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鳥取地方裁判所 平成22年(ワ)342号 判決 2012年7月17日

原告

X

同訴訟代理人弁護士

藤田洋介

被告

同代表者法務大臣

滝実

同指定代理人

橋本悠子

外8名

主文

1  被告は,原告に対し,20万円及びこれに対する平成23年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,主文第1項に限り,仮に執行することができる。

5  ただし,被告が,20万円の担保を供託するときは,その仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成23年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,鳥取刑務所の職員であったAが鳥取刑務所の受刑者であったBに個人情報を漏洩した旨主張して,国家賠償法1条又は2条に基づき,慰謝料100万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成23年1月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(なお,被告は,仮執行宣言を付する場合は,担保を条件とする仮執行宣言免脱宣言をするか,その執行開始時期を判決が被告に送達された後14日を経過した時とすることを求めた。)。

1  争いのない事実

(1)Aは,鳥取刑務所の職員であった。

(2)Bは,鳥取刑務所の受刑者であった。

(3)Aは,平成21年12月,Bに対し,「原告の氏名」,「原告が広島刑務所に移送されたこと」,「原告が鳥取刑務所在所中に鳥取刑務所長に対して苦情の申出を行ったこと」についての個人情報(以下「本件個人情報」という。)を漏洩した(以下「本件漏洩行為」という。)。

2  争点

(1)Aが公務員として職務を行うについて本件個人情報を漏洩したといえるか(国家賠償法1条に基づく請求に係る争点)。

(原告の主張)

本件個人情報の漏洩は,以下の点を考慮すると,公務員として職務を行うについてなされたものと評価すべきである。

ア Aが作成し,上司に提出した平成21年12月2日付け報告書(乙6・以下「本件報告書」という。)は,Aが勤務時間内に上司の指示を受けて作成した文書であり,職務上作成された文書である。その内容は,原告の鳥取刑務所長に対する苦情に関する経緯のみならず,原告とAの刑務所内における会話内容が詳細に記載されており,対象者からすれば最も他人に知られたくない情報の一つであることは明らかであり,その控え(乙7・以下「本件報告書控え」という。)も厳格な管理が要求されるものである。

イ Aは,鳥取刑務所という職場内でBと知り合い,巡回の度に競馬などについて私語を交わし,職場内で電話番号が記載された紙切れのやりとりを行うなど,職場内で交友関係を形成した。また,Aは,Bの出所後,競馬などの個人的な趣味の話をしただけでなく,刑務所職員の住所・電話番号や非常招集表(職務上作成された刑務官の職務遂行上不可欠な情報が記載されたもの)のコピーをBに提供する一方,Bから松葉ガニなどの物品を無償で譲り受け,明らかに対価性が認められるやりとりをしている。

ウ 本件漏洩行為は,AがBに対し,「Xという受刑者がヤクザなのかどうか」を聞いたことをきっかけとしたものである。刑務官にとって,個々の受刑者が反社会的勢力に所属している人物であるかどうかは,処遇にあたって重要な関心事であり,Aは,こうした情報を取得する手段としてBに本件報告書控えを見せたものである。そうすると,本件漏洩行為は,刑務官としての職務に密接に関連した行為であったと評価すべきである。

(被告の主張)

争う。

Aは,本件報告書を上司に提出した際,上司に無断で本件報告書控えを作成した上施設外に持ち出し,B宅に本件報告書控えを放置して本件個人情報を漏洩したものであるが,本件漏洩行為は,Aが,Bの出所後の交友関係を背景として,勤務時間外に,鳥取刑務所長の支配領域を超えた施設外でなされたものである。したがって,本件漏洩行為は,職務執行の手段として,あるいは職務に付随してなされたものとはいえない。

(2)Aが作成した本件報告書あるいは本件報告書控えが公の営造物に該当するといえるか(国家賠償法2条に基づく請求に係る争点)。

(原告の主張)

本件報告書あるいは本件報告書控えは,職務上得られた情報が記載された有体物であるから,直接公の目的のために供用される有体物にほかならない。本件報告書は,原告が鳥取刑務所長に対する苦情申出を取り下げた後に作成されているところ,本来その作成の必要性はなかった。また,Aは,情報セキュリティーセルフチェックシートを提出した直後に本件報告書控えを施設外に持ち出しており,Aに対する個人情報の管理に関する指導が徹底されていたとはいえない。そうすると,本件報告書あるいは本件報告書控えの設置管理に瑕疵があったと評価せざるを得ない。

(被告の主張)

争う。

本件報告書は,一般的に使用されているA4用紙という動産にAの報告が記載されたものであり,それ自体には何らの物的瑕疵はなく,Aによる不正な私的利用があったにすぎない。また,AがBに見せた本件報告書控えは,直接公の目的のために供用されたものでもない。さらに,鳥取刑務所においては,個人情報の漏洩を防止するため,平成21年6月15日付け所長指示第32号「個人情報の取扱いについて」を発出するなどして個人情報の管理が適正に行われ,Aに対しても個人情報管理の重要性を繰り返し指導し,同年11月6日には「情報セキュリティーセルフチェックシート」の内容を確認して提出をさせるなどしていたものであり,鳥取刑務所長及び処遇部門個人情報保護管理者であるC処遇首席について情報管理義務違反があったとはいえない。

(3)原告の被った損害いかん

(原告の主張)

原告は,刑務官という立場の者に個人情報を漏洩されて精神的ショックを受けたほか,氏名も漏洩され,今後悪用されたり,何かの被害にあわないかと不安であり,現在も精神的苦痛が続いている。

原告が被った精神的苦痛を金銭的に評価すると,万円を下ることはない。

(被告の主張)

争う。

第3  争点に対する判断

1  Aが公務員として職務を行うについて本件個人情報を漏洩したといえるか(国家賠償法1条に基づく請求に係る争点・争点(1))について

国家賠償法1条が,公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合に限らず自己の利益を図る意思をもってする場合でも客観的に職務執行の外形を備える行為によって他人に損害を負わせた場合には,国又は地方公共団体に損害賠償責任を負わせることによって広く国民の権利利益を擁護する趣旨に出たものであることに照らせば,当該行為が職務を行うについてなされたといえるかどうかについては,職務執行の外形を備える行為がされたと評価し得るかどうかによって決するべきであり,職務執行の外形を備える行為には,職務執行行為及び職務執行行為と一体不可分な行為のみならず,職務執行行為を契機とし,社会常識上これと密接に関連を有すると認められる行為も含むものと解するのが相当である。

ところで,証拠(乙16ないし18)によれば,法務省保有個人情報保護管理規程12条は,保有個人情報の複製(1号),保有個人情報が記録されている媒体の外部への送付又は持ち出し(3号)及び保有個人情報の適切な管理に支障を及ぼすおそれのある行為(4号)は,保護管理者の指示に従い行わなければならないものと定めていること,同15条は,職員は,保有個人情報が記録されている媒体を定められた場所に保存しなければならないことを定めていること,同法22条1項は,保有個人情報の漏えい等安全確保の上で問題となる事案が発生した場合に,その事実を知った職員は,速やかに当該保有個人情報を管理する保護管理者に報告すべき旨を定めていること,鳥取刑務所は,処遇部門の個人情報保護管理者を処遇首席,個人情報保護担当者を統括矯正処遇官,主任矯正処遇官としていること,鳥取刑務所長が発出した平成21年6月15日付け所長指示第32号は,施設内における私物のパソコンの使用や私物の外部記録媒体の使用を禁止するとともに,施設内のパソコン及びサーバの持ち出しや,紙媒体も含めた公的情報(広報用パンフレットなど外部に公表・配布しているものは除く。)の持ち出しを禁止し,外部記録媒体を使用する許可を受けた外部記録媒体の「使用職員」も,外部記録媒体を施設外に持ち出さないように求めており,特に必要がある場合は,持ち出しの目的に必要な情報のみを未使用の媒体に記録し,管理者の許可を得ることを求めていたこと,執務終了後,個人情報が記載された文書等は,保管場所が定められている文書については,所定の保管場所に返納し,その他の文書等は,施錠が可能な机の引出しやロッカー等に保管するように求めていたことが認められる。これらの事実によれば,刑務所の職員は,受刑者の個人情報が記録された電子データあるいは文書については,特段の必要がある場合に所要の手続を取った場合を除けば,施設外に持ち出すことを禁止されているだけでなく,所要の手続を取って施設外に持ち出した場合は,公務の一環として施設外における保管行為を全うすることを要求され,その保管に厳重な注意を払うことや持出後情報の漏洩がされない状態に戻すなどの職責を全うすることが求められているものと解される。そして,個人情報を保護することが重要な事柄であることに照らせば,職員が自己の利益を図る意思をもって個人情報を持ち出した場合であっても,公務の一環として当該情報が漏洩されないように保管すべきことが求められているものというべく,無断で持ち出した文書等の保管行為は,客観的には,私的行為としてではなく,公務として行われているものと解するのが相当である。

これを本件についてみると,前記争いのない事実に証拠(乙2,9,10)及び弁論の全趣旨を総合すれば,Aは,Bに情報を漏洩する意図で,鳥取刑務所の非常招集表をコピーし,そのコピーを鳥取刑務所の施設外に持ち出してBに手渡したことがあったほか,公用文書である本件報告書を作成した際に,上司の承諾を得ずに本件報告書控えを2部作成し,鳥取刑務所の施設外に持ち出して,1部をBに手渡したこと,本件報告書控えには,AがXという人物が鳥取刑務所で受刑中であること(換言すれば,そうした前科を有すること)を含む重大な個人情報が記載されていたことが認められる。そうすると,Aは,本件報告書控えを施設外に持ち出し,Bの自宅内に持ち込んだ時点においても,その厳重な保管という公務を遂行中であったと評価せざるを得ない。

これに対し,被告は,本件報告書控えが施設外に持ち出され,施設外でBに提供された点をとらえて,国家賠償責任を負うことはない旨を主張し,その主張に沿うと考える裁判例(京都地方裁判所平成19年(ワ)第3205号)が存在する旨主張する。

しかし,当該事例は,職務執行に際して除籍原簿の記載事項を知った公務員が,そこに記載されていた者が元妻と離婚した後の婚姻歴をその元妻に対して漏洩した場合に関するものであり,当該公務員は,除籍原簿やその写しを庁外に持ち出したわけではなく,脳に保存・記憶した情報を庁舎外で告知する方法によって漏洩したという事案であるところ,公務員が,職務遂行過程で記憶・保存してしまった情報を脳内から削除しないままの状態で職場を離脱することが禁止されているわけではないから,公務員が庁舎外で脳内に情報を保存しているという行為自体が,公務の一環として行われているものと評価することは困難である。そうすると,関係規定によって紙媒体の持ち出しが明確に禁止され,それにもかかわらず持ち出した以上は,公務の一環としてその適切な保存を行うべきものであって,その所持や保管自体を公務遂行行為と評価することができる本件事案とは事案を異にするといわざるを得ない。

したがって,被告の主張は,採用できない。

2  原告の被った損害いかん(争点(3))について

証拠(甲1,2の1,2の2,3)及び弁論の全趣旨を総合すれば,刑務所内においては,他の受刑者の氏名・住所等のプライバシー情報の保護を徹底する観点からも私語の禁止等が徹底されているにもかかわらず,本件漏洩行為によって,原告の氏名を含む本件個人情報が,原告とは面識がなく,受刑者であったBに対して漏洩されたことが認められるところ,本件漏洩行為は,Xという固有名詞と前科を有するというセンシティヴな情報を具体的に結びつけてしまうような個人情報を漏洩したものと評価すべきであり,こうした行為によって原告が被った精神的苦痛を軽視することはできない。こうしたことに,本件個人情報がB以外の第三者に伝播したことを認めるに足りるような証拠はないものの,今後も含め,そのような可能性がないと断定することができるような証拠もないことを踏まえ,地方自治体に中央労働委員会あるいは地方裁判所に提出するために求めた前歴照会の回答を受けた弁護士が,これを自己の依頼者(使用者)に漏洩し,その結果経歴詐称を理由に解雇された者が地方自治体に対して国家賠償請求を求めた事例における認容事例(大阪高等裁判所昭和50年(ネ)第1995号・判例時報839号55頁)に係る判断を参酌して原告が被った精神的苦痛を金銭的に評価すると,20万円を下ることがないものと解するのが相当である。

3  結論

よって,原告の請求は,国家賠償法1条に基づき,慰謝料20万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成23年1月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,この限りで認容し,その余の請求は,理由がないから,棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 和久田斉)

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