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鳥取地方裁判所 平成27年(ワ)135号 判決 2016年3月11日

原告

被告

鳥取県弁護士会(以下「被告弁護士会」という。)

同代表者会長

同訴訟代理人弁護士

松本啓介

松本美恵子

被告

株式会社Y1銀行(以下「被告銀行」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

本村健

浦中裕孝

鈴木正人

大櫛健一

永口学

深沢篤嗣

大浦貴史

被告ら補助参加人兼下記二名訴訟代理人弁護士

Z1

被告ら補助参加人兼上記一名及び下記訴訟代理人弁護士

Z2

被告ら補助参加人兼上記二名訴訟代理人弁護士

Z3

(上記三名を、以下、順に、「参加人Z1弁護士」、「参加人Z2弁護士」、「参加人Z3弁護士」という。)

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用及び補助参加費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告弁護士会は、原告に対し、160万円及びこれに対する平成27年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告銀行は、原告に対し、160万円及びこれに対する平成27年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(なお、それぞれの請求は、数額の重なり合う範囲内で連帯支払を求めるものである。)

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、原告が、被告らに対し、不法行為に基づき、慰謝料160万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案であって、原告が主張する請求の根拠は要旨次のとおりである。即ち、原告は被告銀行に預金口座を有していたところ、参加人Z3弁護士は弁護士法23条の2に基づき、被告弁護士会に対し、同口座の取引履歴等について被告銀行に照会し、その報告を求めることを申し出た。これを受けて、①被告弁護士会は、同申出について適切に審査を行わず照会をし、また、②被告銀行は、適切に審査を行わず、また、原告の同意なく上記口座の取引履歴を報告した。上記①、②は、いずれも原告のプライバシー権を違法に侵害する不法行為である。

以上の原告の主張に対し、被告らはこれを全面的に争っている。

2  前提事実(証拠等認定の根拠を示さない事実は、当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 被告銀行は、預金または定期積金の受入れ、資金の貸付けまたは手形の割引並びに為替取引等を業とする銀行法上の銀行であり、株式会社である。

イ 原告は、被告銀行に預金口座を有する者である。

ウ 被告弁護士会は、鳥取県に存在する弁護士会である。

エ 被告ら補助参加人らは、いずれも同じ弁護士法人の社員又は使用人である弁護士であり、参加人Z3弁護士は、被告弁護士会に所属する弁護士である。

オ C及びDは、いずれも、原告を債務者とする債務名義である確定判決を有している者である(丙2、15、弁論の全趣旨)。

(2)  本件の経緯

ア Cは、原告を被告とする所有権移転登記手続等請求事件を鳥取地方裁判所に対して提起し、平成18年8月2日、原告がCに対して1000万円を支払うよう命ずること等を内容とする判決を得、同判決は確定した(丙2、弁論の全趣旨)。

イ Dは、原告を被告とする請負代金請求事件を鳥取地方裁判所に対して提起し、平成26年5月22日、原告がDに対して230万3137円を支払うよう命ずること等を内容とする判決を得、同判決は確定した(丙15、弁論の全趣旨)。

ウ C及びDは、参加人Z1弁護士及び参加人Z2弁護士らを訴訟代理人として委任した上で、前記各判決に基づく債権の履行を求め、原告ほか複数名を被告とする損害賠償等支払請求事件を鳥取地方裁判所に対して提起した(同裁判所平成26年(ワ)第152号、同27年(ワ)第21号。以下「別訴」という。)。参加人Z2弁護士は、平成27年3月24日、参加人Z3弁護士を、別訴について復代理人と定めた(以上、甲2、乙A2ないしA4、弁論の全趣旨)。

エ 参加人Z3弁護士は、平成27年4月10日、被告弁護士会に対し、別訴を受任事件とし、別訴の委任状及び復代理委任状を添付した上で、照会する事項及び照会の理由を概ね下記(ア)、(イ)のとおり記載した申出書を提出して、被告銀行に報告を求めるよう弁護士法23条の2所定の照会の申出をした(以下「本件照会申出」という。以上、乙A1ないしA4)。

(ア) 照会する事項 被告銀行の原告名義の預金口座全てについて、口座番号、照会に対する報告日現在の残高及び報告日から遡って三年間の取引履歴(以下「本件照会事項」という。)

(イ) 照会の理由 C及びDは、それぞれ原告に対し債務名義を有しており、再三にわたりこれに基づく強制執行を試みたが、いずれも不奏功に終わったところ、原告が被告銀行に預金口座を有していることが判明したので、本件照会事項を把握して、執行の端緒とするべく、照会の申出に及んだ(参加人Z3弁護士が申出書に記載した事項のうち、この部分を、以下「本件申出理由」という。)。

オ 被告弁護士会は、平成27年4月13日、被告銀行に対し、本件照会申出について、弁護士法23条の2所定の照会を行った(以下「本件照会」という。乙B1)。

カ 被告銀行は、本件照会を受け、参加人Z3弁護士に対し、本件申出理由中記載の債務名義の写しの送付を求めたところ、参加人Z3弁護士は、平成27年4月22日、前記(2)ア、イ記載の各判決の写しを送付した。被告銀行は、同年5月7日、被告弁護士会に対し、本件照会事項の報告を書面で行った(以下「本件報告」といい、同書面を「本件報告書」という。以上、甲1、乙B2ないし4)。

キ 被告ら補助参加人(ただし参加人Z3弁護士を除く。)らは、平成27年5月13日、別訴における主張、立証のため、鳥取地方裁判所に対し、準備書面に加え、証拠として、本件報告書を書証として提出した(甲1ないし3)。

3  争点及び当事者の主張

(1)  本件照会の不法行為性(争点1)

(原告の主張)

被告弁護士会は、弁護士法23条の2所定の照会(以下「弁護士会照会」という。)の申出を受けた場合、私人の個人情報が不当に公開されることのないよう適切に審査する注意義務がある。したがって、本件照会申出を受けた場合においては、本件申出理由に記載されている、①債務名義の存在、②強制執行の実行、③強制執行の不奏功の事実について、それが真実であるかどうかを審査する注意義務があったというべきである。ところが、被告弁護士会は、以上の審査を尽くさず、漫然と弁護士会照会をした(本件照会)。原告は、本件照会がされたために、最終的には、別訴における証拠提出という、本件照会申出の目的とは異なる形で、高度に保護されるべき個人情報である本件照会事項が公開されることになり、精神的苦痛を受けたのであるから、本件照会について不法行為が成立する。そして、この精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は160万円を下ることがない。

(被告弁護士会の主張)

弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現をはかるという公共性の高い責務を負っているところ、弁護士会照会制度は、弁論主義・当事者主義に基づく司法制度において、証拠資料を収集することは弁護士の上記責務を果たす上で不可欠といえることから認められたものであるが、上記照会をする権限を有するのは弁護士会であって当該弁護士ではなく、弁護士会は、照会に関する申出が適当でないと認めるときは、同申出を拒絶できる。

しかしながら、上記申出が適当であるかどうかは、会員の資格があるか、受任事件が表示されているか、照会を求める事項及び照会の理由が上記制度趣旨に照らし必要かつ相当な申出であるといえるかどうかを審査すれば足り、これらをみたす場合には、適当な申出として、照会をすべきものであり、照会申出の理由とされた事実について疎明ないし証明を求めることまでは要求されていないというべきである。

本件において、被告弁護士会は、まず、参加人Z3弁護士が表示された受任事件の訴訟代理人であることを委任状及び復代理委任状で確認した。そして、被告弁護士会は、本件申出理由中に記載された、原告に対する過去の強制執行事件において、執行が再三にわたり不奏功に終わっているとの事実から、原告の財産調査のためには、原告の預金口座の特定だけでなく、その履歴により過去の口座の入出金状況について知ることが今後の執行の端緒とするに有用な原告に関する財産情報となる可能性があり、かつ、過去の口座の動きとしては三年程度は必要かつ妥当であると認め、照会の必要性及び相当性があるものと判断し、本件照会をしたものである。以上のように、適正に審査をしたのであるから、本件照会が違法なものであるということはできない。

(被告ら補助参加人らの主張)

本件照会申出における受任事件は別訴であるところ、別訴は、別訴原告であるC及びDが既に得た確定判決に基づいて執行を試みるも、原告の財産が、原告または当時の妻であるEが代表者である各法人の名義になっている可能性が高いことが判明したので、これらの各法人の法人格否認を主張して、上記確定判決上の原告の支払義務と同様の支払を、原告及びこれらの各法人に対して求めるものである。したがって、別訴自体、原告に対する執行の端緒にほかならないのであって、別訴において、本件報告書を書証として提出することは何ら目的外利用ではない。そうすると、原告が受けた損害というのは、上記証拠提出によって、別訴において不利な立場に置かれたことに対する精神的苦痛をいうにすぎないから、法的保護に値する損害が発生したということはできない。

(2)  本件報告の不法行為性(争点2)

(原告の主張)

被告銀行は、弁護士会照会を受けた場合、顧客の個人情報が不当に公開されることのないよう適切に審査する注意義務がある。本件照会申出を受けた場合においては、本件申出理由中の、①債務名義の存在、②強制執行の実行、③強制執行の不奏功の事実について、それが真実であるかどうかを審査する注意義務がある。ところが、被告銀行は、上記①については調査をしたが、上記②、③の審査を尽くさず、漫然と報告をした(本件報告)。原告は、本件報告がされたために、最終的には、別訴における証拠提出という、本件照会申出の目的とは異なる形で、高度に保護されるべき個人情報である本件照会事項が公開されることになり、精神的苦痛を受けたのであるから、本件報告について不法行為が成立する。そして、この精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は160万円を下ることがない。

(被告銀行の主張>

ア 弁護士会照会制度は、事件を受任した弁護士が照会を必要とする事項について、所属する弁護士会に対し、照会の申出をし、申出を受けた弁護士会が照会先に対して照会し必要な事項の報告を請求するという二段階構造になっている。このような二段階構造をとることで、弁護士による照会の要求があればそのまま関係先に照会するのではなく、弁護士会がその申出を審査し、適当ではないと認めるときはこれを拒絶することが予定されている。そして、以上の制度設計を前提に、弁護士法は、弁護士会に対して公法上の照会権限を与え、他方で、照会先に対して、上記照会に対する公法上の報告義務を課しているのである。そうすると、上記照会が適当でないかどうかの審査は原則として弁護士会がすべきものであって照会先が審査すべきものではなく、不適切な照会であることが明らかであったというような例外的な場合に限って、審査をする必要が生じるものというべきである。

本件照会が必要かつ相当なものであることは、前記被告弁護士会の主張のとおりであり、上記のような例外的な場合に該当しないから、被告銀行は、被告弁護士会に対し、本件照会に応じて報告をする公法上の義務を負っていた。したがって、原告の同意なく本件報告をしたことは何ら違法ではなく、不法行為は成立しない。

イ また、被告銀行は、債務名義に基づく強制執行を理由として弁護士法23条の2所定の照会が行われた場合には、債務名義となる文書の写しを確認した上で、照会事項が照会理由に照らして合理的な内容となっていることを検討する取扱いを行っている。

本件においては、上記取扱いに基づいて債務名義となる文書の写しを確認の上、相当期間にわたって執行が不奏功になっているとうかがわれ、三年間の取引履歴の開示についても合理性があると判断したのであるから、なおのこと、本件報告に違法はない。これ以上に、強制執行の事実等についてさらに調査する義務は、前記アのとおり存在しないというべきである。

(被告ら補助参加人らの主張)

前記(1)における被告ら補助参加人らの主張と同旨

第3判断

1  争点1(本件照会の不法行為性)について

(1)  弁護士会照会の制度上、照会権限は照会申出をした弁護士ではなく、申出を受けた弁護士会に存する。そして、照会申出を受けた弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、申出を拒絶することができるのであり、換言すれば、照会申出を受けた弁護士会は、当該申出の適否についての審査権限を有する。以上のことは、弁護士法23条の2の規定上疑いの余地がない。その上で、照会申出を受けた弁護士会が当該申出を「適当でないと認める」ことができるのはいかなる場合か、即ち照会申出の適否の判断基準は何かが問題となるが、弁護士会照会の制度は、弁護士の使命(基本的人権の擁護と社会正義の実現。弁護士法1条)に鑑み、弁護士が受任事件について訴訟資料を収集し事実を調査する等、その職務活動を円滑に執行し処理するために設けられたものであることからすれば、照会申出の理由が上記のような制度趣旨に適合し、訴訟資料の収集・事実の調査等の職務活動を円滑ならしめるための必要性・相当性を肯認できるものであるかどうかが一応の基準となると考えられる。

そして、以上のように、弁護士法上、照会申出の審査権限及び照会権限を弁護士会に専属させていることのほか、照会申出を受けた弁護士会が遵守すべき審査手続上の規律を具体的に示した法令がほかに見当たらないことも併せ考えれば、照会申出に対する審査手続は、原則としては弁護士会の自律に委ねられているものと解するのが相当である。

要するに、照会申出を受けた弁護士会は、当該申出に関する照会の必要性・相当性を原則として自律的に判断することができるし、また、そうすべきものである。

(2)  本件の争点は、以上を前提として、さらにその先に存する。即ち、参加人Z3弁護士は、本件申出理由中に前提事実(2)エの(イ)のとおり記載した上で本件照会申出をしたが、被告弁護士会は本件申出理由に示された事実関係の真実性を審査せず(つまり、この事実関係を真実であると前提した上で)本件照会の必要性・相当性判断を行い、これらが肯定されるとして本件照会に至った。原告の主張の要点は、本件照会申出に含まれる事実関係は被告弁護士会においてその真実性を審査・吟味すべきものであるところ、被告弁護士会はこれをしないままに本件照会に及んだものであって、これは違法な取扱いである(換言すれば、照会申出理由の適否の判断の局面での弁護士会の自律性は、当該理由が真実であることを当然の前提とすることまでをも許容するものではなく、被告弁護士会はその自律的対応として許容される限度を逸脱したものである。)というものであり、これに対し被告弁護士会は、同会において本件申出理由中の記載事実の真実性を審査する義務の存在自体を否定している。要するに、本件の問題の焦点は、弁護士会照会の申出を受けた弁護士会としては、照会申出の理由として弁護士が示した事実を真実と前提してよいか否か、即ち、照会申出の理由についての弁護士会の自律的判断が許容される限界はどこまでかということである。

(3)ア  そこで検討するに、証拠(乙A5)によれば、被告弁護士会には「鳥取県弁護士会照会手続会規」(以下「会規」という。)が定められており、そこには、下記の規定がある。

第2条(照会手続)

1項 会員…は、弁護士法第23条の2に基づいて、本会に対し、受任事件について公務所等に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。

2項 本会は、前項の申出を受けたときは…次条及び第4条の審査基準に基づき審査のうえ、適当と認めるときは…照会の手続をとり、その報告を照会申出会員に交付する。

第3条(照会の申出手続)

会員が前条の申出をするには、本会に対し次に掲げる事項を記載した本会所定の申出書に…手数料及び実費を添えて提出しなければならない。

1号、2号につき省略

3号 受任事件の表示(争訟中の場合においては係属先、事件番号、事件名、当事者名及び受任内容、その他の場合においては争訟中のものに準じて事件を特定するために必要な事項の記載があるもの)

4号 照会を求める事項(明確かつ限定的に記載されたもの)

5号 照会を求める理由(照会を求める事項と要証事実との関連及び照会の必要性を具体的かつ簡潔に記載したもの)

6号につき省略

第4条(審査基準)

照会申出の審査基準は、規則をもって定める。

第5条(照会申出の審査)

1項 本会は、第3条の照会申出があった場合、速やかに当該申出が同条所定の要件を備えているか、又前条の審査基準に適合しているかを審査し、これに不備がある場合には、照会申出会員に対し、相当の期間を定めてその補正を求めることができる。

2項 本会は、照会申出会員が補正に応じない場合、又は要件の不備、基準の不適合が補正できないものである場合には、当該申出を理由を付して拒絶する。

3項、4項につき省略

5項 本会は、照会申出会員に対し、必要に応じ、当該申出について釈明を求め、又は疎明書類、委任状、同意書の提出等を求めることができる。

イ  以上のように、被告弁護士会の定めた会規上、所属弁護士が弁護士会照会の申出をするに当たっては、照会申出の理由を書面をもって明らかにする必要があり、かつ、その理由中には、①照会を求める事項と要証事実との関連性及び②照会の必要性を具体的に示す必要があるものとされている(会規3条5号)。そして、被告弁護士会は、その記載内容を踏まえて、照会の必要性・相当性判断に臨み(会規2条2項、4条)、不備があれば弁護士に補正を命じ(会規5条1項)、補正に応じない場合には照会申出を拒絶することもできる(会規5条2項)が、他方、審査に当たって照会申出の理由についての疎明資料の提出を必要的なものとはしておらず、審査の上で必要があると判断される限りにおいてその提出を求めるにとどまっている(会規5条5項)のである。

このように、被告弁護士会においては、弁護士会照会の申出に対する審査手続上、弁護士の手による照会申出の理由の記載内容については、そこから照会を求める事項と要証事実との関連性や照会の必要性(要するに照会申出の必要性・相当性ということができる。)が読み取れる限り、内容自体の真否について立ち入って調査することは原則としてこれを行わず、ひとまず弁護士の記載したところを真実と扱うという制度設計を採用している(そのような自律的決定を行っている)ことが認められる。

ウ  当裁判所は、被告弁護士会が自律的に採用したこのような制度設計に違法性はなく、許容される自律的措置の枠内のものであると判断する。理由は次のとおりである。

すなわち、弁護士会照会の制度は前記(1)に説示したとおり、弁護士が基本的人権の擁護と社会正義の実現の担い手であることに格別の意義を認め、高度の社会的期待に支えられたその職務を円滑ならしめるために認められているものなのであって、照会申出をした弁護士が照会申出の理由中に示される内容について、意図的に事実関係を虚構するというような事態は、本来、想定されていないものと考えられる。そして、万が一にも、当該弁護士が照会申出の理由を虚構するなどという事態が生じたとすれば、それは、所属弁護士会の秩序及び信用を大きく害するとともに、職務上の品位を失うべき重大な非行であることが明らかであるから、弁護士法56条1項の定める懲戒事由に当たり、当該弁護士は極めて高い確率で懲戒処分を免れないと推測される。したがって、照会申出をしようとする弁護士が照会申出の理由として記載する内容については、懲戒処分の可能性を基礎とする真実性の担保があるといってよく、照会申出を受けた弁護士会としては、その記載内容につき、外形上・文面上不合理であることが明白であるような場合を除いて、ひとまず真実として信頼することができ、これを前提に、照会申出の必要性・相当性判断に進むことが許されると考えられるのである。

(4)  前提事実のとおり、本件申出理由に記載されているのは、要旨「C及びDは、それぞれ原告に対し債務名義を有しており、再三にわたりこれに基づく強制執行を試みたが、いずれも不奏功に終わったところ、原告が被告銀行に預金口座を有していることが判明したので、執行の端緒としたい」というものである。このような事態は、一般の民事事件を受任した弁護士がごく日常的に遭遇し得るものというべきである(当裁判所に顕著である。)。そうすると、本件申出理由の内容が、それ自体として外形上・文面上不合理であることが明白であるということは到底できない。したがって、被告弁護士会が本件申出理由の記載内容の調査を怠ったことを根拠とする原告の請求は、これを是認することができない。

(5)  なお、以上のとおり、被告弁護士会としては、本件申出理由の記載内容を前提として照会の必要性・相当性判断をすれば足りるところ、執行の端緒とするためには、口座番号はもちろんのこと、的確に預金を差し押さえるためには、ある程度まとまった期間の取引履歴の開示を受けて、定期的な入金の有無やその時期等を把握する必要が高いといえる。したがって、本件照会事項のいずれについても、報告を求める必要性は認められるし、開示を受ける履歴の期間を三年分としたことも過剰とまではいえず、合理的なものであると認められる。そうすると、被告弁護士会が、本件申出理由について必要性・相当性ありと認め、本件照会を行ったことそれ自体もまた、何らの違法性もないというべきである。

また、原告は、参加人Z3弁護士による、本件報告書を別訴において証拠として提出したことを目的外利用であるとも主張しているが、これは本件照会がされた後の事情であり、被告弁護士会の不法行為(注意義務違反)を基礎付ける事情であるということはできないから、この点をもって被告弁護士会に不法行為があるとも認められない。

(6)  以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告弁護士会の不法行為を認めることはできない。

2  争点2(本件報告の不法行為性)について

(1)  弁護士会照会制度の趣旨及びその基本的な制度設計は先に説示したとおりであり、それによれば、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の職責を全うさせるべく、弁護士に申出権限を認めるが、その申出理由の適否(必要性・相当性)の審査権限はこれを弁護士会に付与し、弁護士会は、審査に当たっては、弁護士懲戒制度による制度的担保のもと、弁護士が申出理由として示した内容を基本的には信頼することができ、これを前提に申出の必要性・相当性の判断を行い、これが肯定されれば法律上付与された照会権限を行使して照会を行うのである。このような制度設計に照らせば、弁護士会から照会を受けた照会先は、法律上の審査権限を有する弁護士会のした、照会申出に必要性・相当性ありとする判断をひとまず信頼することが許されるというべきであり、その照会が明白に不必要又は不合理であると認めるに足りる特段の事情が認められない限りは、これに対して報告する公法上の義務を負い、その義務の履行としてした報告は違法なものとはいえず、不法行為が成立することはないというべきである。

(2)  争点1について説示したとおり、本件照会に当たって被告弁護士会から被告銀行に示された(乙B1)本件申出理由の記載内容は、明白に不必要又は不合理であるなどとは到底考えられないものであるから、被告銀行としては、被告弁護士会が必要性・合理性ありと認めてした本件照会に応じることが義務づけられているというべきであり、被告銀行は同義務の履行として本件報告をしたに過ぎないのであるから、違法であるということはできない。

(3)  以上のとおりであるから、本件報告をしたことが不法行為性を帯びることはないというべきである。

第4結論

以上によれば、原告の請求にはいずれにも理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大島雅弘 裁判官 力元慶雄 裁判官 山﨑岳志)

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