鳥取地方裁判所 平成23年(ワ)244号 判決 2014年5月28日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3判断
1 争点(1)アについて
(1) 国家賠償法1条1項にいう「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいい(最高裁昭和60年11月21日第1小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)、当該公務員の権限の不行使という不作為が国家賠償法上違法であるというためには、当該公務員が当該権限を有し、かつ、その権限の行使によって受ける国民の利益が国家賠償法上保護されている利益(反射的利益ではない)であることに加えて、当該権限不行使によって損害を受けたと主張する特定の国民との関係において、当該公務員が当該権限を行使すべき義務(作為義務)が認められ、その作為義務に違反することが必要と解すべきである。
(2)ア ところで、原告は、倉吉警察署の警察官が本件警察権限を行使して本件業者らの違法なAB間輸送を取り締まることにより、本件業者らが違法なAB間輸送をしなくなることによって、本件業者らと同じ地域で自動車運転代行業を営む原告が受ける経済的又は人格的利益は、国家賠償法上保護される利益であると主張する。
イ しかしながら、犯罪捜査及び行政警察活動は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであるから、ある犯罪に対して犯罪捜査及び行政警察活動がされることにより、将来の同種の犯罪が防止されることによって、特定の私人が受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査及び行政警察活動によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、国家賠償法上保護された利益ではないというべきである。
そうすると、原告の主張するところの、本件警察権限が行使されることによって原告に生じる可能性のある利益は、当該権限行使によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、国家賠償法上保護された利益ではないというほかなく、したがって、仮に倉吉警察署の警察官が本件警察権限を適切に行使していなかったとしても、そのことが、原告との関係で国家賠償法上違法と評価される余地はないといわざるを得ない。
(3) 以上によれば、原告の被告県に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 争点(2)アについて
(1) 原告は、被告支局長が、AB間輸送を実施する本件業者らに対して、本件規制権限を行使することにより、本件業者らがAB間輸送をしなくなることによって、本件業者らと同じ地域で自動車運転代行業を営む原告が受ける経済的又は人格的利益は、国家賠償法上保護される利益であると主張する。
しかしながら、本件規制権限の根拠となる運転代行業法が、その目的について、「この法律は、自動車運転代行業を営む者について必要な要件を認定する制度を実施するとともに、自動車運転代行業を営む者の遵守事項を定めること等により、自動車運転代行業の業務の適正な運営を確保し、もって交通の安全及び利用者の保護を図ることを目的とする。」(運転代行業法1条)と規定していることからすると、運転代行業法の目的は、運転代行業者に対して規制を課すことにより、自動車運転代行業者の業務の適正な運営を確保することによって、交通の安全及び利用者の保護を図る点にあることが明らかであり、自動車運転代行業者の私的・個別的な利益の保護を図ることが同法の目的に含まれているとみることはできない。
そうすると、運転代行業法に基づく規制権限が、自動車運転代行業者に対して行使されることにより、将来の同種の運転代行業法違反行為が防止されることによって、自動車運転代行業者が受ける私的・個別的な利益は、運転代行業法に基づく規制権限の行使によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、国家賠償法上保護された利益ではないというべきである。したがって、原告の主張は採用できない。
(2) この点について、原告は、運転代行業法の最終的な目的である交通の安全及び利用者の保護を実現するためには、自動車運転代行業者の適正・健全な運営を確保することが必要不可欠であるから、同法は、同法に基づく規制権限が行使されることによって自動車運転代行業者が受ける利益をも間接的に保護していると解すべきであると主張する。
しかしながら、前記の運転代行業法1条の文言(それ自体極めて明瞭であり、疑義を生じさせる余地は乏しいというべきである。)に加え、運転代行業法には自動車運転代行業者の私的な利益の保護を目的としていることを窺わせる規定が存在しないことも併せ考えると、運転代行業法は、自動車運転代行業者に対して規制を課すことによって自動車運転代行業者の業務の適正な運営を確保し、もって交通の安全と利用者の保護を図るという公益の実現を目的とするものと解さざるをえない。
そうすると、運転代行業法の目的が自動車運転代行業者の私的利益を間接的に保護することを通じて自動車運転代行業者の業務の適正な運営が確保されることにあるなどと解することは困難であるから、原告の主張は採用できない。
(3) したがって、原告の主張する利益は、国家賠償法上保護された利益とはいえないことから、上記1(1)に説示したところに照らし、仮に被告支局長が本件規制権限を適切に行使しなかったとしても、そのことが、原告との関係で国家賠償法上違法と評価される余地はないといわざるを得ない。
(4) 以上によれば、原告の被告国に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
3 原告が被告支局の担当者等を通じて有償のAB間輸送が違法である旨の説明を受け、これに対応してAB間輸送を控えてきたことは前提事実及び弁論の全趣旨に照らしてこれを認めることができ、他方、同業他社が原告と異なる法の理解のもとにAB間輸送を行ってきた可能性は、本件全証拠によっても直ちにこれを払拭しきれないものがある。したがって、原告がある種の不満ないし不公平感を抱いたとしても無理からぬ面があるし、証拠(甲49)に照らし、原告からの情報提供に接した倉吉警察署警察官や被告支局長の対応の適否につき議論の余地が残り得ることも、にわかに否定しがたい面があると考える。しかしながら、その救済を本件捜査権限及び本件規制権限の不行使に由来する国家賠償法上の損害賠償(経済的損失の補填及び精神的苦痛に対する金銭的慰謝)という次元で実現しようとすることには、先に説示のとおり、上記各権限行使の基本的性格に照らして無理があると考えざるを得ず、上記1、2の判断に至ったものである。
第4結論
以上により、原告の請求にはいずれも理由がないから、これらを棄却することとして主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大島雅弘 裁判官 力元慶雄 桐谷康)