塩分濃度について見直しを求める声が強く、農業関係者、漁業関係者双方の対立が続いている状況にある。

以上を前提とすると、本件水門管理については、農業者と漁業者の利害が根本的に対立する状況にあって、しかも早急に別途農業用水を確保する方策も現実的でない状況の下で、河川管理の掌にあたる鳥取県知事として、やむなく調整的見地から、湖山池への海水の流入をある程度制限するという目的で、扉門組合等を介し水門操作を行っているものであって、原告らが主張するように、漁業権者に比して農業者の利益に偏し、汽水湖をあえて淡水化する目的で本件水門を管理しているとするのは、皮相的な見方というべきである。

そうすると、かかる知事の判断につき明白な裁量権の逸脱ないし濫用があるものとは認められないから、本件水門管理の瑕疵をいう原告らの主張についてもまた理由がないといわなければならない。

この点、原告らは、汽水湖を対象として原告らの漁業権が確立されて以後に、湖山池周辺で農業が盛んになったのであるから、農業者には淡水としての湖山池の水を利用できる水利権はなく、したがって、かかる農業者の利便のために、漁業権者の同意を得ないまま湖山池を汽水化して漁業権を侵害することは許されないと主張する。しかし、右主張のような農業進出の経緯を前提としても、河川は公共用物であり流水は私権の目的となることができない(河川法二条)ものであって、その利用利益は、画一固定的ではなく、産業構造の変化や周辺地域の変遷に応じ、最大限、公共の福祉に適合するよう配分されるべきであるから、後続の事業であったとしても、農業従事者に対し一切水利権ないし水利慣行権を認めないとすることはできず、少なくともそうした経緯のみをもって、反射的に原告らの漁業権を侵害する結果を招く本件水門管理方法が直ちに違法の評価を受けるということはできない。

3 もっとも、前記鑑定書は「本件水門操作による水の滞留で汚濁物質の負荷量が格段に増加した今日、水門を閉鎖して湖水の滞留時間を長くすることは水質汚濁防止の上からは大いに疑問である。かかる観点から、水門は緊急時以外は開放しておくのが望ましい。」、「湖山池の農業と漁業は両立せず、行政は、もっと早くから農業用水を別途確保する努力をすべきであった。」と指摘するところであり、専門家のこのような意見をも考慮すれば、今日環境問題が叫ばれる中、湖山池の水質浄化のためには、将来的に農業用水を別途確保しつつ、湖山池に海水を導入する方策を検討する必要性が高いことは明らかであって、被告も右の必要性を認識していることは和解の経過を含む本訴の経過から推知できる。そして現に、被告と鳥取県により、将来的課題としてそうした方向での努力がなされていることも一応はうかがえるわけであり、本件紛争の根本的解決は政治ないし行政の分野に委ねられるべき性質のものである。

右のとおり、原告らが本件で求めるものは、行政庁の裁量の相当性を問題とするものであって、法律上の紛争解決を使命とする裁判所としては、右裁量権の行使が違法の評価を受けるべきか否かの点に判断の焦点が絞られるものである以上、前記のような結論に達せざるを得ない。

三  以上のとおりであって、被告の本件水門の管理に違法があると認めることはできず、原告らの被告に対する請求は理由がないから、原告らの請求を棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 廣田 聰 裁判官 一谷好文 裁判官 山本善平)

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