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鳥取地方裁判所 平成20年(行ウ)4号 判決 2012年7月06日

原告

同訴訟代理人弁護士

高橋敬幸

勝俣彰仁

清水善朗

松岡もと子

山根大輔

同訴訟復代理人弁護士

高橋真一

被告

同代表者法務大臣

A1

同指定代理人

A2 他3名

処分行政庁

鳥取労働基準監督署長 A3

主文

1  鳥取労働基準監督署長が平成18年9月29日付けで原告に対してなした休業期間平成15年9月1日から平成16年11月30日までの労働者災害補償保険法による休業補償給付不支給決定処分を取り消す。

2  鳥取労働基準監督署長が平成18年9月29日付けで原告に対してなした休業期間平成16年12月1日から平成17年8月31日までの労働者災害補償保険法による休業補償給付不支給決定処分を取り消す。

3  鳥取労働基準監督署長が平成18年9月29日付けで原告に対してなした休業期間平成17年9月1日から同月30日までの労働者災害補償保険法による休業補償給付不支給決定処分を取り消す。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

主文同旨

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,生命保険会社であるa生命保険相互会社(以下「a生命」という。)において営業職のマネージャーとして勤務していた原告が,a生命b支社長であったB(以下「B支社長」という。)及びa生命b支社c営業所所長であったC(以下「C所長」という。)の,逆恨みによるいじめ,嫌がらせにより,過重な心理的負荷を受け精神疾患(ストレス性うつ病)を発症し,3期間に亘り休業に追い込まれたとして,処分行政庁に対して労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による休業補償給付を各休業期間について請求したところ,処分行政庁がそれぞれの期間ともに不支給処分を行ったことから,それぞれ不支給処分には,原告の罹患した精神疾患を業務に起因するものではないと誤って判断した違法があるとして,同処分の取消しを求めた事案である。

2  前提事実(証拠等認定の根拠を示さない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  原告の経歴

原告は,昭和29年○月○日生まれ(平成15年2月当時48歳)の女性で,昭和54年にD(以下「D」という。)と婚姻,同年○月に長女,昭和56年○月に二女をもうけた。原告は,その後,昭和60年1月5日付けで,a生命に入社し,b支社c営業所において,営業職として勤務してきた。

(2)  原告の業務状況等

ア a生命は,個人・企業向けの保険商品の販売と保険サービス,財務貸付・有価証券投資を主たる目的とする生命保険会社であり,本社のほか,鳥取市所在のb支社を含め全国に64支社を持ち,支社の下部組織として各営業所を設置している(証拠<省略>)。平成15年当時,b支社の営業所として,米子市内の同じ建物の2階にc営業所,3階にd中央営業所があり,後にc営業所からc1営業所が独立して4階に移った(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

B支社長は,平成13年4月から平成16年9月までの間,a生命のb支社長であり,C所長は,平成13年4月から平成16年3月までの間,c営業所長であった(証拠<省略>)。また,E(以下「E中央所長」という。)は,昭和47年から平成7年4月まではc営業所長を務めた後,平成7年4月から平成15年3月末までd中央営業所の所長を務めた(証拠<省略>)。

イ 原告の所属していたc営業所では,所長と所長代理(副所長)の下に,数名ないし十数名の営業職員による班が構成され,各班には,班長がおり,この班長は社内でマネージャーと呼ばれていた(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。なお,この班は社内で二級機関と位置づけられ,マネージャーは二級機関長という立場にあった(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

ウ 原告は,昭和62年4月,マネージャーに就任した(以下,原告がマネージャーを務めていた班を「原告班」という。証拠<省略>)。

マネージャーは,自ら営業活動をするとともに,班員となる新入職員の募集や,班員の指導,管理,育成に当たり,その給与は,自らの営業成績より,班員の営業成績や人数によって左右され,賞与も,班の営業成績によって大きく左右された(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

平成14年4月当時,c営業所には,原告班の他にF(以下「F」という。)をマネージャーとするF班,G(以下「G」という。)をマネージャーとするG班,HをマネージャーとするH班,IをマネージャーとするI班,JをマネージャーとするJ班があった(証拠<省略>)。

エ a生命のマネージャーは,班の売上目標と,マネージャー自身の売り上げ目標を達成することが求められていた。そして,マネージャーの売上目標は,特別月(2,4,6,9,11月)は2億円で,その他の月は1億円と定められていた。他方,班の売上目標は,概ね各班の班員の数に従って定められていた。そして,マネージャーは,この売上目標に達しないと,所長や支社長から叱責された。(以上につき,証拠<省略>)

オ B支社長は,月に2ないし4回はc営業所を訪れ,営業状況の確認や営業活動の協議等をしたり,各班を回ってマネージャーを叱咤激励したりしていた(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

(3)  コンバージョンミス等の出来事

ア a生命のグループ保険に加入していた亡K(以下「亡K」という。)が,勤務先を平成14年3月31日付けで退職することになり,コンバージョン(職場のグループ保険に加入していた者が,退職後一定期間内に手続をすることにより,その時点の健康状態如何にかかわらず,従前の団体保険の保険金額の範囲内で,団体保険から個人保険に移行できること)を申し出た。

しかし,C所長が内規上の手続期間である1か月の期間内に手続をとらなかったため,コンバージョンによる個人保険への移行ができなかった(以下,生命保険会社の落ち度による個人保険への移行ができず契約者が不利益を被ることを「コンバージョンミス」といい,C所長による当該コンバージョンミスを「本件コンバージョンミス」という。)。

(以上につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

同年5月頃,本件コーバージョンミスが判明し,この問題については,Kの妻L(以下「妻L」という。)が原告の顧客であったことから,原告が担当者となって交渉に当たり,結局,亡Kが,同年7月12日,医療保険をセットにした生命保険契約を新規に締結することで一応,解決した。

イ ところが,亡Kはその頃,既に肝臓を悪化させ診療,治療を受けており,同年9月には入院し,同年10月29日に死亡した。

ウ 妻Lは,平成15年1月17日,原告を通じて,c営業所に保険金を請求する書類を提出した。同書類は,同月21日,b支社に回送された後,同月22日に本社の保険金課に送られた(証拠<省略>)。b支社において,保険金請求等の対応をしていたM内務次長(以下「M内務次長」という。)は,同月21日にb支社に同書類が届いたことから,B支社長に対し,亡Kの件は「C所長のコンバージョンミスにかかる契約の被保険者の早期死亡という重大案件」であると報告した(証拠<省略>)。

B支社長は,このM内務次長の報告を受け,同日,本社の保険金部に対し,亡Kの件はb支社の落ち度に基づく旨の報告をした(証拠<省略>)。なお,a生命では,亡Kの死亡による保険金の支給について,同人が新規契約直後に死亡したことから,それ以前より告知義務(契約者が保険契約締結時に保険会社に対して現在及び過去の病歴等の所定事項の有無について告知する義務(証拠<省略>))違反の有無が問題になっていた(証拠<省略>)。なお,保険会社の契約担当者が,告知にかかる事実を知りながら,告知しないように被保険者に対して教唆する行為を不告知教唆という(証拠<省略>)。

エ ところで,妻Lは,口頭では,前記ウの書類提出に先立つ平成14年11月7日から保険金の支払を申し出ていたにもかかわらず,a生命本社に回答のないまま放置され,前記ウのとおり,書類で正式に保険金の支払を求めたところ,原告から,B支社長が保険金の支払は絶対ないと言っていたとの話を聞くに及んだ(以下,この原告が妻LにB支社長の言葉を洩らしたことを「内部情報の漏洩」という。)。そこで,妻Lは,同年2月15日付けで,a生命代表取締役宛にB支社長の言動への批判を含む抗議の手紙を出し,同月17日に本社到達した(以下,この妻Lの手紙を「本件手紙」という。)。

結局,亡Kの保険金支払は,本社も死亡保険金の支給を認め,同年3月17日に保険金が支払われて決着した。(以上につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)

(4)  原告班の分離

ア 前記(2)イのとおり,班は,a生命の機関分離規程において,二級機関として扱われ,その班には,後記のとおり,班内に成績優良な人物が現れるとその者をグループ長(サブマネージャー)に任命し,時期をみてそのグループ長をマネージャーに昇格させそれとともに班内の営業職員の一部を,この昇格したマネージャーの部下に配置換えして独立した班を作る分離という制度があり,分離された元の班を親班(親機関),分離した班を子班(子機関)という。さらに,分離については,同機関分離規程により,支社長による申請と本社による認可を必要とする旨定められていたが,具体的な要件については定められておらず,実際には,支社長・営業所長,その他関係者の意見が尊重される形で運用がされていた(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

また,同機関分離規程においては,二級機関について,子班(子機関)を構成する陣容が同一親班(親機関)より分離された場合,分離後1年目は100%,2年目は50%,3年目は30%,子班(子機関)の成績が親班(親機関)のマネージャー(機関長)の給与及び査定(級位査定,月例給与項目,賞与査定,昇給査定,諸報償)上に加算されるとされている(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

イ ところで,b支店では,平成14年7月1日をもって,原告班のN(以下「N」という。)をグループ長とするグループが原告班内に作られた(証拠<省略>)。そして,平成15年4月1日付けで,Nら4名が分離され,Nをマネージャーとする新たな班が結成された(証拠<省略>)。

原告班には,同年2月までは,原告を含めて13人いたが,同月及び同年3月にそれぞれ1名退職した者がいたことから,同年4月からは7名となった(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

(5)  E中央所長の退職

原告は,E中央所長がc営業所長時代の,昭和60年に同営業所に入所し,その後,E中央所長が,原告をマネージャーに昇格させた(証拠<省略>)。原告とE中央所長の関係は,一心同体と見うるほど親密な関係であった(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

E中央所長は,平成14年9月に退職する予定だったが,d中央営業所の何人かのマネージャーと原告がE中央所長の退職延長のために動き,半年間退職が延び,さらに退職延長を求める声もあったが,B支社長が,特に応援しなかったことなどから,結局,E中央所長は,平成15年3月31日をもって退職した(証拠<省略>)。

(6)  原告の精神障害の発症から退職までの経緯等

ア 原告は,平成15年7月31日,出社はしたものの,動悸が激しくなったことから,早退してe病院心療科を受診し,同病院においてストレス性うつ病と診断された(以下「本件発症」という。)。

イ そこで,原告は,同年8月1日から仕事を休み(同月27日までは有給休暇を取得,その後は欠勤扱い),同月4日から同年9月28日までの間と,同年10月24日から同年12月25日までの間,同病院に入院するなどして治療を受けた(以下,同年8月4日から同年9月28日までの入院を「第1回入院」,同年10月24日から同年12月25日までの入院を「第2回入院」という。証拠<省略>)。

原告は,その後も欠勤し,平成16年3月1日付けで休職届を提出して,平成17年8月31日付けで自動退職となった(証拠<省略>)。

ウ なお,マネージャーは,a生命の営業職員規則(営業職員欠席・休職規程の第16条)により休職を3ヵ月以上取得すると見込まれる場合,原則として休職取得と同時に個人職員への階職の変更を余儀なくされ,職場復職をしても,マネージャーに戻れない(証拠<省略>)。

(7)  本件各処分及び本件訴訟に至るまでの経緯

原告は,処分行政庁に対し,平成17年10月6日,原告が業務に起因して精神障害を発症したとして,労災保険法に基づき,休業期間平成17年9月1日から同月30日に係る休業補償給付を請求し,さらに,同月18日,同じ理由により,休業期間平成15年9月1日から平成16年11月30日及び同年12月1日から平成17年8月31日に係る休業補償給付をそれぞれ請求した。

これに対し,処分行政庁は,業務による心理的負荷の程度は,客観的に強度であったとは認められないとして,原告に対し,平成18年9月29日付けでこれらを支給しない旨の処分をそれぞれ行った(以下,これら3つの処分を併せて「本件各処分」という。)。

原告は,本件各処分を不服として,同年10月24日,審査請求を行ったが,鳥取労働者災害補償保険審査官は,平成19年1月16日,同審査請求を棄却する決定をした。

さらに,原告は,前記決定を不服として,同年2月22日,再審査請求をしたが,労働保険審査会は,平成20年6月16日,再審査請求を棄却する裁決をした。

そこで,原告は,平成20年11月5日受付の訴状をもって,本件訴えを提起した。

(8)  行政通達による業務起因性の認定基準

ア 労働基準局長(当時)は,精神障害等の労災認定に係る専門検討会が平成11年7月29日付けで「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」(証拠<省略>・以下「専門検討会報告書」という。)を取りまとめたのを受け,同年9月14日付けの通達(基発第544号)により「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(以下「判断指針」という。)を各都道府県労働基準局長宛てに発出した(証拠<省略>)。その後,厚生労働省は,判断指針を改定し,平成21年4月6日付けの通達(基発第0406001号)を発出した(証拠<省略>・以下,同通達による改正後の判断指針のことを「改正判断指針」という。)。

さらに,厚生労働省は,「精神障害の労災認定の基準に関する検討会報告書(平成23年11月)」の内容を踏まえ,平成23年12月26日付けの「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号・以下「認定基準」という。)を発出し,同日以降,認定基準に基づいて,精神障害等の業務上外の判断をすることとし,それに伴い判断指針を廃止した(証拠<省略>)。

イ 判断指針・改正判断指針及び認定基準は,心理的負荷による精神障害等の発病が業務上によるものと認定されるための具体的条件を定めたものであるところ,それらの概要は,別紙1,2のとおりである。

(9)  精神疾患の診断基準

精神疾患の診断に関しては,ICD-10のⅤ章にある精神及び行動の障害についての臨床記述と診断ガイドラインのほか,米国精神医学会が発表し,「精神疾患の分類と診断の手引き第4版」などと訳されているDSM-Ⅳ-TR(以下「DSM-Ⅳ」という。)がある。そして,ICD-10におけるうつ病のエピソード及び適応障害の定義は別紙3,4,DSM-Ⅳの大うつ病のエピソード及び適応障害の定義は別紙5,6のとおりである(以上につき,証拠<省略>)

3  争点

(1)  原告の症状,病名(ストレス性うつ病か適応障害か)

(2)  原告の精神障害と業務の間の業務起因性(相当因果関係)の有無

4  当事者の主張

(1)  争点(1)(原告の症状,病名)について

ア 原告の主張

同じ精神障害であるストレス性うつと適応障害の診断基準は,大うつ病エピソードの基準(なお,ここでいう大うつ病エピソードとは,軽度・中等症のストレス性うつ病も含む概念。)を満たしているかどうかであり,このエピソードを,ICD-10,DSM-Ⅳにおける診断基準に照らして評価することになる(証拠<省略>)。

そして,原告の精神障害は,ICD-10によれば,中等症うつ病エピソードに相当し,DSM-Ⅳによれば,大うつ病エピソードに相当する。

したがって,原告が発症した(本件発症の病名)病状は,ストレス性うつ病である。さらに,原告の薬物療法の内容及び入院加療を要したことを勘案すれば,原告は,中程度のうつ状態であり,ストレス性うつ病であることはより明白となる。

イ 被告の主張

鳥取労働局地方労災医院協議会精神障害専門部会(証拠<省略>)が,原告について,上司の叱責を個人攻撃と捉えてストレスを蓄積させた適応障害と診断していることからすると,原告の罹患した疾病は適応障害である。

(2)  争点(2)(業務起因性の有無)について

ア 原告の主張

(ア) 判断基準について

業務起因性は,医学的知見もひとつの有力な資料として,発症に関連する一切の事情を考慮して,一般経験則上,当該労働者に当該傷病を発症させる危険が高いと認められるか,具体的には,以下のaからcまでの3つの間接事実を総合的に判断すべきである。

a 被災労働者に個体側の要因(既往歴,社会適応状況,アルコール依存,性格傾向)があり,これが原因となって精神障害を発病,増悪または自殺にいたらせた場合,被災労働者の個体側の要因が,当該業務に従事する以前に,確たる因子がなくても自然経過により精神障害を発病または増悪させる寸前にまで進行していたとは認められないこと。

b 被災労働者が従事した当該業務による心理的負荷が,同人の個体側要因による自然経過を超えて,精神障害を発病,増悪または自殺させたと認められること。

c 被災労働者の従事した当該業務以外に,同人の個体側要因による自然経過を超えて,精神障害を発病,増悪させる確たる因子が認められないこと。

(イ) 原告の症病における業務起因性について

a 前記(ア)の判断基準に照らすと,まず,原告は,長年にわたり厳しいマネージャー業務をこなし,優秀な成績を収めてきたことに加え,原告の発症前の受診歴は,原告が職場の悩みを抱えたときに既知のO医師(以下「O医師」という。)に相談しようと気軽に受診したものであること,原告の性格傾向は通常人の誰もが有しうる程度のものに過ぎないこと,原告は平成15年3月頃から飲酒量が増加しているがそれはうつ病の症状の現れにすぎないことから,原告の個体側の要因が,当該業務に従事する以前に,確たる因子がなくても自然経過により精神障害を発病または増悪させる寸前にまで進行していたとは認められない。

他方,原告は,業務上,次のb(a)ないし(e)のとおり,一連のいじめを受け,それによる精神的負荷の程度は高度なものであって,原告の個体側要因による自然経過を超えて,精神障害を発病,増悪させたと認められる。

そして,原告の家族関係は良好であるなど,原告には,業務以外に精神的負荷がかかる環境は存在しなかったのであるから,原告の従事した業務以外に,その自然経過を超え,精神障害を発病,増悪させる確たる因子は認められない。

したがって,本件で業務起因性が認められることは明らかである。

b 一連のいじめについて

(a) 不告知教唆の叱責

B支社長は,平成15年2月初めころ,何もしてない原告に対し,亡Kに対する前記前提事実(3)ウの不告知教唆を他の職員の前で問い質し,「告反(告知義務違反)があれば,保険金の支払は絶対にない。裁判しても客が勝てるわけがない。」「おまえは不告知教唆をしたのか!」などと顔を真っ赤にして怒鳴った。そして,B支社長は,自分の不手際や本件コンバージョンミスの責任を原告になすりつけた。

(b) 本件手紙に関する叱責

原告は,妻Lが前記前提事実(3)エのとおり本件手紙を出したことを理由として,C所長から会議室に呼び出され,「まさかB支社長の言葉をそのままお客様に言ったんじゃないだろうな。」「おまえが手紙を出させたんだろう。」などと40分以上にわたって詰問された。原告は,妻Lに対して,上司から注意を受けねばならないことは言っておらず,C所長やB支社長に対する不信感,怒り,悔しさでいっぱいとなった。

(c) マネージャー失格の叱責,日々のいじめ

C所長とB支社長は,前記前提事実(3)ウのとおり,a生命本社が本件コンバージョンミスを知るに至り,原告を逆恨みするようになり,原告に対し,以下のいじめ,嫌がらせを行った。

①B支社長は,平成15年2月7日,マネージャー会議の席上で,原告班を名指しして業績が悪いことを叱責し,その後,原告を会議室に呼び出し,「いつでもマネージャーを降りてもらっていいんだぞ。」などと強い口調で叱責した。②B支社長は,同年3月,原告に対して「この成績でマネージャーが務まると思っているのか。」などと同じ日に二度に亘り,長い間叱責を繰り返した。③B支社長は,同年3月中旬,原告班の班員が退職したことについて,「班員が辞めたのは全てマネージャーであるお前の責任だ。」と叱責した。④C所長は,同年3月24日,原告に対し,原告班の分離を言い渡し,さらに,C所長とB支社長は,再考を求める原告に対し,「所長命令だ。」「支社長権限で何でもできるんだ。」と述べ,原告の言い分を聞き入れなかった。⑤B支社長は,同年6月10日,マネージャー会議において,原告を他のマネージャーの前に立たせた上,「こんな業績でマネージャーが務まると思っているのか。いつ辞めてもらっても構わない。」と強い口調で叱責した。

(d) 原告班の分離

C所長は,前記(c)④のとおり,原告班の分離を言い渡した。

班の分離は,班の戦力に大きな打撃を与え,また,マネージャーの給与や賞与に直結する問題であり,慣例上,マネージャーの同意が必要とされていた。にもかかわらず,C所長及びB支社長は,原告の同意もないまま,原告班の分離を強行した。しかも,分離前の原告班は,c営業所で最も成績の良い班であり,この時期に分離する経営上の必要性も合理性もなかった。

(e) 休職の強要

原告は,平成15年10月16日,B支社長の命を受けたM内務次長と面談した際,休職届の提出を命じられた。なお,前記前提事実(6)ウのとおり,マネージャーが3ヵ月以上休職すると見込まれる場合,マネージャーを解任されて一般職員となり,復帰後もマネージャーに戻れないこととされており,原告が仕事を休み始めたのが同年8月1日であることからいって,原告に休職届の提出を求めることは,実質的にマネージャー解任を意味するものであり,原告を徹底的に追いつめるものであった。

(ウ) 判断指針又は認定基準について

被告は,判断指針又は認定基準に従って業務起因性を判断すべきと主張するが,判断指針及び認定基準は,いずれも行政内部の処理基準にすぎないから法的拘束力を有するものではなく,その内容も,多くの事案を円滑に処理することに重点があり,そのため,審理の迅速化,効率化を図ることが目的となり,個別的事情,事案の実体や全体像を踏まえず,また,発症した出来事についての当該労働者の受止め方を考えることなく,平均人を基準にして心理的負荷の強度を評価することになるため,心理的負荷の強度の評価が全般的に軽くなってしまうなど,司法の場で用いる基準としては不十分である。

特に,判断指針については,被告自身,平成23年12月26日,判断指針の誤り,不合理性を認識して廃止をしており,現時点において,判断指針に基づき業務起因性を論ずることは許されない。

(エ) 認定基準による判断について

仮に,認定基準に従って判断したとしても本件では以下のように優に業務起因性を認めることができる。

a 不告知教唆の叱責,度重なる理不尽な叱責

B支社長及びC所長は,前記(イ)b(a)ないし(c)のとおり,原告に対し,理不尽な叱責を繰り返し,無視,睨みつけ等を毎日繰り返すなどした。これは別紙2認定基準の概要の別表1「業務による心理的負荷評価表」(以下「認定基準別表1」という。)の「ひどい嫌がらせ,いじめ」に該当し,心理的負荷の程度は3段階で最も重い「強」である。

b 原告班の分離

B支社長及びC所長は,合理的理由もないまま,前記(イ)b(d)のとおり,原告班の分離を強行した。これは,前記aとは別に評価されるべき,「ひどい嫌がらせ,いじめ」に該当し,心理的負荷の強度は前記aと同じ「強」である。

c 休職の強要

原告は,前記(イ)b(e)のとおり,休職するように執拗に求められたが,この休職は,マネージャーからの降格を意味し,さらには,配置転換を余儀なくされるものであった。そうすると,この休職の強要は,認定基準別表1の「左遷された」に該当し,心理的負荷の強度は,前記aと同じ「強」である。

d C所長による対応強要

原告は,本件コンバージョンミスに対応するため,C所長に命じられ,顧客との間で,困難な事後対応,調整に追われた。これは,認定基準別表1の「会社で起きた事故,事件について,責任を問われた」又は「顧客や取引先からクレームを受けた」に該当し,その心理的負荷の強度は前記aと同じ「強」である。

e E中央所長の退職

前記前提事実(5)のとおり,E中央所長が退職したことは,認定基準別表1の「理解してくれていた人の異動があった」に該当し,心理的負荷の強度は3段階で最も低い「弱」である。

f 本件においては,原告の出来事による心理的負荷は,前記aないしeのとおり,「強」が4つ,「弱」が1つで,前記(イ)aのとおり,原告には業務以外の心理的負荷及び個体側の要因がない上,原告のストレス性うつ病が,業務に起因することは明らかであるし,このことは,原告の主治医であるO医師も認めている。

したがって,仮に,認定基準によったとしても原告に業務起因性が認められる。

イ 被告の主張

(ア) 判断基準について

労災補償において労働者の精神障害の発病に業務起因性が認められるためには,単に条件関係が認められるだけでは足りず,相当因果関係が存在することを要すると解すべきであり,当該精神障害が当該業務に内在する危険の現実化として発病したと認められることが必要である。精神障害の発病と業務との相当因果関係が認められるためには,①当該業務による負荷が,平均的な労働者,すなわち,何らかの素因(個体側の脆弱性)を有しながらも,当該労働者と同程度の職種・地位・経験を有し,特段の勤務軽減を必要とせず,通常の日常業務を支障なく遂行できる程度の健康状態にある労働者(平均人基準説)にとって,業務によるストレスが客観的に精神障害を発病させるに足りる程度の負荷であること(危険性の要件),②当該業務による負荷が,その他業務以外の要因に比して相対的に有力な原因となって,当該精神障害を発病させたこと(現実化の要件)が必要である。

そして,具体的事実において,この危険性と現実性の要件の有無を判断するには判断指針が有益である。この判断指針は,最新の精神医学,心理学等の知見に基づき,専門家による検討結果(証拠<省略>)を踏まえて策定された精神障害の業務起因性の判断における最も合理的な基準である。

(イ) 判断指針に基づく判断について

a 原告が業務によって受けた心理的負荷の強度について

(a) 不告知教唆及び内部情報の漏洩を疑われたこと

原告は,上司から,亡Kに対する前記前提事実(3)ウの不告知教唆や内部情報の漏洩を疑われたことの心理的負荷は,別紙1判断指針及び改正判断指針の概要の別表1「職場における心理的負荷評価表」(以下「判断指針別表1」という。)の「具体的出来事」の「会社で起きた事故(事件)について責任を問われた」に該当し,その平均的な心理的負荷は3段階のうち中位となる「Ⅱ」である。なお,a生命においては,契約後1年以内の死亡について「早期死亡」として告知義務違反の確認が求められ,特に病気による死亡の場合は報告書を営業所から本社宛に提出することになっており,本件においては,前記前提事実(3)イのとおり,亡Kが契約締結直後に病死したため,B支社長が,内部規約に基づき,告知義務違反及び不告知教唆について,担当者である原告に確認したにすぎず,通常の業務監督・指導として不合理であるとはいえない。しかも,その態様は,一方的に原告の責任を決めつけるような特段心理的負荷を与えるものではなかった。

さらに,保険金支払に係る会社の内部情報を顧客に漏らすことはあってはならず,B支社長が,本件手紙の出された時期及び内容から,原告が会社の内部情報を顧客に漏らしたと考えることは合理的であるし,原告から事情を確認し,指導することは,通常の職務の範囲内にあり,問題ない。

そうすると,B支社長において,原告に対し,内部情報の漏洩につき確認等を行ったことが,不告知教唆及び内部情報の漏洩を疑われたことに関する心理的負荷の強度を修正する要素になることもない。

(b) 業績の悪化

原告班の班員一人当たりの平均成績は,平成14年8月から平成15年7月までの間,他の班と比較して格段に悪化しており,同年1月以降は,高い頻度でc営業所の中で最下位であった。なお,班の挙績目標が,概ね班員の数に応じて設定されていること,班の挙績は,挙績目標の達成率により順位が付けられていたこと等からすれば,班員一人当たりの売上高が重要でないとの原告の主張は失当である。班長には,指令額(目標額)が指令書により提示されていることから,前記のような成績悪化という出来事は,判断指針別表1の具体的出来事の「ノルマが達成できなかった」に該当し,その平均的な心理的負荷の強度は,前記(a)と同じ「Ⅱ」である。

なお,保険会社の営業職においては,具体的な数値に基づく挙績を求められるから,一定の役職に期待される役割ないし挙績を果たしていない者に対し,これを監督する立場の者が,挙績達成のために当該役職に相応しい働きを求めて奮起を促すことは,それがある程度厳しいものになったとしても,通常の業務指導の範囲内である。C所長及びB支社長の言動が,その範囲を逸脱する程度のものであったということはできず,このような業務指導等をもって心理的負荷の強度を修正する必要はない。

(c) E中央所長の退職

前記前提事実(5)のとおり原告と親しかったE中央所長が退職した。この出来事は,判断指針別表1の具体的出来事の「理解してくれていた人の異動があった」に該当し,その平均的な心理的負荷の強度は3段階のうちで最も軽い「Ⅰ」である。

(d) 原告班の分離

原告班の分離は,前記前提事実(4)イのとおり,Nがグループ長に任命されて9か月を経ていたことや原告班の班員が多すぎることから,b支社における業務運営上の必要性に基づく通常の組織変更であり,原告に不当な不利益や心理的負荷を与えるものでもないから,本件精神障害の発症と結びつくストレスとして評価することはできない。

なお,C所長は,平成15年2月中,下旬ころ,原告を含む他のマネージャーに対し,原告班の分離について話をしていたのであるから,原告班の分離を原告に告げたのが不相当に遅かったことはないし,原告にとって不意ということでもなかった。また,原告は,班の分離にあたって,マネージャーである原告の同意が必要であったと主張するが,マネージャーの同意は,支社長等がそれを判断する際の一事情にすぎない。

(e) 休職の強要

原告は,前記ア(イ)b(e)のとおり,M内務次長が自分と面談して休職届の提出を強要して心理的負荷を課したと主張するが原告とM内務次長との面談は,原告が精神障害を発症した後のことであるから,業務起因性の判断には関係がない。なお,C所長が,営業所職員らに対し,原告が無断欠勤していると吹聴した事実はない。

b 業務以外の心理的負荷について

原告は,過去2回,ストレス性うつ病と診断された受診歴があり,これらは原告の脆弱性を示すものである。なお,既往歴にかかる症状は,いずれも不眠,食欲不信,気分不良,仕事のことを考えると動悸がする等,本件精神障害の発症の際にみられたものと同様のものである。また,原告には,几帳面,仕事熱心,融通が利きかないところがあるなどの性格面,平成15年3月以降における,アルコール摂取量の急増の点からもうつ病に対する親和傾向が認められる。そして,原告は,発症後,入院先の病院で夫への不満,不信及び家族問題を訴えており,このような問題が原告に心理的負荷を与えていたと考えられる。

c 前記bのとおり,原告は,業務以外の心理的負荷,個体側の要因があり,他方,本件精神障害発症前概ね6か月における業務に関連する出来事等により原告にもたらされた心理的負荷の強度は,前記のとおり,いずれも「Ⅰ」又は「Ⅱ」であり,原告の業務による心理的負荷は,客観的にみて同種労働者にとって精神障害を発症させるおそれのある強度のものであったとは認められない。そうすると,原告の精神障害と業務に関連する出来事による心理的負荷との間には条件関係が認め難いし,仮に認められたとしても,業務に関連する出来事が相対的に有力な原因となって本件精神障害を発症したと認めることはできない。

したがって,原告の本件精神障害が業務上によるということはできない。

(ウ) 改正後の判断指針に基づく判断について

判断指針は前記前提事実(8)のとおり改正されているが,本件では,判断指針別表1に新たに追加された具体的出来事に該当するような事情が認められず,また,本件で該当すると認められた前記(イ)aの具体的出来事については,その内容や心理的負荷の強度が前記改正で変更されていない。さらに,改正後の判断指針の「職場における心理的負荷評価表」(別紙1判断指針及び改正判断指針の概要の別表3)の「(3) (1)の出来事後の状況が持続する程度を検討する視点」についても,当該具体的出来事の心理的負荷が特に過重であるとするに足りる事情はない。

(エ) 認定基準に基づく判断について

認定基準に基づき判断する際にも,業務による心理的負荷として問題になるのは,前記(イ)a(a)ないし(c)の各問題である。前記(イ)a(a)については,認定基準別表1の出来事類型「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,具体的出来事「会社で起きた事故(事件)について,責任を問われた」に該当し,心理的負荷の強度は3段階の中位となる「Ⅱ」,「心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例」はその程度から「中」である。

次に,前記(イ)a(b)については,認定基準別表1の出来事類型「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,具体的出来事「ノルマが達成できなかったに該当し,心理的負荷の強度は,前記と同じ「Ⅱ」,「心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例」はその程度から「中」である。

さらに,前記(イ)a(c)については,認定基準別表1の出来事類型「⑤対人関係」のうち,具体的出来事「理解してくれていた人の異動があった」に該当し,心理的負荷の強度は,3段階で最も軽い「Ⅰ」,「心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例」はその程度から「弱」である。

そうすると,本件では単独の出来事の心理的負荷が「中」である出来事が二つ,「弱」である出来事が一つ生じ,「中」と評価される出来事は,その内容等に照らせばいずれも「弱」に近い「中」であり,二つの「中」及び一つの「弱」の出来事を全体評価しても「中」にとどまるものである。したがって,業務による強い心理的負荷が認められないのであるから,認定基準によっても本件精神障害の発病が業務上の事由によるものとは認められない。

なお,原告には,既往歴及びアルコール等依存傾向,うつ病親和傾向があるから,それが影響しての発症と認められる。

第3判断

1  認定事実

前記前提事実に証拠(文中又は文末の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告の性格傾向,受診歴等

ア 原告には,勤勉,活動的,几帳面,仕事熱心,融通が利きにくい,負けず嫌い,明るいが神経質,面倒見は良いが甘え下手というところがあり,この原告の性格は,うつ病の発症と親和性がある(証拠<省略>)。

イ 原告の従前の受診歴としては,平成7年ころ,直属の上司の交代で仕事の方針が変わって働きにくくなったと感じるようになり,平成9年1月中旬より,仕事のことを考えると胸が苦しくなり動悸がするようになった。そこで,原告は,同年2月から計3回,e病院で外来受診し,この時原告を診察したO医師は,原告の病名をうつ病の疑いと診断し,同年2月3日と同年3月31日には抗うつ剤の投薬治療を行ったものの,同年4月14日には抗うつ剤を処方することなく治療を終えている。(以上につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)

さらに,原告は,平成12年2月初めから,仕事以外の用事が増えてそれが仕事にも影響して寝ても疲れがとれない状況となり,その上,同年4月3日,f組合(a生命の職員が属する労働組合)の役員選挙で希望していなかったb支社会長に選出されたことによって精神的打撃を受け,同日は眠れず,それから数日は寝酒を余儀なくされ,それでも深夜に目が覚め朝まで起きてそれから眠れなかったため,同月7日にO医師の診察を受け,坑うつ剤の投薬治療を受けた。なお,原告は,この際,同月10日から2週間程仕事を休み,その後は特に通院することもなく仕事に復帰している。(以上につき,証拠<省略>,原告供述)。

(2)  亡Kの案件に関する言動

ア C所長は,平成14年3月,本社から,1000万円のグループ保険に加入していた亡Kがコンバージョンを希望しているとの通知を受けたが,前記前提事実(3)アのとおり同年4月末日までに手続を終えねばならないことを失念し,後日に処理しようと思い放置していたため,コンバージョンによる個人保険への移行ができなくなった(本件コンバージョンミス)。C所長は,同年5月中頃になって,そのことに気づき,b支社のP営業次長(以下「P営業次長」という。)に相談したところ,期限を過ぎた以上,コンバージョンはできず,新規の個人契約で処理するしかないとの返答を受けた(以上につき,証拠<省略>)。そこで,C所長は,Q・c営業所副所長(以下「Q副所長」という。)に新規の個人契約で処理するよう指示した(証拠<省略>)。

ところで,原告は,従前から妻Lの個人保険の担当であり面識があった。そこで,妻Lから,Q副所長にコンバージョンに代わって新規契約を勧められたとの話を聞かされ,Q副所長にそのことを確認した。ところが,Q副所長は,C所長の指示であると述べるにとどまったことから,原告は,さらにC所長に対して確認した。C所長は,自分がコンバージョンの手続を忘れていたと本件コンバージョンミスを打ち明けた(以上につき,証拠<省略>)。

その後,原告は,妻Lとの関係もあり亡Kとの交渉を担当し,同年7月12日,亡Kと50万円の医療保険及び1000万円の生命保険契約を新規に締結した(証拠<省略>)。

イ ところが,亡Kは,その約3か月後の平成14年10月29日,肝臓癌により死亡した。

亡Kの死亡を知ったC所長は,b支社で保険金の支払業務を扱うM内務次長に対し,コンバージョンミスをした顧客が新規契約後,早期に死亡した旨報告をした(証拠<省略>)。

ウ 妻Lは,平成15年1月17日,原告を通じて,c営業所に保険金を請求する書類を提出し,同書類は,同月21日,b支社に回送された後,同月22日に本社の保険金課に送られた(証拠<省略>)。M内務次長は,同月21日頃,B支社長に対し,亡Kの件は「C所長のコンバージョンミスにかかる契約の被保険者の早期死亡という重大案件」であると報告した(証拠<省略>)。また,M内務次長は,本社の指示により,C所長とP営業次長のヒアリングをし,その際,P営業次長に対して,原告のヒアリングを行うよう指示した(証拠<省略>)。

P営業次長は,同月23日,c営業所に赴き,原告から話を聞いた。原告は,亡Kと妻Lには,本件コンバージョンミスを詫び,その了承を得た上で,a生命が提案をして新規契約を締結してもらうことになり,診査(告知)のために面接士の手配をしたこと,被保険者に対して不告知教唆はしていないことを述べた。P営業次長は,これをメモにまとめ,M内務次長に提出し,M内務次長は,同月24日付けで,上記のメモを添えた報告書を本社に提出した(以上につき,証拠<省略>)。上記メモには,「担当者(原告)として,被保険者に対する不告知の教唆はないとのこと」と記載されており,B支社長も,これを見て認め印を押捺した(証拠<省略>)。

なお,a生命では,新規契約の締結する際の診査(告知)は,面接士と顧客だけで行い,a生命の営業職員は同席できないことになっている(証拠<省略>)。

エ そして,B支社長は,同日,新規契約締結の際には,面接士が診査を行うことになっている上,前記ウのとおり,メモ(証拠<省略>)の内容を確認したことで,原告による不告知教唆はなかったことを認識した。

また,B支社長及びC所長は,同年1月末ころには,本社の保険金部が,亡Kの案件についてコンバージョンとして扱い,保険金を支払う方向で処理しようとしていることを聞いていた(証拠<省略>)。

C所長は,同月31日,本社の保険金課宛に,本件コンバージョンミスについて自らの落ち度を認める報告書(証拠<省略>)を提出した。

オ 原告は,同年2月初め,c営業所を訪れたB支社長に対し,亡Kの保険金はいつ支払われるのか尋ねた。これに対し,B支社長は,この時点において,本社の保険金部が,前記エのとおり亡Kの保険金を支払う方向で処理しようとしていることを認識していたが,未だ保険金部が正式に支払う決定をしていない時点において,原告から,支給を前提として亡Kの保険金が支払われる時期について尋ねられたことに気分を害して感情的になり,非常に強い口調で,「告反(告知義務違反)があれば保険金の支払は絶対にない。」「裁判しても客が勝てるわけがない。」「おまえは不告知教唆したのかしてないのかどっちだ。」「自分の立場はどうなるんだ。」などと顔を真っ赤にして言った。このやり取りは,原告の席の近くで行われ,やり取りの後,原告班の班員の一人が,原告に対し,何があったのかと声をかけた(以上につき,証拠<省略>)。

そして,この出来事を契機に,原告とB支社長の間に軋礫,感情的対立が生じた。

(3)  同年2月7日の叱責について

ア B支社長は,月に2回ないし4回はc営業所を訪れ,朝礼やマネージャー会議に出席したり,各マネージャーと個別面談をするなどしていた(証拠<省略>)。

イ B支社長は,同年2月7日,c営業所を訪れた際,朝礼の後のマネージャー会議で,後記(9)イのとおり,原告班の同年1月の成績が悪かったことから,原告に対し,原告班の成績が悪いと叱責した。その上,夕方の各マネージャーとの個別面談では,原告に対し,「挙績が悪い。」「班員を育成していない。」「この成績でマネージャーが務まると思っているのか。」「マネージャーをいつ降りてもらっても構わない。」などと前記前提事実(2)エのとおり,普段成績の振るわないマネージャーに対して行っている叱責以上に厳しく叱責した(証拠<省略>)。原告は,その叱責に耐えられず,お客様と用事がありますからと言って自ら席を立った(証拠<省略>)。

(4)  本件手紙に対する叱責

ア 原告は,前記認定事実(2)オのB支社長とのやり取りの後に妻Lを訪問した際,妻Lから保険金の支払に関して尋ねられた。そこで,原告は,妻Lに対し,調査が行われた上で本社が決定するので,しばらく時間がかかるとか,B支社長が保険金の支払は絶対ないと言っているので難しいかもしれないと答えた。妻Lは,この話を聞き,同年2月15日,a生命代表取締役に宛てて,本件コンバージョンミスでやむなく新規契約を締結したのに保険金が支払われないのは納得できない旨の抗議の本件手紙を送った。(以上につき,証拠<省略>)

本件手紙には,「支社の最高責任者である支社長さんが,会社の責任は無いという様な無責任な事をおっしゃっている様ですが,部下である所長の失態手続をしなかった事に対しては,当然責任あるはずかと思います。その手続きを放置されていた事に対しても,一度も上司の方の断りはありませんでした。するべき事をしなかった責任は当然あるべきなのに,その事に対して何の断わりがないということ自体,人の命を預かる生命保険会社の長としてあるまじき行為ではないでしょうか。」と記載されていた(証拠<省略>)。

イ(ア) 本社の保険金部は,本件手紙を受け取ると,それをコピーしてb支社に送るとともに,B支社長に対し,顧客に伝える範囲を超えたマネージャーの言動を指導教育するよう伝えた。

この指示を受けたB支社長は,本件手紙を見て激怒し,P営業次長に対して,原告が本件手紙にどの程度関与しているかを確認し,保険金支払についてはっきりとした裁定がない時点で軽率な行動をして顧客を混乱させないよう指導するとともに,本件手紙の中に,前記認定事実(2)オの原告に対する発言内容が記載されていたことを叱るため,原告に,b支社まで謝りに来させることを指示した(証拠<省略>)。

(イ) そこで,P営業次長は,同月中旬頃,原告をc営業所に近い喫茶店に呼び出し,本件手紙のコピーを示して,原告が本件手紙に関与しているのかを確認をすることに加え,B支社長が激怒しているので,今すぐb支社まで謝りに来るように伝えた。そうしたところ,原告は,P営業次長に対し,手紙には関与していないが,妻Lは怒っていること,B支社長及びC所長に妻Lの訪問をお願いしていたのにB支社長及びC所長が動いてくれなかったことなどを話した。さらに,原告は,P営業次長に対し,「何で謝りにいかなければいけないのか。」と怒り,b支社に謝りに行かなかった。(以上につき,証拠<省略>)

他方,C所長も,B支社長から,同様の指示を受け,同月20日頃,原告を会議室に呼び出し,少なくとも20分間に亘り,B支社長の言葉をそのまま妻Lに伝えたのではないかと問い質し,こんなことをして支払が遅れるだけだなどと,原告を叱責した(証拠<省略>)。

(ウ) これに対し,証拠(証拠<省略>)には,P営業次長は,原告に対して,B支社長が激怒しているので,今すぐb支社まで謝りに来いと言っていないし,B支社長からそのような指示を受けていないとするP営業次長の供述があるが,前記アの手紙の記載内容,前記認定事実(2)オのとおり,原告と支社長の間には既に軋轢,感情的対立が生じていたこと,及び,前記(イ)のとおりC所長もB支社長からの指示を受けて原告を叱責していることなどからすれば,B支社長が,原告に対し,本件手紙の件で激怒し,P営業次長に対し,原告に謝りに来るように指示したと認定するのが自然で合理的であり,P営業次長の前記供述は信用できない。

ウ 原告は,前記イ(イ)のとおり,P営業次長から,B支社長が謝りに来いと言っていると伝えられた頃以降,寝付くまでに時間がかかるようになり,一週間に2日くらいの頻度で,午前3時くらいまで眠れなくなった(原告供述)。

エ 亡Kの保険金は,査定の結果,新規契約時の告知義務違反が認定されたため,医療保険契約部分は解除となったが,1000万円の死亡保険金については支給が決まり,同年3月17日,支払われた(証拠<省略>)。

(5)  同年3月の叱責

ア B支社長は,同年3月初旬頃にも,c営業所を訪れ,朝礼の後,Q副所長の席に座り,原告を呼びつけて,他の職員の前で,「挙績ができていない」「班員が育成できていない」「そんなことでマネージャーが務まると思っているのか。」などと20分程に亘って叱責をした。原告は,亡Kの件から,B支社長に叱責され続けていたため,耐えられなくなり,トイレに駆け込んだ(以上につき,証拠<省略>,原告供述)。

イ その後,原告が自分の席に戻り業務を行っていたところ,再度B支社長は,原告を2,3回会議室に呼び出し,それぞれ20分程叱責した(証拠<省略>,原告供述)。

ウ B支社長は,同月中旬にもc営業所を訪れ,事務員の席に座わり,仕事を終えて帰宅しようとしている原告を呼び止めた。そして,前記前提事実(4)イのとおり原告班の班員が同年2月と3月に1名ずつ退職したことについて,「班員が辞めたのは全てマネージャーであるお前の責任だ」などと原告を1時間半にわたり叱責した(証拠<省略>,原告供述)。

(6)  原告班の分離

ア B支社長とC所長は,将来,原告班からN班を分離することを計画し,その準備のため,平成14年7月,原告班の中に,Nを長とする4名のNグループを結成した(証拠<省略>)。Nグループの構成員は,NとNが入社を勧誘したRのほかは,C所長が原告の意向に従い決めた(証拠<省略>)。なお,Nグループの結成と同時期に,F班の中にSグループが結成された(証拠<省略>)。

イ C所長は,平成15年2月末,原告に対し,原告班が同年4月1日に分離することを伝えたが,原告は納得しなかった(証拠<省略>。なお,原告は,同年3月24日まで分離の話を誰からも聞いていなかったような供述をするが(証拠<省略>),証拠(証拠<省略>)によれば,Nは,同年3月中にC所長と何回も班の分離のことを話題として会っており,にもかかわらず,同証拠のとおり,家族ぐるみの付き合いがあり,Nが敬愛し,かつ,Nの直属の上司である原告が,C所長は措くとしてもNからも分離の話を聞いていなかったというのは不自然,不合理であり,原告の供述は信用できない。)。

そこで,原告は,Nと共に,同年3月24日ころ,C所長に対し,分離を待ってほしいと伝えたが,C所長は,マネージャーである原告の同意がなくても所長権限で分離はできると繰り返し述べた(証拠<省略>)。

ウ C所長は,原告の同意のないまま,同年4月1日,原告班の分離を実施した。なお,F班の分離も同時に実施された。

ところが,Nは,原告の了解がないままマネージャーになることに躊躇し,マネージャーの辞令を本社に送り返した。

他方,原告は,この件を本社取締役のうちの一人とf組合の本部会長に相談し,その結果,本社の人事部長が,同月10日c営業所を訪れ,原告と面談するに至った。原告は,分離についての不満を述べ,同部長が理解を示してくれたことに納得し,それにNのことを考え,最終的には分離を了承した(証拠<省略>)。

Nも,原告が分離を了承したことから,マネージャーを引き受けた。

エ N班は,Nグループに加わっていた1名が原告班との分離前に退社し,他方,新たに勧誘した1名が加わり,4名の班員で始動した(証拠<省略>)。そして,N班のNとRは,営業成績が非常に優秀であり,それぞれ1人で3人分くらいの力を有する一方,原告班に残った6名のうち4名はまだ一人前というにはほど遠い営業成績にあった(証拠<省略>)。

オ なお,当時,c営業所の多くのマネージャーは,班の分離及びそれに対するマネージャーの承諾の要否について,会社発展のため分離は必要であるが,その時期についてはマネージャーの承諾が必要だとの認識を持っていた(証拠<省略>)。

カ 原告は,Dに対し,以前から会社で起こった良い出来事も悪い出来事も全部話しており,本件コンバージョンミスの件や原告班の分離についても話をしていた(証拠<省略>,原告供述)。

そして,Dは,平成15年3月28日,C所長に対し,原告の不眠等による体調悪化を見かねて,いじめがあるのではないかなど問い質すこともしている(人証<省略>)。

(7)  原告班の分離後,第1回入院までの経緯

ア C支社長は,同年3月,4月以降,後記(9)イのとおり,原告班の業績不良が顕著になったこともあり,c営業所に来ると,原告を目のかたきのように扱うとともに,原告班の班員に対しても挨拶をせず,無視するようになった(証拠<省略>)。また,原告は,1か月に1回開かれるb支社のマネージャー会議や,営業所で度々なされるマネージャー会議で業績不良を問われ,以前より叱責されるようになった(証拠<省略>)

イ 原告は,同年4月ころから,睡眠障害が悪化し,寝付けるのが午前4時くらいで午前6時には目が覚めるようになった(証拠<省略>)。

また,原告は,普段の明るさがなくなり,考え込んで眠れない様子で,料理,掃除及び洗濯といった家事はほとんど行えない状態となった上,朝食の際の食欲もなくなっていった(証拠・人証<省略>)。

さらに,原告は,目が覚めた後すぐに行動できない状態になり,仕事に行きたくないと思うようになった。そのため,仕事の遅刻や欠勤が増えるようになった。(以上につき,証拠<省略>,原告供述)

ウ 原告は,同年6月から7月頃になると,眠ってもすぐ目覚めるようになった。さらに,食欲もめっきりなくなり,夕食も家族に付き合ってようやく取るような状態だった。また,原告は,朝,会社に行こうと思うと動悸がするようになり,同年7月17日以降は,常に疲労した状態で動悸がより激しくなり,職場で自分の席に座っていると不快感で一杯となった。(以上につき,証拠<省略>)また,原告は,このころから,「死にたい」と言うようになった。(人証<省略>)。

また,原告は,同年2月以前は,1週間に4,5日,1回350ミリリットルの缶ビール1本か1本半ぐらいの飲酒量であったところ,睡眠障害が現れ始めた同月ころから飲酒量が増加し,同年6月から7月頃には,眠りにつくために毎晩缶ビールを3本から4本くらいと,焼酎も3杯か4杯くらい飲むようになり,飲酒量が格段に増加した(証拠<省略>)。

エ そして,原告は,同年7月31日,出社はしたものの,動悸が激しくなったことから,早退してO医師を受診した。同医師は,原告が,不眠,悪夢,仕事を考えると動機がするとか,出勤が恐いと訴えることから,原告の疾病を,仕事を契機としたストレス性うつ病と診断し,原告に入院をすすめた(証拠<省略>)。そこで,原告は,同年8月4日,第1回入院をした。

(8)  第1回入院以後の事情

ア O医師は,原告の第1回入院中,最低でも1週間に1度の頻度で原告の診察を行い,原告をうつ状態と診断した(証拠<省略>)。

また,原告は,O医師の診察の際,「家に帰りたいかと問われると,半分は帰りたく,半分は帰りたくない。居場所がない。夫が短気。」「親子関係,夫婦関係共に距離を置きたい。」「夫が解ってくれているのか。『もう仕事はやめよう』と言うけど,私が仕事をやめたら経済的に困ることも分かってない。」などと話した(証拠<省略>)。

イ 原告は,同年9月28日に退院後,職場に出社することなく,自宅で療養していた。

そこで,原告とB支社長の指示を受けたM内務次長は,同年10月16日,米子空港の喫茶室で面談した。この際,M内務次長から,欠勤と異なり休職をすればその期間中,健康保険から手当が支給されるなどを説明して休職届を提出するように勧めた。しかし,原告は,マネージャーへの復帰を望む気持ちが強く,また,ここで休職すればマネージャーへの復帰が困難になるのではないかと考え,M内務次長の申し入れに素直に応じなかった。(以上につき,証拠<省略>)

ウ 原告は,同年10月24日,前記イのとおり復職への心労もあって再び症状が悪化し,第2回入院をした。なお,原告は,第2回入院に先立ち,同月21日,O医師の診察を受け,その際,自責の念にかられることがあると述べた。(以上につき,証拠<省略>)

エ O医師は,第2回入院の際,第1回入院と同様に,原告について,職場のストレスから発症したストレス性うつ病であると診断した(証拠<省略>)。

オ 原告は,同年12月25日に退院した。しかし,原告は,退院したとはいっても,ほとんど起き上がれる状態ではなく,料理,掃除及び洗濯といった家事が全くできない状態が続いた。また,原告は,テレビの視聴や読書といった趣味に興じることができなくなり,また,人付き合いもできなくなった。さらに,原告は,依然として眠れたり眠れなかったりを繰り返しており,食欲がない状態が続いた。(以上につき,人証<省略>,原告供述)

カ 原告は,平成23年11月時点においても,眠れたり眠れなかったり,食欲もあったりなかったりという状態であった(人証<省略>)。また,原告は,現在においても,抗うつ剤を中心とした薬物療法によるうつ病の治療を継続している(証拠<省略>,原告供述)。

(9)  a生命のマネージャーの評価方法並びに原告及び原告班の営業成績

ア a生命は,前記前提事実(2)エのとおり,マネージャーに対し,マネージャー個人の売り上げ目標と班の売り上げ目標の達成を求めており,班の売り上げ目標は,概ね班員の数で決められていた。その上,a生命では,この班の売り上げ目標の達成率によって班の順位付けがなされており,班員一人あたりの売上額も,マネージャーの評価の1つの要素となっていた(証拠<省略>)。

この点につき,原告は,a生命のマネージャー査定規程(証拠<省略>)によれば,給与の一部である職務手当の額に変動をもたらすマネージャーの級位が,班全体の売上額と班員の人数によって決まることになっていたことを根拠に,マネージャーの評価は班全体の売上額と班に所属する人員の数のみで判断されていたと主張する。しかしながら,a生命の営業職員就業規則(証拠<省略>)によると,マネージャーの級位で変動する給与の額は,大きくなく,マネージャーの給与は,その他の要素によって大きく変動することに加え,a生命においては,個人の成績に関わらず最低限の給与が「保障給」(55条)として支給されていたことからすると,マネージャーの評価を班全体の売上額と班に所属する人員の数のみで判断していたとは考えられず,原告の主張は採用できない。

イ 原告班の平成14年度(平成14年4月から平成15年3月まで)の個人保険の契約額は47億1110万円であり,c営業所で統計のある4つの班(原告班,F班,G班,H班)の中では,二番目の成績であったH班に約8億5千万円もの大差をつけた一番であった。ただ,原告班の平成15年1月における成績は,前記4つの班の中で下から2番目の成績であり,良い成績ではなかった。また,各班の契約額を所属する班員の数で割って班員1人当たりの契約額に換算すると,平成14年度は,原告班が前記4つの班の中で最下位であった。他方,原告班からN班が分離された平成15年4月以降は,原告班の成績は悪化し,平成15年4月から同年7月までの4か月間の原告班の契約額は6億6478万円で,統計にある6つの班(原告班,N班,F班,S班,G班,H班)の中で下から2番目の成績まで悪化し,班員1人当たりの成績も,原告班が依然として最下位であった。(以上につき,証拠<省略>)

ウ また,原告個人の営業成績を見ても,平成14年度は,他のマネージャー3名や平成15年4月に新たにマネージャーになった者2名と比べ劣り(統計にある6人中最下位で,5位の者よりも年額で2億5094万円少ない契約額であった。),原告班分離直後の平成15年4月は3位,同年5月は2位と盛り返したが,同年6月は最下位となり,同年7月の成績は極端に悪かった。しかも,a生命では,前記認定事実(2)のエのとおり,マネージャーの売り上げ目標を設定していたが,平成14年度及び平成15年4月から7月の間の原告の営業成績で,その売上目標を達成した月はなかった。(以上につき,証拠<省略>)

エ 他方,平成14年度と平成15年度のa生命の人事考査において,マネージャーの級位に従った査定基準を満たし続けたc営業所のマネージャーは,原告だけであった(証拠<省略>)。そして,原告は,自分が全国でも優秀なマネージャーであるとの自負を有していた(原告供述)

2  争点(1)(原告の症状,病名について)

(1)ア  原告の症状が,うつ病によるものなのか適応障害によるものなのかについては,ICD-10,DSM-Ⅳに列挙されたエピソード等に照らして判断するのが相当である。

イ  そこで,原告の症状をこれらの基準に照らして検討するに,ICD-10が掲げるうつ病のエピソード(別紙3)によればうつ病の典型的な症状及び他の一般的な症状がそれぞれ2つ以上現れ,その症状が,最短でも2週間継続したか否かが重要な判断基準になるところ,前記認定事実(7)イ,ウからすると,原告には本件発症時までに,典型的な症状の抑うつ気分,興味と喜びの喪失,易疲労性の典型的な症状すべてと他の一般的な症状のうち集中力と注意力の減退,自傷あるいは自殺の観念や行為,睡眠障害,食欲不振の4つの症状が現れていたと解される。

そして,これらの症状は,前記認定事実(8)カによれば,基本的には,現在に至るまで継続していると認められ,そうすると,それらの症状の継続期間は2週間をはるかに超えており,これらを踏まえると,本件発症はICD-10の掲げるエピソードに合致する。

ウ  また,前記イの原告の症状からすると,DSM-Ⅳの示す大うつ病エピソード(別紙5)の1(1)ないし(6),(8),(9)に合致していたとみることができる。そして,原告のそれらの症状は,本件発症までに現れ,それ以降現在まで基本的に継続していることから,同じ2週間の間に5つ以上の症状が存在していたと考えられ,そうすると,原告は,DSM-Ⅳの示す大うつ病エピソード(別紙5)の2ないし5の要件にも合致する。

そして,原告の主治医であるO医師も,前記認定事実(8)ア,エのとおりストレス性うつ病と診断しており,また,T意見書(証拠<省略>)でも,原告にあらわれた症状は,ICD-10の中等症うつ病のエピソード,DSM-Ⅳの示す大うつ病エピソードの各基準に該当するとの見解を示している。

(2)  これに対し,被告は,U意見書(証拠<省略>)に基づき,ICD-10診断ガイドラインに照らして原告の疾病は適応障害であると主張する。

しかしながら,前記(1)のとおり,O医師が,ストレス性うつ病と診断している上,ICD-10の掲げる適応障害の定義(F43.2)(別紙4)によれば,適応障害の症状の持続は遷延性抑うつ反応の場合を除いては通常6ヵ月を超えないとされているほか,遷延性抑うつ反応の持続は2年を超えないものとされ,また,DSM-Ⅳの適応障害の定義(別紙6)によれば,適応障害の場合,ストレス因子がひとたび終結すると,症状がその後さらに6ヵ月以上持続することはないとされ,適応障害と診断する上での重要な要因は,急激なストレス因子が特定でき,ストレス因子が終結すると長期に持続することはないといえるかどうかにあるところ,原告は,平成15年7月頃に精神疾患を発症し,5年を経過した平成23年11月の時点においても当該精神疾患が持続していることからいって,原告の症状は,ICD-10やDSM-Ⅳが掲げる適応障害の定義に合致しているとは考え難い。

そうすると,U意見書の意見を採用することはできない。

(3)  したがって,原告の本件発症は,ストレス性うつ病によるものと認めるのが相当である。

3  争点(2)(業務起因性の有無について)

(1)  業務起因性に関する法的判断の枠組みについて

ア 労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病について行われるところ,業務上疾病にかかった場合とは,労働者が業務に起因して疾病にかかった場合をいい,業務と疾病との間には,条件関係が存在するのみならず,相当因果関係があることが必要であると解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。

そして,労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は,使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が疾病にかかった場合には,使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであるから,業務と疾病との間の相当因果関係の有無は,その疾病が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。

イ 精神疾患の発症や増悪には,様々な要因が複雑に影響し合っていると考えられているが,当該業務と精神疾患の発症や増悪との間に相当因果関係が肯定されるためには,単に業務が他の原因と共働して精神疾患を発症又は増悪させた原因であると認められるだけでは足りず,当該業務自体が,社会通念上,当該精神疾患を発症又は増悪させる一定程度以上の危険性を内在又は随伴していることが必要であると解するのが相当である。

そして,うつ病発症のメカニズムについては,いまだ十分解明されていないが,現在の医学的知見によれば,環境由来のストレス(業務上又は業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性(個体側の要因)との関係で精神破綻が生じるか否かが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,反対に個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性」理論が合理的であると認められる。

もっとも,ストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まるといっても,両者の関係やそれぞれの要素がどのように関係しているのかについては,いまだ医学的に解明されているわけではない。

したがって,業務とうつ病の発症,増悪との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては,うつ病に関する医学的知見を踏まえて,発症前の業務内容及び生活状況並びにこれらが労働者に与える心理的負荷の有無や程度,さらには,当該労働者の基礎疾患等の身体的要因や,うつ病に親和的な性格等の個体側の要因等を具体的かつ総合的に検討し,社会通念に照らして判断するのが相当である。

ウ また,相当因果関係の判断基準である,当該業務自体が,社会通念上,当該基礎疾患を発症させる一定以上の危険性の有無については,職場における地位や年齢,経験等が類似する者で,通常の勤務に就くことが期待されている平均的労働者を基準とするのが相当である。

そして,労働者の中には,一定の素因や脆弱性を有しながらも,特段の治療や勤務軽減を要せず通常の勤務に就いている者も少なからずおり,これらの者も含めて業務が遂行されている実態に照らすと,上記の「通常の勤務に就くことが期待されている平均的労働者」とは,完全な健常者のみならず,一定の素因や脆弱性を抱えながらも勤務の軽減を要せず通常の勤務に就き得る者を含むと解することが相当である。

そこで,当該業務が精神疾患を発症ないし増悪させる可能性のある危険性ないし負荷を有するかどうかの判断に当たっては,当該労働者の置かれた立場や状況,性格,能力等を十分に考慮する必要があり,このことは業務の危険性についていわゆる平均的労働者基準説を採用することと矛盾するものではない。

この点について,原告は,当該業務に内在する危険性について,当該労働者本人を基準にして判断すべきと主張するが,精神障害が精神的負荷と個体の脆弱性との関係で決まるという前記「ストレス-脆弱性」理論からすれば,精神的負荷の程度は個体の脆弱性を考慮することなく,客観的に判断する必要があるから,原告の主張は採用できない。

エ 他方,被告は,精神障害の業務起因性は,判断指針及び認定基準に基づいて行われるべきであると主張する。

しかしながら,判断指針及び認定基準は,各分野の専門家による専門検討会報告書に基づき,医学的知見に沿って作成されたもので,一定の合理性があることは認められるものの,精神障害に関しては,生物学的・生理学的検査等によって判定できるものではなく,診断に当たっては幅のある判断を加えて行うことが必要であり,あたかも四則演算のようなある意味での形式的思考によって,当該労働者が置かれた具体的な立場や状況等を十分斟酌して適正に心理的負荷の強度を評価するに足りるだけの明確な基準となっているとするには,いまだ十分とはいえない。

したがって,精神障害の業務起因性を判断するための一つの参考資料にとどまるものというべきである。

(3)  原告におけるストレス性うつ病の発症,増悪について

ア これまでに認定したところによれば,原告は,前記認定事実(2)オのとおり,B支社長から,行ってもいないのに,近くに他の職員がいる所で,職業倫理に反し不名誉である不告知教唆について,あたかも行ったように激しく叱責を受けており,しかも,原告にとって,この叱責は理由のないものであったのだから,理不尽で到底納得できるものではなく,この叱責による原告の精神的負荷は,非常に強いものであったと認められる。

そして,原告は,このようにして,上司,特にB支社長との間に軋轢,感情的対立が生じ,その影響が尾を引いているところに,前記認定事実(3)イ,(4)イ,(5)ア,イのとおり,B支社長から,原告の班の営業成績,原告個人の成績などについて,いつもより激しい叱責を繰り返され,さらには,P営業次長から,本件手紙に関しb支社に謝りにくるように求められたり,C所長からもこの件で長時間に亘り叱責を受けており,原告自身の営業成績及び原告班の班員一人あたりの営業成績が良くなかったことや(前記前提事実(9)),原告にも,内部情報を漏洩させたことなど,それなりに叱責される理由が有ったとはいえ,原告がそれまで営業成績に優れたマネージャーとして自負心,自尊心を有していたことや前記のとおり,原告と上司との間には軋轢,感情的対立があったことからすれば,前記の上司からの叱責が当時の原告には非常に激しく感じられたことは容易に推認でき,それからすると,原告は,これらの叱責などによって,精神的負荷を益々感じ,ストレスを増大させていったと認められる。

さらに,原告と非常に親密な関係にあったE中央所長が,前記前提事実(5)のとおり,退職しており,この出来事も原告の精神的負荷の蓄積につながっている。

イ このようにして原告は精神的負荷を蓄積させていったところ,さらに,C所長が,マネージャー間では一般にマネージャーの同意の下で行われると認識されていた班分離について,原告の同意を得ることなく原告班の分離を行い,原告は,この班の分離により,原告自身が育成したNら4名の部下を失い,将来的には,原告の給料は大幅に減少する可能性が高い状況に置かれ(いわゆる大切なものの喪失(証拠<省略>)),非常に大きな精神的負荷を被り,後で納得したとはいっても,より一層精神的負荷を蓄積させた。

その後も,原告は,前記認定事実(7)アのとおり,B支社長から度々業績について叱責を受け,この叱責が,原告の精神的負荷をさらに増大させ,本件発症をするに至った。

ウ 以上によれば,原告は,平成15年2月初旬から本件発症に至る同年7月末の終わりまでの間に,上司とのやり取り,それによって生じた軋轢,感情的対立及び自己を巡る環境の変化から精神的負荷を蓄積させていったことになり,また,この間において原告に蓄積していた精神的負荷は,前記(2)ウの趣旨における平均人の立場から見ても非常に強いものだったと解される。そして,前記のように,原告の症状が,一連の出来事による原告の精神的負荷の蓄積に併せて,前記認定事実(4)ウ,(7)イないしエのとおり悪化し,その強い精神的負荷は,仕事や職場において得てして見られる上司と部下の関わり,人間関係に端を発し,営業成績や職場環境によって醸成されたものであることからすれば,社会通念上,原告の精神的負荷は業務の遂行により発生し,しかも,その発症は発症すべくして発症したものというべきであり,原告の精神的負荷は,客観的にみてストレス性うつ病を発症させる程度に過重であったと認めるのが相当である。

したがって,本件では,社会通念上,原告の業務に内在ないし随伴する危険の現実化として,本件発症に至ったものということができるから,本件発症との間には相当因果関係が存在する。

また,原告は,前記認定事実(8)イのとおり,M内務次長から休職届の提出を勧められたことが原因となり心労が生じたことから再び症状が悪化して第2回入院に至っており,この休職届提出の勧めが精神的負荷となり一旦,回復傾向にあった原告の症状を悪化させ,第2回入院に至ったと認められ,第2回入院以降の休業も,原告の業務による強い精神的負荷を原因とするものと認められる。

なお,被告は,V医師の意見書(証拠<省略>)及びW教授の意見書(証拠<省略>)を根拠に,本件発症に業務起因性が認められないと主張するが,どちらも原告班の分離に関する原告の精神的負荷を考慮していないだけでなく,一連の出来事による原告の心理的負荷の蓄積を考慮しておらず,各意見書を採用することはできない。

エ これに対し,被告は,業務上のストレス以外の要因が原告に強い精神的負荷を与えたと主張しており,これらについて検討する。

(ア) 原告に前記認定事実(1)イの受診歴があることは,原告の脆弱性を示すものであると主張する。

これについては,専門検討会報告書(証拠<省略>)では,「特別なストレス要因なしに明確な精神障害にり患した既往があれば,その人の精神的な脆弱性を推測する根拠になる。」とされている。そうすると,原告は,平成9年の受診においては,上司の交代による精神的負荷が,平成12年の受診においては,f組合の役員選挙で希望していなかった会長職に選出されてしまったことによる精神的負荷が原因となって,e病院を受診するようになっており,「特別なストレス要因」があったと考えることができるから,原告に2度の受診歴があることが,原告の脆弱性を示すものとはいえないし,実際,2度の受診歴のうち,1度目は3回通院して職場復帰し,2度目は1回の通院と休暇を取ることで職場復帰しており,多忙な現代人にとって,一時,休息を取ったとでも評価できるような程度であり,取り上げて原告の脆弱性を示す受診歴とは認められない。

(イ) 被告は,前記認定事実(1)アの原告の性格がうつ病と親和性があり,原告の脆弱性を示すと主張するが,同主張は具体的なものではないし,本件全証拠によっても,原告の性格が深刻なものであり,本件発症の要因となったと認めるに足りる証拠はなく,本件発症との関係で個体としての脆弱性を認めるほどのものと評価することはできない。

(ウ) 被告は,前記認定事実(7)ウのとおり,原告の飲酒量が増加したことから,原告の脆弱な気質を持っていたことが明らかであると主張する。

しかしながら,T意見書(証拠<省略>)が指摘するとおり,うつ病の増悪時には,うつ病の症状である苦悶感,不安を和らげ睡眠を助け疲労を軽減してくれるため飲酒量が増えることが認められている。そして,原告には,前記第3の1(1)アのとおり,平成15年2月ころから,睡眠障害の症状が現れ,眠るために飲酒量を増やしていたことからすると,原告の飲酒量の増加はうつ病の症状の一つととらえることが適切であって,原告の飲酒量が増加したことからいって,原告が脆弱な気質を持っていたと考えることはできない。

(エ) 被告は,原告が,前記認定事実(8)アのとおり話したことから,夫婦仲,家庭問題等から精神的負荷を受けていたと主張する。

しかしながら,原告は,平成14年から15年当時,概して,D,子ら及びDの母との関係は良好であった上,近隣住民との問題や金銭的な問題はなかったと供述していることに加え(原告供述),前記認定事実(6)カのとおりDが,原告のために,C所長に抗議をしていることなどをも考慮すると,原告は,夫婦仲も悪くなく,大した家族問題,金銭的な問題等もなかったと認めるのが相当である。なお,同認定に反する,前記認定事実(8)アの原告の発言は,原告が,ストレス性うつ病に罹患したため,ストレス性うつ病が発症する以前であれば,夫婦間,家族間にしばしばみられ,本来であれば自分一人で気持ちの整理がつく程度の問題が整理できなくなり,気持ちを爆発させた出来事に関するコメントをしたものと解するのが相当であり(証拠<省略>),これらの発言があるからといって,本件発症前に過度な精神的負荷に襲われていたと認めることはできない。

(オ) そうすると,原告には業務外の要因において,通常の日常生活で感じる以上の精神的負荷はなく,被告の前記主張は認められない。

第4結論

以上より,原告のうつ病による障害は業務に起因するものであるから,それを認めず原告に対する労災保険法による休業補償給付をしないとした本件各処分は違法であり,取消しを免れない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 和久田斉 裁判官 遠藤浩太郎  裁判官 桐谷康)

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