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鳥取地方裁判所 平成22年(ワ)320号 判決 2014年4月23日

甲事件原告

X1(以下「原告X1」という。)

乙事件原告

X2(以下「原告X2」という。)

原告ら訴訟代理人弁護士

大田原俊輔

房安強

甲・乙事件被告

学校法人Y1学園(以下「被告学園」という。)

同代表者理事長

甲・乙事件被告

Y2(以下「被告Y2」という。)

甲事件被告

Y3(以下「被告Y3」という。)

被告ら訴訟代理人弁護士

安田寿朗

林一蔵

主文

1  被告学園及び被告Y2は,原告X1に対し,連帯して,金110万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,被告学園及び被告Y2に生じた費用の2分の1と原告X2に生じた費用を原告X2の負担とし,被告学園に生じた費用の40分の1及び原告X1に生じた費用の20分の1は被告学園の負担とし,被告Y2に生じた費用の10分の1及び原告X1に生じた費用の5分の1は被告Y2の負担とし,その余の訴訟費用はすべて原告X1の負担とする。

4  この判決は,1項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  甲事件

(1)  原告X1が,被告学園に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)  被告学園は,原告X1に対し,22万4411円及びこれに対する平成22年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被告学園は,原告X1に対し,平成22年11月から本判決確定日まで,毎月21日限り月額金40万8032円の割合による金員並びにこれらに対する毎月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  被告らは,原告X1に対し,連帯して,金550万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  乙事件

(1)  被告学園は,原告X2に対し,平成22年11月から平成23年9月まで,それぞれ毎月21日限り金3万円及びこれらに対する毎月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告学園及び被告Y2は,原告X2に対し,連帯して,金220万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  甲事件

本件は,被告学園と雇用契約を締結していた原告X1が,平成22年10月15日に懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)されたところ,原告X1が,本件解雇を不服として,被告学園に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,本件解雇後賃金として,同年10月分につき,22万4411円及びこれに対する平成22年10月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,同年11月分以降につき,平成22年11月から本判決確定日まで,毎月21日限り月額金40万8032円の割合による金員並びにこれらに対する毎月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,さらに,被告学園の理事長であった被告Y2と元鳥取県議会議員であった被告Y3が,原告X1に対し,共同して,違法な退職勧奨及び違法な本件解雇をした旨主張して,被告Y2及び被告Y3に対しては,共同不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告学園に対しては,私立学校法29条に基づき,連帯して550万円及びこれに対する最後の不法行為日である平成22年10月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(2)  乙事件

本件は,被告学園と委任契約を締結していた原告X2が,平成22年10月15日に懲戒解任(以下「本件解任」という。)されたところ,原告X2が本件解任を不服として,被告学園に対し,本件解任後の報酬として,平成22年11月から平成23年9月まで,それぞれ毎月21日限り金3万円及びこれらに対する毎月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,違法な本件解任をした被告学園及び本件解任を主導した被告Y2に対し,共同不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,220万円及びこれに対する不法行為日である平成22年10月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提事実(証拠等認定の根拠を示さない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告X1は,平成17年11月に公立中学校の教員を退職した後,平成18年4月,被告学園に参事として採用された者であり,平成19年4月以降は,私立a高校(以下「a高校」という。)の副校長(以下,単に「副校長」という。)として勤務していた者である。また,原告X1は,平成19年4月から平成21年3月31日まで,被告学園の理事(以下,単に「理事」という。)も務めていた。

イ 原告X2は,平成17年10月7日以降,理事を務めていた者であり,その任期は平成23年10月6日までとなっていた。

ウ 被告学園は,a高校,b第一幼稚園ないしb第五幼稚園の各幼稚園及び専門学校c学院を経営する学校法人である(証拠<省略>)。

エ 被告Y2は,平成17年4月からa高校の校長(以下,単に「校長」という。)を務めていた。また,平成18年4月から被告学園の理事長(以下,単に「理事長」という。)をも兼任して務めていた(証拠<省略>)。その後,被告Y2は,平成24年3月に理事長及び校長の職を退いた。

オ 被告Y3は,鳥取県議会の元議員であり,本件以前に被告学園を巡り教職員と経営側が紛争となった際に,解決に尽力した者である。

(2)  本件に関する被告学園の規程,規則及び寄附行為

ア 定年退職者の管理職採用に関する規程(証拠<省略>,以下「本件管理職規程」という。)

(ア) 第1条

この規程は,国又は地方公共団体等の退職者及び「教職員の定年に関する規程」による定年退職者を管理職として採用する場合に必要な事項を定めるものとする。

(イ) 第3条

a 第1項

この規程に基づく管理職は,理事長が理事会に諮って採用することができる。

b 第2項

前項に基づき採用する者の任用期間は2年以内(前任者が任期の途中で退職した場合は,前任者の残任期間とする。)とし,理事長が必要と認めたときは,理事会に諮ってその者の任用期間を更新することができる。

但し,更新による任用の期限は,満65歳の到達日の属する年度までを限度とするが,特段の事情がある場合は,後任の者が採用されるまでその職務を行うことができる。

イ 教職員の服務に関する規則(証拠<省略>,以下「本件服務規則」という。)

(ア) 第1条

この規則は,本学園に勤務する教職員の服務規律及び待遇に関する基準,その他就業に関する事項(以下「教職員服務規則」という。)について定めることを目的とする。

(イ) 第2条

この規則において教職員とは,本学園に常時勤務する教育職員,事務職員及び技術職員,現業職員(以下「教職員」という。但し,休職等の代員を除く。)とする。

(ウ) 第28条

教職員の懲戒の種類及び程度は,譴責,訓戒,停職,降格,諭旨免職,懲戒免職の6種とし,次の各号に定めるところにより,理事会で審議の上処分する。(柱書)

a 1号ないし4号につき省略。

b 諭旨免職は,退職願の提出を勧告し即時退職を求め,催告期間内に応じない場合は懲戒免職とする。(5号)

c 懲戒免職は,予告期間を設けないで即時解雇し,退職金を支給しない。(6号)

d 訓戒,退職,降格,諭旨免職,懲戒免職は,次の各号の一に該当する場合に,審議の対象とする。(7号柱書)

(a) 本学園の教育方針に違背する行為をなしたとき。((ア))

(b) 公務上又は管理上の正当な指示命令に反抗し,学園の秩序を乱したとき。((イ))

(c) 故意又は過失により,本学園に重大な損害を与えたとき。((ウ))

(d) 職務に関し,不当に金品その他の利益を収受し,又は詐取したとき。((エ))

(e) 重大な反社会的行為があったとき。((オ))

(f) 経歴を詐り,勤務に関する手続,その他の届を怠ったとき。((カ))

(g) その他,前各号に準ずる不都合な行為があったとき。((キ))

ウ 役員等に関する規程(証拠<省略>,以下「本件役員規程」という。)

(ア) 第2条

役員とは,理事及び監事をいう。

(イ) 第8条1項

役員の任期は,3年とする。ただし,再任することができる。

(ウ) 第16条

役員は,次の事項を遵守しなければならない。これに違反した場合の懲戒等については,理事会で決定する。

a 学園に対する背信行為により,学園及び学園の方針を傷つけ又は学園全体の不名誉となるような行為をしないこと。(1号)

b 学園の内外を問わず,業務上の機密事項のほか,学園の不利益となる事項を他に漏洩しないこと。(2号)

c 学園と利害関係のある取引先から,不当に金員を接受し又は飲食等のもてなしを受けないこと。(3号)

d 理事会の承認なく,他の会社等の役員に就任し又は社員として雇用契約を締結しないこと。(4号)

e 理事会の承認なく,学園の利益と相反する行為をしないこと。(5号)

f 前各号のほか,役員として相応しくない行為をしないこと。(6号)

エ 学校法人Y1学園寄附行為(以下「本件寄附行為」という。)第11条1項(証拠<省略>)

役員が次の各号の1に該当するに至ったときは,理事総数の4分の3以上出席した理事会において,理事総数の4分の3以上の議決及び評議員会の議決により,これを解任することができる。(柱書)

(ア) 法令の規定又はこの寄附行為に著しく違反したとき。(1号)

(イ) 心身の故障のため職務の執行に堪えないとき。(2号)

(ウ) 職務上の義務に著しく違反したとき。(3号)

(エ) 役員たるにふさわしくない重大な非行があったとき。(4号)

(3)  原告らが本件解雇又は本件解任に付されるまでの経緯

ア 原告X2は,平成17年10月7日,被告学園の理事に選任された(弁論の全趣旨)。

イ 原告X1は,平成18年4月1日,被告学園に参事として採用され,被告学園との間で雇用期間を2年と定めて雇用契約を締結した(証拠<省略>,以下「第1次雇用契約」という。)。

ウ 原告X1は,平成19年4月1日,a高校の副校長に昇任した(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。また,原告X1は,同月,被告学園の理事に任命された(弁論の全趣旨)。

エ 被告学園の理事会は,平成20年3月31日までに,第1次雇用契約を更新するかどうかについての決議をしなかった。しかしながら,原告X1は,平成20年4月1日以降も,副校長として勤務を継続し,被告学園及び被告Y2は,この原告X1が勤務を継続したことについて,何ら異議を述べなかった。そのため,第1次雇用契約は,黙示に更新された(以下,この更新された契約を「第2次雇用契約」という。)。

オ 原告X2は,同年10月7日,被告学園の理事に再任された。

カ(ア) 原告X1は,平成22年2月1日,被告Y3の自宅の郵便受けに,同日付けの手紙(以下「本件手紙」という。)を投函した。

(イ) 本件手紙には以下の記載が含まれていた(証拠<省略>)。

a 被告Y2が被告学園の教職員に対して不公平な扱いをしていること。

b 被告Y2が不当にa高校の校舎改築を強行していること。

c 被告Y2が不当に理事長兼校長の給与の増額を求めていること。

d 被告Y2には,相撲場の建設工事及び部室の新築工事の資金について悪い噂が広まっていることから,このままでは,被告学園が被告Y2に都合よく利用されてしまうことになるだけでなく,被告Y2が近いうちに警察沙汰になってしまう可能性もあるため,原告らは「倒閣運動」を進行させており,ついては,被告Y3にも,原告X2と面会して,この「倒閣運動」についての話を聞いて欲しいこと。

(ウ) また,本件手紙には,平成22年2月当時の理事10名のうち,被告Y2とB理事を除く8名の理事は,被告Y2に反対している旨が記載された書面が添付されていた(証拠<省略>)。

キ 被告学園の理事会は,平成22年3月31日までに,第2次雇用契約を更新するかどうかについての決議をしなかった。しかしながら,原告X1は,平成22年4月1日以降も,副校長として勤務を継続し,被告学園及び被告Y2は,この原告X1が勤務を継続したことについて,何ら異議を述べなかったため,第2次雇用契約は黙示に更新された(以下,平成22年4月1日以降の雇用契約を「第3次雇用契約」という。)。

他方,原告X1は,同年3月31日限りで,被告学園の理事を退任した。

ク(ア) 被告Y3は,同年10月1日,被告学園に対し,本件手紙をFAXで送信した(証拠<省略>)。

(イ) 被告Y2は,同日の臨時理事会において,原告X1が作成し,かつ,下記(ウ)の内容を含む全29枚の文書(以下「29枚の文書」という。)が,8月18日にa高校本校校舎2階の第一職員室のC教諭(以下「C教諭」という。)のレターボックスで発見されたこと及び本件手紙が被告Y3の自宅郵便受けに投函されたことを指摘し,これを「個人情報の漏洩」の問題として取り上げた(証拠<省略>)。

(ウ) 29枚の文書は,以下の書面を含むものであった。このうち,dないしkは原告X2が作成又は収集した書面である。

a 学校法人Y1学園a高等学校の理事長兼校長Y2氏に関する報告書

b a高等学校20代の若き専任教諭に聞く

c 副校長への退職勧奨について

d a高等学校校舎建築,並びに理事長給与増額に関する件,等について(報告)

e 学園問題対策委員会に対する,理事長発言について(具申)

f 「1,D理事辞任に関して」で始まる文書

g 「1,a高校校舎改築に関する件について」で始まる文書

h 学校法人Y1学園 理事長兼a高校 校長 Y2に関する報告書

i 横領,背任事件について

j 学校法人Y1学園並びにa高校における辞任強要事件について

k a高校相撲部後援会懇親会について

l 文部科学省高等教育局私学部私学行政課法規係が原告X2に対して問合せの回答をしたメールを印刷した書面

(エ) 同臨時理事会においては,29枚の文書の内容及び本件手紙の差出人名(原告X1となっている。)に照らして,29枚の文書及び本件手紙の作成に係る原告X1の関与を疑う者が出席理事の多数を占め,原告X1の言い分を聞くべく,「個人情報漏洩事案特別委員会」(以下「特別委員会」という。)を設置することが決定された(証拠<省略>)。

(オ) また,同臨時理事会において,第2次雇用契約の雇用期間を平成22年3月31日までとすることを追認すること及び第3次雇用契約の雇用期間を同年10月31日までとすることが決議された(証拠<省略>)。

(カ) 前記(オ)の決議を受けて,被告学園は,原告X1に対し,同年○月○日,第2次雇用契約の辞令書として「任用期限は平成22年3月31日までとする」と記載された平成20年4月1日付け辞令書を,第3次雇用契約の辞令書として「任用期限は平成22年10月31日までとする」と記載された平成22年4月1日付け辞令書を交付した(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

ケ 被告学園は,平成22年10月5日,原告X1に対し,同日付けの「個人情報の外部漏洩に関する調査特別委員会の設置について(通知)」と題する書面を交付し,同月8日に開かれる特別委員会への出席を要請した(証拠<省略>)。

コ 原告X1は,同日に開かれた特別委員会に出席したものの,特別委員会の委員からされた本件手紙及び29枚の文書の作成に関する質問に対し,ほとんど回答しようとはしなかった(証拠<省略>)。

サ(ア) 被告学園は,同月12日に開かれた臨時理事会において,原告X1を諭旨免職とすることを決議した(証拠<省略>)。

また,同臨時理事会では,本件手紙の中に原告X2の関与を疑わせる記載があること及び29枚の文書の中には原告X2作成の文書が含まれていることから,原告X2が本件手紙の作成及び29枚の文書の作成に関与していると推測できることを理由に,同月14日の特別委員会でX2理事の言い分を聞くことを決定した(証拠<省略>)。

(イ) 被告学園は,同月12日,原告X2に対して,同日付け「個人情報が記載された漏洩文書に関する聞き取りについて(通知)」と題する書面を交付し,同月14日に開催される特別委員会への出席を要請するとともに,同書面に記載された質問事項に対する回答を依頼した(証拠<省略>)。

シ 被告Y2は,同月13日,原告X1に対し,同月13日付けの辞令書を交付し,原告X1を諭旨免職とする旨及び同月14日までに退職に応じない場合には,懲戒免職とする旨通知した。それに対し,原告X1は,当該諭旨免職は承伏できない旨を伝えた。

(以上につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)

ス(ア) 原告X2は,同日付けで,被告Y2に対し,前記サ(イ)の質問事項に対する回答を送付したが,同日に開催された特別委員会を欠席した(証拠<省略>)。

(イ) 原告X1は,同日の夕方までに,被告学園に退職届を提出しなかった。そこで,被告Y2は,同日午後4時過ぎ,原告X1に対し,本日中に退職届が提出されなければ,別個に辞令書を交付しなくとも,自動的に懲戒免職となる旨を伝えた。この発言を受けて,原告X1は,被告Y2に対し,諭旨免職には到底納得できない旨伝えるとともに,同月13日付け辞令書には具体的な処分理由が記載されていなかったことから,処分理由を具体的に記載した書面を交付するよう求めた。

(以上につき,証拠<省略>)

そして,原告X1は,同月14日中に退職届を提出しなかったことから,同月15日に懲戒免職(本件解雇)となった(弁論の全趣旨)。

セ 被告学園は,同月15日に開かれた臨時理事会において,被告X2を解任する旨の決議(本件解任)をした(証拠<省略>)。

また,同日に開かれた臨時評議員会でも,本件解任が決議された(証拠<省略>)。

ソ 被告学園は,同月20日,原告X1に対し,同日付けの「懲戒処分に関する理由について(通知)」(以下「本件解雇理由書」という。)を,原告X2に対し,同日付けの「役員の解任に関することについて(通知)」(以下「本件解任理由書」という。)を交付して,それぞれの処分の理由を明らかにした(証拠<省略>)。

タ 被告学園は,原告X1に対し,平成24年3月27日,当審第3回弁論準備手続期日おいて,第3次雇用契約は同月31日の経過をもって期間満了により終了する旨通知した。

(4)  甲事件及び乙事件の提起

ア 原告X1は,平成22年10月20日受付の訴状によって,甲事件を提起した(職務上顕著な事実)。

イ 原告X2は,平成23年3月17日受付の訴状によって,乙事件を提起した(職務上顕著な事実)。

3  争点

(1)  甲事件に関する争点

ア 本件解雇の懲戒解雇としての有効性

(ア) 原告X1の行為が本件服務規則28条7号各号に該当するか(争点1-1)。

(イ) 前記(ア)が肯定される場合において,本件解雇は懲戒権ないし解雇権の濫用に当たるか(争点1-2)。

イ 原告X1と被告学園との雇用契約は更新により期間の定めのないものとなったか(争点2)。

ウ 本件解雇の普通解雇としての有効性

(ア) 本件解雇の意思表示に予備的な普通解雇の意思表示が内包されていたか(争点3-1)。

(イ) 本件解雇は労働基準法20条の手続を履践しないものとして無効となるか(被告学園が即時解雇に固執していたといえるか)(争点3-2)。

(ウ) 本件解雇は期間の定めのない労働契約の普通解雇として解雇権濫用に当たるか(争点3-3)。

(エ) 本件解雇は期間の定めのある労働契約の普通解雇として「やむを得ない事由」(労働契約法17条)があったか(争点3-4)。

エ 原告X1と被告学園との雇用契約に期間の定めがあるとされた場合(前記イ)において,契約期間は以下の(ア),(イ)又は(ウ)の日をもって満了ないし終了したか。

(ア) 平成22年10月31日(争点4-1)

(イ) 平成23年3月31日(争点4-2)

(ウ) 平成24年3月31日(争点4-3)

オ 被告らの原告X1に対する退職勧奨が不法行為となるか。これが肯定された場合の損害額はいくらか(争点5)。

(2)  乙事件に関する争点

ア 被告学園がした原告X2の解任決議の有効性

(ア) 原告X2の行為は本件役員規程16条各号及び本件寄附行為11条1項各号に該当するか(争点6-1)。

(イ) 本件解任が権利の濫用に当たるといえるか(争点6-2)。

イ 被告学園及び被告Y2が本件解任をしたことが不法行為になるか。これが肯定された場合の損害額はいくらか(争点7)。

4  当事者の主張

(1)  争点1-1(原告X1の行為が本件服務規則28条7号各号に該当するか。)について

ア 被告学園の主張

以下のとおり,原告X1は本件服務規則28条7号(ア),(イ),(オ),(キ)に該当する行為を行ったものである。

(ア) 原告X1によるクーデターの画策とその遂行

a 被告学園では,平成22年2月当時,理事会等を通じ,a高校の校舎改築,部室の新築,相撲場の建設,理事長兼校長の給与の改定,教職員の給与の改定等に関する経営方針が決定されており,被告Y2はその経営方針を遂行しようとしていた。

それにもかかわらず,原告X1は,平成22年2月ころから,前記のとおり決定済みの被告学園の経営方針及び被告Y2の職務執行に対して不満を抱き,原告X2と共同して,被告Y2を理事長兼校長の職から退任に追い込もうとクーデターを画策した。

b 原告らは,前記aの目的を達成するために,①被告Y2が,被告学園の経営状況の悪化とこれによる教職員の給与カットが問題になっている中で,理事長兼校長の給与だけを増額しようとしているとの虚偽の事実,②a高校の校舎改築,部室の新築,相撲場の建設などの職務執行をする際に,横領・背任などの刑事責任を問われかねないような行為を行ったおそれがあるとの虚偽の事実,③被告Y2が相撲部の寮の賄い手当に関して横領・背任行為を行ったかのような虚偽の事実及び④被告Y2が被告学園の教職員に対して退職強要を含むパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)を繰り返しているというような虚偽の事実などを記載した資料を収集・作成した上で,29枚の文書及び本件手紙を作成した。

そして,原告らは,29枚の文書の適切な管理を怠り,29枚の文書に記載された被告Y2個人の秘密及び被告学園の経営上の秘密を外部に漏洩させた。

なお,29枚の文書が平成22年8月18日に第一職員室のC教諭のレターボックスから見つかったことからすれば,原告らが29枚の文書を漏洩させた経緯は,原告X1が,29枚の文書をコピーするなどのために,第一職員室に29枚の文書を持ち込んで,置き忘れたというものであったと考えられる。

c また,原告らは,前記bのとおり,被告Y2が刑事責任を問われかねない行為を行ったなどと喧伝して,被告学園内あるいは被告学園の理事会において多数派工作を行った。

d さらに,原告らは,被告学園の外部から政治的その他の圧力を加えることを画策して,被告学園に影響力を有する元県議会議員の被告Y3に対して本件手紙を交付し,被告Y2を退任に追い込もうとした。

e しかも,原告らは,被告学園や被告Y2について,国や県に通告した上,原告X1は,被告Y2がパワハラをしたなどの虚偽の情報を報道機関に流して,新聞に「元副校長に続き元学園理事も提訴へ」などの報道をさせるなどし,被告学園に無用な混乱を発生させた上,被告学園の信頼を失墜させた。特に,元副校長提訴の新聞報道は,平成23年度にb幼稚園に入園する園児の募集時期と重なったために,当該報道以前の目標に比べて,入園を希望する人数が大幅に減り,被告学園の経営にとって甚大な損害をもたらした。

f これらの原告らの行為は,被告Y2の名誉を毀損し,学園の正常な運営を乱す行為であり,刑事罰にも相当する極めて重大な反社会的行為であるといえることから,本件服務規則28条7号(オ),(キ)に該当するといえるし,そのような反社会的行為をするということは,正義と人道的立場に立って子どもを教育するための教育機関にはあってはならないものであるといえるから,同号(ア)にも該当するといえる。また,違法行為を行わないことは,被告学園において明示的に禁止されてはいないとしても,黙示に禁止されている行為であるといえるから,原告らのこれらの行為は同号(イ)に該当するともいえる。

(イ) 事案解明への非協力的な態度の表明

原告X1は,本件の事実関係を解明するために開かれた平成22年10月8日の特別委員会に出席したものの,1時間半に及んだ質疑に対して具体的な回答を拒んだ上,裁判で明らかにしたいというような敵対的な態度を終始一貫してとるなど,事実解明に対して非協力の態度をとり続けた。このような原告X1の態度は,同号(イ)及び(キ)に該当する。

イ 原告X1の主張

被告学園の前記主張はいずれも争う。とりわけ,以下の(ア),(イ)の事実に照らせば,原告X1の行為をもって反社会的行為であるとか,これに類する行為であるなどということは到底できない。

(ア) 原告X1の諸活動の正当性・相当性

被告Y2は,以下に述べるとおり,極めて問題の大きい職務執行行為を繰り返してきたものであって,原告らは,被告Y2の職務執行の違法性・不当性を疑うに足りる十分な根拠を有していた。したがって,原告X1が被告Y2をして理事長兼校長の職から退任させようとして行った諸活動には目的において全く正当であり,後述のとおり手段においても相当なものである。

a 被告Y2の職務執行の問題性

以下のとおり,被告Y2の被告学園理事長兼校長としての職務執行行為は,かねてより大きな問題を含むものであった。

(a) a高校相撲部の寮に係る賄い手当の問題

被告学園は,自宅をa高校相撲部の寮として提供していたE教頭(以下「E教頭」という。)夫婦に対し,かねて,賄い手当として月に15万円を支給しており,被告Y2はこれに関与していた。そして,この賄い手当の支出については,理事会の承認がされていなかった上,この賄い手当の収支計算は明らかにされていなかった。したがって,この「賄い手当」の支出は,不明朗な支出であるといわざるを得ず,「賄い手当」がE教頭夫妻の個人的な資産形成に充てられている疑いを否定できない状況にあった。

このようにして,「賄い手当」の不明朗な支出に関与していた被告Y2が,ひいて横領や背任などの刑事罰に当たる行為に関与していた可能性は否定できない状況にあった。

(b) a高校相撲場建設費の問題

被告学園の理事会は,a高校相撲場建設費につき,平成19年11月の段階で,概算費用を4000万円とする決議をしていたが,被告Y2は,その後理事会で何ら説明することなく,相撲場の建築費を5176万5000円まで増額した。

また,相撲場建設工事の請負金額は5176万5000円であり,そのうち730万5000円は国庫補助金で賄うこととされていたため,この工事で被告学園の負担する金額は4400万円強であったにもかかわらず,被告Y2は,被告学園の預金口座から,相撲場建設を理由に6366万6000円を引き出し,しかもこの多額の引き出しについて,理事会で何ら説明をしなかった。

以上からすると,被告Y2の相撲場の建設に関する職務執行は危惧の念を抱かれてもやむを得ないものといえた。

(c) ミス・ワールド世界大会の出張旅行費の問題

被告Y2は,ミス・ワールド世界大会に出場することになったa高校卒業生Fの応援ツアーに,同人の出身高校の校長として参加した際,その費用を公費として被告学園に負担させた。

このような費用の支出自体不適切なものである上,前記応援ツアーには,ミス・ワールド世界大会とは無関係のマブラ野生保護区におけるサファリドライブの日程が組まれており,被告Y2はその費用までも公費として支出させた。

(d) a高校の部室建築の入札に係る談合問題

平成19年5月29日,a高校の部室建築に当たり入札が行われたが,その際,入札関係者間で談合が行われ,被告Y2はこの談合に関与していた。この事実は,鳥取市内の税理士からa高校の教員であるG(以下「G」という。)に寄せられ明らかになったものであり,否定できない事実である。

(e) 野球部のいわゆる甲子園出場に伴う寄付金問題

平成21年夏にa高校野球部が全国高等学校野球選手権大会(以下「甲子園」という。)に出場した際,甲子園出場特別後援会には,寄付金5000万円が集められたが,同野球部が一回戦で敗退したため,うち2800万円が残った。そこで,この残金2800万円のうち,500万円は生徒会に寄付されることとされたが,その500万円は,未だに生徒会通帳に入金がされていない。そして,この寄付金の移動については,被告Y2が指示していたことからすると,この500万円の未入金についても被告Y2が関与しているはずであり,被告Y2がこの500万円について違法な処理をしたことは十分に疑われる。

(f) 平成22年2月19日に実施された相撲部総会の祝賀会問題

相撲部総会の会費は一人1万円であったが,実際には一人3000円分の酒食しか提供されていなかった。そうすると,被告Y2はその差額について違法な処理をした可能性がある。

(g) a高校の校舎改築問題

a高校の校舎改築計画については,平成22年1月18日時点で,被告Y2が理事を誘導したことで選定された業者によって,基本設計はされていたものの,それ以上は進んでおらず,具体的な総工費や借入総額,返済方法などについての議論は十分にされていなかった。しかも,被告学園はa高校の相撲場の建設や部室の建築などのために多額の支出をしていたために,留保金が底をついた状況にあった。

そのような状況であったにもかかわらず,被告Y2は,同日の理事会において,突如,校舎改築実施についての決議を求めた上,この決議に反対した理事に対して強い圧力をかけるに至った。これらが理事長の行動として不適切であることは明らかである。

(h) 理事長給与増額及び教職員給与カットの問題

被告Y2は,平成22年1月18日の理事会において,これに先立つ平成20年に理事長給与が一度増額されていたにもかかわらず,再度の増額を求めた。

しかしながら,被告学園は,当時,a高校の相撲場建設や部室建築等への支出により留保金が払底していた上,少子化の影響で経営困難な状況にあり,教職員の給与カットが検討されていた。したがって理事長の給与だけが大幅に増額されるということは道理が通らないことであり,そのような状況下で給与増額を求めること自体,被告Y2の理事長としての不適切性を示すものである。

(i) 職員に対するの言動の問題

被告Y2は,原告X1のみならず,多くの教職員に対して,パワハラや依怙贔屓を繰り返しており,これらの言動は,不法行為を構成するほどに悪質なものであった。この点からも,被告Y2の理事長兼校長としての不適切性は明らかであった。

b 原告X1の行為の相当性

(a) 29枚の文書及び本件手紙作成に先立つ資料収集・作成行為について

原告らは,当時,被告学園の理事であったのであるから,被告学園の運営に関する情報や,理事長兼校長の職務執行の問題点に関する情報など,被告学園内の情報を広く収集することが求められており,したがって,被告Y2の情報や被告学園の経営に関する情報を収集することは,原告らの職責の遂行であるに過ぎない。

また,一般的に,自分と相手との会話を録音するのは違法ではないし,不当な退職勧奨などパワハラに該当しうる行為がされた場合には,会話を録音することによって自己防衛を図ることは正当な行為である。したがって,原告X1が,被告Y2などとの会話を録音して情報を収集したことは,違法ではない。

さらに,いかなる内容であれ,資料を作成すること自体が違法となることはなく,原告らが,被告Y2や学園の経営に関する資料を作成したことは,違法ではない。

以上のとおりであるから,原告らが,資料を収集・作成し,29枚の文書及び本件手紙を作成したことについては,何ら違法性がない。

(b) 原告X1が29枚の文書を置き忘れた事実の有無について

原告X1が29枚の文書を第一職員室に持ち込んで放置した事実はないから,この点を論難する被告学園の主張は誤りである。また,そもそも,29枚の文書に記載された情報に秘密といえるようなものは含まれていないし,仮に,原告X1が29枚の文書を第一職員室に放置し,これによって被告学園の職員の一部がこれを見ることになったとしても,当該文書の内容に触れる可能性があるのは文書を発見した職員や報告を受けた管理職等,被告学園の内部の者に限られる。そうすると,原告X1が29枚の文書を職員室に置き忘れたことをもって,秘密を外部に漏洩させたなどということはできない。

(c) 原告X1が他の理事と情報を共有したことについて

被告Y2の職務執行には,前記aのとおり,多くの問題が存在したのであるから,理事同士で被告Y2の情報や被告Y2に対する問題意識を共有することは,理事の職責であるといえる。したがって,理事同士で,被告Y2の情報や被告Y2に対する問題意識を共有したことに何ら問題はない。

(d) 被告Y3に対して本件手紙を交付したことについて

被告学園においては,かねて被告Y2の職務執行に疑問をもつ理事らが存在していたが,これらの反対派理事は,被告Y2によって辞任又は退職に追い込まれ,あるいは降格を余儀なくされたり再任の途を絶たれたりしてきた。

このように,被告学園は被告Y2のいわば独裁状態にあり,被告Y2の職務執行の問題につき学園内部で自律的に改善することは極めて困難であったから。外部有力者に相談して解決を図ることもやむを得ない状況にあったといえる。

そうすると,原告X1が,被告Y3に対し,本件手紙を交付するなどして,被告Y2の職務執行について相談したことは,何ら違法性がない。

なお,そもそも,被告学園は,原告らが被告Y3に対して29枚の文書を交付した事実を前提とする主張を一切していないのであるから,この事実を懲戒処分の適否の判断に当たり考慮することはできないはずである。

(e) 国や県への通告の事実の有無について

原告X1が「国への通告」,「県への通告」なるものに関与した事実は存在しない。

(f) 報道機関が被告Y2のパワハラを報道したことについて

違法なパワハラ行為の被害者が,加害者を提訴して被害を訴えることは正当な権利行使であるから,原告X1が被告らを訴えたことについて何ら問題はないし,この提訴が公の関心事として報道されたことは正当なことであるといえるから,この報道がなされたことを懲戒事由として考慮することも不適切である。

しかも,被告学園が原告X1に対して本件解雇をしたときには,「新聞報道」がされたことを懲戒事由としていなかったものであるから,「新聞報道」がされたことを懲戒事由に含めることはできない。

(g) 被告学園に「信用失墜」「甚大な損害」が生じていないこと

原告らの行為によって被告学園に「信用失墜」あるいは「甚大な損害」が発生した事実はない。このことは,被告学園がこの点に関する具体的な根拠事実を指摘できないことからも明らかである。

(イ) 原告X1の弁明の拒否について

弁明することは,懲戒対象者の権利であって,義務ではないのであるから,原告X1が弁明しなかったことが独自に懲戒理由とされるなどということはあり得ず,弁明しなかったことが本件服務規則28条7号(イ)及び(キ)に該当しないことは明白である。

(2)  争点1-2(本件解雇は懲戒権ないし解雇権の濫用に当たるか。)について

ア 原告X1の主張

以下の(ア)ないし(ウ)からすると,本件解雇は,懲戒権ないし解雇権を濫用した違法なものであるといえるから,無効である。

(ア) 懲戒解雇の手続的違法性

以下のaないしcの各事実に照らせば,本件解雇の手続は違法である。

a 被告学園が本件解雇理由書によって示した解雇理由は,その内容が不明確であった上,事実認定も具体性を欠いている。

b 被告学園は,29枚の文書が職員室で発見されたこと及び本件手紙が被告Y3の自宅の郵便受けに投函されたことについて,個人情報漏洩事案として的外れな調査をした上,特別委員会の報告をもとに,個人情報漏洩とはほとんど異なる理由によって懲戒処分を決定した。

c 使用者が,労働基準法20条の手続を履践せずに解雇するためには,懲戒解雇の事由について労働基準監督署長の認定を受ける必要があるにもかかわらず,被告学園は,本件解雇に際して,労働基準監督署長の認定を受けていない。

(イ) 行為と処分との不均衡

仮に,原告X1の行為が本件服務規則28条7号各号に該当すると認められるとしても,①原告X1が作成した資料は,29枚の文書のうち,「学校法人Y1学園a高等学校の理事長兼校長Y2氏に関する報告書」「a高等学校20代の若き専任教諭に聞く」「副校長への退職勧奨について」のみであること,②原告X1は,個人的な相談をするために,被告Y3に本件手紙を渡しただけであること,③仮に原告X1が第一職員室に29枚の文書を置き忘れたという事実があったとしても,置き忘れたのは「過失」に過ぎないことなどの事情を考慮すれば,懲戒解雇という処分は過剰に重く,行為と処分結果との均衡を失している。

(ウ) 目的の不当性

本件解雇は,「被告Y2に反対する者は許さない」という不当な目的に基づいてされたものであり,このような不当な目的に基づいて本件解雇がされたという事情は,本件解雇の濫用性を基礎付ける一事情となる。

イ 被告学園の主張

(ア) 本件解雇の手続が違法であったという主張は争う。

(イ) 本件では,原告X1に対する懲戒処分として,「懲戒免職」より軽い処分を選択する余地はなかったのかが問題となりうるものの,原告X1は,被告Y2を理事長職及び校長職から追い落とすことを目的として,争点1-1において主張した種々の行為を行った上,一切の謝罪も,弁明も,事実解明への協力も拒み,被告学園に対して反抗する姿勢を明らかにして,被告学園の秩序を混乱させたことからすれば,被告学園としては,原告X1を懲戒免職にする以外に学園秩序を維持する方法がなかったといえる。

したがって,原告X1を懲戒免職(本件解雇)にしたことは相当であった。

(ウ) 本件解雇が個人的な制裁目的でなされたという主張は否認する。

(3)  争点2(原告X1と被告学園との間の雇用契約は更新により期間の定めのないものとなったか。)について

ア 原告X1の主張

民法629条本文(「従前と同様の条件で更に雇用したものと推定する」)及び同条但書(「各当事者は,第627条の規定により解約の申入れを行うことができる」)の規定ぶりに照らし,雇用の更新が推定される場合には,期間の定めのない雇用契約と同様に扱われることになると解すべきである。

したがって,第1次雇用契約が,平成20年4月1日,黙示に更新されたことによって,遅くとも同日以降は,原告X1と被告学園との間の雇用契約は期限の定めのないものとなった。

イ 被告学園の主張

雇用期間の定めのある雇用契約が黙示に更新された場合,更新された後の雇用契約は,更新前の雇用契約と同様に雇用期間の定めのある雇用契約として更新されることになると解すべきである。

(4)  争点3-1(本件解雇の意思表示に予備的な普通解雇の意思表示が含まれていたか))について

ア 被告学園の主張

被告学園の原告X1に対する懲戒免職(本件解雇)の意思表示は,予備的に平成22年10月14日の経過をもって原告X1に対して普通解雇を行う意思をも内包していた。

イ 原告X1の主張

前記主張は否認する。

(5)  争点3-2(本件解雇は労働基準法20条の手続を履践しないものとして無効となるか,被告学園が即時解雇に固執していたといえるか。)について

ア 被告学園の主張

被告学園は,労働基準法20条の手続を履践していないが,即時解雇には固執していないので,解雇通知後30日を経過した日に解雇の効力が生じた。

イ 原告X1の主張

解雇予告手当が支払われずにされた普通解雇は,使用者が即時解雇に固執している場合には無効となると解すべきところ,本件解雇に当たり,被告学園は,原告X1の即時解雇に固執していた。そのことは,被告学園が,平成22年○月○日に,原告X1との雇用契約を期間満了として同月31日に打ち切ることを決めていたにもかかわらず,あえて同月15日に本件解雇をしたことや,特別委員会で原告X1を調査したわずか4日後の同月12日に,臨時理事会で諭旨免職の決議がされていることから明らかであり,したがって本件解雇は普通解雇としても無効である。

(6)  争点3-3(本件解雇は期間の定めのない労働契約の普通解雇として解雇権の濫用に当たるか。)について

ア 原告X1の主張

以下の(ア)及び(イ)に照らせば,本件解雇は,期間の定めのない労働契約の普通解雇としても濫用にわたるものであって,無効である。

(ア) 原告X1の行為は,前記(1)イのとおり,何ら違法性がないことからすると,被告学園が原告X1を解雇するについての客観的に合理的な理由は存在しない。

(イ) 以下のaないしdのとおり,本件解雇は普通解雇としての社会的相当性をも欠くものである。

a 普通解雇の主張をし始めた時期が遅すぎること

被告学園は,本件解雇をした平成22年10月15日から1年3か月余り経過した後の平成24年1月19日になってから,懲戒解雇の意思表示には予備的に普通解雇の意思が含まれていたなどと主張し始めたものであり,このように長期間経過した後に普通解雇の主張をし始めることは,労働者の地位を不安定にするものであって,不相当である。

b 被告学園が普通解雇に必要な手続をとっていないこと

被告学園は,普通解雇をするに当たって必要とされる労働基準法20条に基づく手続を履践しておらず,手続的違法がある。

c 被告学園が解雇事由を就業規則に定める義務を怠ったこと

被告学園は,常時10人以上の労働者を使用する使用者であり,就業規則の作成義務を負っていた(労働基準法89条本文参照)。そして,就業規則の作成義務を負っている使用者は,就業規則に普通解雇を含めた解雇事由を定めて,これを労働基準監督署に届け出る義務を負っているといえるから,被告学園は,就業規則に普通解雇事由を定めておく義務を負っていたといえるところ,被告学園は係る義務の履行を怠っていた。

d まとめ

以上のほか,前記各争点について原告X1が主張した諸事情を総合すれば,本件解雇に社会通念上の相当性があるといえないことは明らかである。

イ 被告学園の主張

(ア) 原告X1が,原告X2と結託し,前記のとおり本件服務規則28条7号各号に該当する行為を行ったことは,被告Y2及び被告学園の名誉や社会的評価を毀損し,刑事罰にも相当する極めて重大な反社会的行為であるといえるし,被告学園の秩序を乱す行為であったともいえる。また,原告らの行為は,被告学園の経営者としての責務に反する行為であったともいえることを考慮すると,原告X1を普通解雇する客観的に合理的な理由があったというべきである。

(イ) 以下のaないしcのとおり,本件解雇は,普通解雇としても社会的に相当である。

a 原告X1は,副校長という経営の一翼を担う枢要な立場にあり,本件のような問題については,自ら真相を究明すべき立場にあったにもかかわらず,個人情報漏洩事案調査委員会において弁明の機会を保障された際,クーデターの真相,29枚の文書,本件手紙などについて黙秘し,事実の解明に協力しなかった。そうすると,原告X1には,改善の余地がないことが明らかであるといえるから,原告X1を被告学園内に留め置くことは,教育機関としての学園運営の一体性,統一性を維持するという観点から不可能であった。

b また,原告X1の態度が前記のようなものであったことからすると,原告X1が,再び学園の秩序を乱す行為をして,学園運営に著しい困難をもたらすことも,容易に予測しうる。

c 以上からすると,原告X1を解雇処分にすることはやむを得ないことであった。

(7)  争点3-4(本件解雇は期間の定めのある労働契約の普通解雇として「やむを得ない事由」(労働契約法17条)があったか。)について

ア 被告学園の主張

原告X1と被告学園との雇用契約が期間の定めのあるものとして更新されたものであったとしても,争点3-3において主張したところに照らせば,本件解雇はやむを得ない事由(労働契約法17条)に基づくものとして有効というべきである。

イ 原告X1の主張

前記主張は争う。争点3-3において主張した事実によれば,本件解雇が「やむを得ない事由」に基づくものとは考えられない。

(8)  争点4-1(雇用契約は平成22年10月31日をもって満了したか。)について

ア 被告学園の主張

以下の(ア)ないし(ウ)によれば,原告X1と被告学園との雇用契約は平成22年10月31日をもってその期間が満了し,終了するに至ったものである。

(ア) 第3次雇用契約は平成22年10月31日を終期とするものである。

すなわち,第1次雇用契約の雇用期間は2年であるから,平成20年4月1日に黙示に更新された第2次雇用契約の雇用期間は,第1次雇用契約と同様に2年となり,平成22年3月31日をもって雇用期間が終了することになる。そこで,被告学園は,第2次雇用契約の雇用期間が満了する直前の同年1月中旬ころから原告X1に対して退職勧奨をしていたが,原告X1は,被告学園の予想に反して退職しなかったため,第2次雇用契約の満了日である同年3月31日が経過して,黙示に雇用契約が更新され,第3次雇用契約に入ったのであった。

このように,第2次雇用契約は,被告学園が原告X1に退職を説得している中で更新されたものであり,更新された時点では原告X1が退職勧奨に応じるか否かが未確定な流動的な状態にあったことに加え,本件管理職規程3条では雇用期間が「2年以内」と規定されていること及び雇用期間を更新する場合には「理事会に諮」ることとされていることも考慮すると,被告学園は,第3次雇用契約の期間については留保し,後に理事会に諮って決定することにしていたものと解される。

そして,被告学園の理事会は,平成22年○月○日に,第3次雇用契約の雇用期間を同月31日までとする決定をした。したがって,第3次雇用契約は,同日をもって契約期間が満了する。そこで,被告学園は,原告X1に対し,その旨を通知した。よって,第3次雇用契約は同日をもって終了した。

(イ) ところで,期間の定めのある雇用契約の雇い止めに解雇権濫用の法理が適用されるのは,雇用契約が実質的に期間の定めのない雇用とみうる状況に至った場合に限られるというべきところ,被告学園と原告X1の雇用契約は,以下のaないしdからすると,実質的に期間の定めのない雇用とみうる状況に至っていたとはいえない。したがって,当該雇用契約には解雇権濫用の法理の適用はなく,前記期間満了をもって終了したことは明らかである。

a 雇用契約の期間限定性

原告X1は,鳥取県の教職員の退職者であり,被告学園の本件管理職規程に基づいて2年の期限付きで雇用された者であるところ,同規程が退職者の雇用期間を限定した趣旨は,現今の社会経済の状況に鑑み,管理職への期待及び管理職の負担が増大する中にあって,退職者を管理職として登用するに当たっては,その経験の賞味期間,年齢による知力・体力の限界などに照らして雇用期間を限定せざるを得ないというところにある。

このように,原告X1の雇用契約は,その性質として,本来,期間限定性を有するものである。

b 当該更新の回数及び期間

原告X1の雇用契約の更新回数は,平成22年4月1日の更新を含めても2回だけであり,雇用期間は同日の更新の時点で通算4年間に過ぎない。

c 契約期間・更新手続などの管理状況

原告X1は,「参事」,「副校長」という管理職を歴任し,一時は理事職にもあった者であり,「定年退職者の管理職採用に関する規程」の2年の期限付きで雇用されたことについては,知悉していたはずである。したがって,被告学園の原告X1に対する管理が不十分であったとはいえない。

d 雇用継続の期待を持たせる言動・制度の不存在

被告学園側で原告X1に雇用継続の期待を持たせるような言動をしたことはなく,かえって被告Y2は,原告X1に対し,平成22年1月中旬ころから退職勧奨をしていた。

また,被告学園には,原告X1に雇用継続の期待を持たせる制度は存在していなかった。

(ウ) 仮に原告X1と被告学園との雇用契約が実質的に期間の定めのないものに転化していたとしても,争点3-3,3-4に主張したところに照らせば,原告X1に対する雇い止めが解雇権の濫用に当たることはない。

イ 原告X1の主張

(ア) 第3次雇用契約の終期が平成22年10月31日とされた旨の主張は否認する。

(イ) 以下のaないしdのとおり,原告X1の雇用契約は実質的に期間の定めのない雇用契約に転化していた。

a 雇用期間の常用性について

原告X1は,参事として採用された後,雇用開始から1年後からは副校長として勤務を継続してきた者であり,その職務内容からすると,雇用は臨時という性質のものではなく,継続性をもったものであるといえる。

b 雇用期間の更新の回数及び雇用期間の通算期間について

雇用期間の更新の回数は,更新手続が取られた場合を想定したものであり,本件のように更新手続が取られなかった場合には,考慮するべきでない。

雇用の通算期間については,法的には現在まで継続しているのであり,現在のところ6年余りであるが,勤務の実質としては4年と6か月余りである。有期雇用契約の最長期間が3年とされていることからすると,原告X1の雇用状況は,原告X1に対し,期間の定めない雇用契約として更新されていると期待させる状況にあるといえる。

c 契約期間・更新手続などの管理状況

被告学園は,原告X1の雇用契約について更新手続を全くとっていないなど,原告X1の雇用契約に対する契約期間・更新手続などの管理が不十分な状況であったことは明らかであり,この事情は,原告X1の雇用契約が実質的に期間の定めない雇用契約となっていたことを基礎付ける一事情となる。

d 雇用継続の期待を持たせる状況

被告学園は,原告X1に対して,第1次雇用契約を黙示に更新した際に,雇用期間を明示することはなかったし,平成22年3月ないし4月になっても,雇用期間について何ら確認することなく,雇用契約を継続していたことからすると,双方当事者は,原告X1の雇用契約が平成22年3月31日をもって終了するという認識を持っていなかったというべきである。

双方当事者の認識がこのようなものであったことからすると,原告X1の雇用契約は,退職など特段の事情がない限り,継続される状況にあったといえるから,原告X1には雇用継続についての期待が存在したといえる。

(ウ) 被告学園の雇い止めが解雇権の濫用となること

被告学園の雇い止めは,争点3-3,3-4に主張したとおり,解雇権の濫用となり,無効である。

(9)  争点4-2(雇用契約は平成23年3月31日をもって終了したか。)について

ア 被告学園の主張

仮に,第3次雇用契約の雇用期間が2年であったとしても,被告学園の規程によれば定年の年齢は満60歳であるから,被告学園の教職員は60歳に達した年度の3月31日に定年退職することになる。

そして,原告X1は,昭和25年○月○日生まれで,平成22年○月○日に満60歳となったことから,平成23年3月31日をもって定年退職したことになる。

したがって,被告学園と原告X1の雇用契約は終了している。

イ 原告X1の主張

前記主張は争う。

(10)  争点4-3(雇用契約は平成24年3月31日をもって満了したか。)について

ア 被告学園の主張

仮に,第3次雇用契約の期間が2年間であったとしても,被告学園は,前記前提事実(3)タのとおり,原告X1に対して,第3次雇用契約は平成24年3月31日の経過をもって期間満了により終了する旨通知した。そして,原告X1の雇用契約は,争点4-1において主張したとおり,実質的に期限の定めのない雇用契約に転化したものとはいえず,被告学園の雇い止めが解雇権の濫用となることもない。したがって,原告X1と被告学園の雇用契約は同日の経過をもって終了した。

イ 原告X1の主張

前記主張は争う。争点4-1において主張したとおり,原告X1と被告学園の間の雇用契約は実質的には期間の定めのない雇用契約になっていたというべきであるし,被告学園の平成24年3月31日をもって雇い止めを行う旨の意思表示は,そこに主張したのと同様にして,解雇権の濫用に当たるというべきである。

(11)  争点5(被告らの原告X1に対する退職勧奨が不法行為となるか。これが肯定された場合の損害額はいくらか。)について

ア 原告X1の主張

(ア) 被告Y2は,原告X1を退職させるために,平成21年1月ころに辞職願の提出を強要しただけでなく,平成22年1月5日,同年2月22日及び同年9月22日に執拗に退職を求めた。その上,被告Y2は,原告X1を精神的に追い込んで辞職させるために,原告X1に対して,①日常的に,声を荒げたり,冷たく突き放すなどの対応をしたり,②原告X1の席を,平成21年度に第一職員室からa高校の職員のうち15人程度の席しか置かれていない別校舎の第三職員室に移動させたり,③平成22年2月10日の管理職会議において,「次期副校長は現在の教頭2名の者から選任する」と発言したりした上,平成22年度からは,④決裁文書を回さないようにしたり,⑤重要な会議に招集しなかったり,⑥駐車しにくい駐車位置に変更したり,⑦緊急連絡網の連絡経路から原告X1を外したり,⑧原告X1の席を第三職員室から,利用者の大半が非常勤講師で,手狭な第二職員室に移動させたりした。

(イ) このように,被告Y2は,原告X1に対し,退職に追い込むために前記①ないし⑧の行為をし,執拗に退職を求めた上で,最終的に違法な本件解雇をしたものであるところ,被告Y2が理事長兼校長として原告X1に絶大な支配力を有していたことや,これらの一連の行為の多くが,職場内で職務上の指揮監督権を行使する形でされたもので,原告X1が抵抗するのは困難な状況にあったことも考慮すると,これらの一連の行為は,社会的相当性を逸脱して,原告X1の人格権を侵害した違法行為であるといえる。

したがって,被告Y2は,原告X1に対して,不法行為責任を負うというべきであるし,この一連の行為に荷担した被告Y3も,同様に不法行為責任を負うというべきである。

(ウ) 被告らのこれらの行為によって原告X1が被った精神的苦痛に対する慰謝料は500万円を下らない。また,弁護士費用は50万円が相当である。

イ 被告らの主張

前記主張は争う。

(12)  争点6-1(原告X2の行為は本件役員規程16条各号及び本件寄附行為11条1項各号に該当するか。)について

ア 被告学園の主張

(ア) クーデターの画策・遂行

原告X2は,原告X1と結託して,争点1-1に主張したとおりのクーデター画策・遂行行為を行った。これは,被告Y2及び被告学園の名誉や社会的評価を毀損する行為であり,刑事罰にも相当する極めて重大な反社会的行為であるとともに,被告学園の秩序を毀損する行為でもあった。加えて,これらの行為は,被告学園の経営者としての責務にも反する行為であった。

(イ) 理事会出席の拒絶と弁明の拒否

原告X2は,被告学園の理事として,クーデターの企てに関する全貌を明らかにするとともに,弁明すべき点は弁明し,批判すべき点は批判して,被告学園の正常化を図るべき責務を有していたのであるから,平成22年10月14日の特別委員会及び同月12日と15日の理事会の出席要求を理由なく拒んだことは,重大な職務怠慢行為であるとともに,被告学園に対する重大な敵対的背信行為である。

(ウ) 原告X2のこれらの行為は,本件役員規程16条1,2及び6号,並びに寄附行為11条1項1,3及び4号に該当するといえる。

イ 原告X2の主張

被告学園の前記主張はいずれも争う。とりわけ,以下の(ア),(イ)の事実に照らせば,本件役員規程16号各号や本件寄附行為11条1項各号に該当する行為を行ったとは到底解されない。

(ア) 原告X2の諸活動の正当性・相当性

a 原告X2は,平成22年2月当時,被告学園の理事であったのであるから,理事長の職務執行に問題が多いのであれば,理事長の交代を含めて検討をする必要があった。

そして,被告Y2は,争点1-1において主張したとおり極めて問題の大きい職務執行を繰り返しており,原告らは,被告Y2が違法・不当な職務執行をしていたと疑う十分な根拠を有していた。したがって,原告X2が理事長を被告Y2から交代する必要があると考えたことは全く正当であったといえる。

b また,原告X2が,原告X1とともに,被告Y2を理事長兼校長の職から退任に追い込もうとしてした行為は,これも争点1-1において主張したとおり,社会的相当性のある行為であったといえる。

なお,原告X2は,原告X1が被告Y3に対して本件手紙を渡したことについては全く関与していなかったのであるから,この点については何ら責任を負わないというべきである。

(イ) 弁明を拒否したことの評価

弁明することは,懲戒対象者の権利であって,義務ではないのであるから,原告X2が弁明しなかったことが独自に懲戒理由とされるなどということは,本件役員規程及び本件寄附行為の解釈上およそあり得ない。

(13)  争点6-2(本件解任が権利の濫用に当たるといえるか。)について

ア 原告X2の主張

(ア) 本件解任の手続的違法性

以下のa及びbの各事実に照らせば,本件解任の手続は違法である。

a 被告学園が本件解任をした理由は,その内容が不明確である上,事実認定も具体性を欠いている。

b 被告学園は,原告X2が職員室に置き忘れたものではないことが明らかな29枚の文書に関連して,個人情報漏洩事案として的外れな調査をした上,その特別委員会の報告をもとに,個人情報漏洩とはほとんど異なる理由によって懲戒処分を決定した。

c 原告X2は,被告学園から,平成22年10月12日付け「個人情報が記載された漏洩文書に関する聞き取りについて(通知)」という文書によって,質問内容を提示されるとともに,同月14日に「個人情報漏洩」問題についての聞き取り調査をされることが通告されたことから,被告学園のA教頭(以下「A教頭」という。)に書面で回答する旨及び29枚の文書を送付してもらえればより詳細に回答できる旨を述べてA教頭の了解を取っていたにもかかわらず,調査は打ち切られ,同月15日には本件解任の決議がされた。このように,原告X2に対する調査が十分に尽くされることはなかった。

(イ) 行為と処分との不均衡

仮に,原告X2の行為が,本件役員規程16条各号及び本件寄附行為11条1項各号に該当するとしても,懲戒としての解任という処分は過剰に重く,行為と処分結果との均衡を失しているから,違法である。

(ウ) 目的の不当性

本件解任は,「被告Y2に反対する者は許さない」という不当な目的に基づいてされたものであり,このような事情は,被告学園の権利濫用性を基礎付ける一事情となる。

イ 被告学園の主張

争う。

(14)  争点7(被告学園及び被告Y2が本件解任をしたことが不法行為になるか。これが肯定された場合の損害額はいくらか。)について

ア 原告X2の主張

被告学園及び被告Y2が違法な本件解任をしたことによって原告X2が被った精神的苦痛は多大なものであり,その慰謝料は200万円を下らない。弁護士費用は20万円が相当である。

イ 被告らの主張

争う。

第3判断

1  認定事実

前記前提事実並びに証拠(個別に掲記するもののほか,証拠<省略>,証人C(以下「証人C」という。),証人D(以下「証人D」という。),原告X1本人,原告X2本人,被告Y2本人,被告Y3本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。なお,必要に応じ,当該事実認定に係る補足的説明を加えた部分がある。

(1)  原告らと被告学園との雇用契約及び委任契約について

ア(ア) 原告X1と被告学園は,平成18年4月1日,雇用期間を2年と定めて第1次雇用契約を締結した。

(イ) 原告X1は,平成19年4月1日,a高校の副校長に昇任した。昇任後の原告X1の席は,第一職員室中央正面の校長用の席の隣に配置された(証拠<省略>)。

また,原告X1は,同月,被告学園の理事に任命された。

(ウ) 第1次雇用契約は,平成20年4月1日,黙示に更新された。

イ(ア) 原告X2は,平成17年10月7日,被告学園の理事に選任された。

(イ) 原告X2は,平成20年10月7日,被告学園の理事に再任された。

(2)  平成18年8月10日に提出された理事長の解任を求める動議について

ア 被告学園は,平成18年8月10日に開かれた理事会において,同年7月26日に発生した,a高校野球部の不祥事について審議した。その審議の中で,H理事(以下「H理事」という。)は,被告Y2が理事長と校長を兼任しているために,理事会が十分に機能していないとして,被告Y2の理事長解任を求める動議を提出したところ,当該動議は,I副理事長(以下「I副理事長」という。)をはじめとする5名の理事の賛成により可決された。しかしながら,被告Y2は,納得するまで理事長を辞めないと主張して,理事長として当該理事会に参加し続けた。他方,I副埋事長は,理事会が十分に機能しなかったことについては,自分にも責任があるとして,理事を辞任した。

(以上につき,証拠<省略>)

イ H理事は,同年8月11日に開かれた緊急理事会において,前日の動議及び決議を撤回する動議を提出し,同理事会は当該動議を黙示に可決した。そして,被告Y2は,前日の理事長解任に係る決議に賛成した理事4名に対し,辞表の提出を求めた。そのため,当該理事4名は辞表を提出した。

(以上につき,証拠<省略>)

ウ 被告学園は,同月18日に開かれた臨時理事会において,被告Y2の理事長解任に係る動議に賛成した理事4名の辞表を受理するとともに,新たに4名の理事を選任する決議をした(証拠<省略>)。

(3)  相撲部の寮の賄い手当について

被告学園は,平成5年4月から,自宅を相撲部の寮として提供していたE教頭夫妻に対して,寮費とは別に,賄い手当として,毎月10万円を支払ってきた。そして,賄い手当の金額は,平成20年度に,毎月15万円に増額された。しかしながら,この賄い手当の支出及び増額については,理事会の承認を得ていなかった。また,被告学園は,この賄い手当の収支計算を明らかにしていなかった。

(以上につき証拠<省略>,弁論の全趣旨)

(4)  校舎改築に係る経緯

ア d設計事務所は,平成10年12月ころ,被告学園の依頼を受けてa高校の校舎の耐震調査を実施したところ,a高校の校舎の一部が耐震基準を下回っていると結論づけた(証拠<省略>)。

イ 前記アの調査結果を踏まえ,理事らは,平成20年7月10日に開かれた理事会において,a高校の校舎が耐震基準を満たしたものになるようにする方法として,①耐震補強,②校舎改築,③校舎を移転・整備するという3つの方法のうちどの方法を採用するのかという点について話し合った。そして,理事らは,費用の返済方法については今後検討していくものの,校舎改築の方向で進めていくこととし,プロポーザル方式で,校舎改築の基本設計を依頼する業者を選定した上で,基本設計を実施することを決議した。

(以上につき,証拠<省略>,原告X2本人)

ウ 被告学園は,同年10月7日,前記イの決議に従い,a高校の校舎改築に係る企画提案者選定委員会を開催し,被告Y2や原告X2などの同委員会の委員9名は,企画を提案した株式会社e設計及び株式会社f設計の提案を聞いた上で,両提案を100点満点で評価した。そうしたところ,同委員会の委員9名全員が,株式会社f設計よりも株式会社e設計の方を高く評価した結果,株式会社e設計の方が評価点の合計点が高くなったことから,被告学園は,株式会社e設計に,校舎改築の基本設計を依頼することを決めた。

(以上につき,証拠<省略>)

エ 株式会社e設計は,平成21年に,a高校の校舎改築に係る基本設計をし,被告学園に当該基本設計を渡した(弁論の全趣旨)。

オ 原告X2は,平成21年12月,被告学園の教職員に対し,被告学園の学園経営改善検討ワーキンググループの委員長として「学校法人Y1学園の経営安定化計画の策定について」という文書を配布して,a高校の校舎の耐震化を図る必要があること及びb幼稚園の五つの園舎の老朽化が進んでいることを伝えるとともに,被告学園においては経営を改善する必要があり,その際には教職員の待遇の見直し等が必要である旨伝えた(証拠<省略>)。

(5)  a高校の相撲場建設費に係る事実関係について

ア 平成19年11月6日に開かれた理事会において,a高校の相撲場を建設するための概算経費が,設計監理費344万円,工事費4000万円,備品・消耗品費120万円の合計4464万円であることを前提として,相撲場を建設することが決議された(証拠<省略>,原告X2本人)。

イ 平成20年3月25日に開かれた理事会において,平成20年度の予算について協議されたが,その際,平成20年度に相撲場の建設費用として支出する金額は,合計で6547万1000円であり,そのうち811万6000円を国庫補助金によって捻出し,残りの5735万5000円については被告学園の預金から支出する旨の報告があった(証拠<省略>,原告X2本人)。

なお,同理事会では,相撲場の建設に必要な費用としては,設計費用168万円,監理費用267万2000円,工事費用6129万9000円,その他の費用150万円の合計6715万1000円が必要であり,設計費用の168万円は平成19年度に支出済みであることが確認された(証拠<省略>)。

ウ 平成20年8月20日に開かれた理事会において,相撲場の請負金額が合計5176万5000円であったこと,国庫補助金交付申請の額が730万5000円であることが報告された(証拠<省略>,原告X2本人)。

エ 被告学園は,平成20年度に相撲場の建設費用として,6366万6000円を引き出した(証拠<省略>)。

(6)  a高校の部室の新築工事について

被告学園は,平成19年5月29日,部室新築工事の請負業者を選出するための入札を実施し,同月31日に,g社との間で,請負代金を3885万円として,a高校の部室の新築工事に係る請負契約を締結した。そして,g社は,同年8月31日ころ,同工事を完成させ,新築した部室を被告学園に引き渡した。

(以上につき,証拠<省略>)

(7)  理事長兼校長の給与の増額について

ア 理事長の給与は,平成20年3月31日までは,給料月額40万円と管理職手当月額10万円を合わせた月額50万円とされていた(証拠<省略>)。

イ 理事長の給与は,平成20年2月6日に開かれた理事会において,4月1日からは,給料が月額にして6万8700円引き上げられて月額46万8700円となり,管理職手当が月額にして3万0300円引き上げられて月額13万0300円となる結果,月額59万9000円となる旨決議された(証拠・人証<省略>,弁論の全趣旨)。

また,同理事会では,校長の給与について,給料を月額43万2500円,管理職手当を月額7万2800円と定めた上,理事長と校長を兼任した者については,理事長としての給与に,校長の管理職手当相当額を「兼務手当」として加えた金額を支払うことが決議された(証拠・人証<省略>,弁論の全趣旨)。

ウ D理事(以下「D理事」という。)は,被告学園の学園問題対策委員会の委員長として,平成21年11月24日付けで「教職員等の給与に関する諸手当支給基準の一部見直しに関する提言」と題する文書を作成した(証拠<省略>)。

当該文書では,理事長の給与については,給料を月額3万9900円引き上げて月額50万8600円とし,管理職手当を月額8300円引き下げて月額12万2000円として,月額63万0600円とすること,校長の給与については,給料を月額1万9300円引き上げて月額45万1800円とし,管理職手当を月額4700円引き下げて月額6万8100円として,月額51万9900円とすること及び理事長兼校長の給与については,理事長の給与額に加えて,校長の給与額の2分の1を加えた金額を支払うことに変更することを提言した(証拠<省略>)。

理事長兼校長の給与がこの提言に基づいて変更された場合,平成21年当時被告学園で実施されていた減給措置の下での理事長兼校長の給与は,65万5396円から89万0550円に増額されることになる(証拠<省略>)。

(8)  甲子園出場特別後援会に対する寄付金について

平成21年の夏にa高校野球部が甲子園に出場した際,a高等学校野球部甲子園出場特別後援会には,寄付金として約5800万円が集まったが,野球部が一回戦敗退で終わったために,そのうち約2800万円が残った。そこで,a高等学校野球部甲子園出場特別後援会の役員会は,平成21年10月2日,この残金約2800万円のうち,500万円は生徒会に寄付されることとしたが,その500万円は,生徒会の通帳に振り込まれていない。

(以上につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)

(9)  F応援ツアーについて

ア a高校の卒業生であるFは,平成21年12月12日に,南アフリカのヨハネスブルクで開催されたミスワールド世界大会に,日本代表として出場した。そこで,被告Y2は,Fの出身校の校長として,同人を応援するため,同月9日から同月14日までの間,同人の応援ツアーに参加し,被告学園は,この応援ツアーに係る費用を負担した。

(以上につき,証拠<省略>)

そして,被告Y2は,この応援ツアーの一環として,マブラ野生保護区でのサファリドライブに参加した(証拠<省略>)。

イ(ア) 被告学園が被告Y2の当該応援ツアー参加費用を負担することについては,事前及び事後に,当該応援ツアーに係る「出張伺」が決裁されることによって,承認又は追認されていた。そして,被告Y2が当該応援ツアーに参加した後に「出張伺」が決裁された際には,当該応援ツアーの日程について記載された別紙が添付されており,その別紙には,被告Y2が,この応援ツアーの中で,マブラ野生保護区のサファリドライブに参加したことが記載されていた。

(以上につき,証拠<省略>)

(イ) この点について,原告X1は,「出張伺」が回覧された際には,「出張伺」に別紙が添付されておらず,被告Y2がマブラ野生保護区のサファリドライブに参加することを聞かされていなかった旨供述する(原告X1本人)。

しかしながら,「出張伺」の「復命書」の部分には,「別紙1の日程通り実施」すると記載されている(証拠<省略>)ことからすると,当該別紙が添付されないまま決裁がされるということは考え難いし,「出張伺」には,同月10日に「マブラゲームロッジ」に宿泊することが記載されており(証拠<省略>),当該出張において,被告Y2がマブラ野生保護区を訪れることを特に隠ぺいしようとする意図は窺えないから,当該別紙に被告Y2がマブラ野生保護区のサファリドライブに参加することが記載されていなかったとも考え難い。

そうすると,少なくとも被告Y2が当該応援ツアーに参加した後に「出張伺」が決裁された際には,当該応援ツアーの日程について記載された別紙が添付されており,その別紙には,被告Y2が,この応援ツアーの中で,マブラ野生保護区のサファリドライブに参加したことが記載されていたと推認できる。

したがって,この点についての原告X1の供述は信用できない。

(10)  平成22年2月19日の相撲部後援会総会について

ア 被告学園は,平成22年2月19日に,相撲部後援会総会と祝賀会を開催し,その会費として,出席者163名のうち,夫婦で出席した14組からは各1万5000円,その他の出席者から小学生・中学生・高校生の出席者を除いた105名の出席者からは各1万円を徴収した)。その結果,被告学園は,相撲部後援会総会の会費として合計126万円を徴収した。

(以上につき,証拠<省略>)

イ(ア) 相撲部後援会総会及びその後の祝賀会は,hホテルで開催され,相撲部後援会総会に出席した者のうち140名が祝賀会に出席した(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

被告学園が,相撲部後援会総会及びその後の祝賀会において,hホテルに支払った金銭は,料理代63万円(出席者一人当たり4500円),飲料代25万0900円(出席者一人当たり約1790円),室料等の雑費15万6875円,来賓として出席した者の宿泊費3万5860円の合計107万3635円であった(証拠<省略>)。

また,被告学園は,相撲部後援会総会及びその後の祝賀会を開催するための費用として,前記の金額の他に,相撲部後援会総会の案内はがき代等の諸雑費と祝賀会で振る舞われたちゃんこの代金の合計20万1825円を会費から支出した(証拠<省略>)。

そのため,被告学園は,相撲部後援会総会及びその後の祝賀会を開催するための費用として,合計で127万5460円を支出し,会費の126万円を超える部分はE教頭が負担した(証拠<省略>)。

(イ) この祝賀会の飲食代について,原告らは,出席者の飲食代は,一人当たり3000円であったと主張し,それに沿う証拠として,平成22年2月24日に原告X1とJ事務局長の会話を録音したテープを反訳した書面(証拠<省略>)を提出する。

確かに,J事務局長は,平成22年2月19日に相撲部後援会総会の祝賀会では,参加者一人当たりの飲食代が3000円であったかのように話したことは認められる(証拠<省略>)。

しかしながら,hホテルの担当者と料理の値段について交渉したのはE教頭であったことからすると(証拠<省略>),J事務局長は飲食代について正確に認識していなかった可能性があり,同人の発言を直ちに信用することはできない。

したがって,この点についての原告らの主張は採用できない。

(11)  K理事(以下「K理事」という。)とD理事の辞任の経緯

ア 被告Y2は,平成22年1月18日に開かれた理事会において,校舎改築及び理事長兼校長の給与の増額についての決議を求めたところ,原告X2及びK理事は,その決議については反対である旨意見を述べた。そうしたところ,被告Y2が,「校舎改築ができないと,もう,いい高校はできん」「わしは,もう校長を辞める」などの発言を繰り返したため,提出された議題について決議をとるような状況ではなくなった。そこで,同日の理事会では,校舎改築及び理事長兼校長の給与の増額について決議することなく終了した。

(以上につき,証拠<省略>,原告X2本人)

その後,被告Y2は,原告X2,K理事及びD理事の3名とともに,校長室に移動し,この3名に対し,理事長兼校長の給与の増額及び校舎改築に賛成するか否かをできるだけ早く回答するように要求した(証拠<省略>,原告X2本人)。

イ(ア) 原告X2,D理事及びK理事は,同年2月16日,被告Y2に対し,前記アの回答として,被告学園の経営状況からすると近いうちに校舎改築をすることは無理である旨及び校舎改築を実現するためには,教職員の給料のカットが必要不可欠な状況にあるから,理事長兼校長の給与だけを増額することはできない旨を伝えた。その回答を受けて,被告Y2が,これでは理事長兼校長を続けることができない旨話したことから,原告X2,D理事及びK理事は,被告Y2を慰留した。しかしながら,被告Y2は,慰留を受けても,理事長兼校長を辞める旨話し続けたことから,原告X2,D理事及びK理事は,被告Y2に対し,早期に辞表を提出するように求めた。

(以上につき,証拠<省略>,証人D,原告X2本人)

(イ) その後,被告Y2は,被告Y2の親戚で被告学園の評議員であるL(以下「L」という。)に対し,原告X2,D理事及びK理事から解任を迫られた旨伝えた。これを受けて,Lは,D理事に電話をかけて,原告X2,D理事及びK理事が被告Y2に解任を求めた理由について確認した。

(以上につき,証拠<省略>,原告X2本人)

ウ 原告X2,D理事及びK理事は,同月19日,被告学園の校長室において,J事務局長の立会いの下,Lと面会した。この面会では,同月16日の被告Y2とのやりとりについて話し合われるとともに,E教頭夫婦に対して,賄い手当として不明朗な支出がされていることについても話し合われた。

(以上につき,証拠<省略>,証人D)

エ K理事は,同月20日ころ,被告Y2に対して,辞表を提出した(被告Y2本人)。

オ 被告Y2は,同年2月24日,D理事に対して電話をかけ,Lとの話合いの中で,賄い手当に係る支出を問題視したことについて,腹を立てている旨伝えた(証拠<省略>)。

そこで,D理事は,同日,被告学園に赴き,被告Y2と賄い手当に係る支出について話し合ったが,被告Y2はD理事の言い分を聞こうともしなかった。このような被告Y2の言動により,D理事は,理事を続けることに嫌気がさし,被告Y2に対して,辞表を提出した。

(以上につき,証拠<省略>)。

その後,D理事は,原告X2の事務所を訪れ,理事を辞職した旨伝えた(証人D)。

(12)  原告X1に対する退職勧奨,本件解雇及び本件解任に係る事実経過

ア 原告X1は,平成20年12月ころ,a高校の朝の管理職の連絡会において,被告Y2に対し,出張を控えるよう発言をしたところ,被告Y2は原告X1の発言に反発した(証拠<省略>)。

イ 被告Y2は,平成21年1月の初旬ころ,原告X1を含めたa高校の管理職全員に対し,「管理職のお前達から辞職願を取っておかないと,自分の言うことを聞かないし,本気で働かない。」などと話して,辞職願を提出するよう要求した(証拠<省略>,原告X1本人)。

しかしながら,原告X1は,辞職願を提出することに納得できなかったことから,同年2月5日,被告Y2に対して,同日付け「希望降格願」を提出した(証拠<省略>,原告X1本人)。

ウ 被告Y2は,同年4月ころから,原告X1には平成22年3月末日で退職してもらおうと考え始めた(証拠<省略>)。

エ 被告Y2は,同年4月ころ,原告X1の席を第一職員室から第三職員室に移動させた(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

オ 被告Y2及びJ事務局長は,平成22年1月15日,原告X1を,a高校の校長室に呼び出し,J事務局長が,原告X1に対し,「後進に道を譲ってもらえないか。」と話して,原告X1に退職を促した。それに対し,原告X1は,この点については即答できない旨回答した。

カ(ア) 原告X1は,同年2月1日,被告Y3の自宅の郵便受けに本件手紙を投函した。

(イ) この事実につき,被告らは,原告らが結託して,被告Y3に本件手紙を交付したと主張する。

確かに,本件手紙には,原告X2も本件手紙の交付に関与していることを窺わせる記載がされていることは認められる。しかしながら,原告X1及び原告X2は,共に,原告X1が独断で被告Y3に本件手紙を交付したと供述している上(原告X1本人,原告X2本人),この原告X2の供述は,後記テ(ア)の質問事項に対する回答から一貫していることからすると,この原告X1及び原告X2の供述の信用性は高いと考えられる。

そうすると,この点についての被告らの主張は採用できない。

キ 被告Y2は,平成22年2月10日の管理職会議において,次期副校長は現在の教頭2名の者から選任する旨発言した。この会議には原告X1も出席していた。

ク 原告X1は,同年2月22日,前記オの回答を伝えるために校長室を訪れ,被告Y2に対し,退職する意向がないことを伝えた。これを受けて,被告Y2は,原告X1に対し,退職しないと降格になる可能性があることを示唆しつつ,繰り返し退職をするように求めた。しかしながら,原告X1は被告Y2の説得に応じなかった。

(以上につき,証拠<省略>)

ケ 原告X2は,同年3月26日,原告X1から被告Y3と連絡をとることができたとの報告を受けて,被告Y3に電話をかけ,被告Y2の職務上の問題点についての話をした(証拠<省略>)。

コ 第2次雇用契約は,同年4月1日,黙示に更新された。

他方,原告X1は,同年3月31日をもって被告学園の理事を退任した(弁論の全趣旨)。

サ(ア) 被告Y2は,同年4月1日,原告X1の席を第三職員室から第二職員室に移動させた(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

(イ) 被告Y2は,原告X1に対し,平成22年4月から,学校日誌,職員会議録,出張伺,休暇簿,稟議書などの決裁文書を回すことをしなくなり,また,外部から被告学園に送付されてきた文書を回覧することもしなくなった。さらに,被告Y2は,同月から,原告X1に対し,PTA総会やその後の懇親会の案内も渡さないようになった。

(以上につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)

(ウ) 被告Y2は,同月から,原告X1を,募集運営委員会,運営委員会,管理職連絡会,県の計画訪問の会議などの重要な会議に招集せず,緊急連絡網の連絡経路からも外した(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

(エ) 被告Y2は,同月に,駐車場における原告X1の駐車位置を,理事長や事務局長などの管理職が駐車する列から,一般の教職員が駐車する列に移した。移された後の駐車位置は,駐車場の奥まった場所で,砂利敷きの,駐車しにくい場所であった。

(以上につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)

シ 原告X2は,同年9月19日,被告Y3の自宅を訪れたところ,被告Y3は,原告X2に対し,原告X1は今回のことを公にせずに辞任すべきである旨話した(証拠<省略>,原告X2本人)。

ス 原告X1は,同月22日,a高校の校長室において,被告Y2及び被告Y3と話し合い,その中で,被告Y3から,被告Y2への謝罪と,辞職を促されるとともに,被告Y2からも退職を促された(証拠<省略>)。

セ(ア) 被告Y3は,同年10月1日,被告学園に対し,本件手紙をFAXで送信した。

(イ) 被告Y2は,同日に開かれた臨時理事会において,29枚の文書が8月18日に第一職員室のC教諭のレターボックスで発見されたと報告し,この29枚の文書が発見されたこと及び本件手紙が被告Y3の自宅の郵便受けに投函されたことを「個人情報の漏洩」の問題として取り上げた。

そして,同臨時理事会では,29枚の文書の内容及び本件手紙の差出人が原告X1となっていることなどから,原告X1が29枚の文書の作成及び本件手紙の作成に関与していると考えられるとして,原告X1の言い分を聞くべく,特別委員会を設置することを決定した。

(ウ) また,同臨時理事会では,第2次雇用契約の雇用期間を平成22年3月31日までとすることを追認すること及び第3次雇用契約の雇用期間を同年10月31日までとすることが決議された。

そして,被告学園は,原告X1に対し,同月1日,第2次雇用契約の辞令書として「任用期間は平成22年3月31日までとする」と記載された平成20年4月1日付け辞令書を,第3次雇用契約の辞令書として「任用期間は平成22年10月31日までとする」と記載された平成22年4月1日付け辞令書を交付した。

ソ 被告学園は,平成22年10月5日,原告X1に対し,同日付けの「個人情報の外部漏洩に関する調査特別委員会の設置について(通知)」と題する書面を交付し,同月8日に開かれる特別委員会への出席を要請した。

タ 原告X1は,同日に開かれた特別委員会に出席したものの,特別委員会の委員からされた本件手紙及び29枚の文書の作成に関する質問に対し,ほとんど回答しようとはしなかった。

チ(ア) 被告学園は,同月12日に開かれた臨時理事会において,本件手紙及び29枚の文書が外部に流出したことなどを理由に原告X1を諭旨免職とすることを決議した。

また,同臨時理事会では,本件手紙の中に原告X2の関与を疑わせる記載があること及び29枚の文書の中には原告X2が作成した文書が含まれていることから,原告X2が本件手紙の作成及び29枚の文書の作成に関与していると推測できるとして,同月14日の特別委員会で原告X2の言い分を聞くことを決定した。

(イ) 被告学園は,同月12日に,原告X2に対して,同日付け「個人情報が記載された漏洩文書に関する聞き取りについて(通知)」と題する書面を交付し,同月14日に開催される特別委員会への出席を要請するとともに,同書面に記載された質問事項に対する回答を依頼した。この質問事項の中には,29枚の文書の流出先や本件手紙及び29枚の文書の記載内容に関する質問が含まれていた。

(以上につき,証拠<省略>)

ツ(ア) 被告Y2は,同月13日,原告X1に対し,同日付けの辞令書を交付し,原告X1を諭旨免職とする旨及び同月14日までに退職に応じない場合には懲戒免職とする旨通知した(証拠<省略>,弁論の全趣旨)。

それに対し,原告X1は,当該諭旨免職には承伏できない旨を伝えた。

(イ) 原告X2は,同月13日,A教頭に対し,同月14日の特別委員会や理事会に出席して弁明するつもりはないが,特別委員会から原告X2に対して質問したいことがあれば,書面で質問してくれれば回答する旨及び29枚の文書を送付してくれればより詳細に回答できる旨を伝え,A教頭はこの点について了承した(証拠<省略>)。

テ(ア) 原告X2は,同月14日付けで,原告Y2に対し,前記チ(イ)の質問事項に対する回答書を送付したが,同日に開催された特別委員会には欠席した。

そして,原告X2は,当該回答書の中で,本件手紙については知らない旨回答した(証拠<省略>)。

(イ) 原告X1は,同日の夕方までに,被告学園に退職届を提出しなかったことから,被告Y2は,同日午後4時過ぎ,原告X1に対し,本日中に退職届が提出されなければ,別個に辞令書を交付しなくとも,自動的に懲戒免職となる旨を伝えた。この発言を受けて,原告X1は,被告Y2に対し,諭旨免職には到底納得できない旨伝えるとともに,同月13日付け辞令書には具体的な処分理由が記載されていなかったことから,処分理由を具体的に記載した書面を交付するよう求めた。

そして,原告X1は,同月14日中に退職届を提出しなかったことから,同月15日に本件解雇となった。

ト 同月15日に開かれた臨時理事会では,原告X2は少なくとも29枚の文書の管理を怠って,29枚の文書を外部に流出させたといえることなどを理由に,本件解任が決議された。

また,同日に開かれた臨時評議員会でも,本件解任が決議された。

ナ 被告学園は,同月20日,原告X1に対し,本件解雇理由書を,原告X2に対し,本件解任理由書を交付して,それぞれの処分の理由を明らかにした。

2  29枚の文書に係る事実認定について

本件では,①原告X1が,平成22年3月,原告X2の許可を得て,被告Y3に29枚の文書を交付したことが認められるのか及び②原告X1が,同年8月18日に,第一職員室に29枚の文書を置き忘れたことが認められるのかという点が争われている。そこで,これらの事実が認められるかどうかについて便宜上先に判断する。

(1)  原告X1が,平成22年3月,原告X2の許可を得て,被告Y3に29枚の文書を交付したか否かについて

原告らは,原告X1が,平成22年3月,原告X2の許可を得て,被告Y3に29枚の文書を交付したと主張し,原告X1及び原告X2はこれに沿う供述をするのに対し(原告X1本人,原告X2本人),被告らはこの事実を否認し,被告Y3はこの被告らの主張に沿う供述をする(被告Y3本人)。

そこで,原告X1,原告X2の供述の信用性を検討するに,原告X1は,同年2月1日に,被告Y3に対して,被告Y2の職務執行上の問題について記載した本件手紙を交付していることに加え,前記1(12)ケのとおり,原告らは,同年3月に,被告Y3との間で被告Y2の職務執行上の問題点についての話をしており,同月時点では,原告らと被告Y3の関係は良好であったと考えられることからすると,原告X1が,本件手紙と同様に,被告Y2の職務執行上の問題点について記載がされた29枚の文書も被告Y3に交付したと考えるのが自然である。

また,原告X1が被告Y3に29枚の文書を交付したという事実は,理事長兼校長である被告Y2の職務執行上の問題点について被告学園の外部の者に内部告発をしたことを意味するから,原告らはこの事実によって懲戒処分を受ける可能性がある。そのため,原告X1及び原告X2がこの事実を認める供述をするということは,自分たちにとって不利な供述をしていることになるところ,本件では原告X1及び原告X2が嘘をついてまで自らに不利な供述をするような事情も認められない。

以上からすると,原告X1及び原告X2のこの事実についての供述は信用性が高いといえる。

他方,被告Y3の供述については,被告Y2が,平成22年10月1日の理事会において,29枚の文書を被告Y3が受け取っている旨発言している事実(証拠<省略>)と整合せず,信用することができない。なお,被告Y2は,法廷において,前記理事会における発言は,被告Y3が本件手紙を受け取った趣旨をいうものであるかのように供述するが(被告Y2本人),前後の文脈に照らし,前記理事会における発言は,被告Y3が29枚の文書を受け取った旨を述べるものと解さざるを得ず,被告Y2の前記法廷供述も採用し難い。

以上によれば,原告X1が,平成22年3月,原告X2の許可を得て,被告Y3に29枚の文書を交付したことが認められる。

(2)  原告X1が,平成22年8月18日に第一職員室に29枚の文書を置き忘れたのか否かについて

ア 被告らは,原告X1が,第一職員室に29枚の文書を置き忘れたと主張し,C教諭は,その証人尋問において,原告X1が第一職員室に置き忘れた29枚の文書を発見した職員が,同教諭のレターボックスにこれらの文書を入れた結果,同教諭が平成22年8月18日にこれらの文書を発見した旨供述している。

しかしながら,この29枚の文書中には,理事長兼校長である被告Y2の職務上の問題点についての記載があり,この文書が他の教職員の目に触れれば,被告学園内で大きな問題となることは容易に予想しうることであるから,原告X1は同書面の管理について細心の注意を払っていたものと推認できる。そうすると,原告X1が,あえて教職員の集まる職員室に29枚の文書を持ち込んだ上で,29枚の文書を職員室に置き忘れたなどということは考え難く,証人Cの供述は合理性を欠くといわざるをえない。

また,証人Cの供述からすれば,証人Cの他に29枚の文書を発見した教職員が存在することになるが,原告らが本件解雇及び本件解任をされ,29枚の文書を発見した者がその身を隠しておく必要性が失われたと考えられる現在においても,その29枚の文書を発見した職員が明らかになっていないことからすると,その発見者が存在すること自体が疑わしく,証人Cの供述は不自然といわざるをえない。

以上からすると,証人Cの供述を信用することはできない。

そうすると,職員室で発見された29枚の文書は,何者かが被告学園に交付したものであると推認されるところ,原告らが被告学園に29枚の文書を交付したとはおよそ想定し難いから,これを交付したのは,原告ら以外に29枚の文書を所持していた者であると考えざるをえない。

イ ところで,この29枚の文書は,原告X1が作成した文書と原告X2が収集・作成した文書を統合したものであるから(証拠<省略>),原告ら以外に29枚の文書を所持していた者は,原告らからこの29枚の文書の交付を受けた者に限られるというべきである。そして,原告らが,被告Y3以外の者に29枚の文書を交付したという証拠は見当たらないから(原告X1本人,原告X2本人),平成22年8月当時,この文書を所持していたのは原告らと被告Y3だけであったと考えられる。

そうすると,この職員室で発見されたとされる29枚の文書は,被告Y3が被告学園に交付したものであると推認できる。

3  争点1-1(原告X1の行為が本件服務規則28条7号各号に該当するか。)について

(1)  被告学園の主張の要点

被告学園の主張は,要するに,原告らが被告Y2を理事長から退任させるためにした行為は,被告Y2の名誉を毀損し,被告学園の正常な運営を乱し学園内の秩序を損なう行為であり,刑事罰にも相当する極めて重大な反社会的行為であるといえることから,本件服務規則28条7号(ア),(イ),(オ),(キ)に該当するというものである。

(2)  原告らが29枚の文書を被告Y3に交付した事実は懲戒処分の対象たりうるか。

ア 被告学園は,原告X1のした本件服務規則28条7号各号該当行為の重要部分として,原告らが被告学園外部に29枚の文書を流出させた事実を主張しているところ,当裁判所は,前記のとおり,原告らが被告Y3に29枚の文書を交付した事実が存在したものと認めるものである。しかるところ,原告X1は,被告学園がこの交付事実の存在を前提とする主張をしていない(否認)ことから,当該交付事実を本件服務規則28条7号各号該当性を判断する上で考慮することはできない旨主張する。

イ しかしながら,被告学園は,原告らが,被告Y2を退任に追い込むために,29枚の文書を被告学園の外部に流出させたことを理由として本件解雇をしているのであって,流出させた相手方が被告Y3であったことに処分の要点があったわけではないと解される(誰に流出させたのかということについては問題としていない。)。そうすると,原告らが29枚の文書を交付した相手が被告Y3であったとしても,被告学園が処分理由とした29枚の文書を被告学園の外部に流出させたことに変わりはないのであるから,原告らが,被告Y3に対して29枚の文書を交付したことを本件服務規則28条7号各号該当性を判断する上で考慮することを直ちに不当ということはできない。

(3)  原告X1が被告Y3に本件手紙及び29枚の文書を交付したことの評価

ア 原告らは,前記1(12)カ(ア)及び前記2(1)のとおり,被告Y3に,本件手紙及び29枚の文書を交付したところ,本件手紙には「倒閣運動」という,被告Y2を理事長兼校長から追い落とそうとしていることを示す文言が使用されていることに加え,被告Y3が被告学園に影響力を有する元県議会議員であることを考慮すると,原告らは被告Y3の影響力を利用して,被告Y2を理事長兼校長から退任させようとしていたものと推認できる。

しかるところ,学校法人の最高責任者たる理事長の職務執行上の種々の問題点を部外者たる学校法人外部の有力な第三者に向けて告発し,当該部外者の力を利用して理事長を退任させようとする行為は,一般的には,当該学校法人内部における,公正な議論に基づく問題解決の芽を摘んでしまい,当該学校法人の秩序を不公正な手段によって攪乱しこれを毀損するものであることは否定できない上,当該理事長の名誉毀損・侮辱にわたりかねないものでもある。そうすると,このような行為は,一般的には,本件服務規則28条7号(オ)にいう「反社会的行為」あるいはこれに準ずる程度の「不都合な行為」(同号(キ))に該当するものとみるべきである。

イ これに対し,原告X1は,被告Y2は違法・不当な職務執行を繰り返してきたところ,被告学園内部で,被告Y2の職務執行についての問題を改善するのは困難な状況にあったことからすると,被告Y3に相談するのもやむを得ない状況にあったとして,原告らが被告Y3に相談したことは正当なものであったとし,「反社会的行為」性,あるいはこれに準ずる程度の「不都合な行為」性を否定する趣旨の主張をする。

そこで,以下では,本件の具体的な事情のもとで,原告X1が,被告学園の内部事情の告発を交えつつ被告Y3に相談したことに正当性があるか否かについて検討する。

(ア) 告発内容について

a ある者が内部告発をした場合に,その内部告発が告発者の所属する組織内の秩序を大きく乱したとしてもなお正当化されうるのは,告発者が所属する組織体において,内部規範に優先する法令の遵守が求められていることに根拠があると解されるから,正当化されうる告発内容は,少なくとも告発対象者の違法行為を含んでいる必要があり,単に対象者に不当な行為があったことを告発するだけでは足りないというべきである。そこで,原告らが,本件手紙及び29枚の文書を交付して,被告Y3に対して告発した内容が,告発対象者たる被告Y2の違法行為を含んでいたかという点について検討する。

b 本件手紙及び29枚の文書には,被告Y2の問題のある職務執行として,相撲部の寮の賄い手当に係る不明朗な支出,相撲場建設費に係る不明朗な支出,ミス・ワールド世界大会の出張旅行費に係る不適正な支出,a高校の部室新設に係る入札の談合,平成22年2月19日の相撲部総会の祝賀会の会費に係る疑惑,a高校の校舎改築の強行,理事長の給与の増額の強行,教職員の給与カットの強行,被告Y2の原告X1を含めた教職員に対する不適切な言動が記載されている(証拠<省略>)。

c まず,これらの被告Y2の職務執行行為のうち,a高校の校舎改築の強行,理事長給与の増額の強行及び教職員の給与カットの強行の問題については,先に説示したとおり,その当時のa高校の経営状況に照らして,それらを進めるという経営判断が適切かどうか,すなわち被告Y2の業務執行行為が不当かどうかを問題としているに過ぎない。

したがって,告発内容にこれらの問題が含まれていたことをもって本件の内部告発が正当化されるものではないというべきである。

d 他方,告発された被告Y2の職務執行行為のうち,相撲部の寮の賄い手当に係る不明朗な支出,相撲場建設費及び部室建築に係る不明朗な支出,ミス・ワールド世界大会の出張旅行費に係る不適正な支出,a高校の部室新設に係る入札の談合及び平成22年2月19日の相撲部総会の祝賀会の会費に係る疑惑については,横領・背任などの刑事責任を問われかねない行為であることを問題としていると評価できる。また,被告Y2の教職員に対する不適切な言動については,不法行為責任を問われかねない行為であることを問題としていると評価できる。

そうすると,告発内容にこれらの問題を含む限りにおいて,本件の内部告発は正当化されうる余地を残していると考えられる。

(イ) 被告Y2は違法行為を行ったか,また,原告らにおいて被告Y2が違法な行為を行ったと信じるにつき相当な理由があったといえるか。

a 原告らの内部告発は,前記アのとおり,被告Y2の名誉を毀損しかねず,また被告学園内部の秩序を毀損する行為であるといえるから,内部告発した内容が正当化されるためには,その告発する事実が真実であるか,少なくとも真実であると信じるにつき相当な理由があったことが必要であるというべきである。

b そこで,原告らが内部告発をした事実が真実であるか,真実であると信じるにつき相当な理由があったといえるかどうかについて検討する。

(a) 相撲部の寮の賄い手当に係る不明朗な支出について

賄い手当の支出については,前記1(3)のとおり,理事会の決議を経ていなかったこと,被告Y2が理事長に就任した後に10万円から15万円に増額されたこと及び収支計算が明らかにされていなかったことが認められるから,その支出に不透明な部分があることは否めないが,他方,この賄い手当が,相撲部の寮の生活費に使われず,E教頭夫妻が資産を形成するために支出されていたことを窺わせる証拠は見当たらない。

このような状況からすると,被告Y2がこの賄い手当の関係で横領又は背任といった違法行為に該当する行為をしていたと認めることはできないし,原告らが,この賄い手当について,被告Y2が横領や背任といった違法行為に該当するような行為をしていたと信じるにつき相当な理由があったことを窺わせる事情があるともいえない。

したがって,原告らが,被告Y3に対し,賄い手当の支出の事情を指摘しつつ相談したことは,内部告発を正当化するに足りないというべきである。

(b) 相撲場建設費に係る不明朗な支出について

相撲場の建設費については,前記1(5)のとおり,当初の概算額から大幅に増額されている上,被告学園預金から相撲場の建設費として契約金額よりも多くの金額が引き出されていることなど,不透明な部分があることは否定できない。

しかしながら,相撲場の建設費が増額された理由がどのようなものであったのか及び増額された金銭の流れがどのようなものであったのかという点は本件全証拠によっても不明であり,被告Y2が,相撲場の建設費に関して,横領・背任等の犯罪行為を行ったかどうかは明らかでないといわざるをえない。

このような状況にあることからすると,原告らは,被告Y2が相撲場の建設費について横領や背任といった犯罪行為を行ったと信じることに相当な理由があったとはいえない。

したがって,原告らが,被告Y3に対し,相撲場の建設費の問題を指摘しつつ相談したことは本件の内部告発を正当化するに足りないというべきである。

(c) ミス・ワールド世界大会の出張旅行費に係る不適正支出について

被告学園が,前記1(9)のとおり,被告Y2がマブラ野生保護区のサファリドライブが含まれたFの応援ツアーに参加したことによる費用を負担することについて承認又は追認していたことからすると,その支出が適正であったかどうかは別にして,この支出が横領や背任などの犯罪行為になることはないと解される。

そして,原告X1は,a高校の副校長として,被告学園が被告Y2の応援ツアー参加費用を支出することについて決裁していることからすると,原告らにはミス・ワールド世界大会の出張旅行費に関して被告Y2が違法行為を行ったと信じることに相当な理由があったとはいえない。

したがって,原告らが,被告Y3に対し,ミス・ワールド世界大会の出張旅行費の問題を指摘しつつ相談したことは本件内部告発を正当化するものではない。

(d) a高校の部室新設に係る入札の談合について

原告らは,a高校の教員であるGが,鳥取市内の税理士から,a高校の部室新設工事に係る入札に,談合があったという話を聞いたと話していたことから,当該談合があったことは真実であるし,真実であると信じることに相当な理由があったと主張する。

しかしながら,この談合の情報は,まず,鳥取市内の税理士からGの叔父に伝えられ,その後Gの叔父からGに伝えられ,最後に,Gから原告X2に伝えられたというものであり(原告X2本人),伝聞に伝聞を重ねていることからすると,その信用性は乏しいといわざるをえない。

このようにGの供述の信用性が乏しく,ほかに談合の存在を認めるに足りる証拠は存しないことからすると,この談合が存在したことが真実であるとは認められないし,原告らが,a高校の部室新設に係る入札に談合があったと信じることに相当な理由があったともいえない。

したがって,原告らが,被告Y3に対し,a高校の部室新設に係る入札の談合について指摘しつつ相談したことは本件の内部告発を正当化するものではないというべきである。

(e) 平成22年2月19日の相撲部後援会総会及び祝賀会の会費について

被告学園は,前記1(10)イ(ア)のとおり,平成22年2月19日の相撲部後援会総会及び祝賀会に関して,その参加者から徴収した会費よりも多額の金銭を支出したことが認められる。

そうすると,被告Y2が,この相撲部後援会総会及び祝賀会の会費に関して横領や背任といった犯罪行為を行ったとは考えられない。

また,原告らは,J事務局長が祝賀会の飲食代が3000円であると発言したことを根拠に,被告Y2が当該相撲部後援会総会及び祝賀会の会費に関して横領や背任といった犯罪行為を行ったと信じたようであるが,hホテルの担当者と料理の値段について交渉したのは前記1(10)イ(イ)のとおりJ事務局長ではなかったことからすると,そのJ事務局長の発言が真実であると信じることに相当な理由があったとはいえないし,相撲部後援会総会及び祝賀会を開催するためには飲食代以外の金銭も必要であることは容易に推認できることからすると,飲食代が3000円であると聞いただけで,被告Y2が,横領や背任等の犯罪行為を行ったと信じることに相当な理由があったとはいえない。

したがって,原告らが,被告Y3に対し,相撲部後援会総会及び祝賀会の会費に関する指摘をしつつ相談したことは本件の内部告発を正当化するものではないというべきである。

(f) 被告Y2の教職員に対する不適切な言動について

被告Y2が,後に説示するとおり,原告X1に対して,不法行為に該当するような退職勧奨行為等をしていたことが認められることからすると,原告らには,少なくとも,被告Y2が被告学園の教職員に対して不法行為に当たるような,パワハラというべき不適切な言動を繰り返していると信じるに足りる相当な理由があったといえる。

したがって,このパワハラの事実については,被告Y3に告発したことが正当化される余地はあると考えられる。

(ウ) 手段の相当性について

a ある組織体が違法行為を行っているということを内部告発すれば,告発された組織体に大きな損害を与える可能性が高いことから,内部告発は社会的に相当な手段・方法でされた場合に限って正当化されるというべきである。

b そこで,以下では,原告らの内部告発の手段・方法が相当なものであったのかという点について検討する。

(a) 原告らは,被告Y2の職務執行に問題があることについて,理事会で話し合うことなく,被告学園の部外者である被告Y3に相談したことが認められるところ,被告学園の最高責任者である理事長が,不当な業務執行,横領や背任などの犯罪行為及びパワハラなどの不法行為を繰り返していたという事実が外部に知られ,ひいて社会に広く認識されるところとなれば,高校や幼稚園といった教育に携わる被告学園の信用は損なわれる可能性が高いといえる。したがって,理事という要職についていた原告らとすれば,理事長たる被告Y2の職務執行上の問題点については,先に理事会で公正な手続のもと議論を尽くし,被告学園内部での解決を目指す必要があったというべきである。それにもかかわらず,原告X1は,被告学園内部の意思決定機関である理事会で話し合うことなく,外部者である被告Y3に対して,本件手紙及び29枚の文書を交付するなどして,相談をもちかけたのであるから,その内部告発の態様は相当なものであったとはいえない。

したがって,原告らが,被告Y2の職務執行上の問題点について,理事会で話し合うことなく,被告Y3に相談したことは,社会的に相当な方法であったとはいえない。

(b) この点について,原告X1は,被告Y2に対して反対の意見を述べると,理事の職を追われてしまうことから,理事会で被告Y2の職務執行上の問題点を話し合うことはできなかったこと,換言すれば,公正で民主的な議論による解決を可能ならしめる前提が存在しなかったことを主張する。

しかしながら,平成18年の理事会では,前記1(2)アのとおり,被告Y2を理事長から解任する動議が提出され,一旦は解任の決議がなされていること,D理事,K理事及び原告X2は,前記1(11)ア及びイ(ア)のとおり,平成22年1月18日及び2月16日に,被告Y2に対して,被告Y2と反対の意見を述べているにもかかわらず,前記1(11)エ及びオのとおり,K理事及びD理事は自ら辞職を申し出ており,辞職を強要されたとまで認めるに足りる証拠がないこと,さらに,前記1(12)トのとおり,原告X2は本件解任がされる同年10月15日まで辞職に追い込まれてはいないこと等を総合すれば,理事会において被告Y2の意見に反対する意見を全く言うことができない状況にあったとまでは認められない。

したがって,この点についての原告X1の主張は採用できない。

(エ) まとめ

以上からすると,原告X1が,被告Y3に対して,被告Y2の職務執行上の問題点を指摘しつつ告発に及んだことを正当化することはできず,原告らの主張は採用できない。

なお,原告X1は,被告Y2が前記1(8)の甲子園出場特別後援会に対する寄付金に関して違法な処理をした可能性があることから,原告らの本件手紙及び29枚の文書による内部告発が正当化されるかのように主張するが,この事実は本件手紙及び29枚の文書に記載された事実とは,独立した事実であるから,この事実が認められるかどうかは,原告らの本件手紙及び29枚の文書による内部告発が正当化されるかどうかとは関係しないというべきである。

ウ 小括

以上を要するに,原告X1は,被告Y3の影響力を利用し,被告Y2を理事長兼校長から退任させるため,被告Y3に対し,被告Y2の職務執行上の問題点を記載した本件手紙及び29枚の文書を交付したものであって,これは,被告Y2の名誉を毀損しかねないとともに,被告学園内部の秩序を毀損する行為であって,これを正当化する事情は認められない。そうすると,その余の点について判断するまでもなく,原告X1の行為は,本件服務規則28条7号(オ)又は(キ)に該当することになる。

4  争点1-2(本件解雇は懲戒権ないし解雇権の濫用に当たるか。)について

(1)  原告X1は,①懲戒解雇手続に違法性があること,②被告Y3に対する相談は個人的な相談に過ぎないことからすると,処分として重すぎる(行為と処分との不均衡)こと,③原告X1に対する懲戒解雇は,被告Y2の個人的な制裁目的によるものであること(目的の不当性)からすると,解雇権の濫用に当たると主張するので,以下検討する。

ア 懲戒解雇手続の違法性の有無について

(ア) まず,原告らは,本件解雇理由書に記載された解雇理由が不十分であったことから,懲戒解雇手続が違法であったと主張する。

しかしながら,被告学園には,懲戒解雇をする際に,被処分者に対して解雇理由を示さなければならないという規程は存在しないのであるから,仮に解雇理由が十分に示されなかったとしても,懲戒解雇手続が違法であったことにはならない。

したがって,解雇理由が十分に示されなかったことは,濫用性を基礎付ける事実として重視すべきではない。

(イ) 次に,原告X1は,特別委員会が,個人情報漏洩事案として原告X1を調査したことが違法であると主張する。

確かに,原告X1については,被告Y2を理事長兼校長から退任させるために,本件手紙及び29枚の文書を被告学園の外部の者に渡したことが問題となっており,個人情報の漏洩の問題とは性質を異にするものであることは否定できない。

しかしながら,特別委員会は,原告X1に対し,本件手紙及び29枚の文書の作成及びその使用などについて調査をしており,調査の内容と本件解雇の理由との間には齟齬がないといえる。そうすると,原告X1に対しては,十分に弁明の機会が与えられていたというべきであるから,この点に手続的違法はないというべきである。

(ウ) さらに,原告X1は,被告学園が労働基準監督署長の認定を受けていなかったにもかかわらず,労働基準法20条の手続を履践せずに原告X1を解雇したことは,懲戒解雇手続として違法であると主張する。

しかしながら,労働基準法20条の手続は,解雇自体は法定の要件を満たしている場合に,即時に解雇できるか否かを決するためのものであって,解雇自体の適法性を担保するためのものではない。

そうすると,労働基準法20条の手続を履践しなかった事実を濫用性を基礎付ける事実として重視すべきではない。

イ 処分と行為との不均衡について

原告X1は,被告Y3に対する相談は,個人的な相談に過ぎないことから,これを理由に懲戒免職とするのは処分として重すぎると主張する。

しかしながら,前記アのとおり,原告らは,部外者たる被告Y3の影響力を利用して,被告Y2を理事長兼校長から退任させようとしたものと考えるのが相当であり,この行為は,被告Y2の名誉を毀損し,被告学園内部の秩序を著しく損なう行為であることからすると,原告X1を懲戒免職にしたことが重すぎるとはいえない。

ウ 目的の不当性について

原告X1は,本件解雇が,個人的な制裁目的でなされたものであるから懲戒権の濫用に当たると主張する。

しかしながら,原告X1の解雇は,平成22年10月12日の理事会における決議によってされたものであり,被告Y2個人の権限によってなされたものではないことからすると,これを被告Y2の個人的感情から行ったものと断定することはできず,仮に被告Y2がその内心において個人的な制裁の感情を有していたとしても,そのことをもって本件解雇の効力が左右されるとは考えられない。

(2)  以上の事情を総合すると,本件解雇を濫用にわたるものと評価することは困難であると考える。そうすると,本件解雇は適法であるというべきである。

そして,本件解雇は,原告X1の責めに帰すべき事由による解雇であり,労働基準法20条に基づく手続を履践せずに即時に解雇することが認められるから,第3次雇用契約は平成22年10月15日をもって終了しているというべきである。

(3)  なお,期間の定めのある雇用契約が黙示に更新された場合,更新後の契約の内容は,雇用期間を定めた部分を含め,民法629条の文言どおり,従来の契約と同一のものとなると解すべきであり,したがって本件解雇は有期労働契約である第3次雇用契約の期間中にされたものということになるが,本件解雇が本件服務規則に根拠を有する懲戒処分の一環であることに照らせば,その濫用性の有無は労働契約法15条によって規律されるものと解するのが相当である。

5  争点5(被告らの原告X1に対する退職勧奨が不法行為となるか。これが肯定された場合の損害額はいくらか。)について

(1)  総論

ア 前記3及び4のとおり,被告学園が,本件解雇をしたこと自体は違法ではないから,本件解雇をしたことそれ自体は不法行為を構成するものではない。

イ 他方,原告X1は,被告Y2の原告X1に対する退職勧奨行為等がパワハラに当たるとして不法行為に該当すると主張するところ,パワハラが不法行為を構成するというためには,パワハラをした者とされた者の人間関係,当該行為の動機・目的,時間・場所,態様等を総合考慮の上,その行為自体が,社会通念に照らし,著しく相当性を欠くような違法な行為であったと評価される必要がある。

そこで,以下では,被告Y2の行為が,社会通念上著しく相当性を欠く行為であったといえるのかという点について検討する。

(2)  被告Y2が原告X1に対して辞職願の提出を求めたことについて

被告Y2は,前記1(12)イのとおり,a高校の管理職が自分に従って,熱心に勤務するようになるために,原告X1を含むa高校の管理職に対し,辞職願の提出を求めたことが認められる。そして,被告Y2が被告学園の最高責任者である理事長であり,a高校の校長でもあったことからすると,a高校の管理職がこの要求に全く対応しないというのは困難な状況にあったといえることに加え,この被告Y2の行為は,被告Y2の一存でa高校の管理職を退職させることができる状況を作り上げることで生じるa高校の管理職の恐怖心を利用して,被告Y2に従わせようとするものであり,部下を従わせる方法として許容される範囲を逸脱した行為であるといえる。そうすると,この被告Y2の行為は,社会通念上著しく相当性を欠く行為であったといわざるをえない。

したがって,被告Y2が原告X1に対して辞職願の提出を求めたことは,不法行為を構成すると考えられる。

(3)  被告Y2が原告X1に対してした一連の退職勧奨行為について

ア 被告Y2は,前記1(12)オ,ク及びスのとおり,原告X1に対して,執拗に退職を求めたことが認められる。

また,被告Y2は,①前記1(12)キのとおり,原告X1が退職するのかどうかが決まっていない時点で,管理職会議において,「次期副校長は現在の教頭2名の者から選任する」などと発言して,a高校の管理職に,あたかも原告X1が退職することが決まったかのように伝えたり,②前記1(12)エ,サ(ア)及びサ(エ)のとおり,原告X1の席を,これまで副校長の席が置かれてきた一番大きな第一職員室から,手狭な第二職員室や第三職員室に移動させたり,原告X1の駐車位置を一般の教職員の列の駐車しにくい位置に変更したりして,原告X1から副校長という立場上与えられる利益を奪ったり,③前記サ(イ)及び(ウ)のとおり,原告X1に,学校日誌,職員会議録,出張伺,休暇簿,稟議書などの決裁文書,外部から被告学園に送付されてきた文書を回さなかったり,PTA総会やその後の懇親会の案内も渡さなかったり,原告X1を募集運営委員会,運営委員会,管理職連絡会,県の計画訪問の会議などの重要な会議に招集しなかったり,緊急連絡網の連絡経路から外したりすることで,原告X1から副校長としての職務を剥奪したりしたところ,これらの行為は,いずれも,被告Y2が原告X1に平成22年度末に退職してもらおうと考え始めた時期以降にされたものであることも考慮すると,原告X1を退職させる目的でされたものであると認められる。

イ そこで,被告Y2が原告X1を退職させるためにした一連の行為が社会通念上著しく相当性を欠く行為であるといえるかについて検討する。

一般に,使用者が,退職してもらいたいと考えている被用者に対して,退職を説得する行為は違法なものではないと考えられる。

しかしながら,被告Y2は,前記1(12)クのとおり,原告X1に対し,副校長からの降格を示唆したり,前記1(12)スのとおり,被告Y3の影響力を利用したりして,退職を促しているのであり,その方法は相当性を欠くものといえる。

また,被告Y2は,前記アのとおり,原告X1が退職するか否かを決めてもいない段階で他の職員の前で退職を前提とした話をしたり,原告X1が退職しない意向を明らかにした後もなお退職をさせるために,副校長という立場上受けられる利益を剥奪したり,副校長としての職務を剥奪したりして,原告X1を精神的に追い込んで退職させようとしたものであり,原告X1に退職を再考させる方法としては相当に陰湿であり,悪質なものといえる。

以上からすると,被告Y2の原告X1に対する一連の退職勧奨行為は,社会通念上著しく相当性を欠く行為であるといえることから,不法行為を構成するというほかない。

ウ この点について,被告らは,原告X1の職務執行には問題があったことから,一連の退職勧奨行為は正当であると主張する。

しかしながら,本件では,原告X1の職務執行に問題があったことを認めるに足りる証拠がない上,仮に,原告X1の職務執行に問題があったとしても,社会通念上著しく相当性を欠くような態様で退職勧奨をすることまで正当化されるものではないことは当然のことである。

したがって,被告らの主張は採用できない。

(4)  被告Y3の行為が原告X1に対する不法行為を構成するか。

原告X1が,不法行為であると主張する被告Y2の行為のうち,証拠上,被告Y3が荷担したといえる行為は,平成22年9月22日の退職勧奨行為だけであり,その他の行為については荷担したとは認められない。

そこで,この退職勧奨行為が不法行為を構成するのかを検討するに,被告Y3は,29枚の文書が発見されたことを前提として,原告X1に対して,被告Y2に対する謝罪をした上で辞職することを促したに過ぎず,謝罪や辞職を強要したとまではいえないことからすると,前記2(2)イのとおり,29枚の文書を流出させた原因が被告Y3にあることを考慮しても,被告Y3の行為が社会通念上著しく相当性を欠く行為であったとまではいえない。

(5)  まとめ

ア 以上からすれば,被告Y2が,原告X1に対して,辞職願の提出を求めたこと及び一連の退職勧奨行為を行ったことは,不法行為を構成するから,原告X1が被った精神的損害を賠償すべき義務があるというべきである。

イ また,被告学園は,被告学園の代表者である被告Y2が職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償すべき義務を負うところ(私立学校法29条,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条),被告Y2は,被告学園の理事長の職務として,原告X1に対して,辞職願の提出を求めた上,一連の退職勧奨行為をしているから,被告学園も,原告X1が被った精神的損害を賠償すべき義務を負う。

ウ そして,被告Y2が,原告X1に対して,辞職願の提出を求めたこと及び一連の退職勧奨行為を行ったことが,前記(2)及び(3)のとおり,社会通念上著しく相当性を欠く悪質なものであったことを考慮すると,原告X1がこれらの行為によって被った精神的損害を慰謝するのに相当な金額は100万円とするのが相当である。また,弁護士費用は10万円が相当である。

6  争点6-1(原告X2の行為が本件役員規程16条各号及び本件寄附行為11条1項各号に該当するか。)並びに6-2(本件解任が権利の濫用に当たるといえるか。)について

(1)  原告X2の処分対象行為について

前記1(12)カ(イ)のとおり,原告X1が被告Y3に本件手紙を交付したことに関して,原告X2の関与は認められない。しかしながら,原告X2は,前記2(1)のとおり,原告X1が被告Y3に29枚の文書を交付したことについて許可を与えたことが認められることから,29枚の文書を被告学園の外部に流出させたことについて関与したものであることは否定し難い。

したがって,29枚の文書を被告学園の外部に流出させたことは処分の対象となる行為に当たると考えられる。

(2)  原告らが被告Y2を理事長兼校長から退職させるために29枚の文書を外部に漏洩させた行為と本件役員規程16条各号と本件寄附行為11条1項各号該当性について

ア 原告らが,前記3(3)アのとおり,被告Y3に対して29枚の文書を交付することで,被告学園の最高責任者である被告Y2の職務執行上の問題点を外部の第三者に告発し,その外部者の力を利用して,被告Y2を退任させようとした行為は,被告Y2の名誉を毀損することになるだけでなく,学園の秩序を著しく毀損する行為であるといえることから,少なくとも,本件役員規程16条2号の「学園の不利益となる事項を他に漏洩」する行為及び本件寄附行為11条1項4号の「役員たるにふさわしくない重大な非行」に該当するというべきである。

イ この点について,原告X2は,被告Y2が違法・不当な職務執行を繰り返してきてたところ,被告学園内部で,被告Y2の職務執行についての問題を改善するのは困難な状況にあったことからすると,被告Y3に相談するのもやむを得ない状況にあったとして,原告らが29枚の文書を交付して被告Y3に相談したことは正当なものあり,本件役員規程16条2号及び本件寄附行為11条1項4号に該当しないと主張する。

しかしながら,先に説示したとおり,本件の事情の下では,原告らの内部告発は正当化されないと解するべきであるから,原告X2の主張は採用できない。

ウ したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告X2の行為は,本件役員規程16条2号及び本件寄附行為11条1項4号に該当することになる。

(3)  本件解任は権利の濫用に当たるか。

ア 原告らが,前記(2)アのとおり,被告Y3の影響力を利用して,被告Y2を理事長兼校長から退任させるために,被告Y3に対して,被告Y2の職務執行上の問題点について記載した29枚の文書を交付した行為は,被告Y2の名誉を毀損し,被告学園内部の秩序を著しく損なう行為であるといえることからすると,原告X2について本件解任をしたことは相当であり権利の濫用には当たらないというべきである。

イ(ア) この点について,原告X2は,①本件解任手続に違法性があること,②原告X2のした行為の内容に照らして,解任処分は重すぎること,③本件解雇は,被告Y2の個人的な制裁目的によるものであることからすると,権利の濫用に当たると主張する。

(イ) そこで,まず,原告X2に対する懲戒解任手続の違法性の有無について検討する。

a まず,原告らは,本件解任理由書に記載された解任理由が不十分であったことから,懲戒解任手続が違法であったと主張する。

しかしながら,被告学園には,懲戒解任をする際に,被処分者に対して解任理由を示さなければならないという規程は存在しないのであるから,仮に解任理由が十分に示されていなかったとしても,懲戒解任手続が違法であったことにはならない。

したがって,解任理由が十分に示されなかったとしても,本件解任が権利の濫用に当たることを基礎付ける事実とはならない。

b(a) 次に,原告X2は,特別委員会が,個人情報漏洩事案として原告X2を調査したこと及び原告X2に対する調査を途中で打ち切ったことにより,原告X2の弁明の機会を奪ったことが違法であると主張する。

(b) そこで検討するに,原告X2について問題となっていたのは,被告Y2を理事長兼校長から退任させるために,本件手紙及び29枚の文書を被告学園の外部に流出させたことであり,これは個人情報の漏洩とは性質を異にする問題であることは否定できない。

しかしながら,特別委員会は,原告X2に対し,前記1(12)チ(イ)のとおり,調査の一環として,平成22年10月12日付け「個人情報が記載された漏洩文書に関する聞き取りについて(通知)」と題する書面に添付された質問事項に対する回答を求めており,その質問事項は主に本件手紙及び29枚の文書の作成及びその使用等に関するものとなっていたことからすると,実際の調査の内容と本件解任の理由との間には齟齬がないといえる。

(c) また,原告X2は,前記1(12)ツ(イ)のとおり,A教頭に対して,特別委員会から原告X2に対して質問したいことがあれば,書面で質問してくれれば回答する旨及び29枚の文書を送付してくれればより詳細に回答できる旨を伝えており,A教頭がこの点について了承したにもかかわらず,特別委員会が原告X2に対して文書で質問することのないまま本件解任に至っていることも事実である。

しかしながら,A教頭が了承したのは,あくまで特別委員会が原告X2から事情を聴取する場合のやりとりの方法についてであって,原告X2の弁明の機会についての段取りについてではない。そうすると,この原告X2とA教頭のやりとりがあったからといって,原告X2に書面による弁明の機会を与えることの合意がなされたと評価することはできない。

そうすると,質問事項を添付した平成22年10月12日付け「個人情報が記載された漏洩文書に関する聞き取りについて(通知)」を送付したこと及び平成22年10月14日に開催した特別委員会への出頭を要請したことから,被告学園の原告X2に対する弁明の機会の付与は十分なものであったと評価できる。

(d) 以上より,被告学園が原告X2に対して弁明の機会を与えた手続に違法性はないというべきである。

(ウ) 原告X2は,原告X2のした行為の内容に照らして,解任処分は過剰に重い旨主張する。

しかしながら,前記のとおり,原告らが被告Y3の影響力を利用して,被告Y2を理事長兼校長から退任させるために29枚の文書を被告Y3に交付した行為は,被告Y2の名誉を毀損するだけでなく,被告学園内部の秩序を著しく毀損する行為であって,これを軽視することはできないと考える。そうすると,原告X2を懲戒解任とすることが重すぎるとはいえない。

(エ) 原告X2は,本件解任が,被告Y2の個人的な制裁目的でなされたものであるから懲戒権の濫用に当たると主張する。

しかしながら,本件解任は,平成22年10月15日の理事会及び同日の評議会において決議されたものであり,被告Y2個人の権限によってなされたものではないことからすると,これを被告Y2の個人的感情から行ったものと断定することはできず,仮に被告Y2がその内心において個人的な制裁の感情を有していたとしても,本件解任が権利の濫用となるものとはいえないというべきである。

ウ 以上により,本件解任は権利の濫用には当たらないことから,被告学園と原告X2との間の委任契約は,平成22年10月15日をもって適法に終了しているというべきである。

このように,本件解任は適法であって,ほかに被告学園及び被告Y2の原告X2に対する不法行為の存在について的確な主張立証はない。したがって,原告X2の被告学園及び被告Y2に対する不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。

第4結論

以上によれば,原告らの請求は,原告X1の被告学園及び被告Y2に対する不法行為に基づく損害賠償請求については,110万円及びこれに対する平成22年10月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容しその余の請求については理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大島雅弘 裁判官 力元慶雄 裁判官 桐谷康)

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