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鳥取地方裁判所 平成22年(ワ)291号 判決 2011年9月16日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

被告は、原告に対し、1億円を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は、社債、株式等の振替に関する法律(以下「法」という。)の規定の適用を受け、日本銀行を振替機関(法2条2項、47条)とする別紙国債目録記載の国債(以下「本件国債」という。また、国債振替決済制度で取り扱われる国債を「振替国債」という。)につき口座管理機関(法2条4項)である株式会社a銀行(以下「a銀行」という。)に別紙顧客口座目録記載の顧客口座を開設した原告が、本件国債の発行者である被告に対し、直接本件国債の償還を求める権利を有する旨主張して、元金1億円の支払を求めた事案である。

2  前提事実(争いのない事実並びに証拠(甲1、2の1、2、甲3の1ないし3、甲4、乙1、4、5)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  原告は、平成17年10月28日、a銀行本店営業部に対し、本件国債に、9912万円を支払い、同行は、同年11月2日、原告について別紙顧客口座目録記載のとおりの記録をした(甲1)。

なお、本件国債を含む平成17年9月30日発行の国債の発行条件等について規定した財務省告示第383号(乙1)には、本件国債を含む同日発行の国債が、法の規定の適用を受け、日本銀行を振替機関とすること、また、償還期限は平成22年9月20日であり、元利金支払場所は日本銀行であることなどが規定されていた。

(2)  国債振替決済制度において、日本銀行は、法11条に基づき、国債の振替機関として、国債の振替に関する業務を行い、また、振替業の実施に関し必要な事項として、日本銀行国債振替決済業務規程(乙2。以下「規程」という。)を定め、国債振替決済制度を運営している(規程1条)。

また、a銀行は、振替国債の振替を行うための口座(参加者口座)を開設した参加者(規程2条5号)、口座管理機関(法2条4項)であり、参加者口座に記載すること等によって、振替国債の振替を行うものである。さらに、原告は、a銀行から振替国債の振替を行うための口座(顧客口座)の開設を受けた顧客(規程2条9号)、加入者(法2条3項)である。なお、加入者である原告にとって、その口座が開設されているa銀行は、原告の直近上位機関(法2条6項)に当たる(弁論の全趣旨)。

(3)  原告は、平成22年8月10日付けの通知書をもって、別紙顧客口座目録記載の顧客口座を管理するa銀行に対し、他の口座管理機関への振替の申出をし、そのための依頼書を送付するよう求めた(甲2の1)。これに対して、a銀行は、同月12日付けの「回答ならびにお願い」と題する文書をもって、原告に対しては弁済期の到来した貸金債権を有するところ、銀行取引約定書によって、他の口座管理機関への振替を拒む商事留置権と同一の権利がある、あるいは、原告に対する貸金債権と本件国債の償還金の相殺が期待されているとして、a銀行の原告に対する貸金債権の存否をめぐる別件訴訟の決着がつくまで手続を待ってほしい旨回答した(甲2の2)。

(4)  原告は、同月20日付けの通知書をもって、財務省及び日本銀行に対し、a銀行に対し振替口座の変更を依頼したところ、a銀行より商事留置権の主張があり、振替口座の変更には応じられないとの回答があった旨通知し、株式会社b銀行の口座に振替口座の変更を求めた(甲3の1)。これに対して、財務省は同月25日付けの文書をもって、日本銀行は同月26日付けの文書をもって、それぞれこれに応じない旨回答した(甲3の2、3)。

(5)  原告は、同年9月6日付けで、a銀行に対し、当初振込先として指定した別紙国債目録の「口座番号」欄記載の口座を解約する旨記載した文書を送付した(甲4)。

(6)  被告は、本件国債の償還期限である同月20日が銀行休業日であるため、その翌営業日である同月21日に、日本銀行に対し、本件国債の償還金を含む同月20日期日償還の公債償還資金11兆7982億8600万円を送金し、本件国債の償還手続を行った(乙4、5)。

3  争点

原告は、被告に対し、直接、本件国債の償還を求めることができるか。

4  当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 法95条2項は、振替の申請について、加入者が直近上位機関に行うと規定する。しかしながら、同規定は手続を定めたにすぎず、しかも、法の目的に、権利者の保護もあることを考慮すれば、原告が被告に直接、請求する権利がないことを定めたものではないと解釈すべきである。

そして、通常であれば、原告が直近上位機関であるa銀行に振替先変更の申請をした場合、a銀行は「遅滞なく」あるいは「直ちに」振替先の変更手続をとらなければならない(法95条4項、5項)ところ、本件は、原告が、上記申請をしたにもかかわらず、a銀行がこれを拒否するという現行法が予定しない場合であり、法及び規程が予定した手順を踏んで償還手続を進める前提を欠いている。そこで、このような場合については、法及び規程には定めがないのだから、債権債務関係の原則に立ち返り、債権者(原告)は、債務者(被告)に対し直接、弁済(償還)を請求できると解すべきである。そうでなければ、手続法をもって実体的権利を奪うこととなり、不当である。

そうすると、被告は、前記前提事実(6)のとおり、原告からa銀行が上記申請を拒否した旨の通知を受けながら、a銀行の主張の当否を検討することなく償還手続を行っているが、この償還手続は、無権利者に対し行われたものであって無効である。また、被告は、参加者であるa銀行が原告の振替口座変更届けを拒否するという現行法が予定しない状況であることを認識しており、上記無権利者への償還手続を行ったことについて、悪意あるいは重大な過失があり、別途原告に償還金を支払う義務がある。

イ また、法99条は、振替国債の質入れにつき、質権者がその口座における質権欄に当該質入れに係る金額の増額の記載又は記録を受けなければその効力を生じない旨規定するところ、被告の解釈では、原告が振替先を変更しようとしても、直近上位機関であるa銀行がこれを拒否すれば、変更することができず、しかも、a銀行は、被告、日本銀行から償還された償還金の原告に対する支払債務と原告に対する債権とを対当額で相殺することができることになり、a銀行に、質入れに係る金額の増額の記載又は記録を受けなくとも質入れと同じ効果を得させることになって、法99条に反し不当である。

(2)  被告の主張

ア 国債振替決済制度においては、国債の償還に当たり、元利金は、発行者である被告から振替機関たる日本銀行に支払われ、その後、日本銀行から参加者等へ、参加者等から顧客へ、各段階を経て顧客に配分される。また、振替の申請についても同様に、段階的な仕組みが採用されている(法95条2項、規程34条、35条)。このような国債振替決済制度の仕組みに照らせば、振替国債について、国債権者が、直近上位機関や振替機関たる日本銀行等の金融機関を介さず直接発行者である被告に対して、実体的な権利関係に係る主張に基づき、元利金の支払を求めることはできない。

イ また、国債振替決済制度は、法及び規程等により規律されており、振替国債の国債権者も、当該国債が振替国債であり、法及び規程等の規律を受けることを了解して当該国債を取得している。したがって、被告が国債振替決済制度に則った取扱い(日本銀行への支払による償還)を行っている限り、当該償還は適法かつ有効で、償還によって被告の債務は消滅したものというべきであり、当初から予定されていたとおりに国債振替決済制度に則った取扱いをすることを、国債権者の実体的権利を奪うものと評価することはできない。

また、原告の前記(1)アの主張を前提とすれば、債務者は、振替口座簿の記載等を信用することができず、常に過誤払の危険を負うことになり、決済の安定性・迅速性等の最大限の保護のために権利の帰属については振替口座簿の記載等により定まることとして債務者の過誤払のリスクの低減を図った法の趣旨を没却し、ひいては国債振替決済制度そのものの存立を危うくすることとなる。

ウ 仮に、国債振替決済制度に反するような取扱いがされたため国債権者が同制度に則った償還が受けられない場合であっても、国債権者は、直近上位機関に振替先の変更を求め、また、参加者等との契約(規程20条参照)に基づき参加者等に対して配分を請求して、必要であれば司法上の救済を求める等、その取扱いの是正を図る方策が存在するのであるから、同制度に則った取扱いをしている者に対し、同制度に対する信頼や国債に係る決済の安定性・迅速性を犠牲にしてまであえて同制度と異なる取扱いをすべき義務を負わせる必要はない。そもそも、原告が前記(1)イで主張するような事態は、原告とa銀行との間に本件国債とは無関係の債権債務関係があるために生じるのであって、それは国債振替決済制度に基づく国債の償還の有効性とは別次元の問題であって、専ら原告とa銀行との間で解決されるべき問題である。

第3当裁判所の判断

1(1)ア 原告は、前記第2の4(1)アのとおり、法の目的に、権利者の保護もあることを考慮すれば、法95条2項は、手続を定めたものであって、原告が被告に直接、請求する権利がないことを定めたものではないと主張して、実体的権利関係に基づき、国債権者である原告は、本件国債の発行者である被告に対し、直接国債の償還を請求できるとする。

イ  しかしながら、国債は、国債に関する法律(明治39年4月11日法律第34号)に基づき発行され、振替国債を巡る権利関係は同法律、法及びそれら関連法令によって規律されており、これらの法令を離れて国債権者が実体法上の権利を有することはできない。そして、法は、振替国債についての権利の帰属は、同法の定める振替口座簿の記載又は記録により定まるものとした上(法88条)、特定の銘柄の振替国債の振替の申請及び抹消の申請について、加入者(直近下位機関)がその直近上位機関に対して行うと規定し(法95条2項、96条2項)、権利の帰属を定める名簿を個々の直近上位機関ごとに作成するものとしている。こうした権利の帰属の定め方は、民法上の債権譲渡にみられるような、インフォメーションセンターとしての債務者という一箇所において公示を図るというものとは全く異なり、個々の加入者(顧客)が、振替機関又は口座管理機関を通して口座の開設を受けるものとされる段階的・多層的な構造を採用しているものである。そうすると、振替国債について顧客口座簿への記録を完了した顧客は、もともとの国債の債権者から債権の一部又は全部の譲渡を受けたものと評価することはできず、直近上位機関との間で直近上位機関がさらに上位の機関から送金された償還金を原資として、直近上位機関との間の契約において定められた規定に基づく権利を取得するにすぎないものと解するのが相当である。日本銀行は、元利金を受領した上で、これを参加者に配分し、この配分を受けた参加者は、さらにこれを顧客に配分しなければならないと規定されているのは(規程73条参照)、こうした理解を前提としているものと解される。

ウ  そうすると、原告は、参加者等であるa銀行に対して、同銀行が原告に代わって受領した償還金の配分を請求しうるという契約上の権利を取得するにすぎず、直近上位機関(参加者)や日本銀行を介すことなく直接、発行者である被告に対して、償還金の支払を求める実体的権利を有すると認めることはできない。

エ  したがって、原告は被告に対して直接、償還金の支払請求権を有するものではなく、この点の原告の主張は採用することができない。

(2) また、原告は、本件について、原告の直近上位機関であるa銀行が原告の振替先変更の申出を不当に拒否するという現行法が予定しない場合であり、このような場合には法の適用はないとして、債権債務関係の原則に立ち返り、原告は、被告に対し直接、償還を請求でき、そのように解さなければ、手続法をもって実体的権利を奪うことになり、不当である旨主張する。

しかしながら、加入者に直近上位機関へ振替先の変更を求めることが認められているのは、口座管理機関の破綻や誤記録等が将来生じた場合に、配分請求権に基づく回収をしえないリスクを回避する手段を付与するためと解されるところ、本件では、a銀行は、原告に対する貸金返済債権との相殺を予定しており、商事留置権に基づき原告の振替先変更の申請を拒否することができる旨の主張をしているにすぎず、こうしたリスク回避を合理的な理由なく妨害しているものとはいえないから、そのことが直ちに不当なものであると評価することはできない。

しかも、原告は、a銀行に対し、償還金の配分を請求する訴訟を提起し、a銀行が主張するものと予想される相殺の抗弁が排斥されて、勝訴した場合には、民事執行手続によって回収を図ることが可能であり、前記(1)で説示したことをも考慮すると、原告の実体的権利が奪われた状態にあるわけではない。

また、仮に原告の主張するように解すると、被告としては、振替口座簿の記載をもとにして振替機関である日本銀行に対して償還手続をとった場合であっても、別途振替口座簿に登載された者に償還金を支払う義務を負うことになり二重払をさせられることとなる。そして、そのような場合に振替口座簿に公債された者に償還金を支払った上で日本銀行に対して求償することができると解したとしても、このような事態は、国債に係る権利の帰属については振替口座簿の記載等により定まることとして決済の安定性・迅速性を確保し、国債の流通を図った法の趣旨に反することは明らかである。

したがって、原告の前記主張は採用することができない。

(3) さらに、原告は、前記第2の4(1)イのとおり、被告に対する請求を否定した場合、a銀行に、質入れに係る金額の増額の記載又は記録を受けなくとも質入れと同じ効果を得させることになり、法99条に反し不当である旨主張する。

しかしながら、a銀行が原告の振替先変更の申出を拒否しても、なお原告とa銀行との間で解決する方策が存在することは前記(2)のとおりであり、この点の原告の主張も採用することができない。

2 結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 和久田斉 裁判官 遠藤浩太郎 西山芳樹)

(別紙)<省略>

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